第十九の神話
「学校?」
「そうよ、転入手続きはこちらでしといたから、後であの娘達と実印持って来なさい」
休日2日目の朝。食卓を囲むコウ達に届いた1通の電話。朝らしく目玉焼きに海苔にお味噌汁にお漬物と並んだご飯を食べていたところだったが、ヴァルハラから聞かされたのは彼女達の小学校への転入についてだった。
まだ12歳と11歳。本来ならば、まだまだ学校に通って様々な事を学ぶべき年だ。特にクリスは1度も学校に通った事が無く、簡単な足し算すらままならない。珠雲もまた、元の世界では学校に通っていたが、半ば無理矢理押しかけたものだから、預かったからにはきちんと就学させなければいけない。
それに、今は聖女としての生活の糧を彼女達も得ているが、戦闘職である限り、いつ何があるか分からない。酷な様だが、彼女達自身、或いはコウの身に何があってもおかしくないのだ。
故に、将来困らない様に学校に通う様にとの話が出てきたのだ。
「分かった、とりあえず役所に行って戸籍と実印登録してから行くじぇ」
会話が終わり、電話を切るコウ。視線を戻すと、目を輝かせた少女達がコウを凝視していた。
「えと……学校……行けるの……?」
最近慣れてきたのか、敬語が取れたクリス。よほど学校に行けるのが嬉しいのか、そわそわしっぱなしだ。
「みたいだじぇ。とりあえず、早くメシ食って役所に行かないと、通えるモンも通えないからな」
そう言って味噌汁をすするコウ。
『やったー!』
コウの返答に、顔を見合わせてテーブル越しにハイタッチするクリスと珠雲。
彼女達の生活の基盤に、また新たな1ページが生まれようとしていた。
★★★★★
相変わらず豪奢でスマートな第一神位執務室。そこに足を運んだコウ、クリス、珠雲の3人を待ち構えていたのは、ヴァルハラとゼクスの2人だ。
応接用のソファーにコウ達3人と、対面で座るヴァルハラとゼクス。
既に書類上の処理を済ませ、運ばれた紅茶とクッキーで一息吐いていたところだ。
「じゃ、私からあんた達2人にプレゼントがあるわ。おじいちゃん?」
カチャンとカップとソーサーが口付けを交わす音を立て、ヴァルハラが話し出すと、ゼクスが頷きソファーの背面から2つの箱を取り出す。
箱は結構な大きさで、可愛らしいリボンもあしらわれている。
「開けてよかと?」
「えぇ、いいわよ」
ヴァルハラから了解を得て、リボン、包装、箱と順に開けたクリスと珠雲。
「えと……これ……!」
「わぁ! 新しいランドセルじゃなかね!」
出てきたのは、チョコレートブラウンとチェリーピンクの真新しいランドセル。同じタイプの色違いのそれは留め具がハート型で、冠と呼ばれる外側のカバー部分にもハートがあしらわれており、使い込むと現れる革製品特有の型崩れもしていないそれを、嬉しそうに背負うクリスと珠雲。
クリスがチェリーピンク、珠雲がチョコレートブラウンのランドセルだ。何度も身体を捻って自分の背にあるそれを眺めている。
「えと……! ヴァルハラさん…! あ、ありがとう……えと……ございます……!」
「でも! タダであげるとは言ってないわよ?」
「ヴァルハラ! おま〜!」
まさか金銭や自分に向けられるような無理難題を、彼女達に要求するのか。思わぬ返答に、腰をあげようとするコウだが、ゼクスが無言で制し、ゆっくりと首を左右に振る。
何らかの、それもゼクスも絡んだ話なのだろう。そう自分の中で納得させて上がった腰を再びソファーに落とす。
「いい? あんた達はこれから大人へとなっていくの。大人ってのは仕事において、結果だけが求められる世界よ。『これだけ努力しましたから許して下さい』なんて通じないの。死ぬ程努力したって、結果が出なければ努力してないと一緒よ」
子供であるクリスと珠雲には、酷に聞こえる話だが、2人は真剣な表情で聞き入る。
「でも、結果は死ぬ程努力しないと出ないの。大人の世界は、毎日死ぬ程努力し続ける世界なのよ。これから通う『学校』って場所は、その死ぬ程努力をする練習の場所なの。学校のテストは、死ぬ程努力したかどうかを毎回見るもの。前の点数からどれだけ工夫や努力をしたからどれだけ上がったかを、教師は見るのよ。だから、努力し続けなさい。いいわね?」
「えと……はい……!」
「うん!」
少女達が頷き、返答する。
「何故こんな話をしたか、分かるかしら…? あんた達は、これから聖女として、このユグドラシルに雇われる事になる。雇用したからには、私達はあんた達に結果を求めるわ。それが、あんた達に私達が金銭を払う対価だもの。だから、これから言うあんた達に提示する業務内容を、死ぬ程努力して完遂させなさい。1つ、コウをサポートして、必ずディストーションを回収する事。1つ、必ず毎回生きて帰って、私に『ただいま』を言う事。……そのランドセルは、あんた達が学校で、この結果を出す練習をしてきなさいって、私達の願いよ」
ヴァルハラの言葉に、ゼクスもまた頷く。これから少女達は、コウと共に命を危険に晒し、あらゆる脅威、異形と戦っていく。下手をすれば、命を落としかねない戦いだってある。
彼女達は、まだ無限の未来がある。それを散らさぬ為には、様々な工夫、努力が必要だ。
必ず生きて帰って来て欲しい。だから、学んで欲しい。それこそが、ランドセルに込められた、ヴァルハラからのメッセージだ。
「えと……分かりました……!」
「ヴァルハラ姉……うん……ウチ、いっぱい努力するけん……!」
確かにメッセージと共にランドセルを受け取った少女達。彼女達はきっと、勉強の先にあるものを学んでいくだろう。
隣で聞いていたコウもまた、女神の願いを聞き入れたのか、静かに頷く。
「コウよ、貴様も同じだぞ。未来ある彼女達を、見殺しにするでないぞ?」
「……わかったよ、爺さん。ありがとうな、ヴァルハラ」
「私には、この娘達やあんたを受け入れた責任があるのよ。死んでもらったら、困るのよ」
いつも通りの、気怠そうな口調のヴァルハラ。
しかし、彼女の意思は確かに、幼き少女達へと伝わって行ったのだった。
★★★★★
翌日。
コウに見送られ、ランドセルを背負って辿り着いた場所、八咫烏第三小学校の校長室に彼女達はいた。
今日からこの学校に通う事になった2人は転校生として扱われる。その為、まずはここで校長とそれぞれの担任教師に挨拶し、ホームルームでクラスメイトとなる児童達に紹介する流れとなっている。
歴代校長の写真が、何故かチューチューしちゃう電車みたいなロールダンスで飾られた室内は、学校ならではの無機質な白い壁に囲まれており、1階でもある事から窓からはグラウンドが広がっている。灰色の絨毯が敷き詰められた床の上には、昔ながらの右側3段、座る場所に1段の引き出しが付いたスチール製の事務机。これは、校長の机なのだろう。更には、大きな木製の棚やその付近では学校の部活や弁論大会等、これまで在籍していた生徒達が得た栄光の盾や旗、果ては賞状等が飾られていた。
「お前らが、柳珠雲と、クリスティーナ・ローズマリー・ドラブ……ドラグマンか。私が、この八咫烏第三小学校の教頭、藤原寛平や。これから、お前らに、当学校の、こうぢょ……校長先生を紹介する。しっかり聞きやー」
なんとも棒読みの口調、そしてなんでもないところで噛む教頭。非常にだらしない肥満で小柄な体躯だからだろうか、首が存在しない2重アゴで、細い目。右目より左目だけが若干開いており、なんとか黒目が認識出来る。年のころは40台半ばなのだろう。何故か教頭という役職にも関わらず、おかっぱ頭のカツラに、女性用のタイトスカートのスーツと、女装をしている。
「こちらが、校長のガースー原道真先生や。ほな、校長先生宜しくお願いします」
そう言って退室していく教頭。口調は最後まで棒読みの関西弁だった。
対して、窓の方を向いていた校長室の椅子が回転し現れた校長は、一言でいうと真っ黒だった。
なんとも言えぬ程に脂でテカッた浅黒い肌に、やや白髪交じりのくせ毛の短髪。腫れぼったい眼の目尻には小じわが多く、何故か腹黒い印象を受ける。
彼こそが、この学校の校長、ガースー原道真だ。生徒からは親しみを込めて『ガースー黒光り校長先生』と呼ばれている。
「話は第一神位様から聞いているよ、私が校長のガースー原道真だ。早速だが、もうすぐホームルームが始まるからね、君達の担任の先生を紹介しよう。入ってきなさい」
コンコンとノックする音が聞こえ、校長室に入ってきたのは若い男女。
男性の方は、カンドーラと呼ばれるアラブの白いロングドレスの様な衣装に身を纏っており、すっきりとした青い短髪も、同じく白いターバンが巻かれている。腰に巻かれた布からはちらりと見えるナイフは、ジャンビーアと呼ばれるやや刀身が曲がった短剣だ。コウより若干年上程度、恐らく信任の教師なのだろう。23歳辺りに思われる。アラブ系のようだが、ヒゲはなくすっきりとした顔立ちだ。タケフツやトヨフツくらいの180センチはありそうな長身だが、細身でどちらかというと少し気弱な感じだ。
対して、女性の方はこれまた教師とは思えぬ独創的な人物で、派手な金髪が腰にまで届くかの長さがあり、しかもあまり手入れをしていないのであろう。所々が外へと跳ねている。だが、それ以上に目を引くのが、教師にあるまじき恰好……それは、俗にいう特攻服だった。背中には大きく『一生一教師』と刺繍され、腕には左右それぞれ『國語上等』やら『虎魔悟芽秘巴津斗』とか書かれており、右手に持つ竹刀を肩に置いている。胸元から腹部にかけてサラシが巻かれているが……残念ながら、サラシには膨らみがほとんどないのは、目下本人の大きな悩みの1つらしい。下手をしたら、クリスの方が大きいくらいだ。三白眼の少し睨みを利かせたような眼をしているが、十中八九美人と評されるだろう。
「君達にも紹介しよう、5年2組担任のシンドバッド先生、柳くんの担任だ」
校長の言葉で、軽く会釈をするアラブ系の男性教諭、シンドバッド。
少しなよっとした感じだが、優しい印象もある。
「はーい、先生、宜しくお願いします。ウチ、体育が一番好きだけん」
「で、こちらが6年1組担任のノヨル・ソロ先生、ドラグマンくんの担任となる」
「おう、話には聞いてるぜ。まずは読み書きと足し算引き算からなんだろ? このハイグレードクラスのティーチャーであるアタシに任せな! 四露死苦な!」
ニカッと満面の笑みを浮かべるレディース教師のノヨル。見た目は怖い印象だが、悪い人ではないようだ。
「えと……はい……宜しく……えと……お願いします……」
それぞれの担任と挨拶をかわす珠雲とクリス。紹介が終わったところで、ちょうど学校のチャイムが鳴り響く。
キーンコーンカーンゴリラの味噌煮― キーンコーンカーンゴリラの味噌煮―
「おっと、ちょうどホームルームの時間か。では、先生方お願いしますよ」
「ショッキングにも程があるたい!! これチャイム!? チャイムとして成立してよかやつね!?」
一体どんな発想の元、こんなチャイムが生み出されてたのだろうか。
どうやら、また濃い場所へと送り込まれてしまった珠雲とクリス。ここからは、時系列に沿ってそれぞれの学校での1日を見ていこう。
★★★★★
【ホームルーム~クリスの場合~】
「オラァ! ガキども! 席につけー!」
ノヨル先生が3階にある6年生の教室全体に響くかのような大きな音でドアを開けると、朝のおしゃべりを楽しんでいた生徒達が速やかに席についていく。
「よぉし、今日はこのクラスに転校生がやって来る。お前等の新しい仲間だかんな。仲良くしろよ?」
『はーい!』
よくある黒板と机、背後には生徒達の作品である習字や学級新聞、それぞれの荷物入れである棚が並ぶ教室内に、子供達の声が響き渡る。その後すぐに男女のどちらか、どんな子なのか、等のヒソヒソ話で盛り上がるのは、どんな世界でも共通の光景の様だ。
「よし、クリスティーナ、入ってこい」
ノヨル先生の言葉に促され、ドアをゆっくりと開けておずおずと教室へ足を踏み入れるクリス。
実は廊下で待っている間から緊張で足が震え、心臓はバクバクと体内からではなく自分の聴覚から聞こえてきそうなくらい緊張をしていた。
それは、無理もなかった。これまで神獣士として覚醒してコウと同行していたが、この様に大勢の注目を浴びて人前に出る事はなかった彼女にとって、この挨拶は非常に緊張と興奮と不安感を煽るものだった。ノヨル先生が教室に入る直前に教わった『人と言う字を日本語で3回書いて飲む』も、緊張のあまり『人』が『入』になって書いて飲み込んだ程だ。
そして、遂にノヨル先生から合図が送られ、こうして教卓へと歩いているが、本当ならば今すぐにでも逃げ出したかった。
教卓前に辿り着き、教室を見渡す。途端、襲い来るは同じ年の子供達の視線の山。これだけで、もう気を失いそうだ。
「クリスティーナ、自己紹介しろ」
ノヨル先生に命じられ、肩がビクッと跳ねる。勇気を絞り出し、ただでさえ小さい声を張って、少しでも大きく出そうと心の中で踏ん張る。
「え、えと……あ、あの……く、クリス……えと……クリスティーナ……えと……ろ、ローズマリー……えと……えと……ドラグマン……です……。きょ、今日から……えと……宜しく……おねがいひみゃふ……! ……あ……」
名乗って緊張のあまり、勢いよくお辞儀をしたと同時に『お願いします』が『おねがいひみゃふ』と噛んでしまい、恥ずかしさのあまり耳先まで真っ赤になってもじもじと恥じらうクリス。失敗した、絶対にみんなに馬鹿にされてしまう。魔女の娘時代のあの恐怖が甦る。
だが、彼女の想像に反し……。
「か、可愛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
「キャー! あざと可愛い! よろしくねクリスティーナさん!」
「俺……将来あの娘と結婚するんだ……」
本人の自覚のない美少女ぶりと、失敗と恥じらいの可愛らしさがウケたらしく、教室中が歓迎の声で満たされる。
「ふぇ!? え? あ、あの……」
しっかりと栄養が摂れる環境となり早2週間程が経過し、12歳にしては少々出るところがしっかりと出ている発育の良いスタイル、内向的で儚げな印象を与える性格、たどたどしい話し方。そんな美少女ともなれば、思わず守ってあげたくなるのも仕方がない。そのせいか、既にクラスの男子の何人かは、ぽーっとクリスを見つめており、彼女に恋心を抱いてしまうなど、まさに無差別初恋テロと呼ぶに相応しかった。
「よかったじゃねーか、クリスティーナ。こいつらお前を仲間として迎え入れてくれるみたいだぜ?」
ノヨル先生がクリスの頭を数回ぽんぽんと撫でる。
「よーし、そんじゃ、クリスティーナの席は窓側の一番後ろの席だな。いいかお前等、クリスティーナはこれまで異世界で迫害を受けて暮らしていた! だから文字の読み書きや計算なんかも、これから勉強しなきゃなんねぇから、1人勉強する内容が違う! だが、集団生活に慣れる為に授業はお前等と一緒に受ける! お前等、それを馬鹿にしたりしたら承知しねぇからな! いいな!?」
事前にクリスのこれまでの経緯を知っていたノヨル先生が、生徒にまで迫害の過去を包み隠さず伝える。教師としてどうかとも言える事ではあるが、クリス自身その過去を隠したいわけではないし、事実である。それ故に学びたいという欲求が人一倍強く、今はこの学校で勉強出来る事が何よりも嬉しかった。だから、クリスは事前にノヨル先生に、迫害の過去を伝えてもいいと話していた。
「大丈夫だよ先生……!」
「むしろ僕も教えるから!」
「いいや! 俺だ!」
ノヨル先生とクリスに向かい、次々と挙がる手。妙に男子生徒達が張り切っており、割合も男子生徒が多い。どうやら、クリスはこの短時間で6年1組のアイドルの座を射止めた様だった。
★★★★★
【ホームルーム~珠雲の場合~】
「おーい、みんなー、席についてくれー」
ワイワイガヤガヤ。
「おーい、ホームルーム始めるからー」
ワイワイガヤガヤ、ニギニギヤカヤカ。
「ハァ……もう勝手にしてくれ……こっちも勝手にやるから」
シンドバッド先生の消え入りそうな声が、ホームルームの時間だと言うのに未だ席につかずに思い思いにおしゃべりしたり遊んだりしている児童の面々。
なよなよした担任を完全にナメきっているのか、全く収まる気配すらない。
「今日から転校生が来るから、もう勝手に紹介するからなー……柳ー、勝手に入って自己紹介してくれー」
状況の収束を諦めたシンドバッド先生。どうやら、『勝手に』が彼の口癖の様だ。
シンドバッド先生の合図に珠雲がバァン! と、大きな音を立ててドアを開き、大股でズカズカと教卓のある壇上にまで上がる。
その大きな音と、現れた少女の存在に、クラスに響いていたやかましい程の喧騒がピタリと止まる。
「異世界から来ました、柳珠雲です! 好きな授業は体育! 嫌いな授業は算数! これから宜しくお願いします!」
まるで応援団のように腰で手を組んでの大音量の自己紹介。
呆気にとられたクラスの児童達はみなポカンとし、『お……おぅ』みたいな表情だ。
「ほら! 先生が来とらすとだけん、全員席に着かんね! そこん男子! ゲームは学校に持って来たらいかんとよ! ほら!」
珠雲の勢いに気圧されたのか、次々元の席へと着席していく子供達。珠雲は更にズカズカとゲームを持参していた男子生徒からそれをあっさり取り上げると、同じようにポカンと固まったシンドバッド先生に『ん』と一言だけ言って、右手に持たせる。
「さあ授業の始まるけんが、教科書ば出して! 先生、1時間目は社会でよかとよね!? あ、ウチの席は窓から3列目の後ろから2番目のあん席でよかとたいね!?」
「え? あ……あぁ」
手をパンパン! と叩いて悪童達に教科書とノートを出させる珠雲。
すぐさま自席も見つけて座り、さっさとチョコレートブラウンのランドセルから真新しい社会の教科書とノートを広げる。
あまりにもテキパキとした手際の良さに、シンドバッドは内心『僕、いらないんじゃないかなぁ』とすら感じていた。
「なんばボーッとしとるとね先生! 授業のチャイム鳴っとるよ!」
こうして、この短時間で学級崩壊寸前だったクラスをあっという間に黙らせてしまった珠雲は、クラスの姉御的なポジションを、獲得したのであった。
★★★★★
【休み時間〜クリスの場合〜】
「よーし、1時間目は以上だ! クリス、初めての勉強にしちゃスジがいいぞ、そのまま次も神界言語の書き取り練習だな!」
ノヨル先生の号令で、学校定番の『起立、気をつけ、礼』の儀式を合図に10分だけの休み時間が始まる。
この1時間目の授業は、正直なところ生徒達……特に、多数の男子生徒は、全く勉強にならなかった。
初めての書き取りで、お手本を見ながら文字を書いていくクリスが、小さな声で『んと……よいしょ……よいしょ……』と漏らしていたり、お手本を見ずに文字を書く時には、一般の授業を行いながらクリスの採点をノヨル先生が行なっていたのだが、正解すればパァッと花開いた様な笑顔を見せ、間違っていたらしょんぼりとしてしまう。とにかく一喜一憂が表情に、しかも誰が見ても分かる程に出ていたのだ。
その小動物の様な可愛らしさに、男子だけでなく女子生徒もやられてしまっていたのだった。
「ドラグマンさん! 初めての学校、どう?」
クリスがふぅ、と一息吐いていたところを数人の男女の生徒が囲む。転校生の最初の洗礼でもある質問タイムの始まりのようだ。
最初に声をかけたのは、随分小柄な少女。クリスも小柄なトランジスタグラマーではあるが、それよりも低く、135センチ程。肩までであろう長さである金色の髪を後ろで縛っており、黒いワンピースに真っ赤な上着を羽織っている。目つきは若干釣り目で瞳孔が小さいが、可愛らしい少女だ。
「私はメリィサ、宜しくね! で、こっちがシスタで、その隣にいる男子がアポロン」
「宜しく、シスタです」
メリィサに紹介されて会釈をする少女、シスタ。名前の通り修道女なのだろう、修道服に身を包んではいるのだが、ウィンプルと呼ばれる頭巾からはぴょっこりと白いアホ毛が突き抜けていた。身長はクリスよりやや高めの145センチ程。小学6年生の女の子としては平均的な方だ。薄い唇には、うっすらとグロスが塗られているようなツヤがある。そして、何より目を引くのは室内であるにも関わらずに差している赤い日傘だ。
流し目が妙に大人っぽさを感じさせる大人びた印象を受ける。
「先に言うなよ、豆ころメリィサ。僕はアポロン、将来の夢は異世界中の宇宙を旅する宇宙飛行士だよ」
シスタの隣に立つ少年はアポロン。グレーの半袖パーカーの下にストライプの長袖シャツを着たお洒落な少年で、オレンジのジーンズも難なく着こなしている。左腕には限定モデルだったデジタル仕様の腕時計がしているが、壊れているようで時間は表示されていない。少年にしては大きな瞳に、爽やかな笑顔がよく似合っている。
短くツンツンと尖ったようなの髪で、雰囲気も爽やかそのものだ。
「誰が豆ころドチビだっ!!」
アポロンの豆ころに反応し、肩をいからせて指差すメリィサ。身長の低さが彼女のコンプレックスであり、身長に関しての話がどうやら禁句でもあるようだ。
「ドラグマンさん! 第一印象から決めてました! 付き合ってください!」
「え? えぇ!? あ、あの……えと……!?」
突如、クリスの右隣から教室中に響き渡る愛の告白。その言葉に、男子生徒達が一斉に睨み、女子生徒はまたかといった表情をしていた。
告白された当人のクリスは告白なんてのも初めてだし、あまりにも突然だし、というかこの告白してきた少年が誰かも分かってないしで困惑しきりだ。
「またダージの告白が始まった……」
半ば呆れた口調のシスタ。その視線の先にいたのは、何故かお辞儀をしながら右手をクリスに差し出していた男子生徒。
名前はダージ・サウ。真っ白なカッターシャツの上にこれまた真っ白な、袖口や襟口に黒のラインが入ったベストを着ており、チェックの長ズボンといった、如何にも真面目そうな少年。髪は黒髪のミディアムヘア。綺麗に整えられて寝ぐせなどもなく、学校の照明によって天使の輪が出来る程のツヤがある。黒縁の眼鏡の奥にある二重の瞳は、しっかりとクリスを見据えていた。
「え、えと……あ、あの……えっと……」
「ほらダージ! ドラグマンさん困ってんじゃん!」
なんて言っていいかわからないで狼狽えるクリスに代わり、メリィサがダージの右手を思い切り叩き落す。が、バネか何かが入っているかのように、すぐさまビョインと元に戻ったりなんかしちゃっている。
「えと……その……ご、ごめんなさい……」
ようやく絞り出したのはお断りの言葉。当然だ、今初めて出会ったばかりでいきなりお付き合いなんて出来るはずがない。というか、クリスの場合それ以前にこの学校という環境にすら慣れていないし、まだ男女のお付き合いなんてのもよく分からないのだ。
「また撃墜されたな、新記録更新だ」
アポロンが喉奥をクククと鳴らしながら笑う。どうやらこのダージは、告白を繰り返してはフラれ続けているという、どっかの翼の神顔負けの連敗記録を持っているらしい。
「いいんだ……許してくれ、僕の恋心よ……甘い夢は、また大津波に攫われたんだ……いつかまた逢おう……その日まで僕の恋心はさようならだ……」
哀愁漂う背中を見せながら、ズボンのポケットに両手を入れて天井で見えない空を仰ぐダージ。
「えっと……」
「あーいいのいいの、ダージはいつもあんな感じだからさ、それよりも、ドラグマンさんの事、クリスティーナって呼んでいい?」
振った事が心苦しかったのか、申し訳なさそうな表情のクリスに、手をパタパタ振りながらあっけらかんと一蹴してみせるメリィサ。
「えっと……コウ兄や……ヴァルハラさん達は……えっと……クリスって呼ぶから……クリスで……えと……いいです……よ……?」
「え……? コウにヴァルハラって、あの有名な翼の神に主神の、上位神の2人?」
シスタが目を丸くして反応する。どうやら、普段は揃ってあんな感じではあるが、この世界で神ともなれば地位も名誉も知名度もオ○コンチャート1位も手に入る、まさに芸能人の様な存在だ。
「もしかして、人間なのに神界にいるのって、翼の神と主神と関係が?」
「なんで翼の神をお兄ちゃんみたいに言ってるの?」
「5年生の人間の転校生も同じなの?」
「波紋と幽波紋はどっちが好き?」
次々とクラス中の生徒が集まり、質問が決壊したダムの様にクリスに押し寄せてくる。見えない質問の重圧がクリスを圧迫し、あっという間に目を回すような事態へとなっていく。
「えっ……えっと……はぅ~……!」
この後も、結局休み時間の度にクラスメイト達の緊急記者会見が開かれる事となり、その度に目を回しながら質問に答え続ける事となるのだった。
★★★★★
【休み時間〜珠雲の場合〜】
「へ~、それで神界に……」
「そぎゃんたい、だけん今はコウ兄と6年のクリスと一緒に暮らしとるとよ」
授業が終わり、集まった生徒の質問に次々と答えていく珠雲。その中でも早速仲の良い生徒が数人で来たようで、教室の後ろ、体操服や私物を置く棚を背もたれにして、数人の男女で固まって話をしていた。
その1人が、先程感嘆の声をもらしていた少女、ツナミだ。珠雲が聞いた話では、両親はコウ達と住む丘を起点としてユグドラシルとは反対の方角、海が広がる観光エリアにて『民宿パシフィック』を経営しているらしい。自宅も、そのパシフィック内にあるという。だからだろう、12月に近い日付にも関わらず日焼けして浅黒い肌に、5年生の女の子にしてはやや高め150センチ程の身長。やや釣り目ではあるが、ぱっちりとしており人懐こさを感じる。珠雲よりも短いベリーショートの黒髪だが、あまり髪の手入れなどは興味がないのだろう、少々ボサボサ気味である。黒いタイツの上にデニムのショートパンツ。黒のセーターの上に白のダウンジャケットという出で立ちで、スポーツ少女らしい雰囲気を持ち合わせている。
(でも、翼の神も変態で有名。貞操の危機)
対して、ノートに文字を書いて珠雲に見せる小柄な少女。
「アイちゃんはなんで喋らんと?」
まるで相棒が使役する神獣の様に文字のみで会話をする少女、アイ。
ふわりと広がった膨らみのあるロングスカートのブラウンのロングスカートとコルセットに、胸元は白いブラウス。ブラウンのベレー帽を被っている。銀色の髪は背中まで伸びており、ゆるいウェーブがかかっている。口元はマスクで隠れている為、素顔は分からないが、何故かマスクには『禁』と書かれている。
(私の一族は言霊使い。しゃべった事が現実になる力があるから、迂闊に喋る事が出来ない)
「そうそう、アイちゃんがうっかり『199X年、世界は核の炎に包まれた』なんて言っちゃったら、それが現実になるから」
「……ツナミ、なんねそれ」
アイの発現した言霊によって、実際にそれが現実になってしまえば、神界は荒野と成り果ててモヒカン頭のおっさん達がヒャッハー! してしまう事請け合いである。
「きゃあっ!」
そんな今時の子供には分かりにくい会話を今時の子供達がしている中、クラスメイトのエリィが、プリーツのミニスカートをめくられ、中に花咲く純白を晒されてしまう。
「今日は白かよー、へっへー!」
「な、なんばしよっとねあいつ!」
エリィのスカートをめくった犯人。イガグリ頭でこの寒い時期でもタンクトップに半ズボンと、前時代的な出で立ちの少年が、エリィだけに飽き足らず、次々と女子生徒のスカートをめくりまくっていた。
(またセブンのスカートめくりが始まった)
「セブン?」
「そう、『エロティカ』なんてあだ名まであるエロガキだよ、あーあ、5年生にもなってまだやってるんだもん、なんかエロの師匠とかがいるみたいでさ、ホントスケベでやな奴だよ」
エロの師匠とか、この神界の性犯罪対策は一体どうなっているのやら……。
呆れた口調で事の顛末を眺めるツナミ。しかし、そこで許せない性分なのが、柳珠雲という聖女だ。次々と被害を広げるめくり魔に向かい、先程の自己紹介の時ような大股で近づくと、セブンのイガグリ頭を背後から片手で掴む。
「こら! なんばしよっとね! 女子が嫌がっとるたい!」
クマモトシティ訛りで凄む珠雲。だが、このセブンと言う少年も、中々に剛の者だ。
くるりと珠雲の手を中心に反転したと同時に、珠雲のミニスカートをペラリとめくる早業で対抗する。
「ゲッ、転校生オメースパッツなんか穿いてんのかよー、つまんねー」
そう、珠雲は普段からミニスカートを愛用しているが、何せじゃじゃ馬娘の彼女だ。動きが活発過ぎる故、中はいつもスパッツを着用している。
「残念だったたいね……こんのエロガキ…! キュウビ! お仕置きばしてやりなっせ!」
《おなごの敵ぢゃのう、ぬし。ちょいと妾が落としてやろうかの》
珠雲の指輪が光り、現れた神獣体のキュウビ。教室と言う狭い空間に突如現れた2メートルはあろう化け狐の登場に、教室中がパニックとなる中、エロティカと呼ばれる少年の襟首を咥えて2階にある教室の窓から外へと、顎で吊るしてしまう!
「ぎゃああぁぁぁぁぁっ!! テメー転校生!! や、やめろぉぉぉぉぉぉっ!!」
足元に床や地面がないというのは、それだけで人は恐怖を感じ、有りもしない床を求めて足が勝手にバタバタと暴れ出すものだ。
「そのまま落ちろエロティカ!」
「一度死んで反省しろー!!」
涙と鼻水と流して泣き叫ぶセブンに、日頃の行いと日々鬱積していた女子生徒の怒りが爆発し、飛んでくる罵声の雨あられ。
そんな大騒ぎな教室の中、誰も気づかぬ間にやって来ては、ぽつんと1人教卓に立つシンドバッド先生。
「……休み時間とっくに終わってんだけど……ハァ……もう勝手にしてくれ……」
どうやらこの新米教師の苦悩は、まだまだ続いていくようだった。
★★★★★
ようやくこの八咫烏第三小学校での初めての学校生活が終わりを告げ、クリスや珠雲を始めとした子供達がそれぞれに部活動や自宅へと向けて足を運んでいく。
下駄箱で友人達と別れた珠雲は、チョコレートブラウンのランドセルを背負って相棒でもあり親友でもある1学年上の相手を待っていた。
これから夕飯の買い出しを一緒にしながら下校しようと約束していたのだ。
6年生の教室に続く階段を見つめ続け、待つ事10分。友人となった少女達、メリィサとシスタと共にやって来たクリス。背中には、珠雲と同じくチェリーピンクのランドセルを背負っている。下駄箱で友人達と別れ、トテトテなんて擬音がよく似合いそうな走り方で珠雲の元へと走り寄ってくる。
「えと……珠雲ちゃんお待たせ……」
「クリス……友達出来たとね……ウチ、ウチ嬉しか……!」
学年も年齢も1つ下であるはずの珠雲が、まるで保護者のようにクリスの両手を握って感慨深そうな表情で言う。
「えと……うん……珠雲ちゃん……学校って……えと……楽しいね……」
そんな年下の保護者に向かって、笑みが零れるクリス。憧れていた学校、そこで学ぶ楽しさ。学ぶ事に飢えていたクリスにとって、学校はとにかく新鮮で、友達という存在が嬉しくて、同学年の子達と過ごす時間が楽しくて仕方がなかった。
他愛のないおしゃべりが出来る。一緒に勉強が出来る。協力して次の授業の準備や掃除をする。みんなで給食を食べる。どれも孤独だったノルウェスでは出来ない事だった。そんな夢の様な1日が、これから毎日続くのだ。
『早く明日にならないかな』
気持ちが高揚しっぱなしのクリスは、もう明日の学校を待ちわびている程だった。
「そぎゃん楽しかったとね?」
対して、学校という場所に慣れていた珠雲は、転校という新しい環境に飛び込む事に緊張はしたものの、クリス程ではなかったようだ。
それぞれの学年に分かれた下駄箱で靴を履き替え、並んでグラウンドを歩き出す。
玄関と正門の間にはグラウンドが広がっており、帰宅する生徒達だけでなく、運動部の児童達もまた、各部活動も行っている。右手にはサッカー部が準備体操をし、左手には野球部が集まり、トラックには陸上部がウォームアップがてら軽いランニングを行っている。
「えと……うん……! 私……えと……勉強できるなんて……思ってなかったから……」
部活動の掛け声が響き渡る。歩きながら背中に感じる教科書とランドセルの重みが、心地良い。
「クリスはえらかねー、なら今日はウチも宿題終わったら、クリスの勉強ば手伝うけん」
「えと……ありがとう……! あ、あの……えと……でも……ゲームは……」
「勉強が終わったら、1時間だけならよかよ」
先日のゲーセンの件から、すっかりゲームの虜となったクリス。帰ってからもコウの持っていたゲームにのめり込んでしまい、もうすっかりゲーマーとなりつつあった。
今やストーンズ家の財布を牛耳っている珠雲が目を光らせていなければ、きっと課金とかにまで手を染めてしまうであろう勢いだ。
「えー……1時間だけ……? えと……FPSの世界じゃ……えと……オンライン対戦とか……マッチングなんかで……えと……時間……かかったら……えと……10分対戦で……えと……3戦……出来るか……」
「クリス、ちょっと適応力高過ぎじゃなか?」
昨日ゲームを始めたとは思えない程の熟練っぷりのクリス。完全に専門用語も理解しちゃってるあたり、相当のものだ。
「転校生! 隙有りだ!」
おしゃべりをしながら校門そばまで来た珠雲の背後から、突如聞こえてくる声。その声の主は、今日という日で生まれた珠雲の因縁の相手。イガグリ頭とタンクトップが、振り向き様に視界に映る。
「セブン! また性懲りもなくウチに……!」
珠雲の声が止まる。クリスが口元を手で覆う。珠雲は、自分が一体何をされたのか、理解するまでに数秒の時を要した。
履いていたはずだ。履いていたはずのそれの温もりが、消えてしまっている。足下に、拘束されたような感覚が生まれている。そう、セブンは下げていたのだ。この一瞬で、目にもとまらぬ速さで。
珠雲のミニスカートを捲り上げ、スパッツをくるぶしの辺りまで下げていたのだ!
露わになった、水色をベースとして白の水玉ドット、ゴム部分はレースを模したデザインのそれ。
「おーい、珠雲~クリス~心配だったから迎えにきたじぇ~」
珠雲の顔がみるみる紅潮していく。まるで茹で上がったタコの様な色に染まる中、最悪なタイミングで好意を寄せる人物でもあり、同居人でもあり、兄代わりでもあるコウが呑気な口調でやってきたではないか!
「なっ!? おい、これまさか……!」
珠雲の晒された羞恥に、コウがわなわなと震える。コウはどうしようもないスケベの権化ではあるが、きっと自分がこんな目に遭わされて、怒りに震えてくれている、助けてくれる。目には涙を浮かべながら、コウの名を叫ぼうと口を開く。
「ぬわっはっはっはっはっは! セブンよ! 我がストーンズ家に代々伝わる48のエロ技の1つ『2段熟華麗(スパッツ脱がし)』をマスターしていたとは! このコウ・ザ・ストーンズ、感服の極みだわい!」
「師匠! ありがたきお言葉! このセブン、更に精進し、師匠の得意とする『黙殺される解放』をも習得するべく、邁進していきます!」
どこの美食倶楽部の主宰だと言いたくなるような口調で腕組みまでしちゃってるコウと、彼の元に駆け寄ってはお辞儀をし、敬意を払うセブン。
ツナミから聞いた迷惑千万なセブンのエロ師匠の正体がコウだったとは……。しかも、珠雲が辱めを受けたにも関わらず、全くそれについては見ていないわ、むしろセブンの技の冴えを褒め称えるわ。
女として、同居する者として、これ以上の屈辱と怒りはない。珠雲の中にあった何かが、プッツンと音を立てて切れる。
「……クリス……合身ばして、自分ばローゼス・ウィップて強く思い込みなっせ……」
「はぇ? え、えと……う、うん……えと……神獣……合身……っ」
エロ師弟が『流派! 童貞全敗はぁっ!』『敗者の風よ!』『全身!』『痙攣!』『全裸狂乱!』『見よ!! 妄想は!! 桃色に悶えている!!』とか、はた迷惑で青い服の正義の味方に連行されてしまいそうな事を叫びながら、何故かお互いに拳を交えている中、もぞもぞとスパッツを穿き直してぼそりと呟く珠雲。
怒りすらをも通り越して恐怖すら感じる珠雲の雰囲気に飲まれてしまったのか、クリスは少し怯えた様子で言われるがままにローズと合身。個々の中で『私はローゼス・ウィップ』と何度も呪文のように唱えていく。
「キュウビ、神獣合身」
続けて、珠雲が合身。巫女服の神獣鎧を纏うや否や、両手を胸の前で組んで何度も『私はローゼス・ウィップ』と律儀に言われた通りに頑張ってるクリスの背後に立つ。
「ちょっとくすぐったかよ、夢想」
≪ふぁいなるふぉおむらいど、くくくくりーす! ぢゃ≫
「え? えぇ!?」
そう言って舞を踊り、自身を思い込んだものへと変質したように自身の細胞を、他人を、世界をも騙す夢想を発動。
クリスの背中を開く様な仕草をした途端、クリスが宙に浮いて両手を伸ばし、その先に無数の茨が絡みつき、人間そのものが1つの巨大な鞭へと変貌し、珠雲の右腕に絡みついて装着される。
「こん……変態どもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
夢想で作り上げた巨大なローゼス・クリスティーナ・ウィップを、児童が集まるグラウンドのど真ん中で振るい、変態師弟を思いっきりブン殴る!
ズガアァァァァァァァァァァンッ!!
『ギャアァァァァァァァァァス!!』
盛大な土煙と共に、乙女の怒りの一撃によって吹っ飛ばされるコウとセブン。
キラリと星となって神界の空に消え、薄暗くなり始めた初冬の空に、2人のスケベの笑顔が映る。
こうして、クリスと珠雲の学校生活の初日は、強烈な放課後と共に、幕を閉じていくのであった……。
これから起こる学校生活、彼女達に幸あれ。




