最終章 「約束」
最終章 約束
そして兄妹は、同じ夢の中で繋がった。
お兄ちゃん・・・?
・・・遥・・・二人揃って倒れちまったな・・・ってか竜司を一人にしてたらあいつ泣いてばっかだぞ?
うん・・・。
ハハハッ。そこが好きなのか知んねぇけどさっ。
からかってるのぉ~?
いやいや。幸せそうだなって・・・いつもそう思ってるよ?
そぉ?
あぁ。しかしおまえ、俺の妹でよかったな。
え?
幸せになれよ?
・・・お兄ちゃん?何考えてるの・・・?
何って。おまえを助けようと思ってる。
・・・ダメだよ・・・せっかくお父さんに頼んだのに・・・。
ん?
お兄ちゃんを助けてあげて欲しいって・・・。
・・・そんな事言ったのか?
だからお兄ちゃんは生きて!!私は・・・もういいから・・・。
・・・まぁ、歳の順で言ったら俺が先だしさ。ほらっ、いつか花をくれたろ?
え?
小さい頃に、たくさん花くれたじゃん。
あ・・・うん・・・。
そのお返しみたいな感じ?
そんな・・・。
覚えてる?小さい頃、俺が行方不明になったの・・・。
え・・・小さい頃??
そう・・・。
「・・・あなた・・・武がまだ帰ってないの・・・」
「・・・こんな遅くにか?」
「・・・えぇ」
「遥が探す!!」
「ダメよ遥はもう寝ないと・・・」
「やだ!!」
あぁ~!あったねぇ~。ってかお兄ちゃん、あれってどこ行ってたの?
「・・・武・・・見つけたぞ?」
「お母さん!!お兄ちゃんを怒っちゃやだ!!」
「・・・心配するでしょ!!・・・どこ行ってたの・・・?」
「・・・ごめんなさい」
「・・・武・・・ごめんね」
「・・・お母さん!!」
「・・・ごめんね・・・ごめん・・・」
「お母さんもお兄ちゃんも泣いちゃやだぁ・・・」
「遥もこっちいらっしゃい・・・お母さんはね・・・?武も遥も・・・二人共大好き・・・二人共、大事な宝物だから・・・淋しくさせてごめんね・・・辛かったね・・・ごめんね?」
あれさ・・・夕方に縁側で寝てたら、夢を見てさ・・・。
夢?
遥が、どっか行っちゃう夢・・・。
・・・私が?
「じゃあ武も見つかった事だし、帰るか」
「あなた・・・忙しい時にごめんなさいね・・・?」
「いいから。たまには家族四人でこうやって帰るのも悪くないだろ」
「そうだね・・・もぅ~武っ!お母さん心配したんだからねぇ?で、武~。どこ行ってたのぉ?」
「・・・遥を探しに・・・」
「えぇ?遥ならここにいるじゃない・・・」
「お兄ちゃんっ。私ここにいるよぉ~?」
その夢で見た場所へ行こうと思ったらさ、なんか迷子になっちゃって・・・。
そうだったんだぁ・・・。
「僕・・・遥がいなくなっちゃう気がして・・・それで・・・」
「よしよし・・・もう泣かないのっ!男の子でしょ?」
「うん・・・」
「でもなんでそんな夢見たんだろうねっ?」
必死で探して・・・必死でおまえの名前を呼んだ・・・。
・・・うん。
でも、いなかった・・・。
・・・。
どこをどう探しても・・・。
「それから武・・・遥に手紙をあげたんだって?」
「うん・・・朝起きたら・・・なんか書きたくなって・・・」
「えぇ?急に?」
「うん」
「そぅなの・・・」
・・・そりゃぁそーだよ。結局、遥はどこにも行ってないし、ただの気のせいだった。でも、なんだかすげぇリアルだった。真っ暗だし不安だし・・・でも遥を助けなきゃって必死だった。
・・・疲れとか・・・?
いや・・・でも、夢と現実の境界が無くなった感じだった。
それ・・・幸せ病と同じだね・・・。
あぁ。あれは間違いなく幸せ病の症状だ。
え・・・?
今、こうなる事が・・・あの時からホントはわかってたのかも知んない。目が覚めた後・・・遥に会いたくてたまらなかった。おまえの笑顔とか色々・・・全部思い出したら余計にどんどん遠くへ行っちゃう気がしてた・・・その後、ようやく親父に見つけてもらって、元気そうなおまえの姿見た時、ホントに嬉しくて・・・これからは遥を兄ちゃんとして絶対守ってやろうって、そう思った。
そっか・・・。
あの時、俺が見た夢は・・・今この瞬間の俺達だ・・・。
この瞬間・・・?
今の、俺のこの想いと見ている現実が・・・きっとあの頃の夢と重なり合っちまったんだよ。
・・・だから、私がどっかに行っちゃうなんて思ったんだ・・・。
あぁ。あの頃の俺は子供ながらに、頑張って助けなきゃって・・・そう思ったんだろーな。だから知らない暗い場所へと彷徨い歩いちまった・・・。
・・・うん。
そして誓ったんだ。
ん?
もし、ホントに遥がまたどこかへ行っちゃうとしたら・・・その時はちゃんと助けてあげようって。
・・・。
今、幸せ病を通して、そうやってもう一度俺に伝え返してくれた。きっとこれがタイムマシーンってやつだろうな。
・・・でもお兄ちゃん・・・助けるって言ったって私はもう・・・。
大丈夫。あっそーだ。あれから全然おまえが花くれねぇからさ・・・手紙、渡し損ねちゃったじゃん。
え?手紙?
「遥ぁ・・・」
「なぁに?お兄ちゃんっ」
「今度またお花頂戴?」
「うんっ!!あげるぅ~」
「やっぱり・・・お花を百回貰うまでこの手紙・・・お兄ちゃんが閉まっておく」
「えぇ~・・・遥、まだ読んでないよ?」
「またいつか・・・見せてあげるから」
「・・・約束だよ?」
「うん。お花百回ね?」
「だったら遥、いっぱい摘むっ!!」
まぁ、花を百回分は今からじゃ無理だから・・・あと一回だけ、花をプレゼントしてくれたら手紙の内容教えてやるよ。
・・・あの手紙・・・読んでくれるの??
聞きたいだろ??どんな内容だったか。
・・・まぁ・・・。
じゃあ先に読むからちゃんとくれよ?
えっ・・・うん。
え~・・・遥へ。
いつもいじめてごめんね・・・でも遥は、たったひとりの妹だから・・・これからは守ってあげるからね。また、一緒に・・・。
ん?・・・一緒に?
一緒に・・・・・・ってか・・・ここで終わりだ。
一緒に・・・で、切れてるわけ!?
・・・あぁ。
どんな手紙なの・・・。
「ねぇねぇ。でもお兄ちゃんっ。お花をそんなにどうするの??」
「ん?・・・それはねぇ・・・内緒っ」
「えぇぇ~」
「遥が大人になったらわかるよっ」
もうお花摘んであげない・・・。
えぇ~・・・。
・・・ってか、何に使うの?・・・そんなに必要・・・?
当たり前だろ。
・・・じゃあお兄ちゃんがちゃんとこれからも必死になって生きるって言うならあげる。
え?
私の代わりになろうとしてるんでしょ?・・・そんなのダメだよ・・・。
・・・。
そんな事だったらお花あげない。
・・・どうすればいいの。
私の分まで、ちゃんと幸せになって?
・・・。
お願い・・・。
・・・・・・わかった。
ホント?
・・・あぁ。
じゃあ、これからも必死になって生きるって誓って。
・・・生きるよ。
聞こえない・・・。
・・・ちゃんと必死で生きるよ。
絶対だよ??
あぁ、絶対。
じゃあ・・・変な事言いっこ無しだよ?もう・・・。
・・・わかった・・・あのさ、遥・・・。
ん?
もうそろそろ・・・親父の体も限界みたいだから。最後に親父にありがとうって言わない?
・・・うん。
そして父親の病室。
父親の心臓がついに止まった。
「香樹君・・・ありがとうって・・・お父さんに言ってあげよ?」
すみれの言葉に、香樹は大きく頷く。
遥・・・じゃあ、病室にいる香樹に合わせて一緒に言うよ?
うんっ。
三人の声が一つになり・・・。
最期を迎える父親の魂へと、真っ直ぐに放たれた。
『お父さん・・・ありがとぉ』
やがて父親の病室に、終わりを告げる音が鳴り響く。
武と遥に刻まれている父親の笑顔が、遠い過去を連れ、知らないどこかへとボヤケながら消えていった。
そして、その父親の命によって繋ぎとめられていた遥の命もまた、死へと向かい、深い闇に消えていく。
ピリリリリリリリ・・・
ピリリリリリリリ・・・
「遥ぁぁ!!死ぬなよ!!おいっ!!起きろぉーっ!!」
その瞬間、かろうじて一定に保たれていた遥の心拍数が急激に低下。
再び、危険な状態に陥った。
病室では竜司が名前を呼び続け、ただ現実に存在する生と死だけが重くその空間にのしかかる。
「・・・頼むよ・・・遥・・・死なないでくれ・・・・・頼む・・・」
しかし意外にもその時間は、ゆらゆらと舞う桜のせいで・・・
ゆっくりと過ぎているかのように見える。
そして夢の中では、遥から武へと・・・一片の小さな花のプレゼントが贈られていた。
それはとても綺麗に輝きながら、時空を超えて現実へと降り注ぎ、横たわる武の胸元へひらひらと舞い落ちる。
最後に贈られた、その花とは・・・。
時間さえも魅了する程に美しい、今宵の夜桜だった――。
それは、夢の中で描いた分・・・いつもより一段と綺麗に煌いて見える。
やがて風が吹くと、
その一片は・・・幼かった頃の二人の想いへと生まれ変わり、空へと舞い上がる。
そしてその小さな想いは、生死を彷徨う遥の意識をほんの少しだけこの世に引き戻した。
「・・・はっ・・・遥・・・?」
「・・・」
「遥!!しっかりしろ!?」
遥の目から大きな涙が零れ落ち・・・
「・・・・竜司・・・」
その微かな声を聞くと、竜司は遥の手を握り締めた。
「遥!?・・・おいっ!!死ぬな!!しっかりしろ!?」
「・・・・・・竜司・・・また・・・泣いてる・・・」
「こんな時までからかうじゃねぇよ!!・・・・おい・・・遥・・・・・結婚したばっかじゃねぇかぁ!!!!元気になんねぇとダメだろ!?!!」
室内には変わらず・・・連続して緊張の音が鳴り響いている。
幸せ病はその時・・・
ついに、その儚い命を奪おうとしていた。
「・・・竜司・・・・・・私・・・・結婚式・・・・・・したいなぁ・・・・・」
「・・・あぁ・・・とびっきりのやつしてやるから!!!!」
「ありがとぉ・・・綺麗な・・・ウエディングドレスが・・・着てみたかった・・・」
「着れるだろ!!何言ってんだよ!!!これからだろ!?これから幸せになんじゃねぇのかよ!!!」
「うん・・・ねぇ竜司・・・私が死んでも・・・・」
「死ぬなんて言うな!!!」
「・・・ちゃんと前向いて生きるんだよ?」
「・・・死ぬなんて言うなよ・・・」
「・・・・わかった???」
「・・・あぁ・・・わかったから・・・もうそんな事言うんじゃねぇ・・・・・」
「・・・ホントに??・・・じゃあ・・・約束・・・」
「うん・・・・約束・・・・」
「世界で一番・・・竜司が好き・・・」
「・・・・遥・・・・」
「ずーっと、ずーっと・・・・あなたが大好きでした・・・」
そう言うと・・・遥はその瞼をゆっくりと閉じる。
「おい・・・遥・・・?・・・・起きろ遥ぁぁぁー!!!」
《ねぇねぇ。でもお兄ちゃんっ。お花をそんなにどうするの??》
《ん?・・・それはねぇ・・・内緒っ》
《えぇぇ~》
《遥が大人になったらわかるよっ》
《大人になったらぁ??》
《うんっ》
《じゃあそれまで待ってるぅ》
暗闇の中。
最後に・・・武の声が聞こえた。
《遥・・・待たせたな・・・今までくれたたくさんの花を倍にしておまえに贈る》
《竜司と二人で・・・幸せになれ》
やがて声が遠くなり始めると、遥の病室の窓から見える二つの桜の木が風に吹かれ、その花を大量に散らせ始めた―――。
《今までくれた分に敵うかはわかんねぇけど、花が大好きだったおまえに・・・俺からの最初で最後のプレゼントだ・・・》
そして夜桜がめいっぱいに、今まで流した涙の分だけ・・・・・大量に舞い落ち、吹き飛んでいく―――。
兄の想いを乗せ・・・。
これ以上無いほどに美しく―――。
幸せって・・・。
決して辛いモンじゃない。
決して悲しいモンじゃない。
みんなそう知ってるけど・・・。
でも・・・幸せって、一体何だろう・・・。
人の想いで、こんなにたくさん奇跡が起こせる世の中って、幸せなのかも知んねぇな・・・。
そう考えると・・・幸せ病って、ホントはすげぇ人間の望みを叶えてくれてんのかも・・・。
だってほら。
夢ん中で会話も出来るし、ありえねぇ事だって現実になっちまう。
翌々考えてみると、最初にすげぇ地震あった時・・・。
校舎に取り残されたすみれと香樹達の為に、あのどしゃ降りの雨降らせてくれたの・・・実は幸せ病なんじゃねぇかなって・・・勝手にそう思ってんだけど・・・。
それに、振り返ってみりゃ、病気が始まる前と今の俺じゃ・・・なんか全然違うしさ。
考え方とか、覚悟とか?
こう・・・色んな面で。
こんな風になっちまったけど・・・今の俺が一番好きだ。
後悔もしてねぇし、戻ってやり直したいとも思わない。
でも・・・。
やっぱり悲しい。
死んだらダメだよ。
死んだら・・・全て終わり。
この病気は、それも気付かせてくれた。
だからみんな・・・。
もっともっと夢を見よう。
もっともっと頑張ってみよう。
もっともっと人を好きになろう。
たくさん・・・人を愛そう。
たくさん・・・人を信じてみよう。
生きてるうちにさ。
なんか・・・不思議と涙が出んだ・・・。
この世に未練があるわけじゃないけど・・・。
それでももっとみんなと・・・一緒にいたいからだと思う。
でも涙するのもこれで・・・・・・。
最後だ。
「・・・・・・・・・」
半分で奇跡を信じ・・・。
そして半分では・・・諦めていた。
規則的に担当医が心臓マッサージを繰り返す。
今回の発作に、何度も倒れた体が耐えられるはずもなく・・・。
心電図はついに心臓機能の停止を表示した。
竜司はその光景をただ黙って見つめ、担当医はマッサージを繰り返しながら、遥の名前を叫ぶ。
「遥ちゃん!!・・・もう一回・・・ハァ・・・ハァ・・・もう一回戻って来い!!!!」
竜司は・・・一瞬、遥の瞼が反応した気がした。
「・・・・遥?」
時間が再度動き始めたかのようにやたらとその部屋の空気が澄み渡り、外では桜がゆらゆらと舞っている。
「遥・・・おいっ・・・遥!?」
「遥ちゃん!!頑張れ!!!・・・花見するんだろ!?」
「・・・先生・・・」
「お兄さんも呼んで・・・みんなで花見するんだろ!?・・・・ハァ・・・ハァ・・・だから戻って来い!!!」
担当医は、そう叫びながら心電図を確認する。
ピッ
それは・・・気のせいでは無かった――。
《お兄ちゃんのバカ・・・》
「・・・先生・・・心臓が・・・」
「おい・・・遥・・・」
「・・・心臓が・・・動き始めました・・・・」
看護士の声を聞き、竜司は耳元で優しく遥の名前を呼ぶ。
「遥・・・?俺だよ?・・・わかる?」
《お兄ちゃん。手紙の続き・・・私ホントは知ってるよ?》
「・・・遥?・・・ずっと俺の傍にいてくれ・・・頼む・・・」
午後十一時五十九分。
心臓が機能を回復。
遥にもう一度・・・家族から愛が贈られた。
そして遥は小さな声で、ゆっくりと竜司に伝え始める。
「・・・お・・・兄ちゃん・・・」
「ん?・・・武さん?」
「・・・お兄ちゃんが・・・ね?・・・・」
助けてくれたよ・・・。
「うん・・・・・・うん・・・そっか・・・遥・・・・・・よかったね?・・・・・」
竜司はそれを聞くと更に涙が溢れ返り、目を瞑って遥の耳元でそう繰り返しながら泣いた。
《手紙・・・ホントはまた一緒に遊ぼうねって、そう書いてあったんでしょ?実は、そこまでは読んだんだぁ私。でもそこが一番大事なとこじゃん・・・すごく嬉しかった・・・》
そのまま竜司は遥の手を取り、ぎゅっと握り締めると、その生きている命の温かさを肌で感じる。
遥は、そんな竜司に優しく声を掛けた。
「・・・もう・・・・ずぅーっと・・・」
「・・・うん・・・」
《お兄ちゃん・・・》
「・・・・ずぅーっと・・・・一緒だよ?・・・」
《私・・・》
「・・・あぁ!!ずっと俺の傍にいろ!!もうどこにも行くなよ!!」
「・・・・うん・・・・」
《幸せになるからねっ!!!》
《遥は、お兄ちゃんが幸せにしてあげるよっ》
《わぁ~い》
《僕達、大人になったらどんな風なんだろぉ》
《へ?》
《大人になったらもっともっと楽しいのかなぁ》
《遥わかんなぃ》
《でも、みんなでずっと仲良く暮らせるといいねっ》
《うんっ!!遥ねぇ~お兄ちゃんが大好きっ!》
《なんだよぉ~。恥ずかしいだろぉ~?》
《またいっぱい遊んでねっ?お兄ちゃんっ》
《うんっ!!》
寄り添い合うように並ぶ二つの木は、どうしても・・・お互いにその場で存在しなければいけなかったのかも知れない。
遠い日。
きっと同じように美しく咲いていただろう、この桜達は、こんな日が来る事を知っていたのだろうか。
何も語らないのに・・・。
その散り様を見ると、全てを知っていたかのように思える。
それは人間もまた・・・。
同じように儚いからなのかも知れない―――。
そして父親の病室を出たすみれは、武に電話を掛けるが、コール音が続き、武は電話に出ない。
やがて、そのままタクシーを拾い、ある場所へと向かった。
その時・・・遥と竜司、すみれの三人は、武の事を想うと、物音一つ聞こえない夢のような感覚が続いていた。
心の中、自分を試してみるが、おそらくそれはもう諦めなどでは無い。
その不気味な程の落ち着きは、どこか心の中で・・・。
『きっと武なら負けないだろう』という信頼のみで形成され・・・。
三人はただ、最後の奇跡を信じていた―――。
すみれはタクシーの中、数時間前から続いていたお腹の痛みを気にし出す。
両手で温めるように押さえ、ゆっくりと目を瞑ると、目の奥で期待と不安が駆け回り、暗闇の中で両者がクラッシュした。
とっさに目を開くと、すみれはその異変状態の意味に気が付く。
そして、すみれの行き先は、武と二人で行った夜景の見える想い出の場所だった。
やがてタクシーを降りると、武の姿を探す。
そこに武がいる確証なんて無かった。
ただ、会いたくて・・・。
そこでなら・・・会える気がした。
一つだけ確かな事は・・・。
痛みで目を瞑る度・・・そこで横たわる武の姿が浮かび上がる事・・・。
単なる想像ではなく、リアルに描かれたその光景は、すみれの中に潜む一つの真実を物語り・・・確実に脳と時間を蝕んでいく。
「・・・武・・・どこ・・・?」
それは、ついに姿を現した・・・幸せ病だった――。
そして、すみれは二人で行った夜景スポットまで辿り着く事が出来ず・・・。
「・・・待ってるって言ったのに・・・迎えに来ちゃった・・・ごめん・・・でもね?・・・私も、もう・・・ダメみたぃ・・・」
静かに倒れ込む――。
「・・・それから・・・赤ちゃん・・・やっぱ産めそうにないよ・・・だからせめて・・・武と一緒に・・・」
やがて段々と、意識が遠のき始めた。
「やっと・・・決心出来たのになぁ・・・頑張って・・・決心したのに・・・」
「おっ・・・おいっ!!お姉さん大丈夫か!?今、救急車呼ぶから!!」
そこにたまたま通りすがった男性が、横たわるすみれの姿を発見すると、急いで救急車を呼んだ。
《待って・・・》
「大丈夫だ!!今、救急車呼んだから!!頑張れ!?」
《・・・お願い・・・待って・・・》
・・・見上げた空には月があった。
《・・・武・・・やっぱりここにいたんだね・・・》
その月は、「ここにいるよ」と伝えるように・・・すみれのすぐ近くの場所で横たわっている武の姿を、反射して映し出してくれた。
《・・・もう少しで・・・会えたのにな・・・》
そして、救急車が辿り着く頃。
《・・・神様のバカ・・・》
すみれは意識を失った―――。
時間はそのまま朝を迎える。
すみれを襲ったその初めての発作は、母体を急激に弱らせ、お腹にいる子供の命をも奪おうとしていた。
そしてその日が全てを掻っ攫い、
全てを終わらせる―――。
午前五時六分。
すみれは集中治療室にいた。
一方で竜司は、すみれの状態を医師に伺い、遥の病室に戻ってきた。
「すみれさん・・・意識が無いらしい・・・」
「そう・・・傍に行って励ましてあげたいけど・・・私もまだ歩けそうにない・・・」
竜司は、そんな遥をいつものように元気付ける。
「うん・・・大丈夫っ。そりゃ、さっきまで意識が無かったんだ・・・でもこれは普通の病気みたいに体のどこかが悪いってわけじゃないからさ。きっと回復だって早い。またすぐに元気になるよ、遥」
「・・・うん」
竜司の言葉通り、互いに幸せ病から救われた二人の体力は、まるで何もなかったかのように数時間でどんどん回復していった。
遥が頷くと、少し顔を曇らせながら、竜司が続ける。
「・・・すみれさんも・・・やっぱ幸せ病だったんだな・・・」
「・・・そうだね・・・」
竜司の言葉に遥は下を向いた。
「幸せ病が・・・武さんに比べて遅いタイミングですみれさんを襲ったのは、やっぱり武さんが苦しむのを見させる為なのかな・・・」
「・・・どーだろぉ・・・」
「ん?」
「・・・すみれさんは、ついこの間初めて、病気にかかったんじゃないかなぁ・・・すみれさん、ずっともがいてた・・・将来の事や赤ちゃんの事・・・・・・でもそれが今やっと一つにまとまったからだと思うよ?」
「・・・一つに?」
そして遥は、ベッドの上で静かに話し始める。
「すごく強い顔してた・・・・・なんか・・・お母さん!って感じがしたんだぁ」
「うん・・・」
「・・・幸せ病は無差別じゃ無く、やっぱりちゃんと人を見てるんだね・・・」
竜司はそれを聞くと、すみれを救いたい願望に強く駆られた。
「・・・すみれさんの病気・・・どうにか出来ねぇかな・・・子供もいるんだ・・・・・・俺達だけ助かって・・・なんかやりきれねぇ・・・」
「うん・・・でも・・・」
「・・・」
「多分・・・お兄ちゃんしかすみれさんを助けてあげられないような気がするよ?」
「・・・武さん?」
「うん・・・お兄ちゃんは一番、すみれさんの近くにいる人だから・・・」
「・・・やっぱ凄ぇな・・・あの人」
「ん?」
「やたらカッコイイ事するもん」
「何それ・・・」
「ちょっとしたヒーローじゃん」
「・・・」
「今、意識は無いにしても・・・まだ頑張って生きよう生きようとしてる。あの生命力は一体何なの・・・?何回発作で倒れたと思う?・・・倒れても倒れても・・・何度も立ち上がるんだ・・・」
竜司はその時、自分の中にいる武の存在の強さに身震いがした。
「・・・」
「まだ・・・守る人がいるからだろーな・・・」
「・・・うん」
「なんか奇跡起こしてくれそうって・・・不思議とそう思えるのは・・・武さんの事・・・みんながみんな信頼してる証拠だよな」
「そうだね・・・」
「すげぇ熱い人間なんだろうなぁ・・・その時、その時を真剣に生きてる・・・たったそれだけで・・・カッコイイ男なんだって、あの人に教えられた気がする」
「・・・そっか」
「きっと・・・あの人ならなんとかしてくれる」
その時、時計は午前五時十五分を指し
今も尚・・・武の心臓は微かに脈を刻んでいた――。
そして担当医が、遥の病室へとやってきた。
「先生・・・二人は・・・」
竜司が伺う。
「相川さんは、比較的安定しています・・・武さんは・・・」
そう言い担当医が黙ると、遥が落ち着いた声で聞き返した。
「・・・兄は・・・?」
「幸せ病始まって以来、あれだけ衰弱しきっている状態は初めて見た・・・何もかも使い果たしたかのように・・・静かに眠っています・・・おそらくこのまま・・・」
「・・・そんな・・・」
担当医が悔しさをかみ締めながら二人にそう伝えると、竜司は極度の脱力感に襲われる。
「武さんはもう何度も倒れている・・・本当なら・・・もう亡くなっていてもおかしくはない・・・この幸せ病を前に、私達に出来る事は・・・もう何もありません・・・」
「・・・そんな事ないですよ・・・先生・・・」
「え・・・?」
そして、遥が口を開いた。
「・・・うちの兄が死ぬなんて・・・そんな事ありえません」
竜司は、遥の言葉を黙って聞いている。
「本当ならもう死んでるなんて・・・お医者さんがそんな事言っちゃダメですよ・・・」
「・・・だけどね?どう考えたってあの体じゃ・・・」
「大丈夫ですよね?・・・お兄ちゃん・・・」
そう言い、遥が医師の言葉を遮ると、竜司は遥を落ち着かせようとした。
「遥・・・大丈夫だから・・・落ち着け?」
担当医が続ける。
「遥ちゃん・・・聞いてくれないか」
「お兄ちゃん・・・死んだりなんかしませんよね?」
また、それを拒むように遥は言葉を遮ると、我慢していた感情がどんどん顔を出していく・・・。
「死なないって・・・・言って下さい・・・」
「・・・私は医者です・・・お兄さんの今の現状を考えると・・・」
「死なないって言って下さい!!!」
そして遥の我慢が、ついに弾け飛んだ―――。
「生きてるんでしょ!?・・・ちゃんと診てくれてるんですか!?そんな弱音みたいな事ばっかり言って・・・私があれだけ倒れて助かったんだから、きっとお兄ちゃんだって大丈夫だよ!!今だって頑張ってるんだから応援してあげればいいじゃん!!」
そんな遥の姿を見て、竜司が体をそっと押さえる。
「遥・・・」
「お兄ちゃんはいっつも応援してくれた・・・諦めないで見ててくれた・・・そんなお兄ちゃんがこんな病気に負けるわけない!!今は眠ってるだけで・・・きっとすぐにまた体力も戻って元気になるよ!!」
「・・・遥ちゃん・・・そう願いたい気持ちはわかる・・・だけどお兄さんだけが特別じゃないんだ・・・」
「・・・特別・・・?」
「この世界は平等に動いている。それは命というものが平等だからだよ?・・・・・きっと世界中のどこかに、武さんのように強い精神力や想いを持った人が何百、何千人といるだろう・・・だから私達が知らない土地で、同じように今回のような命の奇跡が起こっているはずです。ただ、幾ら奇跡を起こせたとしても・・・奇跡というのは、その人の命の分でしか無いのではないでしょうか・・・そして、生きているからこそのもの・・・また、この世にある命は全て限られている・・・だから奇跡って・・・そんなに何度も何度も起こせるものじゃないんだ・・・」
「・・・そんな・・・難しい話わかんないよ・・・」
「物事には必ず、終わりがあるって事です・・・それから・・・武さんだって、一人の人間なんだよ?」
その時、遥も竜司も・・・武という強く大きな存在の中に、細い・・・一本の繊細な線を感じる。
「みんなと同じ、人間なんです・・・特別、ヒーロー扱いしては可哀想だ・・・これでは・・・武さんの体の前に貴方達の中での武さんが潰れてしまう」
「どうゆう事ですか・・・」
「武さんはきっと今も、誰かの想いでその命を引き止められ、延命されている・・・おそらくまだやり残した事があるのか・・・ただゆっくり死を待っているだけなのかはわからない。それを目の前にして今、貴方達は武さんに対して、『想い』ではなく・・・・『期待』をしてしまっている・・・」
「・・・期待?」
「すみません、実は先程の二人の会話を聞いてしまいました。相川さんとお腹にいる子供を助けたい気持ちも、武さんならきっとなんとかしてくれるという気持ちも痛いほど解ります。私だって一人の人間だ。幸せ病について悩む程考えたし、奇跡があるなら信じたい。しかしそれが何度も続けば、人はそれをいつからか純粋な想いでは無く、期待に変えてしまう・・・本当なら良い事なのかも知れません・・・・・・だけど幸せ病は人の命を奪うという現実を決して忘れてはいけない・・・」
「・・・」
「もう一度医者として答えます・・・残念ですが、武さんの体は・・・・・もう限界です・・・・」
「・・・嫌・・・」
医師の話を聞き、遥が静かに言葉を返した・・・。
「それでも・・・・」
「・・・」
「嫌なものは嫌!!!!」
遥が訴えると、竜司と担当医はそれに対し、何も返せない。
「たった一人のお兄ちゃんだもん・・・・私にとっては特別なんです・・・・特別な人なんです・・・だから死なないでほしい・・・・そう想うのがダメな事ですか!?幸せを願うのがダメな事ですか!?もう起きないってわかってても私は諦めたくありません!!!!!」
「・・・」
「だから・・・そんな風に言わないで・・・」
そして遥は医師に精一杯頭を下げ、すがるようにお願いをした。
「最後まで諦めないであげて下さい・・・お願いします・・・」
その言葉で・・・室内は静かになった。
担当医は数秒後、遥に対し「わかりました」とだけ言葉をかけ、すみれの病室に戻る。
そして武の命は、夢の中ですみれと交われないまま、死へと向かいゆっくり歩み始め、暗闇で最後の夢を見始める。
「おい。武・・・」
その声は低く、武の脳を振動していた。
「何してんだ・・・?早く返事しろ」
武が最後に見た夢は・・・。
弘樹だった。
「・・・弘樹・・・?おまえ死んだんじゃねぇのか・・・」
「バカ。おまえも今死にそうだから、こうやって話し掛けてんだろ」
「あぁ、夢ん中か・・・ってか・・・まだ死んでねぇのか俺」
「俺に挨拶してから死んでもらわねぇとなぁ。ほらっ俺は先に死んだ、いわば先輩だからよ」
「何言ってんだおまえ」
「武・・・おまえまだ生きてんだぜ?」
「だからなんで・・・?おっ。これが三途の川だな・・・?」
「バカだなおまえはホントに」
「なんだよ・・・」
「俺が、ひと夢見させてやろうって言ってんだよ」
「・・・は?」
「ただの三途の川なんかじゃねぇ。これは幸せ病の現象だ。来てんだろ?ライオードから、話」
「あぁ」
「武・・・おまえの夢は、俺の夢でもあんだ」
「・・・」
「ずっと羨ましかった。おまえがでっかい夢持ってて・・・俺には何にもなかったからさ。最初は、どーでも良かったんだけどな?・・・いつの間にか応援してる自分がいてさぁ・・・まぁ・・・頑張って欲しいって思うようになったんだ」
「・・・」
「だけど・・・今のおまえにはもっと大切なモンが出来たんだろ?」
「ん?」
「すみれさんだっけ?」
「・・・あぁ」
「ガキもいるみてぇだな」
「おぅ」
「・・・おそらく・・・」
「・・・なんだよ」
「・・・流産する」
「・・・冗談やめろ」
「すみれさんは・・・幸せ病だ」
「・・・何言ってんだよ・・・俺がこんなんなって・・・悲しい想いばっかさせてんだぞ?・・・幸せ病なわけねぇだろ」
「人の幸せは、形じゃねぇ」
「わかってるけど・・・」
「人の幸せは・・・想いそのものだ」
「・・・」
「彼女にとっちゃ、おまえの子供を産める事がさ・・・」
「・・・」
「ホントは何よりも幸せな事だったんだ」
「・・・・・ふざけんなよ・・・」
「・・・」
「・・・死なせるわけにいかねぇ・・・」
「・・・あぁ」
「・・・すみれも子供も・・・守るって決めたんだ・・・」
「おまえの夢は・・・今、それだろ?」
「・・・それ?」
「大事な人・・・守ってやれよ」
「・・・」
「その夢があるなら、俺はおまえをまだ死なせねぇ」
「・・・弘樹・・・」
「俺みたいな奴の想いでも、幸せ病は平等にちゃんとこんな場を与えてくれんだな・・・」
「なんだそりゃ」
「まだおまえが微かに生きてるうちに、すみれさん・・・助けてやりな?」
「・・・」
「その代わり・・・ホントにこれが最後だ」
「・・・あぁ」
「そーだ。最初、波川さんがおまえに変な話をしてきたろ?」
「あ~・・・これから世の中に不可解な事が起きるとか言って・・・気持ち悪かったなぁあれ・・・」
《それより・・・兄ちゃんは気付いてるか?》
《何をですか?》
《・・・いや、なんでもない》
《なんなんですか》
《・・・人間腐っていた方が生き延びられるのかもしれんなぁ》
《・・・何言ってんすか》
《幸せってのを感じとることが出来ない世の中だろう。今に・・・人間がほとんど死んでしまうような・・・いずれとんでもないことが起きる気がしてな》
「このおっさん、いきなり何言い出すんだろって思ったろ?」
「そーだよ。今思えば、初めて会った奴に突然あんな事言われりゃ誰だって怖ぇよ・・・そーいえば地震の後に会った時、夢を見たとか何とかって言ってたな・・・」
《実は夢を見たんだ。しかしワシの見た夢はここまでしか教えてくれなかったからなぁ》
《・・・こうなる事・・・わかってたのか?》
《あぁ。ここまではどーも正夢らしい》
《・・・もうわかんねぇのか?・・・その先・・・》
《わからん・・・だが、人が大量に死ぬ事はわかっている・・・》
《・・・そんな・・・》
《これを全て伊崎武に伝えろってな・・・夢ん中でどこの誰だかわかんねぇが・・・そう言われたんだよ。聞いた事あるような声だったがな・・・誰だろうなあれ・・・》
《ってか・・・なんで俺・・・?》
《知るかよそんな事》
「武・・・あれ、俺だぜ?波川さんの夢に出てきたの」
「・・・へ?」
「俺だぜってゆーか、俺の予定・・・これから、地震が起こる前の、あの時の波川さんの夢に繋がろうと思う」
「・・・何?」
「夢の世界ってのは過去も未来も現在も無い・・・俺達が生きてる間にいつも見ている夢ってのは、現実の世界じゃないからだ。だから普段考えてる意識と交わる事はないし、今こうして話してる事も本当は時間という軸は存在しないんだ・・・だけどこの幸せ病は夢と現実を行き来出来る。夢の世界に時間という空間が出来てしまったんだ。だから未来から過去へと・・・夢を伝って波川さんの当時の夢に話し掛ける事が出来る気がする。ただ、あの時は幸せ病が発症する前だし、波川さんが病気なわけじゃねぇから、一方的にこっちから話すだけで会話として成り立たねぇだろーけどな」
「難しい・・・発想が弘樹だとは思えん・・・」
「・・・なんだよ悪ぃか・・・ほらっ幸せ病ってのはプラス思考で言い換えれば、自分からのメッセージだ。その出逢いを大切に・・・人を大事に想いなさい・・・辛くてもくじけるなよってゆうメッセージだ」
「・・・あぁ」
「おまえ、過去の小さい頃の自分自身からだって、メッセージ貰ったんだろ?・・・妹を助けてやれって。だったら未来からもメッセージを送ってやりたくね?」
「・・・無茶苦茶だな・・・」
「夢の中で会話出来るっていう、幸せ病の良さをちゃんと利用しねぇと」
「ただ、おっさんじゃなくて、あの時の俺に直接言えば良くね?」
「おまえに言ったってバカだからわかんねぇだろ。大体、人から聞いて初めて、信憑性があるってもんだろ?しかも、おまえに言ったら現実がおかしくなっちまう。あの時のおまえは、違う未来を作ろうとするだろうからな。今、この境地に立ったリアルな自分達だからこそ、理解出来る事があるんだ。辛さや色んな事を体験して、幸せ病の真実にだんだんと気付いていった。人ってのはちゃんと軌跡があって成立するもんなんだぜ?だから過去を変えようとしたら、その時点で俺達の今の存在が消えてしまうんだ。いわば、今の自分達の存在を否定する事だからな。まぁ、例えばうまい具合に過去を変えようとしても・・・そんな人間にはまた幸せ病が必ず襲ってくる。結局、逃げたってその繰り返しになっちまうんだ。それが幸せ病ってやつだ。しっかりと人間ってのを見つめてる。だから幸せ病については、波川さんに伝えるつもりはねぇしな。俺は余計な事ぁ言わねぇよ」
「だから地震までの事しか伝えねぇのか?・・・・・・まぁ、これでよかったって思ってる。あがいてまで過去を変えるつもりはねぇよ」
「そりゃあ、ちゃんと一つ一つに、ぶつかってきたからだろーなぁ。今更過去がどーとかめんどくせぇってのもあるだろーし。とにかく、今をちゃんと生きない奴に奇跡なんて起こりえない。おまえはすみれさんと子供・・・早く助けてやんねぇと」
「・・・うん。だけどおまえは幸せ病じゃねぇだろ?」
「・・・武・・・」
「何?」
「・・・俺が死んで・・・泣いてくれてサンキューな・・・」
「・・・なんだよそれ」
「・・・おまえと直子がいてくれたから・・・俺は俺でいれた・・・」
「・・・そっか」
「それに気付けた俺は・・・今、すっげぇ幸せだよ。次、生まれ変わったら・・・今度こそはあいつを幸せにしてやりてぇなぁ・・・」
「そうだなぁ」
「・・・じゃあな、武」
「あぁ」
「最後に・・・その想いぶつけて来い」
「おぅ。弘樹・・・」
「あ?」
「サンキュー」
「・・・いらねぇよそんなの」
「生まれ変わっても・・・連れやろうな」
「・・・バーカ・・・・もうたくさんだよ・・・・」
弘樹との夢が・・・・そこで途絶えた。
もう二度と意識さえも合いまみえる事の無い二人は、互いに永遠へと旅立っていく。
その永遠とは・・・。
生まれ変わっても、また逢いたいと願う・・・人間の想いそのものだろう。
今・・・逢えなくなるから・・・。
次に・・・出逢うチャンスが生まれる。
きっとそれが永遠だ。
そしてきっと、武と弘樹は次の命でもう一度・・・。
そして何度も何度も・・・。
永遠に形を変え、その魂は繰り返されていく・・・。
午前七時二十分。
すみれの夢が浅い状態へと戻り始める。
夢の中で、武がまだ生きているという事・・・。
そして、その命が残り僅かな事を・・・全て知った。
最終章 約束 ―世界で一番、すみれを愛してる―
午前七時二十四分。
武の容態が悪化。
その病室には竜司がいた。
「・・・武さん!!!しっかりして下さい!!」
そして竜司はそれを見ると、遥を連れに廊下を駆けた。
この時・・・これが幸せ病との最後の戦いだと・・・竜司をはじめ、まだ誰も知らない。
「ハァ・・・ハァ・・・遥!!武さんが!!」
「えっ・・・」
竜司は遥の病室に着くと、疲れ果てている遥の体を起こし、武の病室へと連れて行く。
午前七時三十分。
茂が、病院のロビーに到着。
午前七時三十二分。
「・・・お兄ちゃん?」
遥が、横たわる武に声を掛ける。
「・・・起きてよ・・・」
武は・・・・・反応しない。
「・・・・・・お兄ちゃんっ!!!!すみれさん幸せにするんじゃないの!?」
午前七時三十三分。
祖母が、少し休ませていた香樹を連れ、病院へ到着する。
「・・・」
「・・・武さん?」
「お兄ちゃん!!しっかり!?」
同時刻。
すみれの名前に反応したのか・・・武は、その目をゆっくりと開いた。
「お兄ちゃん!!ねぇ!!しっかりして!!」
懸命に遥が呼び掛ける。
「遥・・・おまえ・・・生きてんだな?」
「うんっ!!生きてるよ?お兄ちゃんが助けてくれたでしょ??・・・お兄ちゃん!!しっかりしてよ!!」
朦朧とした意識の中、武が蚊の鳴くような声で遥に話し掛けると、それに対し、遥はホロホロと涙を流し精一杯大きな声で訴える。
「お願い・・・死なないで!!!」
「遥ぁ・・・大きい声出すな・・・・・・・・おい竜司・・・?」
「・・・はい・・・」
そして武が竜司を呼ぶと、竜司は涙を堪えながら小さく返事をした。
「・・・結婚式・・・・あげてやってくれ・・・・?」
「・・・武さん・・・」
「・・・頼んだぞ?・・・」
「・・・・武さんも来てくれるんですよね・・・?式・・・」
「・・・この体だしなぁ・・・・ちょっと・・・無理かもしんねぇなぁ・・・」
竜司はそれを聞くと・・・自分でもよくわかっていないその感情が、抑え切れなくなる。
「・・・武さんいねぇと・・・俺これから・・・何を目標に生きてきゃいいんすか・・・」
「・・・ん?」
「元気になってもらわねぇと困るんすよ・・・それに・・・武さんはたった一人の遥の兄ちゃんなんですよ・・・?」
「・・・あぁ」
「・・・結婚式くらい・・・・・・・一番に祝ってやって下さいよ!!!」
ただ悔しくて・・・竜司の目からも自然と涙が零れ落ちた。
「・・・竜司・・・」
「・・・」
「初めて会った時・・・やたらと殴っちまって悪かったな・・・」
「・・・いえ・・・」
「まぁ・・・仕方ねぇよ・・・どんな奴かもわかんなかったし、なんか・・・あぁするしか無かった・・・」
「・・・はい・・・」
「でも・・・あの時、すぐにわかったよ・・・」
「・・・」
「こいつ多分・・・すげぇ良い奴なんだろーなぁって・・・」
もう、我慢する理由すら無く・・・。
竜司は子供のように・・・溢れる涙を右手で拭った。
「いっつも遥の事考えて・・・悩んで・・・でも逃げずに傍にいてくれた・・・やっぱり思った通りの奴だったよ・・・」
「・・・そんな事無いです・・・俺・・・何にも出来なくって・・・」
「おまえがいたから・・・みんな素直になれたんだぞ?」
「・・・え・・・」
「おまえが誰よりも素直で優しい奴だから・・・遥も俺も香樹もすみれもみんな・・・・・竜司のように素直にならなきゃって・・・・・そう思えたんだよ?」
「・・・俺が・・・素直・・・?」
あの頃・・・。
いつか自分の事をちゃんと好きになれる日が来るって、ホントは心のどこかで信じてた。
《俺には人を好きになるって・・・よくわかんねぇよ・・・傷つけたり傷つけられたり・・・怖いんだよ・・・その全てが・・・人間が怖ぇ・・・》
――竜司はホントは優しい人だから・・・・・もっと素直になっていいんだよ?――
ある時・・・人を好きになってみようって・・・そう思えた事があった・・・。
《今まで恐かった・・・人を信用出来なくて・・・でも遥はさ・・・ありのままでいてくれるから・・・だから俺も正直に生きたいってそう思った。こんな世の中でもさ、死ぬかもしれないけど俺は希望ってのから逃げたくない・・・自分に逃げることだもんな・・・だから今日気付いたよ・・・》
――俺は遥の事が好きだって――
そして遥に出逢って・・・こんな俺でも、ちゃんと人を好きになる事が出来た・・・。
だけど・・・この病気を前に・・・俺は何も出来なかったんだ。
《竜司君は、竜司君でいいんだよ?》
《え?》
《人というのは支えがないと生きていけないからねぇ。竜司君はね?武の支えなんだよ。言葉や態度じゃなくて竜司君がそこにいる存在があの子をあの子のままでいさせてる・・・すみれ先生や弘樹君、遥も香樹もそう。あんた達がいなければ武だって生きていけない。あの子はね、それがあるから、それがわかってるから無理したり傷ついたりしてぶつかっていけるんだよ?》
《・・・はい》
《だから頼んだよ?竜司君は竜司君のままでいてあげてね?》
それからずっと・・・俺という存在を探してきた。
何の為に生まれて、何の為に生きてるのか・・・。
その意味を・・・・・いつからか探すようになってた。
《おまえが遥をすげー好きならそれでいいと思う。なんてゆーか・・・俺はそんなおまえ、嫌いじゃねぇぞ?》
《・・・》
《男なんて、ハナっからダセぇモンだろ》
ホントに好きな人を・・・守ってやれない。
それがこんなに苦しいなんて知らなかった。
《・・・付き合ってる人が死ぬんだょ・・・?》
《うん》
《あの子は・・・お兄ちゃんとは違う・・・ただ素直で優しくて・・・平気そうな顔してても・・・そんなに強くないんだょ・・・私が苦しんでる姿をいっつも見て、いっつも悩んで・・・でも・・・》
《・・・でも?》
《・・・》
《いっつも一緒に居てくれるんだろ?》
《・・・》
《それを強いって言うんだよ?あいつは逃げない。ちゃんとおまえの傍にいるじゃん。いつもこうやってさ》
逃げたかったけど・・・・・ダメだった。
いつからか、遥達といると・・・。
前みたいに、自分に嘘がつけなくなってたんだ・・・。
《生きて、生きて・・・おまえが遥を幸せにしてやってくれ》
《・・・武さん・・・》
《おまえにしか出来ねぇから》
《・・・》
《あいつを・・・頼むよ》
たくさん悩んだ・・・。
でも、それが何故だか自分の中で、意外にも心地よくて・・・。
こんな気持ちを・・・俺、ホントはずっと望んでたんだなって、そこで初めて気が付いた。
自分にも、誰かにも・・・正直に生きていられる嬉しさを・・・。
《竜司兄ちゃんはお姉ちゃんに好きって言ったのぉ?》
《なっ・・・俺か?当たり前じゃんっ》
《緊張した?》
《したかなぁ・・・まぁほれっ竜司兄ちゃんは大人だからな》
《関係あるのぉ?》
《・・・さぁ。とにかく。ちゃんと好きなら好きって口に出して言わないと、相手には伝わらないぞ?》
香樹と男同士の話をした時・・・なんで俺なんかに言うんだろうって・・・正直不思議に思った。
だけど・・・俺だから言ってくれたんだよね?
それもようやく今・・・気がついたよ。
《いつもいつも・・・遥は俺の先を歩いてる・・・》
《ん?》
《あいつの前じゃ・・・俺なんてただのガキだよ・・・いつも支えてくれて、いつも助けてくれる・・・今日だってそうだ・・・》
《遥ちゃんが・・・助けてくれたの・・・?》
《・・・なんで・・・なんで俺じゃないんですか!!俺が死ねばよかったんだ・・・遥の代わりに俺みたいな奴が死ねばいいんだよ!!》
《バカッ!!・・・どれだけ遥ちゃんが竜司君を助けたいって願ったか・・・》
《・・・》
《この竜司君の体のあったかさは・・・遥ちゃんの想いなんだよ!?》
《・・・》
《その強い想い・・・そんな言葉で踏みにじったらダメだよ!!!》
《自信がありません・・・》
《え・・・?》
《もう・・・自分に自信がありません・・・》
《竜司君・・・》
《こんなに・・・自分を嫌いになったの初めてです・・・》
《私なんかが偉そうな事言えないけど・・・みんな・・・そんなに自信なんて持ってないよ?だから・・・・・・だからこそ人は人を好きになるの》
《え・・・?》
《みんな自信が無いから・・・恋をするんだよ?誰かを好きでいる自分を・・・嫌いな人なんていない・・・》
《・・・》
《人を好きになる事は、自分を好きになる事なんだよ?そんな素晴らしい事だったら・・・自分に自信が無い事だって・・・別に悪くなくない?》
《・・・》
《人を好きになる資格があるって事だからさ・・・?》
《・・・はい》
《遥ちゃんに出逢って恋して・・・楽しかったり辛かったり・・・同じ時間を過ごして、いっぱい笑っていっぱい泣いて・・・それだけ好きになれたんだから・・・もっともっと自分にも自信持っていいんだよ?それだけで・・・素晴らしい事なんだから・・・何度も勇気出して、何度も頑張ったんでしょ?・・・だったら・・・恥じる事なんて一つも無い》
《・・・》
《その涙が・・・きっといつか笑顔に生まれ変わるから》
恥じる事なんて一つも無い・・・。
今、何の為に生きてるか・・・。
それは俺が・・・。
人が大好きだからだ・・・。
「竜司・・・その素直で真っ直ぐなおまえを・・・みんなが目標にしてきたんだ・・・自分にも、病気にも負けないように・・・いつだっておまえのその強さを俺達は見て学んできた」
「・・・」
「おまえに勝てる男なんてこの世にゃいねぇよ・・・」
「・・・はい・・・」
「・・・ホントに・・・ありがとうな」
「・・・・・武さん・・・・・」
そして、茂が現れる。
「・・・武・・・思い出したよ・・・」
「・・・ん?」
「あの時の夢の声・・・」
「・・・あぁ・・・弘樹だろ?」
「なんで知ってんだよ・・・」
「・・・まぁ・・・色々と」
「あの時・・・あいつにこう言われた・・・」
「・・・なんて?」
「人は、後悔して生きてても・・・楽しくねぇよ・・・だとよ」
「・・・そっか・・・」
「・・・あの夢の事、当時からただの夢だとは思ってなかったが・・・ずっと気になっていた事があった」
「・・・何・・・?」
「・・・伊崎武が死んでも、あいつの子供の事、宜しくお願いします・・・ってな・・・あの頃のワシにはさっぱりなんの事だかわかんなかったが・・・」
「・・・あのバカ・・・」
「今になって・・・やっと気が付いた・・・そんなに賢くもないくせに、こうやってカッコばっかりつけやがる・・・他人の事は人一倍心配するくせに、自分の事になると全く何も考えない・・・そんな奴・・・兵藤しかいねぇ・・・」
「結局、余計な事まで喋ってんじゃねぇかあいつ・・・」
「あの頃、おまえに子供なんていなかったからな・・・だから何の事かわからなかったが・・・ひょっとしたらあれは予知夢ってやつなのか・・・しかしどうして兵藤の声だったのか・・・ワシにはさっぱりだ」
「・・・幸せ病だよ」
「何?」
「幸せ病の・・・奇跡の一つだ」
「・・・そうか」
「おっさん・・・きっとあいつはもう・・・何もかも吹っ切れてるはずだ・・・自分の親父の事も、それから、おっさんや家族の事も・・・」
「・・・」
「だからおっさんも・・・背負い込んだモン、一回降ろせよ」
「・・・」
「それで幸せになるかはわかんねぇけど・・・ずっと不幸を背負ったままよりずっとマシだ」
「・・・あぁ」
「・・・弘樹は・・・そう言いたかったんだと思う」
「・・・あぁ・・・そうだな」
茂がそう良い、唇を噛み締めると、病室にようやく香樹と祖母がやってきた。
「・・・・お兄ちゃん?・・・・」
「・・・香樹・・・」
そして今まで穏やかな顔をして話していた武は、
香樹のその顔を見た途端・・・。
「・・・香樹・・・ごめんな・・・・・・」
溜まりに溜まった涙が、一気に零れ落ちた―――。
「お兄ちゃん・・・どうしたの・・・?」
ベッドの上・・・ただひたすら涙する武を見て、香樹も全てを悟ったかのように、泣き出した。
「・・・お兄ちゃんも・・・死ん・・・じゃうの?」
「・・・」
「・・・やだ・・・死んだら嫌だ・・・」
「・・・香樹・・・」
「また一緒に海に行くって約束した・・・これからもみんなで仲良く暮らすって言ったのに!!!」
「・・・」
「約束したのに・・・どうして!?」
武は何も言わず、最後の力で香樹を引き寄せた。
「・・・ごめんね?香樹・・・」
「嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁ!!!」
「・・・泣くな・・・男の子だろ?」
「僕、これからは勉強もちゃんとやるから!!」
「・・・」
「いっぱいお手伝いもする!!お姉ちゃんの言う事もおばあちゃんの言う事もちゃんと聞くからぁ!!」
「うん」
「・・・だからお兄ちゃん・・・」
「・・・」
「・・・ずっと僕と一緒にいて欲しい・・・」
「・・・香樹・・・もう一回聞くぞ?・・・」
「・・・ん?」
「兄ちゃんと・・・姉ちゃん・・・どっちが好きだ?」
「・・・・・両方・・・好き・・・」
「じゃあ・・・兄ちゃんとすみれ先生は・・・?」
「・・・・二人とも好きだよ?・・・・」
「じゃあ、兄ちゃんと・・・竜司兄ちゃんは・・・?」
「・・・兄ちゃんも、竜司兄ちゃんも・・・二人とも好き・・・」
「そっか・・・前より、兄ちゃんの事好きになってくれたの?」
「・・・」
「ん?」
「・・・僕、ホントは・・・・・・・・・ホントはずーっとお兄ちゃんが一番好き!!!!」
「一番?」
「・・・恥ずかしくて・・・言わなかったのぉ!!」
「・・・そっか。でも知ってたよ?」
「え・・・?」
「兄ちゃんも・・・・・・香樹が一番好きだから」
「・・・だったら!!・・・だったら死んだりなんかしないで!!!僕・・・お兄ちゃんがいなかったら・・・」
「兄ちゃんはずっと・・・香樹が大人になって、もう大丈夫だよって言うまで・・・香樹の夢の中にいる」
「・・・夢の中?」
「うん。その代わり、大人になるまでの間だよ?・・・夢の中でいつでも楽しかった事・・・辛かった事・・・なんでも聞いてやる・・・」
「・・・でも僕・・・どうしたらいいの?」
「・・・寝る前に・・・香樹がお兄ちゃんと話したいって・・・そう想うだけでいい」
「・・・」
「そしたら・・・兄ちゃんはいつでも、香樹の夢に現れてやる」
「・・・ホント?」
「あぁ。ホントだよ?」
「じゃ・・・約束・・・」
「うんっ。約束」
幸せ病は夢の中で繋がれる・・・。
俺が死んだ後・・・それが香樹と実現出来るかはわからない・・・。
だけど、香樹が信じてくれるなら・・・。
俺もそれを信じたい。
なんとなくだけど・・・。
俺と一緒にいたいっていう、その香樹の透き通った想いで・・・俺は香樹の夢ん中で存在出来る気がすんだ・・・。
姿、形は無いにしても・・・。
それに子供は幸せを一番よく知ってるから・・・。
だから香樹が子供でいるうちだけ・・・幸せ病がそれを叶えてくれる気がする。
夢と現実を行き来しながら・・・。
俺の想いと、香樹の想いをきっと幸せ病が繋いでくれるって・・・。
そう信じてる。
「だから、香樹・・・心配しないで?」
「・・・でも・・・僕一緒にお風呂に入りたい・・・一緒にご飯も食べたい・・・」
「・・・」
「夢なんかじゃ・・・嫌だよ・・・」
それを聞くと、祖母が香樹の頭を撫で、優しく言葉を掛ける。
「香樹?・・・もうすぐお兄ちゃんとすみれさんの間に・・・赤ちゃんが産まれるんだよ?」
「・・・へ?」
「でもその赤ちゃん・・・元気に産まれて来れるか・・・ちょっと心配なの」
「・・・どうして?」
「すみれさんがね?今、眠ったまま、怖い怖い夢を見てるから・・・赤ちゃんをちゃんと産んであげられないかも知れないの」
「・・・うん」
「だからお兄ちゃんは、ヒーローとして・・・すみれさんと、赤ちゃんを怖い夢から守ってあげなきゃいけないんだよ?」
「・・・」
「香樹も男の子だから・・・わかるよね?お兄ちゃんの気持ち」
「・・・わかる」
「香樹は・・・こんなに強くて優しいお兄ちゃんがいて・・・ホントに良かったねぇ」
「うん」
「でも香樹も、そのお兄ちゃんの弟だから・・・負けないくらい、きっと強くて優しい子なんだって、おばあちゃんそう信じてる」
「・・・」
「だからね?一緒に、お兄ちゃんを応援してあげよ?」
祖母のその言葉で香樹が大きく頷くと、武は祖母に対して泣きながら礼を言った。
そして武は、泣いている遥に話し掛ける。
「遥・・・」
「・・・」
「竜司が浮気でもしたら・・・俺があの世から殴ってやるから・・・」
「・・・うん・・・」
「・・・こいつはそんな奴じゃねぇだろーけど・・・もし何かあったらすぐに俺に言うんだぞ?」
「・・・うんっ!!・・・」
「おまえは昔からよく泣くなぁ・・・でも、これから先・・・まだまだ辛い事や悲しい事がたくさんある・・・・・ちょっと頼りねぇけど・・・そんな時は竜司に助けて貰え」
「・・・」
「おまえの事に関しては・・・人一倍頼りになる奴だから」
「・・・・・うんっ!!・・・わかったよ・・・」
「それから竜司・・・」
「・・・はい・・・」
「遥は・・・すぐ泣くし、ワガママも言うしまだまだ子供だ・・・」
「・・・」
「またわけわかんねぇ事で喧嘩にだってなるかもしんねぇ・・・」
「・・・はい・・・」
「だけど・・・おまえを想う気持ちは誰にも負けないと思う・・・」
遥も竜司も涙が止まらない・・・。
「・・・幸せに・・・・・・してやってくれな?」
そしてだんだんと・・・武の意識が遠くなっていく。
「・・・お兄ちゃん!!!」
遥が興奮して武の体を大きく揺すると、竜司がそれを止めに入った。
「死なないでよ!!ねぇ!!!!死んじゃ嫌だよぉ!!!!」
「ハァ・・・ハァ・・・」
再び、武に人口呼吸器が付けられると、祖母は廊下へと飛び出して行く。
「お兄ちゃん・・・死んじゃ嫌だぁ・・・」
香樹も我慢し切れず、顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら・・・懸命に訴えかける。
「先生!!・・・・お願い!!!お兄ちゃんを・・・・」
そして香樹が遥に寄り添うと、遥は震えながらその場でうなだれた・・・。
「・・・お兄ちゃんを助けて下さい・・・」
病院の廊下。
息を切らし、歳を重ね弱った体で祖母は・・・。
必死に・・・すみれのもとへと駆けていた――。
そして、その途中。
夢の中で全てを知り、武のもとへと向かうすみれと出会う――。
「・・・おばあちゃん・・・」
「ハァ・・・ハァ・・・すみれさん・・・武の・・・」
「ん?」
「ハァ・・・ハァ・・・あの子の傍に・・・いてあげて・・・?」
「・・・」
「・・・今・・・すみれさんと子供の為に・・・必死で頑張ってるから・・・」
「・・・うんっ!!ありがとぉ!!おばあちゃん!!!」
午前八時二分。
武のもとに・・・。
すみれがやってきた。
「・・・すみれさん・・・」
遥がその姿を見て名前を呼ぶと、すみれはゆっくりと武に近付き、話し掛ける。
「・・・・・・武?」
「・・・・ハァ、ハァ・・・すみれ・・・ごめんな・・・・?」
すみれが横たわる武に向けそう言うと、武は人工呼吸器を外し、息を荒めながら苦しそうに受け答える。
そして首を横に振り、すみれは笑顔を作った。
「・・・やっと会えた・・・・」
「・・・」
「・・・やっと武に会えて・・・嬉しくて・・・泣けてきちゃった・・・・」
一直線にすみれの頬を綺麗な涙が零れ落ち・・・苦しむ体を精一杯温めるかのように・・・すみれは武にしがみついた。
「・・・待ってるって言ったのに・・・会いに来ちゃったよ・・・ごめんね?」
それを聞くと、武はゆっくり首を横に振る。
「・・・武達のお父さん・・・最期すごく強かったんだよ?・・・おばあちゃんも・・・ありがとうって言ってくれた・・・」
「・・・うん・・・ありがとぉな・・・?」
「・・・ずっと傍にいてあげられなくて・・・ごめんね?武・・・・・」
「・・・そんな事・・・ないよ?」
「・・・ホントは・・・ずっと傍にいたい・・・」
「・・・」
「・・・ずっとずっと・・・武の傍にいたいよ・・・」
「・・・すみれ・・・」
「・・・ん?」
「・・・今まで・・・ありがとぉ・・・」
「・・・そんなの・・・聞きたくない・・・」
「・・・じゃあ・・・・・何を話そう・・・・・?」
「・・・一回だけでいいから・・・・・愛してるって・・・・・言って欲しい・・・」
「・・・恥ずかしーな・・・」
「・・・へへっ・・・武・・・・照れ屋だもんねっ・・・・」
「・・・・・・・愛してる・・・・・・・」
「・・・・・」
「・・・世界で一番・・・すみれを愛してる・・・・・」
そしてその言葉を聞いた途端・・・顔を両手で押さえ、すみれは泣き崩れた・・・。
「・・・・・・うん・・・・・・・私も・・・・・・」
「・・・・・すみれ・・・赤ちゃん・・・頼んだぞ?」
「・・・でも・・・」
「・・・幸せ病は・・・俺の命で追い払ってやるから・・・」
「・・・」
「・・・絶対・・二人を守るって言ったろ?」
「・・・うんっ!!」
「・・・その代わり・・・」
「・・・うん」
「ここにいる全員で・・・・・・産まれてくる命の・・・」
「・・・」
「幸せを・・・想ってやってくれ・・・」
「・・・うんっ!!わかったよ!?」
「・・・約・・・束・・・」
「うんっ!!!約束っ!!!!・・・武?・・・」
「・・・・・・すみ・・・れ・・・・・・・」
「ん!?・・・ねぇっ!!しっかりして!!!!」
「・・・あり・・・がとぉ・・・」
最後の涙が・・・。
「・・・・・・・武?」
武の頬を伝った。
「・・・・武・・・・ねぇ・・・」
「・・・ねぇ・・・返事してよ・・・・」
「・・・死んじゃやだ・・・」
「死んじゃやだよぉぉーっ!!!!」
午前八時八分。
「武ぃぃぃーっ!!!!!」
ついに
武の命が終わった。
《武・・・?》
《私・・・頑張って、この子産んでみせるよ》
《・・・貴方は、私の幸せを見つけてくれた》
《私に・・・幸せを教えてくれた》
《そして私の幸せを・・・誰よりも願い、喜んでくれた・・・》
《だから私は・・・貴方の嬉しそうな顔を・・・》
《悔しくて泣いてた顔・・・子供みたいに笑った顔・・・》
《・・・そして、あの幸せそうな顔を・・・》
《・・・生涯、ずっと忘れない・・・》
幸せ病がどうしてこの世に発症しだしたのか。
未だ、誰もその謎を知る者はいない。
そして、何の為に人々を襲い・・・。
何の為にその儚い命を奪うのか。
――あなたの幸せは何ですか?――
その答えは、
本当はすごく・・・単純で簡単な事かも知れない。
そしてもう二度と・・・伊崎武という人間は、この世に姿を現す事は無く・・・。
すみれの中に潜む幸せ病も・・・それと同時に消えて無くなった。
そして一週間が経った。
最終章 約束 ―いつかの幸せ―
竜司は武の部屋にいた。
「・・・武さん・・・引き出し、鍵かかってんすけど・・・」
竜司は、武の机の引き出しを開けようとするが、施錠されていた為、その鍵を探し出す。
「何してんの?竜司」
と、そこに遥がやってきた。
「遥。ねぇ、鍵知らない?」
「鍵?」
「武さんの机の鍵」
「あぁ~。でもなんで?」
遥がそう聞くと、竜司は武との約束を話した。
「夢、託されちゃったんだよね」
「夢ぇ?」
「・・・まぁどんな曲か、単純に聴いてみてぇし」
それを聞くと、よくわからない感じで遥は返事をする。
「あっ。で、鍵は?」
そして、竜司がそう聞くと遥は「その辺じゃない?」と、ソファーの上を指差した。
「・・・しかし汚ねぇ部屋だなぁまったく・・・」
竜司はそう言いながら、ソファーの上に散らかった服を退かす。
すると遥の予想通り、幾つも連なった鍵の束を発見した。
「武さん・・・こんなに鍵持って何をそんなに守ってんすか・・・」
そう、微笑みながら引き出しを開けると、一枚のCD-Rを発見する。
「あぁ、これだなっ?・・・ん?」
そして、CDの下には手紙があった。
「・・・遥へ・・・って、武さん子供みてぇな字だったんだな」
CDと手紙を取り出し、竜司は一階へ戻っていった遥を呼ぶ。
「ってか竜司、何探してたの?」
「ん?・・・これ」
不思議そうな顔で、遥が二階へ上がってくると、竜司はCDと手紙を手渡した。
「CD?」
「うん。武さんの曲らしい」
「へぇ~!!聴こうよ聴こうよっ!!」
「うんっ!」
そして二人は、パソコンのドライブにCDを挿入する。
「・・・あれ?」
「・・・」
しかし再生をクリックしても、何も聞こえてこない。
「何これ・・・何も入ってないのかな・・・」
遥の問いに、竜司もさっぱりわからない顔で首を傾げる。
「・・・なんだ・・・空のCDか・・・」
そう言い、竜司は停止をクリックしようとした。
「待って」
「ん?」
遥が竜司の手を止める。
「再生されてるって事は一応、データはあるんだよね?・・・最後まで・・・聞いてみよ?」
「・・・あぁ」
そして竜司と遥は、早送りをする事なく、そのままの状態で静かにスピーカーに耳を傾けた。
少しして、竜司が遥に話し掛ける。
「・・・こうやって生きてんのも・・・なんか不思議だな」
「・・・うん」
「・・・武さんは・・・天国で親父さんとお袋さんに会えたかなぁ」
「うん・・・きっと会えたよ」
二人はソファーに腰掛け、武の部屋を見渡した。
「なんだったんだろーなぁ・・・この一年」
「ん?」
竜司がそう呟くと、遥は優しく聞き返す。
そして竜司が目線をやった先には、旅行へ行った写真が飾られていた。
「・・・あっ。あの写真」
「旅行のだぁ・・・」
そして遥はそれを手に取り、思い出すように眺める。
「・・・みんな・・・楽しそぉ・・・」
そう言うと、遥の顔が切なくなった。
その時。
《・・・ピリリリッ・・・・・・もしもし?》
「・・・竜司・・・音量上げてっ!!」
微かに、スピーカーから武の声がした。
《・・・何?なんかあったの?・・・》
「・・・お兄ちゃん、なんか電話で喋ってない?」
「うん・・・」
《えぇ?何の話?・・・何を?》
「誰と喋ってんだろ・・・」
「・・・」
《・・・だから何?それ・・・で・・・何なの?》
「・・・私・・・この会話の感じ、どっかで聞いたような・・・」
「えっ?」
《無いんじゃない?・・・俺、明日も仕事なんだけど・・・俺も病人だってば》
「・・・・・この電話・・・喋ってるの・・・」
「・・・ん?」
《だから何があんの。すみれに頼めよぉ、近いんだし・・・もぉ~。明日じゃダメなの?・・・》
「・・・私だ・・・」
「・・・遥なの?」
「多分、病院から電話した時のだ・・・」
「なんでそれが・・・録音され・・・」
《じゃあ行くよぉ・・・じゃあな・・・ふぅ~・・・》
「・・・」
《・・・あぁ~!!!まったく浮かばねぇ!!》
「・・・何?」
「浮かばねぇ・・・って・・・」
《・・・やっぱダメだな・・・こんな時にゃ無理だ・・・》
「・・・曲を考えてたみたいだね・・・?」
「そうだね・・・作ってからレコーディングすればいいのに・・・」
《・・・大事なものかぁ・・・・・・ん?大事なもの?・・・はっ!!・・・》
「あっ!ひらめいたっ!?」
「確かにそんな感じのリアクション!!」
《・・・まぁいいや行こっと・・・》
「・・・おぉぉーいっ!!・・・」
「・・・竜司ぃ・・・終わっちゃったよ?」
「・・・全然、力作じゃねぇじゃん・・・」
「えっこれだけぇ?・・・」
《・・・え~・・・》
「・・・まだなんかあるの・・・?」
《・・・ぶっちゃけて言うと・・・まぁ・・・》
「・・・」
《・・・・・・死にたくねぇ・・・・・・》
「・・・何これ・・・」
《・・・ホントは、インスピレーションで今、バーン!!って新曲書いて、またオーディション持ってくつもりだったんだけど・・・・・やっぱ今の俺には書けそうもねぇや・・・》
「・・・遥・・・これ録音してるの、ライオードから話が来る前だよね・・・?」
「あの時は・・・まだ話が来てないはずだよ?」
「・・・確かこの時って・・・すみれさんと別れてる時じゃね?」
「そう・・・で、この後すみれさんに・・・」
《・・・今の俺には・・・って・・・今の俺ってなんだろ・・・》
「・・・すみれさんに何?」
《・・・ただ、今の俺の夢は・・・》
「この後・・・すみれさんにプロポーズしに行くんだよ?・・・」
《・・・すみれと同じ夢なんだろーなぁ・・・》
「・・・」
《・・・そりゃ・・・別れてりゃ悲しい歌しか出てこないわけで・・・でも悲しいわけじゃねぇ・・・なんてゆーか・・・こんな時でも希望がどんどん湧いてくんだ・・・なんでかなぁ・・・すみれを想うと・・・希望で嬉しくなるんだ・・・》
「・・・力作って・・・これか・・・」
「えっ?」
《例えば俺が明日死ぬとしても・・・すみれが元気で生きててくれれば・・・それでいい・・・だけどやっぱり・・・死ぬまでは・・・》
「・・・」
《・・・すみれと一緒に生きたい・・・》
「・・・お兄ちゃん・・・」
《・・・子供・・・抱きかかえてやりてぇなぁ~・・・・ってか、すみれ・・・一人で大丈夫か・・・・・・またいつか・・・夜景でも見に行きたいなぁ・・・》
そして、遥はCDを止めた。
「遥?聞かないの?」
「・・・後はすみれさんと聞く」
「・・・そっか・・・武さん、だからあの時、夜景の綺麗な場所で倒れてたんだね」
「うん」
「・・・すみれさんに・・・会える気がしたのかなぁ・・・」
「きっとそうだよ」
「しかしこれ、ライオードに持ってったら・・・なんて言われたか・・・」
「・・・歌じゃないからね・・・」
「・・・でも・・・なんか感動したんだけど・・・」
「・・・私も・・・でも曲は無いのかなぁ。前のオーディションの曲がどっかに保存されてたりして」
そう言い、遥はパソコンのフォルダーを検索しだした。
「遥。いくら兄妹でもプライバシーってのがあ・・・」
「ねぇっ!!これは?」
竜司を無視し、遥はデスクトップ上のフォルダーの中に、一つのファイルを見つける。
「I・T?・・・・事業かなんか?」
そう言い、竜司が不思議がる。
と、遥は冷静に切り替した。
「I・Tってお兄ちゃんのイニシャルだよね?」
「あーっ!!そうか・・・でも勝手に・・・まぁいいやっ!よしっ!開けてみよぉ」
そしてクリックすると、音楽ソフトが起動され・・・。
「・・・・・すごーい・・・・・」
「武さん・・・こいつも力作じゃないっすかぁ・・・」
打ち込みで作られた綺麗なバラードが流れてきた――。
「・・・武さんが死んだ日、代わりに俺、ライオード行けなかったじゃんね・・・?まだ・・・話聞いてくれるかなぁ・・・」
竜司が遥に伺う。
「・・・まぁ、本人は昨日亡くなりましたなんて言えないしさ・・・行けなかったのも仕方無いよ・・・試しに明日持って行ってみれば?」
「そうだな」
そして、遥は手紙を開ける事にした。
「・・・やっと貰えた・・・」
その手紙は、幼い頃に武が書いたものだった。
「遥。これって武さんがいつ頃書いたやつ?」
「子供の時・・・」
「なんでこんなに漢字知ってんだろ。しかも最初の方は平仮名ばっかなのに」
「こんなにたくさん書いてあったんだ・・・」
遥は手紙を読むと、涙がポロポロと零れた。
はるかへ。
いつもいじめてごめんね。
でもはるかは、たったひとりのいもうとだから、これからは、まもってあげるからね。
また、いっしょにあそぼうね。
はるかは、しんじないかもしれないけど、さいきん、みらいの大人になったボクがゆめの中に出てきて、はるかに手がみをかいてあげようって言ってたから、かいたよ?はるかも早くしょうがっこうに入れるといいねっ。三年
なんかね?未来のボク達も今みたいに、たまにケンカもするけど、仲良しなんだってっ。でもあまりイジメないようにするね。四年
遥。これから先、将来には楽しい事がたくさんあるんだってさっ。だけどどうしようもなく辛い事もたくさんあるんだってっ。そんな時は約束どおり、兄ちゃんが守ってやるから辛くても泣かずにがんばろうっ!!五年
オレはいつだって遥を応援してるから。
いつまでも笑って暮らそうね!!
六年
「お兄ちゃんね?この手紙・・・あの時、一回くれようとしてやっぱりやめたって言って、結局くれなかったの」
「そうなんだぁ」
遥に当時の記憶が蘇る。
《やっぱり・・・お花を百回貰うまでこの手紙・・・お兄ちゃんが閉まっておく》
《えぇ~・・・遥、まだ読んでないよ?》
「だけどこっそり読んじゃったの。でも私が知ってるこの手紙はね?《またいっしょにあそぼうね》までで終わってたんだぁ」
「え?・・・《はるかは、しんじないかも》ってとこからは?」
「まだ小さかったからね?記憶が曖昧なんだけど、続きがその時は書かれてなかった気がする」
「そんな事ねぇだろぉ。だってこうやって現に書かれてるわけだし。でもなんで途中から漢字が含まれてるんだろね・・・」
「多分、文の中でお兄ちゃんが成長していってるんだよ」
「へ?どーゆう事?」
「この手紙・・・初めて書いた時から、何年もかけて書き足してるんじゃないかなぁ。もしかしたら最初に渡してくれなかったのは、今後、書き足す予定だったからかもしんない」
「えっ・・・書き足してる?」
「だってほら。平仮名だった私の名前が、途中から漢字に変わってる」
「あっ。ホントだ。しかも最後はボクだったのがオレになってるー。ってか何?この文末にある三年とか四年とか」
「きっと、この手紙を最初に書いた《またいっしょにあそぼうね》ってとこまでは、確かあの時、お兄ちゃんが小学校二年生なの」
「うんうん。じゃあ次の段落からは三年生の時・・・」
「そう。その後は学年があがる毎にだんだん漢字も覚えながら、少しづつ書いてて、最終的に小学校卒業までで終わってる」
「あぁ~中学入ったら思春期だし恥ずかしくなってやめたのかなぁ」
「ん~ん。自分で歌とか書く人だよ?そんなの多分恥ずかしくないよ」
「じゃあなんで急に書くのやめたの?」
「この手紙・・・夢の中に自分が出てきてって書いてるでしょ?きっと、今の二十三歳のお兄ちゃんの想いが、当時小学生だったお兄ちゃんの夢に定期的に現れた気がする」
「・・・幸せ病の現象かな?」
「うん・・・多分。それで、私に宛てて毎年手紙を更新させてた・・・」
「中学からは?」
「きっと、そのくらいの歳になると大人になってくから・・・幸せ病を伝って想いが届かなくなったのかもね。だからその頃から夢にも自分が出てこなくなったんじゃないかなぁ」
「・・・そういえば武さんが亡くなる時・・・香樹にそんなような話してたよね・・・?」
竜司と遥は、武の言葉を思い出す。
《兄ちゃんはずっと・・・香樹が大人になって、もう大丈夫だよって言うまで・・・香樹の夢の中にいる》
《・・・夢の中?》
《うん。その代わり、大人になるまでの間だよ?・・・夢の中でいつでも楽しかった事・・・辛かった事・・・なんでも聞いてやる・・・》
《・・・でも僕・・・どうしたらいいの?》
《寝る前に・・・香樹がお兄ちゃんと話したいって・・・そう想うだけでいい。そしたら・・・兄ちゃんはいつでも、香樹の夢に現れてやる》
「そうそう。多分あれと一緒。きっと子供の純粋な心とは、すぅーって、気持ちが繋がれるんだよ」
遥がそう返事をすると、竜司は手紙の裏を見た。
「・・・遥・・・これ・・・」
「・・・えっ・・これは・・・いつ書いたんだろ・・・?」
裏には、大人の字でメッセージが記載してあった。
《今、小さい頃の手紙見返してみたら一個訂正がある。たまにケンカもするじゃなくって、いつもケンカするだった・・・。今日の家庭訪問で香樹の夢聞いた時・・・おまえを守って幸せにしたいってやつ・・・あれには泣けた・・・まぁ、とりあえず、これをおまえが読む頃・・・俺ら、幾つになっててどんな暮らししてんのかはわかんねぇけど、変わらないといいな。早くいい男でも見つけて幸せになれよっ!!》
そして竜司が小さな声で遥に呟く。
「これを書いたの・・・幸せ病が始まる前だね」
「うん・・・」
そして遥はコクっと頷き、続けて話し始めた。
「私と竜司が出逢う前で・・・お兄ちゃんとすみれ先生が初めて出逢った日だよ・・・」
「・・・そっか・・・変わらないといいなって・・・武さんらしいね・・・」
「・・・でもさ・・・」
遥がそう言い黙ると、少し間を置いて竜司が聞き返す。
「・・・でも?」
「・・・小さい頃、最初に書いた文から・・・大人になって最後に書いた文まで・・・言ってる事は全く変わってないんだよね・・・」
「ホントだな・・・」
そして遥と竜司はパソコンからCDを取り出し、武の話をしながら眠りについた。
やがて・・・。
月日が流れ、季節は秋になる。
九月二十日。
その日、遥と竜司の結婚式が行なわれた。
遥の控え室。
「遥ちゃん!!綺麗ーっ!!」
「ありがとぉ、すみれさん」
すみれが遥のウエディングドレス姿を見て感動すると、遥はすみれに礼を言いながら、突然切り出す。
「すみれさんも早くドレス着がえなきゃ」
「へ?」
「私達二人だけの結婚式じゃないよ?」
「・・・だけじゃないって・・・」
「すみれさんと、お兄ちゃんの結婚式も兼ねてるんだよ?一緒にするって約束したでしょ?」
それを聞くと、すみれは少し黙り下を向いて首を横に振った。
「・・・でも・・・・武はもう・・・」
「・・・大丈夫。私からのプレゼントがあるんだぁ」
「プレゼント?」
「うんっ」
やがて小さな結婚式が始まり、式は華やかに盛り上がった。
そして式も終盤を迎えると、遥が参加してくれた人達に向け、スピーチをし始める。
「皆さん今日は・・・ホントにありがとうございます・・・・・・・実は聞いてもらいたい事があります・・・・」
「遥ぁ~なぁにぃ?」
会場からそう聞かれると遥は一瞬黙り、その後、毅然と前を向いて語り出した。
「・・・私には・・・たった一人、兄がいました」
その言葉で、ざわついていた会場が静かになる。
「・・・だけど・・・兄は死んでしまって、もうこの世にはいません・・・幸せ病に・・・命を奪われてしまいました・・・」
そして沈黙になると、会場から鼻をすする音だけが聞こえ始めた。
「・・・そして今日は・・・もう一組、一緒に結婚を祝ってもらいたいカップルがいます・・・・・そこにいるすみれさんと・・・・・・・兄のです・・・」
すみれは椅子に座りながら・・・それを聞くと目を瞑り武の姿を想像し始める。
「二人はとっても仲良しで・・・いつも一緒に笑ってました。すみれさんは弟の香樹の担任の先生で・・・兄は、しがないただの、いやっ、普通のサラリーマンでした。初めて出逢ったのは、香樹の家庭訪問です。うちの兄は単純だから、綺麗で大人っぽいすみれさんをすぐに好きになったみたいで・・・なんかすぐに告っちゃったらしいです・・・私もびっくりしました・・・まぁっ!でも優しいすみれさんは、ちゃんと真剣に考えてくれて、やがて二人は付き合う事になりました」
そして、竜司がCDデッキを用意し始めた。
「・・・そして聞いてもらいたいCDがあります」
遥が合図をすると、竜司は再生ボタンを押し、スピーカーからザーっという音が流れ始める。
「・・・竜司っ・・・早送り、早送りっ・・・」
小さな声で遥が竜司にそう言うと、竜司は「了解」と合図をしながらCDを早送りした。
しばらくして・・・。
《・・・え~・・・ぶっちゃけて言うと、まぁ・・・死にたくねぇ・・・》
スピーカーから、武の声が流れ始めた。
「・・・武・・・」
「お兄ちゃんの声だぁぁ!!」
すみれが突然流れ出した武の声に驚くと、香樹は喜びながら席を立ち上がる。
《・・・ホントは、インスピレーションで今、バーン!!って新曲書いて、またオーディション持ってくつもりだったんだけど・・・・・やっぱ今の俺には書けそうもねぇや・・・》
するとCDについて、遥が説明をし始めた。
「これは生前にお兄ちゃんが、歌を録音しようとしたけど良い感じの曲が浮かばず断念した後に、一人で何か喋ってるだけのCDです」
遥がそう言うと、スピーカーからすみれの名前があがる。
《・・・今の俺の夢は・・・すみれと同じ夢なんだろーなぁ・・・・》
そしてその言葉を聞くと、すみれは湧き出す感情で胸が熱くなり、遥はそんなすみれに捧げるようにゆっくりと続ける。
「私と竜司も最初、なんだこれって思ってたけど・・・聞いてみたらすっごく愛がこもってたの・・・」
遥の言葉の後・・・静かな会場を武の声が優しく包み込んだ。
《なんてゆーか・・・こんな時でも希望がどんどん湧いてくんだ・・・なんでかなぁ・・・すみれを想うと・・・希望で嬉しくなるんだ・・・》
代弁し、後押しするかのように、遥が武の言葉の合間に説明を加える。
「これはね?ちょうどすみれさんと別れてしまった時、録音されたものなんです」
《例えば俺が明日死ぬとしても・・・すみれが元気で生きててくれれば・・・それでいい・・・だけどやっぱり・・・死ぬまでは・・・すみれと一緒に生きたい・・・子供、抱きかかえてやりてぇなぁ~・・・・ってか、すみれ・・・一人で大丈夫か・・・またいつか夜景でも見に行きたいなぁ・・・・》
「そして、大好きな人を守る為に幸せ病と戦った兄の今まで頑張ってきた軌跡と・・・精一杯のすみれさんに対する告白です」
やがて、自然とすみれの目から・・・涙が零れた。
《・・・俺・・・・・やっぱ死ぬんか・・・・》
やがてその言葉で、窮屈なほどに会場が静まり返る。
《・・・・死にたくねぇなぁ・・・・》
そしてすみれは、武のプロポーズを思い返した。
《だけど、すみれが必要だって事も・・・もう俺ん中で変える事も後戻りする事も出来ない・・・人って自分の事だけ考えてられたら・・・そんなに簡単な事はないよ・・・相手の事・・・そして相手と自分の両方を考えなきゃいけないから、たくさん悩むし、たくさん傷つく・・・だけど恋愛ってのは、あれだ・・・・・やっぱ二人でするもんだしさ・・・そしたら今まで知らなかった気持ちとか、感情を知って・・・不思議と辛くても強くなれんだ・・・》
「・・・」
《そして俺は、すみれに出逢えた事が・・・俺に与えられた運命の中で、最高に嬉しい事だった・・・すみれは、最初すげぇしっかりした感じだったのに、話してみると明るくて素直で・・・って言ってもまぁ、しっかりしてんだけど・・・意外とすぐ泣くくせにつよがり言ったり、一人で我慢しようとしたり・・・でも子供がすげぇ好きでさ・・・自分に嘘がつけなくて、何より優しくて思いやりのある子・・・》
「・・・そんな事ない・・・」
スピーカーから聞こえる武の声を聞き・・・小さな声ですみれが呟く。
《・・・・・・そんな子を・・・・俺は離すわけにいかねぇんだ・・・・》
それを聞くと、すみれは声のするデッキの前へと歩み寄った。
《・・・ってなわけで・・・今からすみれの家の近くにある公園へ行ってきます・・・なんか、遥が大事なモンをそこに忘れたとか言って・・・まぁ、遥のモンじゃなくて・・・それは俺の大事なモンなんだろーけど・・・》
「・・・もぉ・・・また泣いちゃったじゃん・・・」
やがてすみれは目を瞑り、デッキに両手を添え、武の笑顔を想像すると、二人きりの世界を作るように小さな声で呟く。
そして、自分へ向けた愛を心に刻むと、最後に笑顔でお礼を言った。
《恥ずかしくて、面と向かってこんな事言えねぇけど・・・まぁ、新曲も出来なかった事だし、これが俺の今のベストアルバムって事にします・・・》
「・・・ありがとぉ」
やがてCDが終わると、すみれは遥のもとへとやってきた。
「遥ちゃん・・・ありがとね」
「すみれさんずっとCDの事言わなくてごめんね?・・・サプライズ作戦2だったの・・・」
「そっか」
「すみれさん・・・」
「ん?・・・」
「さっきすみれさんとお兄ちゃんの結婚だ・・・なんて言ったけどね?・・・まぁ・・・こんな事してから言うのはあれだけど・・・お兄ちゃんは、自分の将来をね?自分で決めた・・・」
「うん」
「・・・だからすみれさんも・・・自分の将来は・・・自分で決めて欲しい」
「・・・」
「・・・お兄ちゃんは・・・もうこの世にはいないから・・・すみれさんは、すみれさんの望む道を歩いて欲しい。一番幸せな道を・・・すみれさんは、これからも生きてかなきゃいけないんだから・・・自分自身で選んで欲しい・・・そしてきっとそれが、生きてる私達への・・・お兄ちゃんからのプレゼントだと思うの・・・」
すると、すみれは首を横に振った。
「私の幸せは・・・変わらず、武の子供を産める事だよ?」
「・・・」
「約束したもん・・・」
「・・・約束って・・・」
「私ね?・・・ずっと子供が好きで・・・それで教師になったの」
すみれが話し出すと、遥と、そして会場の全員がすみれの声に静かに耳を傾ける。
「・・・武に出逢ったのは・・・運命とかそんな大それた事なのかはわからないけど・・・初めは偶然だって思ってた・・・だけどいつからか・・・それが必然になってたの。気付いたらそこに・・・私の全てがあった。誰だって初めは気付かないものだよね・・・武の事は、なんかいいなぁって思ってただけだった・・・だけど、なんかいいなぁが、いつの間にか好きになってて・・・今度は大好きになった・・・」
その時、遥が会場を見渡すと・・・たくさんの涙が光っていた。
「・・・そして大事に、大切に思えて・・・その後、愛おしくなった・・・・・だから嫉妬もした・・・不安にもなった・・・そんなある時・・・辛くて逃げようって思った・・・でも、そんな私に勇気をくれたのは・・・この子と・・・それでも愛してくれた武だったの・・・だから私は大きな愛で、武に自分を変えてもらった気がする・・・まぁ、あの人がホントは・・・一番子供みたいだったけどねっ・・・」
「・・・すみれさん・・・」
「今日はホントに・・・素敵な結婚式をありがとぉ。遥ちゃんっ」
そしてすみれはもう一度、遥に礼を言った。
やがて無事に式は終わり、竜司は遥達の家で暮らし始め、すみれのお腹もだんだんと大きくなった。
やがて季節は冬を迎える。
その日、外では小さな粉雪が舞っていた。
「ハァ、ハァ・・・遥!!・・・赤ちゃんは!?産まれたか!?」
「・・・ん~ん・・・まだ・・・」
病院の待合室。
「すみれさんの出産予定日・・・まだだよな・・・?」
遥から、すみれの子供が産まれそうだという知らせを聞き、急いで病院へやってきた竜司は、頭に被った雪をはらいながら遥の隣に座る。
「うん・・・急に陣痛が始まったみたいで・・・」
緊張しながら遥が受け答えると、
「・・・頑張ってくれ・・・すみれさん・・・」
竜司はそう言いながら下を向いた。
すると、遥がみんなはまだ来ないのかと伺った。
「うん・・・雪も降ってきたし、おばあちゃんと香樹はちょっと遅れるって」
そう、竜司が答えると、遥もまた不安げな顔をする。
「・・・遥?大丈夫か?どうした??」
その顔を見て竜司が心配すると、遥は小さな声で呟いた。
「みんないないと・・・」
「ん?」
「・・・なんかわかんないけど・・・嫌な予感がするの・・・」
その時、竜司の脳裏に・・・幸せ病が現れた――。
遥が続ける。
「・・・すみれさん・・・これまで発作は無かったけど・・・ホントに幸せ病・・・消えて無くなったのかな・・・」
「えっ・・・」
「・・・幸せ病はタイミングを見てやってくるから・・・もし今、顔を出すようなら・・・お母さんも赤ちゃんも・・・」
「まさか・・・大丈夫だよ。あの時、武さんがすみれさんの病気・・・ちゃんと吹き飛ばしたはずだよ・・・?」
「・・・うん・・・そうだと思うけど・・・でもね?あの時、お兄ちゃんが言ってたの・・・」
遥と竜司は、武の最期を思い出す。
《・・・幸せ病は・・・俺の命で追い払ってやるから・・・絶対・・二人を守るって言ったろ?》
《・・・うんっ!!》
《・・・その代わり・・・》
《・・・うん》
《ここにいる全員で・・・・・・産まれてくる命の幸せを・・・想ってやってくれ・・・》
「きっと、みんなで願ってあげないと・・・」
「・・・」
「・・・新しい命は産まれて来ないんじゃ・・・」
その予感が頭を駆け巡った時、異様な寒気が二人を襲い、そしてこの瞬間を狙ったかのように・・・予想通り母体が危険な状態に陥った――。
二人がその事実を知ったのは、ほんの五分後だった。
「ハァ、ハァ・・・」
「竜司・・・先生は?何だって?」
不安に思った竜司が、すみれの容態を医師に伺い、遥のもとへと急いで戻って来る。
「俺らの思った通り・・・すみれさん・・・この出産に耐えられないかも知れないって・・・」
「え・・・」
「とにかく今は、その原因が幸せ病なのか何なのかはわかんねぇけど・・・すみれさん、自分の命と新しい命と、今、二つの命を背負ってる・・・きっと人が人を産むっていうのは、今までよりも相当強い精神力とかパワーがいると思うんだ」
「・・・」
「・・・それにこの寒気と鈍い感覚は・・・あの時の幸せ病と同じだ・・・だから、もしかしたらこれは幸せ病が仕掛けた最後の爆弾かも知れない・・・きっと武さんはこうなる事を知ってたんだ・・・子供が簡単には産まれて来ない事・・・だからみんなで願ってやってくれって・・・」
「やっぱり・・・そうしないと、赤ちゃん・・・死んじゃうって事!?」
「・・・最悪の場合・・・」
「・・・」
竜司はそう言い、言葉を探す。
「・・・最悪の場合?」
そして、遥の問いかけに竜司は言葉を返せない。
「竜司!!!最悪の場合、何!?」
「・・・最悪の場合、命を落としかねないって・・・さっき先生も言ってた・・・」
「―――」
「しかも母子共にだ・・・」
遥はそのまま、病院を飛び出る。
最終章 約束 ―たくさんの幸せをありがとう―
やがて家にまで戻ると、祖母が病院へ行く準備をしていた。
「おばあちゃん!!」
「遥・・・どうしたの?そんなに急いで。まさか、もう産まれたのかい!?」
「違うの・・・すみれさんが・・・」
遥が事情を説明すると、祖母も不安な顔をした。
「・・・おばあちゃん。香樹は?」
「それが・・・こっちも今、ちょうど香樹が熱を出して・・・」
「熱!?」
祖母もまた、風邪をひいた香樹の様子について話した。
「さっきまでは、ひどくなかったのに・・・急に熱が出てきてね・・・今から香樹も病院へ連れて行こうと思ってたところなんだよ・・・」
「・・・今、香樹は?」
「今は眠ってる・・・」
一方、竜司は茂に電話を掛けていた。
「波川さん。俺です、竜司です」
「おー。この間はすまなかったなぁ」
「え?」
「結婚式にまで呼んでもらって」
「いえ・・・そんな事よりすみれさんが・・・」
竜司が状況を説明すると、茂は電話の向こうで小さく呟く。
「そうか・・・新しい命が誕生するって事ほど・・・きっとこの世の中で幸せな事はないのかも知れない」
「はい・・・」
「昔から命は大事、大事って口では簡単に言うけどな・・・ホントに痛感するよ、幸せ病と出会ってから、命ってモンの大きさや大事さをさ・・・・・・よしっ。ワシもすぐに行く。みんなでその子の命を願ってあげよう」
「お願いします」
一方の伊崎家では・・・。
「香樹・・・?」
「ん・・・」
遥が、熱を出して寝ている香樹の名を優しく呼ぶと、香樹はぐったりしながら小さな声で反応した。
「大丈夫?香樹」
「・・・うん・・・」
「ごめんね?起こしちゃって・・・もうすぐ、すみれさんの赤ちゃんがね?産まれそうなんだよ?」
「・・・ホント?」
「うん、ホント。香樹、風邪で辛いけど・・・ほんの少しだけすみれさん頑張ってって、心の中で応援してくれる?」
「・・・うん・・・わかったぁ」
「ありがとぉ。早く良くなるんだよ?」
「うん・・・」
そして遥と祖母の二人は、香樹を連れて病院へと向かう。
やがて三十分もすると、病院に遥と竜司、祖母、香樹、茂・・・武が亡くなる時、そこに立ち会った人達が全員集まった。
凛とした空気の中、遥は両手を自分の息で温め、その柔らかい熱で、不安をなんとか和らげる。
そして香樹が寒さを訴えると、祖母は香樹の体調を気遣って看護師にお願いをし、香樹を一人、別室で寝かせてもらう事となった。
そのまま、ゆっくりと時間が流れる・・・。
分娩室でのすみれの陣痛による苦しみは続き、新しい命は何かにせき止められているかのように・・・未だこの世に姿を現さない。
その時、母体の娩出力以外にも、胎勢に異常が見られ始め、分娩が厳しさを増してきていた。
「・・・お願い・・・すみれさんも赤ちゃんも・・・頑張って・・・」
日にちが変わろうとする頃・・・遥が緊張からそう呟くと、竜司が口を開いた。
「・・・すみれさん・・・体力持つかな・・・」
「・・・体力・・・?」
遥が聞き返すと、不安な面持ちで竜司が続ける。
「幸せ病の残り火がこの出産に絡んでたとしたら・・・すみれさんの負担、半端無いんじゃないかな」
竜司がそう言うと、その時、看護師が慌しく部屋を出てきた。
「すいません!!・・・赤ちゃんは!?」
遥が状況を伺うと、看護師は立ち止まり、笑顔を作ってそれに受け答える。
「今、お母さん・・・すごく頑張ってますから・・・」
「すみれさんも赤ちゃんも・・・大丈夫ですよね・・・?」
すると、遥の問いに看護師は少し顔を曇らせた。
「・・・はい・・・初産ですので時間は掛かるかと思います・・・ただ、母体の体力がかなり低下してきている状態で・・・」
「え・・・?」
「このまま異常分娩が続けば・・・分娩停止も考えられます・・・」
「そんな・・・」
「・・・私達も全力を尽くしますので」
そう言うと、そのまま看護師は急いで廊下を駆けて行った。
そして厳しい状況を知ると、遥の不安はどんどん加速していく。
「・・・すみれさん・・・みんなで応援してるからね・・・お願い・・・頑張って・・・・・・」
竜司はその小さな遥の声を聞くと、静かに遥の手を握った。
「・・・遥?大丈夫。みんなでこうやって願ってるんだから・・・絶対大丈夫だよ」
「・・・想いが・・・足りないのかなぁ」
「え?」
その瞬間、遥の口から弱音が出てしまう。
「私達の願いだけじゃ・・・すみれさんと赤ちゃん・・・救えない・・・」
「・・・弱気になるな・・・」
竜司が元気付けると、そこに、目を覚ました香樹が別の処置室から出てきた。
「お姉ちゃん・・・すみれ先生は?」
香樹がすみれの居場所を伺う。
「起きた?香樹・・・・・すみれ先生は今、この部屋の中で頑張ってるよ・・・?」
遥にそう言われると、香樹は重たい体ですみれの病室のドアの前に立つ。
「・・・香樹?どうした?」
そして突然、中にいるすみれに向かって思い切り名前を叫んだ。
「すみれ先生!!!!」
突然の事にそこにいた全員が驚き、そして香樹はドアを叩きながら叫び続ける。
「すみれ先生頑張って!!!」
その言葉を聞くと、遥の脳裏に武が現れた。
そして、いつかの武の言葉を思い出す。
《どうして俺達はそうやって命に感動するか知ってるか?》
《・・・何なの?》
《泣いたり笑ったり・・・俺達も毎日頑張って生きてるからだよ・・・不器用でも俺達もしっかり命を持ってる・・・だから嬉しくて涙が出るんだ・・・そうやって誰かの命に触れながら、知らないうちに自分達が生きてる事を喜んでるんだよ?》
香樹が・・・小さな体で、声を枯らしながらドアの向こう・・・苦しむすみれへと訴え続ける。
「すみれ先生!!!頑張って、赤ちゃん産んでね!!・・・お兄ちゃんも、頑張れって言ってたよ!?」
それを聞き、遥が香樹に伺う。
「・・・香樹・・・?お兄ちゃんもって・・・?」
「お兄ちゃんがね?さっき夢に出てきて・・・それですみれ先生にそう伝えてくれって・・・」
「・・・お兄ちゃんが・・・夢に・・・?」
「うんっ!!お兄ちゃんと一緒にすみれ先生と赤ちゃんを応援しようなって・・・」
その時。
「そっか・・・赤ちゃん、なかなか出てこなかったのは・・・」
ついに病室から、泣き声が聞こえた―――。
「お父さんの願いを聞くのを・・・ずっとお母さんのお腹の中で待ってたんだね・・・」
「・・・産まれた・・・」
竜司がそう言うと、遥は涙を流し、倒れそうな香樹を抱きかかえ「ありがとう」を繰り返す。
すると咳き込みながら・・・香樹が耳元で遥に話し掛ける。
「・・・赤ちゃんが産まれたらね?・・・すみれ先生ありがとぉって・・・お兄ちゃんの代わりにそう伝えてくれって・・・お兄ちゃんが言っててね?僕、約束したから・・・早く先生に・・・言わないと・・・」
「うんっ!!後で、お姉ちゃんと一緒にすみれ先生に会いに行こう!!」
「・・・うん・・・」
最後の奇跡は・・・雪と共にゆらゆらと舞ってきた。
「相川さん!!・・・元気な女の子ですよ!!!」
「・・・女の子・・・?」
「・・・貴方が頑張って産んだ子です・・・ほらっ・・・」
そして、すみれは赤ちゃんと対面した。
「・・・・・こんにちわ・・・・・」
その顔を見ると・・・すみれの目から自然と涙が零れる。
「・・・私の子に生まれて来てくれて・・・ありがとぉ・・・・・」
《武・・・聞いてる?この子の声・・・・・女の子なんだってっ。そしてみんなの願い・・・届いたよ?武の願いも・・・ちゃんと届いた・・・》
「これから・・・お母さんとたっくさん・・・想い出作ろうねっ・・・それから、貴方を助けてくれたお父さんの分まで・・・」
《私ね?・・・みんなの想いで・・・この子を産む事が出来た・・・武との約束も・・・なんとか守れたよ?・・・今度、武と逢う時は、いつかなぁ・・・生まれ変わっても・・・また一緒になりたいな・・・そして今度こそはこの子と三人で・・・・・》
『幸せになろうねっ』
深々と雪が降り続け、
その日、たった一つの小さな命が誕生した。
そして雪は『ありがとう』の気持ちを込める様に・・・。
更に白く重なり合い、人々の想いへと積もっていく。
普段、気に止めない偶然が・・・本当は意味のある必然な事で・・・。
そして目に見えない所では、たくさんの奇跡が起きている。
もしかしたら現実は、そうやって・・・夢の世界に守られながら存在出来ているのかも知れない。
きっとその夢の世界には、人々の希望があり、創造がある。
だからこそ人は誰も、現実という厳しい世界の中で・・・夢を見つけ、追い求め、そして恋をし、誰かを愛する事に直面しながら生きていく。
それが全て、夢の世界からの贈り物だとしたら・・・。
それは、誰からのプレゼントだろう・・・。
夢の中にいる、過去や未来の自分自身からなのか・・・。
それとも夢の中に存在する、まだ見ぬ未来の恋人か・・・。
いつかの家族や、将来の自分の子供・・・そして友達から・・・ペットに至るまで・・・。
貴方の持っている夢と愛の分だけ、今も知らぬところで奇跡が交じり合いながら、誕生し・・・今、まさにその身体に降り注いでいるのかも知れない・・・。
そして・・・。
半月ばかりが過ぎ、クリスマスがやってきた。
「なぁ詩織、この曲知ってる?」
「んん?」
「これだよ。すげぇいい曲じゃない?」
「あぁ~聴いた事ある~」
二人は笑顔で会話をしながら、曲を試聴する。
「この歌、作った人、もうこの世にいないんだぜ?」
「え?」
「幸せ病で亡くなったんだって」
「・・・」
「好きな人と、その人の子供を守って・・・亡くなったらしいよ?」
「・・・なんて人なの?」
「伊崎武って人」
「そうなんだぁ・・・・え・・・伊崎・・・?」
「・・・知ってんの?詩織」
「・・・伊崎って・・・」
《姉ちゃん、大丈夫か?》
《はい・・・》
《気ぃつけなよ?夜道は》
《・・・ありがとうございます・・・あの・・・》
《ん?》
《お名前は・・・》
《俺は別に・・・こいつはそのうちテレビ出っからよ》
《何言ってんだ。指さすなヤクザ》
《伊崎って名前覚えときな?あっ、今のうちにサインでも貰っとくか?やれよ武、サイン》
《バカかおまえ。もうやめたって言ってんだろ》
《その割におまえ、殴る時、手に気ぃ遣ってたじゃねぇか》
《・・・怪我すんの嫌ぇなだけだよ》
「おい、詩織?どーした?」
「・・ん~ん。いい曲だなぁって・・・思って」
「だろ?」
「買ってこっかっ」
「珍しいね、CD買うなんて」
「うん。たまにはねっ」
「よしっ。イルミネーション見に行くんだろ?」
「うんっ!!」
「じゃあ、これ聴いて行こぉ」
やがて二人は夜の街に消えて行った。
一方、海外へ留学中の茜に、母親から一本の電話が入る。
「もしもし茜ぇ?遥ちゃんから手紙来たよ?」
「え?ホント!?」
「今度、小学校の時の同窓会があるみたい」
「マジ!?何年ぶりだろぉ!!久しぶりだなぁ~」
同窓会の話を聞くと、茜は遥の顔を思い浮かべた。
そして母親が続ける。
「なんだか、茜と遥ちゃんって、空と海みたい・・・」
「え?」
「茜色の空に、遥かな海。交じり合うとすごく綺麗でしょ?」
「うん」
「ホントに二人は、いい友達だね」
「ありがとぉ、お母さん」
「茜。まだ日本には戻らないの?」
「うんっ。まだ私、夢の途中なの。ごめんね?お母さん、一人で淋しい想いさせて・・・」
「ん~ん・・・茜は何にも気にしなくていい。それより、体に気をつけてね?」
「はぁいっ。ねぇねぇお母さん」
「ん?」
「遥ちゃんって確か、お兄さんいたよね?」
「ん~・・・確かいたような気が・・・」
「最近こっちで、幸せ病に苦しむ人達と出逢ったんだけどね?仲良くなった友達が毎日、毎日、伊崎武って人の歌を聴いてるの」
「伊崎武?」
「うん。もしかしたら遥ちゃんのお兄さんじゃなかったかなぁって思って」
「じゃあ、調べてみる。伊崎たける?」
「武・・・」
「あっ。武ね」
「うん、宜しく」
「じゃあ帰ってくる時に連絡頂戴?」
「うんっ。わかったよっ」
そう言い、二人が電話を切る頃、ライオードミュージック本社では・・・。
「失礼します。澤木さん・・・お呼びですか?」
「おぉ、優。ボイトレちゃんとやってんのか?」
「はいっ」
武にデビューの話を持ちかけたライオードのマネージャーである澤木が、遥の同級生である優を会議室に呼んでいた。
「聞いた話だと、おまえの友達の兄ちゃんらしいな、伊崎武・・・」
「あっ、はい・・・」
「ライオードにこのCD持って来たのは、武君の妹さんと旦那さんでな・・・実は、彼のパソコンに未発表曲が入ってたらしいんだよ。その曲のコーラス、今度おまえ一回やってみるか?」
「えっ・・・私がですか?」
「嫌ならいいよ?」
「いえ・・・やりますっ!!」
「しかし優・・・あれから頑張ってよく更生したな」
「・・・そんな・・・澤木さんのおかげです・・・」
「バカ。俺はただ、原石を拾っただけだ。おまえの立ち直ろうとする意志が強かったんだよ?俺は、伊崎武の曲にも強さを感じたからこそ、彼の曲を世に送った・・・今度はおまえの詩と、その歌声だ」
「・・・はいっ。頑張ります」
そして、あゆみの家では・・・。
あゆみの両親が台所で会話していた。
「お父さんっ、ご飯ご飯」
「お~今日は豪勢だな」
「今日は家族水入らずですから」
「そうか。あゆみは?」
「部屋にいるから呼んでくるね」
「おい。プレゼントの事はまだ内緒だぞ?」
「わかってる、わかってる」
「あぁ、それからこの間の話だけどな・・・」
「お父さんっ!喧嘩になるから今日はその話は無し」
「・・・」
「これからは、あゆみの為に仲良くするって、そう決めたでしょ?」
「・・・そうだな」
「じゃあ呼んでくるから。プレゼントの絵本・・・ちゃんと隠しておいてよ?」
「おっ、おう」
「あゆみぃーっ?ご飯だよぉー?」
「はぁ~いっ!!」
その頃、遥と竜司、そして祖母と香樹の四人は一緒に食卓を囲んでいた。
「ねぇ、すみれさんまだ退院出来ないの?」
「もうちょっとじゃないかなぁ」
竜司が遥にそう伺うと、遥はケーキを切りながら答える。
「お姉ちゃん!!僕のケーキ大きく切ってね!?」
「はいはい」
そして香樹にそう頼まれると、遥は返事をしながらケーキを四等分した。
「お姉ちゃん!!結局、僕のケーキ全然大きくないよぉ!!」
「もぉーっ。香樹ぃ。最近ワガママになったねぇ、まったくぅ」
すると、祖母が自分のケーキを少し香樹に分け与える。
「ほら香樹。おばあちゃんこんなに食べれないからあげる」
「ホントぉ!?やったぁ!!」
香樹が祖母のケーキを半分貰うと遥は、
「あっ。香樹ー?みんなが食べられない分は仏壇へ・・・」
と、祖母に貰った分を武の仏壇に供えた。
少しふくれたが、香樹は仕方無く納得し、やがてケーキにロウソクが立てられる。
「よしっ。電気消して・・・香樹?勢いよく吹けよ?」
「うんっ」
ロウソクに火が付けられ、竜司が電気を切ると部屋に柔らかな光が揺れた。
「よしっ。吹いていいよ?」
遥の合図で、香樹が勢いよくロウソクに息を吹きかけると・・・一吹きで火は消え去り、部屋は真っ暗になる。
「メリークリスマースッ!!」
そして、武が亡くなってから三年が経ち・・・。
すみれはその日、武とよく訪れた夜景の見える場所にいた。
「さくらぁ?寒くない?」
「うんっ」
武とすみれの子は、『さくら』と名付けられ、すみれはさくらをその場所へと連れて来ていた。
「さくらぁ。ママね?よくパパにここに連れてきてもらったの」
「ふ~ん」
「・・・昔と変わんないなぁ~」
「ママぁ」
「ん?」
「パパと来た」
「・・・え・・・パパ?」
「さくらね?パパと、ここ来た」
「・・・そっか・・・」
「その時、ママもいたよ?」
「ママも?」
「うんっ。三人であそこに名前書いたのぉ」
さくらが指を指した壁に・・・。
「・・・なんで・・・?」
三人の名前と、三年前の武の命日の日付が書かれていた――。
「・・・さくら?それっていつ?」
「昨日の夜ぅ」
「昨日の夜は・・・遥お姉ちゃん達と一緒にいたよね?」
「うんっ!その後だよ?」
「その後?・・・その後は、おやすみしたで・・・」
「・・・ママ?」
「・・・夢・・・の中・・・」
「へ?」
「・・・さくらの夢の中に・・・武が・・・」
「・・・ママぁ?・・・どーして泣いてるのぉ・・・?」
「・・・んーん・・・」
「・・・ママぁ・・・」
「・・・さくら・・・?」
「ん?」
「今度パパに会ったら・・・」
「うん・・・」
「次は遊園地に連れて行ってって・・・お願いしておいて?」
「うんっ!!わかったぁ!!!」
お父さん。
この子に、たくさん・・・。
二人で、想い出作ってあげようねっ。
今・・・さくらの笑顔が、 私にとって一番の幸せだよ?
あっ。
それから武の歌。
今、すごい人気なんだよ?
私も聴いてびっくりしちゃった。
夢が叶ったんだね。
おめでとう。
じゃあ・・・遊園地の話、 さくらから聞くの、楽しみに待ってる。
「よしっ、さくらぁ?帰ろっか」
「うんっ。ママのお手手ちゅめたいっ」
「ん?そーぉ?」
「さくらのお手手あったかいもん」
「ホントだぁ。なんでだろぉねぇー」
「なんでだろぉねぇー」
たくさんの幸せを・・・。
ありがとう。
『幸せという病気』 完 2007/11/19
―――FROM遥 Last Message―――
そして私は今、二十二歳になりました。
ただ、目の前には未来が広がり、 こうやって、幸せを感じて生きていける事を、 心から嬉しく思える自分になりました。
それは、兄の死から教わったモノではなく、 精一杯に生きていた兄の証から教わったモノ。
あの頃・・・。
前に進めない私を、影でいつも応援していてくれたのも・・・。
ただ、恋に突っ走った私を、一度も否定せず見守ってくれたのも・・・。
私が好きになった人の事も理解してくれて・・・いつも支えになり、私達の幸せを心から願ってくれたのも・・・。
全て・・・大好きだった、私のたった一人の兄でした。
いつも、いつも、いつも・・・。
私の味方でいてくれた・・・。
頑張れ!!!って・・・背中を押してくれた・・・。
たくさん、ワガママも言ったのに・・・。
いつだってちゃんと聞いてくれた・・・。
そんな兄に・・・私は甘えてばっかりで・・・。
ホントに・・・ ゴメンね・・・。
あのね?お兄ちゃん。
私、今・・・とっても幸せだよ?
そして、お兄ちゃんが大事にしていた家族を・・・。
私とみんなで、しっかり守っていく。
だから、 安心して天国で過ごして下さいっ。
ホントに、 長い間、ありがとうございました。
―伊崎 遥―




