第二百二十話 形なき力
目には見えなくても、確かにそこにある力。
その力を扱うための一歩は、決して簡単なものではありません。
それでは、第220話をお楽しみください!
翌日。
ユウトは再び、王城から少し離れた訓練場へ足を運んでいた。
朝の柔らかな日差しが地面を照らし、周囲の木々が穏やかな風に揺れている。
昨日は魔力を感じ取ることから始まり、最終的には指先へ小さな光を灯すことに成功した。
あれほど大量の魔力を持ちながら、ほんの僅かな量を操ることすら難しいとは思っていなかったが、確かな手応えはあった。
(……昨日の感覚、忘れてないといいけどな)
ユウトは自分の右手を見つめた。
魔力を無理やり引き出すのではなく、身体の中を巡る流れを感じ取り、必要な分だけ集める。
頭では理解できている。
問題は、それをいつでも再現できるかどうかだった。
「さて、始めましょうか」
シエルが一歩前へ出た。
その声に、ユウトは顔を上げる。
「おう! 今日もよろしく頼むぜ、シエル先生!」
「……その呼び方、まだ続けるつもり?」
「もちろん!」
ユウトは当然とばかりに頷いた。
「昨日も教えてもらったし、今日も教えてもらうんだから先生だろ?」
「……好きにしなさい」
シエルは呆れたようにため息を吐いた。
その様子を見ていたシアが、楽しそうに笑う。
「シエル先生、今日もよろしくお願いするっす!」
「……シアまで」
「ガッハッハッ! 人気者じゃねぇか!」
リトも豪快に笑い、シエルは額へ手を当てた。
「……あなたたち、真面目にやる気はあるの?」
「あるある! めちゃくちゃある!」
ユウトが慌てて答える。
「だったら、まずは話を聞きなさい」
「……はい!」
昨日に引き続き、シエル先生の授業が始まった。
◇
「今日は次の段階へ進むわよ」
シエルの言葉に、ユウトは表情を引き締めた。
「次の段階?」
「ええ。昨日は魔力を感じて、必要な場所へ集めるところまでだったでしょう?」
「ああ。指先に小さい光が出たやつだな」
「そう。それができたなら、今度は集めた魔力へ形を与える練習をしましょう」
「……形?」
ユウトが首を傾げる。
魔力そのものに形があるという感覚は、まだよく分からなかった。
昨日感じた魔力は、身体の中を巡る温かな流れのようなものだったからだ。
「いい? 魔法とは、魔力を思い描いた形へ変える技術なの」
シエルは自分の手のひらを上へ向けた。
「ただ魔力を放出するだけなら、昨日のあなたにもできたわ。でも、それだけでは魔法にはならない」
「……なるほど」
「炎でも氷でも構わない。まずは、どんなものを作りたいのか、頭の中で鮮明に思い描くことが大切よ」
そう言いながら、シエルは指先へ意識を集中させる。
次の瞬間、小さな炎がその先に灯った。
「おぉ……!」
ユウトは思わず身を乗り出した。
揺らめく赤い炎。
その大きさは、昨日ユウトが灯した光と大差ない。
だが、両者は明らかに違っていた。
「これが、魔力へ形を与えるということよ」
シエルが軽く指を動かすと、炎は静かに消えた。
「大きな魔法を使う必要はないわ。まずは小さなものを思い描いてみて」
「……分かった!」
ユウトは力強く頷いた。
すると、横からリトが口を挟む。
「アニキ、いきなり大火事にはするなよ?」
「するか!」
「昨日のを見た後じゃ、ちょっと心配になるっすねぇ」
シアまで笑いながら頷いている。
「お前ら、昨日のこと引っ張りすぎだろ!」
「それだけ衝撃的だったってことよ」
シエルまで平然と答えた。
「先生まで!?」
ユウトが抗議すると、三人の笑い声が訓練場に響いた。
もっとも、昨日の失敗を考えれば、心配されるのも無理はなかった。
「……よし。今度こそ慎重にやるぞ」
ユウトは気を取り直し、右手を前へ差し出した。
◇
ゆっくりと目を閉じ、意識を身体の内側へ向ける。
昨日は魔力の流れを感じ取るだけでも苦労したが、今日は少し違っていた。
呼吸を整えると、身体の奥にある温かな感覚が自然と浮かび上がってくる。
(……お、分かるぞ)
昨日よりも、ずっとはっきりしている。
魔力がどこにあるのか、どのように巡っているのか。
すべてを把握できるわけではないが、少なくとも昨日のように手探りではなかった。
「……いい感じね」
シエルが静かに声を掛ける。
「そのまま、右手へ魔力を集めてみて」
「……おう」
ユウトは言われた通り、意識を右腕へ集中させた。
身体の内側を巡る魔力の一部が、ゆっくりと腕を伝っていく。
肩から肘、手首を通って手のひらへ。
その流れは昨日よりも安定していた。
無理に力を込めなくても、魔力が自然と集まってくる。
(……よし、ここまでは大丈夫だ)
ユウトは小さく息を吐いた。
以前なら、ここで余計な力を込めてしまい、魔力を一気に放出していただろう。
だが、今は違う。必要以上に動かさないよう、意識を保つことができていた。
「そのままよ」
シエルの声が聞こえる。
「焦らないで。今度は、その魔力が何になるのかを思い描いて」
(……炎、か)
ユウトは頭の中に、小さな火を思い浮かべた。
赤く揺らめく炎。
近付けば温かく、触れれば熱い。
転生前の世界でも、何度となく目にしてきたものだ。
その形を思い出すこと自体は難しくない。
(……こういう感じだよな)
小さな炎が、手のひらの上で静かに揺れている姿を想像する。
燃え上がる火。
揺らめく輪郭。
その温もりまでも、できる限り鮮明に思い描いた。
そして、そのイメージを手のひらへ集めた魔力に重ねていく。
(……頼むぞ)
ユウトは意識をさらに集中させた。
すると。
「……っ!」
手のひらへ集まっていた魔力が、僅かに揺らいだ。
それまで安定していた流れに、小さな変化が生じたのだ。
(……おっ!?)
一瞬、何かが起こりそうな感覚があった。
ユウトは慌てて意識を集中させる。
だが、次の瞬間には、その揺らぎも収まってしまった。
「…………」
恐る恐る目を開ける。
右手の上には、何もなかった。
炎どころか、昨日のような小さな光すら灯っていない。
「……ダメか」
ユウトはがっくりと肩を落とした。
それなりに手応えはあったつもりだった。
魔力も安定していたし、炎の姿だって鮮明に思い浮かべていた。
それなのに、結果は何も起こらなかったのだ。
「……なかなか上手くいかないもんだな」
ユウトが苦笑すると、シエルは静かに首を横へ振った。
「いいえ。昨日よりずっと良かったわ」
「……え?」
「少なくとも、魔力が暴れることはなかったでしょう?」
「……まあ、そうだけど」
「それだけでも大きな成長よ。それに、最後は僅かだけど魔力に変化があったわ」
シエルはユウトの右手へ視線を向けた。
「まだ形にはならなかったけど、昨日とは違うことができている。それは確かよ」
「……そうなのか?」
「ええ。最初から何でもできる人ばかりじゃないもの」
シエルの言葉に、ユウトは改めて自分の手のひらを見つめた。
確かに、昨日と比べれば違いはあった。
魔力を感じ取るまでに掛かる時間も短くなり、必要以上に放出してしまうこともなかった。
何より、ほんの一瞬ではあったが、魔力そのものに変化が生じた感覚が残っている。
(……少しは進んでるのか)
そう考えると、自然と肩の力が抜けた。
「……何か、褒められてるのか慰められてるのか分からんな」
ユウトが苦笑すると、シエルは即答した。
「一応、褒めてるの」
「一応って何だよ!」
思わずツッコミを入れると、シエルは小さく笑った。
「だったら、素直に受け取っておきなさい」
「……はいはい」
ユウトもつられるように笑みを浮かべた。
そんな二人を見て、シアが楽しそうに口を開く。
「でも主、今日は木が揺れなかったっすね!」
「そこを基準にするな!」
「ガッハッハッ! 昨日は訓練場ごと吹っ飛ぶかと思ったからな!」
「お前らなぁ……!」
ユウトは呆れたように頭を掻いた。
だが、不思議と嫌な気分ではなかった。
昨日はできなかったことが、今日はできるようになっている。
魔法を使えないことに変わりはないが、少なくとも無駄な努力ではなさそうだった。
◇
ユウトがもう一度挑戦しようとした、その時だった。
不意に、視界の端へ見慣れた文字が浮かび上がった。
《古代文字解析 84.9%》
《未知魔力解析 80.2%》
《進化条件達成まで、あとわずか》
「……ん?」
ユウトの表情が変わった。
(……また上がってる)
昨日の訓練が終わった時点では、古代文字解析率が八十二・一パーセント、未知魔力解析率が七十七・八パーセントだった。
それが、今では両方ともさらに上昇している。
特に未知魔力の解析率は、ついに八割を超えた。
(……やっぱり、関係してるのか?)
ユウトは表示を見つめたまま考え込んだ。
地下遺跡から戻って以来、新たな古代文字を調べたわけでも、未知の魔力に直接触れたわけでもない。
やっていることといえば、シエルに教わりながら魔力操作の訓練を続けているだけだ。
それなのに、解析率は少しずつ上昇している。
単なる偶然とも思えなかった。
(……俺が魔力の扱いを覚えることも、解析に関係してるのかもしれないな)
もっとも、詳しい仕組みまでは分からない。
補佐機構も、具体的な理由については何も説明していなかった。
ただ、進化条件へ近付いていることだけは確かだった。
(……もうすぐ、か)
ユウトは静かに拳を握った。
幼体から幼生体へ進化した時、自分の身体には大きな変化が起きた。
次の進化では、いったい何が待っているのだろう。
今よりも強くなれるのか。
そして、今は使えない魔法についても、何か変化があるのだろうか。
期待はある。
だが、それ以上に、早く条件を満たしたいという思いが強くなっていた。
「……ユウト?」
シエルの声で、ユウトは我に返った。
「……ん?」
「どうしたの? 急に難しい顔をして」
「ああ、いや……ちょっと考え事」
「……また補佐機構?」
「よく分かったな」
「あなた、分かりやすいもの」
「……そんなに?」
ユウトが苦笑すると、シエルも僅かに微笑んだ。
「それで、続けられそう?」
「ああ、もちろん!」
ユウトは顔を上げた。
まだ魔法は使えない。
魔力操作も、ようやく基本が身に付き始めたところだ。
だが、少しずつでも確実に前へ進んでいる。
「……よし。もう一回頼む、シエル先生!」
「ええ。今度も焦らず、ゆっくりやってみましょう」
ユウトは大きく頷き、再び右手を前へ差し出した。
身体の内側へ意識を向けると、昨日よりも鮮明な魔力の流れが感じられる。
その感覚を大切にしながら、ゆっくりと目を閉じた。
(……もうすぐ)
補佐機構が示した二つの解析率。
そして、進化条件達成まであとわずかという通知。
すべてが何を意味しているのか、今はまだ分からない。
それでも、ユウトは確かに感じていた。
自分が次なる段階へ近付いていることを。
第220話を読んでいただきありがとうございます!
魔力を「感じる」ことから、「形にする」ことへ。
思うようにいかないからこそ、一歩ずつ積み重ねていくことが大切なのかもしれません。
そして、補佐機構が示した「あとわずか」という言葉。
ユウトの新たな力が目覚める時は、もうすぐそこまで迫っています。
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それでは、また次回お会いしましょう!




