9.凰士
窓から朝の日差しが入り込み、鳥の囀りが聞こえる。隣では白雪が健やかな寝息を立てている。
無防備で凄く可愛い。俺、やっぱり白雪だけを愛している。
小さく開けた唇に自分の唇をそっと重ねる。
「うぅん?」
眉間に皺を寄せ、不満げな声。瞼がぴくぴく動き、右手で目元を擦る。
「おはよう。」
お目覚めの顔も可愛い。白雪、最高。
「うん?」
何度も目元を擦りながら、瞬きをしている。
「あっ、えっ?」
驚きの声を上げ、起き上がる。
「凰士?」
「おはよう、白雪。」
「あっ、おはよう。」
自分の状況がわからなくなったらしい。でも、すぐに思考回路が戻り、照れ臭さそうに挨拶をくれる。
あぁ、可愛い。
「あっ。」
急いで掛け布団を引っ張り上げ、俯いた視線は泳いでいる。俺も上半身を起こすと、にっこりと笑みを浮かべた。
「凰士。」
照れ隠しだろうか?背中に腕が回り、ぎゅっと抱きしめられた。
「寝顔の白雪も可愛いね。半開きの口から涎が垂れたり、何か寝言を呟いていたりして。」
「えっ?」
白雪が身体を離し、口元を拭い、涎の跡を確認している。
そんな仕草さえ、俺は愛しく想えてしまう。
「愛しているよ。」
呟きながら、白雪の唇を奪う。
「もうっ、バカ。」
照れ臭そうに笑いながら、頬を膨らませる。
あぁ、なんて幸せなんだろう、俺。
「お風呂に入ろう。」
「あぁ、そうだね。」
もう一度なんて、考えていたのは不謹慎だろうか?
昨夜脱ぎ散らかした服をベッドから腕を伸ばして取ろうとする白雪の背中は、挑発的な魅力が漂っている。両手を伸ばし、一気に抱き寄せた。
「凰士?」
「綺麗だね、白雪は。」
背中に指を滑らせながら、触れる。
「ちょ、ちょっと。」
声が掠れていて、色っぽい。
「ねぇ、昨夜、満足してくれた?」
「えっ?」
耳まで真っ赤にして、動きが停止する。俺も返事を待ち、しばらくの沈黙。
「そんな事聞かないでよ。バカ。」
振り向いた顔は、微笑んでいる。
「ねぇ、聞かせてよ。」
今度は白雪の頭を胸元に引き寄せ、きつく抱き締める。
「あ、当たり前でしょう。き、聞かなくてもわかるでしょう。本当にバカ。」
俺の首に腕を回し、口付けをくれる白雪。照れ隠しを兼ねた愛情表現。
「凰士は?」
内緒話をするように、白雪の息が耳元に掛かる。
「おかわりしたいくらい、大満足。だから、いいだろう?」
肩越しに頷く振動が伝わる。
普段は気の強いお姉さんの顔を作っているのに、時々、無垢な少女のような表情を見せてくれる。それを知っているのは、俺だけ。
唇を塞ぐと、溜息のような吐息が喉から零れ落ちてくる。
あぁ、色っぽい。
「ピンポーン。」
唇を離し、視線を合わせる。
「どうする?」
「ここで無視したら、ロビーで鍵を借りてくる可能性がない?」
「確かに。」
せっかく盛り上がっていたのに、再び邪魔者。まったく、何処まで邪魔すれば気が済むんだ?
「はぁい。」
仕方がないので、俺が起き上がり、簡単に身支度を整え、ドアの前まで。
「おはよう。」
そこに立っていたのは、沙菜恵さんと美人さんと美姫。三人とも浴衣姿だ。
「おはようございます。」
「白雪は?」
「いますよ。」
「おはよう。」
身支度を整えた白雪が俺の後ろから顔を覗かせた。昨日とは違う服だ。白のVネックのセーターにミニのデニムスカート。可愛い。
「お風呂に行こう。」
「いいわね、行く。」
「じゃあ、用意して。浴衣で出発よ。あっ、凰士くんもお風呂に行って。美王くん達が待っているから。」
「うん。」
白雪の後を着いて、奥に戻る。
「着替えるの。見ないでよ。」
「はい、はい。」
生返事をして、俺も着替えの準備。背中を向けた白雪が服を脱ぎ棄て、浴衣に。
見るなと言われ素直に見ないのはもったいないというモノだ。ヘンな理屈を捏ね上げ、見ないフリをしながら横目でちらちら。白地に大きな桔梗の浴衣。アップにした髪の後れ毛が、これまたそそられる。
あぁ、このまま、二人きりの時間を過ごしたい。
「じゃあ、行ってくるね。凰士も早く行った方がいいよ。吹雪達がのぼせる前に。」
「一緒に行こう。」
「うん。」
女四人に男一人、ヘンな組み合わせで、一階にある大浴場に向かう。男、女と書かれた暖簾の前で別れ、脱衣所に入ると、吹雪達三人組が待ち受けていた。
「待っていたぞ。」
「先に入っているかと思った。」
「いつ来るかわからないヤツを湯船で待っていたら、茹で上がってしまう。」
すっかり三人は和んでいる。昨夜、ろくろく話していた様子はなかったんだが…。
「で、昨夜、こっそり抜け出した凰士は、さぞや甘い夜を過ごしたんだろうな。」
「お疲れでしょう。朝風呂に入って、身体を休ませた方がいいよ。」
「腰が痛いだろう。」
三人が好き勝手な事を口にしているが、それを無視して、浴衣を脱ぎ出した。
「で、上手くいったんだろう?」
吹雪がパンツだけの姿で身体を乗り出す。
「お蔭様で。二人きりの時間を楽しませてもらったよ。」
このくらいの情報提供はいいだろう。
「それはよかった。」
「だろうな。隣の部屋まで白雪さんの色っぽい声が聞こえていたからな。」
「えっ?」
交互に三人に視線を向けると、何を驚くんだという顔。
「美王さんの部屋で飲み直しを六人でしていたんだよ。っていっても、隣が煩いから、そっちかばりが気になって、ろくろく酔えなかったけど。」
コイツ等は、邪魔だけじゃなく、聞き耳まで立てるのか?悪趣味だ。
「気持ちの悪い夜だったよ。聞こえるのが、実の姉の白雪の声。あぁ、思い出すだけでも鳥肌が立つ。」
「えぇ、超色っぽかったじゃん。俺、今日、白雪さんの顔をまともに見られる自信ないよ。羨ましいな、凰士が。」
あぁ、頭が痛い。きっと、今頃、白雪もこんな気分を味わっているんだろうな。
最初は甘々だったのに、やっぱり邪魔者。可哀想な二人?