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神と聖女と神界と  作者: しあわせや!
神と聖女とフリーな世界と
22/47

第二十二の神話

 眼前に広がる光景は、静かに、時に賑やかさを以て生活を彩る商店街に相応しくなかった。店の前にまで並んだ野菜や雑貨、店の壁やドア。果てには店員そのものにまで飛散した……生臭い紅。あまりにも多量に周囲へと広がっており、赤黒く変色したそれが、人々を恐怖へと誘っていく。

 泣き叫ぶ者。放心する者。逃げ惑う者。野次馬で群がる者。日常でありながら、日常ではなくなったそこに転がるは、紅の発生源……人であったであろう下半身。珍しい右足が赤、左足が黒のジーンズ姿だったそれは、最早男性か女性かも分からず、艶と張りのある新鮮な肉塊から未だに紅は滴り、引きちぎられた臓物があちこちに散らばっている。腸は下半身からは完全に切り離されておらず、でろりと舗装されたアスファルトに伸びていた。そのアスファルトには一閃。抉れた痕跡があった。

 いよいよ夏に近づく初夏の雨に打たれ、血液が雨水と共に広がり、凄惨さが連鎖されていく。

 《マスター……》

「あぁ……明らかに喰われた跡だ……」

 一体何が起きたのかと、人々が集まる人混みの中に紛れ込んだコウが、抱えた子猫のぬいぐるみにポツリと呟く。

 視線の先にある下半身の切断面から推察すると、これは人ではまず出来ない事が分かる。

 鋭利な刃物の傷ではないし、実際問題人が人を一太刀で真っ二つに両断と言うのは、骨の硬度や肉、血液による刀身の鈍りで不可能である。しかも、これだけの人がいる中、それが出来る程の凶器を隠してここまでの事をしでかすのは難しい。

 そして、最大の理由が失われた上半身と抉れたアスファルトだ。下半身こそはあれ、周囲には上半身が全く見当たらない。しかも、抉れたその痕跡は、明らかに爪の痕。それも、そこいらの動物のものとは思えない程に深く、巨大なそれだった。

 以上の点から、死体は人間すらをも丸かじりに出来る巨大な獣に捕食されたと考えるのが自然だ。

 だが、この世界ではそんな考えに至る者は誰もいない。当然だ。

 日本と言う国には、そんな化け物が存在しないのだから。

 しかし、コウは異世界を渡り歩いてきた神だ。故に、その推察に帰結するのは当然の事だった。

≪マスター、恐らくこれは、私と……≫

「俺もそう思っていたところだじぇ」

 タイガーの言葉を遮る様に頷くコウ。見えない驚異の姿がおぼろげながら見えているのは、コウだけだ。

「やれやれ……全く、あいつらどこをほっつき歩いてるんだ……」

 ドップラー効果を働かせながら、サイレンの音が徐々に大きく、近づいてくる。誰かが救急隊を要請したのだろう。同時に、それとは音質が違うサイレンも聞こえる。これ以上は得られる情報もないし、この世界の秩序を守る者にこの場を任せた方がいいだろう。

 コウは、そっと手を合わせ、自身が守る事が出来なかった命に謝罪と冥福を祈ると、その場を後にして商店街のいずこかへと姿を消していった。


★★★★★


 雨が凌げる屋根があるそこは、内緒で1匹の猫を飼うには最適な場所だった。国道が走る3車線の橋は巨大で、ちょっとやそっとの雨風ならば問題はなく、川も大きいがこれまで嵐で氾濫した記録もない。それに、舗装されていない剥き出しの土色の道で人は通れど車両は通らない。所々茂みがあり、猫の段ボールをそこへ移せば、そう簡単には見つかる事はないだろう。

 とりあえずの茂みへの引っ越しを終えたついでに、段ボールの家はエサと水を入る陶器の可愛らしいイチゴがデザインされた器に、ドライタイプの特大サイズのキャットフード。更にはふかふかの毛布まで敷かれている改装まで施されていた。

「えと……いいのかな……経費を……使っちゃって……」

「大丈夫大丈夫! これもこの子を助ける為たい、引いては世界も守る事になるとだけん、それにほら、ちゃーんとレシートもあるとだけん」

 そう言って、心配そうなクリスにレシートをひらひらと見せる珠雲。しかし、残念ながら領収書はない。当然、使用目的としても総務が認めるはずもなく、後日領収書無しの使用目的逸脱で、上司責任としてコウの給料から今回の買い物代が差っ引かれるのだが、それはまた別のお話だ。

「ありがとうお姉ちゃん達……!」

 グレードアップした段ボールの家にご満悦か、たらふくキャットフードを食べて毛布にお腹を見せてごろごろと寝転がる茶トラの捨て猫を撫でる悠斗。

「よかよか、こんくらい! ばってん、飼うなら名前ば考えないかんたいね」

 いつまでも捨て猫ちゃんなんて呼んでいてはいくらなんでも可哀想だという事で、3人で腕を組み名前を考える。

「えと……フィンドゥスとか……」

「言い辛かけん却下」

「えー……ノルウェスじゃ……えと……普通の……猫ちゃんの……名前なのに……」

 不服そうな表情のクリス。中世時代の、それも外国の名前は流石にこの世界には合わなかったらしい。

「じゃあモモちゃんはどぎゃんね?」

「お姉ちゃん、男の子だからちょっと……」

 今度は悠斗からダメ出し。いくらなんでもオス猫に『モモちゃん』はちょっと可愛すぎた。

「えと……じゃあ……」

 そこから先が出てこない。名前というのは簡単につけては後々後悔してしまう事もある。かと言って、『ミケ』とか『タマ』とか定番すぎる名前も控えたい。

 唸る悠斗にそんな彼を覗き込む珠雲とクリス。アレもダメ、これもダメ、眼鏡の奥の瞳も閉じて腕を組み、唸りに唸ってぶつぶつと脳内会議の声が漏れる。

 茶々ちゃちゃまる

 不意に、まるで声が聞こえたかのようにその名が浮かぶ。

「あの、茶々丸ってのは……どうかなぁ?」

 おずおずと年上の女性陣に片手を挙げて提案する悠斗。

「茶々丸……よかとじゃなか!? 茶色かし、男ん子だし、分かりやすかし!」

「えと……私も……いいと……えと……思う……」

 決まりだ。当人……というか、当猫は自慢の長い体毛を繕っている中、捨て猫の名前は満場一致で茶々丸に決定した。

「じゃ、名前も決まったし、今日はもう帰らないと……お母さん、まだ怒ってるかなぁ……」

 太陽が厚い雲で覆われ、止まない雨が降り注いでいるせいで時間の感覚が分からなくなっているが、時刻は既に18時を超えている。子供だけで出歩くには、そろそろ危険な時間帯だ。雨に濡れながら右に傾いてフラフラと千鳥足で歩くような変な男が近寄ってきたりもする様な、そんな世の中だ。ちょうど、彼女達の眼前にいる30代とおぼしき右足が赤で左足が黒という非常に奇抜なジーンズに薄手の白いジャケットを着た男も、そういう怪しい歩き方で彼女達に近づいている。

「な、なんねあの人……」

「えと……なんだか……怖い……」

 どこか生気の抜けたような青白い肌。飛び出したかのような眼球は虚ろで、口元からは自制が利いていないのか、よだれが流れ落ちていた。

 そして……手には、日曜大工などや林業でよく使われる電動式の……チェーンソー。低いエンジン音がうねりを上げ、じりじりと珠雲達との距離を詰めていく。

 この男は何か異常だ。夕方のこんな時間に、こんな場所で、こんな危険な代物を持ってふらふらと歩いている。そんな誰の目から見ても明らかな異常性が、珠雲達に向けられる。チェーンソーをまるで予告ホームランの様に彼女達に向けると、よだれが溢れ出ている口元がニタァと笑みを作る。

「えと……珠雲ちゃん……!」

「わかっとる……! 悠斗、茶々丸ば連れて早よ逃げなっせ……!」

 互いにアイコンタクトで頷くと、揃って悠斗と茶々丸をかばうかの様に彼らの前に立ちはだかる。暗闇が徐々に辺りを支配していく中、男と少女達が対峙する。

「お、お姉ちゃん達も逃げようよ!」

 茶々丸を抱き、珠雲のパーカーの裾を引っ張る悠斗。だが、彼女達は神獣を操る神獣士だ。悠斗の心配そうな表情に、珠雲はニッコリと笑って見せる。

「大丈夫、お姉ちゃん達は強かとだけん。早く逃げなっせ」

 自信に溢れた笑みを浮かべる珠雲。小さな少年は、それ以上は何も言えなかった。本当に大丈夫だと思っているからの自信、そして自分がここにいる事は却って彼女達の邪魔となる。まだ幼いながらも本能的にそう察知した悠斗は、茶々丸を抱いて橋桁から走り出す。お気に入りの特撮、仮面のバイク乗りがデザインされたキャラクター傘をも忘れ、降りしきる雨に全身を打たれながら、とにかく早く、1秒でも早くその場を後にしようと、濡れるのも構わずに走り去っていく。

「ひゃはあぁぁぁぁ……!」

 チェーンソーの男が走り出す。エンジンが唸りを上げ、削る事に特化した無数の刃が高速回転し、振り上げられる。

「えと……」

「この……」

『神獣合身!!』

 同時に媒体の指輪を掲げ、それぞれが使役する神獣とその身を一つへと重ねていく。

 ゴシックアンドロリータの薔薇乙女。巫女服の妖狐。魔法も剣も、超常現象も存在しない日本という国に、聖なる純潔を以て、今、この地に舞い降りた神の代務者達。

 振り上げられたチェーンソーを持つ腕に、茨の蔓を飛ばして絡めるクリス。相手は異様な様相とは言え一般人だ。下手に傷つけるわけにはいかないとの、彼女なりの配慮だ。

「があああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 だが、男の膂力りょりょくは、人間のそれとは遥かにかけ離れていた。突如その場から回転を始めた男が、両腕に絡んだ茨の蔓毎クリスを振り回し、まるでハンマー投げの様に橋桁の柱へと叩きつける!

「あぐぅっ!」

「クリス!? こん人……ただの人間じゃなか……!」

 鉄扇を広げ、クリスが立ち上がるまでの牽制にとブーメランのように投擲する珠雲。

 彼女の幻の技はあくまでも1対多の場合に真価を発揮する。

敵が1人の場合、騙す内容にも限りが出てくる。だが、こうした場合でもやれる事は沢山ある。それが、コウとの訓練で学んだことだ。

ブーメランのように滑空、虚空を舞う鉄扇が、更に次の柱へと叩きつけようとする男とクリスの間の茨を斬り裂き、相棒の自由を取り戻す。

「うぅ……珠雲ちゃん……えと……ありがとう……」

 これで分かった。敵は、一般人ではない。ディストーションだ。そう確信し、すかさずクリスの元に駆け寄り、彼女を担いで距離を取る珠雲。

最前線に立てるコウがいない、中距離タイプのクリスと後方支援特化の珠雲だけというバランスの悪い2人で、明らかに近距離タイプのこの怪力チェーンソー男を相手にするならば、どのような戦略を立てるべきか。

 相手が人外ならばまずは自分達の距離を保つ事。

「えと……お願い……ローゼス・ホーゲン……!」

 地面に両手をつき、指先の茨が地中に埋もれ、眼前に無数の茨へと育ち壁の様に絡み合う。

 コウとの模擬線の最中、彼のベアメイルから放たれる防御技であるグランドウォールをヒントにクリスが独自に編み出した防御壁だ。

 そして、相手の能力が把握出来ていないうちは、あらゆる状況に対応出来るように防御をきちんと組み立てる事。それがコウから授かった生き残る術。彼女達の戦略だ。

「えと……夢心地は……まだ……」

「分かっとる。もう少し様子ば見よう」

 今の状況で、夢心地や夢想ゆめおもいは切札になり得る。だが、だからこそ戦闘開始序盤から乱発しては、効果が薄れる事もあるし、何より後方支援特化型とバレたら珠雲が狙われる可能性も高まる。短期間で学んだ戦略の数々を駆使し、作戦を組み上げる2人。

 至近距離に人の気配を感じる。低く唸るエンジン音が高く悲鳴を上げて薔薇の庭園を破壊する!

「来たばい! クリス!」

 一斉に左右に庭園から飛び出して散開する。周囲に生草が千切れる独特の臭いが立ち込める最中、左手に飛んだクリスが指先をしならせ、高速で茨の鞭を放つ。と、同時に右手からは珠雲が自身の周囲に2つの青白い火の玉を発現。鉄扇で攻撃対象たるチェーンソーの男を指し示し、キュウビメイル唯一の攻撃技である火の玉を飛ばしていく!

「いけぇ! 狐火きつねび!」

 高速で飛ばされる火の玉と、茨の鞭の左右同時攻撃。幻で出来た火の玉は無論、チェーンソーでは斬れないし、スナップを利かせた茨の鞭も、先程より高速で足下を狙って飛来する。

 これならば、チェーンソーの男も簡単には防げないはずだ。だが、そんな彼女達の目論見を嘲笑うかの様に、チェーンソーが唸りをあげて足下を打ちつけようとする鞭を斬り裂き、伸ばした左腕で火の玉を握り潰す!

「な、なんねあれ…! 人間の手じゃなか…っ!」

 そう、火の玉を握り潰した腕は……皮が破け、剥き出しになった白い体毛が露わになっていたのだ……!

「危ない……! 珠雲ちゃん……!」

 驚きを隠せない珠雲の一瞬の隙を突き、チェーンソーの男が突進して来る!

「くっ! 夢幻(ゆめまぼろし)!!」

 木の葉狐を大きく振り、幻の霧を生み出す。迫り来る敵から身を隠し、素早くその場から離れて回避に成功する。

 だが、慌てて発動した為にこちらも敵の姿が見えない。ギャリギャリと地面が抉れる音が聞こえるだけだ。

「えと……珠雲ちゃん……大丈夫……?」

「なんとか……。いかんばい、決定打がなか……」

 霧の中、なんとか再度合流した珠雲とクリス。地面から引き抜けなくなったのか、未だにギャリギャリと音が聞こえるが、このままではジリ貧だ。コウの様な強力な攻撃技があれば……。

 互いにそんな思考が過った時だった。

 霧の外から、突如弾丸……いや、大きさからしたら、大砲の弾の様なそれが、チェーンソーの男に向かって飛んで来たのは。

「あがぅあっ!?」

 短いチェーンソーの男の断末魔が、霧の中にこだまする。

「え……? コウ兄……?」

「待って……えと……コウ兄は……あんな武器……ない……」

 ウルフの弾丸でも、口径の違いからあんな大砲の様な大きさのものはない。それに、合身して身体能力や反射能力が向上しても、飛んで来たのが弾丸だと判別は難しい。だとすれば、それは『弾丸のような何か』だ。

 霧が霧散し、辺りの視界が元の夕闇へと戻っていく。

 2人は頷き、横たわるチェーンソーの男へと近づく。

「えと……喉が……切られてる……」

「やっぱり……血が出とらんし、切られとるとこからも白い毛が出とる」

 男の死体からは、喉笛を引き裂かれているにも関わらず、血はおろか中身も見えない。まるで空洞の様な闇色だった。

 やがて男の身体が光の粒子となり、それぞれが持つ祝福の虹へと吸い込まれていく。

 どうやら、これでディストーションの回収が完了したようだ。

《いた! おーい! 2人とも〜!》

「えと……ウルちゃん…! ベアおじいちゃん…!」

 橋桁から続く川の土手から走ってやってくるぬいぐるみ形態のウルフと、ウルフの背で茶をすするベア。

《やっと見つけた! 良かった、隣町くらいの誤差だったんだね》

 クリスの胸に飛びつくウルフ。ベアはふわふわ浮きながら尚お茶をすすっていた。

「コウ兄も近くにおると? 報告したか事のあるけん、はよ合流しよ」

《うん! 何かあったの?》

「えと……ディストーションと……戦ったの……だから……」

《ふむ…ならば、マスターに一度電話をした方がいいのう》

 茶を飲み干したベアが、湯呑みを手に持ったまま、片眉を上げて隠れていた瞳を聖女達に向ける。

「あ……そぎゃんだった……電話があったたい。えーっと、コウ兄の番号は……」

 車で20分程度の距離がある隣町にいるコウと合流する為、祝福の虹を取り出す珠雲。

 現れたディストーションがあの1体だけであれば任務終了となるが……。

 全ては、コウの判断になるだろう。

「あ、もしもし? コウ兄?」

 電話が繋がった珠雲。合流に向けて、話が進められる事になった……。


★★★★★


「……人の皮を被ったディストーション……それと、謎の一撃……か」

 あれから、コウと珠雲、クリスは無事に合流を果たし、しこたまコウが今回の亜空間の座標の件について説教をした後、夜も更けてきたともあり現地のホテルや民宿を当たってきたのだが……。

何せこの組み合わせだ。成人男性が小学生の女の子を2人、しかも片方は北欧系の外国人の女の子なぞ、普通に考えたら怪しすぎる事請け合いだ。おかげで、ホテルに行くたびに断られたり疑われたり、終いには青い服の正義の味方を呼ばれてしまう羽目になったりだった。

 途方に暮れたところで珠雲が『神界の自宅に帰ったらいかんと?』と、これまで異世界に行くとずっとそこに滞在する方法を取って来たコウにとって、まさに目から鱗どころか切り身が出てきそうな提案をし、現在自宅

ウルトラ荘【ハァイ!】の203号室へと戻っていた。

 コウが上座の座椅子。コウから見てテーブル左の席がクリス。右の席が珠雲のそれぞれのいつもの席に座り、報告会が行われる。

「襲ったディストーションと襲われた人が同じデザインのジーンズ……か」

 これは、情報を整理する中で得た重大なヒントの1つとなり得るだろうカードだ。だが、結局クリスと珠雲が遭遇したのはいわゆる尖兵。ディストーションが生み出した兵隊の1人に過ぎないとの事だった。

コウ曰く『指令に記載されたエネルギー総量に比べて回収量が少なすぎる』との事だ。

これで明日もパラレルワールドの日本へともう一度足を踏み入れる事が決定した。

「えと……それなら……本体は……どこに……」

「それはまだ分からんじぇ、だが、わかっている事は確実にある。1つは人間を捕食する事。1つは正体は白い体毛をしている事。1つはクリス達を襲った男と隣町の被害者が同じデザインのジーンズを履いていたという事だじぇ」

 指を順に立てて、3を作るコウ。

「念の為、ユグドラシルで同じデザインのジーンズが大量生産されているか調べてもらったけど、やっぱりあのデザイン通りかなり珍しいもので、そう簡単に同じものを履いている人には出くわす事はない統計となるらしいじぇ」

「つまり……どういう事ね?」

 いまいちピンと来ていないのか、眉間にしわを寄せて何度も首を傾げる珠雲。

「被害者と襲った男が同一人物……もしくは、襲った方が被害者に化けた偽者って事が推察されるって事だじぇ。そんで、被害者に化ける事が出来るなら……?」

「えと……! 学校とか……お仕事先に紛れ込んで……えと……人を次々襲える……!?」

 問いかけるようにコウが言葉じりを濁したところを、ハッと気付いたクリスが声を上げる。

「大正解だじぇ。それに、敵の正体もなんとなくだがわかってきた。あとは、どうやって奴らを見つかるかだ」

 指をパチンと鳴らしながら、クリスを指差すコウ。

 もしその仮説が正しいならば、被害者は増える一方だ。しかも、今のところ見破る方法と言ったら、3人のスマホを使ってディストーション探知をかけるしかない。あまりにも非効率な手段しかない。

「どぎゃんして見つけると?」

 珠雲の問いも最もだ。

「そこで、罠を仕掛ける。なぁに、簡単な方法だじぇ」

 ニヤリと口許を歪める様な笑みを浮かべるコウ。神様ですとはとても言えそうにない程邪悪なそれを見る限り、どうやらまた悪知恵が働いているようだ。クリスと珠雲を交互に見ては、下卑たような笑いが止まらない。

 「さぁ、おま~らにも働いてもらうじぇ~?」

 『ゲッゲッゲッゲッゲ』と気持ち悪い笑いが、夜の神界にこだまする。

 コウの考える事だ。嫌な予感がしてたまらない珠雲とクリスは、ただただドン引きしているしかなかった……。


★★★★★


刀の切っ先の様な爪が、丸い形状のものを転がして弄ぶ。そこは、王のみが座る事が許された場所。見下ろす先に広がるは、自身が生み出した分身達。今宵も狩りの成果を自慢し合い、貪り、中には虫の息とも言えるそれをいたぶって遊ぶ者までいる。

本能のままに喰らい、獲物を捕らえる分身たるそれらは、今や人間社会にも多く潜り込んでいる。これまで我らを虐げ、家畜の様に扱い、時には多くの同胞はらからを死に追いやり、我が物顔で街を支配してきた人間を駆逐し、自身が新たな王となる日も近い。

だが、ここにきて新たな障害となり得る存在が現れたとの情報もある。

自身に数段劣るとはいえ、分身を葬る事が出来る人間の存在。これまでにも邪魔をしてきた、かの者以外に新たに現れたその人間達は、必ず脅威となるだろう。

王は思考する。自らの野望を叶える為に。必ず葬らねばなるまい。

そう考えながら、爪先で弄んでいたそれを指で弾き飛ばす。カンカンと高い音を立てながら転がすそれを、暗がりの中にわずかに漏れる月明かりが照らす。

転がったのは髑髏しゃれこうべ。人の頭部であったそれが、不気味に月明かりを見つめる。

見ているがいい、人間どもよ。貴様等は支配者ではない。我々が……それを思い知らせてやろう。

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