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第八章 「夢」

第八章 夢



一週間が過ぎた頃、武は茂と会っていた。



「あの時、親父を逮捕したのが自分だったってなんでもっと早く言わなかったの」


「言って何になる」



武が茂に伺うと、茂は遠くを見つめながら静かに答える。



「そりゃそうだけど・・・」


「武。おまえ・・・自分の父親の事、憎んでるか?」


「・・・いや・・・今はそうでもないと思う・・・」


「そうか」



そしてゆったりとした口調で茂が話し始めた。




「ワシには許せない過去がある」




「・・・」




「家族を殺された過去だ」




「・・・殺された?」




武は驚きながらも静かに伺う。



「逆に聞くが、ワシのこの肩の傷・・・おまえ気付いてたんだろ?どうして何の傷か聞かなかったんだよ」



「・・・聞いて何になるの・・・」



「ふっ。聞いて何になるのか・・・聞かなければいつまでもおまえは知らないままだぞ?」



「なんだよ。性格悪いな相変わらず」



「まぁ・・・もう時期わかる」



そう言い、茂は黙り込んだ。


一方の武はわけがわからないまま、空を見つめる。






その五分後。






そこに現れたのは弘樹だった。






「なんで武がいるの・・・どうゆう事すか波川さん・・・」



「おまえこそなんでここに・・・おっさん・・・どうなってんだよ」




何も聞かされず、茂との待ち合わせ場所に来た武と弘樹は、お互いに事情が飲み込めず戸惑っている。



そして何も説明しないまま、茂が口を開いた。



「武・・・ワシの家族は、この、弘樹の親父に殺されたんだよ」



「・・・殺された?」



「いきなり何言い出すんだよ波川さん!!」



「本当の事だろ」





突然の事に、弘樹が大声で詰め寄ると、茂は静かに真相を明かし始める。






「武・・・こいつの親父はアル中の、ヤクザの鉄砲玉だ。ある事件で、ワシの家族はみんな殺された・・・肩の傷は・・・その時のモンだ」



「・・・」




その時二人は、茂の言葉と態度に何も返せない。




「ワシはずっと長い間、あの日を許せないでいる。兵藤の親父をじゃない。大事な人を助けられなかった自分をだ。武・・・兵藤はあの事件以来、ワシと出会って自分の親父と同じ世界に入った。なんでかわかるか?」



茂が武にそう聞くと、武はどうしてだと聞き返す。




「ワシへの謝罪だそうだ。兵藤の親父は鉄砲玉に過ぎない。こいつの親父に殺しの指示を出した大元の組織をしょっぴこうとしているワシに、弘樹は手を貸しているつもりだそうだ」



「・・・わけわかんねぇよ・・・」




武は話がまだ理解出来ない。




「要するにだ・・・ヤクザになって、ワシの家族を殺した奴らをワシに逮捕させようと、スパイみたいな事をやってるらしいんだよ。いつまでも馬鹿みたいに・・・」



「・・・馬鹿みたいにってなんですか・・・俺は波川さんの為に・・・」




弘樹が口を挟むと、茂は突然怒鳴った。




「ワシの為だぁ!?ガキがかっこつけてんじゃねぇ!!」



「・・・」



弘樹が黙ると茂は一つ溜息をつき、言葉を投げる。



「もういい。おまえが謝罪する必要はねぇ・・・命を大切にしろよ兵藤・・・何も解決しない、何も得られない。おまえが綺麗なスーツ来て、かっこつけてその道を歩いてる事に、何の意味もねぇよ。ワシが無くしたモンはおまえじゃ拭えない。一生背負っていかなければいけねぇのは、『自分』だ。おまえがワシの過去を背負う必要はねぇんだ」





それを聞くと、今度は弘樹がゆっくり話し始めた。





「・・・波川さん・・・俺が背負っているモンは、親父だ。あのくそったれな親父なんだ・・・俺はあいつの息子なんだよ・・・親父の責任は俺が取る」





そして茂が言い返す。





「・・・まだ言ってんのか・・・妙な動きしてたらおまえ殺されるぞバカ野郎!!!」





「いちいちうるせぇんだよ!!俺が死のうが誰も悲しんだりしねぇだろ!!!」





弘樹のその言葉を聞いた茂は、悲しんだ目で聞き返した。



「・・・武もか・・・?こいつも悲しまねぇと思うか?・・・」



「・・・」



武は黙ったまま、そして弘樹は言葉が見つからず黙り込む。



茂が続ける。



「・・・おまえにも大事なモンがある。それと同時におまえを大事に思う者もいる。たったそれだけの事だ。でもな、たったそれだけの事で、生き方ってのが変わってもいいんじゃねぇか?・・・おまえがワシの為にしてる事が、ワシには悲しくて仕方がねぇんだよ。おまえと、おまえの親父は違うんだ」




弘樹は涙を隠し、やがて黙っていた武が口を開いた。






「もう・・・いいんじゃねぇか?親父じゃなくて、自分と、新しい家族だけを見つめても・・・」






それを聞くと、弘樹は涙を噛み締めて答える。







「俺の勝手だ・・・口出すな・・・」







そう言い残し、弘樹は去っていった。



いつまでも許せないその苦さを握り締め、自分自身に泣きながら。






そして、人の温かみを知って・・・。







次の日、空は青一色に晴れ、そんな晴れた空の下、一つの小さな墓が出来た。




そして武、竜司、遥、香樹の四人は病室にいた。




「遥・・・しょうがないよ」




竜司がそう言うと、遥はベッドでただ泣いている・・・。




「・・・しょうがないって何・・・?なんで・・・」






その墓は、竜司と遥が二人で助けたポチポチの墓だった・・・。




武が、遥にゆっくりと話す。




「遥・・・ポチポチは病気だったんだ・・・もう帰ってこない」




「・・・どうして・・・どうして私の家族はみんなどっか行っちゃうの・・・?なんで・・・」




そんな遥の姿を見て、香樹がそっと遥に寄り添った。




「・・・もう・・・やだよ・・・お父さんもお母さんも、ポチポチも・・・みんないなくなってく・・・」




「俺たちがいるでしょ?」




竜司のその言葉に、遥は覇気の無い声で喋る。




「・・・いずれいなくなるんだよ・・・みんな私から離れてく・・・」




「どうしてそんな事・・・どこにもいかないって」




「・・・でも・・・私が先に死ぬし・・・離れてくのは私か・・・」




竜司は必死に遥を慰める。




「遥。頑張ろうっていったじゃん。弱気になっちゃ・・・」




すると、武が低い声で口を挟んだ。




「甘えてんじゃねぇよ」



その言葉を聞いた竜司が、普段と違う武に少し驚きながらどうしたのかと聞くと、武は冷たい口調で話し出す。



「甘えるなって言っただけだよ。おまえだけが悲しいのか?香樹だって悲しんでんだ。おまえが余計に悲しませてどうすんだよ」




「・・・」




遥は黙って下を向いている。




「ポチポチは犬だ。人間より先に死ぬのは仕方ないだろ。ペットを飼うなら、最初にそれを覚悟して飼えよ」




「わかってるよ!!!」





そして武にそう言われると、遥は抑えていた感情が飛び出し、涙が溢れた。





「わかってたんなら、どうしてどうしてって言うんじゃねぇよ」



武が冷静にそう返すと、今度は竜司が武に話す。



「・・・武さん・・・どうしたんですか・・・遥も自分の病気の事でいっぱいいっぱいで・・・」



「知ってるよ」



竜司の話を遮断するかのように、武がそう答えると、遥が武に言い返した。



「・・・香樹が怖がってるじゃん。お兄ちゃんだって、そうやって喧嘩ふっかけるような事して香樹を悲しませてるんじゃないの!?」



「いちいち、揚げ足とるんじゃねぇよ」



そして武は、それに対しても冷めた口調で軽く答えた。




「もう・・・いいかげんにしてください・・・」




耐え切れず竜司がそう言うと、武は病室を出ていく。



重たい空気が病室に残り、竜司は遥を慰めた後、香樹を連れて武を追った。



「武さん。何かあったんですか?」


「何にもねぇよ」



竜司が心配すると、武は何も答えない。



「・・・そうですか。遥も・・・あいつ怖いんだと思います・・・」


「わかってる」


「だったら・・・」


「悪い・・・一つ聞いていいか?」


「はい」



そして武は竜司に質問し始めた。



「おまえ、遥が死んだらどうする?」


「え・・・」


「俺は・・・どうなるんだろ・・・」


「・・・正直・・・考えないようにしてます・・・」


「・・・そうか。最近は自然と、自分の死と、遥の死・・・両方考えちまうんだ」


「自分の死・・・って・・・」


「この病気は俺たちに何を求めてんだろうな」


「・・・何を・・・ですか・・・?」


「うん。何が正しいのかさえもわからなくなる。それがすでにもう病気なんだ。この病気の本当の意味はそこなんじゃないのかな」



「・・・はい」







「もう・・・俺の存在さえもわかんねぇ・・・」







「・・・何考えてるんですか」







「・・・いや。たまにこうやってドッと疲れがくるんだ。今日は、香樹をうちまで・・・頼むわ」








武は寒い公園で夜まで考えつくした。






家族、親友、病気、恋、夢、そして自分の存在・・・。






























そして武は、すみれのもとに向かった。









電車を降りて少し歩き、すみれの家の前で武は立ち止まる。

































無心だった――。































すみれの携帯が鳴る。









「・・・もしもし?」










「武だけど・・・」










「うん・・・」










「今、家の前なんだ」










「家って・・・」










「先生の家の前だよ?」










「え・・・」










「会いたい」










「・・・うん・・・」










午後十時過ぎ。







気温は氷点下を回り、すみれはコートを羽織る事も忘れていた。























そして優しい笑顔で出てきたすみれは、武に尋ねる。




















「風邪ひいちゃうよ?・・・どうしたの?」




















その瞬間。






















何も言わず、武はすみれを抱き締めた――。



















「えっ・・・」




















五秒程沈黙が流れ、武はすみれの耳元で話す。




































「・・・これが俺の幸せだ・・・」















「・・・うん・・・」

















そしてすみれは穏やかに、武の言葉に返事をした。



















「・・・ずっと・・・俺の傍にいてくれ・・・」
















「・・・うん・・・私も・・・そう言ってくれるの・・・ずっと待ってたよ?」


















「・・・」




















「・・・無理しないで?・・・」
















武がすみれを抱き締めながら静かに涙を流すと、すみれは、その涙の理由を特に聞かないまま、優しく武の腕を撫でた。







そのまま凛々と静かに時間が流れ、やがて終電が無くなる。








そして、一つ二つ会話を交わし、二人はすみれの部屋に上がった。









やがて・・・何もかもを忘れるように・・・そして何もかもを受け止めるように、二人は抱き合う。











そしてキスを交わし、すみれが尋ねる。













「私が病気になったら・・・毎日こうしてほしい」







「ん?」







「毎日こうやって思いっ切り、抱き締めてほしい」







「うん。わかったよ?」








灯りが消えた部屋で、ゆっくりと小さな灯りが灯っていく・・・。















「だったら怖くない」














「先生・・・」
















「うん・・・」
























「大好きだ」


















すみれが微笑むと、やがて二人は本当の幸せに溶け入っていった―――。














そして夜が明ける頃、一つの命が消えようとしていた・・・。










午前六時十七分。







武の携帯が鳴った。







「はい・・・」







武は寝起きの声で電話に出る。







「武さん!!遥が!!」







電話は竜司だった。








「どうしたんだよ・・・」





「病院来てください!!・・・早く!!」






「なんかあったのか!?」








武は電話を切り、その声で起きたすみれに事情を話すと、遥の病院へ駆けた。




すみれもすぐに仕度をし、武の後を追う。












午前七時二十八分。





病院に着いた武は、目を疑った。















「遥ぁ!!何やってんだよ!!・・・おい竜司!!!なんだこりゃぁ!!」



「わからないんです・・・俺も担当の先生に電話で呼ばれて・・・」













遥は、病院の屋上にいた。










武が屋上に着いた時、そこには担当医、看護師、竜司・・・そして騒ぎを見に来た多くの入院患者がいた。











遥は・・・。














遥は、屋上から飛び降りようとしていた―――。


















一歩足を踏み外せば転落してしまうその場で、遥は震える事もなくただ下を見つめている。




そして少し下がった安全な場所から、武が遥を呼ぶ。



「・・・遥ぁ!何してんだおまえ!!」



すると遥は、力の無い声でそれに答える。



「・・・もう・・・疲れたんだ・・・」


「疲れたっておまえ・・・みんなこうやって心配してんじゃねぇか!!」


「・・・心配したって私の病気は治らないよ・・・」


「もういいからこっち来い!!」


「・・・」


「遥!!」



遥が答えなくなると、今度は竜司が話し掛けた。



「遥・・・どうしたんだよ」


「・・・」


「おまえが死んだら遺された人達はどうなるんだ・・・」




そう言い、竜司が遥に近づいていくと、それを見た武は危ないと竜司の体を押さえる。





そして竜司の気持ちが爆発した。











「おまえ一人だけ苦しんでんじゃねぇんだぞ!!!」









「・・・わかってるよ・・・わかってるけど・・・」









「わかってんなら、そんな事するな!!!」









「みんな勝手だよ!!!私は一人じゃないって、なんで簡単にそんな事言うの!?もう辛いんだよ!!心配してるなら毎日一緒にいてよ!!・・・もう・・・やだよ・・・苦しんで苦しんで・・・寝る時、このまま死ぬんじゃないかとか・・・テレビ見たって、また幸せ病で亡くなったとか・・・何したって結局私は死ぬんだよ!!!」











遥がそう訴えると、武もまた、心配そうに呼びかける。














「・・・わかったから・・・遥・・・こっち来い・・・」








「わかった?・・・じゃあなんでポチポチが死んだ時、お兄ちゃんも竜司も、しょうがないって言ったの!?犬だからとか・・・私が死んだ後だってそうやってしょうがないで済ますんじゃないの!?」










「そんなわけねぇだろ!!!」










「そんなのわかんないよ!!死んだらその後、みんながどうしようと私にはわかんないんだよ!?」










「だから生きろって言ってんだろ!!!」










「・・・」










武が続ける。










「だから一緒に生きればいいだろ!!・・・竜司が俺に言ったんだよ・・・遥が死ぬなら俺が死ぬって・・・俺も考えたよ、俺が死んだらおまえの病気が治るかもしれないって・・・でもこれから俺らは知らない何かが出来るかもしれねぇから生きてんだろ!!竜司がポチポチを助けた時、おまえなんて言った!?優しい人だって・・・その竜司の優しいとこに惚れたんじゃねぇのか!?ポチポチが死んで泣きたいのはおまえだけじゃねぇ!!!おまえに気を遣って泣かなかったんだよ!!しょうがないって言わなきゃやってられないくらいこいつだって本当は悲しいんだ・・・それから・・・おまえと竜司を逢わせてくれたのはポチポチなんだよ。なんの意味もなく生きてるやつなんていねぇんだ・・・俺達は、それに気付かなくても生きなきゃいけねぇんだよ!!」










するとそれを聞いた遥は、小さな声で呟いた。











「私は・・・一緒に泣いてほしかった・・・」










「遥・・・」










竜司が悔やむように遥を見つめる。










「信用出来ないわけじゃない・・・でも・・・私は一緒に泣いてほしかったんだ・・・」











その時、すみれが祖母と香樹を連れて屋上に現れた。














「先生・・・」







武がすみれを呼ぶと、すみれは笑顔で頷き、驚き戸惑う祖母と香樹を気遣いながら遥に話し掛ける。






「遥さん・・・この子の夢・・・壊さないで下さい」






「・・・香樹の・・・夢・・・?」







遥は香樹の顔を見て、何かを思い出し始めた。




すみれが続ける。







「初めての家庭訪問で、この子の夢・・・読んだの覚えてますか?」




























《ぼくのしょうらいのゆめは、おねえちゃんをまもって、しあわせにしてあげたいです。あとは、おにいちゃんのようにつよいだんなさんになることです。あとパイロットです》


















遥はそれを思い出し、目に涙を溜める・・・。













「小さいながらに、この子はわかってます・・・遥さんの強い所、弱い所・・・それだけ遥さんを見てるんです・・・大事に思ってるんです・・・この子を抱き締めてあげられるのは、遥さんしかいないんですよ?」










力を無くし、遥はその場で崩れ落ちた。




武と竜司、担当医の三人は遥を安全な場所に連れ戻す。




そして香樹が泣いている遥に近寄り、幼い声で訴えかけた。












「お姉ちゃん。これ、ポチポチにあげるお花だよ?お姉ちゃんの分もあるよ?・・・だからみんな喧嘩しちゃ嫌だ・・・」












「・・・うん!!ごめんね香樹・・・ごめん・・・」














晴れた空の下、もう一度家族が幸せに繋がるように・・・。



小さな手で握られた、小さな花が、涙でキラキラと光っていた。










『大事なものは死を直視しなければわからない事もある。けれど、大事なものは、生きていなければ実感できない』











そして一息ついた武に、もう一つの悪い知らせが届いた。











今日、二回目の着信。













茂からだった。












「武か・・・」













「どうしたんすか」



























「・・・兵藤が・・・死んだ・・・」

















それを聞いた武は、言葉が出ない。















「・・・死んだんだ・・・武・・・」












電話の向こうで茂が泣きながら話している。











武は、涙すら出ない。













そしてようやく、出た言葉・・・。











「聞きたくねぇ・・・」











「武・・・」














「聞きたくねぇ!!!!」
















茂は弘樹の眠っている場所を伝え、電話を切る。



武は、弘樹の元へ走った・・・。











まだ信じられぬまま・・・。












病院に着くと、廊下で茂と出会う。


何も会話をせず、茂を睨むように霊安室を開けると弘樹の妻が泣いていた。





たった一人・・・。





「おい・・・なんだこれ・・・何やってんだよおまえ・・・」




武がそう言うと、妻が武に話し掛ける。





「・・・顔・・・見てあげて・・・綺麗な顔して眠ってるから・・・」





「・・・何が綺麗な顔だよ・・・見たくねぇよ・・・こいつの綺麗な顔なんて!!」





「・・・」







武の言葉を聞き、妻は泣き喚いた。













「何やってたんだよおまえはぁ!!!」













兵藤弘樹、享年二十二歳。




武の親友。












武がすみれの家を出た朝方・・・。




弘樹は、殺された。







武の怒りは・・・。











茂に向けられた。
















ドアを蹴り開け、廊下に出た武は、茂の胸倉を掴む。





「どーなってんだよ!!!おっさん!!!」


「・・・すまない・・・」


「すまないで済むと思ってんのか!!!殺されたんだろ弘樹はぁ!!殺されたんだろぉ!!!」


「・・・殺された・・・」


「誰だ・・・誰に殺されたんだよ!!」


「・・・」



「やめて!!伊崎君・・・」



怒鳴り声を聞いた、弘樹の妻が止めに入る。



「・・・」


「やめてください・・・」



沈黙になり、茂が話し始める。



「・・・兵藤は自分とこの組織に勘付かれてた・・・こうなる前に・・・あいつを止めたんだが・・・」


「止められなかったんだろ・・・?」


「すまない・・・」


「・・・その組織・・・おっさん、潰せるのか・・・」


「今日中に逮捕状が出る」


「おっさんの家族を殺した奴らだよな・・・?」


「そうだ・・・あいつのおかげだ・・・」


「・・・」





そして、その日のうちに通夜が行われた。




武は中学の同級生全員に連絡をし、その中の数名が通夜に訪れた。




同級生の一人が武に話し掛ける。






「武、まだ兵藤とつるんでたのか?」


「あぁ」


「おまえも気をつけた方がいいぞ?」


「え・・・?」


「あの頃じゃねぇんだし・・・もう俺たち。喧嘩だけで生きていける歳じゃねぇんだから・・・」


「そうだな・・・」



悲しい顔で武が答えると、別の同級生達が軽い声で話し始める。



「神谷も馬鹿だなぁ、兵藤なんかと結婚しなけりゃ幸せになれたかもしれねぇのに」


「でも、幸せ病にはならねぇじゃん」


「そりゃそうだ」


「兵藤なんか・・・か・・・」





武は、心の中で泣いた。




悲しい夜だった・・・。










時に時代は人を変える。


いくら笑いあった仲間でも、いくら同じ夢を追った友でも・・・。


武は時代に流されず、変わらない弘樹を改めて尊敬した。



変わらない事が正しいとも、変わる事が間違っているとも、誰もその答えはわからないかもしれない。






それでも武は、自分なりにその答えを見つけ出したようだった。








通夜が終わる頃・・・。


弘樹の妻、『神谷 直子』が、話があると武を呼び出した。



「今日はありがとう」


「いや。神谷もおつかれ」


「・・・あのね?手紙があるの」


「手紙?」


「うん。弘樹から伊崎君に・・・」


「・・・ドラマだな・・・」



武はそう言い、笑って見せた。


そして神谷から手渡された手紙をポケットにしまい、武は一人、家へと帰る。


星が見えない都会の空の下をただ淡々と・・・。




やがて武が家に着くと、すみれから電話が鳴る。



「もしもし?」


「今日はご苦労様ぁ」


「うん」



すみれは気遣うように、明るい声で話す。



「明日は葬式でしょ?」


「そうだよ?」


「私も連れてってほしいな」


「じゃあ一緒に行こうか」


「うん!・・・あっそれから・・・」


「どした?」


「武は・・・ずっと一緒にいてくれるよね?」


「どうしたの」



すみれの言葉を聞き、武は優しい声で笑って答える。




「・・・死ぬのって・・・怖いね・・・」




「・・・そうだな」




その後二人は、五分程会話をし、電話を切る。


武は、風呂に入り香樹を寝かせると、今度は竜司に電話をした。



十コール目で竜司が電話に出る。




「武さん・・・今日は、お疲れ様です」


「おまえこそ、体大丈夫か?」


「はい」


「遥は?」


「なんとか落ち着いてます」


「そうか・・・」


「今日はでも・・・安心しました」


「何が?」


「ほらっ武さん、自分の死を考えるって言ってたから」


「あぁ・・・」


「今日、遥に言った言葉で安心しました」



曇った声で武がそれに答える。



「・・・ただ・・・自分でもよくわからないんだ・・・」


「え?」


「頭で考えてる事と心が思う事・・・結構、自分の中で距離があったりするんだよな・・・」


「・・・」


「妹が病気で、友達が死んだ・・・すみれと付き合いながらも、どっかでビクビクして・・・」


「はい・・・てゆうか武さん・・・」


「ん?」


「・・・二人が付き合った事知りませんでしたけ

ど・・・」


「・・・」


「・・・言ってなかったっけ・・・」


「・・・まったく・・・」


「・・・まぁっ・・・あれだ!!遥に伝えといてくれ」


「・・・はい」




二人は笑い合いながら、話を終えた。


そして遥の病室に戻った竜司は、武達の事を伝える。



「えーっ!!」


「遥、声でかい!!」


「付き合ったの!?」


「・・・みたいだよ??」


「・・・そっか・・・よかった・・・」



兄を思いながら、遥が嬉しそうな顔をすると、竜司はベッドに腰掛け、今日の事を話し始めた。



「遥・・・ごめんな・・・あの時一緒に泣いてあげれなくて」


「ん~ん・・・」



遥は穏やかな顔で首を振った。



「何にも解ってあげれない・・・一緒にいてあげてるつもりだった。けど、結局一人にさせてたんだよな・・・」


「・・・本当は充分過ぎる程なんだ・・・わがままなんだよ私が・・・でも竜司やお兄ちゃんには甘えちゃう・・・わかってほしくて・・・子供でごめんね・・・?」


「ちゃんと傍にいるから・・・今日はゆっくり寝な」


「うん」



遥は、竜司に手を繋がれながら一日を終えた。


そして竜司は、遥が眠った後も暗い病院で泣き続けていた・・・。






その頃武は、弘樹の手紙を開けられないまま眺めていた。




十分程考え、覚悟を決めてその手紙を開ける。






















『お前の夢、まだまだ遅くないぞ!!!』
















たったそれだけの言葉。


たった一行の言葉・・・。













「きったねぇ字・・・」










武は手紙を握り締め、声を押し殺して泣いた。




それは弘樹が亡くなってから、初めて流した涙だった。















『夢』











それに向けて、武は歩き出す事を誓う。








それは、まだ誰も知らない・・・










武を取り巻く環境、遥の病気、そして武自身・・・。










この何ヶ月の出来事が、一変する節目の夜だった――。











―――FROM遥―――






きっとこの日から、何かが変わっていったんだ。








お兄ちゃんの気持ちが、少しだけ強くなって・・・。








私の気持ちにも少しだけ・・・変化が生まれた。














怖さとか・・・










絶望が・・・






















ゆっくり、ゆっくり・・・























自然に和らいで、溶けていってたの・・・。























ただの諦めだったのかな・・・。

















それとも、ケジメがつけれたのかな。



























正直もう・・・わからなくなってた。





















死ぬって事が、自分でもよくわかんないくらい・・・すごく当たり前の事で・・・身近に感じられたんだ。



















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