表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/17

第十二章 「大好き」

第十二章 大好き





「ねぇねぇ竜司~。香樹の担任の先生、またすみれさんだってぇ~」


「そっかぁよかったじゃん」



病室では、遥と竜司がいつものように話をしていた。



「家庭訪問とか、家庭訪問になんないよね」


「なんで?」


「だってすみれさん結構家来てるし。今更・・・ねぇ・・・?」


「あ、そっか。」


「あぁ~なんかもう病室はやだよぉ・・・」


「我慢しな?」


「・・・はぁい」



遥が力無く返事をすると、竜司は思い出したかのように質問する。


「そう言えばさ、なんであの時、遥も外走ってたの?」


「ん?」


「ほら、別れるってなった時」


「・・・バカ兄貴がダイエットの為に走って来いって」


「・・・あの人何考えてるかさっぱりだな・・・」


「まぁね。ん!このチョコおいしぃ」


「でしょ?これね、俺も好き」


「それにしても人騒がせだよね、お兄ちゃん」


「・・・でもちょっと甘すぎだな」


「聞いてる?」


「うんうん。人を探せって?」


「聞いてないよね・・・人騒がせ!」


「あぁあぁ。人騒がせね。てか、今日、武さんは?」


「日曜だし、すみれさんと一緒なんじゃない?」




その頃、武は遥の考え通り、すみれと会っていた。



「ねぇホント大丈夫?武・・・体」


「大丈夫、大丈夫。何?心配した?」


「当たり前じゃん!」


すみれが武の体を心配すると、武はすみれの買ったチョコを手に取る。


「・・・そんな怒んなくていいじゃん。それにしてもこのチョコ旨ぇなぁ。何?新発売?これ」


「あっ。それ私の!頂きますは!?」


「・・・頂きます・・・やっぱり先生だなおまえ・・・」


「ってか病院行かなくていいの?」


「いいよ。めんどくせぇし」


「でもさぁ・・・」


「それよりおまえ、香樹を今年も頼むよ?大丈夫ぅ?」


「私が担任なら大丈夫っ!」


「な~にを・・・どうしたらいいですか武さん!とか言ってたくせにさぁ」


「・・・まぁ・・・香樹くんの心は掴んだ!」


「香樹だけか・・・」


「何かぁ?」


「・・・いえ。あっそぉだ。ちょっとさぁ、行きたいとこあんだけどさぁ。暇だし付き合ってくんない?」


「どこぉ?」


「墓」


「・・・一緒に死ぬって事?」


「・・・どーせならプロポーズ?って聞け」




そして二人は、武の母親の墓へ向かった。






「武、バテバテじゃん」


「こんなにきつかったっけ・・・この坂・・・」


「もう歳なんだよぉ。ってかこないだ倒れたばっかだからさ・・・大丈夫?」


「・・・あぁ」


墓に着くと、二人は水をかけ、手をあわせた。


そしてその帰り道、すみれが武に尋ねる。


「天気いいねぇ~。ねぇ、どうして来たの?今日」


「ん?まぁ・・・なんとなく」


「・・・ふ~ん」


「・・・」


「・・・ねぇ・・・」


「ん?」


「武・・・ホントに体・・・」


「あのさぁ。今度たまには、遊園地でも行こっか」


「・・・遊園地?」


「そう。あっ。ビビリだしダメかぁ」


「どっちが!?武でしょ?ビビリは」


「ハハハ。よしっ!決まりな」


「・・・うん」




やがてその日の夜、すみれは遥の病室に来ていた。


突然の訪問に、遥は心配そうにすみれに伺う。



「どうしたの?こんな夜に・・・お兄ちゃんと喧嘩した?」


すみれは小さな声でそれに答えた。


「ん~ん。ねぇ・・・武・・・元気そうに見せてるけどホントは・・・病気にかかったんじゃ・・・」


「大丈夫だよ。あの人ガサツだから」


心配させないようにと、遥は笑って冗談を言う。


そして隣で静かに聞いていた竜司が口を開いた。


「武さんは、すみれさんを悲しませるような人じゃなくない?」


それを聞き、遥は竜司の言葉に便乗する。


「そうだよぉ。ガサツだけど」


すると、曇っていたすみれの顔に笑顔が戻った。


「ありがとぉ・・・ごめんね、なんか心配になって・・・」






そしてその頃、何も知らない武は・・・。




「よし!!香樹~。風呂入るぞぉ!!」


「はぁ~い」


香樹の頭をシャカシャカとシャンプーしながら武は話す。


「髪伸びたなぁ。お姉ちゃんに切ってもらわないとなぁ」


「お姉ちゃんはまだ病院?」


「ん?そうだなぁ。もうちょっとかな」


「早く良くならないかなぁ」


「そうだなぁ。香樹はお兄ちゃんとお姉ちゃんどっちが好きなんだ?」


「両方~」


「どっちかっていったらさ」


「お姉ちゃん」


「なんで?」


「優しいからぁ」


「・・・じゃあすみれ先生とお兄ちゃんは?」


「すみれ先生~」


「なんでよ」


「優しいもん」


「・・・あっ。竜司兄ちゃんとお兄ちゃんは?」


「竜司おに・・・」


「はい流しま~す」





一方、病院では竜司がタバコを吸いに下へ降り、遥とすみれは二人きりになった。



病室には、小さな灯りだけが灯っている。


「すみれさん」


「ん?」


本を開きながら、遥がふいに話し始めた。


「ごめんね」


「なんで?」


「心配ばっかかけるお兄ちゃんで」


すみれはニコッと笑い、両手を上げ、大きく背筋を伸ばして答える。


「たまにさぁ。遥ちゃんが羨ましいよぉ」


「どうして?」


「なぁんかっ。武と遥ちゃん見てると、やっぱり兄妹なんだなぁって思うよ」


「似てるかなぁ」


「結構」


「やだぁ~」


遥も、そう笑って答えると、すみれが続ける。


「あの人が見てるものってなんなのかなぁ」


「見てるものぉ?」


「遥ちゃんなら・・・わかる?」


「そうだなぁ・・・そりゃぁ、すみれさんを見てると思うよ?」



二人は少し顔が暗くなる。



「武は・・・なんかもっと遠いものを見てる気がするんだぁ・・・」


「遠いものって?」



遥の問いに、すみれは下を向いて続けた。



「うん。でも・・・それは私にはわかんない・・・いつも一緒にいるのにさ。ホントは何にも知らないんだ・・・私、武の事。なんか情けないなぁって・・・思って」



「でも・・・それってダメな事かな・・・?」



本を閉じ、遥はすみれの目を見た。



「わかんないのはダメな事じゃないよ。お兄ちゃんからも、自分からも目を逸らさないすみれさん、私、好きだけどなぁ」



「・・・うん・・・」





「真っ直ぐになるとなんで人は弱虫になっちゃうのかなぁ・・・不安にもなるし、もっともっとホントの事を知りたくなっちゃう・・・その気持ちには多分誰もが勝てないよ・・・みんな弱虫を持ってて、みんな逃げたい気持ちを持ってる。でも・・・なんでかなぁ・・・割り切れないんだよね、その気持ち・・・不安で怖いのに・・・それは、相手の事を誰よりもさ・・・」




遥の言葉を聞き、すみれは目を瞑った。


その奥底から湧き上がり、見えてきたものは、一本の赤い線で武の心の奥底と繋がる。


また、その頃竜司は、喫煙所にいた。

一つ溜め息をつき、自動販売機のコーヒーを選ぶ。



「ブラック・・・がねぇじゃん・・・」


押しかけた人差し指を左にずらし、仕方なく微糖のボタンを押す。


と同時に、マナーモードにしていた携帯が震えた。


「ちょっと待ってねぇ、コーヒー開けてから」


携帯を振るわせたまま缶を取り出し、栓を開けた竜司はその瞬間、右から左に矢が突き刺さるような頭痛を感じる。


きつく缶を握り締め、ほんの数秒目を閉じ、治まるのを待つと、やがて携帯の振動が止まった。



「・・・いってぇ・・・電波アレルギーかな・・・」



そして一口コーヒーを飲むと、もう一度頭痛が竜司を襲った。

一瞬、時が止まったような感覚を、右手の力でなんとか現実に引き戻そうとする。



「なんだこれ・・・コーヒーもアレルギーか俺・・・」



そして竜司は、過ぎった不安を小さな声で押し殺し、タバコに火をつけた。



その三十分後、今度は武の携帯が鳴る。



「おぅ。どした?すみれ」



「こんばんは」



「あっ。こんばんは」



「今、家の前」



「家?誰の」



「会いに来ちゃった」









そして風呂上りの武は、髪を乾かさないまま、外へ出てきた。



「いきなりどうしたの。まだ寒いなぁ」



「風邪ひくよ?髪乾かさないと」



「ん?そうだね」



それを聞くと、すみれは黙ったまま武の顔をじっと見つめる。




「・・・なんか付いてる?」




すみれは今にも泣きそうな顔で武を見つめたまま、首を横に振った。




「泣きそうじゃん」




その顔を見て、武が優しく笑って頭を撫でると、すみれはこらえきれず武に抱きついた。




「おっとと・・・どうしたぁ?」





「こっちのセリフだよぉ・・・」





「・・・ん?」





驚いた武に、すみれは泣き声で話す。





「なんで武、そんな悲しい顔するの?」





「・・・」





「平気なフリして、ホントは孤独で淋しくてどうしようもないんじゃないの?」






「・・・」











「武・・・壊れちゃうよぉ・・・」











「・・・おまえは優しいな」










「優しくない」










「じゃあなんで泣いてんだよ」
























「大好きだからだよ・・・」
















《真っ直ぐになるとなんで人は弱虫になっちゃうのかなぁ・・・不安にもなるし、もっともっとホントの事を知りたくなっちゃう・・・その気持ちには多分誰もが勝てないよ・・・みんな弱虫を持ってて、みんな逃げたい気持ちを持ってる。でも・・・なんでかなぁ・・・割り切れないんだよね、その気持ち・・・不安で怖いのに・・・それは、相手の事を誰よりもさ・・・大好きだからだよ・・・みんな弱虫だけど・・・好きって気持ちは、泣けちゃうくらいホントは強いんだよ?》














「そんな悲しい顔しないで・・・?私がいるから・・・一人で抱え込まないで・・・」










「ありがとぉ・・・ホント、出逢えてよかった」










「ん?」










「それと・・・すみれじゃなくてよかった」










「・・・私じゃないって?」










「・・・俺で・・・よかった」










「それって・・・」










「ごめんな・・・俺・・・」










「・・・」




















「死んじまうかもしんねぇ・・・」














「・・・やだょ・・・」













「病気に・・・」






















「やだよぉ!!」













「・・・」
















「・・・やだ・・・どこにも行かないって言ったじゃん・・・」












「・・・」














「・・・行かないって言ったじゃんっ!!」













「・・・」













「・・・ダメだょ・・・そんな事言っちゃ・・・ダメだょ・・・」













「こいつはすげぇよ・・・」














「え・・・」















「幸せがホントに形になって現れやがる・・・化けモンみたいに形を変えて・・・」













「・・・」















「俺・・・ホントはこんなに弱い奴なのに・・・でも多分神様はわかってくれたよ俺の気持ち・・・」















「・・・どうゆう事?」













「すみれを好きだって気持ちを。すみれが苦しむなら・・・俺を選んでくれって・・・そう願った。ホントは怖いし、まいってんだけど・・・」













「・・・武・・・」

















「好きって気持ちは、こんなに人を強くすんだな」















「・・・いつも勝手にどっか行っちゃう・・・」









「・・・ごめん」









「・・・私の好きだって負けないもん・・・」









「うん」









「置いていこうとしてもダメだからね・・・?連いてくから」









「あぁ。鼻ぐじゅぐじゅだぞおまえ」









「いいもん」









「鼻かむか?」









「いぃ・・・武は一人じゃないから」









「うん」









「ずっと一緒だから・・・」









「うん」









「ずっと傍にいるからね・・・?」









「あぁ」









「ほら・・・私だって強いんだよ?」









「わかってる」









「でも・・・」









「・・・」










「でも・・・死んじゃやだょ・・・」









「・・・」









「私は・・・そんな神様嫌いだょ・・・ずるいょ・・・」









「・・・」























「・・・お願いだから・・・死なないで・・・」













今日の三日月は流れる雲に隠され、それでも足元を照らしたいと、ただただ黙って天に佇む。





見下すような目線も、何かを欲する望みも無い。





なるべく優しく・・・。





なるべく刺激を与えぬよう・・・。





身に染み、そのまま形を変えず流れていく、その柔らかな光は、





涙を綺麗に描ききれず、力になれぬ事を悔やみながら、





ゆっくりと強烈な光に負け、消えていった。








第十二章 大好き -花の贈り物-




《武~。もうすぐお兄ちゃんになるんだよぉ?》



《へ?》



《お母さんのお腹の中にねぇ、赤ちゃんがいるの》



《赤ちゃん?》



《そう。武の妹》



《妹かぁ。もう生まれるのぉ?》



《うんっ。もう名前も決めてあるの》



《何ぃ?》



《遥って名前の女の子》



《遥ぁ?》



《可愛い名前でしょぉ?》



《うんっ》













「武!遥いじめちゃダメでしょ!」


「だってぇ」


「だってじゃないの!遥にお菓子あげなさい」


「これ僕のだもん」


「いじわるしないの!」


「・・・」


「もうお兄ちゃんなんだから。我慢しなさい」


「・・・もぅいらないっ」


「いらないって・・・武、どこ行くの?」


「お父さんと野球する!」







「ねぇお父さん。野球しよぉ?」


「なんだ武か。忙しいから遥と遊んでおいで?」


「遥、野球出来ないもんっ」


「教えてやりゃいいじゃねぇか」


「・・・僕、お父さんに教えてもらいたぃ」


「武はお兄ちゃんだろ?」


「・・・」







「お兄ちゃん遊ぼぉ?」


「嫌だよ~遥は人形で遊んでればいいじゃん」


「お兄ちゃんと遊びたいもん」


「遥、野球出来ねぇじゃん」


「・・・出来るぅ!」


「出来ねぇよ。あ~ぁ。弟がよかったぁ」


「・・・遥だって野球出来るもんっ」


「遥は女だから無理だよ!」


「遊びたぁぁぁい!!」


「ふ~ん知~らなぁい。友達と野球しに行くからついてくるなよ?」


「行きたい行きたい!」


「ダメ!」







「なんで遥と遊んであげないの?」


「だって遥と遊んでもつまんないもん」


「一人で可哀想でしょ?」


「・・・お母さんと遊べばいいんだよ、女の子なんだから」


「武のたった一人の妹なんだよ?」


「・・・僕・・・弟が欲しかったぁ」


「・・・どうしてそんな事言うの?」


「・・・もう寝るっ」







「お兄ちゃんっ」


「ん?」


「これぇ」


「何これ?」


「お花ぁ」


「な~んだ。花なんていらねぇよ」


「幼稚園の帰りにね?お母さんとね?二人で摘んできたのぉ。お兄ちゃんにあげよぅと思ってぇ」


「・・・あっそ。こんな花い~らないっ」


「そんな風に投げちゃダメなんだよ!?プレゼントなのに・・・」


「こんなのいらねぇよー!!泣いたって知らねぇからなっ。どーせまたお母さんに甘えに行くんだろ!?遥の泣き虫!」


「・・・お兄ちゃんのバカぁ!」







「武はなんでそんなに遥をいじめるの?」


「だって・・・お母さんは、遥と僕とどっちが大事なの?」


「お母さんは二人共、同じくらい大事」


「嘘だぁ!!」


「どうして?」


「遥ばっかり可愛がって僕には冷たいもん!」


「じゃあ武はどうして遥に冷たくするの?」


「・・・だって」


「武が遥に冷たくして、お母さんも遥に冷たくしたらどうなる?」


「・・・遥が・・・可哀想・・・」


「うん。可哀想でしょ?」


「・・・うん」


「武は、遥を守ってあげなきゃ。そんなお兄ちゃんカッコイイでしょ?」


「・・・うん」


「ごめんねぇ武。淋しかった?」


「ん~ん。次の授業参観、お母さん来れる?」


「武がいっぱい手を挙げるなら行くっ」


「じゃあ手いっぱい挙げるから来て!!絶対だよ!?」


「うんっ。絶対」


「約束~♪」


「はいはいっ。約束ぅ」









約束したのに・・・


お母さんのバカ・・・





「どうして来てくれなかったの?」


「ごめんね・・・お父さんの仕事で・・・」


「もういいよ!やっぱり僕の事嫌いなんだ!」


「武・・・」


「約束したのに!」







「お兄ちゃん・・・」




「・・・なんだよ」




「お花だよ・・・?」




「・・・」




「あげるっ」





「・・・また採ってきたのか?」




「うんっ!」


















「・・・ありがと」









「うんっ!!」


「なんて花なの?」


「ん~っとねぇ~、スミレぇ」


「へぇ~」


「あのねっ、あのねっ。ホントは春に咲くお花なのに、今咲いてるなんて珍しいぃ~ってお母さんが言ってたぁ~」


「ふぅ~ん。きっとこの花、僕達に会いたかったんだよぉ~」


「うんっ!!お兄ちゃん遊ぼぉ!」


「じゃあかくれんぼなっ」


「キャーッ!!」


「お兄ちゃんが鬼やるから、遥は隠れて?」


「うんっ!」









「お母さぁん」


「どうしたのぉ?遥」


「遥も手伝う」


「あら。ありがとぉ。じゃあねぇ、洗ったお皿を片付けてくれる?お母さん、ちょっと買い物してくるから」


「はぁい」






「あれ?遥ぁ、お母さんは?」


「買い物行ったよ?お兄ちゃんも手伝ってぇ」


「やだよぉ。めんどくさいし」




《あっ》




「あー。遥が皿割ったぁ」


「・・・痛ぃ」


「・・・怪我したのか?」


「・・・痛いよぉ・・・」


「割れた皿に触っちゃダメだぞ?ちょっと待ってな!」





「はい。バンソーコー」


「ありがとぉ」


「もう大丈夫か?」


「うんっ。・・・お母さんに怒られる・・・」


「・・・じゃあ、これも割っちゃえっ!!」


「お兄ちゃんダメだよ!そんな事したら怒られるよぉ!」


「これで二人共怒られるでしょ?」







「ただいまぁ」


「あっ。お母さんだ!・・・遥、何にも喋るなよ?」


「・・・うん」


「お母さん!皿割っちゃったぁ!」


「えぇ!?誰が割ったの!?怪我は?二人共」


「僕が割ったんだ!ちょっと遥にイタズラしてやろうと思って・・・二枚割っちゃった」


「武が割ったの?」


「うん。ごめんなさい」


「・・・イタズラしちゃダメって言ったでしょ!」


「だって遥ばっかり良い子ぶるから・・・遥が怒られればいいと思って・・・」


「何度言ったらわかるの!もう今日は外に出てなさい!」











「お兄ちゃん・・・」



「遥は中に入ってな?寒いから・・・」



「嫌だ・・・」



「ホントにすぐ泣くなぁ遥は。お母さんまだ怒ってた?」



「遥がホントの事言う・・・」



「いいっていいってぇ。遥はお兄ちゃんが守ってやるからなっ」



「どうして?」



「そりゃぁ・・・お兄ちゃんだから。遥は女の子だから幸せにならなきゃいけないんだってさっ。お母さんがそう言ってた」



「お兄ちゃんは?」



「お兄ちゃんは男だから、女の子を守るんだよ?」



「ふ~ん。お兄ちゃん。幸せってなぁに?」



「・・・幸せってのは・・・ん~・・・なんだろぉ?」



「お兄ちゃんでもわからないのぉ?」



「・・・でも、いい事なんだよ?幸せって。遥は、お兄ちゃんが幸せにしてあげるよっ」



「わぁ~い」










幸せって・・・・。





なんだろぉ・・・・??





大人になったら・・・わかるかなぁ・・・。













「・・・あなた・・・武がまだ帰ってないの・・・」


「・・・こんな遅くにか?」


「・・・えぇ」


「遥が探す!!」


「ダメよ遥はもう寝ないと・・・」


「やだ!!」







ここは、真っ暗で・・・。


寒くて・・・。


怖いよぉ・・・。






「・・・警察に電話するか?」


「でも・・・私ちょっと探してきます」


「あぁ」


「・・・ごめんなさい・・・選挙の最中に・・・」


「いいから行って来い」







お父さん、お母さん。


いつもいつも、言う事聞かなくて・・・。


ごめんなさい。






「遥も行くっ」


「・・・じゃあ・・・一緒に探そうね」


「うんっ!」










でも・・・。



本当は・・・。









「お母さん。お兄ちゃんいないね」


「まったく・・・どこ行ったの・・・」


「お母さん、お母さん」


「ん?」


「お兄ちゃんに手紙貰ったの」


「手紙?」










もっと構って欲しくて・・・。







もっと遊んで欲しくて・・・。










「・・・武が遥に手紙をくれたの?」


「うんっ」


「今日、夜に開けて見てねって」


「そう・・・手紙を・・・」











もっと傍にいて欲しい・・・。









ただそれだけ・・・。







僕は・・・。













「お母さん・・・それからね?・・・お皿割ったの、遥なの・・・」


「・・・え?」


「お兄ちゃんが・・・お兄ちゃんのせいにすればいいからって・・・」


「・・・遥・・・」


「・・・ごめんなさい・・・」













これからも・・・ずっと・・・。









「・・・お父さん・・・」


「二人とも・・・武、見つけたぞ?」


「武・・・」


「・・・」


「お母さん!!お兄ちゃんを怒っちゃやだ!!」


「武!!心配するでしょ!!・・・どこ行ってたの・・・?」


「・・・ごめんなさい」






「・・・武・・・ごめんね」







「・・・お母さん!!」







「・・・ごめんね・・・ごめん・・・」







「お母さんもお兄ちゃんも泣いちゃやだぁ・・・」







「遥もこっちいらっしゃい・・・お母さんはね・・・?武も遥も・・・二人共大好き・・・二人共、大事な宝物だから・・・淋しくさせてごめんね・・・辛かったね・・・ごめんね武・・・」
















これからもずっと・・・。



幸せに過ごしたい・・・。



















神様・・・。




そう願うのは・・・。




今でも変わりません・・・。














約束したんです・・・。



















『はるかへ。

いつもいじめてごめんね。でもはるかは、たったひとりのいもうとだから、これからは、まもってあげるからね。また、いっしょにあそぼうね』























遥は、俺が守るって・・・・。






















「武さん!!」










「おぅ竜司か。どうした?」











「遥が・・・」










「・・・」



















「遥が・・・意識不明です・・・」
















第十二章 大好き -タカラモノ―




四月十日。


空は一点の曇りも無く、様々な色がその青に交じり合う。


誰がそれに気付くのか、気付かないのか・・・。


強烈な光は、頭上から試すように見ていた。



まだ希望を持たせたいのか、それとも、最後の優しさなのか・・・。





幾ら願えど、時は止まらない。




幾ら願えど、時は戻らない。








人間だけがそう思っている。




時間とは、人の心中にある。


だが、もしも、地球に角があれば・・・。


もしも太陽に角があれば・・・。


人々の願いは叶えられたかも知れない。


気付けば、自分というものが存在し、気付けば、誰かの存在を知る。


それは幾年も繰り返される事は無く、何十年という定めの中で生かされる。


決まっているのは時間では無く、自分の存在と、誰かの存在を知る事。


その緻密な計算とパターンは、各々の人生で複雑に絡み合う。


例えば、その見えない線を一本でも切ってしまえば、一瞬のうちに何人の人間がいなくなるだろう。


例えば、その見えない線をもう一本増やせば、その瞬間にまったく違う『今』が生まれる。




人々はその線を、運命や奇跡と呼ぶ。



誰かと出逢い、喜ぶ事も。



誰かと出逢い、傷つけ、傷つけられる事も。



誰かに憧れる事も。



誰かに恋をする事も。



全て運命であり、奇跡であると。



例えば、小さな本に出逢う事。



例えば、涙する音楽に出逢う事。



気付かぬうちに、今もその線は、結合を完了している。



そしてまた、ある所では、結合されないようにすり抜けている。






その出逢いを大切に・・・。






それが、唯一の人生へのプレゼントなのかも知れない・・・。





『幸せになると死んでしまう』





この世界は、とある何処かで一つ、細く、頼りないその線が切れてしまった世界なのかも知れない。


自分勝手で、裏切りばかりの人間が、他人の心の壁を切り、己の利益ばかりを増やそうと、繰り返している内に・・・。


それでも、今にも千切れそうに繋がっているこの何本かの線を、もう誰もが切らないように・・・。


その願いは、神様では無く、いつかの幼かった自分からのサインである。


そして蝶が、どこからともなく現れ、タイムマシーンに乗って今日の空を飛び、儚く、精一杯にその願いを届けているようだった・・・。




「おはよぅございますっ」


「おはよぉ~ございますっ!!」


「今日からみんなの担任の先生になる、相川すみれといいますっ。宜しくお願いしますっ」




教室には、明るい笑顔と、明るい笑い声が聞こえていた。



「みんなには、自分にとって大事なもの、大切なものはありますかぁ?」


「先生っ!どうゆう事ぉ?」


「ん~・・・宝物にしてるもの」


「はいっ」


すみれの質問に、ほとんどの生徒が手を挙げる。


「じゃあ、まず英明くんっ」


「僕は、この・・・集めてるカードですっ!」


「こらっ。学校に持ってきちゃダメでしょ?」


「あっ・・・」


「ハハハハッ」


「私は、家で飼っている犬が大事」


「僕は、お父さんに買ってもらったゲーム!!」


「私は、お人形とぉ・・・え~っと・・・縄跳びっ」


「香樹くんは??」


「僕は・・・」


「僕は??」



















「僕の宝物は、家族ですっ」



















「・・・みんな・・・いっぱいあるねぇ・・・」





全員に質問を聞くと、すみれは涙が溢れてきた。





「・・・いつまでも大切にしてねっ・・・」





「・・・先生・・・なんで泣いてるのぉ?」





「・・・みんなが・・・あったかいからだよ・・・?」











《子供も命を持ってるから・・・子供だからって人の痛みくらいわかるもんだよ?みんなわかってるよ先生の気持ち。先生がみんなを好きな気持ち。大事に思ってる気持ち・・・自分を好きでいてくれる人を、大事に思って悩んでくれてる人を困らせようとはしない》









「先生の宝物は何ぃ~?」


「えっ・・・?」


「何なにぃ~??」


「先生は・・・先生の宝物はね・・・」


「お兄ちゃんだぁ!!」


「香樹くん・・・」


香樹の言葉で、一同がざわざわしだす。


「香樹~どうゆう事ぉ~?」


「先生と僕のお兄ちゃんは、恋人同士なんだよっ??」


「えぇ~~!!」





全員が驚いていると、すみれの頭の中に武が浮かぶ。










「・・・先生の宝物は・・・そう・・・」










そして、すみれの中に武との想い出が蘇った――。












「先生の宝物は・・・みんなの命です・・・」







「・・・命ぃ??」






「みんな・・・命は大切にして下さい・・・」







「・・・」







「みんながいなくなっちゃったら・・・お父さんも、お母さんも、先生もみ~んな悲しむんだよ?」







「・・・」







「だから・・・先生の大好きなみんながこうやって元気に生きている事が、先生にとっての宝物ですっ・・・」







「・・・先生なんで泣いてるのぉ・・・?」







「・・・ごめんねっ・・・みんな元気なのにねっ・・・おかしいねぇ・・・・」








これからもずっと・・・。








幸せに過ごしたい・・・。









大好きだから・・・。











「よしっ!!授業始めるよぉ~」







「はぁ~い!」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ