第十五の神話
「……で、あるからして、この時に田吾作どんは、何故友達の権兵衛どんの為に契約して、魔法少女として魔女と戦うことになったのか、柳さん。分かりますか?」
「はい、権兵衛どんの『のっぺりハチべぇに騙される前の、バカなオラを助けてあげてけろ』と言われ、それを守る為です」
「はい、よくできました」
太陽の日差しが容赦なくアスファルトを焦がし、締め切った窓からエアコンの冷房から流れる冷気を暖めていく。
ここは、珠雲が通う小学校。いよいよ夏休みという子供達最大のイベントも目前と迫り、授業に集中出来ない子供もちらほらと見かける。
昨晩の一件から、キュウビと共にいる珠雲も、日中は日常生活の一部である学び舎での学習を欠かす事はない。
≪ふむ……今の子供の学び舎は、とても進歩しているのぢゃのう≫
「えと……そう……だね……えと……いいなぁ……」
人知れず、コンクリート製の校舎の屋上から、授業中の珠雲の様子を眺める1人と2体の神獣。
護衛の為に付き従うクリスと、その神獣、ローズ。そして、ペットは入れないと珠雲に止められたキュウビだ。
……それでも内緒で入り込もうとしたのだろう。ぬいぐるみモードの子ギツネの顔には、日本の学校の伝統芸『迷い込んだ犬に刻み込まれる刻印』たる、ぶっとい眉毛が書かれていた。
正直なところ、クリスは懸命にノートを取る珠雲の姿が、羨ましかった。
……彼女は、『学校』というものを知らなかった。物心ついた時から孤独で、魔女の娘と蔑まされる人生を送ってきたのだ。
だから、彼女は文字が読めない、書く事も出来ない。いわゆる『ディスクレシア』と呼ばれる一般的な知能を持っても、文字の読み書きが出来ない学習障がい状態に近かった。
クリスの場合は、学習する機会さえあれば、十分文字の読み書きの習得は出来るのが、本当のディスクレシアとの違いであるが。
ただ、彼女はもうノルウェスに帰れないし、帰るつもりもない。故に、母国語を覚えるつもりはないが、それでも学校に行って、様々な事を学びたいという知的欲求は、非常に高かった。
≪うむ、授業が終わったようぢゃのう≫
『起立』『気を付け』『先生ありがとうございました』『みなさんさようなら』『ただしつけもの、テメーはダメだ』
今日の授業が終わり、ランドセルを背負って学校という牢獄から飛び出す子供達。
珠雲もまた、ブラウンカラーのランドセルを背負い、校舎から出てくる。
元々社交的な性格の彼女には、学校の友人がたくさんいる。
友人達に囲まれながら出てくるのを確認すると、こっそりとローズと合身し、茨の鞭を用いて学校の屋上からビルの屋上へと、肩に子ギツネを抱いて飛び移る。
「え、えと……『すぱいだっめぇん』……えと……『ちぇんじ、れおぱるどん』……」
≪なんぢゃそれは?≫
「えと……ビルの間を……ローズで渡る時は言えって……えと……ウルちゃんが……」
彼女の知的欲求、大絶賛間違った方向に進歩中だった。
「ばいばーい! ……クリス~? キュウビ~? もう出てきてよかよ?」
クマモトキャッスルの跡地にして、現在は大きな公園として開放されている、『二の三角公園』前で友人達と別れた珠雲。
珠雲の大嫌いな変態男、コウの提案でクリスとキュウビの存在は周囲には秘密にしている。
下手に神獣士の存在を公にするという事になれば、ディストーションの危機をも公にするという事に繋がる。この世界のマスコミュニケーションの情報力は凄まじく、如何に秘密にしようと突き止め、暴き出す。
そうなっては、余計な混乱や面倒な事態になりかねない。
ディストーションに対抗できる存在はコウとクリスの2人だけ。だからこそ、秘密裏に動いて問題を解決したほうがやりやすい。
だから、こうして珠雲にも出来るだけこれまで通りの生活を送ってもらう必要があった。
「ううん……えと……大丈夫……。えと……それより……今日は……えと……これからどうするの……?」
隠れていた大きな木の中から降り立ち、 合身を解除。いつものエプロンドレス姿に戻る。肩にいたキュウビも、本来の相棒の肩に飛び移っていた。
「う~ん……今日は神社の手伝いもなかけん、なんばしようか?」
柳神社に向かって歩きながら、珠雲が顎に手を添えて考える仕草を見せる。
≪ならば、今日こそ現代の火の国を見せてたもれ≫
「あ~、クリスも違う世界から来たて話だけんが、それがよかかもね! なら、シモ・ストリートに遊びに行くばい!」
「えと……うん……!」
話が決まれば、後はランドセルを置いて、珠恵に2人分のおこづかいをもらいに行くだけ。手をつないで仲良く駆け出す、少女達。
すっかり友人となったクリスと珠雲は、その表情は照りつける太陽の様に輝いていた。
★★★★★
「……やっぱりか」
「ふむ♂ こいつぁ大変な事態だな♂」
「どうする?♂ 警察に言うかい?♂」
「いや、それは出来ないじぇ。 ディストーションは、普通の人間には手に負えないからね」
場所は変わって、ここはネットカフェと呼ばれるインターネットと漫画と喫茶店の混合施設。
頼りない薄い仕切りに囲まれたソファとパソコンだけの部屋。薄暗い部屋の中を、所狭しと漫画とソフトドリンクが並んでいる。
源一郎から借りた文献と現代技術が誇る最高峰の情報媒体、そして誰よりもクマモトシティを知り尽くした地元♂民の協力を以て、遂に今回のディストーションの正体を突き止めたコウ。
ただ、2人用のカップルシートにいい男5人と一緒にいるものだから、暑苦しい程にぎゅうぎゅう詰めになっている。
「だが、こいつは既にクマモトシティだけでなく、日本中、いや、世界にまで蔓延している♂ 俺達でも、どれだけあるか分からないぜ?♂」
「だから厄介なんだよ……。考えても仕方ない。とにかく先手を打つしかない。行くじぇ、おま~ら」
「フッ♂ そうだな、さぁイこうか♂」
「クマモトシティの平和…ま も ら な い か ♂」
ネットカフェの支払いを済ませ、いい男5人を引き連れて颯爽とシモ・ストリートを歩くコウ。
クマモトシティの平和を守る為、コウといい男たちが遂に動き出した。
「…………」
だが、そんなやり取りを、コウすら気付かぬ中、観察していた影が1つ。それは、ネットカフェからずっと見ていた影。
シモ・ストリートの中に消えていくコウを見届けると、影もまた、人ごみの中へと消えていくのだった。
★★★★★
ティ~ロリッ♪ ティ~ロリッ♪ ティ~ロリッ♪
≪なんと、この『はんばぁがぁ』なる食べ物のなんと美味な事か……。油揚げなんぞが児戯の如きぢゃ≫
日本人なら誰もが聞いた事のあるポテトが揚がったメロディが流れるハンバーガーショップの店舗から出てくる珠雲とクリスとキツネとチューリップ。
シェイクとポテトを摘まみながらの買い食いは、なんだかちょっぴり悪いことをしているかのような感覚を生み出す。
「えと……美味しい……」
(ずぞぞぞぞぞぞぞ)
チューリップはさすがにシェイクを食べれないため、植物用の液体栄養剤を花弁からストローですすっているが。
シモ・ストリートで一番有名なハンバーガーショップ、シティ民から通称『角マッキュン』と呼ばれて親しまれている、『マッキュン・ドゥ・ニャルドゥ』
から、銀座ストリートへと歩き続ける2人。
途中、洋服屋で買いもしないのに色んな洋服を見て回ったり、クレープを買っては、クリスの鼻にクリームがついてしまい、大笑いしたり。
他愛のない話で長時間盛り上がったり。 そんな、普通の女の子の時間が穏やかに過ぎていく。
「それにしても……クリスはなんであぎゃん変態男と一緒におると?」
環境に優しい周囲の気温を下げる為に定期的に人工的に作られた霧が噴射される装置、ドライミストが噴き出す中、街中に設置された白いデザインベンチに座っておしゃべりをする中、不意に珠雲が切り出す。
「えと……コウさんは……えと……恩人だから……」
「恩人? あぎゃんとが?」
自分の母を口説いたり、参拝客に朝から『俺と夜明けのカロリーオフのコーラを飲もうじぇ!』とか、口説きまわったり……しまいには女性参拝客のスカートの中を覗こうとして、青い衣服の正義の味方を召喚されてしまったり。
見れば見るほど、幻滅していくコウの姿のどこにクリスが慕う要素があるのか、全く分からなかった。
「私を……えと……世界と一緒に……えと……救ってくれたから……」
真面目な表情で答えるクリスと、その真摯な言葉。
偽りのないそれは、きっと本当なのだろう。でなければ、彼女はここにはいない。
女性にだらしないコウと、クリスを救ったコウ。どっちが本当の姿なのか、珠雲には分からなかった。
(こんな時だからこそ、言いたい事がある。あそこにいるのがそのコウ・ザ・ストーンズではないか?)
チョンチョンと、2枚の葉っぱでクリスの背を突いて指差す……もとい、葉っぱ差す。
「えと……あ……えと……本当だ……」
コウは、母親と手をつないで歩いている、幼稚園か保育園にでも通っているくらいの幼い女の子の後を付け狙っていた。
「うわぁ……最低……」
変態オブ変態。変態という名の紳士。自分だけでなく、それよりも更に幼い子供まで狙おうとする、そんなコウの姿に嫌悪感を覚える珠雲。
そして、ついにコウが性犯罪を犯す姿を目撃してしまう。
「いやあぁぁぁぁぁぁっ!! あたしのベアもんがぁっ!!」
「ちょっと!! 子供のぬいぐるみに何をっ!!」
幼い女の子が持っていた、ベアもんのぬいぐるみを奪い取るコウ。大事そうに持っていた女の子は突然見知らぬ男に大事なお友達を盗まれ、周囲も見えずに大粒の涙を流しながら、懸命に『返して、返して』とコウにしがみついて泣き喚いていた。
母親もまた、そんな窃盗にして性犯罪に近い事をしでかしたコウに詰め寄っている。だが、コウの雰囲気がいつものふざけた様子ではなかった。
「このぬいぐるみに近づいちゃダメだっ!!」
周囲もまた、この状況になんだなんだと集まってくる。子供のぬいぐるみを奪うなんて最低だ等という批判の声や、罵声まで飛び交っている。
だが、コウが取った不可解な行動の理由はすぐに判明した。
ぬいぐるみは動かない。命がないから。電池で動く仕掛けがないから。綿と布だけで、生き物と同じように動く事が出来るか? 答えは誰に聞いても『ノー』だ。そう、『ノーでなければいけないのだ』
だが、そのぬいぐるみは動いていた。自らの背中に隠していた出刃包丁を手に持ち、少女を斬りつけようとしていたのだ!
そして、今なお包丁を振り回し、コウを斬り伏せようとしていた!
「キシャアアアアアアアッ!!」
「な、なに!? なんなのこれっ!?」
「ハァ……秘密裏にやりたかったのに……なんでこのタイミングで動くかなぁ……折角の計画が丸潰れ……だじぇっ!!」
明らかな異常事態に狼狽える母親と、あり得ない事態と目の前で光に反射してギラリと輝く包丁の恐怖に泣き出す女の子。
こんな状況でも普段と変わらぬおちゃらけた雰囲気のまま、左に身体が傾いた奇妙なデザインのクマを上空に放り投げるコウ。
対して、動かぬはずのぬいぐるみだったベアもんは、出刃包丁をかざし、コウに向かって落下スピードに乗せて突き立てる……!
「出荷された数だけでも何万体といるから、情報が漏れたのかねぇ……こうなったら、やるしかないじぇっ! 熊には熊だっ! ベア爺っ!! 神獣合身っ!!」
ベアもんを盗られた少女と母親を始めとした周囲の人々が、コウから放たれる輝きから、腕や手、鞄などを使って自らの目を守る。
合身が完了し、輝きが失せた時、人々が見たのは突き上げられたコウの右腕から伸びた爪…。いわゆる、手甲鉤という、手甲から伸びた爪状の鋭い古来から伝わる暗器だ。その先端からグサリと胴体から刺さったベアもん人形。
だが、この状態でも包丁を振り回し、手足をばたつかせていおり、そのしぶとさがよく分かる。
「ごめんよ、お嬢ちゃん。このベアもんは、君達や、君達のパパやママ、お友達を傷つけるわるーい偽者ベアもんなんだじぇ。だから、ちょいとお兄さんが、おしりペンペンしてやるじぇ!」
そう言って、手甲鉤を振り抜き、渾身の拳で殴りつけると、ベアもんのぬいぐるみを模した何かが、黒い粒子となって消滅していく。
少女の目に映った、わるい偽者ベアもんを退治した男の姿は、まるで子供向けアニメのヒーローのような、この現代ではコスプレという遊戯にも似た姿だった。
身に纏いしは大地を司る老獪な巨熊。
最大の特徴としてまず目に引くのは、拳撃の威力向上と瞬間的な加速を得る為に、両肩に装備された小型ブースター付きのアーマーが備えられている。コウの額のサークレットには熊の横顔が紋章として浮かんでいる。上腕、肘にもそれぞれカノンとクーターと名称のプレート。下半身にはひざ当てとグリーヴ(すね当て)が備えられ、踵には小さな刃がアキレス腱まで伸びている。ブレストプレートは、首元に熊の体毛をイメージされたマフラーに包まれていた。胸に構える熊の顔は生々しく、額にはブラウンカラーのコアクリスタル。そして、先程の両手甲から伸びる鋭い鉤爪『グランベアクロー』
鎧全体は大地と熊の体毛をイメージされたこげ茶に近いブラウンのカラーリングに、所々大地に生えた木々をイメージしたグリーンのラインが彩られている。これこそが、近接挌闘戦主体の神獣鎧『ベアメイル』だ。
「おーおー、こりゃ俺でもお腹いっぱいになれそうな程、ご馳走の山だじぇ」
そう皮肉めいて呟くコウの視界に入るだけでも、ビルの隙間から、ビルの階段から、降りてきたビルのエレベーターから、わらわらと現れるベアもんのぬいぐるみ達。どこから持ち込んだのか、全部が全部、包丁や拳銃、果ては機関銃なんて物騒なものまで装備していた。
「奥さん、子供さんを連れてすぐに逃げろ! おま~らもだ! 死にたくないなら走れぇっ!!」
戦闘と逃亡劇の合図となるコウの叫びと同時に、5体ものベアもんぬいぐるみが一斉に跳躍、持っていたナイフやら包丁やらでコウを突き刺そうと襲い掛かる。
≪ほっほっほっ、どれ、同じ熊のよしみぢゃ。一丁揉んでやるとするかのう≫
飛びかかる内の1体にカウンターで跳躍し蹴りをお見舞いすると、残りのベアもんに空中で手甲鉤での一撃を放つ。
これで同時に3体。残りの2体は着地と同時に、その他のベアもんすらをも巻き込んだ大地の爪痕をお見舞いする。
「大地熊爪斬っ!!」
アッパースイングで振り抜いた腕の軌跡をなぞる様に、舗装された路面毎爪の形をした衝撃波が抉り斬り裂いていく! その一撃は、まさに引き裂く爪の如く一直線に次々とベアもんを細切れにしていき、黒い粒子を大量に生み出していく!
『キシャアアアアアアアッ!!』
近接戦闘を諦めたか、今度は遠距離からの拳銃やどこで手に入れたのか、自衛隊正式採用の9mm機関けん銃、通称エムナインからの一斉砲撃による鉛の雨が横殴りに降り注ぐ!
「グランドウォール!!」
だが、それを見越して発動したのは、大地に手甲鉤を突き立てる事によって生まれる大地の壁。それが盾となってコウの身を守る。
このベアメイルの特徴は、近接格闘のエキスパートであると同時に、5体の神獣の中で、地上戦に限定してだが最も高い防御能力、そしてパワーにある。
こういう消耗戦にも、高いパフォーマンスを発揮するのだ。
「ひっ……っ!! こ、怖か……っ」
コウの戦う場所から少し離れた場所にたまたま居合わせた珠雲の前ににじり寄る、バットを手にしたベアもん達。
キモカワイイと人気だったぱっくり開いて牙の見えるその顔は、今ではまるで獲物を見つけた凶悪な獣のそれにすら見える。
「えと……大丈夫……っ! えと……ローズ……行こう……っ。えと……神獣……合身……っ!」
クリスもまた、襲いかかる異形のそれに対する為、ローズメイルを身に纏い、茨の鞭を以って襲いかかるベアもんぬいぐるみを打ち払う!
「えと……! コウさん……!」
「クリスか! 珠雲を守りながらやれるか!?」
すぐ近くにいた2人のもとに向かいたいが、既に一面がベアもんの体毛色の黒に支配され、身動きが取れない。
それどころか、次々取り付いてきて満足に身体を動かす事すら難しくなっていた。
「んにゃろぉぉぉぉぉっ! だりゃあぁぁぁぁぁっ!!」
取り付いたぬいぐるみを無理矢理引き剥がし、大地にグランベアクローを突き立てる!
「グランドクエイクッ!!」
幾人もの建築関係者が身骨注いで作り上げたアーケードの舗装された地面が陥没、隆起し、大地の槍となってコウを中心とした円形にいたベアもんが次々と貫かれていく!
「えと……ダメ……ッ! お願い……! ローゼスバイト……ッ!」
逃げ遅れた一般市民に散弾銃を向けたベアもんに、放たれた茨の杭が突き刺さる!
《珠雲や、今の内に逃げるのぢゃ!》
ベアもんから少しでも離れようと、デザインベンチの上に立つ珠雲。
眼前では神獣と共に戦うコウとクリスが奮戦を続けているが、今や鼠算式で増え続けるこの状況では、勝機は望めない。そう判断したキュウビが、神獣形態となって珠雲のパーカーを咥える。
「待ちなっせ! クリスば置いて逃げろて言うとね!?」
キュウビによって宙ぶらりんとなった珠雲が、手足をばたつかせて抗議の意を示す。
確かに人道的に言えば、この状況で逃げるというのはあまりにも友人に対して酷い仕打ち以外他ならない。だが、それはあくまで人が人として生活する、日常の常識の中においてだ。
≪今の妾とそちで何が出来ようぞ!? 妾達は自分の命を守ることで精いっぱいぢゃ!≫
そう、今は歪んだ現実。非日常の最中だ。動くぬいぐるみが軍隊の様に押し寄せ、それを人ならざる力を得た青年と少女が吹き飛ばしていく、そんな起こりえない現実が目の前にある。だからこそ、なんの力も持っていない彼女達に出来る事は、この場を離脱、逃げ切る事しか生き延びる方法はないのだ。
「だけんって……き、キュウビ! 前!!」
だからこそ、このやり取りそのもので消費した時間が、彼女達の運命を決めてしまう事にも繋がる。
眼前に構えるは、警察が使用しているリボルバー式拳銃、ニューナンブM60や、エムナインだけでなく、何故かイスラエルで開発されたサブマシンガン、ミニUZIという機関銃を手にした、数えるのも面倒な程のベアもんの銃撃部隊が横一列に並び、銃口を差し向けていたのだ!
≪し、しまった!≫
「やだっ!! やだぁっ!! ウチまだ死にたくなかっ!! 死にたくなかとっ!!」
人は、死に直面した時、ぶつける先のない怒りが湧き上がる。珠雲もまた、その人間心理の法則を体現したかのように、怒りを孕んだ叫びをあげる。
無理もない。彼女はまだ11歳の子供なのだ。だからこそ、死への恐怖、何故自分が死なねばならないのかという怒り、そしてその先に見い出すものへと一縷の望みを紡ぐ。
「やだぁっ!! 助けて神様っ!!」
一般的に、神社とは神道であり、仏教等の宗教とは違う。各神社ごとに奉る神が存在するのだ。故に、見習い巫女である珠雲は願った。強く、強く願った。神の救いを。神が起こす奇跡を。
一斉に炸裂音が鳴り響く。物理法則に従ってただ降ろされた撃鉄の示すまま、無慈悲に飛来する鉛の雨。一直線に、ただ一直線にキュウビと珠雲のもとへ、ベアもん部隊の殺意だけを乗せて。
だが、それは1発たりとて彼女達を捉えることはなかった。
≪間に合って……良かった≫
真面目そうな青年の声が、珠雲の脳内に響く。
≪お、お主等……!≫
この時、ようやく珠雲は気付いた。自分の眼前に、その身を以て彼女達を殺意の鉛玉から守っていた存在に。
「なぁに辛そうな声してんだ……がふっ、タイガー……」
≪マスターこそ……足にキてるじゃないですか……≫
「これは……あれだよ、あそこの下着屋の新作に……ゴプッ……感動してだよ……ぐっ……あんな下着を着た美女に……会いたくて会いたいあまりに震えてんだよ……。」
珠雲とキュウビの前に立ちはだかり、自らの身体を盾に、シャワーの様に銃弾を一身に浴びたコウとタイガー。
ベアメイルの高い防御能力は、あくまで『グランドウォール』等の防御技を用いた上での話だ。故に、これだけの銃弾を浴びては、流石の神獣鎧でも大きなダメージ、損傷は免れない。
神獣単体でも同様だ。実体顕現化した身体は、主の精神力を元に肉の身体を手にする。だからこそ、銃弾を浴びれば当然、紅の体液を流し、その場に倒れ込む。
コアクリスタルに損傷がないのが、唯一の救いだった。
「えと……! コウさん……っ! お願い……! バスティーユ・ローズ……!!」
今にも倒れそうなコウを狙い、銃撃部隊が再び銃を構える。だが、コウの新たな相棒たる少女がそれを許さない!
地中より地面を突き破り伸びた無数の茨がドーム状の牢獄の様に、大量のベアもんを捕えて茨の槍が縦横無尽に貫き抉る!
「な、なんて無茶ばしよっとね!?」
パーカーを咥えていたキュウビの口が開いた拍子に、飛び降りてコウのもとへ走り寄る珠雲。
その目に飛び込んだのは、目を背けたくなるようなコウの無残な姿だった。
ベアメイルの片目は銃弾で抉れ、四肢もまた鎧が破損し、そこからはまるで噴水のように血が噴き出していた。素人目の子供の目から見ても、立っている事そのものが無茶な状態だった。
「命と未来守るのに……がふっ……無茶も何もないだろ?」
《同じくです……それが……私達神獣の……務めです》
吐血し、口元を拭いながらも、何時もと変わらぬ口調のコウ。
フラフラとしながらも、鉄鋼鉤を振り抜き、容赦無く攻めたてる異形どもを斬り裂いていく。
神の使いたる虎もまた、フラつく足取りで襲い掛かる熊のぬいぐるみを噛み千切り、鋭い爪で腹の綿を掻き出していく。
「……キュウビ、話のある」
《……奇遇ぢゃな、妾もぢゃ》
この世界とは、何ら関わりのないコウとクリスが、命を賭して戦っている。
ならば、自分はどうだ? このまま守られて良いか?
そんなもの、珠雲の性格で考えれば答えは1つしかない。
「ウチと合身ばして! キュウビ!」
《妾と合身するのぢゃ! 珠雲よ!》
同時に叫ぶ2人。守られるなんて嫌だ! ならば、自分こそが2人を、大好きな家族を、世界を守る!
《よう言うた! 珠雲よ! ならば契約ぢゃ! 汝、神に成り代わり世界を守る戦士と成る也?》
「もちろんたい! ウチもやる! 見とられんけん!」
契約が交わされる。媒体たる指輪が輝きを放ち、今、新たな神獣士が誕生する!
「行くばい! キュウビ! 神獣ゥ……ッ! 合身ッ!!」
光が、彼女達を包み込む。現れる神獣士は、白い無垢なる襦袢に覚めるような緋色の袴姿。
珠雲が慣れ親しむ巫女服だ。更に、巫女服を包むかの様に、キツネの剥製のマフラー、フォックスファーの様なそれが、珠雲の首元から肩に掛けて巻かれる。右肩に鎮座するキツネの頭部には、命の源たるコアクリスタル。
更に、それよりも圧巻なのは、珠雲の腰部から広がり生える9つの尾。
専用武器である鉄扇、『木の葉狐』を両手にそれぞれ持つ珠雲。
これぞ、神に仕えし純潔の巫女、『キュウビメイル』だ……!
「契約を果たしたか……!」
「えと……珠雲ちゃんが……合身……!」
クリスの身体から湯気が放たれ、傷口が再生されながら呟く。
いくら攻撃を受けても超再生が可能なローズメイルでも、精神力は消費する。随分とエネルギーを消費したからか、クリスの息は荒かった。
「さぁ! いくばいキュウビ! どっかーんと派手か技でまとめて倒すけんね!」
≪そんな技、妾は持ち合わせておらん≫
鉄扇を広げ、異形の有象無象に立ち向かう珠雲だが、空気を読まないキュウビの発言にガクリと肩を落とす。
「はぁっ?」
≪ぢゃから、妾は攻撃技なんぞ1つしか持ち合わせておらんのぢゃ≫
じゃあどうやって戦えと言うのか。珠雲の頭は『?』でいっぱいだ。
≪考えるな、感じるのぢゃ≫
ベアもんが鉄パイプ片手に飛びかかる。それを鉄扇で受け止めると、左手に持つ鉄扇で叩き落とし、回転を加えた鉄扇の一撃をお見舞いする!
「わかってきた!」
どうやら、キュウビメイルでの戦い方、イメージが身体に、脳に流れ込んできたようだ。
両手に持つ2つの鉄扇を広げ、まるで神に奉納する舞の様に、のびやかに、しなやかに、たからかに、すずやかに、さわやかに、ほがらかに、踊り続ける。
「いくばいっ! 夢幻!!」
珠雲を中心に、甘く心地の良い霧が広がっていく。霧はやがて白い幻想の世界となり、視界に映る全てを白昼夢の様な白一色の世界に染め上げていく……!
「えと……これは……!」
「霧による視覚破壊か……!」
人間が五感で情報を得る際、約1割を聴覚、触覚、味覚、嗅覚が合わせて約1割、残りの約8割を視覚が占めている。故に、霧によって視覚から得る情報を遮断することにより、敵を混乱させる事も、こちらからの行動の選択肢の幅を広げる事が可能なのだ。しかも、御丁寧にこの濃霧は幻覚作用があり、心眼などの『心の目』すらをも欺く事が可能だ。
「まだまだいくけんね! 夢現!!」
味方識別により、コウとクリスにはクリアに見える霧の中、敵を探して彷徨っていたベアもんの集団が、一体何が起きたのか、突如味方同士で攻撃を始めたのだ!
ベアもんがベアもんを撃ち、ベアもんがベアもんを撲殺する。阿鼻叫喚とも言える断末魔があちこちに響き渡り、労せずその数がみるみる減っていく!
『夢現』とは、相手に幻覚を見せる技。今、ベアもん達は、互いが互いをコウ、クリス、珠雲と認識し、自らの殺意を喰らい合っているのだ!
≪妾は雅な神獣ぢゃ。自ら矢面に立ち、戦うなんぞ無粋の極み。妾、神獣・キュウビの属性は『幻』
人を欺き、陥れ、戯れるのが妾の本領よ!≫
キュウビは幻覚や錯覚、御認識を以て相手をかく乱する事に特化した、完全後方支援型の神獣だ。
単純な攻撃力は皆無だが、その分様々な幻術を用いて戦いの舞台をかき乱す、ある種味方にいれば心強いが、敵に回すと最も厄介な存在だった。
「さすがは……化け狐だじぇ」
≪キュウビ殿……≫
コウとクリスが苦戦した強大な人海戦術も、幻を操る珠雲とキュウビの手によって、最早泥沼の共喰いと化していく!
「キシャアアアアアアア……ッ!!」
最期のベアもん同士の戦いは、相討ちで終わりを告げる。万を超えるぬいぐるみの群れは、さながらバトルロワイヤルの様相を呈し、瞬く間に黒い光となってコウのノアの方舟へと収まっていった。
「えと……す、すごい……あっという間に……」
先程までの戦闘の傷痕のみを残したクマモトシティの繁華街を見つめ、ぽつりと声が漏れる。
単純な破壊力とは違う、謀略の力は、有史以来時には歴史すらをも動かしてきた。まさに異質ともいえる能力だ。
「やった……ウチ、勝ったとよね?」
≪うむ、妾とタマモの勝利ぢゃ≫
これで、クマモトシティに平和が訪れる。勝利を噛みしめ、小さくガッツポーズをする珠雲。初陣でこれだけの結果だ、それは、胸を張るべき勝利だろう。
だが、コウだけは、1人表情に晴れやかなものはなかった。
「いや、まだだじぇ。あの畜生熊の大群は、あくまで尖兵……恐らく、親玉は別にいる」
「そう♂ BOYの言う通りさ♂」
「ふえぇっ!?」
「わあぁぁぁぁっ!? い、いつの間におったとね!?」
一体いつコウ達の背後にいたのか、振り返ると上半身鎧武者、下半身ふんどし一丁の5人のいい男達が、お尻の筋肉をひくつかせながら仁王立ちしていた。
「えと……お、お侍さん達……けが……してる……」
よく見ると、鎧はあちこちに傷を孕み、いい男達も額から、肩から、腕から、尻の中から、血を流していた。
「参ったぜ♂ BOY♂ すぐにトゥーリ・チョーから熊本城を見るんだ♂」
「まさか……っ!?」
≪マスター……急いでください。私は、足手まといとならぬよう、一度ノアの方舟に戻ります≫
虎の神獣がノアの方舟へと消えていく中、コウの表情が強張る。それと同時に、何の前触れもなく突如クマモトシティ全体を揺るがすような地鳴り、地響きが轟く。
立つことすら困難になりそうな程の大きな揺れ。店舗のガラスがキシキシと悲鳴を上げ、看板が、電飾が、フライドチキン屋のおっさん人形が倒れ、ガシャァァンッ!!と高い音を残して次々と地響きの餌食となる。
いい男5人を連れたコウ、クリス、珠雲がトゥーリ・チョーへと走る。
「なっ!? なんねこれ!?」
「えと……どうやって……戦えばいいの……?」
少女達が驚愕する。無理もない。敵の親玉が、あまりにも規格外な存在だったからだ。目を疑いたい。だけど、疑いようがない。そんなあり得ないを創り出すのが、ディストーションだ。故に、人間が生み出した常識なんぞ通用しない。遥か超越したところに存在するからだ。だが、だからと言って、これはいくら何でも戦いを挑めと言うには少々酷だった。何故なら……。
「く、クマモトキャッスルが変形して、巨大ロボットになっとる!?」
そう、敵は無敵を誇る鉄壁の城そのもの!
しかもご丁寧に背後に飛行機のような翼が備わり、まさに空にそびえてるくろがね製じゃないけどくろがねの城と言わなきゃならない程の巨大さなのだ!!
「えと……こ、コウさん……」
文字通り巨大な敵の出現に、クリスも珠雲も、答えを求めるかの様に、コウへと視線を向ける。ルーキーたる彼女達には、少々荷が重い相手とも言えるだろう。
「BOY……まだ、戦えるか?♂」
いい男の1人がコウに問う。
「ちっとばかし、労災の申請を考える程度の傷だじぇ、まだイケるさ」
「そうか♂ それなら、いいこと思いついた♂ お前、俺達の封印を解いて神獣に戻してみろ♂」
『ファッ!?』
今、このいい男はなんと言った? 封印? 解いて? 神獣に戻せ?
唐突だ。唐突すぎる驚愕の新事実に、思わず珠雲とクリスの驚きの声がハモる。
「やっぱりおま~ら神獣だったか……しかも、1体の神獣が封印されて、こんな5等分になっていたと」
「察しがいいな♂ BOY♂ その通りだ♂ ほら、遠慮しないで解いてみろよ♂」
いい男がそう言うと、素肌に着用していたふんどしのおしり部分をめくり、逞しい尻をコウの前につきだした。
「なんでそんなとこに封印が施されているんだよ……」
いい男の尻にあったのは、日本……いや、この世界のどの言語でもない、幾何学的な紋様だった。コウがそこに手をかざすと、まるで暗い部屋の中で振り回したペンライトのような光の軌跡のような形となって、コウの精神力が視覚化して吸い込まれていく。
「あぁ……次は封印解除だ♂」
「いくじぇ! プロダクトコード、解除!!」
パリィンと、何かが割れる音が響く。同時に、5人のいい男達が光の塊となり、1つの大きな光へと変わる。
「こ、こぎゃん展開なアリとね……」
もう1体の封印された神獣。本来の姿を光が象り、徐々にその姿を現していく。
現れたのは、日本で絶滅の危機に瀕している希少な生き物だった。
暗い褐色で、長くぬめりけのある身体。やや短い四肢は、前足と後ろ足が届かぬほどに、短く、身体が長い作りとなっている。ヒレのような尻尾に両生類特有のギョロリとした目と、大きな口。体長こそは10センチ程の小ささであるが、存在感は十分すぎる程に放っている。それこそが、いい男達の正体だ。
≪さぁ、イこうぜ、BOY♂ この俺、神獣・アベサンショウウオと一緒にな!♂≫
妙に『アベサン』の部分を強調した言い方で、絶滅危惧種であるサンショウウオの神獣が、コウの肩に乗って巨大ロボとなったクマモトキャッスルを見つめる。
クマモトシティを巡る戦いは、思わぬ助っ人を迎え入れ、最終局面へと近づいていた。
……どうしてこうなった。
エグい下ネタリクから何故こんな展開に…。
ちなみに、アベサンショウウオは本当に実在します、もしよかったら、調べてみてくださいね笑




