第十八の神話
世の中には、『最高級』という言葉がある。高級の更にハイセンス、ハイクオリティなもの。高級の上を行く高級。その名の通り高級の最高峰、それが『最高級』だ。つまり、その上が存在しないという事になる。
この神界橋四越デパートも、まさにデパートの中のデパート、神々が住まう世界での1番と称されるようなデパートで、接客のレベルは勿論、異世界中の珍品、名品をも取り扱っており、まさに『ゆりかごからグングニールまで』
ありとあらゆるものが手に入るとまで言われている。その為……。
「うひょぉぉぉぉぉっ!! 伝説のクソゲー、アッ○ルタ○ン物語が買えたお!」
「ウェヘヘヘヘヘ……まさか鎧伝サ○ライト○ーパーの生セル原画まであるなんて……ウェヘヘヘヘヘ……」
なんて、神界でも有名なガチヲタ神や、腐りきった銀行員をも満足させる品揃えを誇っており、接客サービスはお客がぽつりとのどが渇いたと小さく呟いただけで店員がコンマ0.3秒でお茶を持ってきて無料提供する程の完璧、対応の素早さ。それでいて価格もお値打ちとあり、まさにデパートの完璧超人とも言うべき場所だ。
店の内装も築500年とは思えぬ程煌びやかさ、優雅さがあり、大理石の床、大きなシャンデリアに所々木目の壁や柱があり、お客に圧迫感や無機質さを見せない、ゆったりとした造りで、空間ひとつひとつにとっても、エレガントを忘れない。
更には落ち着いた空気を演出するため、生のオーケストラで演奏されており、ヴィヴァルディの四季、その中の曲である『春』が流れている中……。
「こぉぉぉぉぉぉろぉぉぉぉぉぉぉぉさぁぁぁぁぁぁぁぁれぇぇぇぇぇぇぇぇぇるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」
と、1人F1の有名なあの曲でも流した方がいいんじゃないかというくらい、店内の雰囲気をブチ壊しながら土煙を上げて爆走する青年。
ご存じ、おっぱいの申し子こと翼の神、コウ・ザ・ストーンズだ。両手にはそれぞれ右手に珠雲、左手にはクリスの手を握っており、あまりの人間離れしたスピードで、ぐわんぐわんと2人の幼女が漫画の様に宙に浮いていたりなんかしちゃっていた。
目指すは最強、いや、最凶の女神ヴァルハラ。突然呼び出しを受け、自分の命と未来を握るその恐ろしい女神の元へと一直線に駆け抜けるコウの右手、珠雲がフロアの一角を指差す。
「あっ! いたっ! ヴァルハラ姉!」
「マジかっ!!」
クリスの言葉に暴走列車と化したコウが、両足のかかとを揃えて急ブレーキを踏む。
危うくそのまま下りエスカレーターにまで飛び込み、夢のデパートジャンプラージヒル、K点越えを果たしてしまう寸前で止まり、直後に直角ターン、ヴァルハラのいるふわっふわのソファーベンチに飛び込む。
「遅いっ!! 9分46秒の遅刻っ!!」
コウが辿り着いて、クリスと珠雲から手を離したと同時に、世にも珍しい黄色のルージュをポーチから取り出して塗り始めるヴァルハラ。
鮮やかなイエローカラーと化した唇は、艶やかというよりは奇抜な美しさとでも形容するべきだろう。だが、この美しい女神は何故かそれすらも美として認識させてしまうのだから、如何に彼女がとてつもない美貌の持ち主なのかがよく分かる。
だが、女好きな変態神のコウは、美人であるヴァルハラがルージュを塗り始めた事に戦慄を覚えて突如逃げ出そうと走り始める。
「無駄よ」
ルージュを塗り終えたヴァルハラが、その一言だけを残してコウに向かって人差し指と中指を唇に押し当てて放つ。そう、彼女が行ったのは投げキッスだ。
何の変哲もない投げキッス。だが、それは室内であるはずのデパート店内に雷雲を呼び込み、それがコウの上空へと集まり、やがて……。
ビシャアアァァァァァァァァァァァァンッ!!!
と、億にも届くかの様なボルト数の電撃がコウへと降り注ぎ、店内はその閃光で瞬間的に視界を、大気を震わせて鳴り響く雷鳴で聴力を、店内にいたお客や従業員、全てから奪い去ってしまう。
「ほらっ! これ持ちなさい!」
そんな中、ちゃっかりサングラスと防音障壁を展開していたヴァルハラが、黒焦げになってプスプスと音を立てるコウだった消し炭に向かって、大量の買い物荷物をドサドサと落としていく。その量は、既にコウが見えなくなってしまう程だった。……この女神、一体どこまで鬼畜なのだろうか。
因みに、クリスと珠雲にもいつの間にかサングラスと耳栓を渡していたらしく、彼女達も無事だった。
「なんてこった! コウ兄が殺されちゃった!」
「えと……この……えと……ひとでなし……」
「なによそれ……」
「えと……ある異世界の……お約束……」
哀れ、コウもこんな日常パートで死亡するとは、夢にも思わなかっただろう。
「って勝手に殺すなっ!! つーか『エレメント・ルージュ』をこんなとこで堂々使うなっ!!」
埋もれた荷物の山から、まるでゾンビ映画の様に右手が出てきて復活を遂げるコウ。彼もまた、十分不死身である。
エレメント・ルージュ。
彼女は世にも珍しい化粧で戦う戦闘スタイルで、幾つもの色分けされた口紅を塗って、対象に向かって投げキッスをするだけで、あらゆる自然現象を引き起こす事が出来る。
先程の黄色いルージュは雷を。赤ならばマグマを、青ならば恐竜をも絶滅させたと言われる大氷河期をも引き起こす事が可能だ。
「そんな事よりさっさと荷物を持ちなさい、使えないわね」
ルージュをふき取り、いつものグロスに塗り直すヴァルハラ。さりげない毒舌も、忘れてはいない。
「こっちの話を聞けっ! とにかく! おま~に聞きたい事が3つある……!」
今に始まった事ではないヴァルハラのワガママ、荷物持ちは最早コウにとっては当たり前の事ではあるが、それにしても解せない事があるのだろう、青筋を立てながら指で3の数字を示している。が、当のヴァルハラは手鏡で塗り直したルージュのチェックをしていたりしちゃってるが。
「まず1つ……おま~仕事はどうしたっ!? 仕事はっ! 年末に向けての管理会議があるんじゃなかったのか!?」
コウが言う管理会議とは、正月には世界中の神が新年の祝いとその年の祈願を向けられ、様々なものが奉納される。それらの回収作業や、提携する他の異世界の神々 | (※神も様々な異世界が存在し、この神界はあくまでもその中の1つに過ぎない)への挨拶や営業、決算に向けての調整等が話し合われるはずなのだが……。
「あんたが休みで、この私が働くなんておかしいじゃない? だから私も休みにしたの。仕事は全部おじいちゃんに丸投げしたから問題ないわ」
「おま~年末の総務課の地獄、知っててゼクス爺さんに丸投げしたのかよ!? 鬼畜の所業なんてレベルじゃないじぇ!?」
ヴァルハラは第一神位なだけあって、実に重要かつ多忙な業務が多くを占めている。それを、年末調整やら冬の賞与計算やらと忙殺されそうな総務課のトップであるゼクスに押し付けたというのだから、いつか彼が過労死してしまわないか心配である。
「いいじゃない、で? あと2つは何よ?」
「あのなぁ……まぁとにかく、2つ目は……なんで待ち合わせ場所が『ここ』なんだよ!?」
コウが指差す待ち合わせ場所の眼前にある売り場……。その名も婦人下着売り場!
色とりどりの鮮やかで華やかな女性の女性による女性のための売り場、それこそが婦人下着売り場である。可愛らしい10代の女の子用の下着から、大人の雰囲気を纏っているもの、果ては壮年、老年の方でも愛用できる一品まで、まさに全ての世代に幅広く対応した下着、下着、下着のオンパレードである。
「そんなの決まってるでしょ? 私が新しいのが欲しかったからよ。ほら、これなんか可愛いでしょ?」
取り出したワインレッドに黒のレースをあしらった、しかも悩ましげなTバックの下着を荷物から取り出してコウに見せつけるヴァルハラ。
普段からタイトスカートを愛用しているからとはいえ、Tバックを惜しげもなく見せるのだから、大胆というべきかなんというか。
「わ、わーった! わかったら見せなくていいっ!!」
「あーっ! コウ兄顔真っ赤!」
「えと……コウ兄の……えっち……」
「おま~らまでからかうな!」
思わず赤面してしまったのを珠雲とクリスにまで指摘されたのが流石に恥ずかしかったのか、それとも見せられた下着を視界から消すためか、顔を必死で手で覆って隠すコウ。
もう完全にヴァルハラのペースに飲まれてしまっている。
「仕方ないわよ、童貞なんだから」
「よいこに言っていい発言じゃねぇっ! つーか童貞ちゃうわ! 女性とベッドを共にした事がないだけだじぇ!!」
世の中では、それを童貞と言う。
「じゃあ私とシてみる?」
「——————————!?」
沈黙、停止、ザ・ワールド、時よ止まれ。
あまりにも大胆かつとんでもない発言に、コウだけでなくやっとエレメント・ルージュの落雷から回復した周囲のお客の耳にまで入り、全員その場に凍りつき、固まってしまう。
「ぇ……ぇ……? ぃぃゃ……?」
コウもまた、どう言えばいいか分からず、漏れる声がまさに君からもらい泣き状態だ。顔も耳まで真っ赤になって、ただ狼狽えるしかない。
「嘘に決まってるでしょ、馬鹿童貞。ホント期待を裏切らないわね」
やはり鬼畜女神は、どこまで行っても鬼畜女神だった。
男の純情を弄ばれ、普段は恐怖が先回りして女性として意識した事がなかっただけに、こうして誘われてしまうと女性として意識がとか、色々駆け巡ってしまっていただけに、恥ずかしさでもうその場にうずまるしかなかった。
「コウ兄サイテー……」
「えと……何を……えと……するの……?」
更には珠雲には蔑まれるし、教育を受けていないクリスには解説を求められるしで、追加ダメージもハンパないものだった。
「俺が……俺が何をしたってんだよ……」
「あんたが私の玩具だから」
もうやめて! コウのライフはとっくにゼロよ!
まさにヴァルハラの掌の上で転がされているコウ。この先も、当分ヴァルハラには敵わないだろう。
「もう……いいや……ヴァルハラ……聞きたい事の最後……なんで『クリスと珠雲を連れて来い』なんだよ……? 荷物持ちなら、俺だけで十分だろ……?」
うずくまったまま、指で3をつくるコウ。
確かにコウさえいれば、神獣達もいるからただの荷物持ちでの呼び出しなら事足りるだろう。
「あんた本当に馬鹿ね……。クリスをご覧なさい。この娘、服は今着てるものしかないのよ? あんた、この娘の下着とか買いに行ける?」
ぐうの音も出なかった。確かに、クリスは着たきり雀の状態だ。替えの服も下着も持っていない。
しかも、ここ最近の食事事情の改善により、発育もかなり進んでいる事から、ブラ等も必要に迫られている。
もしコウがそんな中、マヌケな面で『えへ、えへへ、この女児用おぱんちゅとぶらじゃあくーださい♪ えへ、えへへ』なんて行けば、翌日のスポーツ新聞の一面は『翼の神、遂にモテないあまりに幼女趣味に走る! 下着売り場で女児用パンツを買いに来たところを緊急逮捕!!』となってしまう事請け合いである。そうなれば、人間であるコウを登用したユグドラシルの上位神にも責任が言及され、最悪総辞職なんて事も起こりえない。
「だから、この私が今日はクリスの服とか下着とか、一緒に買い物してあげるのよ。ほら、無頓着馬鹿童貞は、ここで私の荷物番でもしていなさい」
そう言うと、クリスと珠雲を引き連れて婦人下着売り場の中へと消えていくヴァルハラ。正直なところ、このヴァルハラの申し出はありがたかった。
大量の荷物や着替え等を持ち込んだ珠雲はともかく、クリスの服の事はどうにかしなければとは考えてはいたが、第二次性徴等のデリケートな問題も含まれる事から、どうしたものかと考えていた。そこでこのヴァルハラのお買いものだ。
なんだかんだと言いながら、彼女なりに新たに迎え入れられた2人の聖女を気にかけていてくれていた様だ。
≪今回は、ヴァルハラ様の粋な計らいに負けましたわね、マスター≫
「……ホークか。そうだな、こういう事は女同士……ヴァルハラが一番適任だじぇ」
ベンチに腰掛け、瞳を閉じて飛び出して肩に留まる小鳥のぬいぐるみに答えるコウ。耳に入ってくるのは、クリスと珠雲、そしてヴァルハラの楽しそうに買い物をする声だ。
「あ! これなんか可愛かよ! どぎゃんねクリス?」
「えと……えと……こっちも……いいな……でも……えと……どれも値段が……5000柱……超えてる……」
(※柱:神界の通貨単位、1柱=1円24銭【神界異世界為替市場本日の終値】)
「遠慮しちゃダメよ? 気に入ったならドンドン買いなさい、お金は貴女達の大好きなお兄さんの給料から差っ引くから」
訂正。前言撤回。耳に入ってくるのは、クリスと珠雲の楽しそうに買い物をする声、そしてヴァルハラの鬼の如き発言だ。
≪やれやれ、随分賑やかになったもんぢゃ≫
「だな。まさかこうして、『また家族が出来る』なんてな……」
ぬいぐるみ形態で飛び出し、コウの横に正座をして体毛と同じ茶色の湯のみで緑茶をすする神獣・ベア。それに対し、コウの言葉には何やら含みが孕んでいた。
「しかも、それがロリロリな幼女で美少女で、片方は方言元気っ娘、片方は儚げロリ巨乳……けしからんお」
「ん~まぁ将来性は確かにあるだろうけど、いくら俺でもあの子達をそういう目では……って……」
『トヨフツ | (様)!?』
脳内に響く声と会話をしていたはずが、いつの間にか精神に語りかける声ではなく、聴覚から聞こえる声。振り向くと、そこには下着を選んでいるクリスと珠雲を双眼鏡でがっつり覗きながら、手に何故かアンパンと牛乳を持って、交互に口に運んだりなんかしているトヨフツ・タケミカヅチの姿があった。
「おま~いつの間に現れたんだよ!?」
「やだなぁコウきゅん、午前中も言ったジャマイカ。ヲタは神出鬼没がデフォで装備されているって。ハァハァ……クリスたんがピンクのリボン付きおぱんちゅを手に……ハァハァハァハァハァハァハァ」
一体いつの間にここにいたのだろうか? 口元からはよだれが垂れながら、クリスや珠雲が手に取る女児用下着の色や形状を事細かに実況し続けており、もうそれは怪しいを通り越して危険な領域に片足どころか肩まで浸かってしまってる程にアウト以外のなにものでもなかった。
しかも背もたれで向かい合わせの席だったから気づかなかったが、よく見たら席にノートパソコンがあり、『ニヤニヤ動画』の生放送、通称『ニヤ生』を放映しちゃったりなんかしていた。
「ハァ……おま~までサボりかよ……つーかウチの子達覗きながら生放送で実況すんな」
コメントが山程流れるパソコンの中の様子に、頭を抱えるコウ。だが、トヨフツはお構いなしにビン底眼鏡を双眼鏡にくっつけて、新たに珠雲が手にした白のスポーツブラにショーツのスクールインナーを手にしたのを確認すると、最高級デパートの店内というのも忘れて叫び始める。
「うっひょぉぉぉぉぉぉっ! 漏れ達の夢! ロリにスポブラ! た、た、タマランチ会長だお! まったく、小学生は最高だぜ!」
ぽんぽん、と肩を叩かれるトヨフツ。だが、今最高潮にいい場面だ、そんなものに構っていられないのか、肩を叩く手を払ってしまう。
「ンモー、コウきゅん、今いいとこなんだお! 後にしてくれお!」
ぽんぽん。もう一度叩かれるトヨフツの肩。
「もう! なんだお!? ……あ」
ムッとした表情で双眼鏡から離れて振り返るトヨフツ。だが、そこにいたのは友人である翼の神ではなく……。
「神界警察の者だけど、ちょっと事務所でお話しようか」
振り向いた先にいたのは、青い服の正義の味方。優しい微笑をトヨフツに向けたまま、ガシャンと正義と輪廻の輪を彼の両手にかけ、そのままズルズルと連れ去ってしまったのだった。
だって、犯罪だもの。
「むっ? な!? もう1人の私よ! 逃げたな!? 貴様私に罪をなすりつける気か!? 戻れ! 貴様トヨフツ! 戻らんかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
突如として穴あきグローブとビン底眼鏡、乱雑にヘアゴムでまとめた髪もはらりと解け、人格がトヨフツからタケフツへと変わる。……どうやら、トヨフツの人格の方は意識の向こうへと逃げて、後の事を全部タケフツへと丸投げを決め込んだようだ。
スタッフ用通用口へ連れて行かれる今際の際までトヨフツを呼び出すタケフツだったが、とうとうそれは叶わずそのまま通用口の中へと放り込まれてしまったのだった。
「全く……あんなガキんちょの下着見て、何が楽しいやら……。俺ならあっちのお姉さんだじぇ」
コウの視線の先にいるのは、下着を選ぶ三つ編み眼鏡の地味めな女性。読書とかを趣味にしていそうな知的な美人だ。
手に取る黒の総レースなそれ。意外と大胆なチョイスに、コウは食い入る様に見つめる。
「おー、あんな大人しそうなタイプでそれとか……ガーターベルトとかしてあんな下着とかギャップがたまんないじぇ〜よく見たら結構巨乳だし、ありゃEの75辺りかも……」
ポンポン
「ちょっ、ベア爺か? 今脳内であのお姉さん脱がしてるから後に……あ……」
「君もちょっと事務所行こうか」
ガシャン、ズルズルズル……。
ニッコリ笑う青い服の正義の味方に、コウもまた飛び出した5神獣のドナドナコーラスに見送られながら連れて行かれる。
だって、存在が性犯罪だもの。
通用口の中へと引きずり込まれるその様を、誰もがヒソヒソと話しながら眺めていく。
これが、世に言う『同じ穴の狢』であった。
★★★★★
「で? 荷物番1つ出来ないグズ2人は、私になんて言うべきかしら?」
『大変申し訳ありませんでした、お美しいヴァルハラ様。我等畜生どもに御慈悲を頂き、感謝の言葉もございません』
ところ変わって、こちらは四越デパート展望カフェレストラン『蘭々』
最高級の食材を贅沢に使った絶品料理やコーヒーが味わえる場所で、ユグドラシルを中心に神界のビル街を一望出来るのもまた魅力であった。
「アイヤー、これ黒トリュフのオムライス、3番テーブルにアルよ」
ただ、明らかに中華料理作りそうなオーナーシェフなのに、洋食専門店なのがちょっと不思議な感じだが。
そんな真っ赤なカーペットが敷き詰められ、高級感溢れるシャンデリアと真っ白なテーブルクロス、調度品の椅子にとセレブリティ満載なそこに、ヴァルハラの足下で深々と土下座をしている剣の神と翼の神。
ヴァルハラにハイヒールで頭をがっすんがっすん踏みつけられながら、現在お説教の真っ最中だ。
「私の口利きがなかったら、あんた達揃って前科一犯だったのよ? 分かってる?」
「ぬ……し、しかし、あれはトヨフツの奴が……ぐふっ!」
足を組み替え、タケフツの後頭部に思い切りヒールのかかとを叩きつけるヴァルハラ。
「何か言ったかしら?」
「な、なんでもありません……」
こうなっては、タケフツのイケメンぶりも形無しである。
「大体、あんた達は神として自覚に欠けてるのよ」
それをお前が言うなと声を大にして言いたいコウとタケフツだったが、藪蛇どころか藪からヤマタノオロチが飛び出しかねないだろう。
その為、喉奥でくすぶるそれを、必死で飲み込むしかなかった。
「ヴァルハラ姉、タケ兄もコウ兄もこぎゃん反省しとるし…」
「えと……許して……あげて……?」
ヴァルハラと共にテーブルに着いた珠雲とクリスが諌める。
「そうね、そろそろ飽きてきたし……ここの払いをコウとタケフツがしてくれるなら、許してあげるわ」
どうやら女神様の怒りの溜飲がようやく下がったらしく、やっと解放されたコウとタケフツ。ヴァルハラを中心に右にクリス、珠雲、コウ、タケフツ、順に揃って丸テーブルを囲むように着席が許された。
お茶代、おやつ代の支払いまで背負う羽目になったが、ようやく同じテーブルに着く事が出来たわけだ。
「おまたせしましたー」
程なく届いたコーヒーや紅茶、パフェ達。1つだけ、土台がバケツで作られた巨大なパフェまであるが、勿論これはコウの分だ。
「それで? まだ時間はあるけど、これからどうするの?」
優雅な仕草で紅茶を口に運ぶヴァルハラ。
丼ご飯をかき込む様に食べるコウとは、雲泥の差だ。
「ハムッハフハフ、ハフッ!! んー、そうだなぁ……」
目的のクリスの着替えや、これからの生活に必要な物資はあらかた買い終えたが、案外時間が余ってしまった。なんだかんだでヴァルハラやタケフツも揃ったので、このまま解散もなんだか勿体無い。
口の周りを生クリームだらけのコウが唸ると、しばらくして頭の上に電球が光る。
「ゲーセンとかどうよ? 新作のストライキ・ファイターⅣも出たし」
ストライキ・ファイターⅣとは、春闘を舞台に株式会社シャチクーの社長にして総統の小泉鈍三朗に、給料値上げを求めて戦う格闘ゲームだ。
「あんたねぇ……私達女連れでゲーセンなんて……だから童貞なのよ」
「今それ関係ないだろ!? 仕方ないじぇ、あとはカラオケくらいしか思いつかないんだし」
「カラオケ? この私が歌うなら、カラオケボックスなんてしょっぱいものじゃなくて、神界武道館を押さえなさい」
「それは最早カラオケじゃねぇっ!!」
まるで夫婦漫才の様なコウとヴァルハラのやりとり。結局のところ、この2人は息がピッタリなのだろう。
「えと……私……ゲーセン……って……えと……行ってみたいです……」
パフェのスプーンを片手に、おずおずと手を上げるクリス。
「あっ! ウチも! みんなでプリクラとか撮りたか!」
賛同する様に、珠雲も手を上げる。神界での初めてのお買い物記念に、思い出の写真をつくるのも悪くないだろうとの提案だ。
「うむ……プリクラか……私は苦手だが……まぁ彼女達を歓迎する意味では良いかもしれんな」
口を開けば『萌え』とやかましいトヨフツとは違い、硬派な剣の道を突き進むタケフツも、珠雲とクリスに同意する。
「んじゃ、決まりだじぇ」
「仕方ないわね……いいわ、この娘達が言うなら、折れてあげるわよ」
流石のヴァルハラも、可愛い妹分となった聖女達を差し置くわけにもいかず、頬にまで生クリームに浸食されたコウの提案に乗ることにした。
「しかしコウ……お前、こんなに生クリームまみれになってどうするのだ……」
見かねたタケフツがコウのあごを軽くつかむと、持っていた白いハンカチでそっと拭い始める。
「んっ、こんくらい自分でやるって……」
「いいからじっとしていろ、全く……ただでさえ童顔のお前がこんな状態では、聖女達と変わらんではないか……」
嫌がってコウがあごを動かした拍子に人差し指についた生クリームを口に入れるタケフツ。同い年とは思えぬ子供染みた親友に眉尻を下げて困った表情を浮かべては、ハンカチで頬をぷにぷにと動いてしまうくらい少し強引に拭う。
「うひぇひぇひぇひぇひぇひぇひぇひぇ……! いい……! いいですよ! 私の心のイイネボタンが焼き切れるくらい、いい展開ですよ……! うひぇひぇひぇひぇひぇひぇひぇひぇ……!」
「どわああぁぁぁぁっ!? さ、サツキちゃん!?」
コウとタケフツの席の間、テーブルクロスの中からにょっこり出てきたのは神界第一信用銀行のテラー | (※窓口受付担当)である才色兼備のクールビューティー、サツキ・メイだ。ただ、いつもと様子が違い、額に燦然と光り輝いて浮かぶは『腐』の1文字。普段の完璧さと冷静さがどこに置き去りにされたのか、よだれを垂らしながら、超高画質ビデオカメラでコウとタケフツのやりとりを映像に収めていた。
「い、いつの間にそこにいたんだよサツキちゃん!?」
「いやですね、第三神位様。腐女子には神出鬼没とホモレーダーがデフォで装備されているんですよ? あ、私の事は気にせずに、イチャラブをどうぞお続け下さい。」
デジャヴを感じさせてやまないサツキの台詞。がっつりビデオカメラを回しながら、何故か『そこでディープキス』とか悪夢以外何物でもない言葉が書かれたカンペをだしちゃったりしていた。
「ここ神様の世界たいね……? 変態の世界じゃなかよね?」
「えと……珠雲ちゃんごめんね……私じゃ……否定出来る材料がない……」
神界の中でも特に強烈な、ウスターソースみたいな面々の大騒ぎに囲まれ、早くも今後のこの世界での生活に不安すら感じる珠雲とクリス。
「ちょうどいいわ。サツキ、これからコウがゲーセンに行くっていうから、アンタもついてきなさい」
「あら、そうなんですか、第一神位様? だったら、私のプロジェクト・ディー婆が火を噴きますよ?」
腐女子の心の友、音ゲーの中でも屈指の人気を誇るプロジェクト・ディー婆。老化ロイドと呼ばれる音声プログラムを音楽に合わせて歌声を作成するソフトを元にキャラクター化し、歌って踊る高齢アイドル『ハツ江・キク』や『嵯峨峰・きん、けん』といった90歳を軽く超えたキャラクター達が人気を呼んでいる。しかも、このゲームは歩行器や杖を片手によぼよぼとキクさん(98)や腰が曲がりまくったきん(92)が画面上で踊ってプレイヤーに『頼むからおばあちゃん、おじいちゃん動き回らないで寝ていて下さい』と心理的プレッシャーを掛ける事でミスを誘うかなり難しい音ゲーなのだ。
「サツキも相変わらずだな……だお! サツキ女史も来たし、役者は揃ったお! いざいかん! ヲタの安息の地、ゲーセンへ!」
このゲーセン話でガチヲタが黙っているはずもなく、人格がタケフツからトヨフツへと切り替わる。
目指すはアミューズメントと電子を舞台とした戦いの地、ゲームセンター。才色兼備残念クールビューティー、サツキも加わって6人となった一行は、四越デパートを後にし、近くの大型店舗『どすこいゲーセン・ジュテーム』へと移動するのであった。
★★★★★
「えと……すごい音……」
「えー!? クリスなんて言うたとー!?」
元々か細いクリスの声が、あっという間に音の津波に攫われてしまう。
とかくゲームセンターとは、音の洪水によって支配された場所である。様々なゲームがプレイヤーに選ばれようと必死に音をかき鳴らし、選ばれた筐体はゲームを盛り上げようと、高らかに音を奏でる。最近流行りのゲームはもちろん、女性用のプリクラやファットはレディー達をカードの衣装で着せ替えてアイドルを目指す女児用ゲーム「トンカツ!」から擬似ギャンブルを楽しめるメダルゲーム、果てはお父さん世代には懐かしい10円玉をパチンコの様に弾いてゴールを目指すものまで、なんでもござれなのが、この『どすこいゲーセン・ジュテーム』なのだ。
3階建ての大規模ビルをまるまるゲームセンターにしたそこはとにかく広く、1階にUFOキャッチャーやプリクラ、子供用ゲームが並び、2階には音楽、格闘、クイズ、トレーディングカードアーケードゲーム、シューティング、大型筐体搭乗型体感ゲーム、3階にはメダルゲームと、階ごとに分かれている。
コウ達がいるのは、2階の格闘ゲームコーナーだ。
「さって……今日こそは勝たせてもらうじぇ?」
「やれやれ、コウきゅんの釣針はデカ過ぎて飲み込めないお?」
向かい合わせに設置されたストライキ・ファイターⅣの筐体に、それぞれ座るコウとトヨフツ。
実のところ、コウもこのゲームに関してはそこそこの腕前ではあるが、対するトヨフツは流石のガチヲタとも言うべきか、それを遥かに凌駕した腕前を持っている。全国大会にも出場しているその実力は、所詮友達と家でやった時にそれなりに勝つ程度のコウとでは話にならないのが現実だった。
コウの後ろでは、画面を見つめる珠雲とクリス。更には筐体が並んで通路が狭いにも関わらず、バカでかいふっかふかのソファーを用意させ、通路を完全に塞いで寝そべるヴァルハラがいる。筐体と接続させた大型モニターまで用意させて暇そうに眺めている辺り、彼女に誰も逆らえないのがよく分かる。 サツキは、彼女達とは逆にトヨフツ側の後ろで勝負の行方を見守っている。
コウが使用するキャラクターは多彩な足技を駆使して戦う社員食堂のパート女性キャラ、パン・ジュルリ。対するトヨフツは、歴代シリーズから主役を張り続けている人事部部長のリョウだ。
ラウンド・ワン! ファイッ!
試合開始のゴングが鳴ると同時に仕掛けたのは、コウだ。
「先手必勝! いくじぇ!」
ダッシュと同時に突進しながら側転し、回転蹴りをお見舞いする必殺技を放つが、読まれていたのかあっさりとかわされる。
「狙いがバレバレ…だおっ!」
跳躍で画面左右の立ち位置が入れ替わると同時に至近距離から飛び道具の異動拳を叩きこまれる。そこから更にしゃがみ蹴りを連続で打ち込んでひるませてからの上空へ飛び上がるアッパー、昇給拳へとコンボを繋げていく。
「げっ! んにゃろ!」
ダウンを奪われ、起き上がると同時に再度ダッシュ。迎え撃つように放たれた異動拳を跳躍でかわし、高速飛び込みの蹴り技、億劫閃を決めるが、これだけではコウの反撃は終わらない。そのまま追加攻撃コマンドが入力され、2撃目、3撃目と決まっていく。
「いけー! コウ兄! そこたいー!」
その後は、一進一退の攻防となっていたが、やはり実力差なのか、徐々にコウが押され、結局2戦ともトヨフツの勝利で、対戦は終了したのであった。
「もー! コウ兄もちっと頑張らんねー!」
対戦が終了し、敗残の将に待っていたのは不満げな珠雲のふくれっ面だった。
「トヨフツの奴が強すぎるだけだじぇ」
「あんたの事、今日から負け犬と呼ぶ事にするわ」
辛辣なヴァルハラの一撃が飛び出しながらも、ゲーム自体は楽しんでいたのか、やいのやいのと盛り上がる一同。そんな中、コウのジャケットの裾を摘まんで引っ張るのは、1人の少女。
「えと……私も……やってみたい……」
「お? クリスたんもやるのかお?」
まさかの新たな挑戦者の出現に、トヨフツの口角が釣り上がる。ゲームを愛する者はみなライバル。俺より強い奴に会いにいくのが、この格闘ゲームの世界だ。その世界に今まさに足を踏み込もうとする少女に、コウもまた、にんまりと笑ってみせる。
「よし、んじゃ、俺が相手するから、トヨフツに教わりながらやるといいじぇ」
クリスを筐体の椅子に促し、自身は先程までトヨフツが座っていた席へと移動するコウ。
つい先日までこの様な筐体ゲームどころか、平○京エイ○アンすら存在しない中世的な世界で生きてきた少女だ。結果は目に見えているが……。
彼女が選んだキャラはハイレグ金髪の警備員、チャミィ。コウは引き続き、パン・ジュルリだ。
ラウンド・ワン! ファイッ!
「さって、かるーく倒してやるじぇ~」
等と、呑気な事を言いながらいきなり高速飛び蹴りの億劫閃で攻撃、更に大人げなく、追加攻撃コマンドまで入力して2撃目、3撃目と放っていく。相手はガードの仕方すら知らない素人でもあるにも関わらずだ。
「コウ、あんたって奴は……」
「勝負の世界は非情なんだじぇ……クリス」
ヴァルハラの呆れた口調にも、意に介さないコウ。その間にもサンドバッグの様に攻撃を加えていくが、クリスの様子がおかしい。
「こしょこしょこしょ……で……コマンドが……こしょこしょこしょ」
「えと……ここを……こうして……えと……わかった」
トヨフツの耳打ちアドバイスに頷くと、途端、キャラクターがまるで生命を吹き込まれたかの如く滑らかに動きだし、反撃を始めていく。身体を捻って低い位置から相手を蹴り上げる必殺技『キャノン・酸っぱい靴』でパン・ジュルリは上空へと吹っ飛ばしたと同時に、見事な空中連続攻撃が次々と決まり、最後には着地と同時に両足で顔を挟んで投げ、一気に勝負が決まる。
勝ったのは……まさかのクリス。しかも、動き出してからはコウに一撃どころか、ワンモーションすら許さぬ圧倒的な勝利だ。
「え……? ちょ……クリス……?」
「コウきゅん、優しいねぇ、途中からクリスたんに勝たせてあげるなんてさ」
唖然茫然となるコウが立ち上がると、今度はトヨフツがコウの肩を叩いて茶化しながら席に座る。
どうやらトヨフツは、コウが途中から勝ちを譲ったように見えたようだった。
「やったー! クリスすごかー!」
「えと……ありがとう……珠雲ちゃん……」
無邪気に珠雲とはしゃぐクリスだが、次の対戦相手はゲーマーにしてガチヲタのトヨフツだ。コウとは段違いの実力者である彼が相手では、流石にクリスも敵わないだろう。
「クリスたん、漏れとちょっとやってみようず。デュフフ……幼女と格ゲーとか、オラ、ワクワクすっぞ!」
トヨフツは容赦するつもりはないのか、指を鳴らしながら気持ち悪い笑みを浮かべていた。
ラウンドワン! ファイッ!
「どうかしましたか? 第三神位様?」
「サツキちゃん……あいつは……クリスは……本物だじぇ」
言葉の意味が分からず、頭の上に『?』が浮かぶサツキ。
だが、それはすぐに分かった。
K.O!! PERFECTGAME!!
「え…!?」
筐体から聞こえる、あり得ない結末に、サツキは思わず画面の方へ振り返る。
そこには、トヨフツの使用キャラが、無様に横たわる姿が映し出されていたのだ。
「あ、ありのまま今起こった事を話すぜ……! 『本気でプレイをしていたと思ったら、いつの間にかクリスたんに一撃も当たらずに負けてしまった』な……何を言っているのか、わからねーと思うが、漏れも何をされたのかわからなかった……。頭がどうにかなりそうだった……。催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ、断じてねぇ……。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」
相当にやり込んでいるトヨフツが、素人の……しかも、今日初プレイのクリスに、ここまでやられるとは、誰も想像出来るはずもなかった。
「何よ、あんた達案外だらしないわね」
ゲームに関してよく分かっていないヴァルハラや珠雲はともかく、この事態をようやく理解したコウ、サツキ、トヨフツの3人。
彼女、クリスティーナ・ローズマリー・ドラグマンは、希代の……それも、100年に1度の天才ゲーマーだ。そう確信したサツキは、今度は右手に広がる音ゲーコーナーを指差す。
「クリスちゃん、今度は私とあっちのゲームをしましょう! ひょっとしたら貴女、神界のゲーム史に名を刻める存在かもしれません!」
「えと……あ、はい……」
果たして、クリスの実力は本物か、それを確かめる為に、一行は音ゲーコーナーへと、移動するのだった。
★★★★★
冬の空は闇を好む。時刻は19時を指しているが、既に宵闇に包まれており、霊気で輝く街灯が、煌々(こうこう)と夜道を照らしていた。
そんな冷たい風が頬を撫でる帰り道の坂を登るコウ、クリス、珠雲の面々。少女2人が仲良く手を繋いで歩き、その後ろをコウが歩く。
コウの両手には、クリスとちゃっかり買ってもらった珠雲の衣服だけでなく、大量のぬいぐるみにマグカップにお菓子にアニメキャラのフィギュアにと入った紙袋が、合計6つも下げられていた。
あれから、クリスはまさに一騎当千の活躍だった。
音ゲーではEXレベルと呼ばれる超上級者プレイをも難なくクリアして見せたり、ガンシューティングではワンコインで全面クリア。メダルゲームはメダルを機械が吐き出しすぎて不良を起こし、果てにはUFOキャッチャーでは、店長が泣きついて『もうこれ以上は勘弁して下さい』と、彼女に土下座する事態にまで発展してしまっていた。
コウの持つ紙袋の大半が、その戦利品と言うわけだが、あくまでこれは一部。解散して別れたヴァルハラやトヨフツ、サツキもまた、同じくらいの数の景品をお土産で渡しているのだ。
これから後、クリスはその天才的なゲームセンスと実力から『カタストロフィ・ローズ・クイーン』の異名で、神界のあらゆるゲーム大会で優勝を総なめしていくのだが、それはまた別のお話だ。
「クリスに意外な才能があったとたいねー……」
「え、えと……そ、そんな……すごく……えと……ないよぉ……」
坂道を、楽しそうに歩きながら話す珠雲とクリス。謙遜しているが、この大量の戦利品は、彼女の才能の何よりの証拠だ。……店長のマジ泣きもまた、そうだが。
知らなかった彼女達の一面。家事が得意な珠雲、ゲームの才能を持つクリス。実質、出会ったばかりの3人はまだお互いをよく知らないでいたという事を、今日という1日でよく分かった。
まだ、コウと彼女達の生活は始まったばかり。住む世界から何もかもが違った奇妙な縁。だからこそ、ゆっくりと知ればいい。
「もー! コウ兄遅かよー!」
「へいへい……荷物持ちさせといて、よく言うじぇ…」
「えと……珠雲ちゃん……晩御飯……なに……?」
「晩御飯はコロッケばしようと思うとるけん、クリスも手伝ってよ?」
神となった青年と、聖女となった少女の影が、電灯の光で縦に縦にと伸びていく。
明日は一体どんな1日になるのだろうか? 彼等の神界での日常は、まだ始まったばかりだ。




