女王様
(10)
「畜生…ちょっとからかっただけじゃねぇか」
ぶつぶつとぼやきながら、心なし足を引きずって歩く章。彼が意識を吹き返すのには、かなりの時間を要した。だが、どうやら章の愚息はまだその機能を失わずに済んだらしい。
「照れ隠しですよ、章さん。何事もなくてよかったじゃないですか」
「何事もなくねえよ。俺のナニが何事もなくねえよ」
「ちょっと。公衆の面前でそういうはしたない言葉は自重してくれないかしら」
「俺はナニも言ってないぜ?一体愛ちゃんはナニをどうはしたないとおもったんですかな〜?」
「ぐっ…!あんた次言ったら子孫根絶やしにすんぞ」
愛の蛇のように鋭い眼光に見据えられ、カエルの如く震える章。もはやお姫様ではなく、女王様という方がしっくりくるまである。
「はい…すんませんした」
「厳しい躾が必要なようね」
愛の不穏な発言に、章の未来予想図に暗雲がたちこめた気がした。
「そろそろお腹が空く頃合いじゃないか?」
「そうだな。どっかで昼飯にしようぜ」
「あれなんてどうかしら?」
愛が指す方向を一同が見やると、『破格の大盛り!』と威勢の良い字で書かれた豚カツ屋の看板があった。
「いや待て待て。夕食に焼肉にいくっつー話だったろ」
「心配無用。肉は別腹だから」
「そこでドヤ顔されてもな…」
大食家とはいえ、愛のスタイルは平均的な女子高生と比べても遜色ない。いつかテレビで目にしたような、女性フードファイターと同じ能力でも持っているのだろうか。
「(そう、これは悪い夢…でなければ毎日カロリー計算までしている私の苦労はなんだったんでしょうか…)」
「どうしたの、楓?気分が悪いの?」
「いえ、私はどちらかと言えば少食な方なので…夜まで控えておきたいです」
本気で心配してくれている愛だが、楓の内心は穏やかでなく、引きつった笑みになってしまった。
「それならファストフードで軽食がいいだろう。駅周辺なら選択肢には困らないしな」
全員の了解を得た堅固の提案によって、昼食はハンバーガーに決定した。




