1.凰士
白馬のおうじ様争奪戦から三か月後の二人です。凰士と白雪の二視点から描く予定です。
いつまでも居座り続けようとした夏は、知らない間に立ち去る準備を終え、短い秋が訪れる。空が高くなり、爽やかな風が吹き抜けていく。
隣を歩く恋人、姫野白雪に視線を向けると、ますます気持ちは爽やかになった。
「どうしたの?」
俺の顔を見上げ、微笑みを見せてくれる。この姿がますます可愛い。
「白雪に見惚れていた。」
「何を言っているのよ。」
照れ笑いを零す白雪。本当に食べちゃいたいくらい可愛い。
こんなに綺麗で可愛い白雪の恋人になるという名誉を与えられたのは、俺、白馬凰士だ。
まぁ、ここに辿り着くまでは並々ならぬ苦労があったんだ。十歳の時に、十三歳の白雪に一目惚れ。それからはアタックの日々。俺を知ってもらうために、毎日のように言葉を交わすように心掛け、白雪の有り難い助言を受け入れ自己開発に努めた。そして、十二年の片想いの末、やっと三か月前から恋人に昇格。
「今日、沙菜恵と美人と食事に行くの。確か、凰士も吹雪と遊ぶんだよね?」
「うん。残念だけど、今日はデート出来ないね。週末にゆっくりしようね。」
「仕事中もこうして顔を合わせているんだもん。仕事が終わってからは、別にいいんじゃない?あっ、週末はDVD鑑賞会ね。ほら、この間、見損なった映画。」
「うん。金曜日にレンタルに行こう。」
「約束ね。」
俺と白雪は同じ会社で働き、一緒に営業に回っている。
三年前に俺の父親が経営している会社に入社していた白雪。それを知らずに俺も入社、偶然にも同じ営業部に配属になった。
運命の神様が、俺達を少しでも長い時間一緒にいさせようとした結果だろう。あぁ、運命の神様に感謝。
「さて、これで今日のお客様周りは終わり。会社に戻って、書類を仕上げましょう。」
「はい。」
俺の運転する営業車の助手席に乗り込んだ白雪。あぁ、そんな仕草も美しい。本当にずっと見ていたい。
白雪はルックスが最高なだけじゃない。中身も最高なんだ。
強く生きようと努力を重ね、でも、時々見せる弱さ。それが凄く愛しい。
面倒見も良くて、本当にその人を思った助言してくれる。俺は何度もその言葉に救われ、自分を変えるきっかけにもなった。
頭も良いし、運動も出来る。
俺はこれ以上素晴らしい女性を見た事がないし、こんな女性と出会えた事に感謝している。
「凰士、ぼうっとしてないで、さっさと仕事する。約束に遅れたら、吹雪の機嫌を損ねるわよ。」
「うん。」
仕事もてきぱきとこなしていく。あぁ、この姿もなんて綺麗なんだろう。
「ただいま。」
俺達の甘い時間を邪魔する人物が登場してきた。一応、仕事中だから仕方がないけど。
白雪の横に座ったのが、鎌倉沙菜恵さん。白雪と同期入社で、白雪の親友とも呼べる女性。
もう一人、沙菜恵さんの前の席に座ったのが、森美人さん。色々遭ったが、白雪の尽力で、今は白雪の友人だ。
「駐車場で美人と一緒になったのよ。」
「二人とも残業しないために、手を抜いてきたんじゃないでしょうね?」
「まさか、ねぇ。」
「ねぇ。」
沙菜恵さんも美人さんも根っからの悪い人ではないが、白雪に比べると不真面目なところがある。
「あっ、凰士くん。今日、白雪を借りるわね。たまにはいいでしょう。」
「大丈夫、大丈夫。今日、凰士は吹雪とデートだから、ねっ。」
デートじゃない。
ちなみに吹雪とは、白雪の弟で、白雪との出会いに導いてくれた大切な親友だ。
「吹雪くんかぁ。最近、会ってないな。」
「えっ?美人、まさか?」
「違う、違う。」
「まぁ、吹雪を相手するはずないか。」
沙菜恵さんと美人さん、吹雪。この三人が揃うと、怖いモノ知らずになる。いや、実際になった。
その上をイク人物もいたが…。
「じゃあ、私が立候補しようかな?」
「えぇ、冗談でしょう?沙菜恵には同棲している彼氏がいるでしょう。それに、吹雪、恋人いるってよ。」
「残念。」
何処までが本気で何処までが冗談なのかわからない会話をする人達だ。あぁ、白雪がヘンな色に染まらなければいいが…。
そんな理由で仕事が終わると、俺達は別々の約束に向かった。
あぁ、白雪と離れるのはなんて淋しいのだろう。
白雪は大丈夫だろうか?あんなに魅力的な女性だから、他の男が目をつけたりしないだろうか?ナンパされたりしないだろうか?
もちろん、白雪の気持ちを疑っているのでも、軽い人だと思っているわけでもない。ただ、綺麗過ぎるルックスが心配の種なんだ。
こんな俺の心配を白雪は、『まさか』の一言で笑い飛ばす。わかっていないんだ。自分がどれだけ魅力的な女性なんだと。まぁ、そこも白雪の好いところだけど。
「凰士。」
待ち合わせの居酒屋前で、吹雪が大きく手を振っている。
俺も白雪の心配を隠し、笑みを作り出した。
「待った?」
「いいや、俺も来たばかり。」
「久しぶりだな、凰士。」
吹雪の横には、同級生で仲の良かった綾瀬道路が立っていた。
「本当に久しぶりだね。道路はどうしたの?」
「駅前でばったり会って、予定がないと言っていたから、誘ったんだ。」
「あぁ、そうなんだ。」
「さぁ、積もる話もあるし、いざ出陣。」
店内に入ると、たくさんの人で賑わっている。俺達も四人掛けの席に案内され、注文を済ませた。生中三つと焼き鳥、サイコロステーキに刺身、揚げ出し豆腐と肉じゃが。大体、いつも注文する料理だ。
「吹雪、あの後、あの子とは?」
「別れたよ。別に好きな男が出来たとかで、振られた。あぁ、可哀想な俺。」
「でも、もう新しい子と付き合っているんだよ。」
「へぇ、いいな。俺も彼女が欲しい。」
「いないの?」
道路は外国人に間違われる。彫が深く、濃いとよく言われている。
「いる。」
「何だよ、それ。」
三人同時に笑い出すと、店員がビールを持ってきてくれた。小さく乾杯して、口にする。いつも思うが、何に乾杯するのかはよくわからない。
「で、凰士は?ずっと片想いしていた人と進展あった?確か、吹雪の姉さん。」
「付き合い出して、三か月。」
「へぇ、よかったな。」
「俺も凰士のために裏工作を重ねたよ。何度も命の危機を感じながらね。」
「何だよ、命の危機って?」
「いや、怖いんだよ、俺の姉上様は。」
「ほぉ。」
「白雪は怖くないよ。とっても凄く可愛くて、綺麗な女性なんだ。」
吹雪は誤解していると思う。こんなに優しく女神様のような白雪が怖いなんて。
「あぁ、まだベタ惚れ?」
「そうそう。凰士と姉上様は一緒に働いているんだけど、あっ、これは偶然ね。仕事中に顔を突き合わせているのに、飽きないのかね?本当に関心させられるよ。」
「熱いね。あぁ、熱い。」
道路が左手で顔を仰ぎながら、右手でビールを飲み干す。
「三か月って、丁度ラブラブの時期じゃないか?程よく慣れ親しみ、新鮮さも失われてなくて。でも、同時に女の我儘が増える時期。」
「そうそう。毎日会いたいとか、電話に出なかったけど何処にいたのかとか。煩くて仕方がなくなる時期。それを過ぎれば、そういうのも下火になるんだけど。」
「そうなんだよなぁ。」
煩くて仕方がない?いいや、白雪ともっと一緒にいたいと願うのは俺の方が多い。でも、他の付き合いもあるし、なかなか叶わない。それもわかってきた。
「そう言えば、俺の前の彼女、嘘谷間だったんだよ。三か月位、拒否られて、もう別れようかと思った頃、やっとお預け解除されたら、びっくり。納得したよ。」
「あぁ、それ、わかる。」
「そんなに見栄を張らなくてもと思うよな。って言うか、嘘谷間だとバレた時の方がショックだよ。」
「俺はないけど、ショックだろうね。期待させられた分、余計にね。でも、凰士は大丈夫だろう?あぁ見えて、白雪、胸あるふぁろう。」
確かに、あると、思う。でも、わからない。
「えっ、どうして、弟のお前が知っている?」
「知っているだろう。半裸状態で家の中をうろうろされれば、さ。」
「羨まし過ぎるだろう。いいよなぁ、姉さん。俺、男ばっかりだからわかんないけど。」
「俺は嬉しくない。」
いや、俺も羨ましい。白雪と一緒に暮らすだけじゃなく、そんな姿を目に出来るなんて。
「で、どうだった?凰士。」
二人の視線が同時に俺に向けられる。
「何が?」
「白雪だよ。」
「?」
俺は無言のまま、首を捻った。
「胸、それなりにあっただろう?」
「よく、わからない。」
ヤバイ。声が掠れてしまった。想像してしまう俺もバカだ。
「わからない?触れればわかるだろう。あっ、そうか。凰士、他を知らないから。」
「あぁ、そうか。って、おい。そうなのか?凰士ほどモテる男が、今まで誰とも?もったいない。選び放題なのに。」
「コイツは、昔から白雪一筋。他の女には全く興味なし。」
「あぁ、もったいない。」
つくづく呟く道路。
「好きな女性に好きになってもらえば、それ以上の事はないだろう。」
「そうだけど、さ。あのさ、一つ確認だけど。まさかと思うけど、凰士、まだ?」
「なっ、何が?」
さすが吹雪だ。鋭いところをつく。
「惚けるな。白雪とまだしていないのかという事を聞いているんだよ。」
「何を、していないんだよ。」
「エッチに決まっているだろう。」
「……。」
その通りだ。まだ、白雪を抱けないでいる。いや、俺だって男だ。何度かチャレンジした。でも、そんな風に導けなくて…。言い訳させてもらうと、俺は初めてだし、ちょっと度胸が足らないというか、緊張が先走ってしまうんだ。仕方がないだろう。
「白雪が拒むのか?」
「まさか。ただ、タイミングが見いだせないというか、そういう雰囲気にならないと言うか。あっ、間違っても白雪のせいじゃないから。」
「凰士、まさか、女の身体に興味がないんじゃないよな?」
「いや、違うな。あまりに長い間、白雪を想い過ぎて、重すぎるんだろう。」
「つまらんぞ、その洒落。」
「違う。そうじゃなくて。」
吹雪の言う通りかもしれない。白雪に片想いしている時間が長過ぎて、少し怖いのかもしれない。そうなったら、歯止めが利かなくなりそうな俺もいるし、もっと白雪を好きになってしまう気もするし。
「凰士、雰囲気なんてどうにでもなる。例えば、凰士の部屋でソファーに並んで座った。そして、そっと肩を抱き寄せれば、視線が合うだろう。ゆっくり口付けを交わす。これだけでオーケーだ。白雪なら間違いなく流されるだろう。凰士なら必ず成功する。」
「なるほど。」
今度のDVD鑑賞会の時にやってみよう。
「あと一つ、注意しておく。白雪が何かに夢中になっている時だと、失敗に終わる可能性が大きい。白雪って、のめり込むタイプだから。」
「さすが、吹雪だ。良いアドバイスをくれる。本当に素晴らしい相談相手だ。」
「もちろんだ。俺は友人や家族を大切にする男だ。知らなかったのか?」
「いいや、違うな。」
道路が眉間に皺を寄せ、疑わしい者を見る視線で吹雪を見ている。
「ただ単に面白がっているんだろう。昔から吹雪って、そういうヤツじゃん。」
「失敬な。」
二人が軽く口調で会話を楽しんでいる。
俺一人、脳味噌が白雪に向かってしまい、ヤバイ妄想が広がっていく。
あぁ、明日、白雪に会って、俺、平然としていられるんだろうか?スケベな視線を送らないように注意しないと。
読んでいただき、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
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