第二十七の神話
『慈悲』
そこには、この二文字はなかった。
あるのは、飛び交うM4カービンと呼ばれるアサルトライフルの鉛玉と、転がる無数の死体だけ。
奴等は……強かった。1人1人が超人的な強さを誇り、立ち向かう者達を瞬く間に滅ぼしていく。
もうどれだけの部隊が、奴等の餌食となって散ったのか……この戦争によって廃墟と化したビルの瓦礫に身を潜め、息を殺し、己の存在をこの世界から消すように隠れながら、そんな事を思考する。
考えれば考える程、絶望しか浮かばない。
多数の部下をこの希望の無い戦いに巻き込んでおきながら、会敵する前に部隊長の自分が絶望してどうする……!
必死にマイナスな思考を振り払い、間近に迫る敵の姿と、共に命を散らす覚悟で自身と共に瓦礫に身を潜める部下達を交互に見やる。
ならば、せめて彼に出来るのは逸る部下を諌め、怯える部下を鼓舞し、僅かでも生存率を上げてやるだけだ。
「Stand by……Stand by……Go! Go! Go!」
見てろ、マヌケ面したクソヤローども。
お前等の天下もここまでだ。
そう心の中で吐き捨てながら、彼は部下達と共に迫る悪魔達に向かって突撃した。
★★★★★
雪が積もり、辺り一面銀色世界となったグラウンドでも、喜び勇んで駆け回るとしたら、それは犬か子供達ぐらいだ。
八咫烏第三小学校のよいこ達も例外ではなく、上級生も下級生も入り乱れて雪のグラウンドを楽しんでいる。
給食も食べてエネルギー全開、雪合戦や雪だるま作りに勤しんでいる。
そんな雪降るグラウンドの中に設置された、低学年の子供達が遊ぶ複合遊具の支柱を背もたれにおしゃべりを楽しむクリス、メリィサ、シスタ、珠雲、ツナミ、アイの6人。
学年は違うが、クリスと珠雲を通じてよくこうして、昼休みは話をしたり遊んだりしている。
「え!? サンタって神界では実在するとね!?」
グラウンド中に、いや、下手をしたら元々声量の大きい事から、校庭の奥に聳える校舎にまで轟いているのではないかというくらいの轟音が炸裂する。
「っつ~……あんた、声デカ過ぎ……。だからそう言ってるじゃない。サンタは毎年11月にサンタ界から来て、子供達のプレゼント希望を受け付けるのよ。私は最新ゲーム機の罰箱1をお願いしたわ」
「私は自転車! 新しいの欲しかったんだよねー!」
(私はミ○ミの帝王全巻)
「私は…ぬいぐるみかな?」
あまりの轟音に耳鳴りが残っているのか、両耳を押さえながら先輩であるメリィサが改めて説明する。
それによると、既にそれぞれメリィサはゲーム機、ツナミは自転車、アイはジャンルはアレだが漫画、シスタはぬいぐるみと、サンタにお願いをしているらしい。
「そんなぁ……ウチ、サンタが実在するて知らんかったからお願いしとらん……」
プレゼントがもらえると知っていたならば、実は欲しいものはたくさんあった珠雲。
その大半が調理器具や家電の類ではあるのだが。もしそのお願いが通っていたら、煙突の家の屋根を電子レンジを担いでるサンタという、どう見てもサンタを利用した火事場泥棒という怪しい構図にしかならない。
(珠雲ちゃんが転校してきたのは11月も末。だから、知らなかったのも無理はない)
「えー! よかなぁ……」
サンタさんからのプレゼントは、子供にとって誕生日プレゼントに並ぶ2大イベントの1つだ。しかも、本物のサンタが本当に欲しいプレゼントをくれる。珠雲が住んでいた日本という国のように、資金難に喘ぐ偽サンタが妥協して買った、希望とは違う玩具や微妙に分かってないで別の玩具を買ってきたなんて事もないガチなやつとなれば、これを逃したのは大変に痛手だった。
因みに、神社の生れである珠雲の生家にも、ちゃんとサンタが来てくれていた。それもこれも、毎年祖父の源一郎が『孫がさんたくろぉすが来てくれると信じとるなら、神道もへったくれもあるかい! キリストだって日本からしたら八百万の神の1人じゃわい!』と息巻いていたかららしい。
「えと……あの……サンタさんって……誰……?」
『えええええええええ!?』
これまで沈黙を守って来たクリスだったが、そもそもサンタ自体を知らなかった事に、クラスメイトと後輩達が声を荒げる。
「そうたい……クリスは中世時代に近か、それもずっと独りだったけん……」
「えっとね、クリス、サンタってのは……」
シスタが説明をしようとした時だった。
ピンポンパンニョロペー
【5年2組のタマモ・ヤナギさん、6年1組のクリスティーナ・ローズマリー・ドラグマンさん、聖女の任務依頼がありました。正門前にユグドラシルからのお迎えが来ています。至急正門に来て下さい】
相変わらずみょうちきりんな呼び出し音と、それに続く重大な学校放送の内容に、互いに見合わせる珠雲とクリス。
「お仕事? 頑張って来てね!」
「死ぬんじゃないわよ、クリス」
ツナミとメリィサの声援に2人が頷くと、急ぎランドセルを取る為にそれぞれのクラスがある校舎へと走り出す。
「うん! ちょっと行ってくるばい!」
「えと……宿題……プリントだったら……えと……ウルトラ荘【ハァイ!】の……えと……102号室のポストに……お願い……!」
こうして、また新たな戦いが始まった。
果たして、次はどんな戦いとなるのか……。それを知る為に、2人は走り続けるのだった……。
★★★★
「ごめんコウ兄! 遅くなった……あれ? コウ兄は?」
ヴァルハラの執務室に飛び込むように入って来た聖女達だが、肝心のコウの姿がなく、目をぱちくりさせる。
「あの馬鹿ならいないわよ……。とにかく、まずはあんた達、挨拶しなさい」
素っ気ない口ぶりでコウの不在を伝え、目線で聖女達にある人物に挨拶をするように促すヴァルハラ。
彼女の目線の先にいたのは、大柄の太った老人だった。
真っ白な髪はオールバックにされ、大きな団子鼻の下から顔の下半分、真っ白なヒゲがたっぷりと蓄えられている。細いが穏やかな印象を受ける瞳は、クリスと同じ青色だ。
首が存在しないのではないかというくらい脂肪にまみれた顎に、これまた大きく膨らんだお腹を、黒いスーツで包んでいる。
年齢は70代後半を思わせるが、背筋が曲がった様子もなく、シャンと立っている。
「えと……こんにちは……」
「こんにちは! えっと、誰ね、このじーちゃん……?」
「サンタクロースよ」
「なーんだ、サンタさんかぁ〜。ちょうど学校の友達とサンタさんの話ばしよったと……サンタさんんん!?」
ナチュラルに、それでいて流れるような珠雲のノリツッコミに、サンタと呼ばれた老人が高らかに笑う。
「ほっほっほっ、ちと早いがメリークリスマス、可愛らしいお嬢さん方」
「すまんなジョナサン、騒がしい娘で」
隣に立つゼクスの言葉に、サンタクロースのジョナサンが首を横に振る。
「いやいや、子供はこれくらい元気がなければいかんよ、ゼクス」
「うむ、では改めて紹介しよう。ワシの旧知の友人でサンタ界の長でもあるジョナサン・サンタクロースじゃ」
ゼクスに身振りで応接用のソファーに促され、珠雲とクリス、向き合う様にジョナサンとゼクスが座る。
「今回お前達を呼び出したのは、このジョナサン達サンタクロースの護衛を頼む為だ」
「護衛……? サンタさんにね?」
夢の世界に生きるサンタクロースに、護衛と言う危険を孕んだ単語がまぐわう事に、違和感を覚える珠雲。
「うむ、子供達に夢を与える存在であるサンタクロースじゃが、近年そのサンタを滅ぼそうとする輩が現れたのじゃ」
何故彼等がその様な事をされなければならないのか。ゼクスの説明を受ける珠雲に、苛立ちの感情が芽生える。
「組織の名は『サンタ狩り平和隊』
幸せそうなカップルや家庭を憎み、モテない独身男性達が中心となって結成された軍団じゃ。奴等は正義の鉄槌等と高らかに謳い、クリスマスの幸せをブチ壊そうとする、危険な存在なのだ」
モテない僻みと幸せを羨む悲しき男達の負の集団、サンタ狩り平和隊。
彼等は毎年突如現れては、集団でのゲリラ戦を展開してくると言う、何とも悲しき者達だ。
「なんねそれ! 逆恨みも甚だしかじゃなかね!」
「えと……珠雲ちゃん……あの……もしかして……えと……コウ兄がいないのって……」
クリスの中で、嫌な予感が鎌首をもたげる。
その答えとして、ヴァルハラが苛立つ様に溜息を漏らす。
「……そうよ。あの馬鹿もトヨフツも、そのサンタ狩り平和隊側に今年もついてんのよ……。厳重に監視してたってのに、監視員全員叩きのめしてユグドラシルから脱走してくれて……」
やはりと言うか、なんと言うか……。
モテない事を競うオリンピックがあったなら、間違いなく神界の代表になれるだろうコウ。
その彼が、幸せそうなカップル撲滅に動くのも自明の理と言うわけだ。
しかも、ヴァルハラの口振りからすると、毎年やっちゃってると言う事になる。
「恥ずかしい限りだ。毎年ユグドラシルからも、コウとトヨフツを中心にモテない男性職員が参加していてな……。今年は、コウをよく知るお前達に、対コウ用の戦力になってもらいたいんじゃ」
「ウチらに……コウ兄と戦えって言うとね?」
確かに幾度となくヴァーチャル・リアリティ・シュミレーションによる模擬戦闘でコウと戦った事がある珠雲とクリスだが、それはあくまでも訓練であり、本当に敵対したわけではない。
しかも、元々クリスは行き場を失ってコウが道を示し、珠雲に至っては命を投げ出して救ってくれたコウに惚れて押しかけたのだ。
そんな2人がコウに敵対するなどあり得ない事だった。
「あんた達が言いたい事は分かるわ。でも、あの馬鹿達を暴走させたら、プレゼントを楽しみにしてる子供達はどうなるかしら?」
瞬間、プレゼントを嬉々として話す友人達の顔が浮かぶクリスと珠雲。
それを、あろう事かコウが潰そうとしている。
友人の為にも、何より人々を守る為に戦っているといつも話すコウが人々の幸せを壊させてはいけない。
「それでいいのよ、あんた達は。
で、サンタ軍はこちらからの物資は受領出来たかしら?」
覚悟を決めた2人の表情に満足したのか、ヴァルハラがそう言うと、今度はサンタのジョナサンに視線を向ける。
「えぇ、物資は確かに頂きましたが、肝心の技術長が……」
「あのボンクラめ……またか……」
ジョナサンの言葉に、頭を抱えるゼクス。
そこへ、突如執務室のオートドアがシュンッと低い音を立てて開かれる。
「いっや〜! わっるいわっるい! ちょ〜〜〜〜〜っとだけ寝過ごしちゃったー! おんや? あっ! この娘達か!? コウちゃんが連れてきた人間! ねぇ改造とか実験ってどこまでしていい!? あ、いや、ふむふむ……なるほど、こっちは最近まで栄養失調状態だったみたいだね……身長141センチ、体重34キロ、ちょっとまだ痩せ気味だなー……スリーサイズは、78、56、74って感じだなー。こっちの黒髪の娘は身長146センチ、体重39キロ、まあ標準近い範囲ね。スリーサイズは72、55、77ってとこか……それなら、人体における急激な成長に伴う苦痛の数値測定とかにピッタリなサンプルに……」
突然現れては、怒涛のラッシュで喋る、動き回る、更には見ただけでクリスと珠雲の身長、体重、スリーサイズまでピシャリと当ててみせる、女性……いや、女性と言うよりも、女の子と言った方がいいだろう。
珠雲と変わらぬ年頃のその少女は、キテレツな言動によく似合う程、ピンクに染まったボブカットに、サイドを赤いボンボンでまとめた髪型で、小柄な身体に似つかわしくない無骨なゴーグルを頭に乗せていた。
服装は白いブラウスに赤いリボンを襟元につけ、これまたド派手なピンクのミニスカート。その上に白衣を羽織った出で立ちだ。
背はクリスと変わらない140センチ程度だが、2人よりもより幼い印象を受ける。
「な、なんねこの娘……?」
「えぇい! ちょっとではないわ! 3ヶ月も無断欠勤しおって!」
「なーんだよゼクスちゃんよー、いつからあったしにそんな口を利くようになっちまったんだよー。ちょーっと『人は1ヶ月眠り続けたらどーなんのか』って実験で、あったし特製1ヶ月睡眠薬飲んだら効き過ぎて3ヶ月寝ちゃっただけじゃんかよー、おっかげで頭スッキリしたわー!」
コウやトヨフツでも頭が上がらないゼクスにも引かないどころか、むしろ『ちゃん付け』で全く意に返さない少女。随分と肝が座っているようだ。
「このクリスマスのサンタ戦争は、あんたと深い関わりがあるから任せているのよ。そんなに私の怒りを買いたいのかしら?」
「やっだなーヴァルハラちゃん、怒っちゃ美容にわっるいぜー? それにさー、12月25日が御先祖の誕生日っつー確証なんざ、どっこにもねーし? まーあったしとしちゃー色々兵器とか薬品の実験出来っから、それでいーんだけどさー」
ヴァルハラの鋭い眼光にも怯む事なく、自らの後頭部に腕を組んでローラーシューズで滑らかに滑ってクリスと珠雲の前にやって来ると、胸を張って腰に手を当てる少女。
「とっりあえずそこのお嬢ちゃん達に自己紹介だな、あったしは第二神位、叡智の神にして、ユグドラシルの技術開発研究の総責任者、イリア・キリスト28世。ま、世に言う人間からはっじめて神と同等になった、イエス・キリストの子孫ってやつなのよね、あったし」
「えと……キリストの……えと……子孫……!?」
異世界の中でもプロテスタントが主な宗教としている、北欧系が出自のクリスが驚愕の声を上げる。
そもそも、数ある異世界の中でも、仏教やキリスト教などの教えが酷似、またはそのものだったりする事も多い。
同じ日本という国でも珠雲が住んでいた世界や、先日の猫又事件の世界のように、パラレルワールドに分類される平行世界も存在するからだ。
クリスの住んでいた世界もまた、そうした理由でキリスト教が存在していたのだ。
「で、御先祖と所縁があるからって、あったしがこの戦争の支援と総指揮をしてんだよねー、よっろしくー」
「ただのマッドサイエンティストだ。お前達、変な薬など混ぜられんように気を付けろ」
「おいおいゼクスちゃんよー、もうちょっと目上の人に対する態度ってもんがあんだろー? まー否定はしねーけどさー」
ゼクスの冷たくあしらうような口調に、ケラケラと笑うイリア。
だが、どうにも会話に違和感を感じて仕方ない。
「なんば言いよっとね? どぎゃん見てもイリアはウチよりも年下っぽかとに……」
「ああ、イリアは……」
「あったし今年で86だぜー? もーどーすんだよ、後2年で米寿だぜ米寿! あっはっはっはっはっは!!」
『えええええええええええ!?』
どう見ても10歳くらいの見た目に反し、実年齢のあまりの高さに、一瞬嘘でも言っているのではとヴァルハラ、ゼクス、そしてジョナサンまで見るが、いずれも否定の声をあげず、それどころか『言いたい事は分かるが事実だ』と言わんばかりの表情で頷くゼクスと、苦笑を浮かべるジョナサン。
ヴァルハラに至っては興味がなさそうに欠伸なんかしちゃっている。
「10歳の時にさー、漫画とかでよくあんじゃん? 『不老不死になって永遠の命をー!』なんてさぁ。だからさ、実際不老不死ってどんなんか気になって自分で作って飲んでみたんだよね、不老不死の薬。そっしたらさー、この年になってもまーだ10歳のままでやんの! しっかもあったし発育いい方だったもんでさー、そん時からもうおっぱい膨らんでたし、生理もあったから、不老不死のおかげでこの年になってもまーだ生理あんだよー。あったし生理ナプキンの会社からしたら、上得意客じゃね?」
わずか10歳の時から天才的な手腕を見せていたイリア。ちょっと漫画で見たからという理由で不老不死の薬品を研究し、更には完成させてしまったという時点で、途方もない天才である事が伺える。
……同時に、下世話な性格も一緒に露見してしまっているが。
「つまり、あんたらと違って法律に違反しない合法ロリだぜ! 合法ロリ! オラ、ロリコンども喜べ! あっはっはっはっ!!」
「話が脱線してるわよ……。イリア、今回はコウとトヨフツ対策にこの娘達をあんたに預けるわ。うまく使いなさい」
ヴァルハラの言葉に、手をヒラヒラさせて返答の意を示すイリア。
「へーいへい、ほんじゃー装備のかっくにんしたいから、今からサンタ界に……」
「失礼、部下から連絡が……」
イリアの言葉を遮る様に鳴り響く携帯の着信音。どうやら、サンタのジョナサンのものからだった。
スーツの胸ポケットから主を呼び続けるスマートフォンを取り出して応答するも、みるみる顔が青ざめていく。
「なんと……! じ、ジョセフがサンタ狩り平和隊に捕らえられただと……!? わ、わかった……。至急救援部隊の編成を頼む……」
「あんた達、急いでサンタ界に飛びなさい。コウ達は既に動き出しているわ」
敵は既に戦いを仕掛けている。表情を強張らせる珠雲とクリス。そして、何かを企む様な笑みを浮かべるイリア。
彼女達の新たな戦いが、今幕を開けた……。
★★★★★
「やめろ……! やめてくれ……!」
続けられる拷問。与えられる苦痛に表情が、精神が歪められる。
敵であるサンタ狩り平和隊の作戦参謀は、血も涙もない冷酷な人物である事は、この残酷な拷問から見て取れる。
既にジョセフは拷問を1時間に渡って受けていた。
苦しい、解放してくれ。何度もそう思ったが、決して仲間を売る発言はしなかった。
「いい加減吐いたらどうだお? そうすれば、楽になるんだお?」
全裸に真っ赤なパンツ、リングシューズにおでこの部分に『しっと』と書かれた覆面マスクを被った、サンタ狩り平和隊の最高司令官自ら拷問の場に現れ、囚われのジョセフに投げかける。
「………………次にあんたは『強情な奴め……!』と言う……!」
「強情な奴め……! ハッ!?」
最高司令官の心を見透かし、ニヤリと口角を上げるサンタ、ジョセフ・サンタクロース。
「なんて奴だお……! おい! もっと拷問を続けるお!」
側にいる2人の隊員が、あるものを取り出し、無理矢理それを囚われのサンタの口にねじ込む!
「や、やめろぉぉぉぉぉぉっ!! もがっ! もぐもぐ……! こ、これ以上焼肉パーティを見せ続けながらカロ○ーメイトばかり食わせるのはぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
『かんっぱあぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!』
「んぐっんぐっんぐっ…………っかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 焼肉にビールさいっこぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ワイワイガヤガヤ、おーい! カルビ焼けたぞー!
まさに血も涙もない、美味しそうにジュウジュウ焼ける音に、部屋全体に立ち込める香ばしい香り。そして、喉を潤すキンッキンに冷えたビールを、タレが滴る熱々のカルビを口に入れてぐーっ! と流し込むサンタ狩り平和隊の面々の姿!
しかも大人数で賑やかに楽しく焼いて食って飲むから、これが美味いのなんの!
それを見せられ、音を聞かされ、鼻腔をくすぐられながら、自身には口の中パッサパサになるカ○リーメイトだけを無理矢理食べさせられる。
焼肉屋にいるのに! 次々お肉が山盛りの皿やビールのジョッキを店員さんが持ってくるのに!
ロープでグルグル巻きにされたジョセフだけ、一口も食べる事が許されないと言う、これ以上ない程に残虐な拷問を考えつく作戦参謀の冷酷無比さは、まさに恐怖以外の何物でもない!
「ならば……もっきゅもっきゅ……サンタ軍の兵力、兵器の種類、弱点を……もっきゅもっきゅ……言う気になったかお?」
目の前でロースを箸で揺らしつつ、泡がはみ出る程になみなみと注がれたビールを手に問いかける最高司令官。
脂とタレがポタポタと垂れ、部屋の灯りでツヤまで見える。
「な、舐めるなよ……俺が仲間を……売ると思うな……!」
目の前の肉汁たっぷりのロースと、完全に口の中の水分を持っていかれ、カラッカラの喉に今すぐにでも流し込みたくてたまらないビールに、すっかり視線が集中しながらも、決して口を割ろうとしないジョセフ。
「仕方ないなぁ……これ以上は可哀想だし、ビールとお肉一切れくらいならあげるお」
そう言って、ジョセフの口元にまでビールを差し出す最高司令官。
ああ、やっと……やっとこのパッサパサの口の中に、喉に爽快なキレ味が注がれる……!
夢中で顎を伸ばし、ビールを一瞬でも早く味わいたいと本能のままに口を開く……が!
次の瞬間、ビールが注がれていたジョッキがUターン。ジョセフの喉を潤すはずだったビールがマスクを口元だけめくった最高司令官の喉の奥へと消え、ロースもぱっくり食べられてしまう!
「なーんて言うと思ったかお! 漏れ達がそんな事するわけないお! この情弱めだお!」
「う~うううあんまりだ……HEEEEYYYY!! あァァァんまりだァァァァ!! AHYYY AHYYY WHOOOOOOHHHHHHHH!! ……ガクッ」
まさに下衆の極みと言わんばかりの所業に、遂に大泣きとショックで気を失ってしまったサンタ。
「最後まで口を割らなかったか……敵ながらカッポレ……じゃない、天晴れだじぇ」
「作戦参謀か……。今年も一筋縄じゃいかないようだお」
皿の上に焼肉を山盛りにして貪りながら現れるは、最高司令官同様、おでこに『しっと2』と書かれた覆面マスクに、何故か上半身裸の上にノースリーブのジャケット姿の、サンタ狩り平和隊の残虐にして味方すら震え上がらせる作戦参謀。
揃った最高指導者2人は、気を失ったサンタを見下ろしながら、ビールを口に注ぐ。
「とりあえず身ぐるみを剥いで我等同胞の返り血に染まった強化サンタ服の解析を急がせた方がいいじぇ。放った間者からの連絡じゃ、イリアの婆さんが今年も新しい装備をこさえてるそうだから、徒労に終わるかも知れないけどな」
「偽幼女かお……以下オエーのAAだお。漏れ、あの偽幼女苦手だお……」
「俺もだじぇ……。見た目幼女で中身おばちゃんだもんな……。しかも、今年は助っ人までいるらしいじぇ」
どうにもあの下世話なノリと、可愛らしい女の子の容姿のギャップの酷さに、萌えを感じない最高司令官と、見た目、実年齢、共に射程距離外と両極端に位置する作戦参謀に、深い溜息と陰鬱な空気が漏れ出る。
しかも、ただでさえ毎年劣勢な中で助っ人まで用意されたとなれば、かなりの苦戦が予想される。
「しかも、早速そこのおっさんを助ける為の部隊がこの『焼肉屋すじこ』に向かって来てるって話だじぇ」
もう肉なのかシャケの塩蔵加工品なのかよく分からない拠点に、既に部隊が送り込まれているとの情報を得た作戦参謀。
「む、なら籠城でもするのかお?」
「いんや、既に特殊自宅警備部隊を迎撃に出しているじぇ」
最高司令官が考えるまでもなく、作戦参謀によって編成された特殊部隊を出撃させていた作戦参謀。やはりこの切れる頭脳は、ただの肉食ってる覆面ではない証拠だ。
「いきなりあいつ等を出したのかお……作戦参謀……恐ろしい子……っ!」
サンタ狩り平和隊の中でも屈指の実力を持つ特殊自宅警備隊。その実力は、自宅や自分達のパソコンのHDD等を守らせたら最強とすら謳われる精鋭揃いだ。
「もう間もなく会敵するとおもうじぇ。クリスマス・イブ(聖戦)まで後2日。まずは前哨戦だじぇ……!」
「うむ。者ども!! クリスマスは元々キリストの誕生を祝う厳かなる宗教儀式だ!! それを何を勘違いしたのか、バカップルどもがイチャコライチャコラとあんなことやこんなことをやらかす風習が蔓延している!! 与えねばなるまい!! バカップルどもに天罰を!! そう!! これは悪を討つ正義の鉄槌!! 決して私怨や羨ましいからではない!! 聖戦だ!!」
焼肉を貪る漢達に向かい、高らかに説いてみせる最高司令官。その言葉にある者は士気が上がり、ある者は感動したのか、空しい現実を見てしまったのか、涙を流す者までいる。
「しっとの心わ~~~~!!」
『父心!!!』
「押せば命の!!」
『泉わく!!』
「見よ!! しっと魂は!!」
『暑苦しいまでに燃えているぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!』
結束が高まるモテない男達……。まずはクリスマス前の戦い。
後に歴史の教科書に飾られる『第二次クリスマス戦争』の『サンタ奪還戦』が、始まったのだった……。




