4.白雪
今回、長いかもしれません。いえ、長いです。ご注意ください。
結局、翌日まで沙菜恵と道路くんと四人で過ごした。
朝、私だけが二日酔いになり、あの不味い薬を飲み干し、どうにか浮上。
その後、沙菜恵の引っ越しの手伝い。荷物は沙菜恵の衣服類だけだったが、意外に手間取り、夕方まで。沙菜恵は実家に逆戻り。御両親はそれほど驚かず、満面の笑顔で『おかえり』とだけ言っていた。これもどうかと思うが、今はいいとしよう。
そして、引っ越しの手伝いまでしてくれた道路くんにお礼だと四人で食事に行き、疲れ果てた私達はその場で別れた。
あぁ、凰士と甘い夜を過ごすはずの金曜日はこうして終わってしまった。せっかくの色仕掛け作戦は、こうして終わってしまったのだ。まぁ、仕方がないけどね。
「おはよう。」
日曜日の朝、凰士が迎えに来てくれて、デート。やっと二人きりの時間。
「おはよう。」
玄関先まで出てきた吹雪が何か言いたそうな顔で、凰士の顔を見ている。
「あっ、吹雪。おはよう。」
「頑張っているか?」
吹雪が片手を挙げ、凰士に物申す。何を頑張るんだろうと首を捻る私。
「えっ、いや、その。」
凰士のこの慌てよう、何だろう?
「これから頑張ります。」
「ドジるなよ。」
「はい。」
吹雪はにやけているし、凰士は耳まで赤く染めているし、訳がわからない。
「ヘンな二人。」
「行ってらっしゃい。」
不備気が追い出すように私の背中を押し、手を振っている。
「行ってきます。」
首を捻りながらも車に乗り込む。凰士が困ったような笑いを張り付けたまま、車を発進させた。サイドミラーに吹雪が意味深な笑みのまま、手を振っているのが映っている。
「ねえ、凰士。」
「うん?」
「何を頑張るの?」
「えっ、あっ、いや。」
慌てる凰士。あやしい、何を企んでいる?
「何でもないよ。ほら、これからデートだから頑張れと。」
「デートだからって何を頑張るの?あっ。」
自分が凄い事を聞いているのかもしれないと気付くと、一気に耳まで赤く染まる。
「あっ、ごめん。」
「いや。」
バカだと思う。二人揃って、赤くなっている姿。まるで高校生のようだ。
「で、白雪は何を納得したのかな?どうして、謝ったのかな?」
凰士が人の悪い笑みを零し、横目で私を見る。切り替わりの早いヤツ。いや、こんな悪い笑みを浮かべるような子じゃなかったのに、どうして、こんなに汚れてしまったの?吹雪の悪い影響だな。あとでこらしめてやろうか。
「じゃあ、凰士は何を慌てていたの?」
こんな悪い子になった凰士には反撃してやる。絶対に私の方が上手だ。
「き、今日はどうする?DVD鑑賞会する?それとも何処かに出掛ける?」
凰士が焦りを一瞬で隠し、平然を装う。あぁ、そう。お互い、痛くもないお腹を弄られるのは嫌だから、私もその話題転換に乗ろう。
「じゃあ、何処かに行ってから、夕方からDVD鑑賞会ね。で、夕食はピザ。」
「了解。で、何処に行く?」
「そうねぇ。ジェットコースターで思い切り叫びたい。あと、お化け屋敷で泣きたい。つまり、遊園地でストレス発散。」
「お化け屋敷で泣きたいって……。」
おかしいのかな?お化け屋敷って、怖くて泣くよね?それって、すっきりしない?お化け屋敷で泣いても周りはヘンに思わないし、ストレス発散にはもってこいだと思うんだけど…。
「この前に、お昼。オムライスがいいな。あっ、でも、お好み焼きも捨て難い。」
「はい、はい。お嬢様の言う通りに。ちなみに俺はオムライスがいいな。」
子供みたいな笑みを零す凰士。可愛いとちょっとだけ思ってしまう私。
こういうのが、幸せなのかな?
二人で子供に交じって、遊園地でストレス発散して、凰士の部屋に辿り着いたのが、午後五時。すぐにピザを注文。六時過ぎになってしまうとの事。私達はレンタルしてきたDVDを見始めた。
「やっぱり映画館で見ればよかった。」
「確かに迫力が違うからね。」
「悩まなければよかった。」
「白雪がケチったんだろう。すぐにDVDが出来るのに映画館ってもったいないよね、なんて言いながら。」
「煩い。だから、こうして反省しているでしょう。」
「はい、はい。」
六時五分過ぎにチャイムが鳴る。
「来た。」
「みたいだな。」
凰士が玄関まで行き、ピザを受け取る。他にもハッシュポテトとサラダを注文。もちろん飲み物はコーラ。ちょっと控えめにノンカロリーのだけど。
「さっそく夕食にしましょう。」
「うん。」
ペットボトルのまま、コーラで乾杯。ピザを食べながら、DVDの続きを見る。ながら食べは、自分がどれだけ食べたのは、把握不能。ヤバイくらい食べちゃったかも。
「御馳走様でした。映画も面白かったし、ピザも美味しかった。片付けて、デザートにしようか。」
「賛成。」
空っぽになったお皿をキッチンに運ぶのは凰士の役目。私は洗い物に精を出す。
「コーヒーでいいよね?」
「うん。」
ここに来る前に買ってきたケーキとほろ苦いコーヒー。最高のデザート。テレビには、あまり面白くない特集番組。
「もう一本借りてくればよかったかな?」
「うん、今日はテレビ面白くないね。」
二人でソファーの背凭れに寄りかかりながら、大きく伸びをする。
もし、ここで凰士に抱き着いちゃったりしたら、どうするのかな?今夜、一緒にいたいって言ったら、動揺するかな?まさか、拒否らないよね?なんて考えていたら、私の肩に凰士の手が。
「白雪。」
真っ直ぐに私に視線を向け、少しだけ微笑む。
もしかして、これって、そうだよね?緊張が身体を駆け抜けるけど平然を装い、凰士を見つめ返した。
肩の手に力が篭り、私の身体を寄せる。ゆっくりと唇が重なり、蕩けるような感覚が身体を支配する。
あぁ、凰士のキス、気持ち良い。私、これ以上を耐えられるかな?でも、期待していいよね?
「愛してるよ。」
離れた唇が耳元で囁く。
あぁ、そこに息を吹きかけられたら、腰砕けになっちゃうよ。
「私も。」
掠れた声が零れ落ちた。恥ずかしい。きっと耳まで真っ赤だ。
「私も、の続きは?」
凰士が意地悪な瞳で私を覗き込む。
「えっ?」
「白雪の口から聞かせて。」
「……好き。」
ダメだぁ。顔から炎出るかも。
「あぁ、可哀想な俺。俺はこんなにも白雪を愛しているのに、白雪は好き。つまりはラヴとライクの差か。」
「違うってば。」
「じゃあ、言って。」
本当に意地悪なヤツだ。どうして、平然と愛してるなんて言えるんだろう?凰士って人種は?
「愛してる。」
やっと声にすると、満面の笑顔。こういう瞬間、好きだなって感じる。
「白雪、俺、もう我慢の限界かも。良い?」
こんな風に許しを請うって、凰士らしいのかな?愛されている証拠かも。
「良いよ。」
凰士首に腕を回し、抱き着く。恥ずかしくて顔を合わせ辛いから、丁度いい。
「可愛い、白雪。」
そう言ってった途端、私の身体が宙に浮く。お姫様抱っこだ。
「ちょ、ちょっと。重いから下してよ。」
「重くないよ。」
そう微笑みながら、ベッドに静かに私を下す。私の上に乗りかかり、真っ直ぐ上から私の顔を見つめている。
「やっぱり、白雪だけを愛しているよ。」
「私も、愛してるよ。」
照れ臭いけど、素直に言葉に出来る。
見つめ合い、そっと口付け。一度離れた唇が再び重なる。
「っ。」
声にならない吐息が喉の奥から零れた。
凰士の手が、服の上から私の胸を触っている。心臓が大きな鼓動を立てた。
ヤバイ、初めての時みたいに緊張しているかも。
「TRRRR、TRRRR。」
凰士の背中越しに固定電話の音。
「凰士、電話。」
「留守電にしてある。」
短く答えると、私の言葉を封じるように、唇を合わせた。
呼び出し音が途切れ、留守電に繋がったらしい。
「凰士、いるんでしょう。何、居留守使っているの?今、下にいるのよ。電気が点いているのはバレバレ。すぐに電話に出なさい。」
「おいおい。」
電話口から男女の声。凰士と私は動きを止め、息を潜めた。
「今から行くから、寝ているようならすぐに起きる事。出なければ、倒れているモノとみなし、大上さんに連絡後、合鍵で開けます。」
「凰士?」
電話に視線を向けていた凰士に声を掛ける。
まったく、せっかくのところを邪魔するヤツは誰よ。女性だったわね。それも大上さん、凰士の家の執事を知っているって、余程親しい人よね。一体、誰?
「ごめん、白雪。」
「だ、れ?」
震えた声が零れ落ちてしまった。
「俺の従兄妹。」
「従兄妹?」
「続きは後で。」
「あっ、うん。」
二人で身体を起こし、乱れかけた服や髪を直す。どう考えても間抜けな姿だ。
それにして、どうして、従兄妹が押しかけてくるわけ?それに名乗ってもいないのに、すぐわかるって親し過ぎるんじゃない?
「ピンポーン。」
頭の整理も出来てないのに、来客は到着の模様。
凰士は玄関まで歩いていく。私も仕方がないので、ソファーに座る。
そう、この時、帰る事を即時に思いつけば、面倒事は減ったかもしれないのに。その時の私は知らなかったんだ。後悔先ただずってこの事?
「どうしたんだよ、急に。」
玄関を開ける音の後、不満そうな凰士の声。
「近くに来たから寄ってみただけ。悪い?」
上から目線の偉そうな女性の声。まだ若そうだけど。
「ごめん、凰士。どうしてもって、聞かなくて。突然、悪かったな。」
その後、本当に申し訳なさそうな男性の声。
「今、来客中。」
「もしかして、ガールフレンド?まさかね。凰士に限って。」
彼女の声って、若さを前面に押し出した感じで、やけに耳障り。そう思ってしまう私って、性格悪いのかな?
「ガールフレンドじゃないよ。恋人。」
「こ、恋人?」
裏返った彼女の声の後、こちらに苛立った足音が近付いてくる。
「ちょ、ちょっと。」
その後を追う、二つの足音。私は立ち上がり、向かい入れる準備を整えた。さりげない微笑と軽い会釈、挨拶。
「嘘……。」
私の姿を確認すると、彼女が呆然と呟いた。
「こんばんは。」
「あっ、こんばんは。」
彼女は凰士の顔を見上げ、返事をくれる様子はない。後から来た男性が頭を下げた。
「白雪、紹介するよ。俺の従兄妹の禿山美王と禿山美姫。美王は白雪と同じ歳、美姫は俺より三つ下。美王、美姫、こちらは俺の最愛の恋人、姫野白雪。一緒に働いているんだ。」
私を紹介する時、嬉しそうに微笑み、肩を抱き寄せた。その瞬間、彼女の視線が痛いほど突き刺さる。
「憶えていてくれると嬉しいのだけど。」
美王さんがにっこりと微笑む。
「あっ、もしかして。」
「そう、運送のお兄さん、通称オウくんです。白雪ちゃん。」
凰士が入社する前まで、よく来ていた配達のオウくんが、美王さん。新作を届けに来て、時々話したことがある。
「美しい王と書いて、美王なんで、、オウくんと呼ばれてします。以後、よろしく。」
「こちらこそ。知らなかったわ。」
「でしょう。」
美王さんは親しい笑みを向けてくれる。のにも関わらず、美姫ちゃんは鋭い視線で睨み付けるだけ。
「オバさんじゃない。」
強くはっきりした声で、私を睨みながら口を開いた。
「おい、美姫。それって、俺もオジさんという事だろう。」
「美王はいいの。イケメンだから。でも、彼女は特別綺麗でもないし、可愛いわけでもない。はっきり言うと、年齢に相応しくない、いえ、この時代に相応しくない容姿をしているのよ。まるで時代に取り残されたはぐや姫みたいな顔しちゃって。」
返す言葉もございません。その通りです。あぁ、鋭いところを突く子だわ。
「美姫、謝れよ。」
やっぱりと言うべきだろうな。凰士の怒りに火が点いちゃった。爆発まで数秒前?あぁ、どうして、急に修羅場になるんだろう?
「どうして、謝らなくちゃいけないの?本当の事を言っただけよ。」
普段ぽわぽわしている凰士からこんな低くて威圧的な声が出ているのに、平然としている彼女は大物だ。
「帰れ。もう二度と顔を見せるな。」
怒鳴って、これ以上の言葉を飲み込んでいる。従兄妹なので遠慮気味みたい。
「嫌よ。凰士、目を覚ましたら?この女に騙されているのよ。本当に何処がいいわけ?白馬の財産が狙いなのよ。この女に何を言われたか、どんな風に言い寄られたか知らないけど、凰士らしくもない。」
本物の大物だ。よくここまで言い切れたモノだ。
自分の事をある事ない事言われているのにも関わらず、呑気な私だよね。
「違う。白雪はそんな女性じゃない。俺から言い寄って、片想いして、やっと恋人に漕ぎ着けたんだ。こんなに素晴らしい女性は他にいない。」
「こんな女の何処が良いのよ。」
彼女の声も荒くなる。
「全てだよ。何も知らないくせに、偉そうな口を聞くな。」
怒りを抑え切れていない口調の凰士。
「まぁまぁ、凰士も美姫も抑えて。確かに美姫が悪いな。凰士と彼女に謝りなさい。彼女は、白馬の財産を狙うような女性じゃない。凰士自身と付き合っているんだよ。」
美王さんが穏やかに二人の間に割って入る。
「美王さまで凰士の味方?あの女の正体を見破れないの?騙されているのがわからないの?ああ、こんな女の何処に人を騙せる能力があるのか、不思議。」
彼女が目からビームが出せるほどの視線を私に向ける。
泣きたくなってきた。きっといつか、こんな風に誰かに責められるのはわかっていた。
だって、どう考えても不釣り合いな私は、そう罵られるべき存在。実際にはそんな事を考えていなくても、そう捉えられても仕方がない。やっぱり、違うんだよ。
「いい加減にしろよ。」
凰士が懸命に私を弁護しても、きっと彼女にはわからないだろう。
私なんかが、凰士に似合う存在のはずがないのは事実だから。
「俺は彼女を愛してる。彼女も俺を愛してくれている。俺自身を愛してくれているんだよ。白馬の財産は何も関係ない。そんなモノで人を判断する女性じゃない。十二年だ、十二年も一緒にいるんだ。ずっと彼女を見てきた。これからも見つめ続ける。俺は、彼女さえいればいいんだよ。」
胸が痛くなるほど真っ直ぐな言葉。
私も同じように想っている。でも、世間はそんな風には見てくれない。
「まぁ、百歩譲って、凰士がこの女を好きでもいいわ。でも、本当にこの女は凰士を好きなの?愛していると言い切れるの?ほんのちょっとでも白馬の財産に興味がないと言い切れるの?身分違いって言葉、知っている?白馬家の跡取り息子に相応しい女性だと思っている訳?どう考えても合うはずないの。わkるでしょう?」
三人の視線が私に向けられる。さっきとは違う緊張が身体中を駆け巡る。そっと息を吐き出し、凰士に視線を向けた。
ここで負けたら、凰士を失ってしまうかもしれない。この幸せな楽しい時間を取り戻せないかもしれない。
「私、凰士を愛しています。凰士の背後にある財産とかは関係ない。ずっと、そんな風に言われるのが嫌で、凰士の事、拒否してきた。でも、やっぱり凰士が好き。ずっと一緒にいたいと願うようになってしまった。」
堪えていたはずなのに、涙が零れ落ちる。格好悪くて仕方ないけど、ずっと押さえ付けてきた気持ちが溢れて止まらない。
「白雪……。」
凰士が少しだけ微笑み、私を胸に抱き寄せてくれる。
このぬくもりに包まれる事が出来るなら、他には何もいらない。そんな事を思ってしまう私って、重症だよね?私らしくないよね?
「美姫、わかっただろう。」
美王さんが静かに訊ねた。
「ごめん、なさい。」
彼女は掠れる声で答える。
「でも、私、凰士の事が好きなの。だから、貴女が邪魔。絶対に別れさせてやるから。」
彼女って、肝が据わっているというか、しぶといのね。さすが凰士の血縁者。
「いつまでそうしているのよっ。さっさと離れなさい。美王、飲みましょう。買ってきた物を広げて。そこの貴女、いい加減泣き止んで、グラスの用意をして。仕方がないから、貴女の分も。四つね。」
この子は、ここにいる誰よりも大物だ。そう、思えるのは私だけだろうか?
「改めて、自己紹介しましょう。私は禿山美姫。美しい姫と書いて、ミキよ。姫野白雪だったわね。今から白雪と呼ぶわ。私の事も美姫でいいわ。別に貴女と、白雪と友達になるわけじゃないの。ライバルなのよ。だから、ヘンにちゃん付けとかで呼ばれるのが嫌だから言っているだけよ。覚悟しなさい。凰士は私を選ぶから。」
「負けないわ。」
美姫は正々堂々ライバル宣言をした。きっと彼女は真正面からぶつかってくるだろう。裏工作はしても、あんな怖い目に遭う事はないだろう。最初の頃の美人みたいには、ね。
「女って怖いよな。」
美王さんが口の中で転がすように呟くが、地獄耳らしい美姫には聞こえていた。睨み付けられ、苦笑を乗せた顔のまま、肩を竦めた。
「美姫、言っておくけど。」
凰士が美姫に視線を向け、はっきりと言葉を吐き出す。
「俺、白雪と別れるつもりは全然ないから。」
「そう言い切ってくれる方が、やり甲斐があって、ワクワクするわ。」
また面倒な人に目を付けられたモノだ。さすが、凰士としか言いようがない。
「で、凰士は十二年も前に、白雪で何処で出会ったわけ?どう考えても学校じゃないわよね?敵の事を知っておかないと、責めるのに不都合が出るから聞くだけよ。」
「白雪の弟が親友なんだ。それで、自宅に遊びに行かせてもらった時に、白雪に一目惚れ。猛アタックの末、付き合うようになったわけ。今は一緒に働いているんだよ。」
「ふぅん。」
本当につまらなそうに返事をする。
「ねぇ、おじ様とおば様は知っているの?」
「もちろん。白雪の事は気に入ってくれているよ。あっ、大上さんもおくさんも俺達の味方だから。」
「ちっ。」
舌打ちをして、可愛い顔を歪める。
よく見ると、美しい姫、美姫という名前がぴったりな顔立ちだ。それに、美しい王と白馬のおうじ様。あぁ、この家系は凄い名前ばかりね。あっ、私も凄い名前なのかしら?
「白雪ちゃん。」
美姫の隣、私の前に座った美王さんに声を掛けられ、視線を向けた。
「部長補佐さん、元気?」
「あぁ、はい。元気です。美王さんが来なくなってしばらくして、部長に昇格したんですよ。ますます痩せちゃって。」
「じゃあ、幽霊から骸骨に?」
「惜しいですね。骸骨というよりゾンビと呼ばれています。もちろん目の前では言えませんけどね。」
「ゾンビね。話が長くて、いつも掴まっちゃって、ひどい目に遭ったけど、懐かしいね。」
「今は、朝礼の時、念仏のように同じ話を繰り返していますよ。」
「ゾンビが念仏?それって、自分が成仏するため?あっ、でも、ゾンビって魂があるんだろうか?じゃあ、幽霊なのかな?」
真剣に悩む美王さん。でも、笑えるのって、私だけじゃないよね?
「美王でいいよ。俺も白雪って呼んでも構わないかな?あっ、それは凰士に断った方がいいかな?」
私の隣に座っている凰士が、美姫との会話を中断させ、こちらに視線を向ける。
「ご自由に。その代り、どんなに綺麗で性格が良いからって、白雪に手を出すなよ。俺の、俺だけの白雪なんだからね。」
「はい、はい。」
投げ遣りな返事をする美王。美姫が不機嫌そうに、グラスのウイスキーを飲み干した。
「それより早く帰れよ。未成年がこんな時間までうろうろしていいのか?」
「残念でした。二十歳になりました。」
「あぁ、そうですか。明日、学校なんだろう。さっさと帰れ。美王も美姫をちゃんと保護して、帰るように勧めろ。」
「凰士ってば、いつまでも私を子ども扱いすれば気が済むわけ?もう二十歳なの。充分大人なのよ。証拠を見せようか?脱いだら、白雪より綺麗な大人の女性だと納得するわよ。」
「見たくない。」
「ひっどぉいぃ。美王も何か言ってよ。こんなに酷い事を言われているんだよ。」
「言いたいのはやまやまだが、残念ながらそれを確認した事がないから、ムリだ。まして、二人を比較するのは不可能だから。」
「あぁ、そうですか。」
美姫が不機嫌そうにウイスキーを飲み干し、私を睨み付ける。
「どうして、凰士も美王も貴女の味方をするの?白雪って、そんな魅力あるの?」
「特別何もないと思うわよ。ただ、美王は仕事を通して、少しは私を知っているから、平等に判断してくれているだけだよ。」
「あぁ、そう。常識的な答えね。」
ロックウイスキーを飲む美姫。氷が溶け出す前に飲み干してしまうので、ほとんどストレート。それを三杯立て続けなのに、何の変化もない。強いのかもしれない。私と凰士と美王は、烏龍茶を飲んでいるのに。
「もういいわ。凰士が帰れって煩いし、今日は帰ってあげるわ。でも、これで終わりじゃないから。覚悟しておいてね。美王、行くわよ。」
「はいはい。」
嵐のように美姫と美王が帰っていく。急に静まり返る部屋。
「ごめんな。」
嵐が散らかしていったテーブルの上を片付けながら、凰士が呟く。
「ううん。凰士は何も悪くないでしょう。」
「そうなんだけど、ね。」
凰士の苦笑が胸に刺さる感覚。ちょっとだけ胸が痛いよ。
「ただ、白雪に嫌な思いをさせたのは、俺が白馬の息子だから。父親が会社経営者だから。そうだろう?」
「それはそうかもしれない。でも、凰士には不可抗力でしょう。だって産まれたのが、白馬家なんだから。そうでしょう?」
「うん。」
「凰士は私を私自身を好きになってくれたんでしょう。それと同じ。私も凰士自身を好きになっただけ。それを凰士がわかってくれればいいの。それに、おじ様もおば様も、皆、わかってくれている。それだけで充分でしょう。だから、これからも他の人にそんな風に言われる事があったら、凰士が私を守ってくれればいいの。こう見えて、結構凰士の事、頼りにしているんだからね。」
「ありがとう、白雪。」
凰士が両手を伸ばし、私を包み込む。キスまで数センチ。そこで再び電話の音。絶対に邪魔する意思が見える。
「はい。」
電話に出ると、大きな美姫の声。
「もしもし、凰士。さっき言い忘れちゃったんだけど、凰士達も明日仕事なんだから、さっさと白雪に帰ってもらいなさいよ。お泊りなんて、淫らな考えは捨てなさい。」
「だから、美姫には関係ないだろう。」
「関係あるわ。さっきも言ったでしょう。私は凰士が好きなの。だから、他の女を抱くなんて許さないから。」
「煩い、じゃあな。」
「ちょっと、凰士。」
彼女の声を遮り、通話が切られる。
「ごめん、白雪。」
電話口の声が丸聞こえの私は照れ笑いを零すしかないじゃない。
「帰った方が良さそうね。」
「まだいいんじゃないか?」
「でも、明日、仕事だし…。」
「わかった、送っていくよ。」
「うん、ありがとう。」
凰士の車に乗り込み、自宅に向かう。
今日も邪魔者の登場、か。今回は手強そうな人ね。
お疲れ様です。読んでいただき、ありがとうございます。