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第六章 「発病」

第六章 発病



それから一週間後―――。


「あれ?遥さん今日は綺麗ですね」


「うるさい。お兄ちゃんこそ気合い入ってるじゃない」


「どこが」


遥は今日、竜司との約束、そして武はすみれと約束が入っていた。


「じゃあ行ってくるわ」


武は自転車に乗り、すみれとの待ち合わせの駅に向かった。


すみれよりも先に着いた武は、駅のトイレの鏡で髪型を整える。






約束の十分後、すみれがやってきた。



「ごめんなさい遅くなって・・・待った?」


「だいぶ」


「そんなに?」


「嘘。そんなに待ってないよ?」


「よかった」



そう言い、二人は映画館へ入って行く。


館内で、すみれはコーラとポテトを買い、武はアイスコーヒーを買った。


少し経つと、見たかった映画が始まり、すみれは武にポテトを勧める。


「いや、いいや・・・」


「なんで?いらないの?」


「嫌いなんだよね」


「へー変わってるね」


王道が食べられない武を見て、すみれは笑顔で交わす。


そして上映が終わり、泣いている武にすみれがポテトを嗅がせて面白がると、武は本気で吐きそうになった・・・。


そんな楽しいムードの中、しばらくして二人は夜景を見に行くことにした。


その場所は絶景のデートスポットで、周りにはたくさんのカップルが寄り添いあっている。


武とすみれは少し恥ずかしそうに、あまり人がいない場所を探し、腰を下ろした。


あまりに綺麗な街の輝きを見てすみれはとても喜ぶ。



「綺麗~!こんなとこあったんだね~!」


「俺も知らなかったけど・・・あったみたいだね」



すると一変し、少し黙ってすみれが静かに話し出した。



「今日、楽しかった・・・」


「うん・・・よかった」



武がそう答えると、すみれは悩むようにうつむく。



「・・・でも・・・武さんとあまり、楽しい事増やしたくないよ・・・」



「・・・・どうゆうこと?」



「辛いから・・・」



「・・・」



「私、やりたい事たくさんある。教師もうまくやっていきたいよ?こんな世の中になってもそう思う」



「うん・・・」



「・・・でも・・・死にたくない・・・」



武はその言葉に何も言えない。


すみれが続ける。


「・・・正直に言うとね・・・?今の彼氏の事好きだけど、この状態が続くならそれでいいって思ってる・・・大きく何かを望んでない・・・好きでいてくれるならそれでいいって・・・でも、これから武さんには望んじゃうかもしれない・・・多分・・・望んじゃうし・・・もう望んでる・・・ごめんね。都合いいよね・・・だからこれ以上好きになってそれが叶った時さ・・・やっぱ恐いよ・・・」







「・・・病気の事?」







「うん・・・だから・・・踏み込めない。何か発見があったり、優しかったり、そうゆう一つ一つの事で今は揺れるから・・・それがこの先恐い・・・勝手だよね・・・」











「・・・勝手だよ・・・」









「・・・うん・・・嫌いになった?」









「いや・・・変わらない。ただ・・・俺も今は何も言えない・・・当分・・・会うのやめようか」








「・・・ごめん・・・ごめんね・・・?」











武は優しさに負けた。







それはすみれに対して本気だったから・・・。








不器用にくすぶるその気持ちは、本気だからこそ・・・うまく消化出来ず、胸に突き刺さったまま鈍く「好き」という熱だけを残す。



それはやがて「未練」に変わる為、どうする事も出来ない現状を運命に叩きつけられ、やがて帰ろうとした二人の背中に、近くで散った打ち上げ花火の光が降り注ぎ、その互いの悲しげな印象を、強く空に描写していた。










その頃、遥と竜司は、夜の海にいた。



「花火したい」



遥が竜司にそう言うと、竜司は車を運転しながら答える。



「今言うなよ~。コンビニ過ぎちゃったじゃん」


「だって今思いついたんだも~ん」


「じゃあ車停めて買いにいこっか」



二人は、車を海沿いのパーキングに停め、歩いてさっき通り過ぎたコンビニへ戻った。


途中、遥が尋ねる。



「ねぇ、なんでデート誘ったの?」


「え?行きたそうだったから」


「なにそれ」



竜司が笑顔で冗談を言うと、遥は少しふくれ顔をする。


そしてコンビニに着くと二人はたくさんの花火を買い、車の停めてある海辺へと戻った。



「何からやろうなぁ~」


「まずロケットやろうよ」



遥が楽しそうに花火を選んでいると、竜司はロケット花火に火を点ける。


高い音を立て花火が飛び回ると、遥は耳を塞ぎ恐がった。



「恐いぃ~・・・」


「ハハッ。子供じゃねぇんだからさっ」


「だってぇ・・・」



そう言いながら遥は、隣で子供のような笑顔をした竜司を見て、嬉しさに似た感情が込み上げてくる。


やがて楽しい時間はすぐに過ぎ去り、花火は残り少なくなった。



「やっぱり最後はこれだなぁ」



竜司が線香花火を取り出す。



「あっ。これ好き~」



そう言うと、遥も線香花火をやりだした。




そして時間が静かになると、竜司の顔が真剣になる。





「なんでデートに誘ったかって・・・もっとおまえを知りたかったからじゃないかな・・・」




それを聞くと遥は、急に真剣になったその顔と声にびっくりする。





「そっか・・・」





「俺さ・・・なんか、遥になら素直になれそうな気がする・・・それは多分、誰よりも遥が素直だからかもな」






「・・・」










「今まで恐かった・・・人を信用出来なくて・・・でも遥はさ・・・ありのままでいてくれるから・・・だから俺も正直に生きたいってそう思った。こんな世の中でもさ、死ぬかもしれないけど俺は希望ってのから逃げたくない・・・自分に逃げることだもんな・・・だから今日気付いたよ・・・」










「・・・ん?」












「俺は遥の事が好きだって」











「・・・うん」











「・・・遥・・・付き合お?」











そして遥は小さく頷いた。



見守るように燃えていた線香花火が落ちると、辺りは真っ暗になり、二人はキスをする。












そして、そんな二人を見つめる上弦の月が、夜の海に怪しげに映っていた・・・・・。

 









それから二週間――-。



武は、スーツに着替えていた。


特に何も話を聞いていなかった遥が伺う。



「どっか行くの?お兄ちゃん」


「刑務所だ」


「・・・刑務所って、強盗?・・・そりゃ確かに貧乏だけどそんな事・・・えっ?恐喝かな・・・いや・・・はっ!殺人!?誰を!?ねぇ!誰殺したの!??」


「おまえを殺そうか・・・」



ネクタイを締めながら武が返すと冷静に遥が伺う。



「・・・お父さん?」



黙って武は頷き、普段履きなれない皮の靴を履いて出て行った。


そんな武を見て祖母が遥に話し始める。



「お父さんを見て育ってるんだね武は・・・。そんなに会話もなかったから、見て覚えるしかなかったんだろうよ・・・大事な時はいつもスーツで・・・お父さんもスーツばかりだったからね・・・」



祖母の言葉に遥が返す。



「そっくりだよ。別に普段着で行けばいいのに・・・なんかそうとう覚悟があるんじゃない・・・?」



祖母はそれを聞くと笑って話し出した。



「男にしかわからない世界があるからね。女には踏み込めない場所があるものだよ・・・まぁでも結局・・・男は女に救いを求めてくるから。その時は、ただ側にいてあげるだけで十分なんだからね?」


「うん・・・」




そして武は父親に会いに向かう。



何年ぶりだろうなどという気持ちも、父への怒りも恐さも全く無かった。




ただあるもの・・・。






それは挫折感と救いの気持ち―――。






武の覚悟は、自分へのバリアーだった。





やがて父のいる刑務所に着くと、冷たい鉄筋の壁が体を圧迫する。


その壁の外にいるというのに・・・。


父親が圧迫されているものはこんな程度じゃないんだろうと感じていた。


ここにきてドキドキしてきた武は、入る前に一本タバコを吸い、心を落ち着かせる。


そしてようやく心の準備が出来、中に入り案内を受けて待合席で座っていると、そこに何年かぶりの父親が現れた。



「・・・なんだ立派になったじゃないか・・・」



父親が武を見るなり話し掛ける。



「何年会ってないと思ってんの」


「・・・もう忘れたな・・・何年かなんて」



それを聞き、武は少し怒りが出始めた。


父親が続ける。



「どうして会いに来た・・・まぁ・・・そのひきつった顔を見りゃなんとなく見当はつくがな」


「・・・」


「なんだそのびびった顔は。もう二十二だろうが」




それを聞いて武は思った。




《何年経ったか覚えてるじゃねぇか――》





そして感じた。








無理に喋っていると・・・。







だが父親は、それを感じている武をもわかっていた。




「元気か?遥も・・・香樹も・・・」


「あぁ」


「そうか・・・おまえ何に悩んでる。俺に会いに来たってのはよっぽどだろう」


「まぁ・・・教えて欲しい事があんだ」


「なんだ」


「俺はどう生きればいい・・・わかんねぇんだよ・・・あの日から全然・・・」




父親は冷静に伺っている。




「あの日ってのはいつだ」


「親父がおじさん殺した日だよ・・・」


「・・・」


「・・・夢も捨てたし金もねぇ!香樹まだ六歳だぞ!?今は恐い病気だってある!どうしたらいいんだよ・・・」




それを聞くと父親は意外にも優しい顔をした。



「・・・どうしたらいいか・・・初めてだな、おまえに相談されるなんてのは・・・男ってのは責任感がいつからか生まれてくるもんだ。それは家族を持ち、養っていくうちに生まれてくるものでもない。自分の生きてきた証からだ。愛する人と一緒になろうと決めた覚悟。子供を産ませた覚悟。大事な人を守ろうと決めた覚悟。仕事だってそうだ。任された事をやり抜こうとする覚悟、応えようとする覚悟。そして、自分を信じぬく覚悟・・・ただな・・・」



武は黙ってかみ締めている。



「ただ・・・勘違いだけはするな。それは嘘をついて決めても何の意味もない。別に俺は、おまえに、捕まったから、あいつらを育ててくれと頼んだわけじゃない。なんでおまえが夢を捨てて育ててんだ。覚悟を決めたんだろう、大事な人を守る為に。たとえどんな世になろうとな・・・綺麗事じゃなく、てめぇがてめぇで覚悟した事に嘘がねぇんなら最後まで揺らぐな!!夢を諦めた!?逃げてるだけだろーが!俺はな、子供ができたから夢を諦めるだとか、生活できないからだとか嫌いなんだ。そりゃぁ、現実考えちまうからな・・・ただ、生き抜くってのは形がどうなろうと、自分のエネルギーを満タンで走ってくもんだ!逃げてんじゃねぇぞ!」




武は笑みを浮かべ、自分の自信が取り戻された。



父親が続ける。



「俺は後悔していない。あの日の事。実際、誰が見ても最悪な状態になっちまったがな・・・わかっておけ・・・俺のわがままな人生におまえらが乗りかかってんだ。自分を主張したいなら、お前の人生に俺が乗りかかってると思え。そうすれば俺は、ただのお前の人生のひとかけらだ」



外は夕方から夜になり始めていた。






ネクタイを緩め、武は自分の家へと帰る。


父親が建てた家。


自分が繋ぎとめている家。


玄関を開けると、香樹が遊んで欲しいとねだってくる。


武は頭を撫で、風呂に入ろうと笑顔で言った。


祖母も遥も、武に何を聞くわけでもなく、いつものように接する。







それは紛れもなく武の家族だった。







家族は形を変えていく。


誰かがいなくなり、誰かが一員になる。


辛い家族もあれば、幸せな家族もある。








その時武は・・・。












その家族に幸せを感じてしまった・・・。















そして、次の日。














「おはよっお兄ちゃん」




「あぁ、おはよ。何、元気いいね」




いつもより元気がいい遥に、顔を洗いながら武は尋ねた。




「竜司とデートか?」





「うんっ」





「そうかぁ。なんかあれだな、おまえに彼氏とか出来ると、なんか違和感あるな」






「・・・」












「なぁって」










「・・・」










「おいって・・・どっか行くの早いな。便所か?」










武は、顔についた水をタオルで拭く。

















そして武が振り向いた目の先には・・・。












「・・・おいっ!遥ぁ!!」





















鼻血を出して倒れている遥の姿があった・・・。












「・・・おいっ・・おい!遥ぁ!!どうしたおいっ!ばあちゃん!ちょっと来てくれ!遥が!!」







祖母が駆けつけ、香樹は恐さからドアに隠れて見ている。









遥は意識が無く、救急車で病院に運ばれた。








その車中・・・。



「貧血とかか?」


「そんな軽度のものならいいけど・・・意識がないからねぇ」


武が祖母にそう聞くと、祖母が不安げに答える。


「・・・頭打ったからだろ。学校行って家事だからさ、そりゃ体にくるよなっ」


「そうだねぇ・・・」










その時、武の頭にも祖母の頭にも幸せ病があった――――。





病院に搬送され、意識の戻らない遥は集中治療室に入る。


重く静かな待合室で、武と祖母は黙って遥の治療を待った。


やがて二時間後、遥が集中治療室から出ると、武と祖母は担当医に呼ばれ、個室へ入っていく。




そして担当医からの説明が始まった。




「最近、彼女変わった症状ありましたか?」




八畳程ある部屋に緊張が走る。




「いえ・・・特には」




武が答えると、医師は重い口調で話す。





「突然ですか・・・高校生ですね・・・何かすでに大学が決まったとかは・・・」




「いえ・・・ありません・・・」










武はすでに察していた。










隣では祖母がずっと下を向き、自分の手を握り締める。







「今現在、彼女が倒れた原因が不明です・・・まだ意識が戻ってませんし、おそらく・・・」











「・・・」











「・・・幸せ病・・・ではないかと思われます・・・」













一気に体の力が抜けた。












涙も出ない。










声も出ない。












ぶつける先は一つしかなかった・・・。










その日は、祖母が遥を見守る事となり、そして武は静かにその場所へ足を向かわせる。





















武が向かっていた先は、竜司のもとだった。








「誰ですか?」




竜司が武を見て尋ねる。




「・・・伊崎遥の兄だよ」



「・・・お兄さん・・・ですか・・・」




武は黙って目を瞑り、その三秒後目を見開き思い切り竜司を殴りつけた。



「てめぇ何をたらしこんだ馬鹿ヤロー!」



倒れこんだ竜司は何がなんだかわからぬまま、聞き返す。



「・・・何がですか・・・?」


「誰の妹に手ぇ出してんだよ!」


「・・・あんた・・・遥の兄ちゃんでも、わけわかんない事言ってんじゃねぇよ!」



突然の事に、竜司も武を殴り返した。



「てめぇのせいでな!てめぇのせいで・・・遥が死んじまうんだよ!」



そう言い、武がもう一発殴ると、竜司はどういうことだと伺う。



「ハァ・・・ハァ・・・てめぇ・・・なんで遥と出会うんだよ・・・」


「出会うって・・・」


「てめぇと出会わなけりゃ・・・」


「何かあったんですか」


「・・・おまえと付き合うようになってから・・・あいつ幸せそうだったんだ・・・でもまさかって思ってた・・・」


「まさかって・・・」


「・・・なんでてめぇは血ぃ流して倒れてねぇんだよ!おかしいだろーが!!」



武はそう言いもう一度殴りかかる。


遥が幸せ病にかかったと気付いた竜司は、何の抵抗もすることなく武に殴られ、壁にもたれるように倒れこむ。








放心状態だった・・・。








少し落ち着きを取り戻し、武が続ける。







「・・・そんなにいい奴なのか?おまえ・・・そんなにあいつが惚れる程いい奴なんかよ・・・」



竜司は動揺している。



「・・・おまえ本当に好きなんかよ、遥を・・・幸せなんじゃねぇのかよ・・・」




そしてそれに対し、竜司が口を開いた。




「俺は・・・俺は自分に正直に生きたいだけです・・・遥を可愛いなって思ったり、遥をどんどん好きになっていってる自分に嘘が付けなかった・・・病気の事も考えました。でも・・・俺は未来から逃げたくない!あいつを守ってやろうって思った・・・あいつが死ぬなら・・・俺も死にます・・・」



竜司がそう言うと、武にもう一度怒りが込み上げる。



「おまえも死ぬとか・・・ふざけんじゃねぇぞこらぁ!守ってやるだぁ!?てめぇ一緒に死んじまったら守るもクソもねぇだろぉ!!そんなに好きならあいつと一緒に生きてみろよ!・・・死ぬことよりもなぁ、生きる事の方が難しいんだ!変に偏った考えで死を美化すんじゃねぇ!!!・・・いい奴か・・・いい奴だよおまえ・・・自分に正直にって言ったよな・・・?生きたいだろ・・・遥と二人で・・・これから、いくつだって楽しい事も経験できる・・・」




「・・・」




「・・・すまねぇ・・・おまえにしか当たる場所がなかった・・・だから・・・だから一緒に生きてやって欲しいんだ。まだ意識が戻んない・・・戻った時におまえがいたらあいつ・・・喜ぶだろ・・・」







武は涙が止まらなかった・・・。








そして竜司はただ黙って頷く。



いつもと変わらない朝のはずだった。



そして、全てが全く変わってしまった夜を迎えている。



竜司はすぐに病院へ向かって走っていき、武は弘樹を呼び、その車の助手席で夜の月を見つめていた。






走っても走っても月が追ってくる。





思い出していた。





幼い頃、遥と二人で遊んだ事を。


遥が弟だったらよかったと思っていた事。


どこへ行くにもついてくる遥をうっとうしく思っていた事・・・。






今宵の、どこまでも追ってくる月を見て武は、遥の笑顔が頭から消えなかった。






弘樹はそんな武を家まで送り届ける。



そして、武に話し始めた。





「武・・・まだ発病した段階だ。死ぬって決まったわけじゃねぇし、もともと、幸せ病なんてどういう病気かもわかんねぇんだ・・・ある日突然治るかもしんねぇんだぞ?その竜司ってやつ側においてたら逆にまずいんじゃねぇかな・・・いつまでも好きでいちまうしさ・・・」



すると、武の中で一つの基準が出来ていた。



「いいんだ・・・あいつずっと、恋愛出来ないでいたんだよあの日から。やっと人を好きになれたんだ。あんな幸せそうな遥久しぶりに見てさ、俺、ほんとに嬉しかった・・・あいつだって別にバカじゃねぇんだし、もしかしたらこうなるの分かってて恋に歩き出したのかもしんない・・・それだけ恋をしたかったって事じゃなくてさ、死んでもいいくらい楽しくて仕方なかったんじゃないかな・・・まぁっ、まだまだ若いんだよ」












それが正解なのかも・・・












間違いなのかもわからない・・・。













武はその時、正当化する事でしか・・・自分を助ける事が出来なかった・・・。














運命は誰にもわからない。



良い出会いもあれば悪い出会いもある。



ただそれは、本人が良いと思うか悪いと思うかの違いなだけかもしれない。





人間が出会う事には何らかの意味がある。



親と子供、兄弟、姉妹。恋人との出会い・・・。





例え辛い出会い、別れをしても、それは自分を成長させてくれる出会いだろう。



その人から何かを吸収したり、何かを教わったり・・・。



人間は経験出来ないことを経験しようと生きている。



だから欲があり、気持ちがある。



武は父親から教わり、竜司に叩きこんだ。



そして竜司はまた、遥に何かを与える。



武は折れそうな心で必死にそれに気付き、その先を歩き出していた・・・。







六日後―――。



武と竜司は遥の入院している病院にいた。



「おまえギターとか好きか?」



武が喫煙ルームで竜司に尋ねる。



「いや、やった事ないっすよ。出来るんですか?」


「出来るも何も俺の夢はプロだからな」


「デビューするんすか?サイン下さいよ」


「・・・いやいや、デビューもクソも・・・サインて言っても・・・まだオーデションとか受けてないからさぁ」


「受けましょうよ。絶対いけますよ!」


「おまえ見てねぇだろ!?俺のギターも唄も聞いた事ないのに何がいけるだよ!」


「・・・すいません・・・」


「まぁでも・・・そろそろやろうと思うんだ・・・」


「応援しますよ」




武はこの一週間弱、遥の事、今後の自分の事を常に考えていた。




「俺さぁ、自分の家族を幸せだって思ったんだよ。でも遥がこうなって、その幸せな家族が壊れた。だから病気にならなかったんだろーな」



そんな武の言葉に、竜司が反論する。



「幸せな家族・・・壊れてませんよ・・・?武さん、こんなに遥の事思ってるじゃないですか。今までもこれからもずっとこの家族は繋がってますよ」



穏やかな竜司の笑顔に、武は寝ていないストレスが消えた。


タバコを吸い終え、二人は遥の病室に戻る。







すると・・・。








「遥・・・意識、戻ったのか!?」







遥は意識が戻り、二人を見て少し微笑む。


そして武は、看護師を呼ぶ為に病室を出て行き、竜司が遥に笑顔で話し掛けた。




「遥・・・おはよっ」


「どうしているの?」


「どうしてって、看病だよ?」


「知ってる」




遥が笑って答えると、竜司は優しく聞き返す。




「知ってるって、ずっと寝てたでしょ?」


「全部聞こえてたもん。おばぁちゃんの泣き声とか、お兄ちゃんが話し掛けてたりとか、竜司が好きって言ってたりとか」


「好きなんて言ったかな・・・」


「覚えてないのぉ~?」


「・・・言ったかな・・・」




遥がフクれると、照れたように竜司が答えた。




すると少し黙って、顔を暗めて遥が呟く。




「・・・病気の事もわかってるよ。だから・・・気を遣わないでね?」


「そうか・・・」




そこへ、武が担当医と看護師を連れて来る。



一度目の発作であれば、意識を戻した後すぐに体力が水準まで戻り、普段通り生活を送れる事。





ただ、いつまた発作が起こるかわからない事。






医者からは、幸せ病で苦しむ患者の平均的な症状の統計からでしか説明が貰えず、今後の処置方法なども曖昧なまま、もう一晩入院し、次の日に遥は退院をした。






遥にとって一週間ぶりの実家。




「香樹。おりこうさんにしてた?」


「お姉ちゃん・・・」



香樹は遥に抱きつき泣き始めた。


武はそれを見て、遥の存在の大きさを実感する。


遥は香樹をなだめ、祖母に家事をあけた事を謝ると、昼飯の準備をし始めた。



「いいよ遥・・・おばあちゃんやるから」



祖母がそう言うと、遥は無理に笑顔を作る。



「私、病気じゃないよっ。こーんな貧乏でさぁ、お母さんもいないし、お父さんは人殺しだし、おばあちゃんばっか働いてて、お兄ちゃんは香樹より世話焼けるしさぁ、幸せなわけないじゃんっ。だから、あれは診察ミスだよ」





その言葉に祖母は何も返せなかった。





「・・・まぁ・・・なんにしてもこの間まで意識なかった子に家事はやらせないよ?おばあちゃん」



祖母は少しひきつった笑顔で答える。



「もう・・・いつまでも病人扱いしないでぇ」



そう言って遥は自分の部屋に戻った。


その会話をそっと聞いていた武は、祖母を安心させようと台所に入ってきてお茶を入れ始める。



「ばあちゃん・・・今は何も考えないでおこ?あいつにあんまり意識させても可哀想だし」


「そうだね・・・」








やがて季節は秋になり、遥の発作も起きないまま家族は前と変わらない生活を過ごしていた。






そしてその日、武自身の苦しみがまた始まろうとしていた・・・。




武の携帯が鳴る。




「先生・・・どうしたの?急に」




その電話の相手はすみれだった。






「・・・ちょっと会えないかな・・・?」



「・・・うん・・・わかった」



戸惑いながらも、武は久しぶりにすみれに会う事にした。



「ごめん。会わないって約束したのに・・・」


「いーよ。どうした?」


「・・・彼氏と・・・別れちゃった・・・」


「・・・そっか・・・そーだ。今また見たい映画があるんだけど、行かない?」


「映画?・・・うん」



二人は映画館に向かった。


武はまたアイスコーヒーを注文、すみれはコーラだけを注文する。



「今日はポップコーンはいいの?」


「うん・・・だって嫌いでしょ?」


「そうだけど・・・」



そのまま上映となり、二人はそこまで映画を楽しめずに映画館を出た。



「どうしよっか」


「うん・・・」



武の問いかけに、すみれは下を向いている。



「また夜景でも行こうか」



笑顔で武がそう誘うと、すみれはコクッと頷いた。


二人が会わないと決めた場所へと歩き、あの時と変わらない夜景を目の前にして、すみれが小さく呟く。



「振られちゃったよ・・・」


「・・・そっか・・・」


「もう・・・恋愛したくない・・・」



その時、武の頭に遥が過ぎった。


すみれが続ける。



「その方が今はいいよね?だって・・・死んじゃうかも知れないもんね・・・?」



それを聞いて、武は現状を話し始めた。



「・・・妹がかかっちまったんだ、幸せ病に。彼氏が出来たとたんだった・・・」


「嘘・・・」


「ホントだよ。いつ発作がまた起きるかわからない。すみれ先生はこんな世の中じゃなかったら・・・恋愛したいの?」


「・・・うん・・・」


「でも、死ぬのが・・・やっぱ恐いよね・・・?」


「誰だって恐いよ・・・」


「俺も恐い。あいつはそれを知ってて恋愛したんだ。恐さよりも、人を好きだって気持ちで前に進んだんだ。それを俺は間違ってるとも、正しいとも今は言えない。あいつが死んじまったら、どーしようもないから・・・でも、俺はあいつのそうゆうとこ好きなんだぁ。意志とかそんな大それたモンじゃないだろうけど・・・ただ、すみれ先生の言ってる事もわかる。命ってやっぱ大事だからさ」


「・・・」




それを聞くと、すみれの思考は止まり、ホロホロと涙だけが零れ落ちる。


一点を見つめ、自然と溢れ出る感情に身を任せる事しか出来ない。



言葉さえも浮かばず、遥の事を思い、そして自分が辛くて切なくて・・・悲劇に浸る余裕さえも持ち合わせてなかった・・・。




やがて武は、そのまますみれを家まで送って行った。





その玄関先。




すみれが尋ねる。





「・・・もっと早くに出逢ってたら・・・」



「・・・ん?」



「・・・私がこんなにずるくなかったら・・・」



「・・・」






「・・・こんな時・・・ギュってしてくれた・・・?」










「・・・うん・・・」













「・・・ごめん・・・変な事・・・」













「・・・ずるいのは・・・俺だから」










「・・・」












「・・・ギュッてしてやれないのは・・・俺のずるさだから・・・」









そうして、二人は互いの家へと帰った。


やがて武は部屋に着き、落ち着くと、



「今日は遥の顔見てねぇなぁ・・・」



そう思い、遥の部屋のドアをノックする。



「はぁーい」


「入るぞ?」



明るい声で遥が返事をすると、武は部屋に入り、ベッドに腰を下ろした。



「すみれ先生と会ってきたんでしょ~?」



変わらず、からかうように遥は武に伺う。



「うん・・・振られたんだってさ?先生・・・彼氏に・・・」



「そうなんだ・・・」



「・・・どーしたの。いつもみたいにチャンスじゃん!とか言えよ・・・調子狂うな」



「・・・言えないよ・・・幸せになったら二人とも・・・」



「病気にかかるって?」



「・・・」



「・・・先生に話したんだ。おまえの事」



「そう・・・」



「先生、恋愛出来ないって言ってた。病気が恐いからって・・・確かに恐いけどさ、俺はおまえをすごいって思ってるよ?それを先生にも言ったんだよ・・・あいつは恐さを知ってて前に進んだって。だから、おまえのそうゆう真っ直ぐなとこすごいいいと思うよ?俺」






「・・・あのさ、いいって何?」







「何って・・・」









「・・・病気になっちゃったら終わりじゃん!真っ直ぐ!?そんなんで死んでたらただの馬鹿だよ!わかったような事言わないで!」











その時・・・。










「・・・遥・・・」










「・・・・恐いんだよ・・・お兄ちゃん・・・死んじゃうんだよぉ??」








強がりと我慢が吹き飛び・・・遥は泣き崩れた・・・。













「恐いよぉ・・・死ぬのやだ・・・」









「・・・・・・ごめん・・・」








そして武は、遥を抱き寄せる。












「死にたくないよぉ・・・私・・・せっかく恋出来たのに・・・」










「・・・」










「せっかく・・・人を好きになれたのにさ・・・」










「・・・」







「生まれて初めて・・・幸せだなぁって・・・」










「・・・うん」










「そう・・・思えたのに・・・」


そしてここから全てが始まった。




幸せ病との戦いが・・・。





もう時期、始まろうとする寒さか・・・。





それとも・・・短い命の意味を伝えようとしているのか・・・。





外ではただ、凛々と鈴虫が鳴いていた・・・。




―――FROM遥―――


この時・・・


何が何だかわかんなくなって・・・涙が止まんなかった。


ただ・・・ずっと心の中で叫んでたんだ。



「竜司、ゴメンね」って・・・。



私の十七歳の恋は・・・



すごく綺麗で



とっても楽しくて



温かくて



幸せで嬉しくて・・・。



だけど、



めちゃくちゃ辛いモノだった・・・。



だって・・・




幸せになっちゃいけないんだもん・・・。





そんなの・・・辛すぎるよ。


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