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淡い残灯に身を委ねて

作者: potato
掲載日:2026/10/18

 吐く息は白く、意識はただ揺蕩(たゆた)うばかり。

 定まらぬ眼(まなこ)にはボンヤリと淡い赤と白とが映るのみ。

 

 ああ、どれほどの時間が経ったのだろう。

 のっぽであったロウソクは今やすっかりとちびてしまった。

 人生幾ばくぞ。齢三十にして失せる灯火は、今や未練の『み』の字も考えるほどの余裕もない。

 ただ、揺らぐ炎が私の命の手綱(たづな)であることは、足りぬ思考でも理解してしまう。

 

 ああ、もはや数刻と持たぬ私の身に、いったい何ができようか。

 だが、自(おの)ずから決めた山という道。こうなることは承知だったはずだ。

 

 されど、なれど——今は、どうしても死が恐ろしい

 失せる灯火が永く居てくれたらと。

 今が、夢であればと。

 そう思わずには居られない。


 ああ、呪うべきは我が浅慮。

 単独でかの山脈の登頂など、夢見るべきではなかったのだ。

 自業自得。因果応報。身から出た錆。

 枯れた語彙の中で巡る言葉は、どれも酷く憂鬱(ゆううつ)とさせる。

 滑落した身体は存外に動き、洞穴まで来たまでは良かった。

 だが、手に残った物はロウソクとマッチの一本、そして少しの食料のみ。

 耐え忍ぶには難しく、されど身を捨てる覚悟もできぬ程には少しの光を抱いていた。


 ああ、されどその希望の光すら、ついに絶えようとしている。

 儚(はかな)きかな我が人生。

 生の終わりは、こうも呆気のないものなのか。

 

 いや、むしろ私にはこれくらいが良かったのかも知れぬ。

 友人の警告も聞かず、一人で冬の山に登るとは、今考えても、いや今考えるからこそ、愚鈍なものだ。

 若気の至りとはいうけれども、そろそろ落ち着きたい年頃であろうに。

 

 ああ、やはり、私はどこまでも幼かったのだ。

 十八に家を飛び出してから、何も変わっていなかった。

 どこまでも夢を見て、どこまでも幻想に辿り着きたかった。


 ——だが、それこそが私の人生であった。

 愚かで、身勝手で、欲のままに生き、そして欲のままに死ぬ。

 ああ、望むべきは我が人生かな。

 この人生を歩めたことに私は喜ばねばならなかったのだろう。

 なれば、今喜ぼう。

 あとわずかの残灯(いのち)に喜びという燃料を焚(く)べて

  


 ああ、あったかい


 

 

 

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