表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神と聖女と神界と  作者: しあわせや!
神と魔女の娘と茨の世界と
12/47

第十二の神話

 新たに誕生した神獣士は、美しき花の戦士だった。

 黒を基調として、白いラインが入ったレース、フリルに飾られた華やかな衣服。パニエで広がったスカートも、レースとフリル、裾にはリボンもあしらわれている。編み上げのブーツにも、ふんだんにリボンが飾られている。頭部にはヘッドドレスが装着されている。

 それは、いわゆるゴシックアンドロリータだった。しかし、ただの御辛苦アンドロリータではない。

衣装の上から巻きつく様に纏われた茨の蔓が、前腕部やニーソックスからブーツまでの四肢に絡みついていた。肩から胸部にかけては、まるで鎧を連想されるかのような形状を見せていた。

 極めつけは、胸元に咲き誇る一輪の大きな薔薇。花弁の中心部に輝くは真紅の花弁と同じ色彩を持つ、コアクリスタル。

 これこそが、神獣士クリスティーナ・ローズマリー・ドラグマンの神獣鎧、ローズメイルだ。

「つくづくシビレないわね……」

 これで、完全に計画が潰されてしまったのか、吐き捨てる様に呟くリトファー。

苦々しい表情で美しい顔は崩れ、悔しさを滲ませていた。

コアクリスタルへの固執。それには、彼女達なりの事情が存在した。

「まだだ。神獣が6体……奴らを潰せば手に入る。そうすれば、計画は燃える様に前進する」

 亀人族は、代々超長命の種族だ。

 その為、彼等の世界は現在、増え過ぎた人口により資源が枯渇寸前となっており、このままでは近い将来、彼等の世界の生活の破綻を迎える事態となっていた。

 それだけではない。人口密度も他の世界よりも圧倒的に高く、最早資源以外の自然すらも失われつつあった。

増えすぎた人口。減りすぎた自然。それは、世界の滅亡へのカウントダウンだった。

 そこで目を付けたのが、異世界だった。

 彼等の世界では異世界への渡航の術が存在しており、それを使って異世界に侵攻して資源と土地を手に入れる。その為の兵器開発として、そして生活資源獲得の為、様々な異界の情報、資源やエネルギーを獲得または鹵獲し、異世界侵攻に備える。

 それこそが、亀人族の計画。神獣もまた、狩るべきエネルギーの1つだった。

だからこそ、エージェントたる彼等は失敗が許されない。何が何でもコウ達の神獣を手に入れる。そして、生体エネルギーとして活用していく。

神獣が覚醒し、劣勢に傾く戦況でも、彼等の執念は、決して衰えていなかった。

「さあて、そんじゃ……やりますか!」

 口火を切ったのは、コウだった。

 ハルバードを振るい、竜の翼をはためかせて飛翔する。

 上空へと舞う重騎士が振りかぶり、薪割りの如き上段からの重い一撃をラドフに放つ。

 だが、彼もまた甲羅の盾によってそれを阻むと、ラドフの背後からバックステップで後方に跳んだリトファーの麻痺薬がコウに襲いかかる。

「えと……! ローゼス……ウィップ……!」

 飛来する麻痺薬を弾く、覚醒した新たな神獣士の指先から躍り出た5本の茨の蔓。

 ローズメイル専用武器は、この両の五指から伸びる茨の鞭、ローゼスウィップ。クリスの意のままに伸縮、動く事が可能な近中距離用の武器だ。

 そのローゼスウィップは、麻痺薬を弾いた動きから、虚空を旋回して今度はリトファーにしならせながら攻撃する。

「シビレるくらい甘いわね!」

目覚めたばかりのひよっこに、億を超える亀人族の中でも選りすぐりのエージェントたる自分が負けるわけがない。

 リトファーが盾の中に隠れ、鞭を防御。だが、前述の通り、ローゼスウィップはクリスの意思で動く。

 クリスが右手を振りかぶると同時に、鞭が盾の上へと逃げ、リトファーの背後に回り込む。

一瞬の油断、慢心が茨の一撃への対処を遅らせてしまった。

「えと……! お願い……! ローゼス……! バイト……ッ!」

 背後に回った茨が鋭く、まるで杭の様な太さにまで伸びて、リトファーの背中に喰らいつき、彼女の緑色の硬い皮膚を貫いて鮮血の花を開かせる。

 ローゼスバイトは、その名の通り噛みつく牙の一撃だ。

「あぁっ! このっ!」

 盾を振るい、自身の背中を喰らう茨の牙を叩きのめすと、腕の力だけで鞭を引きちぎる。

植物は大半が水分で構成されているせいか、千切れられた鞭の裂け目から緑色に染まった液体が噴き出していた。

「えと……! まだ……! ローゼス……! バイト……ッ!」

 引き千切られ、機能を失ったはずの緑色の液体が噴き出す蔓から、瞬く間に鞭が新たに生えて再生し、先程の彼女の攻撃が最初から無かったかのように再びリトファーの腕を、肩を、抉るように貫いていく。

「あぁっ!! ど、どうなってんのよ!?」

「えと……! ローズ達……えと……プラント……タイプは……超再生……えと……能力が……えと……あるの……!」

 例えローズメイルを破壊されようと、コアクリスタルが健在な限り神獣士もろともすぐさま再生、回復する。擦り傷程度であればものの10秒もあれば血が止まり、傷口が塞がる程の、超高速再生能力。植物は自然の掟にて、草食動物や虫に食べられる……被食の運命にある。

 だからこそ、食物連鎖の中で植物は捕食者に比べ、個体数と生命力が強い。

その植物の際限なき生命力こそが、プラントタイプのみに許された特殊能力だ。

 だが、そんな化け物じみた回復能力にも弱点は勿論存在する。総じてプラントタイプは、草木の神獣である事から、火に弱い。

燃やされる事によって、神獣鎧しんじゅうがいに瞬く間に火が燃え広がり、再生が追い付かなくなるのだ。 

「フン、ならば燃えろ、魔女の娘」

 その警戒すべき、炎を生み出すラドフの薬品、5本が同時に空を舞う。

 全身にそれを浴びてしまえば、ローズメイルに致命的なダメージはまぬがれない。

「えと……!」

 身体を反転させ、左手のローズウィップを振るう。スカートがひらりと舞い、さながら舞踏会のダンスを連想させながら次々と火炎薬を打ち払い、虚空で爆発させる。

 だが、彼女はまだ覚醒したばかりの、いわゆる雛鳥だ。僅かな反応の遅れからか全てを打ち払えず、1つのビンがクリスへと飛来する。

「マグナム! ストライク!」

 まるで、野球の投手を思わせる様な投球フォームから放たれる、ボールサイズの火球。

 コウの放った速球がビンとぶつかり相殺、クリスの頭上で爆発させる。

雛鳥には、空の飛び方を教える親鳥がいるように、今のクリスには頼りになるコウという存在がいる。爆発と同時に走り出すコウに呼応するように、クリスが跳躍し、ラドフの盾目掛けて茨の鞭を指揮者のように手首を、指を振るい、茨が指揮者に合わせて円舞曲ワルツを踊るかの様に盾に絡みつく。

「くっ! まさか…!」

「バアァァニングゥゥウッ!! ブレイカアァァッ!!」

 甲羅が縛られて生身が剥き出しになったその隙に、超高熱の刃が横薙ぎに胸元から腹部を守る鋼鉄製の鎧を、まるで蝋燭の様に簡単に溶かしながら、ラドフの鍛えられた腹筋を斬り裂いていく。

「ぐおぉぉっ!!」

 寸断された鎧に伝導した熱が、未だにラドフを焼き、内部から筋繊維が焼かれる独特の嫌な臭いを放つ。

馬鹿な。こんなはずでは。ラドフの脳内に、この2つの言葉が浮かんでは消えていく。

「えと……あなた達の盾は……えと……私には……えと……通用しない……!」

 ……戦い方が分かる。脳に浮かぶ戦いのイメージ、自分でも驚く様な向上した身体能力。

 これが神獣士、これがローズの力。

実感する。戦う為の力を得たのだと。天国で義母ママが安心して見ていられる強さを、心の強さを手に入れたのだと。

 両手を地面につき、たどたどしくも、力強い薔薇の乙女の叫びが響き渡る。

「えと……! お願い……! バスティーユ・ローズ……!」

 コウ達の攻撃によってダメージを受け、仰向けに倒れたラドフと、背後と肩を抉られて膝から崩れ落ちたままのリトファー。2人の亀人族の足下から飛び出すは、無数の茨。それらが互いの茨を絡ませながら伸び、編んでいく。

「シビレる事してくれるじゃない!?」

  更に次から次へと茨と茨が絡みつき、巨大なドーム状の茨の空間が形成される。太陽の光すら届かぬその空間は、まさに茨で作られた監獄。

腹部から胸元にかけて、溶けた鉄による大火傷を負ったラドフが自身の身体に走る痛みという警告を無視しながら立ち上がる。

既に腹部の筋繊維は炭化して二度と使い物にならない状態となっているが、それでも尚戦う意志は消失していない。

「舐めるな……! 所詮は俺の燃える炎には……! ぐおぉぉっ!」

「きゃあぁぁぁっ!!」

 だが、監獄の茨が一斉に杭の様に伸び、四方八方から突き、抉り、貫き、罪深き囚人達に自由を与えない。

監獄は決して彼等を逃がさない、許さない。

「えと……! コウさん……! 今……!」

 クリスの背後から飛び出す火竜の神獣士。

 その身に豪炎を纏わせ、竜を象る炎が捕らえられた亀人族に、灼熱の裁きを与える!

「フレアッ!! ドラゴンッ!!」

 上空まで飛んだコウが、監獄に向けてハルバードを突きたて急速落下。

重力による加速を得た竜を象る炎を纏ったコウが一気に地上へと加速して監獄を突き破り、ラドフとリトファーに炎の制裁を与える。

「ぐあぁぁ………!」

「な…………!」

 コウの炎が監獄ごと爆発による消し炭へと全てを喰らい尽し、囚われた2人の断末魔が響き渡る。

辺り一帯が、炎と言う紅い侵略者によって飲み込まれ、木々を、草花を、周囲の家々すらも灰塵かいじんへと帰していく。

 まさに地獄のようなそこから飛翔し、クリスの元へと降り立つコウ。

それに呼応するかのように、ハルバードと共にクリスも鞭を振るい、瞳を閉じ、腕を大きく十字に切り、この戦いの終わりを告げていく。

「邪悪に魅入られし、哀れな魂よ…せめて、炎の翼に……」

「えと……茨のころもに……抱かれて……」

『眠れ……!』

 こうして、亀人族と、悲しき魔女の娘を巡る戦いの1つは今、幕を閉じたのだった。


★★★★★


 対峙していた。

 神獣をその身に纏わせた2人を取り囲む、村と王宮の者達。

 騎士団に潜り込んだ異界の者が引き起こした災厄とは言え、力を暴走させたクリスの恐ろしさと異形の姿。

 極めつけは、コウと言う常人を遥かに逸した存在が傍らにいると言う事実。

 同じく化物となった王宮騎士団の団長と副団長を葬り去ったその実力は、最早なんの力も持たぬ彼等からすれば、悪魔にも等しい存在だ。

 兵は槍を、騎士は片手剣と盾を、農民はクワやピッチフォークを、猟師は銃や弓矢を、主婦は包丁やナイフを、それぞれ手にもって、コウとクリスに向けていた。

 中には、恐怖で震えている者や小さな子供を守るように抱きかかえている者までいる。

「やれやれ……こりゃ、街コンなんて雰囲気じゃないな」

 周囲の物々しい雰囲気と、人々の怯えと怒りと恐怖が入り混じった表情を見渡し、溜息を吐きながらコウが後頭部を掻く。稀代の詐欺師、口先の魔術師と神界で称される彼ですら、この状況はどうしたものかと悩んでいるようだった。

 だが、村の者達の中に走る恐怖と緊張は、既に限界までに膨らんだ風船と同じだった。

どうにか対処しないと、この騒動がいつ暴走に変化してもおかしくはない。

それほどまでに、村の人々の神経は張り詰められていた。

「え……えと……あ、あの……!」

 この状況の中、切り出したのは意外な人物だった。自分を取り囲む人々を、義母ママと交わした約束を守る為に、強い決意を込めた瞳で見据えながら懸命に言葉を紡ぎだす。

「えと……あの……わ、私……も、もう……魔女の……えと……娘なんかじゃ……ありません……! み、皆さんに……えと……こ、怖い目に……えと……遭わせません……! だ、だから……!」

 ヒュンッ……!

 空気を切り裂き、流星の如く虚空を突き進み、クリスの懸命な演説によって紅潮した頬を掠める、1本の矢。

そのまま背後の家の壁に激突した音を聞いて、初めて自身に向かって何が飛んできたのか理解する。

「……ッ!? え……?」

 痛みが走る頬に手を添えると、指と掌に塗られた紅。その紅が滴り、彼女の懸命の勇気が無意味なものであった事を知らしめる。

「化け物め! 俺の娘を返せ!」

 そう、無駄なのだ。彼女は、如何なる理由であれ、その暴走した力によって、村の人々に手をかけてしまっているのだ。

その事実は、たとえ神であっても変える事は出来ないし、変えてはならない。

「彼の仇! 死んじゃえ! 魔女の娘め!」

「だから小さいうちに殺しておけば良かったんだ! 畜生!!」

 小さな勇気を踏み潰すかのように次々に叫ばれる悲痛な程の、それでいて残酷極まりない言葉の数々。それは、決壊したダムのように溢れ、やがて言葉は再び暴力の濁流となって、彼女を、コウを襲う。

コウが懸念していた暴走が無数の言葉や石、矢となって降り注ぐ。

「クソッタレ!! 村を滅ぼそうたって、そうはいかねぇ!!」

「殺せ! 魔女の娘と悪魔の使いを殺せ!!」

「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」

 撃たれる鉛玉。放たれる矢。投げられる石。投擲される剣、槍、クワ。360度の方角から降り注がれるそれらが、何の躊躇いもなく2人を襲い掛かる。

「くっ、随分物騒な街コンだじぇっ」

 相手は力なき人間。手を出すわけにもいかず、コウはハルバードを振るい、投擲されるそれを打ち落とす。

神という立場でありながら、彼等を諭す事も怒りを治める事も出来ない自分に苛立ちすら感じているのだろう。いつものおちゃらけた口調ではない、鋭利な刃物のように斬って捨てるような口調だった。

 クリスもまた、ローズウィップで叩き落とすも、銃弾や投げられた武器が掠め、着弾し、その度に紅をまき散らしながらも、諦めようとせずに言葉を交わそうとし続けている。

「あぅっ! や、やめ……お願い……! えと……!話を……!」

 誰も聞かない、聞こうとしない。彼等が求めるのは化け物ども……コウとクリスの死から訪れる真の平和のみ。

 主を護るべく、ローズメイルの超再生能力が発動し、矢が掠めた頬、投げられた石で割れた額、銃によって撃たれた左肩。それぞれの血が止まり、傷口が塞がれていく。だが、それがまずかった。それを村人達の前で消えていったのがまずかった。

「ひ、ひぃぃぃ!! ま、魔女の娘は不死身かっ!?」

 村人や騎士の叫びが次々に巻き起こる。不可思議なその力を目の当たりにした人々からすれば、不死身、ゾンビのそれと同じ。それ故に、更なる畏怖が村中に伝染する。

《あぁぁっ!! さっきからテメェ等っ!! ウチのマスターはなぁっ!! テメェ等護ったんだよ!! つーか神様なんだぞ!?》

「うわあああああっ! あ、頭の中に声が!! これも悪魔と魔女の娘の妖術か!!」

 神獣・ドラゴンの怒りの声は、火に油を注ぐ事となり、更に混乱が加速する。

これにはドラゴンも、己の中にあった怒りの炎が更に激しく、憎々しく燃え上がってしまう。

「騎士様! この声です! 俺が報告した通りでしょう!? 殺して下さい! 俺は殺されかけたんです! 牛も被害に遭いました! だから早くあの化け物どもを殺して下さい!」

 騎士に向かって懇願する1人の中年の男。

《あいつ!? クリスの嬢ちゃんに悪戯しようとしてたゲスなオヤジじゃねぇかっ!?》

「……言うなって脅した矢先に、騎士団に通報してたのか……ある意味肝が据わってるっていうかなんて言うか……」

銃弾をガントレットで弾きながら溜息を漏らすコウ。

 こうなってはもう収集不可能だ。畏怖と殺意の宴たるこの状況をそう判断すると、口先の魔術師たる所以ゆえんとばかりに高速で頭の中でシナリオを描く。すると、ある考えがうかんだのか、突如ハルバードを突き立て、高らかに宣言する。

「聞け!! 人間ども!! 俺は悪魔だ!! おま~等を堕落に陥れ、あらゆる災厄をまき散らす為に俺は来た! 今宵悪魔の力に魅入られたこの魔女の娘をもらい受ける! はっはっはっはっは!!」

《はぁ!? な、何言い出すんだよマスター!?》

 騒ぎ立てるドラゴンをスルーし、クリスの肩を抱き寄せ、翼をはためかせて空へと舞い上がるコウ。

「え!? あ、あの……えと……!?」

 驚き、狼狽えるクリスをよそに、村からドンドン上昇していくコウ。

村人たちは魔女があの悪魔を召喚して契約を交わしたんだの、悪魔め滅びろだの、好き放題に罵声の砲撃が放たれていた。

「悪魔は滅びぬ、さらばだ!! バイバイキーン!! は~ひふ~へほ~!!」

 そう言って、翼をはためかせて一気に加速、クリスを抱えたまま村から去っていくコウ。

彼は考えた。彼女は、クリスはよく頑張った。しかし、あのまま村に残る事はもうできないし、彼女は神獣士として覚醒してしまった。だからこそ、コウは悪魔になりきった。

自分が悪魔だと認識させることによってクリスから自分へと憎しみの対象を増やしたのだ。

 互いの弁明は、無意味な言葉の羅列でしかなく、それならばいっそ悪魔となって立ち去った方が、互いの為だと判断したのだ。

《マスター! おいマスター!? この先一体どうするつもりだよ!?》

 胸元のドラゴンが、声を荒げる。主の考えが、全く読めないせいだ。

神である事実を隠し、それどころか最悪の存在と自ら名乗って立ち去る。

実際にこの世界の危機を救ったのは紛れもなくコウ自身であるのに。

「……クリスにとっては、村の方がよっぽど悪魔だじぇ。だからさ、クリス、俺と一緒に神界に行こう」

《は!?》

「え……!? え、えと…」

 ナマモノと乙女の声が見事に重なる。

 観測者たる神が人間を救うと言うのは、あってはならぬ禁忌の1つ。

ましてや、神々が住まう世界へと誘うとなれば、それはコウ以来3例目となってしまう。

 であるにも関わらず、平然とした様子でコウは続ける。

「そりゃそうだろ、もうこの世界にクリスが留まったら、どこに逃げようと、いつかあの偉い騎士様連中に殺される。それに、いちゃならない世界に神獣士がいてみろ。あの亀の連中みたいなのが、クリス狙ってこの世界に押し寄せるじぇ?」

 翼をはためかせ、誰もいない海辺に降り立ちながら言う。

 確かにそれは正論だが、だからと言ってクリスを連れて行くとなると、神界内の評議会がどんな事を言い出すか……。

「……ま、評議会にゃ何も言わせないよ、そもそもそれを言い出すなら、俺の存在はどーだって話だじぇ」

 神獣との融合が解かれ、元のデニムシャツに中折れハット姿へと戻ったコウが肩を竦める。

《そりゃ……そうだがよ》

 ぬいぐるみ状態となったトカゲのナマモノが口ごもる。

 意外と一度決めたら決して曲げない頑固な側面もあるこの主だ、こうなってはもうドラゴンが何を言っても無駄だろう。

「となると、後はクリス次第だじぇ。どうだい?」

 クリスもまた、合身が解かれてエプロンドレス姿となっている。

 話を振られたクリスは、コウとドラゴンが何を話しているのか、実際の所よく分かってはいない。だが、彼女はコクンと頷く。

「えと……コウさんは……色んな……えと……世界で……えと……戦うん……ですよね……?」

「ああ、そうだじぇ」

ただ、話の中でこれだけは分かった。コウは、戦っているのだと。

「それは……私……えと……みたいな……えと……人の……為……?」

「ああ、そうだじぇ」

 コウの返答に、クリスはもう一度頷く。

彼女は理解していた。コウが戦う理由を。

そして彼女もまた、手に入れたこのローズという神獣の力で、彼と共に人々を守りたいと願っていた。

ならば、クリスの中で答えは決まっていた。

「えと……それじゃ……えと……私……えと……コウさんと……えと……行きます……! ローズの……えと……力は……えと……私みたいな……えと……人の為に……えと……あるから……!」

 小さい身体に込められた大きな決意。

 それを見せてくれたクリスに、コウは満足気に笑みを浮かべる。

「よっし! それなら、早速神界に……!」

 貧乳には〜淡い夢が〜♪巨乳には〜大きな夢が〜♪おっぱいは男の〜エル・ドラード〜♪(台詞:あんた……もうお酒はやめなはれ)追い求めて〜♪でも振り向いてくrピッ

「はいよ、こちら全世界ラーメンに入ってる海苔の存在について真剣に考える友の会」

『無事に問題は解決したみたいね』

「なんだ、神界評議会議長のヴァルハラ様じゃないですか」

 ノアの方舟は、神界で創り出されたコウ専用の媒体にして、異世界への渡航の為の亜空間形成機能、ディストーション測定、緊急時の銃形態、剣形態への変形、その他様々な機能がアプリケーションとして搭載された、最新鋭のまさに神話級の宝具だ。

 にも関わらず、先程の様な品格もクソもない様な曲を着うたにしちゃってるもんだから、そりゃ神々について長年研究している学者とかが見た日には、泡を吹いて卒倒する事間違いなしである。

『なんでその肩書きを出したのかしら……? まあいいわ、急ぎの案件よ、すぐにこれからメールする座標の異世界に飛びなさい』

 淡々と、それでいて至極面倒くさそうな、つまり相変わらずの口調のヴァルハラ。

「今すぐかよ……。もしかして」

「そう、ディストーションよ。世界については暦は西暦、年代は2010年代。そこの日本と言う国よ」

 どうやら次の世界はこのクリスの世界と違い、かなり近代化された世界のようだ。

 ディストーション関連となれば、断るわけにもいくまい。反論する前に自身の中で咀嚼そしゃくし、完結したコウは、若干やる気のない口調で返事をする。

「へいへい……そんじゃ、すぐに飛びますよ」

『いい? 今回のディストーションは、随分と厄介な存在らしいの。それに、現地には神獣が眠っているようだから、そっちとも上手くやりなさい』

 ほぼ一方的に用件を伝えると、ガチャリと乱暴な音がコウの耳をつんざく。

 溜息と共に肩を落とすと、クリスの方へと向き直る。

「さて……てなわけで、神界に行く前にいきなりクリスには初仕事をしてもらう事になったみたいだじぇ」

「えと……だ、大丈夫……です」

 少々の戸惑いはあるものの、クリスが頷く。

『初仕事』という単語が、クリスの中で重く圧し掛かる。だが、これまでの様な自身を排除しようとする攻撃的な言葉の重みではない。自身を必要としてくれ、自身の能力を如何いかんなく発揮する事を期待されているからだ。

「よし、そんじゃ、目指すは異世界の日本とかって名前の国! いくじぇクリス!」

 送信された座標をノアの方舟に打ち込み、空間を切り裂いて現れたトンネル状の亜空間への入り口。内部には象形文字の様なもの等、様々な異世界の言語の羅列が、七色に輝いている。

 「……す、……すごい……」

「ほら、入った入った! いくじぇ!」

 こうして、新たな仲間と共に新たな世界へ、新たな戦いへと赴く第三神位、翼の神コウ・ザ・ストーンズ。

 その運命は、新たな交わりとなって彼に絡みついていく。


★★★★★


 目が覚めたそこは、天国でも地獄でもなかった。

治療院のベッドの上。岩盤の洞穴で作られたその建築構造は、彼等がよく知る世界。

自然も何もない、人工酸素発生装置から生み出されたオイル臭い空気にも、随分と馴染み深い。

 ふと首を動かす。隣に、相棒たる人物が静かな寝息を立てて寝ていた。

「気が付いたか」

 医師であろう、眼鏡をかけた壮年の男性……白衣を着用した、がっしりとした筋肉質の身体で自身の脈拍などを的確に計測していく。

「ふむ、命に別状は癒える程になさそうだな。だが、しばらくは癒える治療に専念だな。癒えん全身大火傷の重傷だ、お前も、リトファーも」

 男は、全身包帯姿のラドフに向かってそういうと、その場から離れようとする。

「待て……俺は……なぜ、燃える程に生きている……? 何故、亀人界に燃えるように帰ってきている……?」

包帯に包まれた腕を伸ばし、医師の男に問いかける。

 疑問は最もだった。彼の最後の記憶は、茨に貫かれ、爆炎へと包まれるその瞬間。ラドフ自身も、自分は死んだとすら思っていたのだ。

だが、こうして慣れ親しんだ世界に戻って、今も生きている。彼には、それが不思議でならなかった。

「フン、癒える程に神が奇跡を与えたんだろう。それと、長老が褒めていたぞ。」

「長老が…? 燃えるように分からんな」

 任務に失敗した自分が何故、この世界の最高権力者たる長に認められたのか……。

亀人族の生殺与奪を握る絶対的指導者たる長は、冷酷無比で有名だった。

任務にたった1度失敗しただけのエージェントが、これまで何人処刑されてきたのか……それを知らないラドフではない。

故に、長が自分達に恩赦を与えている事が不思議でならなかった。

「この『マンション』たる集合住宅建築物の構想、各エネルギー効率の向上の方法、『植林』という、植物を増やす方法……どれも亀人族にはない、癒える発想ばかりだ」

「なに……? 燃えん……俺は知らんぞ」

 眉をひそめるラドフ。自分も分からない技術の羅列。それが何故自分の手柄として扱われているのか。先程から謎ばかりが湧き上がる。

「黒焦げになったお前達のそばに、癒えるように転がっていたのだがな」

 そう言って取り出されたのは、パソコン等で使われるUSBメモリ媒体。

この亀人族にはない、全く異なる異世界の産物に、ラドフの眉間にしわが集まる。

「それは、異世界の記憶媒体か」

「この世界に癒えないほどにない記憶媒体だったのでな、解析に癒える程時間がかかったが……蓋を開けてみれば、先程の内容だったわけだ」

 亀人族の者が愛飲している水草を煎じた水草茶をカップに注ぎ、一口すする医師の男性。

「まさに、神がくれた癒える程の奇跡だな」

 岩壁に取り付けられた窓から、自然が失われた世界を覗き見る。

亀人族に舞い降りた、不思議な奇跡の数々。それは一体誰が起こしたものなのか。それは、もう神にしか分からない。

「とにかく、これで癒える様な異世界侵攻は、中止となったわけだ。神に癒える程に感謝すべきだな」

「フン、だとしたら、その神は余程燃えるようにお人好しな神だな」

 ラドフはそう呟いて、瞳を閉じ、穏やかな寝息を立て始める。

 観測者たる神の気まぐれな奇跡。それは、窓辺から照らされる太陽の輝きのように、亀人族の世界にも降り注いでいた。

はい、これで魔女の娘編は終了となります。

観測者たる神が、こっそりと贈ったギフトですが、まぁその神は上司の目を盗んでこんな事をしているわけです。

で、勿論女上司たる神もそれを知っていて黙認している…。だって自分の責任じゃないから(笑)

で、次からはちょっとギャグテイストなお話となります。

こちらもぜひ、楽しみにして頂けたら幸いです。


挿絵(By みてみん)

こちら、新たにディス・コウ・ザ・ストーンズのイラストを寄贈頂きました!

描いて下さった方、本当にありがとうございました!

…役目を終えたキャラにもイラストを頂けるとか、本当に嬉しい限りです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ