第十四の神話
煌びやかな輝きの中から現れたのは、1体の獣だった。
豪奢とも言えるような美しい金色の様な毛色に、白い足と尾の先端。雅な雰囲気を醸し出した瞳は、獣と言うより艶やかな花魁の様にも感じる。
そして、何よりも目をひくのは、9つに分かれたふわりとした尻尾。
そう、この獣の名は……。
《妾の名は神獣・キュウビぢゃ。妾を目覚めさせたそち、名は何と言う?》
珠雲の脳内に響く、高貴な、それでいて色っぽい声。
唐突な出来事に腰を抜かした珠雲は、恐る恐る自身の名を伝える。
「あ、あの、や、柳……珠雲ばってん……」
《ふむ、柳とな? 妾の先代主も柳ぢゃったのう。うむ、決めた。珠雲よ、妾は400年の時を媒体の中で眠っておった。退屈で退屈でたまらんかったのぢゃ。まずは散歩ぢゃ、現在の火の国を案内してたもれ》
そう言って、珠雲の襟首を有無を言わせずに咥えては、自身の背中に乗せる。体長2メートルはあろう、キュウビの背は、子供の珠雲が乗っても広いくらいだ。
「うわぁっ! な、なんね!?」
《ほれ、しっかり妾の毛に掴まるのぢゃ。走るぞぇ?》
その言葉が終わるより先に、本堂から駆け出すキュウビ。加速した4つ足は、車なんかよりも速く、一気にトップスピードに乗って境内を駆け抜ける。
「珠雲ちゃーん、珠恵達帰って来とるぞー……ってな、なんじゃあっ!?」
境内に孫娘が最愛過ぎてウザいくらいの祖父にして死神ケヌークからHAGEノートを渡された無髪禿こと源一郎の眼前を、巨大なキツネが走り去る。しかも、背中にはその最愛の孫娘を乗せてだ。
「じいちゃぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
「た、珠雲ちゃぁぁぁんっ!! た、たたた大変じゃあっ!!」
何が起きたのか、皆目見当がつかない事態だが、これだけは分かる。
可愛い可愛い孫娘がさらわれた。
源一郎は慌てふためきながら、その後を追おうと、年も忘れて走り出そうとしていた。
★★★★★
少し時を遡り、夕刻のクマモトキャッスル。
温泉も堪能して、今度はこのクマモトキャッスルの天守閣前にやって来たコウとクリス。
レンタルした浴衣から、いつものデニムシャツとエプロンドレスに着替えたのは良いが、すっかりクリスはあの気色悪いゆるキャラに毒されていた。
ベアもんハッピにベアもん帽子、ベアもん団扇にベアもん靴下にベアもん腕時計にベアもんぬいぐるみと、アッチの世界に飛び出せ精神! のクマだらけの出で立ちである。
どうしてこうなった。
「おま〜……意外とミーハーだったのね……」
おかげで、コウの財布の中身はスッカラカンだ。
かく言うコウも、手にはクマモトシティ名物の『とつぜん団子』を持っていた。
因みに、中にサツマイモとあんこが入ったとつぜん団子は、『だんご』と読まず『だご』と読むのがクマモトシティ民内での正式名称である。
「えと……可愛くて……つい……。
それにしても……えと……お城……すごい……えと……私の知ってるお城と……えと……全然違う……」
「そりゃそうさ、こっちは和城、日本独自の建築技術で造られた構造みたいだからな。で、このクマモトキャッスルは、先日築城400年を記念して、そこの本丸御殿を始めとした幾つかの施設が復元されたみたいだじぇ」
パンフレット片手に、天守閣の反対側に造られた真新しい木造の御殿を指差すコウ。
この御殿は藩主の居間や対面所と呼ばれる接客の間、茶室や城の人々の食事を作る『大御台所』等が復元されており、予約をすれば当時のキャッスルの食事が食べられる『本丸御膳』もある。
そして、何よりも圧巻なのは藩主の居間、『しょう君の間』である。
400年前、築城工事中クマモトキャッスルの近くでいつも遊んでいた男の子『しょう君(当時2歳)』が可愛らしいからと、しょう君の遊ぶ姿を描かれた格式の高い部屋が、一番の見所だ。
「あと、鎧武者姿の若くてかっこいい男性達が、城を案内してもてなすのもやってるみたいだじぇ。女性に大人気で、モテモテ……イケメンみんなもげろ」
パンフレットをぐしゃりと握り潰し、モテないひがみを吐き出すコウ。
逆恨みもいいところである。
「えと……コウさん……おもてなし……えと……鎧の人……って……あれ……ですか?」
そんなコウを尻目に、観光客を案内しながらやって来た、5人程の鎧武者の若い男性達。
「あー、あれみたいだ……じぇ……」
おもてなし中の鎧武者を見たコウが固まる。それは仕方がない事だった。
鎧武者である。確かに鎧を着用していた。確かに武者だった。だが……。
何故か全員下半身のみ、ふんどし一丁!
しかも御丁寧に尻の筋肉に力を入れているせいで、なんかこう『キュッ』となっているのだ!
「おっ、あんなところに童顔フェイスな可愛いBOYがいるじゃないか♂」
「ウホッ♂ こいつぁいい♂」
そう言って、何故か下半身ふんどし一丁の鎧武者達がコウへと群がる。しかもすんごい至近距離で!
「だあぁぁぁぁぁっ!? な、なんだおま〜ら!?」
「はっはっはっ♂ 随分可愛いフェイスじゃないか……♂ このふにふにの頬当御門(※クマモトキャッスルの入口の1つ)に、俺の股間の長烏帽子形兜(意味深)を頬張ってもらいたいぜ♂」
※長烏帽子形兜:カートゥーン・キヨマーサがかぶってた長い兜。
「ちょっ!? なんで俺の頬撫でてんだよ!?」
「俺はこの、とろけるような尻当菊門(※そんな入口ありません)に濃厚なおもてなし(意味深)してやりたいぜ……♂」
「な、なんか! なんかナマコみたいなのが! ナマコみたいなぐんにゃりして生暖かいのが尻にぃっ!!」
「BOY……俺達とおもてなし(意味深) や ら な い か ♂」
そう、彼等こそクマモトシティが誇る観光資源にして、クマモトキャッスルの宣伝、おもてなしに命をかける、いい男達。
その名も『ホモてなしお侍隊』である。
「よかったのか? ホイホイ観光して? 俺達は県外観光客でも構わないでもてなしちまうお侍隊なんだぜ?♂」
ズルズルズルズル……。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! どっかで聞いた事あるセリフ吐きながらトイレに引きずり込むなあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ズルズル……ズルズル……ぽぽぽぽーん!
引きずられるコウのジーンズ……ポケットに入っていたノアの方舟から飛び出すは、5体のナマモノ達。
「タ、タイガー! おま〜ら! 助けてくれ!」
《マスター……俺、マスターの事忘れねーぜ……!》
《神界には……壮絶な戦死であったと、御報告致します……!》
《マスター……! 冷凍庫に長期保存してた、とっておきの厚切りベーコンなら、僕が食べとくからね……!》
「おいコラそこのトカゲにネコにイヌゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
《御安心なさいマスター、その戦い、きちんと記録してサツキとヴァルハラ様にお届け致しますわ……》
「最も送り届けちゃいけない人物、ワンツーフィニッシュじゃないかっ!!」
《マスター、ワシの老眼鏡知らんかのぅ?》
「おま〜はその前に自分の主が大事なものを失いそうになってる事に気付けえぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「あ、あの……えと……ふぇっ? ろ、ローズ……?」
一体何が起きているのかイマイチ分かっていないクリスの指輪が光り、現れたのはまるで子供が落書きで描いた様なチューリップみたいな小さな神獣。
それこそが、ぬいぐるみモードのクリスの相棒、神獣・ローズである。
ローズは2つの葉っぱを器用に使って、持っていたホワイトボードにスラスラ書いていく。
(こんな時だからこそ、言いたい事がある)
「ろ、ローズ! もうおま〜でもいい! 助けてくれ!」
(ホモ・セクシュアルとは、本来同性愛者そのものを指す言葉で、女性の同性愛者も当てはまる単語なのだ)
…………………………。暫しの沈黙。
「だからなんだってんだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
何故このタイミングで、箸にも棒にもかからない様な無駄な豆知識を挟んだのか、ローズ相手に遂に感情が大爆発したコウ。
そんなこんなでとうとう、いい男のお侍達にトイレに押し込まれてしまったのだった。
ガタガタッ!! ガタガタッ!!
必死に抵抗しているのだろう、トイレの仕切りが激しく揺れ動く音が響くが、しばらくすると静寂が辺りを支配する。
〜10分後〜
「アッ——————————!!」
クマモトキャッスルに響き渡る、コウの断末魔。そして、夕日に浮かぶコウの笑顔。
散っていった主の笑顔に敬礼する、ナマモノ5体feat.(フィーチャリング)チューリップ。
こうして、神の1柱が……世界より失われてしまった……。主に操的な意味で。
「え、えと……。あ、あれって……!」
そんな夕日に向かって敬礼し続けるナマモノ達を尻目に、何かが駆けていくのが見えたクリス。
一般的な動物とは、明らかに一線を画する体躯。
それが、天守閣を走りながら登っているのだ。
「え、えと……あれ……」
《ありゃあ……神獣じゃねぇか!》
クリスがドラゴンをつつき、目撃した獣を指差す。
当たりだった。しかも、よく見たら女の子がしがみついている。
「えと……えと……と、とりあえず……接触した方が……えと……いいよね?」
クリスの問いに、相棒であるチューリップが、花弁を頷くかの様にコクリと垂れる。
「え、えと……それじゃ……神獣……合身……っ」
お土産屋の裏手、人のいない場所に走ると、そこで媒体となるローズリングをかざして、神獣とその身を1つとする。
輝きの中から現れる、ゴシックアンドロリータ姿の薔薇乙女。
目指すは天守閣。指先のローゼスウィップを、天守閣のシャチホコに向けて飛ばす。
「えと……お願い……ローゼス……ウィップ……!」
まるで蜘蛛の力を得たアメコミヒーローの様な動きで、壁を蹴って城を登るクリス。
≪因みに、日本でこのヒーローの名の呼び方は『すぱいだっめぇぇん』で、そのあとに『ちぇんじ、れおぱるどん!!』と叫ぶのがマナーだよ☆≫
≪ウルフ、今の若い子には分かりませんわよ≫
クリスが目指す天守閣。そこにいた神獣こそ、キュウビである。
≪なんと、なんと! これがあの火の国かぇ!? 愉快ぢゃのう、かように面妖な国に様変わりしておるとは!≫
まるで子供の様にはしゃぐキュウビ。声も弾み、400年の時の流れを楽しんでいるようだった。
「そぎゃん違うとね……?」
最初は恐ろしかったキツネの化け物の様なそれだったが、蓋を開けてみればどうだろうか?
自分が見慣れた世界に目を輝かせ、9つの尻尾を揺らしながら楽しそうにあれこれ聞いて……。
悪い子じゃない。珠雲の中にあった警戒心が、まるで春の陽気に晒された雪の様に溶けていく。
何より、自分の家の御神体から現れた存在だ。次第に珠雲も、楽しそうに声を弾ませて『あれは路面電車』『あれは亀屋デパート』と、共に夜景に変わりつつある街並みを眺めていた。
「えと……あの、い、いた……っ」
そんな少女と雅な神獣の空間に、割って入る声。
天守閣を登り切ったクリスである。
「え? だ、誰ね!? って言うかどぎゃんやって登ったとね!?」
《ふむ……ぬしも神獣士かぇ? 植物型とは珍しいのぅ》
互いに対極のシャチホコの位置に立つ、2組。
「えと……その……あの……」
この世界の神獣士に出会えたのはいいが、一体何を話せばいいのか分からない。
口ごもってしまうクリスをよそに、ローゼス・ウィップが勝手に動き出し、ホワイトボードに文字を書き込んでいく。
(こんな時だからこそ、言いたい事がある。キツネには、エキノコックスと言う寄生虫がおり、人が感染したら肝臓をやられる。えんがちょー)
ドヤァ、とでも言いたげに、クリスの胸の薔薇にあるコアクリスタルが光る。というかこの薔薇、中々いい性格をしているようだ。
《な、な、何を言うか! このたわけ! 妾は清潔ぢゃ! そんなものおりゃあせん!》
最悪のファーストコンタクトとなってしまったキュウビとローズ。
怒りを露わにしてキュウビが走り出し、クリス目掛けて体当たりを仕掛ける。
「え!? えぇ!? あ、え、えと……えと……! お願い……! ローゼス・バインド!」
勢い良く飛び掛かるキュウビに慌てふためきながら、ローゼス・ウィップを飛ばすクリス。クリスの指先から千切れ解き放たれた茨の鞭が、四方八方からキュウビの身体を珠雲毎絡みつき、拘束していく。
「うわあぁぁぁぁぁぁっ!!な、なんねこれぇっ!?」
《コォォォォンッ!?》
茨に羽交い締めにされ、為す術もなく天守閣から落下する1人と1体。
「ふぇっ!? あ、あぁっ!!」
クリスもまさかの事態に、ローゼス・ウィップを伸ばすが届かない。
神獣であるキュウビはともかく、乗っていた少女の命が危ない!
「は……はひ……ふ、ふへへ……にんじんさん(意味深)……(にんじんにくっついた)さくらんぼさん(意味深)……しいたけさん(意味深)……ごぼうさん(意味深)……あな〜のあいた……俺のれんこんさん(意味深)……れ、れんこんさん……! い、いやだあぁぁぁぁぁぁっ!! 俺のれんこんさんに、そんなおっきなにんじんさん入らないぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
濃厚なおもてなし(意味深)から解放され、乱れた衣服のままフラフラとやってきたコウ。
相当なトラウマを植え付けられたのか、頭を抱えて叫んでたりなんかしちゃっていた。
《マスター! しっかりしてください! 上から少女と神獣が!》
極めて緊急の事態に、止むを得ず主の頭からかぶりつく大型の白い虎。
いつの間にか神獣形態となったタイガーだ。
「ひぎゃあっ!! なっ!? マズいじぇっ!! タイガー! 神獣合s」
「うわあぁぁぁぁぁぁっ!!」
ドンガラガッシャーン!!
コウとタイガーの上空から降ってきた珠雲とキュウビ。
合身が間に合わず、まともにぶつかってしまい、盛大な音と砂煙が上がる。
もうまばらになった観光客も、なんだなんだと集まっている。
《マスター!? タイガー!? 無事ですの!?》
砂煙が辺りに立ち込め、2人と2体の様子が分からない。
だが、うごめく影が複数見える事から、どうやら無事ではあるようだ。
「ん……んんん? むーっ、むむーっ!?」
重い。何かがコウの頭に乗って、まともに呼吸も、喋る事も出来ない。
とりあえずわかるのは、なんだか妙に柔らかいものである事だけだ。
その正体は……。
「いたた……い、生きとる……ウチ、生きとる……ひぅっ! あっ……あ、あぁっ!! やあぁぁぁぁぁぁっ!! こ、こん変態!!」
落下してきた少女、珠雲のおしり! コウはしかも太ももの辺りを掴んじゃってるから、完全にいかがわしい状態になっていた!
《コォォォォンッ!? わ、わ、わ、わ、妾の胸に埋もれるとは何事ぢゃっ!? たわけっ! たわけっ!》
《ち、ちがっ! 私は、ただ貴女達を助けようと……!》
どうやら、あっちはあっちで、コウ同様の、いわゆるラッキースケベ状態だった様だ。
胸といっても、所詮獣のそれだが。
「は・な・れ・ろ・!! こんスケベェェェェェェェッ!!」
そう言って、コウの下腹部を思い切り殴りつける珠雲。
「もがぁっ!? ………………ぐふぅ」
『必殺! 珠雲ちゃん美少女パンチ』が炸裂し、ピクリとも動かなくなるコウ。
どうにも今日の彼は、そっちの運勢が最悪なようだ。
「えと……コウさんも……えと……女の子も……大丈夫……?」
茨の鞭をロープ代わりにするすると降り立つクリス。
「ふんっ! 乙女の柔肌にいたずらした罰たい!」
眼前では、コウから離れて立ち上がり、両手をパンパンとはたく珠雲と、キツネに追っかけ回される虎の構図となっていたが。
「珠雲ちゃーん!!」
「たぁ〜まぁ〜もぉ〜」
そんなカオスな天守閣前広場に、老年の男性と、やたらおっとりのんびりした女性の声が聞こえて来る。
「じいちゃん! お母さん!」
珠雲の祖父にして、ハゲ暮らしのケナシッティこと、源一郎と、珠恵だ。
「やっぱり〜〜『神の御使い様』ですよ〜お父さん〜」
タイガーを追い回すキュウビの姿を指差す珠恵。
どうやら、このキュウビについて、何か知っているようだ。
「うむ……しかし、どういう事じゃ……? 神の御使い様が他にもおるぞい?」
目をぱちくりさせ、キュウビ達を見比べる源一郎。
「えと……あの……わ、私から……えと……説明します……」
最早収拾がつかなくなったこの事態。
健気な薔薇少女がおずおずと手を挙げる。
「こん変態! 変態! 変態!」
≪コォォォォォンッ!! 待つのぢゃ! 天誅ぢゃぁっ!!≫
この混沌の宴を終焉へと導くため、たどたどしくも話始めるのであった。
★★★★★
「なるほど、神獣に『でぃすとおしょん』か……話はわかった」
場所が変わって、柳神社の自宅スペース。長い築年数を刻んだ木造の家は、神社として広大な敷地を有しているからか、その中はかなり広い。そこの20畳はあろう畳張りの居間にて、クリスの話を聞いた源一郎が腕を組みながら頷く。
大きなテーブルを囲み、源一郎を中心に珠雲一家が並び、対極にクリスとコウ、ぬいぐるみ状態のナマモノ達が並ぶ。
キュウビもまた、ぬいぐるみ大の大きさとなって、珠雲に抱かれている。
「はい……えと……それで……えと……私達が……やってきたのです……」
座布団に座り、一応の説明を終えたクリス。だが、その説明が合っているのか不安だろう、隣に座るコウに視線をくべる。
「まぁそういうわけで、お宅の珠雲だっけ? 娘さんが神獣士として半契約状態にあるってわけだじぇ」
「いや~びっくりだねぇ~珠恵~僕等の娘が~柳家に伝わる~神の御使い様に~選ばれるなんて~」
「そ~ね~流石~私達の娘ね~豊さぁ~ん」
似たもの夫婦とは、この2人の為にあるのだろう、一般人の会話のテンポからズレまくったのんびりおっとりな口調の珠恵とその夫の豊。
ふっくらふくよかな175センチの大きなお腹の持ち主で、おおらかという文字を顔に張り付けたかのような細い目に眼鏡をかけた柔和な顔立ち。
サラリーマンらしくすっきりとした短髪の35歳だ。
あれから、夜も遅くなり城内の解放時間も終わるとあり、とりあえずと柳神社へと移動し、今回の神獣について、ディストーションについての一通りの説明をしたコウとクリス。
実に信じがたい内容ではあるが、柳家の4人は、その話をすんなりと受け入れていた。
「やはり我が家に伝わる、書物の通りじゃな……。実を言うとの、どうやらわし等の先祖も神獣士とやらだったようじゃ」
《うむ、先代の妾の主ぢゃの。400年前、この火の国に妖が現れた折、妾がこの地に降り立ち、主と共に戦ったのぢゃ。結果、火の国は平和となったが、女の身でありながら、血を流し続けた代償での。主は子を産んですぐに死んでしもうたのぢゃ。そして、妾は死ぬ前の主によって媒体毎封印されたと言うわけなのぢゃ》
珠雲に抱かれたキツネが、毛づくろいをしながら話す。
「御使い様がお話になられた文献がこれでの」
源一郎が取り出した古ぼけた一冊の文献。
「何々……『ケモナー必見! キュウビたそ〜の魅力大図鑑!〜私はこれでケモナーに目覚めました〜著、柳お珠』……こんな先祖で大丈夫か?」
「大丈夫じゃ、問題ない」
コウが読み上げたタイトルはアレだが、中はきちんと神獣とは何か、事細かに記されていた。
《お珠は妾をとかく可愛がってくれたもんぢゃ》
『いや、多分可愛がってた意味合い違うぞ』と喉まで出かかったが、とりあえず黙る事にしたコウ。
そこには、400年前のディストーションについても、記載されていた。
「付喪神……こりゃ、昔のディストーションか……ちょっとこれ、貸してくんない? 珠雲のお母さんと一緒に」
「だ、だめだよ〜珠恵は〜僕の奥さんだよ〜」
実は目覚めてすぐ、珠恵を口説いていたコウ。人妻だろうと、美人と見れば節操のない困ったちゃんだ。
「まぁ〜若い子に〜また口説かれちゃったわ〜」
当の珠恵は、ちょっと嬉しそうだが。
「ぬしゃよう父親と旦那と娘と揃とる中そぎゃんこつしきるな」
「え、えと……コウさん……何か……気になるんですか……?」
脱線しそうになった話を戻すように、コウの服の裾をつまむクリス。
この子、良い子や……。
「ん、この付喪神っての、俺も初めて見たからね。ちょいと調べてみたいのさ。それに……」
コウの視線が、珠雲とキュウビに向く。
視線を感じた珠雲が、思い切り『べー!』する。
感情値最悪。先程の一件で、すっかり珠雲はコウを嫌っている様だ。
「珠雲とキュウビに神獣士となる意思があるかどうかだな。成り行きとは言え、キュウビをこうして顕現化してしまったんだ。今回もディストーションが現れる、それと戦うか?」
先程までの、コウを包んでいたおちゃらけた雰囲気が消える。
戦う意思。それとは無縁の状況から出会った2人だ。珠雲自身は、そんな運命を知らずに神獣を呼び覚ましてしまった。だからこそ、意思を確認したかった。
《妾は戦わんぞぇ》
意外なところから、答えは返ってきた。
「なんでね? キュウビ」
珠雲が問う。
《妾はまだ今の火の国を満喫しておらぬ。ようやく退屈から解放されたしの、珠雲と面白おかしく暮らしたいのぢゃ》
《な、それは神獣としての本分を忘れているではないですか!》
コウが使役する5体の神獣の中で、最も真面目な性格であるタイガーには、聞き捨てならなかったのだろう。思わずテーブルに身を乗り出す。
《黙りゃんせ! この助平猫! 妾はもう戦いとうないのぢゃ! 主をこれ以上失いとうないのぢゃ!》
ぷいっとそっぽを向くキュウビ。
その言葉に、柳家の面々は押し黙ってしまう。
神獣士として、契約を果たせば娘が危険に晒される。
《ではこの世界はどうなるのですか!? 貴女はこの世界の危機を感じて400年前に神獣界から……》
「やめとけ、タイガー」
《しかし……!》
ぬいぐるみを制し、首を横に振るコウ。
「おま〜ら神獣にだって感情はある。だから、戦いたくないってんなら、その意思を尊重してやれ。元々、今回のディストーションは俺達が何とかするつもりだったしな」
「う〜ん……確かに〜珠雲には〜危険な事を〜させたくないのは〜親として〜当たり前だね〜」
豊の言葉もあり、押し黙ってテーブルから肉球を離すタイガー。
「ウチもやだ! キュウビとは友達になって、一緒に遊びたか! それに、こぎゃん変態と一緒のもんになりたくなか!」
結論が出た。
珠雲は神獣士にならない。そうと決まれば、今回のディストーションは、コウとクリスの2人でどうにかしなければならない。
若干私怨もあるが、後の行動も取りやすい。
「やれやれ、こりゃ嫌われたもんだじぇ。とりあえずクリス、明日から珠雲と一緒に行動してくれ」
「えと……いいですけど……えと……何故……ですか?」
クリスが不思議そうに首を傾げる。
「念の為の護衛と、遊び相手だじぇ。今回のディストーションは、俺の見た限りじゃかなり厄介な事になりそうだからな。調べるのは、まだルーキーのおま〜には早いからさ」
「えと……分かりました……あの、珠雲ちゃん……えと……さっきはごめんなさい……あの……」
先程のローズの一件もあったのか、いつも以上に申し訳なさそうな様子で、顔をうつむかせてもじもじとしている。
「もうよかよ、ウチは気にしとらんけん。それよりクリスって呼んでよか?ウチも珠雲って呼んでよかけん」
「え、えと……うん……! 珠雲ちゃん……!」
どうやら、年齢も近いからかすんなりとこちらは打ち解けていけそうだ。
特にクリスにとっては、これまで友人と言える存在など無かった。
別れが辛くなるかもしれないが、これも良い情操教育につながるだろう。
そうコウは思っていた。
「よし、そんじゃ、どっか適当に寝れそうな公園か山でも探すか」
この現代日本で野宿をしようと席を立つコウ。クリスもまた、何の疑いもなくコウに続こうと席を立つ。
「なんね? 宿ななかとか?」
正座し、腕を組んだまま、源一郎の眉がピクリと動く。
「残念ながら、この微妙なクマに手持ちを全部持っていかれてね。腹は減ったし少々辛いとこだが、贅沢も言ってらんないじぇ」
道中で買ったベアもんトートバッグからはみ出たベアもんぬいぐるみを指さして、肩を竦めるコウ。初めてのおねだりした結果、こうなってしまったようだ。
「仕方んなかな……んならぬしら、今夜はここに泊まるとよか」
「はぁっ!? じーちゃんなんば言いよっと!? クリスはよかばってん、ウチいやよ!? こぎゃん変態!!」
烈火の如き咆哮と共にコウを指さす珠雲。だが、珠雲の叫びにも、孫に甘いはずの源一郎は、微動だにしなかった。
「方法はどうあれ、珠雲ちゃんの命を救った恩人であるとには変わらんたい。それに、こん男はよかばってん、クリスちゃんがかわいそかじゃろ?」
「それは……そぎゃんばってん……」
確かに友達になろうとしている彼女を、こんな夜更けに放り出すことは出来ない。しかも、クリスだけを泊めるとなれば、きっとクリスは固辞してコウについていくだろう。珠雲には変態男の何がいいのか全く分からないが、クリスは何故かコウに高い信頼を寄せている。となれば、不本意だが変態男のコウも泊めるしかない。
唇を尖らせて、口ごもる珠雲。そんな娘の様子に、豊も珠恵も顔を見合わせて微笑を浮かべる。
「さぁさぁ~みなさんお腹すいたでしょ~? みんなでごはんにしましょ~」
「おおっ! 美人人妻の手料理! あざーっす!」
「よかったら~神の御使い様方も~どうぞ~」
≪よっしゃぁっ!!≫
≪も、申し訳ありません……御相伴に預かります。≫
≪僕お肉がいい~!!≫
≪私はとうもろこしを頂こうかしら? こちらの風土は良質な農作物が取れると聞いてますわ≫
≪わしゃあシャケと酒がいいのう≫
泊れるとわかるや、再び座布団の上に着地し、ご飯の言葉に拍手喝さいを送るコウと神獣達。
「言うとくばってん! 変態男のご飯はカップラーメンだけんね!」
「まぁまぁ~珠雲~そんなに言うと、コウさんが可哀想じゃないか~」
豊になだめられても、まるで大型犬に出会ったチワワのように吠えて威嚇しまくる珠雲。どうやら今夜の柳家の食卓は、とても賑やかなものになりそうである。
★★★★★
「いや~……メシは上手かったし、風呂にまで入れるとは思わなかったじぇ」
衣服を脱ぎながら、ポツリとつぶやくコウ。夕飯も驚くほどの量を食べ、それでもニコニコ笑顔で珠恵がおかわりをよそってくれ、珠雲が『こん穀潰し!』と叫ぶ。豊はそんなやり取りをニコニコと見つめ、源一郎は何故か神獣・ベアと飲み交わしていた。
コウ自身も、久々に楽しい夕食だった。
それだけに、今回のディストーションの正体を早く見つけなければならない。
ノアの方舟を開き、スマホ液晶に表示されるディストーション反応を確認し、小さく溜息を漏らす。
確かにヴァルハラは厄介と言っていたが、ここまで厄介な事になっているとは、コウも予想外だった。
ちょっとした銭湯のような広さを誇る、柳家のお風呂。男女に分かれているだけでも一般家庭のそれとは大きく違うのだが、脱衣所も木造の上にすのこ、脱衣用の棚に扇風機。本当に一般的に思い浮かぶ銭湯に近いその場所で、1人衣服を脱ぎ終わり、借りたタオルを片手に浴室への扉を開く。
ガラッ
「ん♂」
「おっ♂ さっきのプリティフェイスのBOYじゃないか♂」
「なんだ?♂ 俺達のおもてなし(意味深)が忘れられなくて来たのかい♂」
「フフフ……♂ 自ら裸になって来るだなんて♂」
「それじゃ、とことん喜ばせてやらないとな♂」
浴室のドアの向こうから現れた、おもてなしに命を懸けたいい男達の裸の競演。ガチでムチムチなその花園が、どういうわけかこの柳家に咲き誇っていた!
「なっ!? なななななななななんでおま~らがここにいるんだ!?」
ガシッ!!
「すまないが、おもてなし(意味深)以外は帰ってくれないか!?♂」
「男は度胸!♂ 何でももてなしてみるものさ♂」
「い、いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
~10分後~
ガラッ
「あー、言い忘れておったが、今夜はお前さん達以外にも、お侍隊の連中も、合宿で泊っとるけんが………………」
ガラガラ……パタンッ
「なんじゃ、もう仲良くなっとったか」
風呂場に伝え忘れたことを言いに来た源一郎だったが、風呂場の様子が視界に飛び込んでは、そのまま風呂場を後にする。
今宵は夏にしては少し涼しく、空気は澄んでいた。明るい満月の月夜、曇りもなく夏の大三角形がよく見える。
「アッ——————————!!」
3時間ぶり、2度目の壮絶な最期を遂げたコウの笑顔が、夜空の彼方に浮かぶ。
それを、瓦張りの柳神社の本堂の屋根から見つめていたナマモノ5体feat.(フィーチャリング)チューリップ&キツネが、厳かに敬礼をしていく。
真夏の夜に起こったコウの淫らな夢は、野獣の様な先輩年齢のいい男達によって、朝まで終わることはなかった。
合掌。
と、いうわけで、今回はめーき様から『エグい下ネタを』とのリクエストを頂きましたので、お話に組み込ませて頂きました。
…誰に対してとは聞いておりませんでしたので、苦情は受け入れません。悪しからず笑




