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更新が遅れてしまい申し訳ありません。

内容に納得がいかなかったため、全体を見直して書き直しました。


以前の作品を読んでくださった方、本当にありがとうございます。

よろしければ、新しいバージョンも読んでいただけると嬉しいです。

Loading……163


「Deus Vult(神がそれを望む)」


剣を奪われたのは、断罪の宣告が下されるその瞬間だった。

降りしきる雨は、この場で行われる“正義”を、

世界が涙で洗い流そうとしているかのようだった。


剣帯から無造作に引き抜かれた剣は、ボードゥアンの形見だった。

幾度も手入れされ、鍛え上げられたその刃には、

神を信じる者たちの心を燃やす「Deus Vult」の言葉が確かに刻まれている。

それが、今、血統の威を借りる貴族の手によって、まるで穢れたもののように扱われる。


「見よ、この剣を」


誰もが、俺ではなく、俺の“罪”だけを見ている。


その列の端に、

見覚えのある顔があった。

ラウルだ。


視線が合った瞬間、わずかに眉を動かして目を逸らした。

生き残る方を選ぶ男は、いつも“間違えない場所”に立つ。


傲慢な声が、雨音を切り裂いて響く。


「神がそれを望む、か。

 ……随分と都合のいい言葉だな。」


刃に雨が滑るたび、胸に焼き付いた村の炎が蘇った。

俺は正しかったはずだ――なのに、貴族たちは豚かのよう嘲笑う。


「この地に情けなどいらん。神の名を騙る盗賊が正義を語るなど、吐き気がする

 貴様の血は、この聖なる城を汚す。

 故に、追放する」


判決は簡潔だった。


「ほら、これを持っていけ、貴様のような盗賊風情にはお似合いだ」


そして、無造作に足元に投げ捨てられたのは、見慣れぬ一本の剣。



——あの日も、こんな雨だった。


月のない夜。


金になると思った樽の中身は、

保存食ばかりだった。


それでも、俺は抱えて走った。

空腹より、仲間に“役立たず”と切り捨てられることの方が、

ずっと怖かったからだ。


だが、石に足を取られた瞬間、

足首がねじれた。


置いていかないで。


そのとき、

靴が地面を叩く音がした。


俺は歯を食いしばり、

せめて“みっともなく泣き叫ばない”ことだけを守ろうとした。


目の前に立ったのは、

一人の騎士だった。


「……生きたいか」


俺は答えられなかった。

ただ、雨の中で息を整えることしかできなかった。


「名前は」


「……ない」


名前はあったが言いたくなかった。


彼は、ほんの一瞬だけ目を伏せ、

それから言った。


「なら、今日から“ラザロ”だ」


「……死んだと思われていた人間が、

もう一度呼び戻される時の名だ」


「生き返っていいのは、俺じゃない…」


そう発言した理由を、

その時の俺は、

言葉にできなかった。


ただ、

雨の中で「ラザロ」と呼ばれ、

その名と一緒に肩にかけられた外套の温もりだけは、

俺が初めて触れた“人の善意”だった。


それから数か月。

あの人は俺に剣を渡した。「憎しみじゃなく、信じたい何かのために振れ」


それから季節が巡り、

その背中を追いかけるうちに、“逃げ場所”は“帰る場所”に変わっていった。

村を巡る護衛の日々で、俺は石を投げられても、彼は剣を抜かなかった。


二年目の夏、

俺は、

人を斬るのが初めてじゃない。


それでも――

今日のこれは、

あの時と同じだった。


倒れた男の目は、

驚いたまま動かなくなった。


俺は、

震える手で剣を落とし、

吐いた。


「……斬ることを、誇るな」


「だが、

背負ったことから逃げるな」


三年目、

彼の動きは、目に見えて鈍くなった。


傷が癒えるのが遅くなり、

息が切れるのも早くなった。


それでも、

村が襲われると聞けば、

彼は黙って立ち上がった。


「俺はただ、

 目の前で泣いている誰かを、

 見捨てたくないだけだ」


その背中は、

剣よりも、

ずっと重たく見えた。


それから幾度目かの巡回の折、

人の寄りつかぬ古い炭焼き小屋に泊まった。


扉の外で、

枝を踏み折る音がした。


俺が剣に手をかけるより早く、

ボードゥアンが静かに手で制した。


扉を開けると、

ぼろ切れを重ね着した若い男と、

腕に抱かれた赤子。

背後で、女が膝をつき、

息を荒くしていた。


「……追われてるのか」


「入れ」


「だが――」


「赤子がいる。

 泣けば終わりだ」


「分かっている」


「分かってて言ってるなら、

 なおさらだ」


「俺は、生き残る方を選ぶ。

 ……誰かの“正しさの”ために、死にたくはない」


「生き残るために、人を見捨てるのは……俺のやり方じゃない。

 ……それが、どれだけ馬鹿でもな」


赤子は、

泣かなかった。


まるで、

この場所が“安全ではない”ことを、

生まれたばかりの体で悟っているかのように。


その夜、

俺は眠れなかった。


「……あの人は、

 いつもそうだ。理由は後からつける」


――翌朝、

俺とラウルは、

近くの村まで物資を取りに行った。


嫌な予感は、

背中に張りついて離れなかった。


帰る途中、

遠くの森の向こうに、

薄い煙が立ちのぼるのが見えた。


俺は、

走った。


息が切れ、

視界が揺れ、

足がもつれる。


炭焼き小屋は、

半ば焼け落ちていた。


壁は崩れ、

屋根は落ち、

焚き火の跡だけが踏み荒らされていた。


「……くそ」


倒れた梁の下で、

ボードゥアンが横たわっていた。


鎧はへこみ、

血と泥にまみれている。


それでも、

まだ息はあった。


「……戻るな。追うな。あいつらは……生きようとしただけだ……」


掠れた声が、

喉の奥から漏れた。


「どうして……」


ラウルは、

剣を抜いたまま、

動かなかった。


その夜、

俺は初めて、

“守るために離れた場所”で、

誰かを失った。



俺は城門を出た。


城壁の影から一歩踏み出した瞬間、

世界は俺のことを忘れたように静かだった。


石畳は途中で途切れ、

帝都の整った道は、

泥と水たまりの道に変わっていた。


振り返っても、

門はもう見えない。


閉じる音すら聞こえなかった。


胸の奥で、

何かが音もなく剥がれ落ちる。


足元で、

かすかな気配が動いた。


振り向くと、

痩せた子供が立っていた。


逃げ道を探るような視線。

殴られるか、見逃されるかを測る目。

俺もあこんな目で世界を見ていた。


子供は身を引き、

ぬかるみに足を取られて転んだ。


思わず、腕を掴んで起こす。


軽い。


「……盗むつもりだったのか」


俺は腰の剣を見下ろし、

それから荷袋に手を伸ばした。


「ほら、これを持っていけ、食べ物だ」


子供は一瞬だけためらい、

それでも腹の音に負けたように掴み取り、

何も言わずに走り去った。


もう、二度と会わないだろう。


胸の奥がゆっくり熱くなる。


――追放されたんじゃない。元いた場所に戻されただけだ。


あの人は信じて、匿って、殺された。


もし剣を捨てたら、あの人の慈悲はただの愚かさになる。


それだけは、できなかった。


俺は剣の柄を握った。

ここから始める。かつての自分に戻らぬために。


そう思った瞬間なぜか右手が熱くなった。

火傷するほどではない。

だが、なぜかこれが初めてじゃない気がした。

まるで、何度も同じ選択を繰り返し、

そのたびに少しずつ、何かが削れ落ちていくような……。

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