第十二章 「大好き」
第十二章 大好き
「ねぇねぇ竜司~。香樹の担任の先生、またすみれさんだってぇ~」
「そっかぁよかったじゃん」
病室では、遥と竜司がいつものように話をしていた。
「家庭訪問とか、家庭訪問になんないよね」
「なんで?」
「だってすみれさん結構家来てるし。今更・・・ねぇ・・・?」
「あ、そっか。」
「あぁ~なんかもう病室はやだよぉ・・・」
「我慢しな?」
「・・・はぁい」
遥が力無く返事をすると、竜司は思い出したかのように質問する。
「そう言えばさ、なんであの時、遥も外走ってたの?」
「ん?」
「ほら、別れるってなった時」
「・・・バカ兄貴がダイエットの為に走って来いって」
「・・・あの人何考えてるかさっぱりだな・・・」
「まぁね。ん!このチョコおいしぃ」
「でしょ?これね、俺も好き」
「それにしても人騒がせだよね、お兄ちゃん」
「・・・でもちょっと甘すぎだな」
「聞いてる?」
「うんうん。人を探せって?」
「聞いてないよね・・・人騒がせ!」
「あぁあぁ。人騒がせね。てか、今日、武さんは?」
「日曜だし、すみれさんと一緒なんじゃない?」
その頃、武は遥の考え通り、すみれと会っていた。
「ねぇホント大丈夫?武・・・体」
「大丈夫、大丈夫。何?心配した?」
「当たり前じゃん!」
すみれが武の体を心配すると、武はすみれの買ったチョコを手に取る。
「・・・そんな怒んなくていいじゃん。それにしてもこのチョコ旨ぇなぁ。何?新発売?これ」
「あっ。それ私の!頂きますは!?」
「・・・頂きます・・・やっぱり先生だなおまえ・・・」
「ってか病院行かなくていいの?」
「いいよ。めんどくせぇし」
「でもさぁ・・・」
「それよりおまえ、香樹を今年も頼むよ?大丈夫ぅ?」
「私が担任なら大丈夫っ!」
「な~にを・・・どうしたらいいですか武さん!とか言ってたくせにさぁ」
「・・・まぁ・・・香樹くんの心は掴んだ!」
「香樹だけか・・・」
「何かぁ?」
「・・・いえ。あっそぉだ。ちょっとさぁ、行きたいとこあんだけどさぁ。暇だし付き合ってくんない?」
「どこぉ?」
「墓」
「・・・一緒に死ぬって事?」
「・・・どーせならプロポーズ?って聞け」
そして二人は、武の母親の墓へ向かった。
「武、バテバテじゃん」
「こんなにきつかったっけ・・・この坂・・・」
「もう歳なんだよぉ。ってかこないだ倒れたばっかだからさ・・・大丈夫?」
「・・・あぁ」
墓に着くと、二人は水をかけ、手をあわせた。
そしてその帰り道、すみれが武に尋ねる。
「天気いいねぇ~。ねぇ、どうして来たの?今日」
「ん?まぁ・・・なんとなく」
「・・・ふ~ん」
「・・・」
「・・・ねぇ・・・」
「ん?」
「武・・・ホントに体・・・」
「あのさぁ。今度たまには、遊園地でも行こっか」
「・・・遊園地?」
「そう。あっ。ビビリだしダメかぁ」
「どっちが!?武でしょ?ビビリは」
「ハハハ。よしっ!決まりな」
「・・・うん」
やがてその日の夜、すみれは遥の病室に来ていた。
突然の訪問に、遥は心配そうにすみれに伺う。
「どうしたの?こんな夜に・・・お兄ちゃんと喧嘩した?」
すみれは小さな声でそれに答えた。
「ん~ん。ねぇ・・・武・・・元気そうに見せてるけどホントは・・・病気にかかったんじゃ・・・」
「大丈夫だよ。あの人ガサツだから」
心配させないようにと、遥は笑って冗談を言う。
そして隣で静かに聞いていた竜司が口を開いた。
「武さんは、すみれさんを悲しませるような人じゃなくない?」
それを聞き、遥は竜司の言葉に便乗する。
「そうだよぉ。ガサツだけど」
すると、曇っていたすみれの顔に笑顔が戻った。
「ありがとぉ・・・ごめんね、なんか心配になって・・・」
そしてその頃、何も知らない武は・・・。
「よし!!香樹~。風呂入るぞぉ!!」
「はぁ~い」
香樹の頭をシャカシャカとシャンプーしながら武は話す。
「髪伸びたなぁ。お姉ちゃんに切ってもらわないとなぁ」
「お姉ちゃんはまだ病院?」
「ん?そうだなぁ。もうちょっとかな」
「早く良くならないかなぁ」
「そうだなぁ。香樹はお兄ちゃんとお姉ちゃんどっちが好きなんだ?」
「両方~」
「どっちかっていったらさ」
「お姉ちゃん」
「なんで?」
「優しいからぁ」
「・・・じゃあすみれ先生とお兄ちゃんは?」
「すみれ先生~」
「なんでよ」
「優しいもん」
「・・・あっ。竜司兄ちゃんとお兄ちゃんは?」
「竜司おに・・・」
「はい流しま~す」
一方、病院では竜司がタバコを吸いに下へ降り、遥とすみれは二人きりになった。
病室には、小さな灯りだけが灯っている。
「すみれさん」
「ん?」
本を開きながら、遥がふいに話し始めた。
「ごめんね」
「なんで?」
「心配ばっかかけるお兄ちゃんで」
すみれはニコッと笑い、両手を上げ、大きく背筋を伸ばして答える。
「たまにさぁ。遥ちゃんが羨ましいよぉ」
「どうして?」
「なぁんかっ。武と遥ちゃん見てると、やっぱり兄妹なんだなぁって思うよ」
「似てるかなぁ」
「結構」
「やだぁ~」
遥も、そう笑って答えると、すみれが続ける。
「あの人が見てるものってなんなのかなぁ」
「見てるものぉ?」
「遥ちゃんなら・・・わかる?」
「そうだなぁ・・・そりゃぁ、すみれさんを見てると思うよ?」
二人は少し顔が暗くなる。
「武は・・・なんかもっと遠いものを見てる気がするんだぁ・・・」
「遠いものって?」
遥の問いに、すみれは下を向いて続けた。
「うん。でも・・・それは私にはわかんない・・・いつも一緒にいるのにさ。ホントは何にも知らないんだ・・・私、武の事。なんか情けないなぁって・・・思って」
「でも・・・それってダメな事かな・・・?」
本を閉じ、遥はすみれの目を見た。
「わかんないのはダメな事じゃないよ。お兄ちゃんからも、自分からも目を逸らさないすみれさん、私、好きだけどなぁ」
「・・・うん・・・」
「真っ直ぐになるとなんで人は弱虫になっちゃうのかなぁ・・・不安にもなるし、もっともっとホントの事を知りたくなっちゃう・・・その気持ちには多分誰もが勝てないよ・・・みんな弱虫を持ってて、みんな逃げたい気持ちを持ってる。でも・・・なんでかなぁ・・・割り切れないんだよね、その気持ち・・・不安で怖いのに・・・それは、相手の事を誰よりもさ・・・」
遥の言葉を聞き、すみれは目を瞑った。
その奥底から湧き上がり、見えてきたものは、一本の赤い線で武の心の奥底と繋がる。
また、その頃竜司は、喫煙所にいた。
一つ溜め息をつき、自動販売機のコーヒーを選ぶ。
「ブラック・・・がねぇじゃん・・・」
押しかけた人差し指を左にずらし、仕方なく微糖のボタンを押す。
と同時に、マナーモードにしていた携帯が震えた。
「ちょっと待ってねぇ、コーヒー開けてから」
携帯を振るわせたまま缶を取り出し、栓を開けた竜司はその瞬間、右から左に矢が突き刺さるような頭痛を感じる。
きつく缶を握り締め、ほんの数秒目を閉じ、治まるのを待つと、やがて携帯の振動が止まった。
「・・・いってぇ・・・電波アレルギーかな・・・」
そして一口コーヒーを飲むと、もう一度頭痛が竜司を襲った。
一瞬、時が止まったような感覚を、右手の力でなんとか現実に引き戻そうとする。
「なんだこれ・・・コーヒーもアレルギーか俺・・・」
そして竜司は、過ぎった不安を小さな声で押し殺し、タバコに火をつけた。
その三十分後、今度は武の携帯が鳴る。
「おぅ。どした?すみれ」
「こんばんは」
「あっ。こんばんは」
「今、家の前」
「家?誰の」
「会いに来ちゃった」
そして風呂上りの武は、髪を乾かさないまま、外へ出てきた。
「いきなりどうしたの。まだ寒いなぁ」
「風邪ひくよ?髪乾かさないと」
「ん?そうだね」
それを聞くと、すみれは黙ったまま武の顔をじっと見つめる。
「・・・なんか付いてる?」
すみれは今にも泣きそうな顔で武を見つめたまま、首を横に振った。
「泣きそうじゃん」
その顔を見て、武が優しく笑って頭を撫でると、すみれはこらえきれず武に抱きついた。
「おっとと・・・どうしたぁ?」
「こっちのセリフだよぉ・・・」
「・・・ん?」
驚いた武に、すみれは泣き声で話す。
「なんで武、そんな悲しい顔するの?」
「・・・」
「平気なフリして、ホントは孤独で淋しくてどうしようもないんじゃないの?」
「・・・」
「武・・・壊れちゃうよぉ・・・」
「・・・おまえは優しいな」
「優しくない」
「じゃあなんで泣いてんだよ」
「大好きだからだよ・・・」
《真っ直ぐになるとなんで人は弱虫になっちゃうのかなぁ・・・不安にもなるし、もっともっとホントの事を知りたくなっちゃう・・・その気持ちには多分誰もが勝てないよ・・・みんな弱虫を持ってて、みんな逃げたい気持ちを持ってる。でも・・・なんでかなぁ・・・割り切れないんだよね、その気持ち・・・不安で怖いのに・・・それは、相手の事を誰よりもさ・・・大好きだからだよ・・・みんな弱虫だけど・・・好きって気持ちは、泣けちゃうくらいホントは強いんだよ?》
「そんな悲しい顔しないで・・・?私がいるから・・・一人で抱え込まないで・・・」
「ありがとぉ・・・ホント、出逢えてよかった」
「ん?」
「それと・・・すみれじゃなくてよかった」
「・・・私じゃないって?」
「・・・俺で・・・よかった」
「それって・・・」
「ごめんな・・・俺・・・」
「・・・」
「死んじまうかもしんねぇ・・・」
「・・・やだょ・・・」
「病気に・・・」
「やだよぉ!!」
「・・・」
「・・・やだ・・・どこにも行かないって言ったじゃん・・・」
「・・・」
「・・・行かないって言ったじゃんっ!!」
「・・・」
「・・・ダメだょ・・・そんな事言っちゃ・・・ダメだょ・・・」
「こいつはすげぇよ・・・」
「え・・・」
「幸せがホントに形になって現れやがる・・・化けモンみたいに形を変えて・・・」
「・・・」
「俺・・・ホントはこんなに弱い奴なのに・・・でも多分神様はわかってくれたよ俺の気持ち・・・」
「・・・どうゆう事?」
「すみれを好きだって気持ちを。すみれが苦しむなら・・・俺を選んでくれって・・・そう願った。ホントは怖いし、まいってんだけど・・・」
「・・・武・・・」
「好きって気持ちは、こんなに人を強くすんだな」
「・・・いつも勝手にどっか行っちゃう・・・」
「・・・ごめん」
「・・・私の好きだって負けないもん・・・」
「うん」
「置いていこうとしてもダメだからね・・・?連いてくから」
「あぁ。鼻ぐじゅぐじゅだぞおまえ」
「いいもん」
「鼻かむか?」
「いぃ・・・武は一人じゃないから」
「うん」
「ずっと一緒だから・・・」
「うん」
「ずっと傍にいるからね・・・?」
「あぁ」
「ほら・・・私だって強いんだよ?」
「わかってる」
「でも・・・」
「・・・」
「でも・・・死んじゃやだょ・・・」
「・・・」
「私は・・・そんな神様嫌いだょ・・・ずるいょ・・・」
「・・・」
「・・・お願いだから・・・死なないで・・・」
今日の三日月は流れる雲に隠され、それでも足元を照らしたいと、ただただ黙って天に佇む。
見下すような目線も、何かを欲する望みも無い。
なるべく優しく・・・。
なるべく刺激を与えぬよう・・・。
身に染み、そのまま形を変えず流れていく、その柔らかな光は、
涙を綺麗に描ききれず、力になれぬ事を悔やみながら、
ゆっくりと強烈な光に負け、消えていった。
第十二章 大好き -花の贈り物-
《武~。もうすぐお兄ちゃんになるんだよぉ?》
《へ?》
《お母さんのお腹の中にねぇ、赤ちゃんがいるの》
《赤ちゃん?》
《そう。武の妹》
《妹かぁ。もう生まれるのぉ?》
《うんっ。もう名前も決めてあるの》
《何ぃ?》
《遥って名前の女の子》
《遥ぁ?》
《可愛い名前でしょぉ?》
《うんっ》
春
「武!遥いじめちゃダメでしょ!」
「だってぇ」
「だってじゃないの!遥にお菓子あげなさい」
「これ僕のだもん」
「いじわるしないの!」
「・・・」
「もうお兄ちゃんなんだから。我慢しなさい」
「・・・もぅいらないっ」
「いらないって・・・武、どこ行くの?」
「お父さんと野球する!」
夏
「ねぇお父さん。野球しよぉ?」
「なんだ武か。忙しいから遥と遊んでおいで?」
「遥、野球出来ないもんっ」
「教えてやりゃいいじゃねぇか」
「・・・僕、お父さんに教えてもらいたぃ」
「武はお兄ちゃんだろ?」
「・・・」
秋
「お兄ちゃん遊ぼぉ?」
「嫌だよ~遥は人形で遊んでればいいじゃん」
「お兄ちゃんと遊びたいもん」
「遥、野球出来ねぇじゃん」
「・・・出来るぅ!」
「出来ねぇよ。あ~ぁ。弟がよかったぁ」
「・・・遥だって野球出来るもんっ」
「遥は女だから無理だよ!」
「遊びたぁぁぁい!!」
「ふ~ん知~らなぁい。友達と野球しに行くからついてくるなよ?」
「行きたい行きたい!」
「ダメ!」
冬
「なんで遥と遊んであげないの?」
「だって遥と遊んでもつまんないもん」
「一人で可哀想でしょ?」
「・・・お母さんと遊べばいいんだよ、女の子なんだから」
「武のたった一人の妹なんだよ?」
「・・・僕・・・弟が欲しかったぁ」
「・・・どうしてそんな事言うの?」
「・・・もう寝るっ」
春
「お兄ちゃんっ」
「ん?」
「これぇ」
「何これ?」
「お花ぁ」
「な~んだ。花なんていらねぇよ」
「幼稚園の帰りにね?お母さんとね?二人で摘んできたのぉ。お兄ちゃんにあげよぅと思ってぇ」
「・・・あっそ。こんな花い~らないっ」
「そんな風に投げちゃダメなんだよ!?プレゼントなのに・・・」
「こんなのいらねぇよー!!泣いたって知らねぇからなっ。どーせまたお母さんに甘えに行くんだろ!?遥の泣き虫!」
「・・・お兄ちゃんのバカぁ!」
夏
「武はなんでそんなに遥をいじめるの?」
「だって・・・お母さんは、遥と僕とどっちが大事なの?」
「お母さんは二人共、同じくらい大事」
「嘘だぁ!!」
「どうして?」
「遥ばっかり可愛がって僕には冷たいもん!」
「じゃあ武はどうして遥に冷たくするの?」
「・・・だって」
「武が遥に冷たくして、お母さんも遥に冷たくしたらどうなる?」
「・・・遥が・・・可哀想・・・」
「うん。可哀想でしょ?」
「・・・うん」
「武は、遥を守ってあげなきゃ。そんなお兄ちゃんカッコイイでしょ?」
「・・・うん」
「ごめんねぇ武。淋しかった?」
「ん~ん。次の授業参観、お母さん来れる?」
「武がいっぱい手を挙げるなら行くっ」
「じゃあ手いっぱい挙げるから来て!!絶対だよ!?」
「うんっ。絶対」
「約束~♪」
「はいはいっ。約束ぅ」
秋
約束したのに・・・
お母さんのバカ・・・
「どうして来てくれなかったの?」
「ごめんね・・・お父さんの仕事で・・・」
「もういいよ!やっぱり僕の事嫌いなんだ!」
「武・・・」
「約束したのに!」
「お兄ちゃん・・・」
「・・・なんだよ」
「お花だよ・・・?」
「・・・」
「あげるっ」
「・・・また採ってきたのか?」
「うんっ!」
「・・・ありがと」
「うんっ!!」
「なんて花なの?」
「ん~っとねぇ~、スミレぇ」
「へぇ~」
「あのねっ、あのねっ。ホントは春に咲くお花なのに、今咲いてるなんて珍しいぃ~ってお母さんが言ってたぁ~」
「ふぅ~ん。きっとこの花、僕達に会いたかったんだよぉ~」
「うんっ!!お兄ちゃん遊ぼぉ!」
「じゃあかくれんぼなっ」
「キャーッ!!」
「お兄ちゃんが鬼やるから、遥は隠れて?」
「うんっ!」
冬
「お母さぁん」
「どうしたのぉ?遥」
「遥も手伝う」
「あら。ありがとぉ。じゃあねぇ、洗ったお皿を片付けてくれる?お母さん、ちょっと買い物してくるから」
「はぁい」
「あれ?遥ぁ、お母さんは?」
「買い物行ったよ?お兄ちゃんも手伝ってぇ」
「やだよぉ。めんどくさいし」
《あっ》
「あー。遥が皿割ったぁ」
「・・・痛ぃ」
「・・・怪我したのか?」
「・・・痛いよぉ・・・」
「割れた皿に触っちゃダメだぞ?ちょっと待ってな!」
「はい。バンソーコー」
「ありがとぉ」
「もう大丈夫か?」
「うんっ。・・・お母さんに怒られる・・・」
「・・・じゃあ、これも割っちゃえっ!!」
「お兄ちゃんダメだよ!そんな事したら怒られるよぉ!」
「これで二人共怒られるでしょ?」
「ただいまぁ」
「あっ。お母さんだ!・・・遥、何にも喋るなよ?」
「・・・うん」
「お母さん!皿割っちゃったぁ!」
「えぇ!?誰が割ったの!?怪我は?二人共」
「僕が割ったんだ!ちょっと遥にイタズラしてやろうと思って・・・二枚割っちゃった」
「武が割ったの?」
「うん。ごめんなさい」
「・・・イタズラしちゃダメって言ったでしょ!」
「だって遥ばっかり良い子ぶるから・・・遥が怒られればいいと思って・・・」
「何度言ったらわかるの!もう今日は外に出てなさい!」
「お兄ちゃん・・・」
「遥は中に入ってな?寒いから・・・」
「嫌だ・・・」
「ホントにすぐ泣くなぁ遥は。お母さんまだ怒ってた?」
「遥がホントの事言う・・・」
「いいっていいってぇ。遥はお兄ちゃんが守ってやるからなっ」
「どうして?」
「そりゃぁ・・・お兄ちゃんだから。遥は女の子だから幸せにならなきゃいけないんだってさっ。お母さんがそう言ってた」
「お兄ちゃんは?」
「お兄ちゃんは男だから、女の子を守るんだよ?」
「ふ~ん。お兄ちゃん。幸せってなぁに?」
「・・・幸せってのは・・・ん~・・・なんだろぉ?」
「お兄ちゃんでもわからないのぉ?」
「・・・でも、いい事なんだよ?幸せって。遥は、お兄ちゃんが幸せにしてあげるよっ」
「わぁ~い」
幸せって・・・・。
なんだろぉ・・・・??
大人になったら・・・わかるかなぁ・・・。
「・・・あなた・・・武がまだ帰ってないの・・・」
「・・・こんな遅くにか?」
「・・・えぇ」
「遥が探す!!」
「ダメよ遥はもう寝ないと・・・」
「やだ!!」
ここは、真っ暗で・・・。
寒くて・・・。
怖いよぉ・・・。
「・・・警察に電話するか?」
「でも・・・私ちょっと探してきます」
「あぁ」
「・・・ごめんなさい・・・選挙の最中に・・・」
「いいから行って来い」
お父さん、お母さん。
いつもいつも、言う事聞かなくて・・・。
ごめんなさい。
「遥も行くっ」
「・・・じゃあ・・・一緒に探そうね」
「うんっ!」
でも・・・。
本当は・・・。
「お母さん。お兄ちゃんいないね」
「まったく・・・どこ行ったの・・・」
「お母さん、お母さん」
「ん?」
「お兄ちゃんに手紙貰ったの」
「手紙?」
もっと構って欲しくて・・・。
もっと遊んで欲しくて・・・。
「・・・武が遥に手紙をくれたの?」
「うんっ」
「今日、夜に開けて見てねって」
「そう・・・手紙を・・・」
もっと傍にいて欲しい・・・。
ただそれだけ・・・。
僕は・・・。
「お母さん・・・それからね?・・・お皿割ったの、遥なの・・・」
「・・・え?」
「お兄ちゃんが・・・お兄ちゃんのせいにすればいいからって・・・」
「・・・遥・・・」
「・・・ごめんなさい・・・」
これからも・・・ずっと・・・。
「・・・お父さん・・・」
「二人とも・・・武、見つけたぞ?」
「武・・・」
「・・・」
「お母さん!!お兄ちゃんを怒っちゃやだ!!」
「武!!心配するでしょ!!・・・どこ行ってたの・・・?」
「・・・ごめんなさい」
「・・・武・・・ごめんね」
「・・・お母さん!!」
「・・・ごめんね・・・ごめん・・・」
「お母さんもお兄ちゃんも泣いちゃやだぁ・・・」
「遥もこっちいらっしゃい・・・お母さんはね・・・?武も遥も・・・二人共大好き・・・二人共、大事な宝物だから・・・淋しくさせてごめんね・・・辛かったね・・・ごめんね武・・・」
これからもずっと・・・。
幸せに過ごしたい・・・。
神様・・・。
そう願うのは・・・。
今でも変わりません・・・。
約束したんです・・・。
『はるかへ。
いつもいじめてごめんね。でもはるかは、たったひとりのいもうとだから、これからは、まもってあげるからね。また、いっしょにあそぼうね』
遥は、俺が守るって・・・・。
「武さん!!」
「おぅ竜司か。どうした?」
「遥が・・・」
「・・・」
「遥が・・・意識不明です・・・」
第十二章 大好き -タカラモノ―
四月十日。
空は一点の曇りも無く、様々な色がその青に交じり合う。
誰がそれに気付くのか、気付かないのか・・・。
強烈な光は、頭上から試すように見ていた。
まだ希望を持たせたいのか、それとも、最後の優しさなのか・・・。
幾ら願えど、時は止まらない。
幾ら願えど、時は戻らない。
人間だけがそう思っている。
時間とは、人の心中にある。
だが、もしも、地球に角があれば・・・。
もしも太陽に角があれば・・・。
人々の願いは叶えられたかも知れない。
気付けば、自分というものが存在し、気付けば、誰かの存在を知る。
それは幾年も繰り返される事は無く、何十年という定めの中で生かされる。
決まっているのは時間では無く、自分の存在と、誰かの存在を知る事。
その緻密な計算とパターンは、各々の人生で複雑に絡み合う。
例えば、その見えない線を一本でも切ってしまえば、一瞬のうちに何人の人間がいなくなるだろう。
例えば、その見えない線をもう一本増やせば、その瞬間にまったく違う『今』が生まれる。
人々はその線を、運命や奇跡と呼ぶ。
誰かと出逢い、喜ぶ事も。
誰かと出逢い、傷つけ、傷つけられる事も。
誰かに憧れる事も。
誰かに恋をする事も。
全て運命であり、奇跡であると。
例えば、小さな本に出逢う事。
例えば、涙する音楽に出逢う事。
気付かぬうちに、今もその線は、結合を完了している。
そしてまた、ある所では、結合されないようにすり抜けている。
その出逢いを大切に・・・。
それが、唯一の人生へのプレゼントなのかも知れない・・・。
『幸せになると死んでしまう』
この世界は、とある何処かで一つ、細く、頼りないその線が切れてしまった世界なのかも知れない。
自分勝手で、裏切りばかりの人間が、他人の心の壁を切り、己の利益ばかりを増やそうと、繰り返している内に・・・。
それでも、今にも千切れそうに繋がっているこの何本かの線を、もう誰もが切らないように・・・。
その願いは、神様では無く、いつかの幼かった自分からのサインである。
そして蝶が、どこからともなく現れ、タイムマシーンに乗って今日の空を飛び、儚く、精一杯にその願いを届けているようだった・・・。
「おはよぅございますっ」
「おはよぉ~ございますっ!!」
「今日からみんなの担任の先生になる、相川すみれといいますっ。宜しくお願いしますっ」
教室には、明るい笑顔と、明るい笑い声が聞こえていた。
「みんなには、自分にとって大事なもの、大切なものはありますかぁ?」
「先生っ!どうゆう事ぉ?」
「ん~・・・宝物にしてるもの」
「はいっ」
すみれの質問に、ほとんどの生徒が手を挙げる。
「じゃあ、まず英明くんっ」
「僕は、この・・・集めてるカードですっ!」
「こらっ。学校に持ってきちゃダメでしょ?」
「あっ・・・」
「ハハハハッ」
「私は、家で飼っている犬が大事」
「僕は、お父さんに買ってもらったゲーム!!」
「私は、お人形とぉ・・・え~っと・・・縄跳びっ」
「香樹くんは??」
「僕は・・・」
「僕は??」
「僕の宝物は、家族ですっ」
「・・・みんな・・・いっぱいあるねぇ・・・」
全員に質問を聞くと、すみれは涙が溢れてきた。
「・・・いつまでも大切にしてねっ・・・」
「・・・先生・・・なんで泣いてるのぉ?」
「・・・みんなが・・・あったかいからだよ・・・?」
《子供も命を持ってるから・・・子供だからって人の痛みくらいわかるもんだよ?みんなわかってるよ先生の気持ち。先生がみんなを好きな気持ち。大事に思ってる気持ち・・・自分を好きでいてくれる人を、大事に思って悩んでくれてる人を困らせようとはしない》
「先生の宝物は何ぃ~?」
「えっ・・・?」
「何なにぃ~??」
「先生は・・・先生の宝物はね・・・」
「お兄ちゃんだぁ!!」
「香樹くん・・・」
香樹の言葉で、一同がざわざわしだす。
「香樹~どうゆう事ぉ~?」
「先生と僕のお兄ちゃんは、恋人同士なんだよっ??」
「えぇ~~!!」
全員が驚いていると、すみれの頭の中に武が浮かぶ。
「・・・先生の宝物は・・・そう・・・」
そして、すみれの中に武との想い出が蘇った――。
「先生の宝物は・・・みんなの命です・・・」
「・・・命ぃ??」
「みんな・・・命は大切にして下さい・・・」
「・・・」
「みんながいなくなっちゃったら・・・お父さんも、お母さんも、先生もみ~んな悲しむんだよ?」
「・・・」
「だから・・・先生の大好きなみんながこうやって元気に生きている事が、先生にとっての宝物ですっ・・・」
「・・・先生なんで泣いてるのぉ・・・?」
「・・・ごめんねっ・・・みんな元気なのにねっ・・・おかしいねぇ・・・・」
これからもずっと・・・。
幸せに過ごしたい・・・。
大好きだから・・・。
「よしっ!!授業始めるよぉ~」
「はぁ~い!」




