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第七章 「生きる事と死ぬ事」

第七章 生きる事と死ぬ事


十一月二十四日。

遥の発作が始まった。

台所で夕ご飯の仕度をしている最中、遥は突然倒れこむ。

そしてその日の内に救急病院へ運ばれ、武と祖母、香樹は待合室にいた。

香樹が心配そうに武をずっと見つめている。


「香樹。明日学校だし、もう寝ようか」


「嫌・・・」


香樹を家へ帰そうと武がそう話すと、香樹は泣きそうな顔でそれを拒んだ。


「起きれないだろ?」


「お姉ちゃんは?」


「・・・お姉ちゃんは大丈夫だから。お前が帰らないと心配するぞ?お姉ちゃんも」


「お姉ちゃんと一緒に帰りたい・・・」


武はそれを聞くと、香樹も家族の一員なんだと改めて実感する。


「・・・そうか・・・よしっわかった。お姉ちゃんと一緒に帰ろう」


武が笑顔で香樹にそう言うと、祖母は席を立ち、トイレですすり泣いていた。

その声は遥に届いたのか・・・。

それは遥にしかわからない・・・。

やがて四時間もした頃、遥の意識が戻ると三人は病室に入った。


「遥・・・大丈夫か?」


「うん・・・頭痛いけど」


武が心配すると、遥は小さな声で返事をする。


「竜司が連絡つかねぇんだ・・・何やってんだか・・・」


「そう・・・香樹。まだいてくれたの?」


「うん・・・お姉ちゃん、痛い?」


「大丈夫だよ?」


遥が優しくそう言うと、香樹は目に涙を溜める。


「お姉ちゃん・・・ボクのせいでごめんなさい・・・ボクがいつも言う事聞かないから・・・ごめんなさい・・・」


そう言い、香樹は自分の口で思いを吐き出すと、遥にしがみつきながら、我慢しきれずに泣き出した。

そして遥も・・・そんな健気な香樹を見て涙が止まらなかった。


「香樹のせいじゃないんだよ・・・?泣かないで・・・お姉ちゃん大丈夫だからね・・・?」


その光景は、寒い部屋にポッと・・・小さな灯りが灯ったようだった。

その後、祖母に任せ、武は香樹を家へと送っていく。


「明日は学校休むか・・・歩いて帰ろ?香樹」


「ボク、学校行くよっ。じゃないと、お姉ちゃん良くならないもん」


「・・・そうか。おまえは強いな・・・」


「お兄ちゃんに勝てるぅ?」


「・・・勝てるよ・・・まだまだ負けないけどなっ、お兄ちゃんも・・・よしっ!おんぶしてってやる」


「うんっ!」


夜の帰り道を兄弟は帰っていく。

帰る先には、遥がいない。

受け止めたくない現実を受け止めるしかなかった。

それがいつか、本当の『幸せ』に変わることを祈って・・・。

家に着き、香樹を寝かせた武は、連絡が取れない竜司にもう一度電話をしてみた。

すると十コール目で、覇気の無い声でようやく竜司が電話に出る。


「・・・あっ・・・武さんすか・・・」


「何やってたんだおまえ。遥がまた倒れたんだ。病院は・・・」


「俺・・・今バイトしてるんです・・・」


「バイト?」


「はい。資金貯めようかなって・・・」


「何の」


「・・・結婚のです」


武はそれに対し、否定も肯定もしなかった。


「・・・そうか・・・じゃあ・・・終わったら向かってくれるか?」


「はい・・・だけどちょっと疲れちゃって・・・さすがに掛け持ちはきついっすね・・・まぁでも、今日給料入るんです・・・だからその・・・明日行きます」


「・・・そうか。わかった」


そう言って電話を切ると、武は竜司の様子に少し違和感を感じたが、特に気にせずその日を終える。


翌日。

武は、竜司が見舞いに来る事を遥に報告した。


「今日、竜司来るって」


「ほんと?最近なんか疲れてるみたいだったけど・・・大丈夫かな・・・」


「そういえば昨日も元気なかったなぁ・・・」


武と遥がそう話していると、サイレンを鳴らした救急車が病院へ到着し、武はそれを窓から眺めると一瞬、嫌な予感が頭を過ぎる。


「・・・また、幸せ病の患者かな・・・」


そこへ、しばらくして祖母が息を切らして走ってきた。


「・・・どうしたんだよ、ばあちゃん」


武が尋ねると、祖母は興奮しながら答える。


「りゅ・・・竜司くんが今運ばれてきて・・・居眠り運転で事故を・・・」


「・・・何やってんだあいつはぁ!」


それを聞き、武が急いで部屋を飛び出していくと、遥は心配そうに無事を祈っていた・・・。

武は、手術室に入った竜司の容態を医師に問い詰める。


「どうなんですか先生!竜司は・・・」


「今は、なんとも言えません」


そう言い、医師が手術室に入ると、武は悔しさで壁を蹴り上げ、竜司の手術を待った。


一方、遥は・・・。


「おばあちゃん・・・私、今すごく思う事があるの・・・」


「ん?」


遥は祖母へゆっくりと話す。


「幸せ病ってね?倒れると・・・いっぱいいっぱい夢を見るんだぁ・・・」


「夢?」


「うん・・・でもなんか・・・その夢は現実と繋がってて・・・そこにはちゃんと私の意志が存在してるの・・・」


「・・・そう」


「だからみんなが話してる事とかがね?意識を失くしててもわかるんだよ?」


「不思議だねぇ」


「うん。不思議・・・でもそれって何か意味があるんじゃないかなって・・・」


「・・・」


「・・・って毎晩ね?・・・そうやって自分を慰めてる・・・」


「遥・・・」


「何かに少しでも希望見出さないと・・・消えちゃいそうで怖くて・・・」


「・・・」


遥が悲しい顔をすると、祖母が手を取り優しくギュッと握り締めた。


「でも・・・そんな事を考えてても・・・竜司の顔思い出すとね?元気になったり・・・一瞬でも勇気が湧いてきたり・・・頑張ろう!って・・・そう思えるの・・・」


「・・・そうかい」


「だから私、頑張るっ・・・嫌われちゃわないようにしなきゃねっ!竜司の笑顔を・・・ずっと見てたいの」


「・・・うん」


「それにはやっぱり・・・私がまず笑顔でいなきゃって・・・そう思う」


「・・・大人になったねっ。遥は」


「へへッ。そ~ぉ?・・・おばあちゃん・・・」


「ん?」


「恋って・・・楽しいねッ」


そして数時間経ち、別のフロアーでは手術が終わり、竜司が運び出される。


「先生・・・竜司は・・・」


「・・・大丈夫です。ただ、一ヶ月ほど入院になりますよ?」


その医師の言葉に、安堵で武は足の力が抜け、座り込んだ。

一息つくと、突然武は医師にお願いをし始める。


「先生・・・お願いがあるんです」


「はい、なんでしょう」


「竜司を伊崎遥と同じ病室へ入れてもらえませんか・・・?」


「え・・・?お知り合いか何かですか?」


医師が聞き返すと、武は昨日の竜司の言葉を思い出した。


《俺・・・今バイトしてるんです・・・》

《バイト?》

《はい。資金貯めようかなって・・・》

《何の》

《結婚のです》



「・・・伊崎遥は・・・竜司の婚約者です」


「・・・そうですか・・・わかりました」


婚約が決まったわけでもない。

武は竜司の言葉を信用していた。

そして医師は笑顔でそれを承諾してくれ、次の日から竜司と遥は、同じ病室で入院生活を送る事となった。


「竜司、何やってたの・・・?心配したんだから・・・」


「ごめんな・・・」


病院の朝。

遥は体を横にし、竜司をずっと笑顔で見つめている。


「あんまこっち見んな・・・俺そっち向けないっての・・・」


一方の竜司は怪我の為に横を向けず、終始仰向けで話をし、遥がそんな竜司を見て嬉しそうに話し掛ける。


「痛そうだね」


「痛いよ・・・」


「怪我好きだね」 


「好きで怪我する馬鹿どこにいんの・・・」


「ハハッ。でも同じ病室なんて偶然だね~?」


「そうだなぁ。あっ昨日俺が寝てる時、そこから俺に好きって言ってたでしょ~?」


「言ってないよ・・・」


「言えよ」


やがて夜になり、昼間から看病してくれていた祖母が家へと帰ると、竜司は遥に引き出しを開けるよう促した。


「え?どの引き出し?」


「一番上だよ」


「・・・なんか怖い・・・ドッキリとか・・・?」


「いやいや・・・ドッキリする余裕のある体か?俺」


「確かに・・・」


そして遥が引き出しを開けると、そこには小さな箱があった。


「竜司、何?これ」


遥が不思議そうに伺う。


「ん?・・・プレゼント」


「誰に?」


「誰って、遥に・・・明日誕生日だろ?」


「え!?誕生日プレゼント!?嬉しいっ!!」


遥の喜ぶ姿を見て、竜司は胸がドキドキし始めた。

そして気持ちを整え、遥にその中身を開けさせる。


「遥・・・中、開けてごらん?」


「いいの?」


「うん」


そして遥が箱を開けると、そこには指輪が入っていた。


「・・・これ・・・」

 

「・・・あんまし・・・良くなかったかな・・・」


「・・・ん~ん・・・嬉しい・・・」


そして指輪と一緒に入っていた一枚の手紙に、遥は感動し涙を流す。


「竜司・・・この手紙は・・・?」


「・・・なんか目の前で見られるとやっぱ恥ずかしいな・・・」


「・・・一生って・・・」


「・・・その指輪は・・・婚約指輪」


「・・・婚約指輪?」


「十八歳で結婚嫌?」


「・・・ん~ん。する」


「するって言い方ねぇだろ・・・」


遥は涙を拭いて笑顔になると、冗談めかして竜司に感謝を伝える。


「・・・てか、もっとロマンチックがよかったぁ~。病院で、しかもボロボロで・・・」


「ごめん・・・」


「ん~ん。ありがとぉ」


「どういたしまして」


「こんなに嬉しい誕生日・・・今までにないょ・・・」


「そっか」


「ホントに・・・ありがとぉ」


二人は婚約をした。


遥が十八歳になるほんの二時間前だった。


『あなたを一生、大事にします』


遥の手に渡されたその言葉が、遥にとっての幸せそのものの証だった――。


それから一ヶ月半程経ち、竜司は婚約を武に報告に向かった。

伊崎家――。


「結婚ねぇ。早いんじゃねぇか?」


武がそう言うと、竜司は正座しながら答える。


「いや、でも今かなって」


「そーか。ただ、ほら。俺は親じゃないから」


「親みたいなモンじゃないですか」


「俺らの親は牢屋にいるよ。つれてってやるからスーツ取ってきな?」


武がそう言うと、今さっき着いたばかりの竜司は、驚きでテンションが高くなった。


「また家まで戻るんすか!?」


「まぁまぁ。俺のピカピカ自転車貸してやるから」


「なんすかそれ。もう外、寒いっすよ・・・」


「あっ、もう結婚させねぇ」


「あーっ!!行きます、行きます!!」


武にそう言われ、竜司は急いでスーツを取りに帰る。

オレンジに染まった景色の中、竜司は遥との未来を想像していた。


「次に自転車に乗る時は、遥を後ろに乗せよう」


そんな事を思い、自分に少しだけ笑顔を宿した竜司が家からスーツを取り帰ってくると、やがて二人は父親のもとへ向かった。

待合室で。


「よう。武」


武に話しかけてきたのは、茂だった。


「何してんだよこんなとこで」


武がそう聞くと、茂は首をひねりながら答える。


「おまえのお父さんに面会だよ」


「知り合いなのか?」


「言ってなかったか?あの時手錠かけたのはワシだからな」


「そうだったのか」


そこへ、父親がやってきた。


「波川さんじゃないですか。武も」


「子供の面会の邪魔しても仕方ねぇからな。今日は帰るわ」


茂がそう言い、今日の面会を遠慮すると武がそれを止める。


「いいよ。先に話しなよ。なんかあるんだろ話が。その後でいいから」


そう言いながら武が竜司を連れて外に出ると、それを見て茂はゆっくりと父親に話し始めた。


「大人になったなぁ。当時は十七だったからな」


「そうですね」


茂にそう言われ、少し笑顔になりながら父親が答える。


「最近は幸せ病っていってな、幸せになると死んじまう病気があるんだ」


「知ってます」


そして二人は、腰掛けながら病気について話し始めた。


「・・・あんたのとこの娘さん。それにかかったのは知ってるか?」


「・・・遥ですか?」


「あぁ。こないだも発作で倒れた。発作も二回目だしな・・・どんどん体力も奪われていくはずだ。おそらくもうずっと病院暮らしだろう・・・」


「・・・」


「あいつらの親は今あんたしかいない」


「・・・はい」


「ワシが言えるのは・・・ここまでだ。武も大事な話みたいだな。何があっても、結局あんたはいつまでも親なんだよ」


そう言い残し茂は出て行った。

その五分後。


「おっさんと、何の話、したんだよ」


武が父親に伺う。


「大人の話だ」


それに対し、父親が少し曇った顔で答えると、武は遥について話し出した。


「今日は遥の事なんだけどさ・・・」


「・・・あぁ」


「あいつ今入院しててさ・・・」


「そうか」


「そうかって・・・心配じゃないのかよ」


「心配したって俺は牢屋の中だぞ?」


「・・・でさ、こいつ、遥と結婚するんだ」



そう言い、武が竜司を紹介すると、竜司は深々と頭を下げ自分の名を名乗る。


「結婚か・・・すればいい」


「ってかなんでそんな言い方なんだよ!」


そして父親の冷めた態度に武が腹を立てると、竜司は武を止め、父親に話し掛ける。


「・・・すいません、知らない所で勝手に・・・遥さんの親父さんに会えてよかったです・・・」


それを聞くと、父親が武に問い詰めた。


「どうして遥は来ないんだ武」


「・・・どうしてって・・・そりゃ・・・」


「幸せ病なんだろ?」


父親は真剣な顔で伺う。


「・・・幸せ病だって知ってたのか・・・」


「・・・このクソ坊主殴らせろ」


そう言い、父親は鋭い目で竜司を見た。


「いいのか・・・殴らせろ武」


「・・・なんで俺に聞くんだよ」


武もそう言いながら鋭い目で父親を見つめる。


「今、遥の父親代わりはおまえだからだよ・・・ただあいつは俺の子でもあるからな・・・」


「やめろ親父」


武は父親から目を離さぬまま、その様子を窺う。


すると竜司が父親に向けて口を開いた。


「・・・殴ってください・・・それで気が済むなら・・・」


その言葉を聞くと数秒間沈黙が続き、やがて父親は黙って目線を外し力を抜いた。


「俺がさんざん殴った。親父の出る幕はもうねぇよ」


下を向いた父親に対し、武が続ける。


「安心したよ。親父もあいつの事思っててくれて。結婚許してやってくれねぇか」


「わかった。俺が今、娑婆の世界にいて、遥を育ててるんなら、この結婚は許さなかった。若いモンの勝手な感情で大事な娘が死ぬかもしれない・・・そんな事許せるわけがねぇ。武に感謝するんだな。若いうちは何も見えなくなって突っ走る事もあるからよ・・・」


「若い奴は若い奴で自分に正直に生きてんだ。何も夢が無い奴も、夢を追う奴も、プータローも、働いてる奴も、その時間を正直に生きてるんだ。先を見据えて勉強ばっかしてる奴、何も考えないで遊んでばっかいる奴、定職に就かないで親の金で遊んでる奴・・・それぞれがそれぞれ、今の自分とやらをそれなりに見つめてる。遊んじまう奴は、今が楽しい事に夢中になってんだ。それは言い換えれば自分に正直って事だろう。快楽の為に、人を殺しちまうとか、他人を考えないような奴は許せねぇけど、一概に今の若者は・・・っていうのは勘違いだよ。それに気付かない大人が多すぎるんだ。まぁ・・・何が正しいかなんて誰にもわかんねぇけどさ」


「・・・ふんっ・・俺にはわからんよ」


そして最後に竜司は深々と頭を下げ、二人は所を出る。

やがて日が暮れ、武はその報告に遥の病院へ向かった。


「今日、親父に竜司紹介してきたよ」


病室で腰を下ろし、武が今日の事を話し始めると遥は少し心配そうに聞き返す。


「・・・お父さんなんだって?」


「竜司を殴らせろってさ」


「殴ったの!?」


「・・・いや、殴る気はなかったと思う・・・本当に殴りたいなら、いちいち俺に殴らせろなんて聞かねぇよ」


「そっか・・・」


「でも・・・あの親父の目・・・なんか気になるんだよなぁ・・・」


「どんな目?」


「・・・どんなってわかんねぇけど、何か覚悟したような目だったな」


「よくわかんない」


「まぁいっか。で、いつ籍入れるの?おまえら」


「さぁ・・・」


「・・・ちゃんとしようよ・・・」


武は少し呆れている。

すると、遥がすみれについて聞き出した。


「お兄ちゃん、すみれ先生とは連絡とってるの?」


すみれの名前を聞くと、武は顔が曇る。


「いや・・・今はとってないよ・・・」


「どうして?」


「どうしてって・・・踏み込んじゃいけないから・・・」


「先生を思って、そうしてるの?」


「まぁ・・・」


「・・・お兄ちゃんさぁ・・・素直なように見えて素直じゃないよね・・・」


「どうゆうこと?」


「素直って何通りもあるけど、すみれ先生の前じゃ、お兄ちゃん素直じゃないと思う・・・かっこつけてるでしょ?」


「・・・そりゃまぁ好きだし・・・」


「もともとかっこ悪いんだからさぁ、何かっこつけてるの?・・・そんなのいらないよ・・・」


「・・・」


「すみれ先生も、かっこつけたお兄ちゃんしか知らないはずだよ・・・?もっとホントのお兄ちゃんを知りたいって思ってるんじゃないのかな・・・見栄とか、変なプライドとか、かっこつけた優しさ捨ててみれば?お兄ちゃんも楽になるし、先生だって・・・」


「そのせいで先生を病気にさせたら俺・・・」


「自信過剰なんだよ・・・先生の幸せはお兄ちゃんと付き合う事だけ?・・・単なる自惚れなんじゃない?女と男は違うよ?好きになる早さだって違う。相手の事、考えているようで考えてあげられてない事だってあるんだから・・・もっとちゃんと話し合った方がいいと思う・・・いつまでたっても相手の事わかんないままだよ?」


「・・・そうだな」


「お兄ちゃんは弱いんだから・・・ホントに好きな人にくらい、その弱さ見せなよ。先生ならわかってくれると思うし・・・私が踏み出した事褒めたけどさぁ・・・私は病気になって良くて、先生は駄目なの?」


「良いわけないじゃん・・・」


「そうゆう事でしょ?私の事すごいと思うとか言っておいて、先生にはそれをさせないの!?」


そう言うと、遥は少し感情的になる。


「・・・どうしたんだよ・・・」


「私は馬鹿だよ・・・病気になっちゃって・・・恐いし誰かに代わってほしいし・・・子供だもん・・・先生みたいに大人じゃない・・・突っ走る事しか出来ないもん・・・すごくないよそんなの・・・」


「別におまえが子供だとか、先生が大人だとかじゃないんじゃないの?・・・」


「だったら、相手の男によるんだよ・・・お兄ちゃんの先生への好きと、竜司の私への好きの大きさかな・・・私は竜司を信頼出来たから・・・」


「・・・」


武が黙ると、遥はすぐに謝った。


「・・・ごめん・・・」


「いや・・・」


「最近、不安定で・・・ごめんね?・・・多分・・・先生ほんとに病気が恐いんだよ・・・変に試すような事言ってごめん・・・私のした事が正当化されるんじゃないかって思って・・・自分一人悩んでて辛くて・・・仲間がほしくて・・・」


遥はどうしたらいいかわからない自分に涙が溢れてきた。

そんな遥に武は優しく答える。


「わかったから・・・誰もおまえを否定なんか出来ないよ。おまえの言うように、確かに俺・・・かっこばっかつけてる・・・すみれ先生とまともに目を見て話せない・・・多分、彼女の事・・・知ってるようで何も知らない。傷つくのが恐くて、好きって気持ちからも逃げてる・・・おまえにはこんなに正直に話せるのにな」


「でも・・・取り返しつかなくなるよ?・・・先生の気持ちがそっちに行っちゃったら・・・手遅れになっちゃうよ?」


「・・・あぁ」


時計は午前二時をまわっていた。

外はコンコンと雪が降り積もり、その白さが二人の心を鮮明に映し出す。

それは・・・何もなければ見なくても良かった、その純粋さに存在する少しの傷さえも、浮き彫りにさせようとしていた。


次の日。


「香樹―。雪かきしよ、雪かき」


昨日から降っていた雪が積もり、辺りは一面真っ白だった。


「雪だるま作りたいー!!」


香樹が武にごねる。


「じゃあ、雪かき終わったらな?」


「嫌だー先に作るぅ」


「お姉ちゃん怒るぞっ?わがままばっかり言うと」


「・・・じゃぁ十一時に作ろっ?」


「よしっ。じゃぁ二時間雪かき頑張るぞ?」


「うん!」



約束通り、二時間程雪かきをすると、二人はやがて雪だるまを作り始めた。そして、竜司と遥が助けた犬の名前は「伊崎ポチポチ」と名付けられる。ありふれたポチという名を二つくっつけてみたらしい。そのポチポチは、雪に戯れ、キャンキャンと吠えていた。香樹が一人で懸命に雪だるまを作ると、ポチポチが走り回って壊す。そのポチポチを香樹は怒りながら、追いかける。そんな姿を武は嬉しそうに見つめていた。疲れて家に帰ると、そこには新雪に二十七センチ程の足跡と、小さな足跡・・・そしてもっと小さな足跡がまばらに残っていた。


その一瞬一瞬の光景に人々は生きて存在し、やがて姿を消す。

そして明日になれば、そこにいたという証の足跡さえも消えてしまう。

ただ・・・それは人々の想い出として一生残る。

想い出に残せるという力があるのであれば、たくさん残せばいい。

そしてたくさん残せたなら、その想い出達には感謝しなければならない。

武は寝転びながら、すみれとの事を思い出していた・・・。


一方その頃、病院には竜司が来ていた。


「遥、明日籍入れようか」


「・・・」


遥は黙って本を読んでいる。


「・・・ねぇ」


「ん?」


「明日籍入れようかって・・・」


「・・・もうちょっと後に・・・しよ・・・」


暗い声で、遥は話す。それについて竜司は聞き返した。


「後って・・・どうして・・・」


「・・・別に・・・理由はないけど」


本を閉じ、遥が竜司に背を向けると、その背中を見つめながら竜司が伺う。


「結婚・・・やっぱ嫌?」


「・・・嫌じゃないけどさ・・・」


「だったら・・・なんで?」


「なんでか・・・まだ若いし」


遥の声が少し冷たくなった。


「・・・あぁ・・・まだ十八だしな・・・」


「じゃなくて。竜司がね」


「俺?」


「まだ二十歳だし・・・その・・・他にもいい子いっぱいいるしさぁ・・・まだ決めるの早くない?」


そして遥がそう言うと、竜司の顔が真剣になる。


「遥・・・どうゆう意味?」


「どうって・・・だから・・・」


「他にいい奴見つけろって?」


「・・・その方がいいんじゃない?私は・・・駄目だよ多分・・・」


「・・・じゃあ、そうするよ」


「え・・・」


「・・・また来る」


そう言って、竜司は病室を出た――。


《竜司ならきっと・・・否定してくれるって思ってた・・・》


《そんな事言うなって・・・》


《いつもみたいにギュってしてくれるってばっかし思ってた・・・》


《ごめんね竜司・・・なんだか今日はちょっと・・・強がり言ってみたくて・・・》


《・・・恋愛は・・・》


《楽しい事ばかりじゃないんだね・・・》


遥の病室からは、二つの大きな木が見える。遥は一人、春にはどんな花が咲くんだろうと想像していた。二つの木は多分、桜だろう。ここから見る桜はどんなだろう・・・。いつも見ていた桜と同じだろうか、それよりもそれまで生きていられるのだろうか・・・。そんな事を思いながら遥は悲しみで涙を流し、寒さの中、揃って並びながらも・・・淋しそうなその二つの木には、とても希望が見出せるはずもなかった・・・。


そして竜司は武のもとに向かう。

家に着くと、玄関先でポチポチが駆け寄ってきた。


「今日はお別れに来たんだ・・・そんなにシッポふるな・・・」


竜司は唇をかみ締めながらポチポチを撫でると、武に案内され部屋へと上がる。そして二人は話し始めた。


「・・・俺・・・遥と別れようと思います」


突然、竜司がそう言うと、武は少し驚きながら聞き返す。


「どうしたの・・・なんかあったのか?」


「やっぱりもう・・・会わない方が良いと思います。俺、遥には・・・」


武は事情が飲み込めずにいる。それは竜司の目が本気だったから・・・。


「いや・・・ちゃんと説明しろよ・・・わかんねぇじゃん」


武がそう言うと、竜司は下を向いて説明しだした。


「・・・今日、言われました。他にいい人見つけろって・・・」


「それだけか?別れるってのは・・・」


「・・・はい」


何かを隠すように竜司は答える。


「・・・嘘つくな」


武が、少し様子がおかしい事に気が付くと、竜司の目から我慢し切れず涙が零れ落ちた・・・。


「・・・俺がいると、あいつ死ぬんです・・・あいつが恐がってるのをもう・・・見たくない・・・俺と別れれば、病気だって治るかもしれない!なんで俺じゃないんすか・・・なんで俺はかかんないんですか・・・」


竜司はその日、「好き」という感情の影に見え隠れしていた暗い不安や恐怖が、遥の悲しい横顔によって一気に溢れかえり、今まで築いてきた決意や自信を、「死」という意識に一瞬で横殴りされる。


そして泣きながら、懸命に武に想いを訴えかけた・・・。

すると武は、兄として、友達として話し始める。


「なんでおまえが病気にかからないか・・・おまえの幸せより、あいつの幸せの方が上だからだよ・・・おまえ、遥といて、幸せなんだろう?でもかからないのは、あいつのおまえといる幸せに敵わないからだよ・・・それほど幸せなんだ。おまえが悲劇に浸ってたってしょうがないじゃん。おまえの苦しみとあいつの苦しみどっちが大きいんだろな・・・?」


「・・・」


「どーせ、傷つくような事言ってきたんだろ?あいつは死なないよ・・・おまえと別れなくても生きていく方法はたくさんあるよ・・・だから泣くな。あいつも泣いてるぞ?・・・好きな人が悲しんでるなら、行って慰めてあげたいって・・・側にいてあげたいって・・・そう思うのは俺だけじゃないはずだよ?俺がその側で支えてやるから・・・なっ?」


武の言葉が身に染み・・・竜司はその後、涙が止まらなかった・・・。

そして武は、ふと過ぎった。



《俺が死ねば、遥の病気が治るかもしれない・・・》



外はもう暗くなっていた。ストーブの前で武はあぐらをかきながら、ずっと悩みふけ、一方の竜司は遥の事を考えながら街を歩いた。そして、考え付くした結果を連れ・・・終電ギリギリで遥の病室へと向かう。




遥の部屋は電気が消えていた。




「遥・・・灯りつけていい?」


「・・・だめ・・・」


「顔が見たいんだけど・・・」


「今、化粧してないもん・・・」


「じゃあこのままでいい・・・」


部屋には、街灯の灯りが少しだけ射し込み、時間が静かに流れている。


「・・・街を歩いて探してきた」


「・・・何を?」


「いい女の子」


そう言いながら、竜司は少しずつ遥に近寄る。


「・・・いっぱいいたでしょう・・・」


「うん・・・いっぱいいた」


そして竜司はベッドに腰掛けた。

遥は・・・竜司に顔を見せない。


「街歩いてても、雑誌や街のポスター見ても、綺麗な子いっぱいいた・・・」


「・・・ほら・・・結婚とかしなくてよかったじゃん・・・」


「でも、遥より大事な人はいない・・・」


「・・・」


「どんなに可愛い子見たって、誰と話したって、遥が出てくる・・・笑った顔も泣いた顔も・・・俺は遥が一番可愛いよ?・・・」


部屋には遥の鼻をすする声がしていた。


「遥、ごめんな?俺・・・ずっと傍にいる。何があっても・・・ずっと傍にいるから・・・」


そう言い、竜司が遥に顔を近づけると、柔らかな街灯の灯りが遥の顔を照らし、涙が光った。


「見ないで・・・」


泣きながら遥がそう言うと、竜司は遥を起こし、優しく遥の顔を自分の胸に当てた。


「こうすれば見れないから。俺の顔を見たくなったら言いな?」


「・・・見たい・・・」


「わがままだな・・・」


そして二人は見つめ合う。


「・・・変な顔っ」


遥が笑って見せると、竜司も笑ってそれに答える。


「おまえだって化粧とれてるぞ?」


「いいもん。どうせ不細工だもん」


その瞬間、竜司は少しだけ運命を信じた・・・。


遥が伺う。


「他の人見ちゃ駄目だよ?・・・可愛い子ばっかだよ?浮気しない?」


「しない」


「向こうが言い寄ってきたら?」


「・・・さぁそれは・・・」


「もう別れる」


「嘘だって」


「私・・・死んじゃうかもよ?・・・」


「死なせない」


「どうやって?」


「その時は俺が死ぬ」


「嫌だ」


「遥・・・死ぬなんて考えるな」


「うん・・・ねぇ。あの二つの木、桜だよね?」


「あんま見えない・・・」


「桜だといいなぁ・・・冬が終わったら、一緒にここから花見だね」


「うん」


「お兄ちゃんも、みんな呼んでぇ。ビール飲んでぇ。音楽かけてぇ」


「病室だよ?」


「先生に頼む」


「じゃ、一緒に頼も。ビールはちょっと・・・」


「早く春にならないかなぁ・・・」


「それまで我慢して頑張ろうね?遥」


「うんっ。ねぇ・・・」


「ん?」


「私の事・・・好き?」


「あぁ」


「それは答えじゃないっ!」


「好きだよ?」


「・・・竜司・・・?」


「どうした?」







「私は竜司が・・・」




「・・・」




「大好きっ!!」








やっぱり・・・。




恋愛は楽しい・・・。




でも切ないって・・・こんな気持ちを言うんだね・・・。




幸せって・・・いつか終わっちゃうものなの?




私・・・もう強がったりしないよ?




これからはもっともっと素直になるし、ちゃんと向き合うし、努力だってする・・・。




もっと・・・。





もっともっと頑張るから・・・。




・・・だから・・・




竜司だけは苦しませないで・・・。










桜まであと三、四ヶ月・・・。

凍てつく寒さが人々を襲う。

心まで冷え切れと言わんばかりに・・・。

その寒さは人々に問いかける。


生きる事と死ぬ事の難しさを――――。

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