第2話
読者のみなさま。
第1話の続きです。
路線はコメディーのはずでしたが、なんだかずれてる感じの第2話になってしまいました。読んでくださったら嬉しいです。よろしくお願いします。
バイト初日。
僕は何をしているかと言うと…床掃除。
高級マンションの一室で、掃除機かけて、雑巾で拭いて、ワックス…。
あの面接(?)をした部屋だ。
家具もインテリア雑貨なんてものもほとんど無い―広大な部屋の床掃除。
余計なものがほとんど無いから掃除は比較的楽なのだが、広い。
僕の雇い主、あの美人は2時間ほど前に
「留守番お願いね。ついでに床掃除して。」
と言って掃除用具一式置いて行った。
不在時の電話や訪問者の応対はどうすればいいのか尋ねると
『この部屋には電話も無いし、誰も来ない』と彼女は言った…。
『掃除しっかりね。』と彼女は言っていたのだが、
ワックスが乾くのを部屋の隅で待っている今、思った。
誰も尋ねて来ないなら、留守番なんていらないのでは?
掃除だけを頼みたかったんだろうか?
だったらお手伝いさんとかでも良いんでは?
分からん。さっぱり目的が分からん。
しかも、今頃気がついた。名前すら訊いてない…。
雇い主の名前も知らない。バイトの内容も分からないなんて、ありえないよな。
このモヤモヤをすっきりさせねば。
「掃除さぼってんの?」
「うわっ!」
部屋の入り口あたりに美人は立っていた。
「あ、ピカピカになったねぇ。上出来。」
と満足そうだ…。
とりあえず―『おかえりなさい』と言う僕に
『出てってないけど。』と平然と彼女は言った。
出てってない?―何だそれ。
「奥の部屋に居たけど、何か問題?」
問題あり過ぎで上手く反論できない。落ち着け。
確かに掃除を頼まれたこの部屋の他にも部屋がある。そこに居た…って?
今日こそ疑問を解消するんだ。
「あの!ここにいらっしゃるなら“留守番”はいらないんじゃないですか?
掃除だけならお手伝いさんの方がいいと思いますし、
大体お名前は何ですか?どうして僕を雇ったんです?」
はっきり言って訊きたい事は山ほどある、芋づる式に。
でも、せめて今日は、このくらいは知っておきたい。と言うか知らないのがおかしいだろう。
―答えてください。
彼女はソファに座った。表情が渋々なのが気になるけど。
彼女の言い分。
さっきのは『居留守』、だからごめんね。
ずっと前はお手伝いさんがいたけど、今はいない。
それに僕を雇ったから、とりあえず、掃除してもらった。
名前は『カヲルさん』でいい。
雇った理由は何となく。
結局、疑問は一向に晴れない。
『居留守』ってどういうことだろう?
誰も来ないのに『居留守』する意味が分からない。
…この人は、ちょっとおかしいんじゃないか?
一緒に居て大丈夫か?
しかも、1日1万円。月30万を支払うのはこの人だ。
どう考えても法人ぽくないし。
カヲルさん個人が月30万払うって、何の仕事してんだろう。
やっぱ、臓器とか売られるんじゃ…。
ここで臓器とか売る気ですか?とかダイレクトに訊いていいんだろうか?
いや、危険を感じる。ここはカヲルさんの陣地(?)だし。
第一ここはカヲルさんの家なのか、事務所のようなものなのか…。
「掃除も終わったし、どーする?」
カヲルさんは至って普通だ。
どーする?って…まさか―
「カヲルさん!僕は…臓器も何も売れませんから!」
僕は決死の覚悟で言った。
カヲルさんは驚いている。僕が強気で断ったからだろうか。
―違った。
「いらないわよ。―と言うか何の話?」
そう言って今度は吹き出した。
『発想が豊かだねー。』って言いながら。
…発想を豊かにさせたのはあなたです。
僕がこんな疑問を持つのは間違ってるのかとすら思えてくる。
カヲルさんといるとある意味、多勢に無勢な感じがする。1対1なのに。
『気になることは少しずつ解明していった方が面白くない?』
―面白くありません。
それから何度となく僕はカヲルさんに質問した。
カヲルさんは『しつこいなぁ。』と言って、質問には答えてくれなかった。
僕はこんな怪しげなバイトを学費のため、家賃のため、自分のためにやっていけるのだろうか。
ただ言えるのは、学費を払わなければ大学にはもう通えない、ということだけ。
とりあえず臓器売買の危険は無さそう、だけど。
その日、掃除の後、僕とカヲルさんが何をしたかというと―
ウノをした。
正直、大人数でやるウノは楽しいけど…2人は、面白いとは言い難い。
でもカヲルさんはとても楽しそうだった。本当に楽しんでいた。
勝敗は2分の1。
大の大人が、たった2人で、高級マンションでカードゲームなんて。
ちょっと笑える、ありえなさ過ぎて。
こうして僕の疑問は全然晴れなかったけど、バイトの1日目は終わった。
こんな風に、少なくとも後29日間はカヲルさんのもとでバイトをする。
次のバイトもこんな風なんだろうか。
だとすると、やっぱり1日1万と言うのは…。
どんどん疑問は膨らむ。
カヲルさん、という名前だって本当かどうか…。
***********
それは事件だった。
学費のことで学生課に相談に行った。
バイトを始めたとは言え、この先の学費の工面に不安がないとは言えない。
大体バイトも不安要素だし。
「奨学金の給与額の変更ですか?」
耳を疑った。奨学金の額が変更なんて、聞いてない。
しかも減額ではなく、全額奨学金が支給されるという。
奨学金全額支給の認可された日は、先週の金曜日。
まさかとは思う。まさか。
でも、こんな事って―
*************
23階のあの部屋のインターホンを押す。
ここで面接を受けたのが木曜日。
奨学金が全額支給になったのが金曜日。
関係ない方が怪しいくらいだ。
「…今日はバイトの日じゃないけど。」
インターホン越しのカヲルさんは眠そうな声。
カヲルさんの気分なんて、今日は関係ない。
僕は雇われる側の人間だとしても。
『カチャン』とドアのロックが外れる。
僕がドアを思い切り開けると、玄関にカヲルさんは立っていた。
本当に眠そうに、だるそうに。
**********
またいつものソファに座ってカヲルさんはお茶を飲む。
面接の時も、カードゲームの時も。
『もうバレちゃったのか』ととても残念そうに呟く。
バレる、バレないの問題じゃないと思うんですが。
「あの大学って大学仲介のバイトする時に学生証提示するでしょ?
それって雇い主にも一応連絡入るんだけど―個人情報はすぐ収集出来ちゃうから。」
この人はサラッと恐ろしいことを言う。
1ミリだって自分のしたことに後ろめたさとか、おかしなことだとか感じていないみたいに。
「だって、授業料滞納してたみたいだし―」
「関係ありません。事実がそうだとしても、カヲルさんには関係ないことです。」
カヲルさんがどうやってウチの大学の奨学金制度をいじったのか、
ますますカヲルさんが分からないけど。
僕の大学のこととカヲルさんは全然関係ないことは確かだ。
そんなことをして貰う義理も理由もない。
カヲルさんは黙ってうつむいていた。
何だか僕が悪いことをしているみたいな気分になった。
やっぱり多勢に無勢なのか。
「その…カヲルさんに何かして頂く理由が分かりません。だから、受け入れられません。」
これは僕の本当の気持ち。当たり前の感情。
理由も明かさず、こんなことをするカヲルさんが分からない。
カヲルさんは僕のことをどれだけ知っているんだろう。
カヲルさんのことはこれっぽっちも知らない。
はっきり言って異常事態だろう。
カヲルさんは顔を上げて
『じゃあ、理由を教えたらいいんだよね?』
と、微笑んだ。
―つづく