第二章 「恋」
第二章 恋
河原には五月の風が吹き、武は香樹の担任が来るまでの間、河原の隅で眠っていた。
するとそこに、学校帰りの遥と優が通りかかる。
「あれ?お兄ちゃん?」
「寝てるよ・・・?死んでんじゃない?河原だし・・・」
遥が寝そべっている武に気付くと、優が遥の耳元で冗談を言う。
「図太いから死ぬような人じゃないよ多分・・・ちょっと行ってくる」
「じゃあ私、彼氏と会うから先帰るね?」
そう言って優は帰っていき、遥は寝ている武のもとに坂を下りていった。
武の名前を呼び、ゆすり起こすと、
「あれ?遥何してんの?」
「こっちのセリフだって。何?こんなとこで」
武はあくびをしながら起き上がった。
「いや、考え事しててね」
「お兄ちゃんでも考えるんだねっ」
笑顔で遥が切り返すと、突然武は遥に質問した。
「なぁ、神様っていると思う?」
「ん?」
「戦争とかじゃなくて人間がいっぱい死んじゃうったらなんだと思う?」
「何言ってんの?」
遥はしかめっ面で話を聞いている。
「そういうわけわかんない事を言うおっさんと昨日会ってね・・・。なぁ戦争じゃなくてさ、大量に死ぬっていったら何だと思う?」
「・・・隕石とか?」
「隕石ねぇ・・・」
その言葉で、二人の間に五秒ほどの沈黙が流れた。
「・・・お兄ちゃん、私が彼氏とか出来たらどうする?」
「隕石かぁなるほど・・・えっ!?彼氏できたわけ!?」
武は遥の突然の切り返しに、びっくりしながら聞き返す。
「いや出来てないけど、もし出来たらだって」
「・・・お前に作る気あるならいいけどさ・・・」
武の問いに小さな声で遥が答えると、少し黙って武はうつむきながら呟いた。
そして遥が続ける。
「まぁ・・・でも家の事出来なくなるし無理だよね」
「家の事とか関係ないだろ・・・」
「・・・うん、まぁ・・・ごめんね?変な事・・・」
武は思い出していた。
それは六年前の事―――。
武達三人の父親は政治家で、忙しく、家にいる事が少なかったが、比較的温厚な人物だった。
そしてその弟は、そんな兄の金を目当てに弱みを握り、武達の父親に脅しをかけていた。
武、遥にとっては叔父にあたる人物。
叔父は兄の賄賂疑惑を餌に、毎日のように家にやってきては金を巻き上げて生活していた。
そんな事が続いた夏のある日、事件は起きた。
その日、叔父の脅迫はエスカレートし、生まれたばかりの香樹を養子にしたいと要望してきた。
「兄貴よ、あんたが裏金ばらまいてるのバラしてもいいのかい?」
夕立が終わり、外はヒグラシが鳴いている。
そんな穏やかな外の風景とは裏腹に、伊崎家では叔父が嫌らしい顔つきで父を脅迫する。
「家族の前だ。馬鹿な話はよせ。香樹を養子になんて出来るわけないだろう」
それに対し、動揺することも無く毅然とした態度で父親は答えた。
叔父が続ける。
「俺はな、あんたのせいで親からも見離されて地獄ん中を這いつくばってきたんだ・・・そんな弟に、三人もいる子供一人くらいくれてもバチ当たんねぇじゃねぇかい?綺麗な嫁さんと娘、傷つけられても嫌だろうに」
叔父がそう言うと、
「ふざけるなよ小僧・・・俺を誰だと思ってる・・・」
家族の前では温厚な父親の顔つきが変わった。
拍車をかけるように叔父はさらに卑しく攻め寄る。
「収賄容疑で捕まりてぇかい?兄貴・・・」
それを聞いた父親は、普段聞かない図太い声で、
「今までは多少の銭もくれてやってたがな、そんなに俺もお人好しじゃないんだよ馬鹿野郎・・・てめぇをいつでも豚箱いれるくらいの事はたやすいんだ、このシャブたれが・・・」
武も遥も父親の今まで見たことの無い姿にぞっとし、叔父もクスリをうっていたせいか顔つきがだんだん変わってきた。
「・・・なめんなよ・・・簡単に捕まってたまるか・・・」
すると、その場をなんとか沈めようと、武達の母親が二人に向かって口を挟む。
「まぁまぁ、お父さんも修三くんも落ち着いて・・・」
その時だった。
ふいに叔父は、母親とその隣にいた遥を拳で殴りつけた。
「うるせぇよくそったれ!!馬鹿そうな娘連れやがっていきがってんじゃねぇ!」
叔父は荒れ狂い、罵声を放つ。
「・・・てめえこの野郎・・・何してんだ馬鹿ヤロー!!」
そして今まで我慢していた父親の理性は完全に消えうせた。
家中を叔父と父親の罵声が飛びかい、母親は殴られた衝撃で強く頭を打ち倒れこむ。
父親と叔父は殴り合いの喧嘩となり、当時十七歳の武は止めに入るが、大人二人を相手では力無くはじき飛ばされる。
遥は叔父に顔を殴られ、口から血を流して泣きながら、うずくまる母親を震えた体で精一杯抱き締めていた。
やがてクスリの影響からしばらくすると、叔父は体力が無く父親の下で殴られ続ける。
武の止めも気にも留めず、父は拳で殴り続けた。
三人の子供を抱きかかえた、優しく包み込むような父親の手はその時、実の弟をめった殴りにする真っ赤な凶器に変わっていた――。
目を瞑り武は悟った。
もう今までの楽しい生活は終わったと。
今までの、武が知っている父親の姿はもう見れないと・・・。
目をひんむき、たまらず武は叫んだ。
「もうやめてくれ親父!」
武の叫び声で、近所の住民がやっと異変に気付き、警察へ通報したときにはもう遅かった。
畳中に血が染み、父の体の下で叔父は死んでいた。
父親は殺人罪でその日のうちに逮捕、母親はそのまま病院へ搬送されたが脳への衝撃が大きく、半月ばかりが過ぎた頃、病院で息を引き取った。
遥はその時のショックで口がきけなくなり、二年の治療と香樹の世話をすることで、奇跡的にようやくまともに明るく人と喋る事が出来るようになったが、男性に対しての恐怖からは未だ抜け出せずにいた――。
そんな事を思い出し、武が河原で時間を忘れていると香樹から電話が鳴った。
「もしもし?あっ香樹か?」
「お兄ちゃん!先生がうち来たよ!?」
香樹が無邪気に電話口で答える。
「あぁっ!ごめんな!?すぐ行くから!遥!お前が変な事言うから!」
「私のせいじゃないじゃん!もとはといえば、お兄ちゃんがこんな所で寝てるから!」
今度は揃って香樹の家庭訪問を忘れていた・・・。
武は家に帰る途中、父親の事を思っていた。
武が小学一年の家庭訪問、父親は選挙の真っ最中で母親さえも家にいなかった。
そして仕事づけで何も語らない、何も教えてくれない父親だった。
それでも一つだけ。
一つだけ真剣に武に向けてくれた言葉。
『俺を超えてみろ―――』
「先に家に戻る」と遥に言い残し、いつもの川沿いを走っている最中、父親のその言葉だけがグルグルと武の頭の中を駈けずり回っていた。
そしてようやく武が家に着くと、一人の女性が玄関先で待っていた。
『相川 すみれ』
香樹達一年生の担任である。
武はお詫びをし、家の中へと案内した。
しばらくして、少し遅れて帰ってきた遥が、急いでお茶を運んでくると、すみれは笑顔で遥に話し掛ける。
「お姉さんですか?いつも香樹君から聞いてます」
「聞いてるって何をですか?」
武が疑問に思い、尋ねてみた。
「いえ。思った通りの素敵なお姉さんで、香樹君いつもお姉さんのお話するんです」
「えっ、なんて言ってるんですか?変な事とかじゃ・・・」
今度は遥が、不安な顔で伺う。
「お姉ちゃんが大好きで将来結婚するって言ってます」
終始笑顔で話をし、礼儀正しいすみれに、武は一瞬ドキっとした。
そして、すみれがふいに武に話し掛ける。
「香樹君、家ではどんな子ですか?」
「えっ・・・あっ、別に普通ですけどね」
「ちょっとお兄ちゃん・・・普通って何??」
動揺してうまく答えられずにいる武に、遥が隣からヒソヒソと注意をする。
「あっ、いやっ、元気ですよっ?学校ではどうなんですか?」
今度は逆に、照れながら学校での香樹の態度を尋ねると、すみれは少し困った顔で話しだす。
「学校でも元気が良いには良いんですけど・・・」
「何かしました?」
少しビクビクしながら遥が伺うと、
「いえ・・・ちょっと元気が良すぎて手に負えないんです・・・」
苦笑しながら、すみれは恥ずかしそうに答えた。
「すいません・・・」
遥もまた、謝りながら少しホッとして、恥ずかしそうに下を向く。
そして、とっさにすみれは切り替える。
「あっ!香樹君、お兄ちゃんのおかげで僕は強くなったんだって言ってましたっ」
「あっ・・・そうすか・・・」
武がまた照れていると、すみれは鞄から一冊のアルバムを取り出した。
「これ、クラスのみんなに将来の夢を書いてもらったんです。香樹君の、読んであげてください」
そう言われ、武と遥はアルバムに目を通す。
『一ねんごくみ いざきこうき
ぼくのしょうらいのゆめは、おねえちゃんをまもって、しあわせにしてあげたいです。あとは、おにいちゃんのようにつよいだんなさんになることです。あとパイロットです』
「ちょっと羨ましくなるくらい、お二人が大好きみたいです」
すみれがそう言うと、遥は自然と目頭が熱くなった。
そして武も作文を噛み締め、熱い思いが込み上げる。
続けて、すみれは香樹について語りだした。
「あの子はとっても優しい子で・・・何度か香樹君に助けられたんです。教師を始めてまだほんのちょっとで・・・ある時、子供達がよくわからなくなったんです・・・大人と違って平気で物を言ったりするし・・・子供達の親からは若いのに大丈夫かって目で見られて・・・まだ新米の私には重くなったりしました・・・でも香樹くんはいつも側にいてくれて、泣いてる時は手を握って、先生泣かないでって・・・」
遥は思い出していた。
いつも辛いとき、香樹が手を握ってくれてた事を・・・。
我慢していた涙が溢れ出す。
そしてすみれが続ける。
「人が辛そうにしてたら、そうしなさいって・・・お兄ちゃんに教えてもらったって・・・」
それを聞き、武もまた、香樹との会話を思い出す。
《香樹、友達は大事にしろよ?いっぱい遊んで、みんなで楽しい事探さなきゃな。喧嘩したりしてもいいぞ?聞いてるか?おまえ・・・でももしな?友達が辛そうにしてたら、どこにも行っちゃ駄目だからな?自分が辛くてもそいつの側にいてあげるんだぞ?何回も言ってるんだけども・・・もう覚えたか?これ」
《僕難しいの嫌・・・》
《・・・まぁ、勉強より簡単だよ。難しい話はやめて・・・じゃあ今度の日曜日お兄ちゃんと野球しよう野球》
《うんっ!》
すみれの言葉に武は実感した。
「・・・泣かせやがって・・・」
たとえ親がいなくても香樹はしっかり育っていると・・・。
「だからどんな方か・・・一度お兄さんにお会いしたかったんですよっ?」
すみれが笑顔でそう言い、授業態度、野球が好きな事、色々な話をし家庭訪問は終わった。
その夜、武と遥は香樹を真ん中に挟んで眠りにつく。
遥は、武と香樹の優しさから、異性に対して前向きになり始めた。
『何があっても守ってくれる人がいる』
遥は恋をしてみたいと思った。
武は、自分がもっと強くなろうと思った。
夢に対して少し前向きになり、そして・・・。
気付かぬうちにすみれに恋をしていた。
次の日の朝―――。
「香樹、先生って何歳だ?」
「ん~お兄ちゃんより年上かなぁ」
武がにやついた顔で香樹にそう聞くと、服を着替えながら香樹が答える。
すると横から遥が口を挟んだ。
「お兄ちゃん、先生好きになったんでしょ」
「いやぁ惚れたね・・・」
「早・・・。あっねぇ香樹ぃ、すみれ先生がお姉ちゃんになるかもよっ?」
遥がまた嬉しそうに香樹に話すと、それとは逆に心配そうに香樹は聞き返す。
「お姉ちゃんはどっか行っちゃうの?」
「ん?お姉ちゃんとすみれ先生と、二人もお姉ちゃん出来るんだよぉ?」
「何でぇ?」
香樹は意味がわからない様子。
「遥さん。馬鹿だなぁ結婚したわけでも付き合ったわけでもないだろ。期待持っちゃうじゃんか」
武が冷静なふりをしてそう言うと、遥が面白そうにからかいだす。
「期待ってお兄ちゃんが?」
「・・・香樹が」
少し考え、悔しそうに武が答えると、笑いながら遥が香樹に聞き出す。
「香樹ぃ、先生って彼氏いるって言ってた?」
「先生彼氏いるよっ?」
「・・・」
五秒程沈黙が続く・・・。
「・・・兄貴、終わりましたね・・・」
「・・・はっ・・・あはっ、早いよねちょっと・・・」
遥が苦笑いすると、武は目が飛んでいた・・・。
それから一ヵ月後。
季節は梅雨に入り、香樹の学校では授業参観が始まっていた。
そして武はその日、すみれの授業を見に来ていた。
やがて日が暮れる頃、無事に授業参観が終わり、武と香樹は一緒に帰る事にした。
香樹達一年生のクラスは三階にあり、廊下の窓から西日がとても綺麗に見える。
教室を出ると、武は授業参観について香樹に駄目ダシをし始めた。
「香樹、もっと手上げろよぉ」
「だって、わかんないだもん」
「遥に勉強教えてもらってるだろ」
「うん・・・だってぇ・・・」
香樹は下を向きもじもじしている。
「まぁいいよ。次までには頑張って手挙げれるようにな?」
それに対して自信なさげに香樹が返事をすると、そこに授業後すぐに会議に向かったはずのすみれが、武達のもとへ走ってきた。
「あっすみれ先生!」
香樹が嬉しそうに、すみれを呼ぶ。
「あれっ?先生、会議じゃ・・・」
武がそう言うと、すみれは息を切らして話し出した。
「ハァハァ・・・ちょっとっ・・・待っててくれませんか!?すぐ終わるんで・・・」
「大丈夫ですか?」
武が呆れた感じで笑ってそう聞くと、すみれは息を整え聞き返す。
「・・・ふぅ~。大丈夫です!これから時間少し空いてますか?」
「・・・あっ、大丈夫ですけど」
「じゃぁ、十五分くらい待ってて下さい!」
そう言うと、すみれは走って会議に戻って行き、武は・・・。
「・・・告白かな・・・」
一人、妄想にひたっていた。
三十分後、すみれは少し遅れてやってくる。
「すみません!長引いちゃって・・・っていうか、みんなのお茶片付ける時間入れてなかった」
また息を切らして喋っているすみれを見て武は、少し大人びた感じのすみれのイメージが消えていた。
「あぁ、大丈夫ですよ」
武はそう笑って答え、三人は小腹も空いていた為、近くのファミレスに行く事にした。
「すいません、なんか引き止めちゃって」
「いや、どうせ今日は帰っても暇なんで」
店に入ると、すみれはいつものように笑顔で話しかけてくる。
「そうですか、よかった。そーだ香樹君、何食べたい?」
「ん~とぉ、激辛のカツカレーとぉ、オレンジジュース」
香樹がそう言うと、すみれは「激辛カツカレー」に少し戸惑いながら、武にも聞く。
「・・・お兄さんは?」
「あっ、俺は~・・・なんでもいいんですけど・・・」
武は「激辛カツカレー」どうのなんて関係無く、ひたすらデート気分で照れている。
「そういえば名前、なんて言うんですか?」
すみれは、何気なく武に尋ねてみた。
「あっ・・・俺、武です」
「あっ。武さん・・・私、相川すみれです・・・なんか恥ずかしいんで、今まで通り先生って呼んで下さいっ」
すみれがそう言うと武は、何か変な距離を感じる。
三人は注文をし、武は夕飯をすみれと食べていく事を遥に電話で言っておく事にした。
すると電話の向こうから、遥はまた面白そうにからかいだす。
「香樹だけ迎えに行くから二人で食べてこればぁ?」
「気持ち悪いなおまえ・・・多分学校の話だからさ」
「ふ~ん、そうかなぁ、告られたりして!?キャー!やるねーッ色男!」
「アホッ!今時、色男っておまえいくつだ・・・」
遥に冷やかされ、いつもの自分に戻った武は電話を切ると席に戻り、すみれに聞いてみた。
「で、今日はどうしたんですか?」
すると、すみれは少し笑顔が曇り、話し出す。
「実は・・・私、子供の頃から教師になりたかったんですけど・・・やっぱりいざなってみると、大変で・・・今日の授業参観もうまくいかなかったし・・・会議ってあれ、ほとんど説教みたいな」
そう言い、すみれは悩みを武に打ち明けだした。
「正直、自信がないっていうか・・・武さんに言うのも変なんですけど・・・」
「いや・・・大丈夫でしたけどね、授業」
「ふぅ・・・駄目だったんですよあれじゃ・・・子供達の気持ちがわかんない。ほらっ武さん私と同じくらいの歳で香樹くん育ててるじゃないですか。だから教育ってどんなのかわかるかなって・・・」
そんなすみれの言葉に武は、普段の自分で話が出来るようになってきた。
「俺がやってるのは、先生達がやってる教育と違うからなんとも言えないけど、ひとつ言えるのは子供を恐がっちゃ駄目だよ?無理に教えようとか叱ろうとするんじゃない・・・そうするから裏目に出たりする・・・だから恐がらず、もっと楽しめばいいんじゃないかな」
「楽しむ?」
すみれが聞き返すと武は続ける。
「そう。教えなきゃいけない事もあるし、叱らなきゃいけない事もある。ただ、楽しむってのは一緒に遊ぶとかそんな甘いことじゃない。教える事も叱る事も、マジにぶつかって人間と人間とが楽しむ事だよ」
「それってどうしたら・・・」
「先生は子供が好きで教師になったんでしょ?」
「はい・・・」
「だったら大丈夫だよ・・・子供も命を持ってるから・・・子供だからって人の痛みくらいわかるもんだよ?」
「・・・」
「みんなわかってるよ先生の気持ち。先生がみんなを好きな気持ち。大事に思ってる気持ち・・・自分を好きでいてくれる人を、大事に思って悩んでくれてる人を困らせようとはしない。下からは上の目線じゃ見れないんだ。上にいる人が目線を下にして初めて、下の人の目線で解りあえる。ほらっ先生言ってたように子供は大人と違って素直だから、受け入れる事も早いはずだよ。子供をナメないで、大人は心で、全力で守ってあげなきゃ駄目だよ??」
「・・・また説教されたみたいです・・・」
微笑んですみれは下を向く。
と、その言葉で、話に夢中になっていた武は我に返った。
「あっ・・・すいません・・・」
「・・・ん~ん。ありがとう・・・」
「いや・・・」
武はすみれの『ありがとう』に少し距離が縮まったように感じた。
すると、
「・・・ございます・・・すいませんなんか・・・」
「いや、大丈夫です・・・てか、俺こそ・・・」
武にそう言われ、すみれは少しだけ自信を取り戻す。そして『ありがとう』は、心から出たものだった。
香樹は「関係ないね」と言わんばかりに、激辛カツカレーを意外と余裕で食べ、やがて三人はそのまま家へと帰った。
やがて、武と香樹が家に帰ってくると、今日の事を興味深そうに遥が伺う。
「お兄ちゃんっ、何喋ったのぉ~?」
「いや別に大した話じゃねぇよ」
武は邪魔くさそうに答える。
「告白した?」
「そんなのおまえ、まだ二回しか会ってないのに告るかよ」
「そんなの関係ないじゃ~ん!」
武とは逆に、遥は楽しそうに話す。
「遥みたいな子供にはわかんない話だって」
「あっそうですかっ」
「でも・・・」
「ん?」
「かわいかったなぁ~」
武がデレデレしながら言うと遥は、
「キモいよ・・・」
少し引いてそのままお風呂に入った。
そして運命は急速に動き始める。
やがて長い時間の中で、人々の命の時間は一気に圧縮されていく事となる・・・。