第十六の神話
それは、日本の城に無理矢理手足をくっつけたような代物だった。
決してカッコいいとは言えない、世のお父さん世代ならば懐かしく感じるブリキのロボットみたいなずんぐりむっくりとした手足。天守閣の屋根の上にくっつけた、どっかの28番目に完成した鉄人みたいな顔。飛べるわけないのに付いた飛行機のような飛行用の翼のユニット。
更にはなぜか『ま゛っ!』とか喋っちゃう、無駄な機能。
それが、クマモトキャッスルが変形して出来上がったロボットだった。
しかも、御丁寧にそのロボットにはコックピットがあり、ピコーン、ピコーンと鳴り響く小規模会議室並の広さに、演出かなにかのつもりなのだろう、妙に薄暗く、各モニターの光がただ眩しい、目の疲れが倍増してしまいそうなそこに、クマモトキャッスルの操舵者、オペレーター、特に武装はないのに火器管制者等、それぞれの役割を果たす為に各席に鎮座するベアもんぬいぐるみ達。
仕舞いには中央の椅子に座った偉そうな者。恐らく艦長役なのだろう、飛行機の機長か、どっかの白い木馬型戦艦の艦長みたいなごっつい帽子を被ったベアもんまでがいた。
彼等(?)が見据えるメインモニターに映るは、3人の神獣士。
「キシャアアァァァァァッ!!」
多くの仲間を屠った憎っくき人間どもを踏み潰してくれようと、艦長ベアもんが意気揚々と号令をかけた。
★★★★★
「神獣……合♂身ッ!!」
損傷激しいベアメイルから、予想外の助っ人神獣、アベサンショウウオにチェンジするコウ。
光に包まれ、鎧が青いツナギをベースとした、肘当て、サンショウウオの手をイメージした水かきの様な肩アーマー、胸元にサンショウウオの頭部を備えた鎧に、膝当てと、かなり軽装な姿へと変わっていく。
サンショウウオの横顔を紋章としたサークレットが装着され、合♂身が完了する。
《さすがはワン・オブ・ミリオンだ、このぶんだとそうとう精神力があるみたいだな♂ コアクリスタルン中がパンパンだぜ♂》
ツナギと似た色合いのコアクリスタルが、煌々と輝く。
神獣士として規格外の精神力を得た事で、アベサンショウウオもまた、100%の力を発揮する事が出来るだろう。
《奴はふざけた見かけだが、強固な装甲と構造になっている♂ ところで、俺の専用武器を見てくれ♂ こいつをどう思う?》
「すごく……ドリルです…」
自らの右腕を見つめ、思わず声が漏れてしまうコウ。
神獣・アベサンショウウオの専用武器。それは、コウの右腕に装着された、1本の太く逞しい円錐螺旋状の削岩機。これこそが、漢の夢、漢の情熱、漢の浪漫である専用武器『アスゲイン・ドリル』だ。
敵を削り、引き裂き、抉り倒す、まさに無理を通して道理を蹴っ飛ばす武器だ。
「えと……っ! お城のロボットが……!」
「避けるばいっ!」
太陽が消えたかのような大きな影が、コウ達を包む。上空を見上げると、鋼鉄製のフタのようなもの……振り上げられた右足だ。
3人は一斉にクモの子を散らすかの様に跳躍し、踏みつけ攻撃をかわす。
「だりゃああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
周囲のビルを、アーケードの屋根をも踏み潰しながら、ズゥウウンッ!! と周囲の大気を、地面を揺らしながら右足が着地する。
それと同時に右腕のドリルで人間でいうくるぶしの辺りを抉る!
≪イくぜ♂ 尻の獲する者、アスゲイン・ドリル!!♂≫
「そんな意味の名前だったのかよ!? これ!?」
≪これまで、数多くの敵を掘ってきた自慢のドリルなんだぜ? これがな♂≫
見かけによらず精密な内部を、まるで自分自身を貫く槍の刃の様に貫き飛び出すコウ。ぽっかりと小さな穴が開けられたにもかかわらず、今度は左足が振り上げられ、サンショウウオの神獣士を踏み潰さんと、更なる圧縮機のような一撃が襲い掛かる!
「見せ場ば、あぎゃん神獣に取られるわけにはいかんばいっ! クリス!」
「えと……うん……っ」
しかし、コウには頼れるルーキー達がいる! 互いに連携し、クリスがありったけの茨の鞭を指先から吐き出し、珠雲が舞い踊る!
「いくばいっ! 夢心地っ!!」
「えと……お願い……っ! ローゼス……バインド……ッ!」
珠雲が鉄扇を広げ、仰いだそれが一陣の風となってクリスの長い金色の髪を撫でると、クリスの身体が揺らぎ、同じ顔、同じ薔薇の神獣鎧を身に纏った身体、全く同じ姿の2人のクリスに別れたではないか!
驚くべきはそれだけではない、更に2人になったクリスが揺らぎ、4人のクリスへと増え続ける!
これぞ珠雲の生み出した対象の数を増やす幻『夢心地』だ。
それと同時に、4人に増えたクリスが四方に分かれ、同時解き放たれた茨の鞭が次々に振り上げた左足を捉え、雁字搦めに縛り捕える!
この巨体で片足立ち状態のキャッスルロボは、ただでさえ悪いバランスが更に取れない状態となりたたらを踏んで倒れそうになる!
《亜空間を通してくそみそ千里に連れ込むんだ!♂ あそこなら被害も最小限だぜ♂》
「アソマウンテンのあそこか! 了解!」
いい男の神獣に呼応するかの様に、コウが手早くノアの方舟をスワイプ、タップを繰り返して操作する。
地面に広がる象形文字とも、何かの記号とも取れる、異世界の言語の羅列……亜空間フィールド。
まるでアリ地獄かのように、ズズズと音を立てて、ゆっくりとキャッスルロボを飲み込んでいく。
目指すはアソマウンテンで1番の広大な草原、くそみそ千里。
クマモトシティを守る戦いは、最終局面へと、向かっていた。
★★★★★
広大な、広大過ぎる程の美しき自然の景観。まさに千里に広がる大草原が、このくそみそ千里だ。
夏の季節に相応しい緑の山々と、若葉萌える草花が、一面を包み込む。アソマウンテン有数の写真スポットにして、乗馬や畜産が盛んな場所であるが、その畜産がまたこの草原の名前の由来となっている。
基本的にアソマウンテンでは、草原の中で牛が放牧されており、時には柵を越えてしまった牛が道路に飛び出して歩いているなんて光景があるくらい、自由に牛が歩き回る事が出来る。逆を言えば、牛達はとかくフリーダムなものだから、草原内は牛の巨大なフンだらけなのだ。
それを知らない他県からの観光者は、迂闊に草原に入り込んで、まるで地雷のクレイモアのように巨大で平らな牛フンを踏んでしまった、なんて事も多々起きている。
故に、この大草原は『くそみそ千里』等と不名誉な名前で呼ばれてしまっているのだ。
そんな牛フンパラダイスの上空、晴れ晴れとした青空が彎曲し、捻じ曲がって出来た空間からお城型のロボットがゆっくりと現れる。
牛達もさすがにこの異様な光景に驚いたか、方々散り散りに逃げていき、辺りは落ちてきたお城ロボットと、後を追いかけたコウ、クリス、珠雲の3人だけとなる。
『ま゛っ』
引きずり込まれたお城ロボットが吠える。
降り立った3人と対峙し、先制攻撃とばかりに、目からビームを放ってくる!
「いきなりかっ! 避けるじぇっ!」
持続型のビームを跳躍でかわすコウ。だが、ビームが避けたコウを追いかけ続ける!
「マジかっ!?」
着地と同時に迫り来るビーム。さすがに避ける事が出来ず、スケベの丸焼きが出来上がってしまう!
「えと……させない……っ! お願い……ローゼス・ウィップ……!」
目視でもビームとコウの距離は20センチもないギリギリの状態で、釣り○チ○平よろしく、薔薇の鞭がコウに巻き付いて、一気に釣り上げ、ビームからの脱出に成功する。
「ナイスだクリス!」
「まだいくけんねっ! 夢幻!!」
クリスの援護と同時に、周囲の全てを包み込む純白の濃霧が巻き起こる!
これによって敵ロボットのセンサー系もかく乱出来たのか、放たれた目からビームにょがぐりんぐりんと目標を失いあちこちを焼いていく。
「アソマウンテン名物の野焼きにゃちょいと時期が遅かったじぇっ!
クリス!」
「えと……! はい……っ!」
釣り上げた薔薇の鞭がほどけ、今度は空中の足場となって、コウを天高くへと舞い上げる!
≪俺の属性は『磁力』だ、狙ったケツは決して離しはしないのさ♂≫
「だりゃああぁぁぁぁぁぁぁっ!! ギガ・アス・ブレイクッ!!」
右腕のドリルの回転力が増し、金切り声の様な甲高い音を鳴らしながら、狙ったお城ロボットの右腕目掛けてコウが磁力の引力で更に加速し急降下!
だが、それだけでは終わらない!
「今たいっ! 夢心地!!」
先程幻によってクリスの分裂体を生み出した夢心地によって、コウの身体が揺らいで分裂体が1人、また1人と増えていく。
これで単純計算でも3倍の威力が生み出され、3人のコウが一気にお城ロボットの腕の硬い装甲をまるで紙の様に削り掘り、貫いていく!
『ま゛っ』
ガギャアアアアアンッ!! と盛大な音と共に破壊、切断された右腕。
イケる! 勝てる! 3人はみな確信していた。
コウが攻撃し、クリスが中距離から援護攻撃や防御を行い、珠雲が幻惑によってかく乱、支援を行っていく。
この3人で初めて戦っているとは思えない程の連携と、お互いの神獣鎧の特性が、見事に相性の良い動きを見せている。
だが、お城ロボットもまた、このままやすやすと引き下がるわけではない。
コウ達の姿が見えないなら無差別に殺っちゃえばいいじゃないと、どこのアントワネットさんですかと言いたくなるような理論に至ったのだろう。残った左腕を突き出して構えると、ガシャンガシャンと機械的な音と共に、どう収納していたのか理解に苦しむほどのおびただしい数のミサイルが現れたではないか!
「あらま……さすがにこれはマズいじぇ……」
アベサンショウウオメイルの装甲は、見た目の通りそこまで高いものではない。磁力によって反発は可能だが、流石にミサイルの数が目視だけでも50は超えており、とても捌ききれる数ではないし、装甲が耐え切れる自信もなかった。
しかし、そんな事はお構いなし。自らを狩ろうとする神とその仲間をアソマウンテンの肥やしとするべく、手当たり次第に一斉に大量のミサイルが放たれ、炎と黒煙をまき散らし、空と風を切って飛んでくる!
≪ここは出番ぢゃ! 珠雲!≫
「わかっとるよ! 2人とも自分ばダイヤモンドて思いなっせ!」
舞を踊り、鉄扇を広げる珠雲。腰部から生えた9つの尾をふわりと揺らしながら、コウとクリスに向けて舞い踊る祈りを捧げていく。
ミサイル着弾まであと数秒の中、珠雲渾身の幻術が炸裂する!
「ふえ!? え、えと……わ、私はダイヤモンド…えと…ダイヤ…」
「いっけぇっ! 夢想ッ!!」
鼓膜が破れる程の巨大な爆発音、全てを喰らい尽くすかの様に轟く炎、辺りに珠雲が放った白い霧を塗り替えるかのような黒煙が辺りを支配していく。
くそみそ千里は最早あの美しい緑を失い、あちこちにクレーターの様な凹凸と、真っ黒な消し炭となった大地だけが残されていた。
『ま゛っ』
いや、焦土と化した大地に、何かがあった。お城ロボットのメインカメラが、ズームしてそれを映像に捉える。
それは、世界で最も輝きを放ち、世界で最も硬い天然鉱石、ダイヤモンド。その加工は非常に難しく、ダイヤ以上に硬い物質などほとんど無い為、レーザー加工か同じダイヤの粉末を使用しなければならない。
また、出土した際どんなに大きくてもせいぜい小石程度だ。
故に、カメラが捉えたダイヤモンドは、異常としか言えないものだった。
人型の大きさで、しかも人の形に加工されたダイヤモンド。それも、3つ。
宝石商なんかが見たら、泡を吹いて漏らして死んだおばあちゃんに出会いながら倒れる事間違いなしだ。一体幾らの値打ちがつくのかも想像出来ない。
そんな恐ろしい程に巨大なダイヤモンドこそ…。
「ぷは……っ、えと……生きてる……」
「なるほど、自己洗脳型の幻術か……!」
珠雲の幻術によって、ダイヤモンドへと変化を遂げていたコウ達3人だった。
≪コーンコンコン、その通りぢゃ! 『夢想』は対象の者が自分を思い描いたものだと思わせ、体組織、脳、全てをそれだと思い込ませて変化させる幻術ぢゃ。まぁ強力すぎる故に、1度使うとしばらくは使い物にならんがの≫
だが、最大の窮地は脱した。あとは反撃あるのみである!
再び眼光が光り、目からビームを放とうとするお城ロボット。が、それはもうクリスには通用しない!
「お願い……! えと……ローゼス・バインド!」
地上から高速で伸びた茨の蔓が、お城ロボットの首に巻き付いて無理矢理左へと捻じ曲げる!
人間がそんなんされたら、確実に首の骨が折れるだろう勢いで左を向かされてしまい、ビームは無情にも虚空の彼方へと飛んでいく。
しかも、クリスは知ってか知らずか、コックピットへとモニターを送るメインカメラも頭部にあるものだから、コウ達の状況も分からない!
≪さぁ、トドメだぜ♂ 奴のケツにデカいのを一発お見舞いしてやろうぜ♂≫
「いっくじぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! ホーク!!」
≪分かっていてよ! マスター!≫
右手に装着していたアスゲイン・ドリル。それが一瞬右腕から消えると、今度は飛び上がり、飛び蹴りの体勢となってコウの突き出した左足に現れる!
同時に、新たに神獣・ホークを召喚、コウの右腕を捕まえた大空の神獣が翼をはためかせ、コウの飛翔を加速していく!
「マグネット・インフェルノ・セイント・ジハード(I・SA・JI)!!」
ドリルが必殺の一撃とばかりに巨大化し、お城ロボットの背後へと引力が働く。更にホークの加速も相まって、超スピードで高速回転巨大ドリルキックがお城ロボットのちょうど臀部、武者返しの石垣に突き刺さる。だが、これだけではもう止まらない、止められない! 破壊者にして侵入者たるコウがドリルで一直線に装甲を喰い破り、内部をもドリルキックで次々と貫いていく!
「だりゃああぁぁぁぁぁぁぁっ!! 宇宙キターーーーーーーーッ!!」
遂にお城ロボットの腹部を貫き飛び出したコウ。大きな風穴を開けられたお城ロボットは、最早立つことすらできず、そのまま後ろへと倒れて、巨大な爆発と共に散っていくのだった。
「えと……! や、やった……!」
「勝った! ウチら勝ったとよ!」
≪うむ、良い初陣ぢゃったの。ところで……爆発で消えたクマモトキャッスルは、ちゃんと元の位置に復元しとるのかの?≫
『あ……』
ようやく終わった戦いの喜びも束の間。国の重要文化財でもあるクマモトキャッスルを破壊してしまった3人。
世界を守る為とはいえ、その損害は計り知れないものがある。
もしも元に戻っていなかったら……。そんな大事な事をすっかり失念してた3人は、そろって中々のうっかりさんなのであった。
★★★★★
「ふむ、もう行くのかの?」
時と場所は変わって、あの戦いから一夜明けた柳神社の境内。胸を撫で下ろすことに、ちゃんと右手にクマモトキャッスルが元に戻っていたのだから、本当に良かったものだ。
そんな、何もかもが元に戻ったこの世界では、もうあのベアもんぬいぐるみやクマモトキャッスルに取り憑いたディストーション・付喪神の脅威もない。
そうなれば、もうコウとクリスがこの世界に留まる理由はなかった。
まだ早朝の7時半ではあるが、神界へと戻る事にしたのだ。
源一郎と豊、珠恵の3人が、わざわざ見送りへと出てきてくれていた。
「この世界での仕事はもう終わったんでね。いい加減ホームシックになりそうだじぇ」
肩を竦めて変わらぬ軽い口調で言うコウ。
「なにがホームシックじゃ! おぬしゃ!」
そう言って、コウの背中を叩く源一郎。そこまで力は強く叩いてはいないが、これでも銃弾を体中に浴びていたのだ、服の中は包帯まみれのコウが飛び跳ねてしまう。
「ぎゃああああああっ!! し、死ぬ!! 神職者の手によって神様が死ぬ!!」
「えと……お世話になりました……えと……朝ごはん……えと……いただきますね……」
そんなハゲと変態は差し置き、豊と珠恵に丁寧にお辞儀をするクリス。
手には珠恵が用意してくれたおにぎりとクマモトシティ名物のからしレンコンが、アルミホイールに包まれていた。
「いいのよ~、でも~せっかく出来た~お友達のお見送りなのに~珠雲は出てこないわね~」
「仕方ないさ~珠雲も~寂しいんだろうから~」
豊達の言葉の通り、この場に珠雲はいなかった。友人であるクリスとの別れが辛いのか、それとも昨日の戦いのダメージや精神力の疲労が強いのか……彼女は朝から1度も、自室から出てこなかったのだ。本来ならば、学校へと行く時間でもあるのだが……。
「それは……えと……私も……寂しいから……えと……分かります。
私にとっても……えと……初めての……お友達だから……。でも……えと……きっと……また、この世界に……来ますね」
寂しい気持ちを振り払い、気丈にも微笑を浮かべるクリス。きっとまた会えるそう信じているのだ。
「えぇ~あなた達なら~大歓迎よ~」
「いつでも遊びにおいで~」
そんなクリスに、珠恵と豊も頷いてみせる。
「そろそろ行くじぇ、クリス」
コウがノアの方舟を操作し、亜空間フィールドが形成される。いよいよ別れの時だ。クリスは頷くと、コウの元へと走り、もう一度、柳家の面々へとお辞儀をする。
その時だった。
「ちょっと待たんねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
元気いっぱいの叫び声と共に、自宅スペースから飛び出す珠雲。
だが、何故かその背にはランドセルではなく膨らみに膨らんだ大きなリュックサック。おまけに、両手には合計4つはあろう大きなショルダーバッグが抱えられていたのだ。
「な、なんね珠雲ちゃん、そん荷物は?」
孫の奇怪な状態に、源一郎も目を丸くしていた。そんな祖父にニッと葉が見える程の笑顔を見せると、亜空間フィールドに片足を突っ込んだコウ目掛けて吶喊、重量を増した体当たりをお見舞いしてしまったのだ。
「ゲフゥッ!! な、なんなんだよ!?」
「へへー、ウチ、決めた! コウ兄についていく!!」
「はいぃ?」
実は先程のは体当たりではなく抱擁だったらしく、コウの胸に飛び込んで抱きしめた珠雲の突然の宣言に、思わずどっかの特命係の刑事の様に間の抜けた声がでてしまったコウ。
この大量の荷物は、どうやらその為に準備をしていたらしい。
「な、な、な、なんば言いよっとね珠雲ちゃん!?」
これには源一郎も慌てふためく。可愛い孫娘が、男についていくとなれば、それはそれは心中穏やかではない。
「よかたいじーちゃん! ウチ、コウ兄ば好きんなってしもたんだけん!」
『は、はあああぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
コウと源一郎の声が見事にユニゾンする。大事な孫を男に取られたショックが大きかったのか、目を丸くしてあんぐりとしたまま、まるで一昔前のパソコンの様にフリーズして動かなくなってしまった。
「あらあらまぁまぁ~珠雲もそういう年頃になったのね~」
「しかも相手は神様とは~神職者としても、神様に娘がお嫁に行くのは~とても名誉だね~」
対してこのお気楽のんびり夫婦は、完全に話が勝手に飛躍しすぎて嫁に行く前提となっているが。
「ちょ、ちょっと待て!? 俺は16歳未満は対象外なんだじぇ!?」
「よかたい、ウチもすぐ16歳になって、ぼんきゅっぼーんになるとだけん」
「良くないっての!! 大体異世界の人間をそう簡単に神界へと連れていけるわけ……」
「えと……私……異世界の人間だけど……えと……コウさんが神界に連れて行ってくれるって……」
「クリスさん!? そこは空気を読んでクリスさん!?」
「ならウチも行ってよかたいね! なんて言うたってついていくけんね!!」
わいのわいのと、押し問答を繰り広げる3人。
そんな状態に見かねたのか、生真面目神獣のタイガーが、現場を諌めようとぬいぐるみ状態で飛び出してくる。
≪落ち着いて下さい皆さん、クリスさんの場合は緊急の処置で、今回の場合は……≫
タイガーが説得をしようとすると、対抗するかのように、珠雲の指輪からも、ぬいぐるみ形態のキュウビが飛び出す。
≪主が行くと言うたら行くのぢゃ。妾もそう決めたのぢゃ。そ、それに、お、お主には……む、胸を触られた責を取ってもらわねばならんしの。か、勘違いするでないぞ!? 妾はあくまで主の意向に沿ってついていくのぢゃからな!≫
「おま~説得に出てきて何ツンデレフラグ立ててんだぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
頬を紅色に染め上げながらも、ぷいっとタイガーからそっぽを向いてしまうぬいぐるみのキツネ。
……どうやら、先日の戦いでコウとタイガー、それぞれに珠雲とキュウビのフラグが立ってしまったらしかった。
出発直前で発展したこの大騒動、珠雲に抱きしめられたまま頭を抱えるコウに、何やら硬くて冷たいものが首元に押し当てられる。
「辛かもんじゃが、可愛か孫が決めたなら、見送るしかなか。ばってん、珠雲ちゃんばキズモノにしてみれ……そん時ぁ主ば地獄の果てでん追いかけて殺すけんな」
「わぁ、神職者が神様に向かって言うセリフじゃないね、それ」
神社故に奉納されていたであろう真剣をコウの首元に突き立てながら、鬼のような形相で睨む源一郎。
「もぉ~お父さん~ダメよ~、将来私の義理の息子になる人だから~」
「神様の元で~修業が出来るなら~珠雲も幸せだね~コウさん~宜しくお願いします~」
「えと……私も……コウさんの事……えと……コウ兄って……呼びたい……」
「よかよか、そぎゃん呼びなっせ! ほらコウ兄~! 置いて行くけんね~?」
≪いえ、ですから、あの……≫
≪フ、フン! どうせお主のことぢゃ、わ、妾がおらんと戦いに苦労しているのぢゃろう? し、仕方なく手伝ってやると言うておるのぢゃ!≫
真剣は突き立てられ、珠雲の両親にはもう結婚の挨拶で了承を得られたような答えが勝手に帰ってきて、幼女2人は仲良く手をつないでさっさと亜空間の中に入っていき、頭上では虎とキツネがツンデレラブコメを繰り広げている。
もしもこの先の人生で、カオスという言葉の意味を答えなさいなんてテストで出たら、コウは真っ先にこの状況を書くしかないというくらい、若き翼の神は、受難まみれであった。
「誰か、この状況なんとかしてくれ……」
こうして、半ば押しかけるようにして、新たに珠雲が加わった一行。
目指すは神界、ユグドラシルへの帰還。これから先、数々の事件が彼等を待ち受けている。だが、今はまだ、彼等自身、その事を知る由もなかった。
★★★★★
≪それじゃ、世話になったな♂≫
亜空間の中、アベサンショウウオがノアの方舟から飛び出し、突如別れを告げる。
「一緒に行かないのか?」
歩みを止め、コウ達が振り返る。正式な契約をコウとアベサンショウウオは交わしてはいないが、現在彼が顕現化しているのはコウの精神力だ。
てっきりこのまま仲間になると思っていたのだが……アベサンショウウオは首を数回横に振ると、再びいい男5人の姿へと戻ってしまう。
「いや♂ それは出来ないぜ♂」
「俺達は……いや、俺は、ある男を探している♂」
「それは、俺の本来の主にして相♂棒にして……愛している男だ♂」
いい男達は微笑を浮かべてはいるが、それは、どことなく悲哀に満ちていた。
「愛して……なんて名前の人ね?」
珠雲が問う。
「名前は『正下道樹』……お嬢ちゃんの世界とは違う日本の世界で、一緒に戦った神獣士さ♂」
「俺達が『ホモてなしお侍隊』として活動していたのも、道樹を探す為さ♂」
七色に輝く幾何学的な紋章が渦巻く中、3人の神獣士と5人のいい男が立ち尽くす。
多くの異世界では、様々な愛の形がある。だが、神獣と人間の、しかも同性同士の愛というのも、珍しいものだった。故に、コウは何も言わなかった。というか、言ったらまた彼等のおもてなし| (意味深)を受けそうだったからだが。
「えと……そう……だったんですか……」
「あぁ♂ だから、ここでお前さん達とはお別れさ♂」
「それは寂しかばってん……なんでアベサンショウウオとそん道樹って人は離れ離れになったとね?」
素朴な疑問を口にする珠雲。確かに、その通りではある。
「それは……ある神獣士に、俺達が敗れたからさ♂」
「額から左の頬にかけて……そうだな、この空間の文字の様な幾何学的な紋章のタトゥーをした神獣士にな♂」
「!? な……なんだって……お、おい! そいつはひょっとして、紫の翼を持った神獣か!?」
コウが突如いい男の1人に詰め寄り、お侍隊の甲冑の胸倉を掴む。そこいたコウは、クリスや珠雲が知る普段のおちゃらけた様子のコウでも、女性にだらしなく鼻の下を伸ばしたコウでもなく、戦いにおいてどこか読めない、だが真剣な眼差しのコウでもない。
多くの命を奪ってきた、人間の裏の姿を知る存在……殺人者と同じ昏く、残虐性を含んだおぞましい目。彼女達の知らないコウが、そこにいた。
「BOY……まさかお前さんも……♂」
「言え!! 翼は紫だったのか!? 武器は投げナイフの奴だったのか!?」
普段とは違い、威圧によって相手に吐き出させようとする、コウらしからぬやり方。
「えと……コウ兄……こわい……」
初めて感じるコウの怒りのプレッシャーに、言い得ぬ恐怖感と冷たさを感じるクリスと珠雲。それは、いくら神獣士と言えど、女の子、ましてや子供の彼女達からしたら、目に涙すらをも浮かばせてしまっていた。
この良くない状況にいい男の1人は溜息を吐くと、もう1人と掴むコウの腕を握り、引き剥がしながら答える。
「全てBOYの言う通りの男だ♂ だが、探しているなら諦めてくれ。奴は俺達の世界を滅ぼしてから、どこに行ったのかは分からないんでね♂」
「ふぅ……ふぅ……そうか……悪かったじぇ」
求めていた答えを得る事が出来ず、幾度か大きく息を吸い込んで自らを落ち着かせる。ふとクリスと珠雲を見やると、今にも泣きそうな2人がそこにいた。
「あ~……わ、悪い、ちょいとエキサイトしちゃったみたいだじぇ」
そこで初めて自分がどんな状況だったのか理解したのだろう。咄嗟に取り繕うように、いつものおちゃらけた雰囲気を纏うコウ。
「えと……だ、大丈夫……」
「う、ウチもたい! ほら、アベサンショウウオも行かにゃんとだろ!?」
だが、コウの過去……その一端に触れたクリスと珠雲。
コウの過去に一体何があったのか……。それこそが、彼が人間にして神様へとなった秘密なのだろうか。新たな謎の芽が、彼女達の中に、確実に芽吹いていた。
「BOY……もしも何か必要なことがあったらいつでも言ってくれ。道樹を0探すついでに、例の神獣士の情報も入ったら、連絡してやるからな♂」
「あぁ、頼んだじぇ。俺も、探し人の情報が入ったら教えるよ」
こうして、いい男達と別れた3人の神獣士。いい男達は、尻を見せつける様に後姿のまま、亜空間の中へと溶け込んでいった。
コウの過去、紫の翼を持った投げナイフの神獣士。新たな謎を孕んだまま、神界への道は、続いていくのだった。
はい、と言うわけで、見習い巫女編も終わり、次回より新章へとまた突入して参ります。
ようやく主役級の3人が揃い、これから様々な出来事が起こるわけですが、ここまで皆様いかがでしたでしょうか?
ありがたい事に、10人以上の方にブックマークも頂き、感謝感謝でございます。
これからも、皆様どうぞ宜しくお願い致します。




