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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あの日あの時、あの人と

***BL*** 従兄弟同士の恋は、実らないものだと思っていた。ハッピーエンドです



 どうしようも無く好きなのに、叶わない恋をしました。



**********



 僕には、何も無かった。

 ただ、あの人が好きだった。

 従兄弟同士は結婚出来るとは言え、僕の家は貧しすぎた。

 没落寸前の男爵位。

 父が早くに亡くなって、母が一人で僕を育ててくれた。

 従兄弟のあの人は、伯爵家で育った。裕福で、僕とは生活レベルが違う。

 


 僕の母シエナと、あの人の母親オデッタが姉妹だった。


 オデッタが、母の婚約者を奪った。

 母と、あの人の父親は幼い頃からの婚約者同士だったのに、もうすぐ結婚と言う頃、母との婚約は破棄された。

 そして、代わりに母の妹と結婚したのだ。



 母は、人を信じられなくなった。

 そして、父と結婚した。優しい人だった。

 でも、優しいだけでは、食べて行けない。

 領民達の生活は安定しているものの、お人好しの父のお陰で僕達はいつも貧しかった。



**********



 あの人、、、ネストレは僕に優しかった。僕の為に、彼のお下がりの服をくれた。読み終わった本をくれて、たまに勉強も見てくれた。


 母は、ネストレの両親を許せなかったけど、彼が僕の所に来る事自体は、歓迎する事も禁止をする事も無かった。

 


 ネストレは、僕にとって兄で有り、父で有り、先生だった。そして、僕の初恋の相手だった。



 大好きなネストレ、彼も僕を愛していると思った。

 たった一度だけだけど、彼が僕にキスしてくれたから、、、。

 僕を見る瞳。僕に話し掛ける声。触れる指。

 どれも全て優しかった。



 でも、彼は伯爵家の長男で、、、。ある日女性と婚約した、、、。



 僕の全てが終わった。

 僕は彼の前から消えたかった。



 それから僕は彼から逃げ回った。全ての社交界を遮断して、領地経営の事ばかりを考えた。

 家の中の事は母に任せて、僕はあちこち飛び回った。



 忙しく仕事をしていれば忘れられる?そんな事は無かった。

 仕事のふとした瞬間。

 美しい景色を見た時。

 独寝の夜。


 1日に何度も彼を思い出した。


 本当に、何度も何度もだ、、、。


 一層いっそうの事、事故にでも遭って死んでしまえば良いのに、、、。

 常にそんな事を考えていた。



 彼は伯爵家の長男だから、婚約した時も、結婚した時も僕の耳に届いた。子供が出来た時も同じだった、、、。

 子供が出来た時が一番悲しかった。

 子供がいない間は、まだ僕の事を愛してくれていると思っていたからだ。

 でも、現実は違う。

 彼は妻を愛していた。

 だから子供が出来た。



**********



  覚悟していた事とは言え、婚約者が決まった時は流石に堪えた。

 従兄弟のカルロが好きだった。

 いつかは私も婚約者を迎えなければならない、そう思いながらもカルロに惹かれていった。


 婚約が決まって、カルロに会う勇気が無いまま日々を過ごし、漸く彼に会う決心が着いた時、彼は遠い場所に行ってしまった。

 何度か彼の屋敷に行き、彼の母親に詳細を求めたが、仕事で屋敷を空けているとしか言わなかった。


 彼の男爵家は没落寸前で、私の手で彼を救いたいと願っていた。何かあれば援助をしたいと思い、カルロの母に話した。しかし、彼女はそれを静かに拒んだ。

 領民達は極端に貧しいと言う程でも無い。カルロの屋敷も、人が少ないとは言え、質素な生活を続ければ何とか維持出来る暮らしだった。



*****


 全て、二十年以上昔の話しだ。今では、カルロの領地は、避暑地と温泉で有名になり、観光客が増えた。あの頃程貧しい暮らしはしていないだろう。

 私も42歳になっていた。子供達も結婚し、孫も出来た。

 

 長い様で短い人生だと思う。

 妻は、3人目を産んだ時、難産で子供を残し亡くなった。元々、線が細く、か弱い女性だった。

 私の両親と彼の母親も亡くなり、後数年で私も引退するのだろう、、、。


 ふと、彼を探したいと思った。彼の家族はどんなだろう。子供は何人いるのか、男の子か、女の子か、、、。そんな事を考えた。



*****



 私が婚約してから、カルロの母は静かに私と彼を引き離した。

 息子が何処でどんな仕事をしているか、知らない訳が無い。

 その事に気付いた時、母と彼女の確執を知った。

 カルロは幼い頃から知っていたのだろうか、、、。


 今ではその彼女もいない、私は彼に手紙を書いた。

 しかし、返事は無かった。



**********



 ネストレに会ったのは偶然だった。


 彼が僕の領地に観光に来ていた。僕は、観光地の小さな宿屋の様子を見に来ていたんだ。

 季節は冬が終わり、小さな花が咲き始める春になるかならないか、そんな時期だった。


「カルロ?」

呼ばれて振り向くと、ネストレだった。

 思わず息を飲んだ。叫び出さなかった自分を褒めたい位だ。

「ネストレ、久しぶりですね」

上手く笑えた。

 内心では、心臓は破裂しそうに早鐘を打ち、指先は震えていた。

「観光ですか?」

早く帰りたかった。

「カルロ、ずっと会いたかった」

そう言われても信じる事が出来なかった。


 25年の月日はお互いを変える。彼は大人に成り、僕は社交的になった。

「夜、一緒に食事でもしないか?。君の領地の話しを聞きたい」

そう言われて、つい了承してしまった。

 後から考えれば、仕事で移動しなければいけないからと断れば良かったのに、、、。



 夕方、彼が迎えに来た。

 丁度僕も仕事を終え、席を立つ。

「ネストレは何が食べたいですか?」

「勿論、肉をガッツリ食べたいね」

「ふふ。昔から変わらないですね」

ネストレが優しく笑う。

 僕の頬に手を差し伸べて

「本物のカルロだ、、、」

と言った。

 そっと顔を近付けて、キスをしようとした。

 僕は思わず、身を引いた。

「すまない、、、。パートナーに悪いな、、、」

パートナー?僕のパートナーって事?君の奥さんに悪いんでしょ?

 そう思いながら、ネストレを見つめた。


 

*****



「美味い肉だな、、、」

そう言って、静かに笑う。

 ネストレの上品な所作に見惚れてしまう。

 やっぱり育ちが違うな、、、と、思い知らされる。

 お互いの領地の話しをし、自分ではどうにもならなかった事にアドバイスを貰う。彼の話しにのめり込み、時間を忘れた頃だった。

 ワインを飲みながら

「カルロのパートナーはどんな人?」

と聞かれた。

 僕にパートナーなんていない。結婚しようと思わなかったし、探す時間も無い程忙しかった。

「指輪、、、」

そう言って、僕の左手を指差す。

 そうだった。僕は、自分で買った指輪をしていた。

 仕事をして行く上で、パートナーが居ないのは中々に面倒な事だった。何処に行っても聞かれたし、パートナーは居ないと答えれば、お節介を焼かれる。

 そっと左の薬指に嵌めた指に触れた。

「いつ、結婚を?」

綺麗に笑う。きっと、ネストレの結婚は幸せなものだったんだろう、、、。

「コレはね、偽物なんです。いつまでも一人でいると、周りが煩いですから」

僕は笑った。

「カルロ、、、」

ネストレの表情が変わった。

「ほら、仕事をしていると家族の話しになりますよね?結婚してるとかしていないとか、、、。若い頃、忙しくてそれ所じゃ無かったので、自分で買って嵌めたんです」

「パートナーは、、、」

「いません。ずっと仕事仕事でそんな時間はありませんでした。やっと領地が落ち着いて、時間に余裕が出来たと思ったら僕は一人でした」

ワインを一口飲む。


 嘘だ。本当はネストレが忘れられ無かったんだ。



 それから、僕達は静かにワインを飲んで別れた。



 ネストレを宿まで送り、自分の宿に戻る。

 どうしてネストレに会ってしまったんだろう、、、。会いたく無かった。

 彼の穏やかな顔を見ると、ネストレは幸せなんだと思う。



 満天の星空。美しい月。栄えた観光地。

 僕達の距離がどんどん離れて行く様な気がした。



*****



 翌朝、中々目が覚めなかった。昨晩、宿に着いても眠る事が出来ず、夜更かしをしてしまった、、、。

 身体が重い。

 それでも食事をして仕事に行かなければ、、、。

 ベッドの中でため息をきながら、諦めて着替える。

 朝食を摂りに行っても食欲が湧かず、紅茶だけ飲んだ。

 ネストレは朝食を食べただろうか。あの宿屋の朝食を気に入ってくれればと思う。



*****



 結局、昼間も忙しくて、食事が取れなかった。

 宿屋に戻り、明日は移動日になる為、準備をする。

 部屋をノックする音に返事をして、扉を開けるとネストレが立っていた。

 部屋の中が見えたのだろう

「明日、立つのか?」

と聞かれた。僕は部屋の中を見ながら

「そうです」

と答える。

「飯は食ったのか?」

「まだ、、、。さっき戻ったばかりで、、、」

「下の食堂で待ってる。支度が終わったら一緒に食事をしよう」

彼はそう言うと部屋を後にした。

 扉を閉めながら、ため息が出た。


 もういいのに、、、。

 放っておいて欲しかった。

 何故、ここにいるんだろう、、、。

 下見かな?家族で旅行にでも来る予定なのか、、、。


 もう一度ため息をいた。



*****



 出来るだけ時間を掛けて準備をする。と言っても一人分の荷物なんて、高が知れている。

 あっと言う間に支度が終わり、一階の食堂に行く。

 カウンターで、ワインを頼みネストレを探す。まだ、料理は頼んでいない様だった。

「今日も、肉料理の気分ですか?」

声を掛ける。

「そうだね、昨日の肉は美味かった。何かお勧めが有れば是非」

と言われて、僕は数種類注文した。

「いつこちらに?」

「昨日の昼前にね」

ワインを注ぐ。

「家族旅行の下見ですか?此処は良い所ですよ。次回は是非奥様やご家族といらして下さい。家族みんなで来ても大丈夫です。大きな宿屋もあるし、足を伸ばせば川遊びも出来ます。お孫さんはいくつですか?」

「生後半年位だな」

「そうですか、川遊びにはまだ早いかもしれませんね?流れが緩やかで、浅い川なのでもう少し大きくなったら遊べますよ」

僕はとにかく喋った。僕の個人的な話しにならない様に、彼の家族の話題を沢山振った。

「このワインもね、此処で作ってるんです。肉料理に良く合いますよ」

ワインを勧め、肉料理を勧める。


 食事が終わり、一息付くとナフキンで口を拭き

「僕は明日朝が早いから、これで失礼します。ネストレはもう少しゆっくりしていって下さい」

と立ち上がる。

「カルロ」

ネストレが僕を見る。

「体調が悪いのか?」

「え?」

「ワインばかり飲んで、食事を摂っていない」

「そ、、、うですか?」

気が付かなかった、、、。少し胃が痛いなと思っていたから、知らない内に食事を避けたのかな。

 何と無く胃の辺りを触る。

「大丈夫です。もう部屋に戻って休むだけなので」

そう言って、席を外した。


 

 カウンターに寄り、食事の料金を部屋付けにして貰い、2階に上がる。

 階段を登る途中で息切れがして来た。指先が震えて、気分が悪い。手摺を掴みながら何とか登った。

 肩で息をする。後少しで自分の部屋なのに、、、。

「カルロ」

ネストレが僕を抱き上げた。

「何号室?」

「すぐそこ、、、1号室、、、。鍵が」

僕は右の胸ポケットから鍵を出す。呼吸が短くなって来た。頭がふわふわする。


 ネストレはドアの前で僕を降ろすと、鍵を受け取り開ける。ドアを開けて、もう一度僕を抱き上げた。

「だ、、、大丈夫です」

ネストレは怒っているみたいだった。

 僕をベッドに寝かせると、靴を脱がせてくれた。

「少し待っていて」

そう言うと部屋に鍵を掛けて何処かに行った。

 僕はふわふわする身体をどうする事も出来ずにいた。指先が震える。気分が悪い。

 ドアの鍵がカチャリと音を鳴らし、ネストレが入って来る。

 手に持っていた小さな箱とフルーツの盛り合わせをサイドテーブルに置き、椅子を引き寄せ座る。

「カルロ、口を開けて」

僕はゆっくり身体の向きを変えて、口を開く。

「食べなさい、、、」

そう言って、口の中にチョコレートを一つ入れてくれた。


 甘い、、、。口の中でゆっくり溶かす。呼吸が少し落ち着く。


 口の中のチョコレートが無くなると

「もう一つ食べなさい」

と差し出してくれた。僕はまた、口を開く。

「朝も昼も食事を摂らなかった様だね、、、。さっきもあまり食べていなかった。それなのに、ワインばかり飲むからだよ」

ネストレはチョコレートの箱をサイドテーブルに置くと、僕の頭を撫でた。

「きちんと食事を摂らないと、、、。フルーツの盛り合わせを貰って来たから食べなさい」

僕は頭を振る。

「ダメだよ」


 しばらくすると手の震えやふわふわした感覚が薄らいだ。

 ネストレはフルーツの盛り合わせを手にして、僕に食べさせようとする。

「じ、自分で食べられます」

僕は身体を起こして、大きな枕を背凭れにすると、お皿を受け取った。


 フォークに刺したフルーツを食べる。瑞々しくて美味しい。

「ねぇ、カルロ?パートナーがいないなら、君はずっと、、、」

「一人です」

もう一切れ口に入れる。フルーツの甘味とたっぷりの水分が口の中を潤す。

「大丈夫です。今までも一人でしたから」

言葉に出すと惨めで淋しかった。

「屋敷に帰る事も滅多にありませんでしたし、引退する訳にもいきませんから」

「不安じゃ無いのかい?」

不安に決まっている、、、。でも、パートナーがいたとしても、死ぬ時は一人だ。

 ネストレが空になったお皿を受け取る。

「、、、今からパートナーを探した方が良いですか?ネストレが、どなたか紹介してくれますか?」

自分が少しヤケになっているのがわかった。

 僕は、背凭れにしていた枕の位置をずらし、浅く寄り掛かった。



**********



 カルロに私がパートナーを紹介する?そんな事は出来ない。

 むしろ私がパートナーになりたい位だ。

 私は座っていた椅子から腰を浮かせ、カルロが横になったベッドに腰掛けた。

 カルロは不思議そうな顔をしている。

 何故、そこに座るんだ?と言う顔だ。

 私は、彼に口付けをしようと顔を寄せる。

「あ、、、の、、、。ネストレ?」 

彼の顔の横、枕に手を着き、ゆっくりゆっくり顔を近付ける。

 カルロは枕に身体を沈める様に私を避ける。

 逃げ場の無い彼の唇をそっと塞ぐ。



**********



 僕は首を左右に振りながら、ネストレの口付けから逃げた。

「いやだ、、、。、、めて、、、!」

涙が出る。

 彼に顎を支えられ、フッと息を吐いた瞬間彼の舌が入って来た。


 どうして、、、奥様がいらっしゃるのに、、、。


 ネストレは濃厚なキスの後、そっと、唇を離し僕を抱き締めた。

「すまない、やり過ぎた、、、。ただ、カルロが欲しかった」

「奥様が悲しみますよ、、、」

僕は目を閉じて言う。身体が震える、、、。涙が出る。

「そうだね、、、天国で、馬鹿な人だと呆れているよ」

天国、、、?

「妻は、3人目の子供を産んた時、難産で亡くなったんだ、、、。私達は、、、」

ネストレが僕を抱く腕に力を込める。

「私達は、お互い家の為に結婚をした。彼女は、私の伯爵家の血が欲しくて結婚し、私は彼女の実家の事業と繋がる為に結婚した、、、。私達の意思は無い。両親の決めた事だからね、、、。それでも、彼女は僕と子供を愛してくれた。お互い、本当の恋は隠したまままだった」

ネストレは僕を抱き締めたまま、話しを続ける。

「彼女の葬儀に、見知らぬ男性が来たんだ。不審に思った、、、。でも、彼女付きの侍女と話している姿を見て、すぐにわかったよ、、、。彼女が本当に愛している人のは、この人なんだって」

僕は、ネストレの背中をさする。

「私にカルロがいた様に、、、彼女にも大切な人がいたんだ、、、」

涙が出る、、、。

「カルロ、、、愛してる、、、。本当だ」

「ネストレ、僕もずっと愛してます、、、」

僕は涙を流し、初めて彼に愛を告白した。

 彼の指先が僕のシャツをズボンから引き抜く、直に肌に触れられて、瞼をきつく閉じる。

「カルロ、結婚したい、、、結婚して欲しい。愛している、カルロ、、、」

そう言って、僕の唇を求めて来た。

 でも、彼には家族がいる、、、簡単には行かない筈だ。

「ありがとうございます、、、。その気持ちだけで充分です」

「充分?」



**********



 カルロの唇から私の唇を離すと、彼は名残惜しそうに目で唇を追う。

「ありがとうございます、、、。その気持ちだけで充分です」

「充分?本当に?」

そう言いながら、指先で脇腹を撫で上げれば、恥じらいながら反応を示す。

 カルロの口から、我慢出来ない声が漏れた。

「私の指先に、こんなに可愛い反応をするのに、、、私自身の事は求めてくれないんだ」

耳元で囁くと、カルロのたがが外れた、、、。

 私の背中に手を回し、シャツを強く掴みながら頭をフルフルと振った。

 指先を少し動かすだけで

「あ、、、」

と声を漏らしながら、しがみ付く。



**********



 目覚めるとカルロはいなかった、、、



**********



 カルロを探すと言う目的を果たし、カルロと昔の様に戻れると思ったのに、またしてもカルロは消えてしまった。


 荷物を片付け、ここに居る理由も無くなった私は、家路に向かう事にした。


 彼の次の予定を聞いておけば良かった。


 このまま、二度と会えなくなる様な事が無ければ良い、、、。不安を覚えながら、馬車に乗る。



*****



 離れた場所に土砂崩れの跡を見た。


 ざわりと嫌な予感がする。

 まさかと思う。

 馬車が巻き込まれた跡があった。


 カルロ、、、?。


 従者に止められ、近付く事も確認する事も出来ない。カルロでは無いと言う、はっきりとした痕跡を見付けたいのに。近付けなければ何も分からない。



 私の馬車は、土砂崩れを避ける為に、一度来た道を戻る事になった。

 時間を掛けて馬車の向きを変える。

 たまに、パラパラと小石が落ちてくるだけで、従者は怯えた。


 馬車の中で考える事はただ一つ、カルロの無事だった。


 一番近い街に宿を取る。何かわかるかと思い、宿屋の主人に土砂崩れの話しを聞いた。

 巻き込まれたのは貴族の馬車で、怪我をしたものの命に別状は無いらしい。

 この街にいる医者が手当をして、別の宿屋に泊まっているそうだ。

 宿屋の主人に場所を聞き、私はこっそり見に行った。

 

 カルロでは無かった。

 ホッとしたと同時に、早くカルロに会いたくなった。

 怪我人は彼では無いが、他にも巻き込まれた者がいないとは限らない。

 土砂崩れのあった道を避け、遠回りになっても構わ無い、私は先を急いだ。



**********



 僕が通り過ぎた街の近くで、土砂崩れがあった。領主として、見過ごす訳には行かず引き返す。

 幸いな事に、怪我人はいたが死亡者は居なかった。

 土砂崩れの範囲はそれ程広くは無いが、暫くこの道は使えない。

 迂回する事は出来るが、やはり不便は不便だった。


 僕は、どう復旧復興したら良いか考えた。しかし、中々難しい。新たに土砂崩れが起こるかも知れない。作業中に土砂崩れに巻き込まれる事があってもいけない。

 僕は、近隣の街で過去の土砂崩れの話しを聞く事にした。

 

 先に入っていた仕事を1日先延ばしにし、街の主要人物に会い、話しを聞く。土砂崩れなど、そうそう頻繁にある訳でも無く、僕は途方に暮れた。

 今出来る事は、土砂崩れの現状を把握する事となり、今後の為に記録を取って報告する様に伝えた。

 僕は一度屋敷に戻り、過去の土砂崩れの記録が無いが調べた。

 観光地として栄えていたけれど、危険な道を通る訳には行かない為、その道は封鎖された。



*****



 他の仕事も山積みで、時間がない中でやはり後継者を探しておけば良かったと悔やんだ。


 屋敷に戻ると執事長に訳を話し、資料を準備して貰う。留守の間にあった事も報告を受けると、ネストレの訪問がわかった。

 しかし、あんな事の後で、僕は彼に会う事を避けてしまった。彼に頼れば、土砂崩れの復旧方法も分かる筈なのに。



*****



 執事長はネストレに会わなくても良いのか心配していた。僕が頑なに連絡を拒む内に、再度ネストレから訪問を受けた。

「カルロ」

急な訪問に、執事長を見ると静かにお辞儀をして、お茶の準備に取り掛かる。

 きっと、彼がネストレを呼んだんだ。


「君が土砂崩れに巻き込まれなくて良かった、、、」

いきなりの抱擁に戸惑う。

「ネストレ、土砂崩れの件を知っているんですか?」

「君がいなくなった朝、淋しかったよ」

額にキスをされた。


 あの夜の事を思い出して恥ずかしくなる。だから、呼びたく無かったのに、、、。


「半日遅れて、私も出発したんだ。土砂崩れの現場を見て、肝が冷えたよ。カルロじゃ無くて良かった。でも、本人を目の前にして、やっと安心出来た。現場の向こう側は確認出来なかったからね」

ネストレは、僕の頬をそっと撫でて、ゆっくり僕を抱きしめた。

「土砂崩れの復旧方法に関する資料を集めて来た。私も手伝える事があれば、手を貸すから遠慮無く言って欲しい」

ネストレの言葉が嬉しかった。一人で考えるのにも限界がある。



**********



 その後、暫くして、ネストレの次男が僕の仕事の補佐に着いてくれる様になった。彼が仕事を手伝ってくれると、僕は少しずつ仕事が楽になって行った。



 以前程屋敷を空ける事が無くなると、ネストレの訪問回数が増えて来た。

 と、言うか、訪問回数、、、多くない?

「カルロ、、、君と執事長は、随分仲が良いね」

「そうですか?彼は両親の代から此処にいますし、僕が屋敷を空けている間は、実質彼が屋敷を回していたし、、、。彼程頼りになる人もいませんよ?」

執事長は静かにお辞儀をする。

「そうだ、執事長の仕事を引き継ぐ為に彼のご子息も来ているから、ネストレに紹介しますね」

そう言って、執事長に彼の息子を呼んで来て貰う。


 ネストレに紹介すると、それはそれは嫌な顔をされた。



**********



 カルロの執事長の息子、エミリオが気に入らない、、、。

 ただでさえ、執事長とカルロの距離が近くて気になると言うのに、更にエミリオは背も高くカルロと二人で並んで立つと何と言うか、、、艶っぽい雰囲気を醸し出す。

 それに、たまに私に挑戦的な視線を投げるのが気に食わない、、、。


「そんな事無いと思いますよ?」

カルロは分かっていないんだ、、、。はたから見ると執事長もエミリオも、カルロを見る目がはっきりと違う。

「旦那様、少しよろしいでしょうか」

そう言いながら、エミリオが私からカルロを奪って行く。



**********



 カルロは、屋敷内に留まる時間が少なかったからか、矢鱈と執事長を頼る。

「マルコに確認する」

「マルコに聞いてから」

「マルコが何て言うか、、、」

確かに、屋敷内の事にカルロは無頓着だっただろう、、、。それにしても、マルコ、マルコ、マルコ、男爵家の主人はカルロだろ?

 私は、日々モヤモヤしていた。

 


**********



 季節が変わり、肌寒くなって来た頃。

 私は何の気無しにカルロとカーテンの話しをした。

 窓の外を見ながら

「そろそろ、模様替えの時期だな」

「模様替え?」

「寒くなるから、カーテンを変えないと。他にも色々冬支度があるだろう?」

「そうなの?マルコに確認しないと」

そう言って立ち上がるカルロの手を掴んだ。

「ネストレ?」

「何でもかんでもマルコに相談するのはどうかな?カルロがこの男爵家の主人あるじだよね」

「でも、いつもマルコが、、、」

「カルロ、、、カルロが決めないと」

「、、、冬支度なんて初めてで分かりません」

「そうか、それならカルロがマルコの所に行くのでは無く、彼を呼んで此処で相談した方が良い。君はこの屋敷の主人なのだから、軽々しくあちこち歩き回るべきじゃ無いよ」

「、、、わかりました」

 


 カルロは執事長を呼んだ。



 来たのはエミリオだった。

「執事長から、こちらに来る様にと。冬支度の件ですね」

そう言うと、一つ一つ丁寧に教え教え始めた。

 やはり、距離が近い。

 私は、カルロと一緒に話しを聞くフリをして、カルロの腰に手を回す。

 一瞬、身体を強張らせながら、何とも無い感を出すカルロ。

 ワザと身体を密着させ、エミリオを見る。いちいち反応をしないエミリオは、如何にも執事と言う空気を纏っている。

「私は、こちらが良いな、、、」

リストを指差しながら、カルロの耳元で低く囁く。最後にフッと息を吹き掛けた。

「ネストレ?!」

と顔を赤くして、こちらを見た。可愛い、、、。ムラッとする。

 スッとカルロにキスをすると、エミリオは資料を片付け始めた。

「資料は、こちらに御座いますので、お二人でゆっくりお選び下さい」

そう言って一礼すると、部屋を出て行った。

「エミリオ?!」

「カルロ、、、」

「あの、、、ほら、冬支度、、、準備しないと」

「そうだね、、、。資料があれば、私も協力出来るから、、、安心して」

そっと首筋に触れ、撫で上げながら頬を包む。

「ネストレ?」

「目を閉じて、、、折角エミリオが気を利かせてくれたんだ、、、」

「あの、、、」

頬を染めて、上目遣いで私を見つめるカルロに、身体の中心がゾクゾクする。

 部屋の鍵を閉めれば良かった。

 そう思いながら、チラリと扉を確認すると、ちゃんと鍵が掛かっている。エミリオが掛けて行った様だ。


 私は安心して、カルロに口付けをした。



**********



 ネストレが長男に爵位を譲り、引退した。

穏やかな日だった。冬が終わり、春が来て、もうすぐ夏が来る。

 ネストレと再会してから、二度目の夏。

 彼の次男と養子縁組をして、いずれ僕の領地を継いで貰いたい、、、。そんな話しをした。

 彼の次男は真面目で誠実で、一緒に仕事をしていても安心出来た。ネストレの息子と言うのもある。見ず知らずの人間から後継者を探すのは、今更骨が折れる話しだ。それに、この領地の事をたくさん勉強してくれた。僕は彼に後継者になって欲しかった。

「私と結婚すれば、養子縁組なんて面倒な手続きは必要無いよ」

ネストレがにっこり笑う。

「ふふっ、そうだね」

冗談だと思った。

 僕達は庭のガゼボでお茶をしている。

 色取り取りの花が咲いていて、爽やかな風が吹き、過ごしやすい季節だ、、、。

「カルロ」

ネストレが席を立ち、僕の手を繋ぐ。僕は促される様に立ち上がり散歩をする。

 小さな噴水の前で、もう一度名前を呼ばれた。

 彼は振り向くと、そっとひざまずき、ポケットから小さな化粧箱を出した。静かに開いて中身を見せる。



「カルロ、結婚しよう」





沢山の作品の中から選んで頂いてありがとう御座います。長い初恋が実った二人がいつまでも幸せでいられますように!

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