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神と聖女と神界と  作者: しあわせや!
神と見習い巫女と幻の世界と
13/47

第十三の神話

 西暦2010年代。いわゆる現代と呼ばれるこの時の流れの中は、様々な技術が確立、発展を果たしており、人々は洞穴での生活からコンクリートと鉄筋を使用した建物へと進化し、土はアスファルトとなり、足はガソリンで動く4つのゴムの車輪へと変わっていた。

 人々は掌サイズの液晶とにらめっこしながら歩き、次元を超えた物語を紡いでは『萌え』と言う不可思議な感情を爆発させる。

 そう、ここは日本。小さな島国の中に世界が誇る技術が詰め込まれた、まさに世界のおもちゃ箱のような国。今や世界に誇る町工場の技術からアニメ、ゲーム、漫画などのサブカルチャーが邁進している。勤勉な民族的特徴もまた世界に誇れるもので、その接客やサービス等もまた、国の外からやってくる人々を驚かせている。

 独自の文化を形成し、古来には『サムライ』等という人種も存在したという神秘と文化と技術とヲタクの国の、とある地域。

 キュウシュウと呼ばれる南の島が、今回の舞台である。

 その中で中心部に位置する地方都市があった。その名も、クマモトシティ。

 この都市は特に自然と現代文明の調和が取れた都市であり、都市の中心部には古城にして象徴であるクマモトキャッスルがそびえ立っている。

 城下町たるそこには巨大なアーケードがあり、路面電車が走っており、地方都市ならではのマイカー交通量も凄まじい。

アーケードには常に老若男女で溢れかえっており、賑やかな様相を示し、夜には繁華街へと姿を変えて若者や酔いどれたサラリーマン達の為の街へと変貌を遂げる。

 だが、ひとたび中心部を離れれば、そこは豊かな土壌を利用した田畑が並び、西部には海の幸、東部にはアソマウンテンなる火山の山々から、美容、健康の代名詞たる温泉を始め、山の恵みも揃っている。

 そんなクマモトシティの中心部から若干離れた小学校から、次々と子供達が吐き出されていく。時刻は午後3時30分。下校の時間である。

 ランドセルを背負った子供達はみな半袖で、盆地であるクマモトならではのまとわりつく様な湿度と暑さの中、それぞれの自宅へ遊びながら帰っていく。

 季節はまさに梅雨明けの夏。もうすぐ子供達の夢の時間、夏休みの時期だ。

「なぁなぁ、今日さぁ、『スーパーモンテスキュー』に寄って、ゲームばして帰ろうぜ!」

「『妖怪ボッチ』やろう! 俺、今日こそ大学便所飯を見つけるけん!」

 子供とは、何よりも遊びが思考の中心にくる存在である。彼等の小学校は、下校途中にゲームセンターやスーパーのゲームコーナーへの寄り道は禁止されている。無論、そんな事は百も承知だが、子供というのはその戒律を簡単に破ってしまうほどに、好奇心と遊戯への興味が強いものなのだ。

 3人の黒や青のランドセルを背負った男の子が、自宅とは違う道へと駆けていく。

 ちなみに、妖怪ボッチは、今子供達に大人気のゲームで、ひきこもり、ニート、学校で休み時間の度に寝たふりするやつ、アフター5にも誘われないどころか、業務中にも会話がない根暗なOL等、妖怪のようにボッチな人々を見つけては『ねぇ今どんな気持ち?wwwwwwwwwねぇねぇ友達も知り合いもいない日々ってどんな気持ち?wwwwwwww』と聞いていくゲームだ。

 最近では、『ようかい孤独な体操』なんて歌と踊りも流行っているくらいだ。

「ちょっと男子―! 寄り道なんていけないんだよ!? 先生に言いつけるよ!?」

 そして、子供といえば、クラスに1人はいるであろう、こういう真面目な女の子も、どんなに世代が変わろうといるものである。

 男の子達の後ろを2人で歩いて帰っていた少女達の1人が、テンプレートの様な注意をする。

 勿論ルールとは守る為に存在しているが、まだまだその重要性より自身の欲求が勝る年頃だ。

「うるせーブース! おい行こうぜ!」

 ポニーテールに眼鏡という、いかにも委員長とかやっていそうな女の子に向かい、これまた昔から変わらぬテンプレートな暴言を吐き捨てる。

 だが、その暴言が彼女に火をつけてしまった。

「あん? おい、もいっぺん言ってみろや、こんドリルチン【ピー!】の包け【ピー!】野郎が、てめーのそん粗末なモンば斬り落としてイヌノフグリと取り換えてやろうか? あぁ!?」

 一体どこでそんな言葉を覚えたのか。およそ女の子が言っていいとは思えぬ言葉を吐き捨て、一体どこの組の方ですか? と聞きたくなるような凄みを効かせるポニーテールの少女。その手は、公共の場でやっちゃいけない中指さんだけ御起立になられたサインなんか作っちゃったりしている。

 そのあまりの恐怖に、男の子達はすっかり萎縮し、コクコク頷くと一目散に逃げ出していってしまった。

「うわああん! こ、怖か~!!」

 いつの時代も、精神的成長が早い女の子には、悪ガキ達は勝てないのだった。

「あーあー……そぎゃん言いなすなよ……寄り道はいかんけんがね、早よ帰りなっせよー!?」

 特徴あるクマモトシティ訛りの話し方で共に下校するポニーテールの少女を諌めつつ、走り去る男の子達に元気な声で叫ぶもう1人の少女。

 我に返ったポニーテールの少女は、反省しているのかしゅんとしていた。

「ごめん……私頭に血の上るとつい……あ、珠雲(たまも)ちゃん、今日はどぎゃんする? 帰ってからまた集まる?」

「あー……ごめん、今日は帰ったら家の手伝いばせないかんとよ」

 ポニーテールの少女の提案に、申し訳なさそうな表情を浮かべながら両手を合わせて謝る少女。

「確か家は神社だったたいね? 大変だねー」

 再びそれぞれの自宅に向かって歩道を歩き出す。途中の歩行者用信号が赤から青に変わるのを待ちながら、ポニーテールの少女が思い出した様な口調で言う。

「仕方ん中よ、ウチも巫女の修行ばせないかんけんが」

 少し困ったような表情で答えると、信号が青に変わり、停止した車の前を歩いていく。

「じゃあまた明日ね、バイバーイ」

「うん、バイバーイ」

 他愛のない会話。信号を渡った先の分かれ道で、ポニーテールの少女と分かれたもう1人の少女。

 彼女は1人になると早速、5年の月日で色褪せてところどころ革が剥げたランドセルの両肩のひもを掴んで駆け出した。家族の待つ家に、古くから続く我が家、『柳神社』へ。

彼女の自宅へのマラソンを、街路樹にとまるセミの声援が後押しする。

車が走る横を駆け、時には信号に待ちぼうけを受けながらも、元気いっぱいに走り出す。

 少女の名前は、(やなぎ) 珠雲(たまも)。非常に活発な性格の小学5年生の11歳だ。

 日本人らしい黒髪は肩口までの長さで外に跳ねており、その元気さを表しているように見える。パッチリとした黒い瞳の、これまたボーイッシュな雰囲気を持った美少女だ。小学5年生の女の子としては平均的な身長で、細身だがパワーの溢れたその体躯は、少々色々な面もほっそりとしていたりする。本人曰く『ウチもそのうちぼんっきゅっぼーんになるとだけん』との事であるが、根拠はまるでない。

 夏用の半袖パーカーは黒だが、中のシャツはピンクで子供らしい可愛さが引き立っている。黒のプリーツタイプのミニスカートを履いているが、その元気が有り余ったおてんばっぷりから、走る度に中のスパッツまで見え隠れしていた。

 そんな彼女が走る先に見える、大きな大きな赤い鳥居。これこそが彼女の家、柳神社の入り口だ。

 400年と言う長き時を、傍らにそびえるクマモトキャッスル……日本特有の石垣と天守閣の見えるそれは、『武者返し』と呼ばれる急な石垣となっており、外敵が登りにくく、しかも櫓やぐらから石や熱湯を投げつけられる様に作られている。 城には幾重にも櫓や門を作り、外敵が侵入しても門から門への道すがらで敵を倒せる様に工夫がされた、まさに名城だ。更に城内は銀杏や栗が植えられ、いざと言う時には食料とする様にされた事から、別名『銀杏城』とも呼ばれていた。

 作ったのは戦国時代の武将、カートゥーン・キヨマーサと呼ばれた人物で、「トゥーンだから平気デース!」との言葉と共に、まさにクマモトキャッスルは無敵を誇っていたと言われる。

 そんな名城と共に、柳神社は長い長い時間を受け継いでいた。

 一面に石砂利が敷き詰められた境内は、車でも入れ、尚且つ10台は余裕で駐車が出来る広さを誇り、鳥居を背後に左手が社務所、右がお守り売り場、正面が拝殿となる。

 いずれも長い時を重ねて赴きがあり、県外からのキャッスル観光客やシティに住む人々の様々な祈願で毎日賑わいを見せている。

 特に元旦ともなれば、臨時の巫女を何人も雇って当たらないとパンクしてしまう程だ。

 クマモトシティで1番有名な神社と言えば、間違いなくこの柳神社だろう。その有名神社の境内にいたのは、1人の老年に差し掛かる男性。

「おぉ〜珠雲ちゃん、帰ったとか」

「ただいまじいちゃん! 今から祈願ね?」

 珠雲の祖父、柳 源一郎。おきのどくですが かみのけのぼうけんのしょは きえてしまいました。とも言うべきな程に、ツルッツルの頭部と、150センチメートル程度の小柄な体躯。だが、流石は現役の神主、腰は曲がらずシャンとしており、祈願用の狩衣(かりぎぬ)姿には、威厳すら感じる。

 顔は、可愛い可愛いたった1人の孫娘に緩みまくっていたが。

「おー、新車の安全祈願たい、おやつの『うんまか棒~メソポタミア味~』は台所にあるけんな」

 一体どんな味なのか、皆目見当つかない謎のお菓子ではあるが、祖父の言葉に嬉しそうに駆け出す。

「うん、わかった! 食べたら着替えてお母さんの手伝いばするけん!」

 元気に社務所奥、木造2階建ての古く落ち着いた雰囲気の瓦屋根の家、自宅スペースへと走っていく珠雲。

 今日も彼女の、見習い巫女としてのお勤めが始まるのだった。


★★★★★


「え、えと……あ、あれは……えと……! な、なんです……えと……か?」

「もっきゅもっきゅ、あれは『レジ』

まぁ商品の値段とか勝手に覚えてくれてて、金額を打ち込めばお金の計算もしてくれる金庫みたいなもんだじぇ」

 衝撃。好奇心。ヤックデカルチャー。

 時代背景を、一気に5世紀分はすっ飛ばしてやってきた21世紀の日本だ。見るもの聞くもの、何もかもが新しすぎて、クリスは惹かれる興味が尽きない様子だ。

 カルチャーショックが津波の様に押し寄せては、事ある毎に指差して『あれは何?』『これは何?』の状態だ。

 最初は信号のことも分からずに、クマモトシティで一番の2車線、路面電車も通る大通り『トゥーリ・チョー』を赤信号のまま渡ろうとし、やってきたトラックに盛大にクラクションを鳴らされただけで、驚きのあまり思わずローズと合身して吹っ飛ばそうとしたくらいだ。

 さらに、歩行者信号が青になって『ピィヨ、ピィヨ』と音響装置が作動した時なんか、聞こえるヒヨコの鳴き声に、いるはずのないそれを探そうとして止まっている車の下に入り込もうとしたりと、とにかくこの世界、この時代への適応に、まだまだ時間がかかりそうだ。

 それでも、輝く瞳が全く衰える様子はなく、今尚コウへの質問は止まらない。

「ふあぁ……え、えと……す、すごく美味しい……」

 そして、それは食事にも及んでいる様で、これまでの腐ったリンゴが1日の食事みたいな特殊な食事情だった彼女には、更に衝撃だった。

 この日本と言う国は、とにかく『食』に関してだけはうるさい。

 隣国が領海に侵犯しようが、同盟している星条旗の大国が貿易で無理難題を押し付けようが、その民族思想の煮え切らない態度で怒りを顕著に表すことは全くないのだが、やれ隣国の野菜に農薬が基準値を超えただ、星条旗の大国の牛肉に牛海綿状脳症の疫病が流行しただの、それはもう烈火の如く国民が一体になって怒りを露わにするところから、ある意味食い意地と美食意識が高い国とも言えるだろう。

 ガヤガヤと賑わう店内の様子であっても、クリスはレジの正体を知って満足して我関せずに幸せそうにスプーンでそれを食べていた。

 「確かに、この世界は食い物が段違いでうまいじぇ、もっきゅもっきゅ」

 因みに、彼女をスカウトした当の神のテーブルは、これまたすっかりお馴染みになった皿の山……今回の場合は、丼の山が積み上げられていた。

 周囲の客も、見た事も無い珍しい光景に次々携帯ツールで写真を撮っては、各SNSに投稿とかしちゃっている。

「えと……あの、コウさん……この世界には……一体……えと……何の為に……えと……来たのですか……?」

『店長! もう肉鍋内に煮肉がもう残っていません!』

『何ぃっ!?』

「あぁ、まだ詳しい説明してなかったな。俺はディストーションを回収するのが、メインの任務なんだよ」

『店長! 豚丼用のばら肉もです!』

『くっ……! 牛野家一筋20年……! これ程までの強敵に出会たとは……! 否! これはむしろ神が与えた私への試練! バイト君! パートさん! 近隣の店舗からありったけの肉とご飯を借りなさい! 私は本部と連携を取る!』

「えと……ディストーション……?」

『行くぞ! 今日が牛野家銀座ストリート店の聖戦ジ・ハードだぁっ!!』

【はいっ! 店長!!】

「そ、もっきゅもっきゅ……異世界の歪み、異世界と異世界の軋轢あつれきからはみ出た異世界そのものを形成するエネルギーの一部。それがディストーション。もきゅ、もきゅ、それを回収せずに放っておくと。……ぼんっ」

 掌で転がしていた生卵。説明をしながら、それを世界に見立てていたが、強くU字型のテーブルの角に打ち付けると、ぱっくりと割って、中身を新しい牛丼(28杯目)の中にポトリと落とす。

「世界は崩壊し、終焉を迎えるってわけ。だから、そうなる前に回収、修復しなきゃいけないんだじぇ」

 『終焉』の単語と共に卵をかき混ぜ、生卵がとろぉ~りと絡まってタレの色と黄身の太陽の如き色が混じり、極上のコクと旨みを生み出した牛丼を胃の中にかきこむ。

 一体そのやや小柄な身体のどこに収まっているのか。未だに謎である。

「えと……それじゃ……そのディストーションが……えと……この世界に……?」

 並盛の牛丼にサラダもつけたそれを胃に収めると、お腹いっぱいになったのか箸がうまく使えない外国人のクリスの為にくれた、フォークとスプーンを置いて使い捨てテーブルナプキンで口元を拭いていく。

「もっきゅもっきゅ、よく出来ました。お利口さんのクリスには、この5ストーンズを進呈しよう」

 とか言って、牛丼を口いっぱいに頬張りながらなぜか『5ストーンズ』と書かれた紙切れを渡すコウ。

「え、えと……これは?」

 紙切れを渡され、一度紙切れに視線を落として読めない異世界の文字を見つめてからコウを見やる。

「100ストーンズ集めたら、俺のパンツをあげよう。あ、店員さーん!! 牛丼10杯、豚丼5杯追加―!!」

『て、て、てんちょーっ!! まだ追加がぁ~っ!!』

『なぁにぃっ!? えぇいっ!! お客様の胃袋は化け物かっ!!』

「えと……いらない」

 それは、『ですよねー』としか言えない、このあらゆる異世界において、最も不要なポイントシステムだった。


★★★★★


「もうっ! お母さん! 早よせんね! 『祈祷の儀式』の準備な出来とるとよ!?」

「まぁまぁ~珠雲ちゃ~ん、せっかちさんね~『急いては~事を~し損じる~』って言うわよぉ~」

 場面は変わって、再び柳神社。

 先程までの子供らしい服装とは打って変わって、神社の荘厳な雰囲気に欠かせない巫女服に身を包んだ珠雲。

 紅の(はかま)に、白い小袖(こそで)がよく映えている。そんな彼女の後ろからやってくるのは、松葉色の袴の巫女。珠雲と違い、随分と艶っぽい……だが、ぽんやりと可愛らしい雰囲気を持った出で立ちの女性だ。

 彼女の名前は柳 珠恵(たまえ)。珠雲の母親にして、本職巫女の32歳だ。

 元来、巫女は元旦等で募集されるアルバイトの巫女以外にも、こうして神職者の家系に生まれた女性が本職の巫女として勤務する事が多い。

 だが、それでも基本的には20代後半で本職巫女の定年を迎える事が基本だ。だが、この柳神社は残念ながら血縁者の中で、現在適正な年齢の巫女は存在しない。従って、彼女が現在も本職巫女を務めている。

 巫女さんらしい腰まで伸びた長い黒髪と、年齢を感じさせない若々しくもおっとりとした、それでいて微笑を絶やさぬその美貌。身長はやや高めの163センチ。残念ながら、親子揃ってやや胸回りは控えめな様子だが、そのスレンダーさと巫女姿が補って余りある女性としての魅力を醸し出していた。

 そして、こののんびりおっとりとした性格である。ご近所や観光客にもウケが良く、この神社の繁盛に、一役買っているのは間違いない。

 この柳神社の3つの目玉のうち1つが、この珠雲と珠恵の美人巫女親子だった。

 そして、2つ目が祖父の源一郎が行う御祓いの儀式。霊験灼然(れいげんいやちこ)と称するに値する程に彼の御祓いの効果は高く、新車の安全を祈願すれば、愛車に傷一つ着く事はなく、商売繁盛を願えば、順風満帆に会社経営が行えると評判だ。

 そして、3つ目が、これから彼女達が行う『祈祷の儀式』によって祈りを込められる、効果の非常に高いお守り達だ。

 だが、毎回何故か交通安全を願ったタクシーの運転手のおっさんが、なにをどうやって、どうなったらそうなるのか妊娠が発覚したり、商売繁盛を願った中小企業の工場長が、受けてないのに首都にある名門大学の合格通知が届いて、現役工場長大学生になった上に首席で卒業しちゃったり、健康祈願を願った老人が、何故か日本最大級の銀行の総裁に指名されたり、出世を願ったサラリーマンが、ある日突然出社したらスーツぱっつんぱっつんの身長も170センチ程からいきなり2メートル近くなり、笑い方も「エフッエフッエフッ」とかになって、もうどこの範○勇○郎さんですか? と聞きたくなるような状態になったりと、とにかくその効果が願ったものとは違って、滅茶苦茶なのだ。

 これには、理由がある。

「――――――――――。」

「ちょっ、お母さん!? これ安産祈願! 恋愛成就の祈祷じゃなかて!」

 とまぁ、こういった感じで、おっとりぼんやりした母、珠恵があまりにもおっとりぼんやりしすぎて、祈るべき内容を間違えに間違えまくっているのが、原因だった。

 で、結局、後日子宝に恵まれる様に祈った夫婦の夫が、してもいない浮気の証拠が何故か出てきて大喧嘩になってしまうのだが、それはまた別のお話だ。

 この3つの力が古来より受け継がれており、珠雲もいつかは本職巫女として母親の後を継ぐ事になる予定だ。

「何をお願いしたの?」

「君との幸せな結婚生活が出来ますようにってね」

「まぁ、マコトさんったら……」

「ちょっと!? マコトくん!?その女は誰よ!?」

「あ、あなたこそ誰!? ま、まさか二股!?」

「きーっ! あたしと言うものがありながら!!」

 この祈祷の力の強さが、柳神社の客足が絶えない理由だ。恋愛から健康から、様々な祈願でこうして人が集まる。

 ……なんか、若干Nice boat.な事が起こっているが。

「だけんこっちは無病息災のお守りーっ!! 縁結びじゃなかーっ!!」

 本堂での祈祷の儀式は、今日も娘の怒号と共に、推し進められていくのだった。


★★★★★


「はふぅ……えと……こ、この『オン・スウェン』って……えと……気持ちいい……ですね……」

 カッポーンと音が鳴るのは、露天の極楽に備わったししおどしの音。

 日本古来より伝わる『侘び寂び』と呼ばれる美意識の象徴たるそれは、何故だか心に平穏を与えてくれる。

 そんな音を耳と心に染み込ませながら、2人は歩いていた。

「いやー、このアソマウンテンの温泉ってのは疲れが吹っ飛ぶみたいだじぇ」

 ディストーションを探して、次はアソマウンテンにやってきたコウとクリス。

 そのついでにと入ったこの『白川温泉』は、アソマウンテンで一番有名な温泉旅館街だ。泉質は実に様々で、疲労回復から外傷、痛風、肩こり、腰痛等の湯治効果だけでなく、女性に嬉しい肌を滑らかになる美肌効果も高い。

 コウ達が桶の中に入れて持つ入湯手形は、この白川温泉で発行している温泉宿入り比べの手形で、好きな露天風呂に3か所入る事が出来る、日帰り旅行でも楽しめる便利なものなのだ。しかも、この木製の手形自体がお土産として持ち帰る事が出来るのも人気の秘密だ。更に、全24の宿を制覇したら『温泉達人』の称号を得る事が出来、温泉にその名を残すだけでなく、達成者のみが持つ事を許されたタオルやポーチ等が手に入る。

 因みに、2人はこの白川温泉の中に並ぶお土産屋も巡っている最中で、レンタルした浴衣に身を包んだ姿になっていた。

 コウは元が日本人らしい顔立ちである事から違和感なく似合っていたが、問題はクリスだった。長く緩いウェーブの金髪をバレッタでアップにした浴衣姿。この世界でいう北欧系の外国人に近いため、白人種の白い肌が温泉で火照って幼いのに妙な色香と可愛らしさが出ていた。

 本人も浴衣をいたく気に入ったようで、下駄をカラコロ鳴らしながら、嬉しそうにはしゃいでいる。それこそ、やっと年齢相応の少女らしさを彼女が手に入れた証拠だ。

「えと……あのくまさん……えと……またいた……ね」

「ああ、こりゃ『ベアもん』って、このクマモトシティのゆるキャラだな」

 クリスが手に持つ赤いほっぺで牙剥き出しだけど目が虚ろで、よだれがだらりと出て力なく身体全体が左に傾いた、なんかのお薬でアッチに旅立ってらっしゃるかのようなその可愛さのかけらもないクマのぬいぐるみ。

 このクマモトシティ内で、やたらとあちこちで目についていたが、どうやらこのクマモトシティの宣伝をする為のキャラクターなのだろう。

 店にあったパンフレットに記載されたそのベアもんの説明を、そのままコウが読み上げる。

「えと……ゆる……キャラ?」

ベアもんで口元を隠したまま小首を傾げるクリス。

「まぁ街や企業なんかのPRをする為のキャラクターだな。ゆる~いキャラクター性を持っているのが特徴だじぇ」

 パンフレットを戻しては肩を竦めるコウ。どうやらこの世界はとにかくユニークさ、娯楽性が高いものであるようだ。

 物作りの国と評されるだけあって、こういう楽しいものを作るのも長けているらしい。

「えと……うん……これ、可愛い……えと……その……」

 このやっちゃいけないお薬の虜になったかのようなクマのどこが可愛いのかはさておき、何やらモジモジとクマのぬいぐるみを手にしたまま離そうとしないクリス。一応人気があるのだろう、クリスだけでなく、ほかの観光客や温泉客も、次々この変なぬいぐるみを買っていく。

 そんな新たに組んだばかりの相棒が何を言いたいのかを察したコウは、クスリと笑って相棒の手を握ると、そのまま握った手をひいてレジに向かう。

「おねだりの仕方も分からないんだもんな。いいじぇ、気に入ったならお土産に買っていくか」

「ふぇ!? あ、あの……え、えと……」

 コウの言葉に落ち着かない雰囲気のクリス。何か欲しいものを買ってもらう事も初めてだからか、軽い混乱状態となっていた。

 吃音(きつおん)ばかりが出て、まともな言葉が出て来ない。

「こういう時は、素直にありがとうって言えばいいんだよ、ほら、レジの人に『これください』って言って渡すんだじぇ?」

「え、え、えと……あ、あの……えと……こ、これ……えと……ください……っ」

 もじもじとベアもんのぬいぐるみを差し出すクリス。微笑ましい少女の仕草に、レジのお姉さんも微笑を浮かべながら、タグのバーコードを読み取ってくれる。

 初めて出来た思い出の品を抱きしめる外国人の浴衣少女は、白川温泉内に幸せそうな微笑を振りまいていた。


★★★★★


 石の畳を掻き、細く硬い竹の枝々で出来た竹箒が落ちているゴミや(ほこり)を掃く音が響いていく。

「……ふ~……こぎゃんもんかな?」

 時刻は空が紅に染まっていく逢魔が時。カラスも鳴きながら巣となる木々へと帰っていき、移動販売の豆腐屋のラッパの音が響いていく。

 キャッスルへの観光客も昼間に比べてまばらになり、隣接する柳神社にも掃除に勤しむ見習い巫女以外参拝客はおろか誰もいない。たまに通勤の通り道として、神社前の道路を車やタクシーが通るくらいだ。

 セミのラブソングは未だ情熱的に鳴り響いてはいるが、それ以外は豆腐屋のラッパくらいしか聞こえてこない。

 クマモトシティの最も中心部に位置する柳家は、意外と買い物は不便な場所だ。キャッスルと柳神社がある高台の坂を降りたら市役所と巨大アーケードのカミ・ストリート、シモ・ストリートの間を走るトゥーリ・チョー等があり、歩いて行ける程の距離だ。

 だが、何せ車で行くとなるとコインパーキング等の駐車場しかないし、中心街にはスーパー等の施設が乏しく、最寄りのスーパーまで距離がある。その為、離れた位置にあるスーパーへと行くならば、車で出かけるしかなくなる。

 首都の様に鉄道が張り巡らされているわけではない地方都市は、自家用車がなければとかく生活がしにくい。

 なので、仕事を終わらせて帰ってきた柳家の婿養子にして珠雲の父、柳 (ゆたか)と珠恵の2人は彼の車で買い物へ。

 孫ラブ全開の、再び毛が生えるという淡い期待をまずはぶち壊された毛根ブレイカーこと源一郎は、『可愛か孫にこぎゃん広か境内ば掃除させたらいかん!』とか、残っている社務をほっぽり出そうとしたので珠雲によって社務所へと押し込まれていた。

 掃除も終わり、ふと本堂に目を向ける。普段は祖父の、顔ではなくケナシの源一郎が儀式や祈願を執り行っており、休日は婿養子の父、豊が神職の見習いとして、母の珠恵が本職巫女として付き従っている。

 ……実は、珠雲自身は本堂にはほとんど立ち入ることが許されていない。

 巫女として見習いであるのと、年齢もまだ11歳であることからまだまだ修行が足りない事もあって、祈願を共にする事が出来ないのだ。

 だから彼女は、未だ一度も御神体を見た事はない。

 故に湧き上がる『好奇心』という感情。それは、子供にとって制御出来ない悪魔のささやき。

 頭上の珠雲の姿をした悪魔が『御神体がどぎゃんとか見ようたい』と囁く。

 となれば、当然この場合それを止めようと天使の珠雲も現れるのがよくあるパターンだ。

 神社の家系の人間が天使と悪魔もどうかとは思うが、まぁ定番なので気にしない。

 「……………………」

 はい、天使出てきませんでした。悪魔オンリー不戦勝確定です、本当にありがとうございました。

 そうなれば、最早妨げるものは何もない。大人がいない今のうちと言わんばかりに、こっそり本堂に忍び込む。

 祈願客用の長椅子が並ぶ暗い本堂の中を、袴をたくし上げたお転婆巫女。この時点で巫女らしいお淑やかさよ、さようなら。普段祖父が使っている(しゃく)や太鼓が置いてある、さらに奥。仰々しい小さな社の中に、目的のブツが奉納されいた。

「これたいね……」

 柳の家の人間として生まれ、物心がついた時から巫女として修行を積んできたが、普段はおっとりと隙だらけの両親も、彼女に甘々な祖父も、この御神体だけは頑なに彼女に見せる事は許さなかった。

 その御神体が、目の前に鎮座する社の中にある。

 ゴクリと生唾を飲み込み、ゆっくりと社の扉を開いていく。果たして、鬼が出るか蛇が出るか、はたまたライオンなんかが出てしまうのか……。

「……あれ? なんこれ……指輪?」

 そう、あったのは古ぼけた1つの指輪だった。所々錆びてしまい、今にも崩れ落ちてしまいそうなそれがあるだけ。

 期待していたような神々しいものやら仰々しいものやらとは違い、なんともあっけない品に、落胆の色が隠せない珠雲。

「なーんね……こぎゃんとにじいちゃんもお母さんも、一生懸命お祈りしとったとね……」

 両親や祖父が後生大事に奉るからどんなものかと思えば……大人は堅苦しい式典やら、こんな古ぼけた指輪やら、どうでもいいものに拘ったり、ありがたがっているのだからよく分からないものだ。

試しに、指輪を自分の右手の中指に嵌めてみる。珠雲には、やはりぶかぶかだ。

 ゴロンと寝転がって、中指に引っかけた指輪を眺める。何度見ても、何の変哲もない錆びてぼろぼろの指輪だ。

ふと、両親からもらったキッズスマホで時計を見る。時刻は19時近く。

両親が買い物から帰ってくる時間でもあれば、そろそろ頭部だけは太陽の子、仮面ハゲダーRXこと源一郎も社務を終わらせる頃だ。

流石に御神体をおもちゃにしていたのがバレたら、孫に甘い祖父やのんびり屋の両親でも怒られてしまう。

そう思って指を元の場所に戻そうとしたその時だった。

「あ、あれ? ぶかぶかだったとに……」

 指輪が抜けない。ぶかぶかだったはずのそれが、一体いつの間にか珠雲の指にぴったりとフィットしており、まるで呪いでも受けたかの様に、どうやっても抜けないのだ。

「ど、どぎゃんしよ!? お母さんに怒られる……っ!」

 血の気の引く音が聞こえる。自分でも何故こんな事になったのか、まるで分からない。焦りが珠雲の冷静な判断力を失わせていく。

 力ずくで指から引き抜こうとしたり、歯で指輪を挟んで指を動かしてみても、全く効果がない。

 段々天真爛漫な瞳に、大粒の涙が浮かんでくる。抜けない焦りと、親と祖父に怒られるという見えない恐怖感が迫り来る。

 だが、彼女に襲い掛かったのは、それだけではなかった。

 錆びついていたはずの指輪が突如光り輝き、その光沢が取り戻されていく。

「な、なんねこれ!?」

動物の尾の様な飾りがあしらわれた銀色の指輪。先程まで今にも崩れ落ちそうな程に朽ちていたはずのそれが輝きを取り戻すというありえない現象が続く。

もう珠雲には何が起きているのか、全く分からない状態だ。

そんな混乱する珠雲の脳内に、直接声が響いてくる。


――――――――――お主かぇ? 妾わらわをこの永きに渡る退屈から解き放った者は?


はい、というわけで新章の『神と見習い巫女と幻の世界と』編が始まりました!

今回はちょっとギャグテイストでの物語となります。

舞台も現代日本となり、世界観もガラリと変わったこの見習い巫女編、またまたお付き合い頂ければ幸いです。

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