7.凰士
吹雪が暴走します。ご注意ください。
どうして、邪魔者ばかり入るのだろう?いつになったら、白雪と朝を迎えられるのだろう?もしかして、このまま邪魔ばかりされ、一生ムリなのかもしれない。美姫はしつこいし、美王まで白雪を狙っているし。あぁ、俺達って可哀想。
と、今の状況を嘆いても仕方がないので、俺は良き相談相手、吹雪に話を持ち掛ける事にした。丁度、白雪も友達を会うという事だし、許されるよね?
「よう、凰士。相談って、何だ?」
仕事帰りの吹雪は俺の部屋に回ってくれる。俺は簡単に夕食を買い込み、時間通りに到着した吹雪を招き入れた。
「まぁ、夕食を用意してあります。どうぞどうぞ。」
「さすが気が利く凰士だな。」
ネクタイを緩めながら歩く吹雪の後を追い、リビングに弁当を並べた。
「食べながら話そう。いただきます。」
「いただきます。」
コンビニの海苔弁当を広げ、スープ代わりにカップラーメン。野菜不足にならないように、野菜ジュース。あぁ、素晴らしくない食事。白雪の手料理が食べたい…。
「で、白雪の事だろう?上手くやったのか?」
「いや、邪魔者が入って、未だに……。」
「邪魔者?俺じゃないぞ。」
自分でも邪魔した意識があるらしい。でも、今回に限っては関係ない。
「わかっているよ。」
「で、その邪魔者はこれからも出没しそうなのか?」
「残念ながら。」
「じゃあ、作戦変更の余地がありそうだな。」
「その相談を。頼りにしています、吹雪様。」
「宜しい。」
満足そうに頷き、野菜ジュースを一気飲み。
「まずは、完全に二人きりになれる場所を確保する事だな。邪魔者が来ない場所。あぁ、でも、そこには凰士が連れ込む勇気がないだろうな。それも初めてじゃなぁ。」
吹雪の考えはわかった。でも、そこはちょっと遠慮したい。
顎に手を当て、天井を見上げたまま考え込む。
「旅行なんて、どうだ?」
「旅行?」
「二人きりで温泉とか。」
「さすが吹雪。」
「夕食の後、卓球をして、ラムネを一気飲み。その後、麻雀。負けたら一枚ずつ脱いでいくなんて、最高だよな。あっと。」
おかしなことを言い出した自分に気付いた吹雪が咳払い。真面目な顔に戻り、言葉が続く。
「風呂上がりの浴衣姿、ちょっと胸元が覗いていて、乾ききっていない髪をアップにして、後れ毛から滴る雫。帯を持って、『あれぇ』とか言わせながら、くるくると。『良いではないか』『それだけはご勘弁を』とか言っちゃって、盛り上がったりして。」
あぁ、ちょっとだけ頭痛が。それは時代劇の見過ぎではないだろうか?でも、楽しそうだとわくわくする俺も…。
「その上、家族風呂かとあって、二人きりでいちゃいちゃ入るのもいいし、混浴とかだったりしたら他の女性も。むふふ。それで乳白色のお湯の中で、彼女に悪戯しちゃって、声を押し殺しながら、俺を睨み付けて。でも、それを良い事に調子に乗って……。」
誰か、この調子に乗り切ってしまった妄想を止めてくれ。これ以上は放送禁止用語に突入してしまうのだはないだろうか?
「こほん。」
明らかに妄想の世界に入っていた自分を反省する咳払い一つ。
「まぁ、そのヘンは良いとしても。今週末に行ける近い場所でいいじゃないか?ホテルだけでも取っておけよ。もちろん、一部屋だけだぞ。それで何処かで宿泊券を貰ったと言えばいい。そうだなぁ、大上さんに口裏を合わせてもらえ。そうすれば、全てが上手くいく。もちろん、大上さんには口止めしておくんだぞ。」
「さすが、吹雪だ。」
「まぁな。」
「本当にありがとう。良き親友よ。」
「あぁ、感謝してくれ。で、今度俺にも奢ってくれよ。こんなコンビニ弁当ではなく、美味しい物を。」
「わかりました。後日、御馳走させていただきます。」
「間違ってもヘマするなよ。」
吹雪がにかっと笑い、俺も笑い返した。お互い、悪巧みした笑顔だろう。
これでやっと白雪と二人きりの甘い夜計画が現実になる。むふふ。
その夜の中にホテルの手配を済ませた。近場の温泉。残念ながら家族風呂、混浴はなしだ。
「おはよう。」
「おはよう。」
朝一番に白雪の顔を見られるとは縁起が良い。あぁ、今日も綺麗だ。
「あのさ、白雪。」
「うん?」
周りに邪魔者になり得る人物はいない。今が絶好のチャンスだ。
「温泉に行かないか?」
「温泉?」
「ホテルの宿泊券を貰ったんだよ。それも今週の土日。」
「いいわね、行く。」
「決まりだね?」
「二人だけ?」
白雪が上目遣いで俺を見つめる。なんて可愛いのだろう。すぐにでも抱き締めたい。
「ペア宿泊券なんだ。嫌だ?」
「そんなはずないじゃない。ゆっくり骨休めして来よう。」
「うん。」
ホテルの予約券を見つめ、白雪が微笑む。
楽しみなのは俺だけじゃないんだよな。白雪と初めての夜は目の前。あぁ、ドキドキしてしまう。でも、頑張ろう。
なんて浮かれた気分のまま、仕事終了。旅行の話をしようと食事に誘い、いつものように話題が切れない俺達は、俺の部屋に雪崩れ込んだ。
「あぁ、喉渇いた。あのラーメン、しょっぱかったよね。烏龍茶、飲まない?」
「飲む。」
スーツのジャケットを脱ぎ、ブラウス姿の白雪。冷蔵庫を覗き込むと、白い下着が透けて見えて、凄く色っぽい。
「三十分並ぶ覚悟をしないといけない店なのよ。それなのに、こんな味?」
「今日は空いていたんだ?」
「うん。平日の夜だからかな?でも、この味じゃリピーターはつかないよね。」
「確かに。あまり美味しくなかったよね。」
烏龍茶を入れたグラスを二つ持ち、俺の隣に腰掛けた。
「ありがとう。」
受け取り、笑みを浮かべながら白雪に視線を向ける。烏龍茶が喉を通っていくのを横目で眺めながら、俺も烏龍茶を口にする。
「美味しい。」
空のグラスをテーブルに置き、白雪の肩をそっと抱き寄せた。照れ臭そうに笑みを零し、俺の胸の頬を寄せてくれる。
「白雪。」
頬を両手で包み込み、顔を近付ける。静かに瞳を閉じ、受け入れ準備は完了の合図。こんな表情、ずっと見ていたいけど、唇に早く触れたい欲望の方が勝った。
「ピンポーン。」
邪魔者が登場。せっかくの雰囲気が壊されたぁ。あと数ミリだったのにぃ。
「凰士、お客様。」
頬を赤らめ、それで余裕があるところを見せたいのだろう。白雪は、俺の唇に指で触れ、微笑みを作り出した。
「うん。」
居留守を使っても、きっとこの邪魔者は引き下がるはずがない。でも、週末には二人きりで旅行だ。もう少しの我慢なんだ。自分を自分自身で励まし、立ち上がる。
「はぁい。」
インターフォンを覗き込むと道路の姿。
「何だぁ。道路だったのか。」
美姫と美王とばかり思っていた俺は、気の抜けた声を出してしまった。
「白雪さんだと思っていたのか?それは残念でした。」
「白雪ならいるよ。で、どうした?」
「それなら丁度いいや。ちょっと相談があるんだけど、上がってもいいかな?」
「どうぞ。」
俺達の会話を聞いていたせいだろうか?白雪は道路の登場に驚いていない。
「こんばんは、道路くん。」
「お邪魔します。」
にっくり笑いかける白雪に、お行儀良く挨拶を返す道路。そんな道路にコーヒーが差し出された。さすが、白雪だ。
「小耳に挟んだんだけど、相談って?」
白雪の横に腰掛けた俺、前には出されたコーヒーを啜る道路。カップをテーブルに置き、深呼吸。
「あの、俺、最近、沙菜恵さんとデートというか、食事に行ったり、遊びに行ったりしているんです。」
「沙菜恵から聞いているわよ。」
「それで、あの、沙菜恵さんと付き合いたいと思います。それで、その、あの。」
しどろもどろになっている。
「沙菜恵さんはあれから恋人とか好きな人とかいるって、何か聞いていませんか?」
「好きな人がいるらしい事は言っていたわね。」
「あぁ、そうなんだ。」
確かに言っていたが、素直に答えてもいいのだろうか?それに、その相手を明らかに誤解したよね?
「何でそこでがっかりするの?」
「へっ?」
道路が口を半開きのまま、白雪に視線を向ける。
「だって、好きな人がいるんですよね?それじゃ、俺の出番はないじゃないですか。」
「あぁ、そう。じゃあ、さっさと諦めてください。その方がお互いのためだわ。」
「えっ?」
白雪らしい言葉だ。俺も片想いの頃、不安になり愚痴るとこんな風に言われたなぁ。ただ、初めて言われた時には面食らった。でも、白雪の優しさを今はわかる。
「そんな簡単に諦められるなら、最初から好きにならない方がいいわ。沙菜恵は私の大切な友達なの。」
「簡単に諦められるはずないじゃないですか。俺、本気で沙菜恵さんが好きなんです。」
「じゃあ、告白したら?」
「白雪さん?」
「私は好きな人がいるって言っただけよ。相手がどんな人で誰かなんて、一言も言っていないよね?それにね、本気じゃない人には告白もして欲しくない。。だって、沙菜恵が揺れるのがわかるでしょう。もうあんな想いをして欲しくないの。わかるよね?」
「もちろんです。」
道路が大きく頷く。
「で、どんな風に告白するつもり?」
白雪がおどけた表情で道路に視線を向ける。
「俺も聞きたいな。」
道路が照れ笑いを零し、頭に触れる。
「あっ、いや、あの。ドライブに誘って、夜景を見ながら、なんて考えているんですけど。どう思います?白雪さん。」
「素敵だと思うわ。」
「あぁ、良かった。」
道路が心底安心したように息を吐き出した。
「で、何て言うの?」
俺の質問に硬直する道路。面白い。
「回りくどい言い方はしないよ。ストレートに言うだけだよ。」
「だから、何て?」
俺も性格悪いかな?横でにやけているって事は、白雪も同じだ。
「俺と付き合ってくださいって。それだけで充分だろう。」
や下野理に言葉を吐き出し、目の前のコーヒーを飲み干す。その後、ぷはぁとオヤジ臭い声を上げ、カップをテーブルに置いた。
「あっ、そう言えば、白雪さんと凰士はどっちから告白して、付き合うようになったんだ?まぁ、凰士の片想い期間を考えると、白雪さんだと思うけど。」
「さ、最初に告白したのは、お、凰士よ。」
白雪が耳まで赤く染め、動揺した声を出す。その横で俺も同じような顔色だろう。
「それはわかりますよ。だって、想いを胸で温め続けるなんて可愛い事を凰士がしているはずがない。だって、周りにさえ白雪さんの素晴らしさを熱く語っていましたから。まぁ、その隣で、吹雪は苦笑してましたけど。」
「目に浮かぶようだわ。」
白雪が素晴らしいのは事実だから仕方ないじゃないか。それを自慢したのは、なるべく多くの人に理解して欲しいからだ。それをどうして吹雪が苦笑するのかわからない。
「で、白雪さん。何て言って、凰士と付き合うきっかけを作ったんですか?」
遠くに視線を向けたまま、呑気にコーヒーを啜る白雪。
「それは内緒よ。トップシークレットなの。」
トップシークレット?目撃者ならぬ耳撃者なら三人ばかりいるが…。
「ねっ、凰士。」
俺の心を読んだんだろうか?そう思うタイミングで俺に振ってくる。
「そう。二人だけの秘密。」
「ふぅん。」
まだ話の続きを求めていたのだろうが、ムリだと諦めたような返事。
「まぁ、いいや。後で吹雪か沙菜恵さんに聞こう。きっと二人なら知っているはずだ。こんな面白い事を知らないはずがない。」
鋭いところをつくモノだ。
「さて、俺はそろそろ帰ります。お二人の時間を邪魔して、すみません。」
「気を付けてね。」
「おやすみ。」
道路を見送り、やっと二人きり。
「さて、私も帰るね。」
「えぇ、帰っちゃうの?」
「旅行の準備をするの。着替えとか、ね。」
「じゃあ、仕方がないね。送っていくよ。」
「ありがとう。」
あぁ、白雪の笑顔、最高。俺、もっと、白雪の事、好きになってしまうかも。
吹雪の妄想は書いていて、楽しかった。主役の二人より脇役の方が、いじりやすくて楽しい。