第二十九の神話
その日、神界の夜空は全てを包み込む様な純白の結晶と、物理的に全てを包み込む様な数で押し寄せる赤い服のおっさんで包まれた。
『こちら神界山岳部隊! 既に奴らの本隊が! う、うわあああああぁぁぁぁぁぁっ!!』
『地方都市部隊! トナカイの機動力が去年と比べ物にならな…………ザ………ザザ……ッ』
「始まったな……」
一体何のコスプレか、臙脂色のフロントチャックの長袖衣装に動揺の色のボトムスを履き、白髪のカツラをしっとのマスクの上から被っている最高司令官が呟く。
「ああ……」
作戦参謀もまた、しっとのマスクから更に上につけアゴヒゲにメガネを掛け、両手を眼前で組んで焼肉屋のテーブルに肘をつき、座敷に鎮座して、テーブルに置かれたノートパソコンから流れるモニター映像や音声に目を向けていた。
戦争は始まったばかりだが、やはり様々な世界から銃火器や兵器をかき集めてきたが、ユグドラシルきっての天才科学者が生み出した怪物達と戦うには火力、体力ともに不足していたのか、早速モニターや音声から入って来るのは仲間の断末魔や通信が打ち切られて走るノイズばかりだ。
「ならば……少々早いが、アレを出すかお?」
「……そうだな。奴等を倒せるのは……」
そう言って、焼き肉店すじこの玄関へと見やる作戦参謀。
ガラリと音を立てて横開き式のドアが開かれて現れたのは……。
「な、なんだよここ!? 見た事もない建物ばっかりのとこに連れて来て! おい! ここはどこなんだよ!? スヴェトラーノフ公国じゃないのか!?」
「久しぶりだじぇ……クライン」
「その声……その変な喋り……アンタ、デボス……じゃない、コウか!?」
そう、生き残って再編成された自宅警備部隊の面々に連れてこられたのは、コウがラミアー事件で訪れたスヴェトラーノフ公国で出会ったマッシュルームの申し子、クライン・アルベルト。
中世時代の狩人らしい緑の布製の長袖衣服に背中には矢筒を背負った彼が、この神界に連行されていたのだ!
「いいのかお? また人間を神界に招き入れたってゼクス爺さんに怒られるお?」
「フッ……出撃」
「出撃!? 彼はまだ状況を理解できてませんよ!? まさか、もうあの薬を使わせるのですか!?」
作戦参謀のいきなりの命令に、自宅警備隊の司令官である赤いベレー帽の男が驚愕の声を上げる。
「ほかに道はないお」
「……マジですか」
確かに、あの強大な力を持つサンタの大群に対抗するには、こちらもなりふり構ってはいられない。赤いベレー帽の男も、落胆の声を上げる。
「クライン・アルベルトきゅん?」
「な、なんだよ……変なマスクしやがって……」
「きみがサンタと戦うんだお」
「へっ?」
淡々と、それでいてはっきりと言い切る最高司令官の言葉に、まさに何を言っているのか全く状況が理解できていないクライン。
「でも、自宅警備部隊の精鋭でさえ、あの薬とシンクロするのに7ヵ月は要しましても無理でした! 今北産業の彼ではとても無理かと!」
「飲んで暴れればいいお、それ以上は望まないお」
「しかしっ!」
食い下がる自宅警備部隊の司令官。遠い文明の遅れた中世異世界から連れてこられ、何も状況が分かっていない彼をこの戦いに巻き込む事に、いささか罪悪感を感じているようだ。
「今はサンタ撃退が最優先事項だお。その為には、誰であれ僅かでもあの薬とシンクロ可能と思われる人間に飲ませるしか、方法は無いお。分かっているはずだお、アリゲータ軍曹」
「そう……ですね……」
最高司令官の言葉に、唇を噛みしめ、引き下がる赤いベレー帽の男、アリゲータ軍曹。
「コウ……神様のあんたが俺を何故呼んだんだよ……?」
「おま~の考えてる通りだ」
「じゃあ……やっぱり俺にそのサンタってのと戦えってのかよ!?」
「そうだじぇ」
あの一件で、クラインは嫌と言う程にコウの戦闘力を見てきた。
ただの凡人である自分よりも、次元が違う程に強さを持つコウが、何故自分を呼んだのか……。クラインは、理解に苦しんだ。
だが、コウはお構いなしのようだ。
「嫌だよ! つーかなんで今更なんだよ!? 母さんの一件で俺が戦力になったかよ!?」
「必要だから呼んだまでだじぇ」
ただの一般人でただの狩人のクラインを必要とする。そんな事態とは、一体どんな事態なのだろうか?
「……何故、俺なんだよ?」
「他の人間には無理だからだじぇ」
「こんな、見た事も聞いた事もない世界で、俺なんかが何が出来るってんだよ!?」
「なら、説明を受けるんだじぇ」
コウがそういうと、未だ完全には納得していない様子のアリゲータ軍曹が、ガンメタリックブルーという完全に身体に悪いだろうとしか感じられない薬品が入ったフラスコビンをクラインへと渡す。
「そんな……こっちは天涯孤独の身になったってのに……! 出来るわけないだろ!? こんなの、飲めるわけないだろ!?」
「飲むなら早くして欲しいじぇ。でなければ帰れ。ここはモテない男と、イチャコライチャコラ聖なる夜を性なる夜にしてしまっているバカップルどもに鉄槌を降す、聖戦の最中なんだじぇ」
「……今、なんて言った?」
ピクリとクラインが反応する。
「……クライン。クリスマスの予定は?」
「……ジェイソンさん家のヤギと……過ごす……」
どうやら、相変わらずヤギを慰み物にして過ごしているらしいクライン。
「この世界では、クリスマスをカップルでイチャイチャコラコラして、そのままベッドで朝までギシギシアンアンするけしからん輩で蔓延しているんだお……クラインきゅん」
「……それ、マジか?」
最高司令官の補足説明に、何かが沸々と湧き上がるクライン。マッシュルームがざわめき、獲物を探す狩人の眼でコウを睨む。
「残念ながらマジだじぇ。そのカップルを中心としたリア充に祝福を与える存在が、サンタクロースだじぇ。
……では改めて聞こう、クライン・アルベルト。おま~がしたい事は何だ?」
「サンタ狩り平和隊に入って……とにかくサンタをぶっ殺したいです……!」
異世界に住む、ヤギが恋人という高い非モテ力を持つ青年、クライン。
彼もまた、その内面に滾るリア充への恨み、妬み、怒りを持つ戦士である事を知っていたコウ。
まさに類は友を呼ぶとでも言うべき固い結束が、今ここに産声を上げた……!
★★★★★
「たああああっ!! 夢現!!」
「うわあああああああっ!! 第3小隊が混乱してこっちに銃を撃って来たぞぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「えと……! お願い……! バスティーユ・ローズ……!」
「ぎゃああああああっ!!」
神界の市街地で、2つの勢力が激突する。
情勢はサンタ軍が圧倒的有利に進んでいる。珠雲とクリスもまた、2人と2体だけの遊撃部隊として編成され、ユグドラシル近いオフィス街である場所で、モテない男達を相手に戦っていた。
この先の歓楽街にコウ達がいる。彼等を止める事こそが、このアホみたいな戦いを止める一番の近道であると考え、進撃していた。
≪珠雲や! 精神力をもう少し温存するんぢゃ!≫
「ありがと、キュウビ!」
(こんな時だからこそ言いたい事がある。主も適度に女狐にやらせてサボるべき)
「えと……それは……出来ないかなぁ……」
相変わらずのローズに苦笑を浮かべながらも、モテない男達を倒しながら進む。
因みに、ここまで2人は全くの無傷で進んでいた。
やっぱりというか、出会う非モテ連中非モテ連中、『イエス・ロリータ、ノー・タッチ』の紳士協定を守って、珠雲達に手が出せないでいるからだ。
「よっと! あ、あれ……なんね!?」
「えと……キノコの……お化け……?」
4車線もある市街地のメインストリートを走る珠雲とクリスの視線に見えるは、遠方に見える小さな人影。
頭部があまりにも特徴的で、見方によっては秋の味覚である松茸にも見えてしまう、そんな人影だ。
「駆逐してやる……! サンタを……1人残らず……!」
小さく呟くキノコ人間……クライン。
コウから話は聞いていた少女達。彼女達に対抗できなければ、モテない男達に未来はない。
彼は他のモテないおまえらと違い、幼女趣味がない。どちらかというとマザコンの部類だ。
だからこそ、クリス達と戦える。
彼は他のモテないおまえらと違い、ヤギに元カノの名前を付けて愛でている。
だからこそ、類を見ない程に高い非モテ力を持っている。
そんな彼の資質でなければ応えられない、作戦参謀と最高司令官がくれた力を以て、モテない怒りの裁きを降す新たな力が発動する!
「ガリッ」
自らの手を噛み、傷をつけるクライン。
途端、彼の身体が輝き、体長15メートルはあろう、巨大な……巨大なキノコの怪物が生まれる!
「な、なんねこれ!?」
立ちはだかるキノコの化け物に驚愕の声を上げる珠雲。
太く大きな管孔、チューブ状のそれがボディとなり、そこからにょっきりと伸びた、その巨体をよく支えられるなと思ってしまう程に細長い四肢。
管孔の胸部分には禍々しい髑髏マークが描かれ、その上にはマッシュルーム男、クラインの顔が着ぐるみのように出てきている。
そして、頭部にはシイタケのような傘が広がっているその姿。
これこそ、クラインがあのガンメタリックブルーの薬を飲んで得た新たな力だ!
「モテタイ……モテタイ……」
「えと……これ……ディストーション……?」
(こんな時だからこそ言いたい事がある。祝福の虹は、全く反応していない。故に、あれはディストーションではない)
ズシン。ズシン。
地響きを立てながら聖女達に向かってくるキノコの怪物。これがディストーションでないなら一体なんだというのか。
ゆっくりと考える暇は、どうやら与えてくれそうにはない。
「とにかく、やるしかなかばい! クリス!」
「えと……うん……!」
巨大な敵を相手に戦うのも、訓練で経験済みの珠雲とクリスが左右に散開し、陣形を整える。
「モテタイ……モテタイ……! モォォォォォテェェェェェタァァァァァァイ!!」
会敵し、キノコの化け物の拳が振り下ろされる。
モテない恨みが生み出した悲しきモンスターと、少女達の戦いが始まった。
★★★★★
「炒め物用茸型決戦兵器クラインゲリオン……イリアの婆さんが作った巨人化薬……うまく効いているようだじぇ」
聖女達と戦う巨大なキノコをモニター越しに眺めながら呟く作戦参謀。
勝手にイリアのラボから盗んだその薬は、想像以上の成果を見せていた。
「クリスたん達……怪我したりしないのかお……?」
「んなヤワな鍛え方はしてないじぇ。アレくらい倒せないようじゃ、俺が困るってもんだじぇ……クラインゲリオンを倒されても困るけどね」
心配そうな声を上げる最高司令官に、作戦参謀があっさりと答える。
異世界を巡るからには、とにかく強くなければならない。だが、今は敵味方分かれている。
作戦参謀も、内心は複雑なものだ。
「さって……そろそろ最終フェイズに移行するじぇ」
そう言って立ち上がる作戦参謀。
「そうだお……今年こそ、漏れ達が勝つお。全てのモテない男達の為に」
「全てのモテない男達の為に」
互いにそう呟き、モニターを背に歩き始め、焼肉屋すじこから外へと歩き始める作戦参謀と最高司令官。
遂に、首領である彼等もこの哀しき戦いへと赴く。
哀しみ。震える哀しみ。それは、別れの歌。無残に敗れた兵達の拾う骨も燃え尽き、濡れる素肌も、土へと還っていっちゃう。
神界を走る、モテない男の列。黒く歪んで、それは真っ赤に燃える。
死に行くモテない男達は、守るべきディスプレイの中の嫁達に
死に行く喪女達は、愛するBLカプの為に……!
サンタ狩り戦争は、最高潮へとボルテージが昇っていた。
★★★★★
「モォォォォォテェェェェェタァァァァァァイ!!」
バフンッ!!
キノコの化け物、炒め物用茸型決戦兵器クラインゲリオンの傘から放出される大量の胞子。
それがまき散らされ、辺りで戦っていたサンタも、味方であるはずのモテない男達をも巻き込んで、胞子を吸った者が次々とマッシュルーム頭へと変貌していく!
「い、嫌な攻撃ばしてくる……!」
咄嗟に巫女服の袖を口元に当てて、鉄扇を振るって風を起こし、胞子を回避する珠雲。
「えと……珠雲ちゃん……大丈夫……!?」
「ウチは大丈夫! クリスは、これ終わったらすぐに美容院に行きなっせよ! 夢心地!!」
幻による増殖支援技をクリスに放ち、マッシュルームカットの薔薇乙女が4人に増える。
支援を受けてそれぞれに走り出し、巨大なキノコの怪物に向かって、4人のキノコ頭の乙女が茨の鞭を放つ!
「えと……! お願い……! ローゼス……バイト……!」
一斉に絡みついた茨が長く鋭い杭となって、クラインゲリオンに突き刺さる!
「まだ……! ローゼス・アブソーバー……!」
敵の生命エネルギーを吸い取り、自らの体力を回復させていく技、ローゼス・アブソーバー。
養分をドンドンと取り込み、吸収していくが、やはりクラインゲリオンの巨体全ての生命エネルギーを取り込むことは出来ず、茨の鞭をまとめて掴まれ、クリス達が振り回される!
「クリス!!」
「あああああああああっ!!」
盛大に地面に叩きつけられ、アスファルトにクレーターが生み出される。
その衝撃で分身体は消滅し、クレーターの中心に横たわるはクリスの本体のみだ。
「クリス! 大丈夫ねクリス!?」
「えと……大……丈夫……ローズの……えと……超回復能力が……あるから……」
「よかった……それなら、あのキノコの養分ば吸って、キノコの管みたいになった身体もすぐ治るたいね」
クレーターに飛び込んだ珠雲に、力なくも笑みを浮かべながら立ち上がる、クラインゲリオンみたいな管の身体に細長い手足になったクリス。
「中々強敵たいね……。」
クレーターに近づいてくるキノコに向かって吐き捨てる珠雲。
「えと……私に……考えがあるの……」
「え? どぎゃんとね?」
「えと……かくかくしかじか……」
「マルマルモリモリ……なるほど、それならイケそうたい!」
秘密の会議を手短に済ませると、クレーターから飛び出す妖狐の巫女とキノコの乙女。
まずは作戦通り、再びクリスの幻を生み出していく!
「いけぇっ! 夢心地!」
再び4人となったクリス。ならば今度はキノコの怪物を捕らえるべく、巨大な監獄を作り出す!
「えと……! お願い……! バスティーユ・ローズ……!」
4人に増えたからこそ生み出せる巨大なキノコすらも包み込める茨の檻が、地中から現れ隙間すらない程に絡みつく。
さあ、ここからが彼女達の作戦のキモだ!
《妾はトカゲ、口うるさいトカゲぢゃ……!》
「いくばいキュウビ! 夢想!!」
珠雲のとっておきの技の1つ、夢想。
対象を思い込んだものへと幻術によって、自身を、世界をも騙して変化させる、まさに使い方によっては最強最悪の事態へと誘う技。
それを、自らの神獣、キュウビへとかける。
すると、巫女服だったはずのキュウビメイルが光り輝き、珠雲を新たな神獣鎧へと誘っていく!
《オラオラァッ!! 燃やし尽くしてやるぜぇっ!! ……のぢゃ!》
燃える様な紅蓮の全身重装の鎧と、灼熱と破壊を生み出すハルバード。そして、胸元に備わるは、顎が開き、吼える竜……!
そう、キュウビは自身をコウが従える炎の神獣、ドラゴンへと変化させたのだ!
「いっくばぁぁぁぁぁいっ!! 見様見真似ぇ!! ドラゴニックウゥゥゥゥゥゥゥッ!! ヴォルケィィィィィィィィノッ!!」
珠雲の背丈からしたら長過ぎる程のハルバード、ドラゴンブレイクを両手に持って、まるでハンマー投げの要領で何度も回転して豪炎を纏わせて茨の監獄へとブン投げる!
グオォォォォォォォッ!!
解き放たれた灼熱の暴君が監獄の茨の上を走り、次々と茨を炎の渦へと誘っていく!!
「えと……! 今……!」
トカゲの尻尾切りの様に指先の茨を切り捨て、離脱するクリス。
灼熱の暴君は更に監獄を焼き尽くし、茨の監獄から業火の監獄の新たな地獄と化し……炎か消えた頃には、そこには消し炭と、いい感じに香ばしい香りを漂わせる焼きキノコしか残っていなかった……。
「げほっ……げほっ……負けたのか……」
焼きキノコのうなじ(?)が裂けて出てきたのは、焼けたせいでチリッチリのアフロとなったクライン。
口から黒い煙を出しながら脱出するも、足下はかなりふらついている。
「だ、大丈夫ね……兄ちゃん……」
「あぁ……大丈夫だ……コウの言ってた通り……強いな君達……」
出て来たクラインに駆け寄る珠雲とクリス。
幾分ダメージはあるものの、命に別状があるわけではないようだ。
「だが気を付けろ……俺が負けたら……あの2人がここに来る算段になっている……!」
「その通りだじぇ」
クラインの言葉に呼応するかのように、無駄にビルの屋上なんかに登って、わざわざ月がバックになるように現れたのは、しっとに狂った2人の男。
「我が名はしっとでモテない者達を導く伝道師! モテタイン・ソード! だお!」
「そして我が名は、しっとの翼で異世界のバカップルに制裁を降す者! モテタイン・ウイング!!」
『我等!! モテタイン・ぶらざぁず!!』
どっごぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!
決めポーズを取った途端、何故か爆発と共に赤と青の着色された煙が背後から起こる。
恐らくこんな爆発は、日曜朝7時30分からくらいしか見れないだろう。
「とうっ!!」
ビルの屋上からジャンプし…………そのまま隣に設置されていた窓の清掃用ゴンドラに乗ってゆったりゆっくりと降りてくるしっとの戦士達。
「待たせたな!」
「……なんばしよっと……コウ兄、トヨ兄」
「ち、違っ! 漏れ達は、そ、そんな神様とかじゃないお!?」
「ば、ばっかだなぁ! 珠雲! お、おま~何言っちゃってんだよ! お、俺達はしっとの戦士、モテタイン・ソードとモテタイン・ウイングだじぇ!?」
どうみてもコウとトヨフツです。本当にありがとうございました。と言わんばかりにバレバレなのにも関わらず、必死に正体を隠し続けるアホ神2人。
「と、とにかく! 我等サンタ狩り平和隊は、断固リア充のギシアンを阻止する為、戦い続けるお! 天之尾羽張!」
「と、言うわけだじぇ! 神獣合身!!」
「ちょーっと待ったー! だったらよー! 大将同士で殺り合うってーのがスジだろー!?」
トヨフツが虚空から愛用の剣達。通称十束剣の1つ、天之尾羽張と呼ばれる剣を、コウは従える神獣とその身を1つにしようとした瞬間、神界の夜空から響き渡る可愛らしく幼い声。
何かの拡張スピーカーを使用しているのだろう。それは、戦場となった神界の市街地全体にまで轟いていた。
「この声……! ま、まさか……偽幼女かお!?」
「よー! トヨちゃんコウちゃんよー! こっとしも随分派手にやってくれてんなー!? だっけどー!? 童貞野郎共が、あったしに勝てるとでも思ってんのかー!?」
「くっ、童貞すら守れない奴に、何が守れるっていうだじぇ!?」
姿が見えないイリア。声の方角から恐らく上空だろう、天に向かって叫ぶコウ達。
「そー言ってられんのも今のうちだぜー? 珠雲ちゃん、クリスちゃんよー、さっさと退避してくんねーかな!? これが、あったしの最新作! コウちゃんの未来系異世界用起動兵器デウス・エクステンド・マキナ『エール・ディユー』の戦闘データをベースに造り上げた、重装甲人型兵器! ……なんかさー、マキナとヴァ○ナって似てね?」
「だから、可愛い幼女の声でそんなド下ネタ言わないで欲しいおー!!!」
あまりにも下世話すぎる発言に、マスク越しの顔を覆って泣いちゃう最高司令官、モテタイン・ソード。
因みに、様々な異世界に行くコウは、もちろん未来的な異世界。人型起動兵器、いわゆるスーパーロボットなんかが存在する世界での対応策として、イリア制作の専用人型兵器も所有している。(もちろん所有権はユグドラシルに帰属している為、公用車なんかと同じ扱い)
その起動兵器を元に造った人型兵器が、闇夜を斬り裂いて降下して来る!
ズドオオオオオオオオオオオオオンッ!!
「うわああああああっ!!! て、て、鉄の化け物!!」
「え、えと……! キノコのお兄さん……こ、こっちへ……!」
「な、なんねあれ!?」
近くのビルへとクラインを連れて非難する珠雲とキノコクリス。
盛大な地鳴りと地響きを立てて舞い降りたのは……3頭身程のずんぐりむっくりとしたロボットだった。
無駄に大きすぎる全長50メートルはあろう巨体は10階建てのビルを楽々超える程の高さを有しており、棒のような関節どこ? と言わんばかりの四肢。メタリック感剥き出しの銀色ボディ。
まさに空にそびえる鉄の……どっかの掲示板で見る顔文字をそのまま首の上に乗っけたそれ。
だが、その姿を見た途端、戦闘を繰り広げていたサンタ狩り平和隊の面々が腰を抜かし、膝が崩れ、戦意を喪失し、恐怖に怯え、士気を失い、小便を漏らし、泣き喚いてその場で何度も土下座する者まで現れ出した。
そう、そのロボットこそ……
「Carnage・Arm・Chaos・Nuclear! 混沌と大虐殺の武装核兵器! その名もCaAChaNだぜー! オラ! ニートども平伏せー! あっはっはっはっは!!」
そう、どっかの掲示板で有名な母親を意味する顔文字そのままが頭部として乗っかった、対サンタ狩り平和隊用重武装人型起動兵器CaAChaN!
まさにサンタ狩り平和隊最大の天敵の1つたる母親を冠するその兵器は、姿だけで畏怖し、委縮し、畏敬の念を送るべき存在だった!
「ひいいいいいいっ!! マ、ママ許してだおー!!」
「その前に、イザナミさんばまだ『ママ』って言いよったとねトヨ兄!?」
ビルのエントランスから叫ぶ珠雲。トヨフツの意外な一面が少し垣間見えたが、それ以上にこのCaAChaNの存在によって、一気に戦況はサンタ側有利へと働いている。
そう、その機体は威圧だけで十分な機能を果たした。既にサンタ狩り平和隊は白旗状態にある。
だが、それに気付いてか気付かずか、ガッションガッションとCaAChaNのボディ、両肩、両腕、両手、両足に隠されていた全砲門が一斉に開かれ、ミサイル、ビーム兵器、実弾兵器、果てにはフィン・ファ○ネルまで飛び出す!
「オッラオラー!! 泣き叫べー!! あっはっはっはっは!!」
そう爆笑しながらイリアが頭部のコックピットのど真ん中にある、縁を黄色と黒のツートンカラーで色彩された、『でんじゃあ』と平仮名で書かれた如何にも危険なスイッチをポチっと押した途端、CaAChaNの砲門という砲門から一斉に放たれる兵器の数々!
ドッガアアアアアアアアアアアアン!!! ボガアアアアアアアアアアアン!!! チュッドオオオオオオオオオオオオン!!!!
爆撃、爆発、爆破、爆炎、爆裂、爆雷。
神界の街並み全てがCaAChaNによって飲み込まれ、灰塵、焦土へと化していく!
「か、神の怒りだああああああああっ!! 許してくれ神様あああああああああっ!!」
「いやキノコの兄ちゃん! 確かに神様の仕業ばってんがああああああっ!!」
「ギャアアアアアアアアアアアス!!!!」
「ギニャアアアアアアアアアアアアアアス!!!!」
「え、えと……! コウ兄と…! トヨフツさんが……直撃してる……!」
「っていうか、サンタさん達も何もかも吹っ飛ばされとるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
まさに今の今まで戦闘中だった市街地丸ごと、ぜーんぶきれいさっぱりイリアがぶっ飛ばしてくれたものだから、そこにいたモテタイン・ソードも、モテタイン・ウイングも、サンタ狩り平和隊も、サンタ軍団も、クラインも、竜に化けた狐の神獣士も、キノコになった薔薇の乙女も、みんな仲良く大爆発の巻き添えを喰らい、夜空の彼方へと飛ばされていき……。
「あーっはっはっはっはっは!! きっもちいーなーおい!! あーっはっはっはっは!!」
神界最大の発展を見せていた市街地は、CaAChaNのみを残して全てが塵芥となって、イリアのハイテンションな高笑いが、いつまでも響いているのであった……。
★★★★★
「で……! この惨劇による被害額が、一体どれ程になるのか分かっているのか……!」
一夜明けて、クリスマス本番の夜のユグドラシル。その内部のウルドの泉。
クリスマスとあってか、噴水のそばには大きなもみの木が設置され、クリスマスらしい飾りつけが施されている。 窓ガラスにはスノーパウダーで可愛らしく靴下やサンタが描かれ、テーブルを幾つも繋ぎ合わせて白いテーブルクロスが敷かれたそこには、数多くの料理が運ばれていた。
今日は、年末恒例ユグドラシル全社員で行わるクリスマスパーティの日だ。
あのサンタ戦争から一夜明け、朝起きたら職場が無くなっていたという大多数の人々への説明やら、瓦礫の撤去。人命救助等、夜通し様々な事後処理や作業に追われたゼクスの怒りが、イリアに向けられるが……。
「そーんな小さい事言ってんじゃねーよ、ゼクスちゃんよー! 昔、偉い天才科学者はこう言ったぜー? 『科学ノ発展ニ犠牲ハツキモノデース』ってなー」
「割と最近の天才科学者の言葉だし、パワフルな野球ばしとる人にしか分からんて……」
あの爆発に巻き込まれたせいか、頭部に包帯、右腕にも包帯が巻かれた珠雲が、立食式のパーティで取って来たスパゲティを口に運ぶ。
「犠牲が大きすぎるんじゃ!! 犠牲が!! 一体幾らの損害をユグドラシルが被ったと思う!?」
「だっからよー、あったしの研究、開発で儲けた金からしたらこんくらい大した事ねーだろー? なんなら身体で払ってやろーか? オラ、おっぱい触るか? おっぱい」
「子供の身体で何をしようとしとるんじゃ貴様は!!」
未だ説教が終わらぬゼクスの手を掴んで、自らの胸へと引っ張ろうとするイリア。
それを無理矢理振りほどいては、更にゼクスの火山は大噴火を起こしと、全く終わる気配もなければ、イリア自身も反省の色が微塵もない。
「あはは……えと……ごめんなさい……ヴァルハラさん……被害……大きくなっちゃって……」
「いいのよ、幸いけが人こそいても、あれだけ派手にやって死人が0だったんだし。恐らくイリアはその辺りも計算ずくだったんでしょ。それよりも、早くそのキノコの身体が治るといいわね」
シャンパングラスを片手に持ってそのやりとりを眺めるヴァルハラと、オレンジジュースの入ったグラスを大事そうに両手に持つキノコクリス。
「ばってん、これでもうコウ兄達も懲りて、こぎゃんこつせんようになるとよかばってんがねぇ……」
「ま、その時はまたキツいお仕置きをしてあげるわよ。……生まれてきた事を後悔する程度にね」
また新たに料理を取って来たのか、今度はチキンを手にした珠雲もヴァルハラとクリスに交じって老人神2人のどこまでも平行線のケンカを眺める珠雲。
「ああ、そういえば、サンタ界からあんた達にお礼のプレゼントを預かっているわ」
そう言って、ヴァルハラがシャンパングラスをテーブルに置いて手を叩くと、天使の羽を持つスーツの職員が2人へのプレゼントを持ってやって来る。
1つは職員2人で運ぶほどの大型のようだ。
「こ、これって……! ちょっ!? 最新式のドラム式洗濯機じゃなかね!! 乾燥とかだけじゃなくて花粉とかも落としてくれるし、除菌も消臭も出来るし!」
「え、えと……! これ……! RSVINTAの……最新作ゲームの……『俺をしばいてこねていけ2』……!」
プレゼントの申請をしていなかったはずのクリスと珠雲に贈られた、サンタからの心憎い演出にはしゃぐ2人。
しかも、どうやって調査したのか、どちらも本当に欲しくてたまらなかった品々だ。
「今度サンタ界に行って、ちゃんとお礼を言うのよ」
「うん! 分かっとるてヴァル姉!」
贈られたドラム式洗濯機に頬ずりをしながら答える珠雲。
これで、雨の日の室内干しでも困る事はないと大喜びだ。
「えと……そう言えば……コウ兄と……トヨフツさんは……?」
ふと、思い出したように問うクリス。こういうパーティならば、全ての料理を食べ尽くさんとするコウと、気持ち悪い程に自分達に粘着して来るトヨフツがいるはずであるが……。
「あれだけの事をしでかしてくれたんだから……ちょっとしたお仕置き中よ」
そう言って、窓の外のきれいさっぱり瓦礫も片付いて更地となったユグドラシルを眺めるヴァルハラ。
夜空は今宵もしんしんと純白の結晶達が降り注いでいる。
今夜は楽しいクリスマス。それは、神々の世界においても、祝福の一夜となったのだった……。
★★★★★
「ひぎゃああああああああっ!!!!」
「お、落ちる!! 落ちるじぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
所変わって、ここはユグドラシル屋上。
どこまでも高いこの建物の屋上ともなれば、そこは最早成層圏となっており、ジェット気流が吹き荒れ温度も上昇したそこにロープでぐるぐる巻きで吊るされているコウとトヨフツ。
言うなれば、ミノムシが常に強風の扇風機を当てられて、いつ細い糸が千切れて飛ばされるか分からない状態なのだ。
もし飛ばされれば、ノアの方舟を没収されたコウは即死は間違いなく、本物の神であるトヨフツだって下手をしたら……である。
「ヴァルハラアァァァァァァァァァッ!! もう許してくれえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「漏れ達が悪かったおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
パーティーが行われているウルドの泉のある40階と屋上では、文字通り天と地ほどの差があり、当然彼等の叫びなど聞こえるはずもない。
その為、ジェット気流に晒され続けながら、コウ達はお仕置きとして、このまま一晩過ごす羽目となるのであった……。
人の幸せは、妬んだりしたらロクな事にならないので、みんなも気を付けよう。




