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転生陰陽師は男装少女!?【外伝短編集】  作者: 水無月 星璃


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6/6

竜胆丸&雅編『紫焔の遺児と金色の誓い』

本編『転生陰陽師は男装少女!?~月影の少女と神々の呪い~』もよろしくお願いいたします!

本編はこちら:https://ncode.syosetu.com/n7258kk/

汚らわしい半妖──。

妖魔の父と、人間の母の間に生まれた竜胆丸(りんどうまる)は、人間たちからずっとそう蔑まれてきた。

妖魔は、瘴気を撒き散らし、人に仇なす化け物だ。

ぱっと見は人間だが、紫の瞳と頭の左側に一本だけ生えた短い角を見れば、半妖であることは明白だった。

その姿のせいで、人と共に生きることは叶わず、妖魔からも同類とは認められず、逆に襲われる始末。


物心ついた頃には両親は既になく、竜胆丸はずっと一人で生きてきた。

人間たちの都・金烏京(きんうきょう)からほど近い山の奥に隠れ住み、人に紛れて都に忍び込んでは、盗みを働いて糊口(ここう)(しの)ぐ。

半妖ゆえに見た目は十三歳ほどだが、その成長速度の違いも、彼が人と交わることのできない要因のひとつとなっていた。

まだあどけなさの残る見た目に反し、その瞳の奥には深い孤独が宿っている。

ひとりぼっちになってから最初の十年あまりは、まだ、命がけで自分を守ってくれた両親の「生きて欲しい」という願いを守ろうと必死だった。

だが今は、ただ生き延びることに疲れ果て、なぜ生きているのかさえわからなくなっていた。


そもそも、なぜ彼が半妖に生まれ、なぜこんな生活をしなければならなくなったのか。

話は、百年ほど前に遡る──。



***



あるところに、椿(つばき)という名の美しい女が居た。

彼女は西方の呪術師一族の生まれだった。

この一族は、古より世界の創造神たる父神イザナギから、人々の安寧を守る使命を言い渡されていた。

その使命を果たすため、椿は密かにある存在の監視を行っていた。


ある“存在”という表現をするのにはわけがある。

監視対象は人間ではなく妖魔であり、しかも、元々は神界に住まう男神であった。


その神は、他の神々の奸計に嵌って悪神の烙印を押された挙句、神の力の源である「神核」を奪われて神としての資格を無くし、人の世界であるこの現世(うつしよ)に追放されたという。

その絶望と怒り、恨みつらみから生じた真っ黒な瘴気は、辺り一帯を常闇の世界にしてしまうほどであった。

その想いの強さは皮肉にも彼に力を与え、元神は力のある上級妖魔へと変貌を遂げたのである。


(罠に嵌って、落ちるところまで落ちてしまったなんて……)


一族の長からいきさつを聞いた椿は、この元神の妖魔を哀れに思った。

そして、天上に住まう至高の存在ですら、騙し合いや裏切りに合うのかと、暗澹(あんたん)たる気持ちになった。


それでも、妖魔となって人を害するのであれば見過ごすことはできない。

今のところ、その妖魔が人を襲ったという事実はないが、これからもそうとは限らない。


そもそも、妖魔が発する瘴気は、それだけで生物にとっては毒である。

妖魔を発生源として辺り一帯に広がった瘴気は、そこに生きていた動物を弱らせ、植物を枯らした。

すぐ死に至るほどの猛毒ではないが、人間が瘴気に犯されれば精神に異常をきたすことはわかっている。

被害を拡大させないためにも、強い力を持つ上級妖魔の動向の監視は一族にとって重要な任務だった。


椿の一族は空間を操る術に長けていた。

空間を歪めることで様々な作用をもたらすのだ。

幻覚を見せる幻術と巧みな話術で心を操ることもできれば、空間圧縮で押しつぶしたりすることもできる。

自分の周りの空間を外と切り離して、瘴気を遮断することなど朝飯前だ。

一族の中でも、椿は屈指の使い手だった。

それゆえ、彼女に監視役の白羽の矢が立ったのだ。


椿は毎日夕暮れ時になると、妖魔がねぐらとしている山奥の洞窟を訪れた。

妖魔の動きが活発になるのは、日没から夜明けまでの間だ。

術が使えるとはいえ、ただでさえ野生動物や盗賊に襲われる可能性のある危険な山。

しかも、こんな時間に女が一人でやって来るなど、普通なら正気の沙汰とは思えない。

だが、椿は武芸にも心得があった。

さきほども、襲ってきた盗賊四人をあっさりと返り討ちにしたところだった。


(相変わらず、何にもないところね)


椿は周囲を見渡した。

木々が枯れているせいで身を隠せそうな場所はない。

夜の闇と瘴気に紛れるにしても限界がある。


(ずっと術を使い続けるの、疲れるのよね……)


心の中で愚痴をこぼしながら、椿は得意の術で周囲の空間を歪めて姿を隠し、気配を殺して監視を始めた。


やがて、洞窟の奥から(くだん)の妖魔が現われた。

その姿は人の背丈ほどある黒い粘土の塊のようで、それがモゾモゾと地を這うように動く様は、ゾッとするような不気味さだ。

ギョロリと動く赤い目玉が、またさらに恐怖を掻き立てる。


(本当に気持ち悪いわね……)


監視役の期限は一年。

その間ずっとこんな生活が続くのかとうんざりしながら、椿は鳥肌の立った二の腕をさすった。


妖魔は一日のほとんどを洞窟の中で過ごしている様だった。

深夜に洞窟から出ては近くの池に行き、そこから空を見上げる。

自分が発する瘴気で曇った空をじっと見つめては、また洞窟へと戻る。

そんな不可解な行動をただ繰り返すだけ。

池への道すがら、妖魔を見かけた小動物たちが慌てて逃げていくのを何度も見かけた。

だが、妖魔はそれに目もくれなかった。


(人どころか動物すら襲わないなんて……)


不可解ではあるが、今のところ危険は少なそうだ。


(もしかして、神だった頃の意識がまだ残っているのかしら?)


しかし、それはそれで酷だとも思った。

池の水面に映る自分の姿を、あの妖魔はどんな想いで見ているのだろうか。

椿は何とも言えない気持ちで、静かに妖魔を見守るのだった。



***



監視を始めてひと月ほど経ったある夜のことだった。

満月が美しく輝く空を見上げながら、椿はいつものように任務に向かった。

妖魔のいる山の辺りに踏み入った途端、濃い瘴気が立ち込め、空どころか道の先すら見えなくなった。


(相変わらず、凄まじい瘴気だわ)


術を発動して身を守りつつ、もはや通い慣れた山道を歩いていくと、程なくして洞窟に辿り着いた。

しかし、何やら様子がおかしい。


(……え、なにこれ。どういうこと?)


椿は目を疑った。

月の光が濃密な瘴気を射抜くように差し込み、洞窟の入り口だけを狙ったように照らしていたのだ。

月光は月神ツクヨミの慈悲の光であり、神聖なものである。


(もしかして、ツクヨミ様が?)


椿は不思議に思いながらも、神経を研ぎ澄ませた。


やがて、その光に惹かれるように、洞窟の奥から妖魔が姿を現した。

それは差し込んだ光の真下に来ると、ゆっくりと空を見上げた。

そして、赤い目を眩しそうにすがめた瞬間、驚くべきことが起こった。


妖魔の体が銀色の光に包まれ、その身に纏わりついていた粘土のような瘴気がすべて消え去ったのだ。

そこに現れたのは、(こん)色の地に金銀の糸で精巧な刺繡を施した着物に身を包んだ、美しい男だった。

肩口辺りまで伸びたボサボサの髪から覗く横顔は精悍で、また理知的でもあり、威厳と品格を漂わせている。


(ちょっ……とんでもなくいい男じゃない!)


妖魔に落ちたとは思えぬ神々しさと自分好みの(かんばせ)に、椿は興奮を隠せなかった。

だが、これ以上感情を揺らせば、隠遁の術が解けてしまう。


(いけない。平常心、平常心よ!)


椿は気づかれないように細く息を吐き、すぐに集中し直した。


再び固唾を呑んで様子を見守っていると、妖魔の目から一滴、涙が零れ落ちた。

その顔は安堵と哀しみが入り混じったような表情で、椿もなんだか切ない気持ちになった。


「ツクヨミ様……」


妖魔は震える声で呟いた。


(やっぱり……)


月神ツクヨミは夜を統べる神であり、月の光には浄化や鎮魂の作用があると言われている。

この元神を憐れんだツクヨミが、救いの手を差し伸べたのだろう。


「私を見捨てずにいてくださったのか……感謝いたします」


神核のない彼は神に戻ることはできないし、一度妖魔と化してしまった体が元に戻ることもない。

その頭上には二本の角が生え、白目の部分は赤く染まったままだ。

それでも、彼にとっては十分、救いになっているようだった。

心が浄化されたことを示すように、周囲に広がる瘴気も徐々に薄れてきている。


(よかった……)


監視役としては失格かもしれないが、それでも椿は心からそう思った。

未だ、妖魔であることに変わりはない。

だが、生き物を襲うこともなくただ静かに暮らす彼は、いわゆる妖魔の概念とはかけ離れている。

あんなに美しい涙を流す存在を、危険だとは思えなかった。


(どうかこれからは、心穏やかに暮らせますように……)


元々、境遇に同情的であった椿は、このひと月ですっかり情が湧いていた。


(今日はもう監視の必要はなさそうね)


ひとまず帰って、急ぎ里に報告をしなければ。

静かに涙を流しながら月に祈りを捧げている姿を見て、椿はそっとその場を去ろうとした。


ところが──。


「誰か、居るのか?」

(……!)


不意に声をかけられ、術が揺らいだ。

薄れた瘴気と月光の薄明りのせいで、闇の中に椿の姿がぼんやりと浮かび上がっている。


(しまった!)


慌てて術をかけ直そうとしたが、その前に近づかれてしまった。


「驚かせたならすまない。そなたを襲う気はない」


今までの様子からすれば襲われる心配はないだろうが、それでも妖魔は妖魔。

監視されていたと知って、激昂する可能性もないとは言えない。


(失敗したわ。どうしましょう……)


戸惑う椿に、妖魔は遠慮がちに声をかけた。


「その、疑っているだろうが、どうか信じて欲しい」

「……」

「実は少し前から、そなたの気配には気付いていたのだ」

「うそっ!?」


思わず声が漏れてしまい、椿は慌てて口元を押さえた。

完璧に気配は消していた……はずだった。


女子(おなご)であったか。怖がらせたのならすまない。危害は加えないと約束しよう。少しだけ話に付き合ってくれないか?」

「……」

「久方ぶりに、話をしてみたいのだ」


ひどく寂しそうな声だった。

椿は堪らず術を解いてしまった。


「……少しだけよ。まだ、あなたを信用したわけじゃない」

「わかっているとも。願いを聞いてくれて感謝する」


頭を下げられた椿は、バツが悪そうに視線を逸らした。


「……その、監視なんて気分悪いわよね」

「いや、仕方ない。私は、そうされて然るべき存在だ」

「達観してるのね」

「まあな。このように美しい女子(おなご)に見られていたとは、少し気恥ずかしいが」


着衣から覗く健康的な褐色の肌に、隠しきれない豊満な肢体。

意志の強そうな金の瞳に、ぷっくりと膨らみを帯びた唇が蠱惑的だ。

緩やかな波を描きながら背中に流れる金色の髪は薄明りの中でも淡い光を放ち、神秘的な雰囲気を醸し出している。

西方の一族の美を余すところなく表したようなその姿に、妖魔は眩しいものを見るように目を細めた。


「そ、そんなお世辞を言っても、監視はやめられないわよ?」

「世辞ではないのだが。そういえば、まだ名乗っていなかったな。私はアマツミカボシだ」

「私は椿。あなた、神様だったんでしょ?」

「知っているのか」

「ええ。私はイザナギ様から人の世の安寧を守る使命を受けた一族の者なのよ」

「そうか、かの御方の。それで監視を……」


アマツミカボシは、なるほどと頷いた。


「イザナギ様を知っているの?」

「もちろんだ。とても厳格で、偉大な御方だ。正直、あの方に見られると背筋が凍り付く」


アマツミカボシは心を見透かすようなイザナギの視線を思い出し、身震いした。

そんなアマツミカボシの様子を、椿は不思議な気持ちで見つめた。

椿にとって父神イザナギは一族の伝承でしか知らない存在だ。

そのイザナギの話を当たり前のように語る元神と、こんな風に話す日が来ようとは。


「そんな御方なのね。そういえば、あなた星の神様だったのよね」

「そうだ。太陽神を陥れようとする神々に利用された挙句、切り捨てられた間抜けだがな」


自嘲気味な笑みが痛々しい。


「そんな……。でも、どうしてそんなことに?」

「詳しくは言えぬ。ただ私は、ツクヨミ様を守りたかっただけだ」

「守る?」

「まあ、色々あってな。星の神であった私は、夜を統べる月神ツクヨミ様の配下だったのだ」


アマツミカボシは何かを思い出すように遠くを見つめた。

だが、彼はそれ以上語るつもりはないようだった。


「奴らを恨むあまり妖魔に落ちてしまったが、その気持ちもツクヨミ様が浄化してくださったようだ」


再び椿に視線を戻してそう言ったアマツミカボシの顔は、とても晴れやかだった。


「よかったわね、本当に」

「ふっ……よかった、か。随分と甘いな。私は妖魔だぞ?」

「そ、それは、まあ、なんというか。あなた全然、生き物を襲わないし、境遇にもちょっと同情しちゃったというか……」

「優しいのだな」

「そんなこと、ないわよ……」


赤い目が穏やかに細められる。

怖いという感情は既になく、椿は美しい微笑にただ視線を奪われた。


これが二人の出会いだった。

それから二人は立場を越えて親交を深め、気付けば互いに恋に落ちていた。


妖魔と人間の禁断の恋──。

これは一族への裏切りであり、許されざる行為だった。

それでも、椿はアマツミカボシへの想いを諦めることができなかった。

椿に罪を犯させたくないアマツミカボシは、初めは彼女の想いを拒んだ。

妖魔と人間、監視対象と監視者。

それが二人の関係のすべてであり、本来ならば親交を深めるなどあってはならないことなのだと。


「きっかけを作ってしまった私が言えた義理ではないが、その情は捨てるべきだ」

「嫌よ。私が誰を好きになろうと勝手でしょ。それに、あなたを深く知ることは任務上必要なことでもある。里長だって文句は言わないわ」

「だからと言って、私の趣味趣向を聞いてどうする?」

「いいでしょ、別に。あなたのすべてを知りたいんだもの。それに、報告すべきことはちゃんと伝えてるわ」


あっけらかんと言い放つ椿に、アマツミカボシは頭を抱えた。


「いや、知るべきは私の危険性に関わる何かではないのか?」

「やだ、自分でそれ言っちゃう?」

「……はあ」


ケタケタ笑う椿に、アマツミカボシは盛大なため息を零した。


「この身はすでに妖魔となってしまっている。ツクヨミ様に浄化していただいたおかげで今は正気を保っているが、いつ暴走してもおかしくないのだ。それをわかっているのか?」

「もちろんよ。でも、そうなったら私が止めるわ。これでも結構強いのよ?」


パチリと片目を瞑り、椿は自信満々で答える。


「しかし……」

「お願いだから、拒まないで。私はもう、あなた無しでは生きていけないの」


その熱烈な求愛に、アマツミカボシはついに折れた。

こうして夫婦となった二人の間に、やがて男の子が誕生した。


ぱっと見は人間そのもの。

父親譲りの艶やかな黒髪と白磁の肌に、母親似のくっきりとした目鼻立ちが印象的な、とても愛らしい子だ。

しかし、よく見ると頭の左側には短い角があり、澄んだ瞳はきれいな紫色をしていた。

その子は、瞳の色から竜胆丸と名付けられた。


「そなたに似て美しい子だ。それに、紫の瞳は妖力の強さの証。これなら、そこらの妖魔に負けはすまい」

「そうね。でもだからこそ、幻術で角と目の色を隠さないと、人の中では生きていけないわ」


人間は自分たちと違う存在を恐れ、排除しようとする。

半妖の子が人に関わって生きていくためには、人に擬態する必要があるのだ。


「大丈夫だ。幻術は君の得意分野だろう」

「そうね。きっと、大丈夫よね」


半妖の我が子が苦労するであろうことは、わかっていた。

それでも、愛の証が欲しかった。

身勝手に付き合わせる以上、不幸にする気は毛頭ない。


(この子を、なんとしても守り抜いてみせる!)


椿は強く心に誓った。



***



ところが──。

竜胆丸の誕生から数年が過ぎた頃、ついに恐れていた事態が起きてしまった。

一族に、このことが露見してしまったのだ。

初めは渋々任務を引き受けたにも関わらず、期限が過ぎてなお、自ら監視役を続けていることを不審に思った長が、密偵を放ったのだ。


アマツミカボシと竜胆丸を討伐し、椿を連れ帰るために、里から十数人の術者が送り込まれた。

手練れの術者たちを相手に、二人は幼い竜胆丸を庇いながら、必死に戦った。


「……あなた、殺してはダメよ!」

「わかっている! だが、こうも攻撃が激しくては……」


本気で命を奪いに来ている者たちを相手に手加減しながら戦うのは、想像以上に大変だった。

だが、アマツミカボシが人を殺してしまえば、やはり妖魔は悪だ、滅ぼすべき存在だと、相手に大義名分を与えてしまう。

防御に徹しながら、椿たちは山から山へと逃げ回った。


時間が経つにつれて追っ手の数は徐々に減ったが、まだ数人、しつこく追いかけてくる者が居る。

もう何日もこんな状態が続き、さすがに双方疲れが見えてきた。

それでも、椿たちは必死に逃げ続けた。


(あと少しで振り切れるわ!)


そう思った矢先、業を煮やした術者の一人が、叫んだ。


「ええい、埒が明かん。椿ともども、打つしかない!」


それを聞いたアマツミカボシの顔に、怒りが浮かんだ。


「あいつら……椿、竜胆丸を連れて先に行け。私が食い止める」

「でも!」

「大丈夫だ。心配せずとも後から追いつく」

「……わかったわ。信じてる」

「さあ、行け!」


間髪入れず一斉に放たれた攻撃の前に、アマツミカボシが立ちふさがった。

幾本もの空気の刃が襲い来る中、咄嗟に妖気で結界を張り巡らせるが、多勢に無勢。

ドンッという爆発音とともに、地面が揺れた。

周囲の木々がなぎ倒され、土煙が上がる。

驚いて振り返った椿の目に、アマツミカボシの体が崩れ落ちるのが映った。


「あなた!? 嫌あああああっ……!!」


椿は絶叫した。

このままでは、愛する夫が殺されてしまう。


(……もう、あいつらを殺すしかない!)


そう覚悟した椿の目の前で、アマツミカボシが辛うじて身を起こした。

美しかった着物はあちこち裂けて焦げ、血が滲んでいる。


「しぶといな」

「だが、もう虫の息だ」

「汚らわしい妖魔め。今、引導を渡してくれる!」


そう叫びながら放たれた攻撃が、朦朧としているアマツミカボシを襲った。


「……させないわよ!」


椿はアマツミカボシを守るように、空気の壁を作った。

見えない壁に阻まれ、バンッと派手な音を立てて跳ね返った術は、見事に追っ手を直撃した。


「ぎゃっ」

「うっ……」

「くそっ……!」


正面からもろに術を喰らった術者たちは、無防備な背中から地面に叩きつけられ、呻き声を上げた。


「ふん、いい気味だわ。私の最愛の旦那様に手を出した罰よ」


もんどり打つ敵に冷笑を浴びせつつ、椿は竜胆丸を木陰に隠すと、夫の元に駆け寄った。


「あなた!」

「すまない、椿。もう大丈夫だ」

「よかった……無理はしないで」


ふらついてはいるが、致命傷は受けていないようだ。

アマツミカボシは、再び椿たちを庇うように追っ手の行く手を塞いだ。

その頼もしい背中に、椿は語りかけた。


「あなた、もう手加減はいらないわ。やられる前にやりましょう」


覚悟の滲む声に、アマツミカボシは振り返った。

そして、愛する妻をじっと見つめると、諭すように言った。


「だめだ。君も私も、この手を血に染めてはいけない。あの子のためにも……」


椿は、はっとして、木陰から顔を覗かせている竜胆丸を見た。

愛する息子は、恐怖で声も出せず、青ざめた顔で小刻みに震えていた。


「ごめんなさい、冷静さを欠いていたわ。怖い思いをさせてごめんね……」


竜胆丸に優しく微笑むと、椿は夫を見つめた。

赤い瞳には、自分の姿だけが映っている。

その眼差しは優しくも力強い、覚悟を決めた者のそれだった。


「この身は妖魔と化しても、心は失っていない。私は最期まで私のまま、お前たちを守る」

「まったく。こんな時でさえ、あなたは……!」


妖魔となり果てながらも不殺を貫き、誇り高く生きる姿に惹かれた。

彼はその矜持を抱いたまま、愛する者を守って散ろうとしているのだ。

追っ手を殺して共に生きのびようとは、もう言えなかった。

その生き様を、椿は涙に霞む目に焼き付けた。


「さあ、早く行け」

「ごめんなさい、あなた……愛しているわ!」


身を引き裂かれるような想いで背を向け、竜胆丸を背負い、椿はその場を走り去った。


「ええい、死に損ないが!」

「さっさとやられちまえ!」


椿の反撃からようやく復活した追っ手たちが、アマツミカボシに迫る。


「ふっ。そう簡単にはやられはせぬ。……ツクヨミ様、どうか妻と息子をお守りください」


覚悟を決めたアマツミカボシは、そう呟いて笑みを浮かべるのであった。



***



暫くすると、椿たちの周りから追っ手の気配が消えた。

アマツミカボシの犠牲と、椿のかけた幻術によって、姿を見失ったのだろう。

ほっと一息ついて、木陰に潜みながら体を休めた。

空間に干渉し、姿が見えないように術をかけた。

これで、暫くは見つかることもない。


(このまま、うまく逃げないと……)


夫が命を賭して守ってくれたのだ。

せめてこの子だけでも守らなくては。


すると、竜胆丸が不安そうに尋ねてきた。


「ねえ、母上。父上は?」

「……大丈夫よ。父上は、後から来るから」


自分にも言い聞かせるようにそう言うと、椿は愛する我が子をきつく抱きしめた。

その温もりに、涙が零れそうになる。


「母上、苦しいよ……」

「あ、ごめんね」


慌てて力を緩め、頭を撫でる。


「どこにも怪我は無い?」

「うん。父上と母上が守ってくれたから」

「そう。よかった……」

「母上……泣いてるの?」


いつの間にか頬を伝っていた涙を、竜胆丸が小さな手で拭った。

その手をそっと握り、椿は微笑んだ。


「大丈夫、なんでもないわ。さあ、そろそろ行くわよ」

「どこに?」

「安心して暮らせるところへ……」


そんなところがあるのかもわからないまま、椿と竜胆丸は、山中に隠れながら追っ手をやり過ごす生活を続けた。

結局、アマツミカボシが追いかけてくることは無く、竜胆丸も次第に父のことを口にしなくなった。


そんな生活が続いたある日、椿が病に倒れてしまった。

竜胆丸は五つになっていた。

半妖の竜胆丸は人より寿命が長く、体の成長が遅いため、見た目はせいぜい二つか三つといったところだ。


洞窟の中で枯葉の上に力なく横たわった椿を、小さな竜胆丸(りんどうまる)が心配そうに見守っていた。

椿の虚ろな瞳には、愛する我が子だけが映っている。


「まだ、幻術の使い方もろくに教えてあげられてないのに……」

「母上、だいじょうぶ?どこか痛い?」

「ごめんね、竜胆丸。ごめんなさい、あなた……」


幼子を残して逝かねばならないことを、椿は心から嘆いた。

せめて姿を隠す認識疎外の幻術だけでも、早く覚えさせるべきだったと。

人に擬態する術も知らず、どうやって生きていけるというのか。


「母上?」

「竜胆丸、愛しい坊や。どうか強く生きて」


そう言うと、椿は最後の力で竜胆丸に認識疎外の術をかけた。


「しばらくは角と瞳の色を誤魔化せる。人に会っても大丈夫よ。でも、術が解けてしまったら……」

「だいじょうぶだよ。ボク、かくれんぼ、じょうずだから」

「そうね。上手に隠れてね」

「うん!」


無邪気な竜胆丸の頭を、椿は愛しそうに撫でた。

竜胆丸は「くすぐったいよ」と言って身をよじりながらも、嬉しそうに笑った。


「……ああ、もう、目が」

「母上、どうしたの?」

「ごめんね、竜胆丸。愛しているわ……。ツクヨミ様、どうか、この子を……」


その言葉を最後に、椿は息を引き取った。


「……母上?」


わけがわからないまま、竜胆丸は茫然とその場に座り込んだ。

時間が経つにつれ、椿の体は冷たくなっていった。


「……母上、お体、冷たい。もう起きてくれないの?」


静まり返った洞窟に、竜胆丸の心細そうな声が響いた。

それから、声を押し殺すような泣き声が一晩続き、やがて静かになった。


一夜明け、母の死を悟った竜胆丸は、母に習った通りに、その亡骸を土に埋めた。

墓とわからないように、目印は置かなかった。

それも母の教えだった。


「母上、ボク、行くね。父上、母上を守ってあげてね」


いつまでも同じ場所に留まることもダメだと言われた。

追っ手に見つからないように。

少しでも長く、我が子が生きられるように。


竜胆丸は母の願いに従って、その場を後にした。

何度も何度も、母の埋まる場所を振り返りながら──。


これが、百年ほど前に起きた出来事の顛末である。



***



こうした悲劇に見舞われながらも、愛を注いでくれた両親の思い出を胸に、竜胆丸は今日も生きながらえている。

だがここ最近、その様子を密かに見守る者が居た。


立烏帽子(たてえぼし)をかぶり、上は白い水干すいかん、下は緋色の(はかま)という男装姿で、長い金髪をなびかせる女。

印象的な褐色の肌と金の瞳を持つ、華やかな顔立ちの美女だ。

名は、(みやび)

表向きは稀代の白拍子(しらびょうし)── 流行歌を歌い舞を舞う芸人だが、情報屋という裏の顔も併せ持つ。

しかし、その正体は、椿の一族の者であり、竜胆丸の監視者だった。


「まったく、長老衆もしつこいわね。もう百年も経ってるっていうのに……」


百年前にその姿を見失ってから、里は椿と竜胆丸の痕跡を負い続けてきた。

そして、先日やっとのことで竜胆丸を見つけ出し、雅に監視役を命じたのだ。

雅は木陰に身を潜めて竜胆丸の様子を観察しながら、ため息をついた。


(この子、気配を消すのが上手すぎるのよね)


父譲りの強い妖力と、母親譲りの幻術を駆使し、竜胆丸はこの百年を生き延びてきた。

山中の打ち捨てられた炭焼き小屋を隠れ家にして、街道を通る旅人から金品や食料を奪う。

時には都に忍び込み、何食わぬ顔をして買い物を済ませたり、盗みを働いたりすることもある。

だが、故意に人を傷つけることはなかった。


盗みはしても、決して人を殺めない半妖の少年。

雅の心には複雑な感情が渦巻いていた。


椿の話を初めて聞いたとき、とても理解できないと思った。

妖魔と情を交わすなど、正気の沙汰ではない。

どんないきさつがあろうとも、妖魔は妖魔。

穢れた存在であり、討伐すべき存在でしかないと。


しかし、彼らの遺児を目にして、その考えが揺らいだ。


かつて討伐に向かった者たちの報告には、竜胆丸の父・アマツミカボシが人を殺めたという記録はなかった。

「アマツミカボシが弱かったのだ」「いや我らの一族が強かったのだ」と好き勝手に言う者もいたが、仮にも元神であり上級妖魔であるアマツミカボシが、そんなに弱いはずがない。

椿の報告書には「彼は心を失っておらず、危険な存在とは思えない」と記されていた。

彼は意図して、人を殺めなかったのかもしれない。

そしてその遺志を、竜胆丸もまた守り続けているのだとしたら──。


(アマツミカボシを他の妖魔と一括りにするのは、間違っているのかもしれないわ)


竜胆丸に人を害する気が無いのであれば、監視の目を緩めても良いかもしれない。

だが、それを判断するには、もっと竜胆丸を知る必要がある。

そこで雅は、竜胆丸と接触してみようと考えた。


しかし、雅が動き出すより早く、ことが大きく動いた。


ある日、いつものように竜胆丸が都の市場で盗みを働いていると、珍しく役人に掴まりそうになった。

助け舟を出すべきか悩んでいたところへ、ある陰陽師(おんみょうじ)が声をかけ、竜胆丸を救った上、彼を式神(しきがみ)──いわゆる使い魔として連れて行ってしまったのだ。

陰陽師(おんみょうじ)とは、特別な術を用いて妖魔などの邪悪なものから人々を守る者たちだ。


助けに入った陰陽師(おんみょうじ)は、安部朔夜(あべのさくや)と言い、まだ若いながらも、稀代の陰陽師(おんみょうじ)として都中の噂になっている人物だった。

彼は役人や盗みを働かれた店主に筋を通しつつ、竜胆丸に優しく手を差し伸べた。

どうやら術者として一流というだけではないようだ。


(まさか、先を越されるとはね……)


少し残念に思いながらも、雅は竜胆丸が良き主に出会えたことに安堵した。


(さて、アタシはアタシの仕事をしないと)


竜胆丸の孤独が少しでも癒えるように願いつつ、雅は報告がてら一度里に戻ることにした。



***



「はあ、またトンボ返りなんて。もう少し温泉でゆっくりしたかったのに……」


竜胆丸が朔夜と過ごすようになってから二週間が過ぎた。

里に報告に戻った雅は、「安部朔夜(あべのさくや)共々監視せよ」との新たな命令に従い、再び都を訪れていた。


「まあ、都は賑やかで楽しいから良いけど」


今は都を散策する体を装って、雅は朔夜と竜胆丸を尾行している最中だ。

彼らに随行している銀髪の式神(しきがみ)に見つかりそうになってヒヤッとしたが、今のところバレてはいないようだ。


(あんな強そうな式神(しきがみ)を使役できるなんて、若いのにたいしたものね)


雅は素直に感心した。

里長の話では、どうやら朔夜も只者ではないらしい。


朔夜の下で、竜胆丸は人が変わったように穏やかな顔をするようになった。

手負いの獣をどうやって飼い慣らしたのか。

雅は、竜胆丸だけでなく、朔夜にも興味が沸いていた。


そうして監視を続けるうちに、都を揺るがす大事件が起きた。

太陽神アマテラスの眷属である金烏(きんう)という霊鳥が、あろうことか妖気を纏って都の人々を襲ったのだ。

アマテラスはこの国の主神であり、金烏(きんう)は人々を守護してくれる存在と伝えられていた。

そのため、都は大混乱に陥った。


それを鎮めたのは、人ならざる神のごとき力を発現させた朔夜だった。

だが、それは暴走に近いものでもあった。


それを知った里長は、雅に朔夜を抹殺せよと命じた。

例え朔夜が善良な魂の持ち主だったとしても、神のごとき力は人の身に余る。

暴走して都の安寧を乱す前に処せ、という命令だった。


「……簡単に言ってくれるわね」


雅はぼやきながら、人気のない古びた神社の石段を登って行った。

境内には社殿の他、月明かりに照らされた舞台があった。


「さて、上手く罠にかかってくれるかしら……」


ここは朔夜が屋敷へ帰る際に使う道の外れにある。

今夜もこの辺りを通るはずだ。

雅は得意の歌と舞で朔夜をおびき寄せ、その人となりを見極めようとした。


里長からの指示は抹殺。

しかし、人々の為に身を粉にして働くお人好しなこの陰陽師(おんみょうじ)を、本当に殺してしまっていいものか。

雅は迷っていた。


やがて、歌に引き寄せられた朔夜が、思惑通りに神社に現れた。

同僚らしい同じ年頃の男をひとり伴っていたが、その程度なら支障はない。


「あら、こんな時分に。物好きな方たちねえ」


艶っぽく囁いて、雅は二人に幻術をかけた。

同僚の男はスヤスヤと心地よい夢の中。

一方の朔夜は、苦しそうに呻き声を上げていた。

朔夜の夢は、トラウマが次々に襲ってくるものだったのだ。


(さあ、がんばってね、朔夜ちゃん(・・・・・)。この程度で心が折れて暴走するようなら、それまでよ)


力を制御できないのであれば、その存在は脅威でしかない。

雅は冷酷にも見える眼差しで、静かに朔夜を見極めていた。


やがて、朔夜は自らトラウマを克服し、力を暴走させることなく夢を打ち破った。

その心の強さに感服した雅は、朔夜の仲間になることを誓った。

命令違反ではあるが、朔夜の存在はきっとこの世界を守る要になる。

そう信じて。


「まったく、アタシも椿のこと言えないわね……」


そう零しながら、雅は軽やかな足取りで神社を後にしたのだった。



***



数日後、雅は仲間として竜胆丸と対面することとなった。

不思議な縁を感じながらも、初対面を装った。


「はじめまして、竜胆丸くん。アタシは雅。見ての通り、白拍子よ。よろしくね」


微笑みながら挨拶すると、竜胆丸の紫の瞳が大きく見開かれた。


「……母上?」


金髪と褐色の肌に金色の目をした雅の姿を見て母を思い出したのか、竜胆丸は思わずそう呟いていた。

そんなはずはない。

そう思いながらも、知らず涙がこみあげてきた。

竜胆丸は慌ててそっぽを向くと、汗を拭くふりをして目元を拭った。

そっと雅の様子を窺うと、不思議そうな顔で竜胆丸を見つめていた。


「えっと、何か言ったかしら?」


幸いにして、先ほどの呟きは雅の耳には届かなかったようだ。


「な、なんでもない!……朔夜様の命令なら、よろしく、してやらないことも、ない」


見事なツンデレである。

一人で生きていた頃には見られなかった反応に、雅は竜胆丸の孤独が薄らいでいることを感じた。


(やっぱり、朔夜ちゃんに任せて正解ね)


そう思いながら微笑むと、竜胆丸の顔が真っ赤に染まった。


「な、なに笑ってんだよ!」

「うふふ、だって可愛いんだもの♡」

「お、男に可愛いとか言うな!」

「いいじゃない。アタシのことは、“雅姐さん”って呼んでちょうだいね」


反応が可愛くて、雅は竜胆丸に抱き着いた。


「ばっ……呼ばないし! 抱きつくな、うっとうしい!!」

「やだ、照れてるの? 可愛い♡」

「なんなのあんた!? 話を聞けよ!」


当初の予定とは異なる出会いとなったが、これはこれで面白い。


(椿、アンタの大切な子は、一族のよしみでアタシが見守るわ。だから、安心しなさい)


心の中で呟いて、雅は腕の中で暴れる竜胆丸をそっと抱きしめた。

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