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神と聖女と神界と  作者: しあわせや!
神と聖女と神界の年末と
30/47

第三十の神話

 時と言うものは、止まらないものだ。

 様々な異世界においても、その大原則を犯す存在はない。

 よく時を止める機械やら能力やらス◯ンドやらとかの存在は物語なんかに登場するが、『時を止めている時間』として、やっぱり時は存在する。

 要は、昔の映像編集の様に、テープをある場所で切って、その間にまた別の映像テープを挟み込む様なものだ。

 だから、誰にも時は止められない。止まらない。

 そして、流れた時は、ある日を境にまた新たな時となる。それが……。


★★★★★


『新年、明けましておめでとうございます』

 ヴァルハラを中心に、イリア、コウ、タケフツ、ゼクスと一斉に新たな時の門出を祝う。

 今日は元旦、まさに正月初日。

 現在朝の9時で始業時間となり、神が一同に会してユグドラシルの宿直用の和室、20畳の無駄に広い部屋に集まっていた。

 神の正月は非常に慌ただしく、職員の天使達や精霊達、下位、中位の神々なんかがあっちに走り、こっちに走りの大忙しの様子だった。

 この正月はユグドラシルにとって書き入れ時で、異世界中の神社からはお賽銭が奉納され、教会やらなんやらからは信仰心のエネルギーが神界為替市場で金銭に変わって収入となる。

 その金額は凄まじく、国が一体いくつ買えるか分からない、学校で習う単位の遥か上の単位にまで登る。

 だから職員に正月休みはなく、それどころか地獄のマーチの様なものとなっている。

「……むぅ、やはり私も業務に……」

「やっめときなってー、部下が好意で今日くらいゆっくりしろっつったんだろー? ならあっまえとくのが今日のゼクスちゃんの仕事だろー?」

 番茶の入った湯呑みを置いて、コタツから出ようとするゼクスを、イリアが制する。

 部下が死神に狙われた様な顔で働いているのが頭に浮かんだのか、ゼクスは先程からそわそわと落ち着かない。

 ……逆にイリアはコタツで寝転がり、くつろぎまくっているが。

「しかし、五大上位神がこうして揃うのも久々だな」

「どっかの婆さんが、もっきゅもっきゅ……3ヶ月も眠りこけてたしな」

 同じくコタツに入り、真ん中に備わったみかんを剥くタケフツと、既に背後に山となった空の重箱を従えておせちにがっつくコウ。

コタツは大型で、20の成人男性2人が隣同士に座っても、まだ余裕はある。

「今日は私達にやる事ないしね……何よ、神駒大(しんこまだい)、今年は弱いんじゃない?」

 テレビの中で行われてる神界箱根駅伝を、ボーッとした表情で眺めるヴァルハラ。

「だっよねー、ヴァルハラちゃんもゼクスちゃんトヨちゃんも、御先祖は神話由来だし、コウちゃんなんか、元は人間だしー? 信仰対象の神は大変だよねー」

「おい、キリストの子孫。貴様は働かねばならんだろう」

 右に左にゴロゴロしてるイリアに、冷ややかな視線を向けるゼクス。

「えー、めんっどくせーから部下のヨハネちゃん達にまっるなげしてっからだーいじょーぶなんだよー。そっれにさー、あったしみたいな可愛い女の子が『キリストでーっす』っつって神託とか出してみ? だっれが信じるんだっつーの」

「まあ……確かに……キリスト像は異世界でも大体共通している場合が多いからな…」

「いやいやタケフツ、さりげなく自分を可愛いとか言ってる事からツッコめよ」

 みかんを口に運ぶタケフツと、新しい重箱を取り出すコウ。

「なんだよー、あったし可愛くね!?」

「うるさいわよあんた達! 今2区にたすきが渡ってるとこよ!」

『……………………』

 ヴァルハラの一喝によって黙る一同。

 流石に正月からこの凶悪女神を怒らせる勇者は、この上位に位置する神々の中にも存在しないようだ。

「……そう言えばコウ。聖女の2人はどうした?」

「あぁ珠雲とクリス? 珠雲の実家に一緒に帰ってるじぇ。ほら、あいつん家って神社だろ? だから巫女見習いとその手伝いで、大晦日から帰ってんだよ」

 タケフツの問いに、咀嚼したものを胃に流し込んでコウが答える。

 珠雲が元々住んでいた世界、そのクマモトシティでも1番とも言える神社の巫女の娘である彼女は、毎年元旦から初詣でごった返す中でお守りや破魔矢の販売等を手伝っている。

 今回はそれにクリスも自ら一緒にやりたいと申し出た事で、年越しを向こうで過ごす事になったのだ。

「よく働くわねぇ、あの娘達。どっかの穀潰しをクビにして、代わりに神として正社員登用しようかしら?」

「やめて。おま〜が言うと、色々マジに聞こえるから」

「安心しなさい。マジよ」

 ボーッとテレビに視線を移したままあっさりと言ってのけるヴァルハラ。

「とは言えコウ、貴様はまだ切札の神獣鎧があるじゃろう。それがあるから神として雇用しとるんじゃ、安心しろ」

 番茶を一口すすって、ゼクスが言う。

「だ、だよな……あーびっくりした。……そうそう、びっくりしたと言えば、昨日珠雲が実家に帰る時に正月戻ったら金よこせーとか言い出してさー」

「えー? 珠雲ちゃんがー? あの娘、そんなん言うキャラかー?」

「そうなんだよ、イリアの婆さんが言う通り、そんな事言うとは思わなくってさ。なんだっけ? えーっと…おとし…なんだったかな?」

「それはもしや、『お年玉』ではないか?」

 食べ終わったみかんの皮を、ゴミ箱を見もしないで放り投げながら言うタケフツ。

 見事みかんのスリーポイントシュートは、ゴミ箱の中へと消えていく。

「そうそうそれ! なんでも日本って世界にゃ、大人が子供に正月から金をやるなんて風習があるらしいんだじぇ!」

「なんだ、貴様知らんかったのか? ……あぁ、貴様はユシュトリア人だったな」

 ゼクスの口から出たユシュトリアと言う聞き慣れない単語。

 コウの故郷の世界の言葉で『幸せを司る者』を意味する人種の事だ。

 黄色の肌を持ち、珠雲達日本人に近いが、コウはれっきとした異世界の他人種なのだ。

「ユシュトリアにはそんな風習無かったからなー……ってか……あんまり故郷の話はしたくないじぇ……」

 何処か影のある複雑な表情を浮かべるコウ。

「で? あんた、ちゃんとそのお年玉用意したの?」

「まぁ一応……珠雲だけってわけにはいかないから、クリスと2000柱ずつな。俺にはそれが限界だじぇ」

 ヴァルハラに言われて、日本から仕入れたポチ袋を取り出すコウ。

 コウなりに彼女達に喜んでもらおうと考えたのだろう、女の子ウケするような可愛らしい子猫がデザインが施されていた。

「私も用意したわよ。それぞれ1000万柱」

 そんなコウに対して、手をパンパンとヴァルハラが叩くと、2人のメイド姿の女性が現れる。

「御呼びでしょうか? ヴァルハラ様」

「はいはーい! 呼ばれて飛び出て773(ナナミ)ちゃんですますよー!」

 落ち着きのある口調でスカートのすそを掴む長身の女性と、やたら元気な口調で満点に咲きほこる向日葵のような笑顔を顔に張り付けたような女の子。

 彼女達こそ、ヴァルハラ専用機械仕掛けの戦乙女ヴァルキリー

30(ミレイ)と773(ナナミ)だ。

 小柄なコウと比べて170センチは超えているであろう長身で、モデルの様に女性らしい曲線を描く、青い髪のロングヘアーに、フレームレスの眼鏡をかけたのが30(ミレイ)。まさにメイド長と呼ぶに相応しい雰囲気を醸し出しており、仕事が出来る大人の女性といった感じだ。

 対して天真爛漫という文字を擬人化するのであれば、まさにこの通りだろうと言わんばかりの元気な雰囲気の女の子が773(ナナミ)。

 やや長めのボブカットに、小柄でスレンダーを良い意味でも悪い意味でも体現しているボディライン。

 見た目はイリアや珠雲、クリスよりもやや年上、14歳辺りに見えるのだが、ヴァルキリーは超高性能のアンドロイドである事から、見た目の年齢がそのまま実年齢ではない。

 その証拠に、彼女達個別の名称は、そのまま製造番号から呼ばれることが多い。

 故に、30(ミレイ)は30番目に製造された戦乙女。773(ナナミ)は773番目に製造された戦乙女という事になる。

「やっほー30(ミレイ)、773(ナナミ)。たっまにはメンテに来いよー」

「ドクトル・イリア、御無沙汰しております」

「えー! 博士直々のメンテだと、変な機能とかおっぱいミサイルとか、無駄な改造されそうですますよー……!」

 無論、彼女達戦乙女を開発したのも、このズボラ変人女神だったりする。

そんなヴァルハラ専用の戦乙女が、持ってきたのは、分厚いジュラルミンケース。

 中にはぎっしりと神界の紙幣が敷き詰められており、最早一体何の取引が行われるのかと言いたいくらいだった。

「では、上位神の皆々様、よいお正月を」

「じゃーねーですます~!」

 それらを置くと、30(ミレイ)が優雅な仕草で一礼し、773(ナナミ)がそのままロケットパンチになって飛んで行くのではないだろうかと思ってしまう程にブンブン手を振って退出、自動ドアが閉まっていく。

「ほーんじゃ、あったしもー。珠雲ちゃんとクリスちゃんとで800万柱ずつお年玉準備したぜー」

 戦乙女達も戻っていったのを視線で見送ると、今度はイリアが寝転がったまま、膨らみすら無かったはずの白衣のポケットに手を突っ込む。

すると、どっかの未来から来た青い狸よろしく、まるで別次元につながってるかの様にポケットから、包装も何もしていない分厚い札束が次々出てきて、それをドンッとコタツのテーブルに置く。

「私もトヨフツの奴と連名で500万柱ずつだな」

「わしも同じくじゃ」

 そう言って、札束を包んだ唐草模様の風呂敷を取り出すタケフツと、ゼクスは事務員らしく封筒に包んだ札束を取り出す。

「………………え゛? お、お年玉の相場って……そんな高いの?」

 合計で2800万飛んで2000柱のお年玉、2人分が出揃う。

 恐らく様々な異世界においても、贈与税として税務申告しなければならないお年玉は、そうそうないだろう。

「あったしらさー、それなりに高給取りだっからねー」

「私はコウが惨めな気分を味わう姿が見たいからよ」

「鬼じゃ……この村は鬼の巣窟じゃ……!」

 ただの嫌がらせの為に簡単に1000万柱も出せるヴァルハラを始めとした上位神の経済力は、本当に恐ろしいものである。

「ヴァルハラはともかく、本当にあの娘達は神界に来てから、よくやっていると私は思うぞ。トヨフツの奴め相手に……と言う意味でもな」

「うむ。概ねわし等上位神からも評価が高いからの、彼女達は」

 聖女として戦い、そして頑張る姿に、実はここにいる上位の神々だけでなく、職員達からも人気が高く、今では彼女達がユグドラシルにやって来る度に男性職員達からはジュースを買ってもらったり、女性職員からはおかしをもらったりと、多くの職員が可愛がっている。

「あ、お茶が無くなったわね……。ちょっとコウ、お茶を注ぎなさい」

「なんで俺が……」

「じゃあ死になさい」

「お茶を注がなかっただけで!?」

 飲み干した湯のみを差し出しながら、相変わらずのヴァルハラ節が飛び出す。

 これがまた冗談ではないのだから厄介だ。

「ハァ……ったく……う〜……暖房効いてるけど、コタツから出たらやっぱ冷えるじぇ」

 渋々コタツから出て立ち上がり、霊気ストーブの上でシュウシュウ音を立てるやかんに向かうコウ。

「ついでにわしにも頼む」

「あ、じゃああったし芋焼酎ーお湯割りで芋8、お湯2の割合でねー」

「私は茶請けに煎餅をくれ」

「おま〜らなぁ……つーか婆さん、一応業務時間だっての……」

 立っている者は、親でも使え。

 ヴァルハラのお茶を注ぐコウに、どうせならと次々注文が舞い込む。

「元旦くらいいいじゃない。じゃあ私もそこにあるワインに変えて。あと、冷蔵庫にチーズもあるから」

「ヴァルハラ……おま〜……ったく……勿体無いからこのお茶もらうじぇ」

 元来、業務中の飲酒について諌めなければならない最高神がこれである。

 半ば諦めて、彼女に注いだお茶を自分用の湯のみに注ぎ直し、各注文の準備をする。

「……ほら、ヴァルハラにはワインとチーズ、爺さんには番茶、タケフツの煎餅に、婆さんの焼酎と、なんかつまみがいると思って、チーカマも持ってきたからな」

 おぼんに乗せた、それぞれに注文した品々を配って回るコウ。

 そして、ようやく暖かなコタツへと帰還を果たすと、暫く全員で3区へとタスキが繋がる駅伝へと全員の視線が集まる。

「……ところであんた達、一応会社で提出するように言ってた今年の抱負、ちゃんと書いてきたかしら?」

 正月らしく、全社員に通達していた今年の抱負。

 業績アップやら営業強化やら、例年似たり寄ったりなものが多いが、中には面白い企画等も発掘されている。

「私はやはり、己の剣の道を更に邁進する。それしかないな」

「わしは、今年も業務の効率化の確立じゃな。部下の負担を減らしてやりたいしな」

「あったしはもっと上手くサボりたい」

「……婆さん……それ、抱負でもなんでもないじぇ」

 生真面目な剣と天空の神々に比べ、らしいと言えばらしいイリアの抱負。それ以前に、抱負とすら言えないだろう。

「なーんだよー、じゃーコウちゃんはなんだよー?」

「そりゃ勿論、今年こそ美女とベッドで一夜過ごす事だじぇ! あの、柔らかそうにたわわに実った禁断の果実を今年こそは揉みまくってだなー……」

「死ね」

「おま〜どんだけ俺の死を望んでんの!?」

 やっぱりと言えばやっぱりなコウの抱負に、ただ二文字だけの感想を送るヴァルハラ。

「さっびしーなー童貞くんはよー。なんだったらあったしがパンツくらい見せてやろーかー? 勃起するまではゆっるしてやるからよー」

 正月から、下世話全開である。

「アホか、婆さんのパンツ見たって、何の得にもならないっつーの。

それに、クリスや珠雲のパンツとか下着もちょこちょこ見えたりしてるけど、守備範囲外だからなんも感じないしな」

「よし、コウきゅん、表出ろ」

「……トヨフツに変わりおったか」

 コウの口から飛び出した聖女達の下着発言に、トヨフツの人格が全面に出てくる。

「なんだよー、だったらあったしのパンツでもいーだろー? 今日青と白の縞だぜ縞ー、トヨちゃん好きだろー?」

「No Thank you」

 流石のロリコン神も、ここまで下世話なイリアでは、萌えるものも萌えないらしく、両手を前に出して断る。

「あーん? 童貞どものくせにたっか望みしすぎじゃねー? だったらパンツ見せてやっから勃起すんじゃねーぞー、勃起したらあったしの勝ちな」

「やめんか、見苦しい」

 危うくイリアが暴走しそうになるのを、ゼクスが止める。

 そうでもしないと、この変人下世話マッドサイエンティスト女神の事だ。本当にスカートを捲り上げる事はやってのけるだろう。

「んだよー、せっかくコタツん中でパンツ脱いだのにー」

「予想の斜め上だったお……なんで萌えの塊のロリBBAなのに、こんな酷い出来栄えなんだお……」

 捲り上げるどころか、既に脱いでいたイリア。

 ここまであけすけだと、いっそ清々しいくらいだ。

「全く、イリアよ、お主がそんな調子では頼んでいたものが出来とるか、本当に不安になるわい」

「頼んでいたもの?」

 ゼクスの言葉に、コウがオウムの様に返していく。

「あんたのデウス・エクステンド・マキナのヴァージョンアップと、新造機の話よ」

 コウの問いに答えたのは、如何にも高そうなワインを口に運ぶヴァルハラだ。

「エール・デュアーの? それに新造機ってなんだよ」

「コウちゃんの切札が使える様にっつーお達しでねー。 前に無理矢理アレ使って、なっかみボッロボロにしてくれたじゃん」

「あーあったなーそんな事」

 過去に機動兵器が飛び交う戦争の真っただ中に現れた、惑星そのものとなったディストーションを回収すべく、機動兵器を駆って異世界で戦った事があるコウ。

 その時に、切札を使用した際、コウ専用の神界謹製の巨大ロボットがその切札の強大な力についていけずに内部OSからメモリ、果てには基盤そのものが焼け焦げ、各稼働部も、全とっかえをしなければならない事態に発生していたのだ。

 今回のヴァージョンアップは、そんなコウの中に眠る切札に対応する為のものだ。

「それに合わせて、あの子達の専用機も用意される事になったのよ。これから先、機動兵器の飛び交う世界でもあの子達が戦えるようにね」

「そーそー、もうさー、クリスちゃんも珠雲ちゃんも創作意欲ビンッビンに刺激してくれちゃってさー、あったしも面白くなってきてんだよねー」

「うはwwwwwwwwww是非クリスたんや珠雲たんそっくりの超巨大ロボッ娘でオナシャス! 夢がひろがりんぐだおwwwwwwww」

「お? それおっもしろそーじゃん!」

 トヨフツの願望アイディアに、コタツから身を乗り出すイリア。

 この2人に任せたら、どんなトンデモ機動兵器が出来上がるか、想像できないものだ。

「やめんか貴様等。聖女の専用機と言えど、所有はユグドラシルにあるのだぞ」

「あら? 私も面白いと思うわよ?」

「ヴァルハラ、貴様まで……。こやつ等を調子づかせると、何が出来上がるか分からんのだぞ……」

 あれやこれや、アーマーの脱着の際、人間と変わらぬ人工肌を内包しようだとか、感情を持たせて脱ぐ時恥じらいとかでるようにしようだとか、もう戦闘とはまったくもって関係のない機能ばかりが充実しそうな話で盛り上がるトヨフツとイリア。

「それで、完成までどんくらいかかりそうなんだよ婆さん」

「そっだねー、まあ1ヵ月以内には造ってやんよ、おっもしろいアイディアもいくつかうっかんだしねー」

 そういって、タブレットを取り出して、アイディアをまとめるイリア。

 普段はナマケモノの方がまだ動いてるというくらい怠惰の権化であるイリアだが、一度ひとたびスイッチが入ればその天才的な頭脳と技術が冴え渡る。

 恐らく、聖女専用デウス・エクステンド・マキナもかなりの高性能機となるだろう。

「それまでに、SF系の異世界にディストーションが発生しない事を祈りたいじぇ」

「うむ。確かにな」

「それはそうと、問題はあんたよ」

「俺? なんだよ問題って」

 50人分はあってだろうおせちを全て平らげ、今度は給食か何かを作るかのように大きな寸胴鍋に入った雑煮に手を出しているコウを睨むヴァルハラ。

「私が知らないと思っているの? ……あんた、まだあの神獣士について調べているんでしょ?」

「……さすがは最高神様、全部全てまるっとお見通しってわけか」

 肩を竦め、いつもの軽い調子で言うが、雰囲気はそれではない。

「ユグドラシルでも行方が分からないのよ。それに、もしよしんば見つけたところで、どうするつもり?」

「そりゃ……」

「コウきゅん、マジレスすると、復讐するつもりなら漏れは止めないお」

 言い淀むコウに、トヨフツが言う。

「トヨフツ、あんた珍しい事いうわね」

「だって、奴はディストーションを吸収し、自分を強化しているんだお? 目的は分からないけど、そのせいでコウきゅんの世界と同じ事になっているっていうなら、止めないといけないお」

 珍しく真面目なトヨフツ。だが、コウが追う神獣士は、彼の言う通りディストーションを集めてより強大に。より最悪へと進化している。

 ならばそれを止めなければ、歪みの修復も出来なければ、一体どんな災厄をまき散らすか分からない。

「そんなの分かっているわよ。私が言いたいのは、『その神獣士を神として止めようとしているのか、それとも単なる私怨、復讐のつもりか』ってとこよ」

 ヴァルハラの懸念。それは、コウが追う目的だ。

「コウ、貴様はなんだ?」

「そりゃ……第三神位、翼の神……だじぇ」

「そうだ。貴様は異世界へと羽ばたく翼。我等神界に住む神族はその場に存在するだけで世界の均衡が破られ、理が捻じ曲げられる等の影響力の強さから迂闊に異世界には行けん。だからこそ、貴様は神として戦わねばならん」

 番茶の入った湯のみを置き、ゼクスがコウの眼を見据えて言う。

 彼等神族には、ゲームによくある魔力の様な大小関わらずその身に奇跡を起こす力を持っている。それがゼクスやヴァルハラ達上位の神ともなれば、異世界に存在するだけで天から金が降って来る、飛行機が墜落したのに志望者どころかけが人すら0、果てには寝たきりのおばあちゃんが突然ブレイクダンスが踊れるくらい回復した等、大小関わらず奇跡が世界中で発生したり、指先1つで簡単に国そのものを滅ぼす事も可能である。つまり、一挙手一投足によって与えられる影響力があまりにも大き過ぎるのだ。

 人間の常識では測り得ない彼等の力のあまりの大きさに、簡単には異世界に行く事が出来ない。もし仮に行くとすれば、大きな能力制限処置を施してからでなければ、異世界に渡る事は許されていない。

 その為の、コウという存在なのだ。

「コウ。ただの復讐心なら、もし戦う事になっても、あんたはまた負けるわよ。それだけは頭に叩き込んでおきなさい」

 復讐。それは、己の中にある怒り、怨嗟を源とした戦い。

 だが、それは禍々しくエゴイスティックな動機の上に成り立つ。故に、己が見えなくなる復讐心で戦う事は非常に危険でもあり、今や守るべき家族、仲間を迎えたコウの私怨が、彼女達にも危険を及ぼす可能性もある。

「でっもよー、あったしはトヨちゃんに賛成だぜー? んな割り切れるもんじゃねーだろー?」

「私も復讐自体は否定しないわよ。ただ、今のコウにはあの子達がいるし、神としての立場もあるの。それに、私怨で戦っても……」

「切札は出せん。あれは憎む心では発動が出来んからの」

 ヴァルハラの言葉に続ける様にゼクスが言う。

「そうは言っても、目の前に復讐したい相手がいたら、冷静になるのは難しいお。漏れだって、目の前に萌える二次元がいたら真っ赤なハートは幸せの証、うれたてフレッシュなパッションしちゃうお」

「貴様のそれとは違うのだぞ……トヨフツ。

とにかくコウよ、この事はゆめゆめ忘れるではないぞ。………………コウ? 聞いておるのか、コウ!」

「ちょっ! コウきゅん餅、喉に詰まらせてるお!」

 雑煮の餅をかき込み過ぎて、白目を向いて真っ青に震えちゃったりしているコウ!

「ありゃー、見事にチアノーゼ出ちゃってるねー。意識もねーし、これ死ぬんじゃね?」

 プルップルに震えて何度かもがくように数度の呼吸を試みたのだろう。

 ガハッ、ガハッと喉の奥から喘ぐような音が漏れると、その場にばったりと倒れてしまう!

「あらやだ、お年玉だけじゃなくて香典も準備しなきゃ。ちょっとー! 30(ミレイ)―! 773(ナナミ)―! 喪服のスーツ準備してー!」

「死ぬ前提で事を進めるなヴァルハラ! ええい! 誰かおらぬかー!」

「お医者様の中にお客様はおませんかだおー!!」

 神々が集まる宿直室で、早速巻き起こる大騒動。

「どっれどれー、うーん、改造手術してバッタ人間にするか、加速装置をつけるか、全身特殊偏光ガラスでサイ○ガンが通用しない身体にするか……まっようなー!」

「コウきゅん逃げて! 超逃げて!! というか目を覚ますおー!!」

 ユグドラシル内の医療班が駆け込む宿直室。それは、今年も毎日が大騒動の予感をさせる元旦となったのだった……。


★★★★★


~おまけ~


「さぁ~! 売るばいっ!! バイト巫女さん達もっと声ば出さんねー!! はーい! 交通安全のお守りは1000円! こっちの破魔矢は1500円でーす!!」

 クマモトシティでも有数のキャッスル隣に位置する大きな神社は、初詣という最大級のイベントでごった返し、ごった返しすぎて最早人肉の押し寿司状態となっていた。

 敷地内には最早隙間もないような中、賽銭が飛び交い、願いが飛び交い……

「もうモノ祈るってレベルじゃねーぞ! オイ!」

 仕舞いには罵声まで飛び交う程の大混雑だ。

 そんな状況で張り切るのは、我等が狐の巫女さん、聖女の珠雲だ。

 実家の売り上げを上げるべく、とにかく人と人の隙間を走る、社務所で処理をする、境内の売り場でお守りや破魔矢を売りまくる。

 まるで自身の得意技の1つである夢心地ゆめごこちをかけているかのように、1人3役も4役もこなしていた。

「え……っと……えっと……え、縁結びですね……! は、はわわ……! さ、サイズは……えっと……ポ、ポイントカードは…・・お持ちですか……!?」

「クリス! テンパり過ぎ! テンパり過ぎ!」

 珠雲のお手伝いという事で、一緒にやってきたクリス。

 彼女もまた、巫女服に身を包んで販売所でお守りを売っていたのだが、可愛らしい金髪白人の外国人の女の子が巫女服に身を包んでいるという物珍しさとクリスのたどたどしさ、愛らしさにお客が殺到。

 彼女の処理能力をとっくにオーバーしてしまっていた。

「えっ、えと……えと……は、破魔矢ですね……えと……! ご、御一緒にポテトはいかがですか……!?」

「クリス!! しっかりしなっせクリスー!!」

 漫画であれば、目がぐるぐるのナルトみたいになっているだろうだってばよ。な状態のクリス。

 彼女達は彼女達で、慌ただしい正月を過ごしているのであった……。

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