第二十四の神話
1年前、誰も見向きもしない商店街の裏にあるゴミ捨て場に、2匹の赤ん坊猫が産声を上げた。2匹は愛らしく、アメリカンショートヘアと呼ばれる種類の、灰色短毛種の両親から産まれたにも関わらず、茶色い虎模様の長い毛並みの姿だった。2匹が産まれて間も無く、両親猫は姿を消した。
彼等には、何故突然両親が消えたのか分からなかったし、今でもその謎は解けていない。ただ、まだ狩りの仕方も知らぬ2匹は、今日食べるものすら自力で取る事も出来ず、ただ何の為に生を受けたのかも分からぬまま、死を迎えるしかなかった。
日に日に衰弱しながらも、現れる事のない両親を待つ2匹には、ご馳走になるのを今か今かと待ちわびるカラスが上空を舞うばかり。
彼等の転機は、そんな時だった。
ある日、彼等の元に人間がやって来た。人間は弱った赤ん坊である彼等を不憫に思ったのか、自宅に連れ帰り、食事を与え、寝床を与えた。
まさに、神様からのギフトの様だった。
人間は、彼等に名前も与えた。1匹には茶色い毛並みから『茶々丸』もう1匹にはやんちゃでじゃじゃ馬の様だから『じゃじゃ丸』と、そう呼んでいた。
彼等を拾った人間は、1人の若い男だった。人間には、好意を持った女がいた。
やがて、人間達は付き合うようになり、 それまで彼等にたくさんの愛情を注いで人間の男は、一変して恋人となった女の人間にばかり愛情を注ぐ様になった。茶々丸とじゃじゃ丸の存在等、最初から無かったかのように、見向きもしなくなった。
女は、猫が嫌いだった。故に彼女がやって来る度に邪険に扱われ、男が見ていないところでは平気で踏み潰そうとし、物を投げつけられられたりもした。
じゃじゃ丸は、彼女が嫌いだった。そして、ある日事件は起きた。
『自分と付き合っていくなら猫を捨てろ』
人間の女は、男にこう言い放った。そして、男は悩む素振りすら見せず、彼らはあの橋桁へとあっさり捨てた。まるで、飽きた玩具を捨てる様に。定期的に処理する家庭ゴミかなにかのように。
こうして、彼等は再び野良となった。
じゃじゃ丸は思った。
『人間は我等を捨てた。自分の都合良く我等を扱い、要らなくなったら捨てる。なんと傲慢な生き物か』と。
茶々丸は思った。
『人間とは共に生きる事が出来なくなった。ならば育ててくれた恩を胸に、このまま気ままに生きていこう』と。
そして、やがて双子の兄弟はそれぞれの道を歩んだ。
じゃじゃ丸は街一帯の野良猫達を従えるボスに。
茶々丸は橋桁を拠点に、自由気ままに、時にはまた気まぐれで人間と共に。
2度目の転機が訪れたのは、そんな時だった。
手下の野良猫達とゴミ捨て場を荒らすじゃじゃ丸に、声が聞こえた。
『貴様を要らなくなった玩具の様に捨てた、憎っくき人間を駆逐し、支配する力が欲しいか?』と。
自分を捨てた人間に恨みがあった。
じゃじゃ丸の中に燻る復讐の火種が燃え上がった。
彼は頷いた。『そんな力があるならば、俺に寄越せ』と。
こうして、彼は強大な力を、ディス・モンスター猫又へと、その姿を変えていった。
しばらくして、茶々丸にも声が聞こえた。
『ヘイヘイヘーイ! この世界に迫る危機♪ このままじゃ人間みんなkickin♪ どうするそれもお前次第♪ お前が戦うなら力を授ける次第さ♪』
陽気な声。ノリノリのリズム。
茶々丸は知っていた。最近人間を襲う怪物の正体を。双子の兄弟が、止まらぬ暴走を続けている事を。
だからこそ、彼もまた頷いた。
『また兄弟で、自由気ままに楽しく生きたい』と。
これが、この世界の脅威と、人知れず人間を護る神獣士の始まりの物語。
人間の世界とは違う、彼等の世界の物語だ。
★★★★★
「そぎゃん過去が……!」
《ヘイヘイヘーイ! だから茶々丸は、戦っているだっぜィ! 因みに俺っちの属性は『爪』 全てを引き裂き、全ての運命をもビリビリにしちまうんだっぜィ!》
茶々丸から聞こえる脳に響く声。
彼等は、その身を1つにして、猫又の王……茶々丸の双子の兄弟、じゃじゃ丸と戦っていた。
胴回りに黄色の分厚い鎧を着込み、耳と口周り、ヒゲだけがピョンと飛び出した仮面は、顔面上半分も包んでいる。四肢にも黄色の脛当てが装着され、前足には大きな爪……専用武器の『ねこぱんち』が装着されている。茶々丸の額に、何故かフリーの黄色いコアクリスタルが埋め込まれているのが、この神獣の特徴なのだろう。
身軽な猫の体質に反してかなり重厚とも言える神獣鎧ではあるが、それを物ともせずに茶々丸が襲いかかるじゃじゃ丸の重い殴打を右に左にとステップを踏んでかわし、ねこぱんちで反撃する。
まさに一進一退の攻防。互角の戦いだ。
「珠雲ちゃん……えと……私達も……!」
「うん、茶々丸に加勢ばするばい!」
ようやく腹部の傷が癒えたクリスが立ち上がり、2人もまた、王と猫の神獣士の一騎打ちに立ち向かおうとする。だが、それを阻むのは白い影。
「お前達は厄介な存在だ。そこに転がる男の様に、貴様等も喰ってやる」
クリスの超回復能力、そして珠雲の幻の力を目の当たりにした側近たる白い猫又。その能力たるや、厄介極まりないと判断したのか、2人を茶々丸の元へと行かせまいと両手の爪を繰り出してくる。
「悪かばってん、雑魚に構っとる暇はなかと! 夢幻!!」
珠雲が跳躍と同時に巻き起こす濃霧。辺りを包む白い幻覚がたちまち白毛の猫又からクリスと珠雲の姿を隠していく。
「またこれか……! ぬぐうっ!!」
いつの間にか後方から飛んでくる茨の鞭。背中を削られ、自慢の真っ白の体毛が紅に染まり始める。敵は後方にいる。ならばそちらへ飛んで爪で斬り伏せんとばかりに超スピードで飛び込むが、クリスの姿はない。
代わりに、今度は左右同時に飛びかかる鞭の嵐だ。
「えと……あなた達の戦い方は……えと……もうわかりました……! だから……えと……もう……」
「ウチ等には勝てんって事たい! いけぇ! 狐火!!」
敵に位置を悟れまいと、両の指から放たれる茨が縦横無尽に霧の中を駆け巡り、敵の全方位から次々に一撃を放っていく。
更に、混乱を招いた中に精神攻撃の火の玉が回転しながら右肩に着弾。燃え盛る事なく猫又の中に沈み込み、同時に恐怖の感情が強制的に引きずり出されて絶叫を生み出していく。
感情を持つ生命において、恐怖というのは内面にある危機が感情となって表れたものであり、それに対して逃れようと本能的な防御態勢をとる。
恐怖の対象から逃れようと通常時では考えられない程の過剰な反応や身体能力を見せ、時には『窮鼠猫を噛む』との言葉がある様に攻撃な防御姿勢を見せるものもいる。
だが、この狐火はそんな事をさせない。選択させない程の恐怖心を脳に、心に植え付ける。
身体が硬直し、歯をガチガチと鳴らし、瞳孔が開き、その場から動く事すらままならなくする。
それが、この狐火という技なのだ。
見ようによってはチートとも言える技だが、キュウビメイルの直接攻撃技がない中での唯一の攻撃技故、結局のところキュウビメイルは単独での戦闘は向いていない事が浮き彫りとなっている。
だが、この戦いにおいて、その効果は絶大だ。一瞬の硬直。クリスにとって、それだけで十分だった。
「えと……! お願い……! ローゼス・バイト……!」
白い猫又に絡みつく茨の鞭達。四肢に、身体に巻き付いた茨が鋭く、そして大きく伸び、鉄の処女の如く異形の存在を断罪する!!
「ぎにゃああああああああああああああああっ!!」
巻き起こる処刑の絶叫。だが、薔薇の乙女の一撃はこれだけでは終わらない、終われない!
「えと……! まだ……! ローゼス・アブソーバー……!」
ドクン、ドクンと猫又を突き刺す茨の棘から鞭に、そしてクリスへと流れていく生命エネルギー。
敵から命を吸い上げ、自らの体力へと奪い去る技、ローゼス・アブソーバー。まるで土から養分を吸い上げる様に。まるで土から水分を吸い上げる様に。猫又の肉体を、血液をも根こそぎ奪っていく……!
「あが……が……っ」
断末魔というにも弱々しい声を漏らし、ようやく解放された猫又がその場に崩れる。
筋骨隆々としていた面影はもはやなく、艶を失いかさかさとなった体毛と皮だけの存在に成り果てたそれ。
次第に黒い光の粒子が抜け出し、聖女達の祝福の虹へと収まる。後に残されたのは、痩せこけた一匹の白い野良猫のみ……。
「えと……邪悪に魅せられた……えと……哀れな魂よ……」
「せめて、九つの尾と」
「えと……茨の衣に抱かれて……」
『眠れ……!』
神の代務者たる聖女達。彼女達によって、また1つの脅威が、この世界から去って行った。
残すは猫又の王、じゃじゃ丸ただ1人。彼女達が視線を向けた先には、双子の激闘が、今なお繰り広げられていた。
「あ……えと……た、珠雲ちゃん……! あの子……!」
「え!? まさか……!」
クリスが気付いた視線の先。そこには、この戦いの招かざる客が、現れていた。
★★★★★
時を同じくして、聖女達が白い猫又との戦闘を開始した頃。
猫の神獣士と猫の怪物の戦いは、まさに拮抗状態を迎えていた。
防御に特化したフリー・メイルによって致命傷は避けられているが、逆に攻撃力はあまりないせいか、互いにダメージはあるものの決定打を残せずにいた。
「くっ、茶々丸! 貴様は何故俺の邪魔をする! 人間は屑だ! 我が物顔でこの世界を支配するゴミなのだぞ!?」
じゃじゃ丸の刃の如き爪が、神獣鎧の胴体側面を薙いでいく。
「うにゃぁお!」
≪ヘイヘイヘーイ! 茶々丸はそんな事ないって言ってるっぜィ! 人間は悪い人間ばかりじゃない、たまたま自分達が出会った人間があんな奴だっただけだって言ってるっぜィ!≫
そう、人間は愚かで傲慢でその高い思考力で自身の利益を。他者を蹴落とす事を。宗教や思想の違いだけで高い技術力を以て地球を、他の生命体をも巻き込みながら争う。喰い破る。だが、そんなのは人間の中の一部だ。
自分達だって縄張り争いをする。食べ物を巡って争う。ネズミや昆虫等の他の生命を喰う為に襲う。
やっている規模や理念こそ違えど、同じなのだ。それに、人間は他の生命よりも強い慈しむ心がある。
だから自分達猫族を家族として迎え入れてくれる。犬族だって、他の動物や昆虫だってそうだ。彼等の恩恵を一身に受けているものだっている。
自分達がたまたまその恩恵を受けれなかっただけだ。
じゃじゃ丸の巨体の懐に飛び込み、ねこぱんちで腹部を削ぐ茶々丸。
「ならば何故俺達は暗がりの中で、人間に怯えながら暮さねばならない!? 仲間が何人も連れ去られ、殺されなければならない!?」
彼等は野良猫だ。野良は放っておけば繁殖し、いずれは人間社会に影響を及ぼしていく。だからこそ、彼等は駆逐される。
しかし、それはあくまでも人間が人間として生活を営む為の一方的な理由。彼等が生きていく上でなんの罪もない。死という咎を背負う必要もない。
「にゃあおっ!!」
≪ヘイヘイヘーイ! 確かに人間は猫を殺すっぜィ! だけど、それから守ろうとする人間もいるんだっぜィ!≫
人間の社会には、野良となった彼等を保護するべく動く人間も存在する。
各種保護団体が野良猫を保護し、新たな家族との出会いを紡ぐ事もあれば、彼等の社会的な地位を向上、安心して暮らせる社会を創り出そうと活動を行っている者もいる。
それだけでなく、1人1人でも彼等猫族を愛し、寵愛する者達だっている。
だからこそ、簡単に人間を悪と決めてはいけない。人間そのものが悪なのではない。
王の悲痛の叫びと共に突き出されたショルダータックルで吹き飛ばされる茶々丸。
しかし、それを持ち前の猫の身軽さで空中で回転し体勢を整えて着地すると、頭の上にぴょこんと飛び出した神獣・フリーが号令をかけて、彼の自慢の長い体毛から次々と大量のフリーが現れては跳ね回り、一斉に無数のフリーが猫又の王へとミサイルの様に突貫する!
「にゃにゃーおっ!!」
茶々丸の体毛内に何百、何千と住まう神獣・フリー達が相手に向かって突撃する技、『にゃにゃーお』
神獣・フリーは神獣の中でも珍しい無数のノミ達があつまって1つの神獣として存在する。
故に、珠雲やクリス達と話したフリーも、フリーであってフリーの一部に過ぎない。
そんな神獣ミサイルがじゃじゃ丸に着弾。次々に体毛の中に隠れては皮膚表面に噛みついて吸血し始める! しかもかゆい。とんでもなくかゆい!
「ぬああああああっ! うおっ、うおおおおおおっ!!」
あまりのかゆさに身をよじり、地面に転がり始めるじゃじゃ丸。この緊迫した戦闘で、身体中を駆け巡るかゆみというのは集中力を削がれるし、何よりかきたくてかきたくてたまらなくなる。しかも身体のあちこちから例のレゲエのリズムが聞こえてくるオマケ付だ。
体力を奪われ、強いかゆみに襲われ、しかも耳を塞いでも脳に直接聞こえてくる無数のレゲエミュージック。
これこそが『にゃにゃーお』の威力だ。
そして、そんな無理矢理作った隙を茶々丸は見逃すはずがない。寝転がって不用心にも開かれた腹部に向けて跳躍、鈍い輝きを放つ爪、『ねこぱんち』を突き出す!
「舐めるな茶々丸! がああああああああっ!!」
腹部を、まるで限界まで膨らませた風船の様にぽっこりと膨張させ、大量の空気を吸い込むじゃじゃ丸。
弾薬を十分に補充し、一気に咆哮のバズーカを空中舞う兄弟に向けて解き放つ。
ステージの照明が割れ、大気が震えるそれを直撃で受けてしまった茶々丸は、風力によってその小さな軽量級の身体を吹っ飛ばされてしまう。
≪ヘイヘイヘーイ! まったくの互角だっぜィ……! こうなりゃ出すか奥の手♪ 恋愛にゃ奥手でも戦う俺達♪ 多く手を差し出す人間守るぜ♪ 人間の嬢ちゃん達も、もうすぐこっちにこれそうだっぜィ、それまで踏ん張るんだっせィ、茶々丸≫
「うなっ」
互いに一歩も引かぬ状況。聖女達は決着が付きそうではある。もう少しすれば、彼女達が援軍としてやって来るだろう。
その時だった。
「茶々丸!! あ、危ない!!」
野外ステージ入口の階段から聞こえる幼い男の子の声。
階段上に現れたのは、彼を拾い、世話をしていた少年、悠斗。駆け出した茶々丸が心配になり、この学区外である隣町にまで探しに来たのだ。
状況を知らぬ悠斗が、危険を顧みず大事な友人を守ろうと、走り出し、茶々丸を抱き上げようと両手を広げる。
だが、それは自らの命を差し出すのと同じ。この戦いを互角から劣勢へと引きずりおろすのと同じだ。
≪ヘイヘイヘーイ! 来ちゃダメだっぜィ!≫
「え……?」
頭の中に響く声に驚いたのか、最悪な事に茶々丸を助けようと走っていたその場に、無防備にも立ちすくむ悠斗。そこは、距離にして茶々丸の後方2メートル程の場所。超高速で駆け回る事が出来るじゃじゃ丸にとっては、十分な間合い。
ニタリ。
邪悪な笑みが、獲物を狩るハンターの眼が、愚かにもこの戦いに割り込んだ人間へと向けられる。
「悠斗!! 逃げなっせ!!」
それに察したのか、白い猫又を倒したクリスと珠雲も彼の元へと走り出すが、ステージ右翼側で戦う彼等とは対極の左翼側にいた彼女達でも間に合わない。
腰を落とし、尻尾を揺らし、自らの影を残して爪を、牙を剥き出しに、茶々丸と縁のある人間を喰らい、この拮抗した状況を打破せんと、猫又の王が超高速で襲い掛かる!
「にゃああああっ!!」
茶々丸も、自らの身を挺して盾とするが、加速を得た巨体の衝撃力は、一般的な猫の体躯と変わらぬ茶々丸をあっさりと吹き飛ばし、スピードもまるで衰えない!
「わああああああああああああっ!!」
大事な友達を助けようとして一変。自らが怪物に喰らわれそうになる悠斗。
幼い故に無知。無知故に襲われる。幼い命は、無残にも紅に、肉塊に、その牙と爪で引き裂かれていく!
「なーんて……させるわけないじぇ?」
音速へと達そうかという速度で跳ぶじゃじゃ丸の耳に聞こえるおちゃらけた口調。
同時に、横から突如感じる激痛。衝撃。そして……殺気。
その一撃に軌道を逸らされ、腹部を貫くような痛みに、着地にも失敗して何度も転げる猫又の王。
「ぐぬぅぅぅぅぅぅぅっ!! こ、これは……剣か!?」
体勢を立て直し、ようやく自らが生み出したスピードを殺して制止するじゃじゃ丸の脇腹に埋め込まれていたもの。それは、古来この日本に存在した『サムライ』という者達が使っていた剣、日本刀。
それも、1本や2本なんて数ではない。合計6本もの刀が突き立てられていたのだ。
≪猫が虎に勝てるとお思いですか……? さぁ、その命、神に還しなさい!≫
『コウ兄!!』
ゆらりと悠斗に歩み寄る1人の男。虎の横顔を紋章として描かれたサークレット、日本の武者鎧を彷彿とさせる白と黒のモノカラ―のデザイン。肩には袖と呼ばれるアーマーが装着され、籠手には防御、攻撃兼任の指先から肩より更に高い位置にまで伸びた刃、『虎牙』
胴には今にも動き出しそうな虎の頭部とその額に白いコアクリスタル。
腰部には草摺と呼ばれる鎧。膝から太ももにかけては佩楯という膝の鎧が取り付けられた、まさに戦国の侍姿。
何よりも特筆すべきは、その背後に装備された6本の刃が翼の様に広げられた刀達。
いや、じゃじゃ丸からまるで意志があるかのようにひとりでに突き刺さっていたはずの刀が引き抜かれ、その背中に戻って合計12本となった抜身の刀で象られた翼、『乱れ桜』
腰には左右に1本ずつ専用武器である『白虎丸』『吹雪丸』が備えられている。
これこそが、コウの使役する神獣達の中で最後の神獣、氷を属性に持つタイガーの神獣鎧だ。
「貴様ぁ……! まだ生きていたのか……!」
「あいにく、俺は同業者には嫌われていてね。死神の方から三行半を突き付けられているんだじぇ」
悠斗を護る様に前に立つコウ。口調こそはいつもの飄々としたそれだが、顔は青ざめ、猛虎の神獣鎧の下からがポタリポタリと紅が滴っている。恐らく、今現在も相当のダメージがあるはずだが、それをおくびにも出さないでいる。
「くっ! 死にぞこないがぁっ!!」
「その言葉、そっくりそのままバットで打ち返してやるじぇっ! 桜花乱れ裂きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいっ!!」
再び超高速の跳躍でコウの胴体を引き裂かんと突撃するじゃじゃ丸。
だが、コウは腰の白虎丸、吹雪丸を抜くと同時に背部の乱れ桜が一斉射出。コウの意志ひとつで舞うその遠隔操作型の刀達と共に、合計14本の刀で上下左右だけでない、360度全方位からの一斉滅多斬りがカウンターで炸裂!
「がああああああああああああっ!!」
勢いを殺され、全身を斬り刻まれた猫又の王に、更に追撃とばかりに超低姿勢で駆けるコウ。
二刀流の刀を手に、腕を組む様にクロスしたまま、一気に跳躍と同時に両腕を開いて王を空高くへと斬り上げる!
「桜っ!!吹雪っ!!!」
空中へと吹き飛ばされた王もろとも、コウを中心に巻き起こる吹雪。雪が猫又の王の血に染まり、まるで桜の花びらの様に雪の白の混ざり合って桃色を生み出す!
同時に、冷気によってピシピシと身体が氷によって支配されていく猫又の王。
「クリス! 今たいっ!! 夢心地!!」
「うん……っ! お願い……! えと……バスティーユ・ローズ……!!」
神の復活に呼応するかのように、聖女達もまた、猫又の王を捕えようと幻によるクリスの分身を創り出し、4人に増えた薔薇の乙女による4重層の茨の監獄へと王を誘っていく!
≪ヘイヘイヘーイ! 茶々丸! いまこそこのフリー様の真の力を開放する時だっぜィッ!!≫
「ごろにゃぁっ!」
このまたとないチャンスに、茶々丸のフリー・メイルの胴体が真っ二つに割れ、重厚な鎧だったそれが左右に展開。ジェット機の主翼の様に広がり、先端にはジェットエンジンがそれぞれ1機ずつ。尻尾付近には垂直尾翼まで展開され、ねこぱんちが1周り、いや、2周りも巨大化する!
地面を巨大化したねこぱんちが抉り、空気を揺るがす高音が、大気を吸い込む高音が、ジェットエンジンから奏でられる!
これこそが、フリー・メイルのもうひとつの姿、アサルトフォームだ。
ビートル・タイプの神獣の最大の特徴として、2つの形態が存在する。
ひとつが基本形態のクリサリス・フォーム。主に防御に特化したまさに蛹の状態。そして、蛹から脱皮し、攻撃に特化した成虫形態、アサルト・フォームへと自由に切り替える事が可能だ。
そのアサルト・フォームへと展開し、空への自由を手にした茶々丸が、地面を抉りながら走る! 駆しる!! 疾しる!!!
「ごろにゃーごっ!!」
今、咆哮と共に、一匹の神獣士が離陸!!
大空を駆け巡る獣が、音速を手に入れて自らを弾丸として薔薇の牢獄を貫く!!
≪ヘイヘイヘーイ! これが茶々丸と俺っちの必殺技『ごろにゃーご』だっぜィッ!! ヤーマン!!≫
いつか見たクリスと珠雲の前で貫いたあの弾丸が、双子の兄弟の凶行を止めるべく、全てを抉り、全てを終わらせる!
「何故だ……! 何故だ茶々丸……! お前は……人間が恨めしくないのかぁ……!」
「にゃあ……」
≪茶々丸はYO、知っているんだっぜィ、人間も猫も、俺っち達ノミだって、いいヤツと悪いヤツがいるって事をNA。いつかきっと、ONELOVEな世界が来るって、信じているだけなんだっぜィ。それまで、俺っち達は気ままに生きていくだけだっぜィ≫
茶々丸は振り向かずに歩いていく。大事な友人の元へ。兄弟を見ず、過去を見ず、これからの先を見据えて歩く。猫の世界はまだまだ人間の世界との共存が完璧だとは言えない。だが、いつかは訪れる全ての猫達の幸せを願い、これからも力を行使していく。それは、支配ではなく、共生が出来る世界を目指す為に。
「馬鹿な……! 来るわけがない! 人間は愚かだ! いつかお前がそれを知る日が来るのを……俺が見届けてやる! 兄弟よ!」
茨の監獄から這い出る猫又の王が、黒い粒子となって崩れ始める。腹部に巨大な風穴を開けた王は、不吉な予言を残して消えていく。
「……確かに難しいだろうな。永遠に来ないかもしれない。だが、それがおま~みたいに絶望していい理由でもないし、諦めた時点でそれは永遠に来ない事の証明になる。だから、この猫はいつかを信じて、実現の為に今度は戦うんだよ」
崩れ去る猫又の王へ、憐れみの言葉を手向けるコウ。
王は既に、事切れた一匹の野良猫となっていた。その言葉は彼に届いたかどうか……それは、もう神にも分からなかった……。
★★★★★
≪ありがとうよ、坊主。俺っちも茶々丸も、もうへとへとなんだっぜィ≫
「ううん、僕こそありがとう、フリー。でもこれで、茶々丸とフリーと、ずっと一緒にいられるんだね」
あの壮絶な猫又達との戦いも終わり、目的のディストーションを手にした神と聖女。
脅威が去った今、この世界にいるべきではないと述べた彼等と別れ、いつもの橋桁へと帰ってきた悠斗と茶々丸、そして神獣・フリー。
よほど疲れているのだろう、茶々丸はすっかり段ボールハウスの毛布に包まり、寝息を立てていた。
《そうだっぜィ、明日からまた気ままに楽しく生きていくだけだっぜィ! でも、今日はもう遅い。茶々丸の精神力も空っケツ♪ 俺っちも消えるぜケツの方から♪ お前と俺っち達はずっと一緒にいると決意したんだ♪ だから、今日は帰りな、また明日……だ……っ……ぜ……ィ……》
頭に響く声が消え入る。恐らく、神獣として具現化も維持出来なくなったのだろう。
悠斗はクスリと笑い、茶々丸の頭をそっと撫でる。
くすぐったかったのだろう、ぴくぴくと耳を動かすだけでお腹が寝息に合わせて規則的に上下する。
これ以上は邪魔をしてはいけない。そう思った少年は立ち上がり小さく『また明日ね』と呟き、すっかり橋桁に置きっ放しにしていたランドセルを背負って走り出す。
奇妙な縁で出来た奇妙な喋る友達と、世界を救った英雄たる友達。
彼等が紡ぐ物語は、これからが始まりだ。悠斗はそう信じ、夕焼けに染まる河原道を、走っていた。
★★★★★
「あー、確かに、この辺りで暴れていたボス猫と特徴が一致してますね」
白い作業服を来た30代半ばと思わしき男が、通報のあった野良猫を眠っている段ボール毎拾い上げて回収する。
「しかし、今までどの職員も手こずって捕まえられなかったボス猫がこんなにあっさり……改めて、通報感謝致します」
起こさぬよう、勘付かれぬよう、慎重に捕獲用ケージへとボス猫を移す。
「いえ、ウチの子がどうしても飼いたいなんて馬鹿げた事を言い出して……。もしかしたらと思ったら、やっぱりここで世話をしていたものですから」
「ははは、優しいお子さんですね。だからかな、こんな新しい毛布にエサまで……」
「きっとあの上級生の子達の仕業ね。まったく……生き物を飼うってのは、簡単じゃないのに。やっぱり、始末をお願いして正解でした」
野良猫が移送されるのを、腕を組みながらため息交じりに見つめるもう1人の影。
きつい釣り目に痩せ型の女性は、我が子の不始末をつけるべく、こうして中途半端な優しさから不衛生な環境で世話をする野良猫を処分するべく、市の職員を呼び出したのだ。
「そうですね、野良猫にエサを与えたらドンドン数が増えてしまって、より不幸な猫が増えます。可哀想ですが、この子も今日安楽死させます」
「よろしくお願いします。息子の悠斗には……私からよく言ってきかせます」
作業服姿の市の職員は、彼女に一礼して市のマークが入った白いバンに乗り込み、車を走らせる。
これから紡ぐはずだった、少年と猫の神獣士の物語。
それは、紡がれる事なく、終わりを迎えた。
世界を救った英雄は、人を信じるまま、人によって殺される結末を迎えた。
果たして、猫又の王の言葉は正しかったのだろうか?
今、この日本と言う国には、毎年20万匹近い数の野良猫が殺処分されている。
彼等はなんの為に死んでいくのか?
彼等はなんの為に産まれたのか?
彼等は何故死なねばならないのか?
それは、人が人の社会を形成し続ける為に殺されている。
彼等を救えとは言わない。彼等を飼って命を繋げとも言わない。
ただ、人間は知らねばならない。
人間が暮らす世界は、死に行く彼等の魂の上で成り立っていると言う事を……。
はい、と言うわけでフリーな世界編は終わりとなります。
最後は皆様いかがでしたでしょうか?
野良猫に限らず、生き物と人間には様々な問題や、殺されていく命があります。
我々人間は、飼ったり世話したりなんて、様々な事情で出来ない人、そもそも動物が苦手な方等もいます。私も愛護団体とかではありませんが、せめて死んでいく命の存在は知って欲しいなと思い、この話を描きました。
不快な気持ちになられた方もいるかもしれませんが、これにてフリーな世界編、完結となります。
次回からはまたギャグになりますよー。




