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賀茂真白編『孤高の少年と夜明けの唄』

本編『転生陰陽師は男装少女!?~月影の少女と神々の呪い~』もよろしくお願いいたします!

本編はこちら:https://ncode.syosetu.com/n7258kk/

「……どうして、こんなことに」


ぽつりと呟いた言葉は、誰にも届くことなく、空気に溶けていく。 

賀茂真白(かものましろ)、齢六歳。

彼はひどく大人びた表情で、庭の片隅にある一本の桜の木を見上げている。

季節はとうに春を終え、葉を茂らせた桜の木は、その幼い顔に影を落としていた──。



***



真白(ましろ)陰陽師(おんみょうじ)の名門・賀茂家(かもけ)の本家の次男として生まれた。

陰陽師とは、身に宿した霊力と特別な術を用いて魔を払い、人々の安寧を守る者たちのことだ。

中でも賀茂家は由緒正しい陰陽師の家系で、四神(しじん)玄武(げんぶ)青龍(せいりゅう)朱雀(すざく)白虎(びゃっこ))の加護を受けた一族だった。


真白(ましろ)が生まれた時、その身に宿る霊力の高さに、賀茂一族は沸き立ったという。

しかし、霊力があまりに強すぎたのか、正妻の母は真白を生んですぐに亡くなってしまった。

兄は母を奪った弟を憎み、真白(ましろ)も罪悪感から兄と距離を置くようになった。

賀茂本家の当主であり、一族の長でもある父は、真白(ましろ)を責めることはなかったが、それは愛ではなく、関心の薄さの表れだった。

父の関心は、常に後継者である兄だけに向いていた。


やがて、父は後妻を迎え、妹が生まれた。

真白(ましろ)はこの妹をとても可愛がり、妹もまた真白(ましろ)によく懐いた。

しかし、女性は陰陽師になれないというのが、この国の習わし。

それゆえに、父は妹に関心を持たず、気弱な後妻も父の言うなりだった。

兄も後継者教育に手一杯なのか、妹を可愛がる素振りは見せなかった。


(それでも、お前には愛してくれる母上がいる……)


妹の愛らしい頬を優しくつつきながら、真白(ましろ)は小さくため息を零した。

自分だけが、家の中に居場所がない──。

幼い真白(ましろ)は、既にそれを悟っていた。



***



そんな真白(ましろ)の日常は、ある日を境に一変する。


賀茂一族の長は、四神の加護をその身に宿す器として適合した者が継ぐ習わしで、本家の長男が適合者として選ばれるのが常だった。

適合者を選別する「託宣(たくせん)の儀」は、一族の中で七つを迎えた男児が行う重要な儀式だ。

兄も例に漏れず、七つの時に「託宣の儀」に参加し、本家の長男として四神の器に適合した。

このまま行けば、彼が次の長になるはずだった。

しかし、その兄が国中を襲う流行り病で急死したのだ。


賀茂一族は落胆し、新たな適合者を探す必要に迫られた。

そして、その白羽の矢が真白(ましろ)に立てられた。

 

真白(ましろ)様の、あの霊力。やはり只者ではないだろう」

「きっと真白(ましろ)様も適合者に違いない!」


分家の者たちは、息子を側近に、娘を婚約者にと、我が子を真白(ましろ)に紹介し、なんとか縁を繋ごうとしていた。

彼らは真白(ましろ)自身を見ているのではない。

ただ、賀茂一族の次期族長候補という肩書だけを見ているのだ。

どす黒い思惑に晒され、真白(ましろ)は胃の腑がズンと重くなるのを感じた。

媚びへつらい、群がる大人たちのねっとりとした声が、耳の奥でざわざわと響く。


真白(ましろ)様、大きくなられましたね。……どうでしょう、うちの息子を従者に」 

「ご生母様もさぞあの世で喜んでいらっしゃるでしょうな。これでいい嫁を娶れば更にお喜びになるでしょう」 


勝手なことを言ってくる者たちに愛想笑いを返すと、真白(ましろ)はそそくさとその場を離れ、庭に下りた。

憂鬱な思いでぼんやりと歩くうちに、気が付くと、庭の片隅にある一本の桜の木の下まで来ていた。

葉桜を見上げながら、気を抜けば零れそうになる涙を懸命に堪えた。


(俺自身のことなんか、興味ないくせに……)

 

心の中でそう呟き、袖でゴシゴシと目元を拭っていると、目の端に、庭の植え込みに隠れて泣いている少女の姿が映った。

その少女は真白(ましろ)と同い年か、少し年下のように見えた。

小さな背中を丸め、すすり泣いている。

真白(ましろ)は、驚かさないようにそっと、少女のもとへ向かった。


「どうしたんだ?」


真白(ましろ)が声をかけると、少女はびくりと肩を震わせ、顔を上げた。


「……っ、大人の人たち……こわい」


泣き腫らした瞳で見つめる姿が憐れで、真白(ましろ)は腰をかがめると、そっと頭を撫でた。


「そうだよな。オレも、怖かった。だから、逃げてきた」


ニヤッと笑いながら言う真白(ましろ)に、少女は目を丸くした。


「あなたも……?」

「うん。オレも。急に皆から期待されて……勝手なことばかり言われて、怖くてさ」


真白(ましろ)は、なぜか初対面のこの少女に本音を話していた。

少女もまた、真白(ましろ)に心を開いた。


「そうなの? わたくしと、おんなじね。えっと……」

「あ、オレは賀茂真白(かものましろ)

「あ!あなたが、お父様がおっしゃってた、真白(ましろ)様!?」

「うん。お前は?」

「わたくしは、菅原紅子(すがわらのべにこ)ですわ」

紅子(べにこ)か。可愛い名前だな」


こう言うと女性が喜ぶと教えてくれた、傍仕(そばづか)えの女房の言葉を思い出し、真白(ましろ)はちょっとカッコつけながら、そう言ってみた。


「……あ、ありがとうございます」


紅子(べにこ)は頬をポッと赤らめると、恥ずかしそうに俯いた。

まんざらでもなさそうな様子に、なぜか心がむず痒くなった。

これが、紅子(べにこ)真白(ましろ)に恋に落ち瞬間だと知ったのは、ずいぶん後になってのことだった。


「んんっ、お前、お父上は?」

「お庭のどこかで大事なお話をしているのです。わたくし、お邪魔にならないように遊んでいなさいと言われたのですが……」


そこで、真白(ましろ)を付け回す大人たちと遭遇し、そのあまりの剣幕に怖くなり、ここに隠れて泣いていたのだという。


「そうか。なら、もう少しここでオレと話をしよう」

「え……。よろしいのですか? みなさま、真白(ましろ)様を探していらっしゃるのでは?」

「それが嫌で逃げて来たんだって」

「本当に、本当に、よろしいのですか?」

「本当に、本当に、いいんだよ」


礼を述べながら嬉しそうに笑う紅子(べにこ)を見て、真白(ましろ)も自然と笑顔になった。

この時、真白(ましろ)は初めて自分を必要としてくれる人間に出会った気がした。


「かくれんぼ、付き合ってくれよな?」

「ふふっ……。わかりましたわ」


にっこりと微笑むその様子は、大人顔負けの優雅さだった。

とてもさっきまで大泣きしていた幼女には見えず、真白(ましろ)は面食らった。


「なあ、お前、年はいくつだ?」

「まあ、真白(ましろ)様。女性に年を聞くものではありませんわ」

「そ、それは悪かった。女ってのは、小さくてもずいぶんマセてるんだな」

真白(ましろ)様こそ、六つとは思えませんわ」

「……それ、どっちの意味?」

「さあ、どっちでしょう?」


どちらともなく笑いが零れた。


親の仕事の関係もあり、二人はそれから頻繁に会うようになった。

紅子(べにこ)の親からは婚約を打診されたが、真白(ましろ)にその気はなく、二人は穏やかに友情を育んだ。

しかし、紅子(べにこ)の一家が政敵の罠にはまり没落したことで、二人の交流は途絶えてしまう。

やがて再び運命が交錯する、その日まで──。


真白(ましろ)は、また一人になった。



***



それから三か月後、真白(ましろ)は七つの誕生日を迎えた。

その日、真白(ましろ)は一族の同い年の男児たちとともに、四神の加護の器となり、次期当主を担う資格があるかをを占う「宣託の儀」を受けた。


結果は……不適合。

真白(ましろ)の霊力は高く、陰陽師としては申し分ない。

しかし、器には選ばれなかった。


適合したのは、分家の従兄弟だった。

父はすぐさま従兄弟を養子に迎え入れると、真白(ましろ)には見向きもせず、屋敷の隅へと追いやった。

一族の者たちも、手のひらを返したように真白(ましろ)から離れていった。

 

真白(ましろ)の心は荒んだ。

もう、誰も自分を必要としない。

そう思うと、生きる気力さえ失せていくようだった。


真白(ましろ)は自暴自棄になり、陰陽師の修行もせず、昼まで惰眠を貪っては街へ繰り出した。

人を見れば式神を使って驚かせ、近所の庶民の子らを集めては、日が暮れるまで木登りや川遊びに興じた。


しかし、それでも真白(ましろ)は陰陽師としては天才的な才能を持っていた。

術の扱いは、下手な陰陽師よりもよほど優秀だった。

鼻歌でも歌うかのように呪文を唱えると、その手の内にあった式符が次々に式神となって躍り出る。

捕まえようとすれば強力な結界を瞬時に張るので、近づくことさえできない。


一方で、一度感情が爆発すると、膨大な霊力が漏れ出し、周囲の木々や建物がビリビリと音を立てた。

霊力の弱い人間がその力にあてられれば、その場で気を失ってしまうほどの威力だった。

そんな真白(ましろ)を、賀茂家の者たちは恐れながらも、厄介者と蔑んだ。


「あいつ、また問題を起こしたって?」

「一族の恥さらしめ!」

「お父上に見限られた用無しのくせに、霊力は一丁前なのが厄介だな」

「あれで、まだ七つなんだろう?」

「末恐ろしいな。器にさえ、選ばれていれば……」


真白(ましろ)は、その言葉を嘲笑った。


(好きに言えばいい。どうせ、オレはもう誰にも必要とされないんだ)



***



そんな真白(ましろ)に、ある日、一人の男が声をかけてきた。

式神を使っていたずらに精を出していた真白(ましろ)の首根っこを捕まえて、男は呆れたように言った。


「……やれやれ、何をやっとるんだ、坊主」

「は、離せ!」

「術をそんなくだらんことに使うでない」


男の言葉に、真白(ましろ)は全身に霊力を巡らせて反発する。


「うるさいな!放っておけよ!」


言葉と同時に、真白(ましろ)の体から静電気のような光が迸った。


「……ほう。力は本物だな」


男は真白(ましろ)の霊力に目を細め、感嘆した。

そして、次の瞬間、男が何か呟くと、真白(ましろ)の霊力はあっという間に霧散した。


「な!?」


何が起きたのかわからず、真白(ましろ)は茫然と男を見上げた。


「──だが。ちいとばかり、やんちゃがすぎるのう」


ニヤリと笑われて、真白(ましろ)は我に返った。


「離せったら、このクソジジイ!」

「はっはっは、元気なチビだ」

「誰がチビだ!」


男は真白(ましろ)の生意気な態度を意に介さず、朗らかに笑う。

真白(ましろ)は、この男が誰なのか、全く見当がつかなかった。


「お前さん、わしの弟子にならんか?」


真白(ましろ)の首根っこを捕まえていた手を離し、男は唐突に言った。

真白(ましろ)はポカンとして、目をしばたたいた。


「は?……いきなりなんだよ、おっさん。オレが誰か知ってて言ってんの?」

「賀茂本家の次男坊だろう」


男の言葉に、真白(ましろ)は自嘲的な笑みを浮かべた。


「へえ。なら、オレが落ちこぼれなのも知ってんだろ?」

「わしはそうは思わん。お前さんの陰陽師としての才には、目を見張るものがある」


真白(ましろ)には、男の言葉が信じられなかった。

器に選ばれなかった。

それが己の才能の限界を示しているのだから。


「……オレの何を知ってんだよ」

「わしも陰陽師の端くれ。お前さんのことは、それなりに知っておるよ」 

「ふうん。……アンタが誰かは知らないけど、慰めなら要らないぜ。これでも分をわきまえてるつもりなんだ」


真白(ましろ)の言葉に、男は悲しそうな目を向けた。


「ちびっこいのに冷めとるのう」

「だから、チビ言うな!」


真白(ましろ)は男の言葉に苛立ちを覚えた。

だが、次の問いかけに、心を抉られた。


「悔しくはないのか?」


真白(ましろ)は、言葉に詰まった。

悔しくないはずがない。


「……悔しがったところで、何も変わらねえもん。オレにはもう価値はないんだ」

「それが賀茂家の判断か。まったく、お前さんに価値を見出せないとは、賀茂家にはボンクラしかおらんのか」


真白(ましろ)は思わず吹き出した。


「ボンクラって……。本当に、オレにそんな価値はないんだって」


ひとしきり笑った後、真白(ましろ)は真面目な顔に戻って言った。


「それに、おっさん。陰陽師なら賀茂家を敵に回さない方がいいよ」

「ふん、賀茂家がなんだ。怖くもなんともないわ。何を隠そう、このわしは“稀代の陰陽師・安部清晄(あべのせいおう)”、その人なのだからな!」

「え!? アンタが、あの有名な、安部清晄(あべのせいおう)!? 荒神・スサノオ様を封印したっていう、あの英雄!?」


真白(ましろ)は驚きを隠せない。

目の前のこのふざけた男が、国で一番有名な陰陽師だと、誰が思うだろう。


「ふふん。もっと褒めてもよいのだぞ?」

「……なんか、思ってたのと違う」


自分から「稀代の」と冠する英雄とは。

勝手に謙虚な聖人君子を想像していた真白(ましろ)は、その落差に戸惑った。


「おいこら、なぜそんな残念な目で見る?」

「はあ……まあいいや。なら、なおさら、敵の家の息子を弟子にしちゃダメだろ」


清晄(せいおう)は首を傾げた。


「敵ねえ……わしはそんなつもりはないんだがなあ」

「父上は完璧主義だし、何でも一番じゃなきゃ気が済まない人だから」

「難儀な性格だな。それにしても、お前さんのその口ぶり。まだ七つとは思えんな」

「それ、褒めてんの?」

「いいや。子どもは子どもらしく、自然体が一番だ」


目を細め、清晄(せいおう)真白(ましろ)の頭を撫でる。


「……子どもらしくなくて悪かったな。てか、子ども扱いすんな」


小さく呟かれた言葉に苦笑しつつ、清晄(せいおう)は再び真白(ましろ)の頭を撫でた。

今度は、拒否の言葉はなかった。

口を尖らせながらも、目元は嬉しそうだった。


この子はきっと愛に飢えているのだ。


大人として見て見ぬふりはしたくなかった。

それに、この才能を放置しておくのは危険だ。

国の損失にもなる。

何より、陰陽師として、この幼き才能を存分に伸ばしてやりたいという想いがあった。


「まあ、達観せざるを得ん環境だったのだろうな。だが、真白(ましろ)。だからこそだ」

「え?」


不意に名を呼ばれ、真白(ましろ)は弾かれたように顔を上げた。


「すごい陰陽師になって、アホな父上や一族を見返してやれ」


清晄(せいおう)の言葉は、真白(ましろ)の心に温かな雫となって落ちていく。


「ふはっ……アホなって……父上にそんなこと言う人、初めて見た」

「で、どうだ?」


真白(ましろ)は、清晄(せいおう)の顔をじっと見つめる。

この大人を、信用していいのだろうか。

少し迷った後、真白(ましろ)はためらいながら口を開いた。


「……オレに、できるかな?」

「お前さん次第だな」


その言葉は、飄々としているのに、力強かった。


もう一度、前を向こう。

この可笑しな英雄を、信じてみよう。

伸ばされたこの手を、掴んでみよう。


真白(ましろ)の瞳に、光が宿った。


「……わかった。いや、わかりました。よろしくお願いいたします、師匠!」

「うむ、いい返事だ」


それから、真白(ましろ)清晄(せいおう)に連れられて、安部家の屋敷に向かった。


「父上、貴方はまた……。犬猫ではないのですよ? 賀茂本家の次男殿を勝手に連れて帰ってくるなんて、大丈夫なんですか……?」


息子である安部清耀(あべのせいしょう)が、呆れたように言う。

清晄(せいおう)は豪快に笑った。


「なに、夕刻には家に帰す。それに、弟子にしたのはここだけの秘密だ……守れるな、真白(ましろ)?」

「はい! 誰にも言いません!」

「はっはっは。それでよい。バレると何かと面倒だからのう!」

「お言葉ですが、父上。いつまでも隠し通せるものではないと思いますが?」

「お前は相変わらず心配性だのう。禿げるぞ?」

「禿げません! 父上があまりにもいい加減すぎるのが悪いのですよ!?」


真白(ましろ)は、そんな二人のやり取りを、楽しそうに、そして少しだけ羨ましそうに眺めていた。


こうして清晄(せいおう)の弟子になった真白(ましろ)は、清耀(せいしょう)の弟弟子として、ともに修行に励むようになった。

幸か不幸か、賀茂家が真白(ましろ)から興味を失っていたことと、隠蔽の術を用いたこともあり、師弟関係が発覚することは、終ぞなかった。



***



それから一年の月日が流れ、安部家に新たな弟子がやってきた。

朔夜(さくや)という名の少年だった。

年は真白(ましろ)のひとつ下。

朔夜(さくや)は安部家の養子として迎えられ、安部朔夜(あべのさくや)と名乗ることを許された。

師匠たちと家族になれることが羨ましくもあったが、「安部」を名乗りたいわけではなかった。

賀茂家の歴史には敬意を抱いている。

賀茂真白(かものましろ)と名乗ることは、真白(ましろ)にとって誇りでもあった。


緊張しているのか、朔夜(さくや)真白(ましろ)をチラチラと盗み見ては、指先をモジモジと動かしている。

その細くて頼りない体つきと、どこか諦めたような雰囲気に、真白(ましろ)は知らず、かつての自分を重ねた。

聞けば、朔夜(さくや)は流行り病で両親を亡くし、天涯孤独の身の上だという。

真白(ましろ)は元々面倒見の良い性格だったが、それを聞いて、余計に放っておけなくなった。

 

(こいつはオレが守る!)

 

そう意気込んで、真白(ましろ)は声をかけた。


「オレは真白(ましろ)賀茂真白(かものましろ)だ! わからないことがあればオレに聞けよ!」


朔夜(さくや)は、真白(ましろ)の勢いに戸惑いながらも、慌てて自己紹介をした。


「……あ、は、はい。えと、朔夜、です。よろしくお願いします」

「おい、元気ねえな。もっと気合い入れろって。そんなんじゃ妖魔どもになめられるぞ!」

「す、すみません……」

「あと、敬語もいらねえ。オレ、堅苦しいの苦手なんだ」

「え、えと、ごめん?」


すかさず清耀(せいしょう)が、真白(ましろ)をたしなめる。


真白(ましろ)、君はもっと礼節をわきまえなさい。いきなりグイグイ行き過ぎだ」

「えー」

「えー、じゃない。まったく……朔夜(さくや)が困っているじゃないか。朔夜(さくや)、ゆっくり慣れていけばいいからね」

「……はい、清耀(せいしょう)兄様」


嬉しそうに答える朔夜(さくや)に向かって、優しく微笑む清耀(せいしょう)をジロリと睨み、真白(ましろ)は不満げな表情を浮かべた。


清耀(せいしょう)兄ちゃん、こいつに甘すぎじゃね!?」


そこへ、清晄(せいおう)が背後から物音も立てずに近付き、真白(ましろ)の頭をペチリと叩いた。


「こりゃ、真白(ましろ)。新入りを虐めるでないわ!」

「痛っ! 師匠、殴ることないじゃん!」

「兄弟子なら、もっと弟弟子に優しくせんか」

「てか、虐めてねえし! なんだよ、師匠まで甘々なのかよ」

「ふふん。どうだ、うちの子、可愛いだろう?」

「もう親バカしてんのかよ……」

「父上はどちらかというと“バカ親”ですがね」

清耀(せいしょう)は相変わらず辛辣だのう……」

清耀(せいしょう)兄ちゃん、あとで面倒臭くなるからそれくらいで。……まあ、確かにこいつ、可愛い顔してるしな」


三人のやり取りを、なんとも言えない表情で見つめていた朔夜(さくや)は、真白(ましろ)にじっと見つめられ、顔を赤くした。


「ふえっ!? か、か、可愛くなんかない! ぼ、僕は、お、男だし!」

「なに焦ってんだよ、変なヤツ。男なのはわかってるって。まあ、確かに男が可愛いとかあれかもだけど、得するならいいんじゃね?」

「え!?あ、えと……ありがとう?」


真白(ましろ)はニカッと笑い、右手を差し出した。


「これから、よろしくな!」


幼いながらも、元来の顔の良さに爽やかさが加わり、いい男になりそうな空気を醸し出していた。

そんな笑顔を向けられた朔夜(さくや)は一瞬固まったが、すぐにその手を握り返し、ふわりと微笑んだ。


(うおっ……マジで可愛いな、こいつ)


心臓がドキリと鳴ったが、真白(ましろ)はすぐに頭を振って、その想いを打ち消した。


こうして兄弟弟子になった真白(ましろ)朔夜(さくや)は、順調に友情を育んでいった。

二人は切磋琢磨し、陰陽師としての才能を磨いていく。


そうしているうちに、真白(ましろ)は自分に価値を見出せるようになっていった。


やがて、二人は揃って史上最年少で陰陽寮(おんようりょう)に入寮した。

陰陽寮は、優秀な陰陽師だけが所属を許される国家機関だ。

朔夜(さくや)は師匠の清晄(せいおう)と同じく「稀代の陰陽師」と呼ばれ、真白(ましろ)も「天才陰陽師」として名を馳せることになる。


陰陽寮入寮の知らせと共に、父親が使いの者を通して何やら言ってきたが、すべて無視した。

かつて真白(ましろ)を見限った賀茂一族の者たちも再びすり寄ってきたが、一切取り合わなかった。


「追い返しちゃって、よかったのか? 賀茂家って名門だろ?」


朔夜(さくや)が心配そうに尋ねる。

真白(ましろ)は、空を見上げて言った。


「いいんだよ。オレには賀茂家のシガラミなんて邪魔なだけだ」


後妻は夫の仕打ちに耐えかね、妹を連れて実家に帰った。

今は二人とも幸せに暮らしていると聞いて、何の心残りも無くなった。


賀茂家に、居場所はもういらない。


「妹は元気にしてるみたいだし、それ以外はどうでもいい」


朔夜(さくや)真白(ましろ)の言葉に、安堵の表情を浮かべた。

真白(ましろ)朔夜(さくや)に視線を戻し、優しく微笑んだ。


「オレには師匠と清耀(せいしょう)兄ちゃんと……お前が居てくれればいいんだ」

真白(ましろ)……」

「これからも、よろしく頼むぜ、親友!」

「うん、こちらこそ!」


互いの存在が、かけがえのない居場所になった瞬間だった。


やがて、真白(ましろ)朔夜(さくや)のとんでもない秘密を知ることになるのだが──。

それでも、ここから始まった二人の絆は、決して揺らぐことなく。

むしろより強固な運命となって、永く永く、続いていくのだった。

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