第二十一の神話
「夢幻を発動したらすぐ移動しろ! その場に留まってたら索敵破壊の意味がないじぇ!」
「うん!」
「クリスはローゼス・ウィップをもっと早く出せ!」
「えと……! はい……!」
戦う覚悟と意志が芽生えて早1週間が経過した。神界の世間は12月となり、街ではクリスマスの様相で、イルミネーションが宝石の様に至る所に散りばめられている。だが、コウを始めとした聖女達はそんな浮かれた気分等どこ吹く風で訓練に明け暮れている。
朝は学校へ行って夕方まで授業。放課後はこうしてヴァーチャル・リアリティ・シュミレーション・ルームでコウや擬似ディス・モンスターを相手に戦闘訓練。帰ったら宿題もこなして珠雲は家事、クリスは遅れている学力を少しでも追いつかせる為にコウや珠雲に教わりながら自主勉強だ。
いつ現れるか分からないディストーションに対抗する為、コウと肩を並べて戦う為、まだまだ遊びたい盛りであろう彼女達はこの過酷とも言える毎日を、文句ひとつ言う事無く進んでこなしている。
全ては異世界で待ち受ける脅威から生き抜く……その為の努力を、必死に続けていた。
こうして今もまた、コウを相手にクリスと珠雲が連携して戦っていた。コウが合身した火竜の神獣鎧は、まだまだ傷は浅いものばかりだが、幾分か損傷しており、一部の装甲に至ってはクリスのローゼスバイトだろう、抉れてコウの体内に流れる紅が伝い落ちていた。最初に鷹の神獣と合身して戦った時に比べれば、大きな進歩を、それも毎日繰り返している。元々戦闘に関してのセンスは2人ともあったのか、あと数年も繰り返せば、2人でコウを倒せる日が来るかもしれない。いつか訪れる次世代の頭角……コウには、それがたまらなく楽しみで仕方なかった。
ひょっとしたら、いつか彼女達がコウに続く人間でありながら神となった3番目、4番目の存在になり得るかもしれない。
「あんた達、訓練はそこまでよ」
激しい戦いが繰り広げられる仮想空間の市街地に、ヴァルハラの声が聞こえる。
「いよいよクリスと珠雲のデビューよ。ディストーションの出現が確認されたわ。今回から3人で出てもらうから、いいわね」
「……!」
「来たばい……」
火竜の鎧を身に纏ったコウが2人を見やる。どちらも怯えた様子も、無意味にはしゃぐ様子もない。ただ、耳から脳へとヴァルハラの言葉を刻み込むように、真剣な面持ちで聞いていた。
今の彼女達ならば大丈夫だろう。コウはそう確信すると、厚い雲で覆われた天へと向かって声を上げる。
「了解だ、すぐにシステムを終了してくれ、準備を終わらせたらすぐに行く」
「説明は私の執務室で行うから、すぐに来なさいよ。いいわね?」
そう言って、天の声が消え、周囲の景色が割れたガラスの様に砕けて漆黒の闇。何もない空間へと変わっていく。そして、まるで睡眠剤を大量に飲み込んだかのように襲われる急激な眠気。意識がこの仮想空間から元の世界へと戻っていく合図だ。
クリスが、珠雲がその場で意識を失って崩れる。眠気に身を委ね、意識を手放したのだろう。やがて、彼女達の身体が細かな粒子となり消滅し、コウに現実世界への帰還を知らせる。それを確認したコウもまた、全身に鉛の様な重い感覚が急激な眠気に襲われ、そこで意識が途絶えていった。
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変わらず豪奢でコウと珠雲、クリスが住むワンルームのそことはかけ離れた広さと資産力に溢れた第一神位の執務室。そのデスクの前に、左からコウ、珠雲、クリスの順番に並んで立つ。コウはいつも通りのどこか軽い雰囲気だが、珠雲とクリスはやや緊張した面持ちだ。
「揃ったわね。それじゃ、概要を説明するわ」
虚空に向かって指をスワイプし、空中投影ディスプレイを起動してコウ達へと向けて内容を見せる。そこに映っているのは、どこかの監視カメラの様な視点で広がる街の雰囲気だ。
「ディストーションは既に現地でモンスター化して、被害者も出ている。形態については不明、ただ、飛行型ではないという事だけは確認が出来ているわ。世界は21世紀時間軸の日本。異世界への亜空間座標軸はセットしてるからアプリを開いたら自動的にそちらへ飛べるようにしているから」
「日本!? ウチのおる世界にまた出たとね!?」
世界の座標とディスプレイに広がる珠雲の世界に酷似した街……よく見ると、どこかの地方都市の商店街だろう。いくつかの店は不況の煽りだろう、シャッターが閉まっているが、全体的にはそこそこ繁盛していると言っていい。小規模のスーパーや全国展開されているハンバーガー屋等、並ぶ店舗も小さな個人商店だけではないようだ。眼前のディスプレイの様子とヴァルハラの言葉に、珠雲は驚きを隠せない。
「安心しなさい。異世界って言うのは無限大にあるの。同じ日本でも違う世界。パラレルワールドよ」
同一次元でありながら異なる時空に枝分かれした世界、パラレルワールド。全く同じ形の箱庭を2つ作っても、それは同じ箱庭ではないように、同じ日本と言う国で、同じ時間軸であっても、そこは珠雲が住んでいた日本ではないのだ。だからと言って、安心してはいけない。
「質問はいいかしら? あとは、ここの世界に神獣士が存在するわ。連携を取るかどうかは任せるから。それから、クリスと珠雲はこれを持って行きなさい」
ヴァルハラが執務用デスクの引き出しを開けて取り出したのは、2つの白い厚紙か何かで作られた箱。それなりに厚みのあるそれを、各々ヴァルハラから受け取り、早速開いて中身を覗き込む。
「これ……えと……コウ兄と同じ……!」
「ノアの方舟じゃなかね!」
コウの黒を基調としたそれとは違い、出てきたそれはクリスは鮮やかなピンク。珠雲は爽やかなターコイズブルーのスマートフォン型のデバイス。
わずかに形状が違うが、ほぼノアの方舟と変わらない薄型のデザイン。しかし、コウのもとの比べて一回り小さく、OS等の中身も違う。いわゆるキッズスマホと呼ばれる子供用のスマートフォンであるが、異世界への行き来等の機能も備わっており、2人がそれぞれ単独で亜空間に飛ぶ事も可能となる。
「それはノアの方舟をベースに、あんた達用に開発した『祝福の虹』よ。連絡用やいざという時の緊急脱出用に、常に持ちなさい」
ヴァルハラからもらった祝福の虹を嬉しそうに眺めたりいじったりする少女達。年相応にはしゃぐ姿は可愛らしいが、亜空間フィールド生成アプリケーション等、いざという時の生命線ともなりえる。その扱い方をしっかりと把握しなければならない。
「えと……ありがとうございます……!」
「ウチも欲しかったとよー! ヴァル姉ありがとう!」
時に情報というのは大砲にも勝る武器となり得る。この祝福の虹を彼女達が手にした事により、コウとの情報の共有化がよりスムーズになり、作戦の幅も広がる。同時に、それぞれ単独で亜空間フィールドを形成出来るようになれば、コウが不在か、もしくは戦闘不能……最悪、死を迎える事になった時等、いざという時の脱出にも使用出来、彼女達の生存率も大きく向上する。
早速自分達も亜空間フィールド形成アプリケーションを起動してみる。そこに浮かぶ座標数値は、確かにコウのものと同じだ。色々と操作していけば、彼女達の様な子供はすぐに操作方法も覚えるだろう。
「とりあえず祝福の虹にはコウや私達の番号を登録してるけど、コウのノアの方舟には現地で番号を登録しときなさい。あと、お互いにGPS機能の共有もやっておけば、いざという時に何かと便利だから、コウもアプリをダウンロードしておきなさいよ」
「了解、そんじゃおま~ら、遊びたい気持ちも分かるがそろそろ行くじぇ」
『はーい!』
少女達の元気な声が第一神位執務室に響き渡る。よほど自分専用のスマホがもらえたのが嬉しかったのだろう。聖女としての初任務に対する緊張もすっかりほどけてしまったようだ。
これなら、大きな問題もなく解決、生き延びる事も出来るだろう。そう確信したコウは、クリスと珠雲を引き連れて幾何学的な紋様が七色に浮かぶ亜空間フィールドの中へと飛び込んでいく。
……だが、トラブルは既に発生していた事を、コウはおろか、ヴァルハラすらも気付いていなかった。先程珠雲がいじっていた祝福の虹の亜空間フィールド形成アプリケーションの座標数値。ほんの僅かであるが、いじった拍子に従来の座標とズレが生じていた事。珠雲とクリスが、手を繋いで亜空間へと入った事。そして、コウだけが少し先を歩いていた事。この事実に、未だ誰も気付かぬまま、目的の異世界……パラレルワールドの日本へと亜空間のゲートへと向かって行くコウ、珠雲、クリスの3人。
運命は神のみぞ知ると言う言葉があるが、神すらも気付かない思わぬところから、既に運命の歯車は歪みを生み出していた。
★★★★★
雨が降り続いていた。まるでしとしとと悲しみの涙の様に。晴れない心の様に。そして、その悲しみの中に、1人の少年はいた。
フレームレスの眼鏡の奥にあるぱっちりとした瞳にも、大粒の雨が降り注ぐ少年。首元にまで伸びた黒い髪に、幼さの残るぷっくりとした頬は紅潮し、涙の川が氾濫していた。年の頃は7歳程だろう。まだ真新しい黒のランドセルに黄色い学生帽、恐らく学校の制服であろう白いポロシャツに黒い半ズボン、脛まで包み込んだ白いソックスに学校指定の白いスニーカーの出で立ち。身長も125センチ程と、やや痩せ型な体型の小さな体躯に抱えるは、1匹の雄の野良猫。目を見張る程の長い茶色の体毛。茶トラと呼ばれる毛並で、恐らく長毛種なのだろう。ふわふわのそれは尻尾の先にまで伸びており、まるでモップかなにかの様だ。抱える少年の体躯と比べてかなり大きく見える辺り、成猫である事が分かる。猫にしては珍しくまん丸の大きな瞳で、泣きじゃくる少年をじっと見つめていた。
「ごめんね……お母さんが……飼っちゃダメって……」
涙がまた1つ、川となって頬を伝わせながら、抱いていた猫を元々いた河川敷の橋の下に置かれた段ボールへと降ろしていく。
段ボールに書かれていたメッセージは『もういらないので誰かにあげます』という、無慈悲で無残で無責任な一言のみ。まるでいらなくなったおもちゃを捨てるかのように、この野良猫は人間から捨てられていた。
それを、学校の帰り道にたまたまこの少年が見つけ、自分の住むマンションへと連れて帰ったのだが、動物嫌いの母親に猛反対され、こうして元の場所へと再び連れてきたのだった。
何かを察したのだろう、野良猫がぴょんと段ボールを飛び越え、少年の足下に身体を摺り寄せて甘える。それが、少年の良心を深く抉る。
助けてあげたいけど助けられないもどかしさ、歯痒さ。まだまだ自活能力が全くない少年では、どうしてあげる事も出来ない現実に、また大粒の雨が彼の瞳から降り注ぐ。
「あれ? コウ兄はどこさん行ったとね?」
「えと……ひょっとして……コウ兄……迷子になってる……?」
「えー!? 仕方んなかねぇ……あれ?」
不意に聞こえる自分よりも年上の女性達の声に振り向く少年。ここには今の今まで自分とこの野良猫しかいなかったはずだ。それが、振り向いた先にいきなり現れた高学年であろう2人の少女。
どうやら少女達も少年に気付いたらしく、歩み寄って来る。
「どぎゃんしたと? なんで泣いとるとね?」
「えと……何かあったの……?」
少年の知らない少女達が、心配そうに覗きこんでくる。この辺りに住んでいる子達ではないだろう面識がないその2人であるが、子供故にコミュニティを築きやすい。
少年は、見知らぬ少女達に、その野良猫を抱きかかえて話し始めた。
「あのね……実は……」
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「いいか、おま~ら、異世界ってのは様々な世界がある。今回は珠雲の住んでいた世界の平行世界だからそんなに文明の差はない。だけどな、カルチャーショックを受ける様な発展しすぎた世界や文明が遅れた世界、果てには住んでいるのが人ですらない世界だってあるんだ。いずれそういった世界にも行く事になるかもしれないが、大事なのはそこに住む人たちに怪しまれないように、速やかにディストーションを回収するって事だじぇ、わかった?」
初めての任務に対し、対ディストーション遊撃部隊の隊長として、新たに配属された隊員2名に抗議するコウ。辿り着いた平行世界の日本のある地方都市の商店街で片手にはノアの方舟から転送した傘を差し、指を振って歩きながら講義をしていたが、振り返ると……。
「ナマステー」
「って○倉やないかいっ!! あれ!? ウチの子達えらくインド顔に急成長してない!?」
そこにいたのは可愛らしい聖女達ではなく、カレーの様に濃厚なインドのおっさん、クマールさんとマハラジャさん。御年共に43歳。この商店街で有名な印度料理店のオーナーシェフと、その従業員だ。
「え!? あいつらどこに行った!? ……まさか!」
珠雲が亜空間フィールド形成アプリケーションをいじっていたのを思い出す。亜空間を出る瞬間までは一緒にいた。となれば、出た時の座標にズレが生じていたとしか考えられない。
「あんのジャジャ馬娘! 早速やらかしてるじぇ! ど、どうすんだよ!」
全く的外れな異世界に降り立った事は無いにせよ、ズレがどこまであるかが問題だ。下手をしたら他県……いや、違う国だってあり得る。
《マスター、慌てないでよ。ほら、祝福の虹!》
脳内にウルフの声が響く。ノアの方舟から届く念波に、慌ててそれを取り出して連絡帳を開くが……。
「まだ登録してなかった……GPSも……!」
詰んだ。完全に詰んでしまった。
現地で登録する算段故、全く彼女達の番号が分からず、スマホを片手に頭を抱えるコウ。道行く商店街の買い物客も怪しげな視線を向けている中、みるみる血の気が引いていく。
【兄ちゃん……ホタル……なんで死んでしまうん……?】
【敏子……お前が食うたからや……】
しかも、御丁寧にすぐそばの電器屋からディスプレイ用の大型テレビからは、妹が最終的に死んでしまう悲しき名作アニメ映画が流れているもんだから、ますますコウの不安を煽ってくる。
「ど、どうしよう……もしクリス達がひもじい思いをしてたり、悪い大人に騙されてあれよあれよと脱がされて、男なら誰でも見た事ある例のプールでおっさんの股間のディストーションに遭遇してたり、ぼくらの操縦したら死ぬロボットに乗って戦ったりしてたら……!」
《落ち着きなさいマスター、仮にもあの子達だって神獣士ですのよ? ローズとキュウビもいるので心配はいりませんわ》
妄想大爆発な主を諌めようと、神獣・ホークの声まで脳に響き渡る。
どうやらコウは、少々過保護な一面もある様だった。
《とにかく俺達で手分けして探すからよ、マスターはタイガーと一緒にディストーションを頼んだぜ!》
意外にも彼女達の事になるとおろおろしてしまうコウ。急ぎ誰もいない路地裏へと走り込むと、ノアの方舟からぬいぐるみ状態の神獣達が飛び出す。
《私と馬鹿トカゲは空から、ウルフとじいやは匂いを辿りましょう》
《誰が馬鹿トカゲだ! この鳥女! ったく、とにかく行くぞ!》
はぐれた聖女達を探すべく、散開する4体の神獣と2人の名○。
不安気なコウの元には、タイガーのみが残っている。
《なんだかんだで、マスターも彼女達が大事なのですね》
「そりゃ……まぁ……家族だからな」
忠臣の言葉に口を尖らせるコウ。彼女達の前では一切見せる事はないが、新たな家族が出来た事で、コウはこれまでにない生活の充実感を得ていた。それだけに、もしも彼女達の身に何かあったらと考えただけで不安が彼の思考をかき乱す。
だが、現実はそんな事はお構いなしで彼に襲い掛かる。商店街から、阿鼻叫喚とも言えるような悲鳴が轟く。それも、老若男女様々な叫びだ。
「!? タイガー!」
《分かっております!》
この地に現れたディストーション。磨かれた牙が人々に向いた瞬間、コウは神の表情を取り戻し、その場から走り出していた。
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「悠斗! また連れて来て! お母さん元の場所に戻しなさいって言ったでしょ!?」
轟く怒号。怒りの叫び。母親が怒り心頭で少年を叱りつける。
あれから、突如現れた見慣れない年上の女子小学生2人に事情を話した捨て猫を拾った少年、悠斗。
反対している母親を今度は自分達も一緒に説得しようと、買って出たのは、お節介焼きな珠雲だ。最初は止めていたクリスだったが、結局は彼女に押し切られ、こうして彼が住むマンションへと揃って足を踏み入れたのだった。
綺麗に整えられた3LDKの部屋のリビングに、悠斗と珠雲、クリスが立ち並ぶ。
悠斗が抱える茶トラの猫は、暴れたり降りる様子もなく、大人しい。
「なんでいかんとね! こぎゃん大人しかし、悠斗くんもちゃんと面倒見るて言うとるたい!」
珠雲が一歩身を乗り出して言う。
「貴女達誰!? ウチの子とどういう関係!? 上級生でしょ!?」
「ウチらと悠斗くんな友達たい! こぎゃんお願いばしとるとだけん、許して欲しかと!」
苛立ちを全身から滲み出したかのように、少々ヒステリックな雰囲気を持つ彼の母親。ギョロリと睨む様なきつい釣り目の目つきに睨まれても、珠雲は一歩も引かない。痩せ型のスレンダーな母親が、大型の液晶テレビの前に置かれた白いソファーをバン! と叩く。
「猫なんか飼ったら家中引っ掻き傷だらけになるでしょう! どんな想いでこのマンションを買ったかも分からないで、よその子が勝手に言わないで! それにここはペット禁止なの!」
マンションの様な集合住宅は、円滑な生活を営む為に様々なルールがある。ペット禁止もまた、そうしたルールの1つである。
まだ子供の悠斗は、それを深く理解出来ずにおり、神社の一軒家生活だった珠雲も知らなかった。クリスに至っては論外だ。
「えと……内緒で……は……」
「馬鹿を言わないでちょうだい! 内緒で飼うなんて出来るわけないでしょ! それに猫とか動物を飼うってのは、お金もたくさんかかるのよ! とにかく飼うのは絶対にダメ! すぐに捨てて来なさい!」
肩まで伸びた黒髪を乱雑に1つにヘアゴムでまとめたそれを揺らしながら、玄関を指差す悠斗の母。その様子は、怒りを通り越していっそ捨て猫を憎々しく感じているかのようだ。
どうあっても猫は悠斗と共に暮らすことは出来ない。それがルールとして理解は出来ても、納得は出来ないといった様子の3人だが、従う以外の選択肢は残されていない。
2度目の説得も失敗し、意気消沈しながら玄関に向かう3人。
「なら……ウチらであの橋桁で飼うしかなかよ……」
「え……? う、うん……!」
思わぬ提案に、一瞬目を丸くする悠斗。だが、この捨て猫が命を繋ぐには、悠斗が捨て猫である彼と共にいるには最早それしか方法はない。
「えと……ちょっと……えと……珠雲ちゃん……」
だが、逆にそれに異論を唱えるのはクリスだ。
「えと……私達……ディストーションの……えと……回収任務が……この世界には……えと……長く留まれないよ……」
クリスの言う事は最もだった。あくまでもクリスと珠雲がこの世界に来たのは捨て猫を飼う為ではない。あくまでも暴走した世界の歪みを諌め、あるべき姿へと戻して世界の消滅を防ぐ事が最大の目的だ。
しかも、肝心要のコウとはぐれたままだ。一刻も早くコウを見つけて合流するべきだと思うのだが……。
「なんば言いよっとね、こぎゃん困っとる子ば放っておいて世界なんか救えるわけなかたい、ここにおる間だけでもウチらが協力せんでどぎゃんすると?」
「えと……それは……そうだけど……」
口ごもってしまうクリスを力技でねじ伏せた珠雲。そうと決まれば急ぎ橋桁に戻るべきだ。
捨て猫を抱えた悠斗と未だ納得していない表情を浮かべるクリスを引き連れて玄関を出る珠雲。しかし、彼女達は気付いていない。気付く思慮を持ち合わせていない。子供の考え付く事は、所詮その名の通り子供だましだ。リビングと玄関を繋ぐドアの向こうで、悠斗の母がその話を聞いていた事を。そして、睨むような釣り目が更に細く、牙の様な鋭い犬歯がぎりりと音を立てていた事を。
「……やっぱり、始末するしかないわね……」
狙いを定めた者と、定められた者。今はまだ、何も知らない少女達は、降りしきる雨の中、微かに見えた希望に向かって走り出していた。




