第1話
読者のみなさま。
このお話は大学生・慶太の始めた不思議な(?)アルバイトにまつわるお話です。読みにくい所も多くあるとは思いますが、最後まで読んでくださったら嬉しいです。よろしくお願いします。
人生最大の金欠。
お金が無いと言うことがこんなにも―
「やばい…。ホントにやばい。」
こんなにも平常心を失わせてしまうとは思わなかった。
いつもの自分ならきっと、きっとあんなバイトに引っかからなかったのに。
*********
ここ最近大学の課題をバカ丁寧にこなしていたら、いつものバイトを休みがちになってしまっていた。
バイトはもちろん時給。
休めば給料が減るのは当たり前。
分かってた。分かってたけど。
単位を落として在学期間が延びるほうがもっとイタイ。
だから課題に集中したんだけど…。
「理工学部 小原 慶太 学生課まで」
大学の掲示板、呼び出しの所にばっちり2週間張り出し中の自分の名前。
人生は何でこうも不運が続くんだろう。
課題はかろうじて提出したものの、バイトは休み過ぎで実質クビ。
もらった給料で家賃払ったら手元は…。
挙句、学生課から呼び出し。
何にも無い自分からこれ以上何を奪うんだ?
恐ろしくて2週間も無視していた呼び出し。
行くしかない―何があっても。
「え?後期の授業料が未納?」
学生課の職員さん曰く、授業料の半額がまだ支払われていないらしい。
実は奨学金をもらっていて授業料の半額は免除されてる。
残りの半額は―
「―親が振込んでくれてる、はずですけど…」
ウチは決して裕福ではない。
はっきり言って貧乏だ。
家業の八百屋で家族4人が細々と暮らしてきた。
ウチを継げと言ってる両親の反対を押し切って、無理やり大学に進学した。
その上、情けないけど2年間は学費を負担して欲しいと頼んだ。
2年経ったら自分で学費を工面して…なんて調子のいい事を考えてた。
今はこんなにお金が無いのに。
「親に確認してみます。」
学生課で確認して振込まれていないのだから、振込みを忘れてるのかも知れない。
―だと、いいけど…。
学生課の隅で電話をかける。
しばらくすると母が出た。
「―母さん?…あのさ―授業料のことなんだけど。」
***********
さっきからボンヤリと学生課の隅にあるソファに座っている。
僕の考えは甘かった。甘すぎた。
何度もさっきの電話を思い出す。
『もう大学はやめて、ウチの手伝いして欲しいって、お父さんがね…。』
もともと進学に反対だった父が授業料の支払いをストップしたのだ。
つまりは、理由はどうあれ僕は自分じゃ何にも出来ない子供だ。
従いたくない、抵抗できない、何なんだ僕は。
結局こうやってボーッとソファに座ってる。
とりあえず、アパートに帰ろう。
ふと壁の時計に目をやると―
時計の下には『求人募集』が。
いまさらバイトしてもなぁ。とは、思っても求人情報を見ていた。
大学宛に届く求人募集はホントに学生向きで、時給は普通。
何枚か貼られている募集のひとつに目が留まる。
「なんだ?コレ。」
職種:留守番等
条件:本学生徒、健康かつ健全であること。その他特になし。
時給:相談可。能力次第。日払い可。
その他:詳細は面接にて
怪しい。
健康かつ健全?
時給相談可って何だよ?
―まさか授業料半額負担…なんて、無理だよな。
色々考えすぎてバカになってるかも…。
でも、日払い可、かぁ。
忘れてたけど手持ちのお金もわずか…。
―ちょっと話聞くだけ聞いてみるか。
連絡先の番号にかけてみる。
女性が出た。
とりあえず面接に来てください。とのことだった。
場所は大学の最寄駅の前にある高層マンション。
立地は最高。事務所なんかも入ってる。
家賃は僕の家の何倍なのか…考えるだけで眩暈がする。
入り口に警備員。取り次いでもらって、やっとエントランスへ。
高級ホテルのような内装。世界が違う。
エレベーター前、面接場所の23階を押す。
エレベーターは嘘みたいにスルスルと23階へ上る。
23階で扉が開く。
これだけ広大なフロアに部屋数は数えるほど。
その一室のインターホンを押すと―
「はい。あ、ああ!面接の子ね。―どーぞ。」
と、さっきの電話の女性の声。とともに自動でロックが外される。
「開いてるから。勝手に入って。」
インターホン脇の大きな扉に手をかける。
重そうな扉はびっくりするほどスムーズに開く。
玄関は―閑散としていた。
ここに来るまで高級なものばかり見ていたのに、玄関にはほとんど何もなかった。
ただ広い空間が広がっていた。
「お邪魔します。」
事務所代わりか何かに使ってるのかも。だったら余計なものはいらないよな。
ああ、この玄関の隅でいいから住みたい…。
って、限界かな?金欠過ぎて。
奥から女性が出てきた。美人で正直驚いた。
もっと、なんと言うか普通の人だと思っていたから。
じっとコチラを見つめている。
美人にじっと見つめられると―やっぱり照れる。
「あ、あの―」
と、話しかけるとすぐ
「うーん。ギリギリ合格!」
「は?」
その美人はニコニコしながら『合格』と言った。
採用…ということだろうか?
と言うかまだ仕事内容も時給も聞いてない。
『どうぞ上がって』と奥に案内される。
これまた広い、ショールームのような部屋。
そこは玄関と共通してモノがほとんど無かった。
真ん中にぽつんとあるソファに座る。
その前のコーヒーテーブルにポンとペットボトルのお茶。
「これしかないから。飲んで。」
美人は僕の前に置かれたお茶と同じものを飲んでいる。
向かい合ったソファに座ってお茶を飲む。
面接だよな?これ…。
「あ、あの質問なんですが。いいですか?」
と、不思議な雰囲気の中で恐る恐る訊いてみる。
「どーぞ。何でも訊いて。」
「どういう仕事をするんですか?」
「留守番とか、いろいろ。簡単なことだけ。小学生でも出来るよ。」
うーん。何だか答えになってないような…。
「えー。時給はおいくらですか?」
すると美人はにっこり笑った。
そして『いくら欲しい?』と訊かれた。
!!
『いくら、ほしい?』
言えば払ってくれるんだろうか?
いくら払ってくれるんだろう?
簡単な仕事だって言ってコッチが時給を設定出来るのか?
これは、―100%怪しい。
僕が考えていると―
「自分の存在価値はいくらだと思う?」
そんなことを美人は口にした。
僕の『存在価値』?―いくらなんだろう?
今は全然お金は無いし、これからも―?
僕の存在する意味って―
「じゃあ、月30万ね。」
え?今なんて―
「自分で決められないみたいだから。とりあえず今現在30万。1日1万ってとこかな?」
美人はさっきと変わらずニコニコしながら―
凄いことを言う。
どういうことだ?
僕はもしかして、どっかに売られるとか!?
「ちょ、ちょっと!ただの簡単なバイト時給の相場にしたら何かおかしくないですか?」
「月30万以上稼ぐサラリーマンはざらに居るじゃない」
「いや!簡単な仕事って言ってましたよね?で、月30万って…!」
「自分には30万の価値もないって、そう思うの?」
自分の価値は30万?
何だか悲しくなる。
授業料も払えない。バイトもない。これからどうなるか分からない。
自分の価値は、もしかしたら…
「不服なら自分を磨きなさい。見合わないと思うなら努力しなさい。」
美人は真面目な顔で言った。
今、何にもない今、僕に何が出来るんだろう…。
それに月30万なら―これから自分で学費が払える!
「私ならあなたに30万払うわよ。今。」
そう言って美人は傍のバッグから財布を出して、現金30万をテーブルにのせた。
そして1枚の紙を差し出した。
―『契約書』
就業規約みたいなものだろうか?
色々いっぱい書いてあって…よく分からないけど。
―でも、これで月30万かぁ。よし!
「よろしくお願いします!」
『契約書』に僕はサインした。
僕はこうして不思議なアルバイトを始めてしまった。
美人と一緒に。
―つづく