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八章 -犠牲と葛藤-

 私達は水咲駅へ向かう電車の中に居る。

隣で震える咲希の手を握り締め、私も自分自身を落ち着かせようと必死になっていた。


 剛と別れて私達は三津原駅を目指した。

奇跡的にホームに電車が停まっていた為直ぐに乗り込み、出来る限り運転席から離れたシートに二人並んで腰を下ろした。


 運転士や車掌が河童にやられて襲ってきたらどうしよう、剛は大丈夫かな…。

 様々な不安と恐怖が次から次へと溢れ出てくる。剛には何度か通話をかけたが繋がらなかった。


 だめだ。

私の震えが咲希に伝わってしまう。彼女は二人の友を一度に亡くしたのだ。追い打ちをかけるかのように私が彼女を不安にさせてどうするんだ。


 ひと呼吸し、彼女に尋ねる。


「落ち着いた?」


 無言で首を振る咲希。無理も無いだろうな。

知り合って数日の良二が亡くなった時の夢香でもああだったのに、数年間を共に過ごした仲間を彼女は一気に喪ったのだから。

 しばらくは私が傍で支えないと。


「ありがと…」


 気持ちが届いたのか、か細い声で彼女が呟いた。



 水咲駅に降り立ち、警察に裕介や敦弘を伝えたのだが、彼等の反応は三禍夜池の警察とほとんど同じだった。

 剛の事も一応捜索はするらしいが、本気度は伝わってこない。


 私も咲希も反論できない程クタクタだった為その日は大人しくそれぞれ帰路につくことにした。




 数日後、咲希が自室のバスルームで遺体となって発見された。


 湯を張った浴槽の中で座ったまま顔を沈めた状態で見付かった。死因は溺死らしい。


 部屋は完全施錠。

隣室の入居者がドブのような悪臭と腐敗臭に気付き、警察に通報したとのこと。


 遺体の頭部には水草と僅かな泥が付着していたらしい。




 咲希の訃報を受けて、私の部屋に翡翠と夢香が来てくれた。


 一日限りの仲だったとしても、偶然の出会いだったとしても、彼女を喪った心の傷は酷く大きかった。翡翠達が咲希の代わりになる訳ではないけど、それでもこうして二人が傍に居てくれるだけで本当に嬉しかった。




 池から帰って咲希の訃報を知るまでの間、私は誰とも話す気になれなかった。本来なら真っ先に二人に剛達の事を伝えるべきだったと今更ながら思うが、私の精神状態を察してくれたのか二人は何も聞かずそっとしておいてくれた。


 そして私が何とか他者と会話出来るようになり、咲希の訃報が入ってきて今に至る。



「もうさ、潮時じゃない?」


 翡翠が口を開いた。

潮時?どういう事?


「相川くんだけじゃなくて、もずく連合の三人も犠牲になったんだよ?それに矢吹くんまで…。もう私達の手には負えないよ」


 翡翠の主張も痛い程分かる。

これ以上犠牲が出ないように後は警察や地元の呪術師にでも任せるべきと言いたいのだろう。

 しかし、私自身、自分の意思を今更曲げる事が出来なかった。現に村の痕跡は見付けた。ここで投げ出せば全てが無駄になってしまう。

 良二や敦弘、裕介、咲希、今まで河童の犠牲になってきた人々の死が無駄になってしまう。


 だから、今更退く訳にはいかないのだ。


「だからって犠牲ばかり出してたらそれこそ河童の思う壺じゃん!」


 珍しく翡翠が大声を出した。

私だけでなくさっきからスマホで池と河童について調べていた夢香までもが頬を叩かれたかのようなキョトンとした表情で翡翠を見つめる。

 翡翠が続ける。


「ごめんね、大声出して。でも聞いて。憑依されたもずく連合の二人は“道連れ”って単語を口にしてたんでしょ?これって“他の奴らをもっと巻き込んで来い。もっと池に連れてこい”と私達に指示してるようなもんでしょ?」

「だからと言って警察に任せる訳にもいかないじゃん。三津原の警察は完全に池を避けてるし、良二の事も池を網で何度か触っただけで捜索を打ち切ったし、こっちの警察に剛やもずく連合の事を伝えてもどこか他人事だったし」

「行政に申請して埋め立ててもらうとかは?」

「私達みたいな余所者の大学生だけの意見で動くのかな。それに埋め立て工事中に作業員がやられる可能性だってある。よくある祠を退かそうとしたら死者が出たみたいな感じで。それだけは避けたい」


 私と翡翠が議論していた時だった。

スマホを見ていた夢香が震える声で聞いてきた。


「ねぇ、もずく連合の三人って亡くなったんだよね…?」

「うん。どうしたの?」

「観て、これ…」


 夢香が差し出したスマホの画面。

普段と変わらないYouTubeなのに、あり得ない動画が再生されていた。


『こんこんばんばんもずく連合〜。セクシーギャルの咲希でーすっ』


『うぃー!裕介や!』


『こんちはー。カメラマンの敦弘ねー』


『今日はね〜、なんと皆さんにご報告がありますっ!私達もずく連合、なんとなんとオフ会を開催しまーすっ!マジ楽しみ〜!早く皆に会いた〜いっ』

『咲希飛ばし過ぎやって!日時と場所は〜、敦弘パス』

『雑に振ったね。急で申し訳ないけど明日の夜九時から、○○県三津原市の“三禍夜池”ってとこでやるよー。最寄りの駅は徒歩十分ぐらいのとこにある三咲駅ね。“三”ばっかりやし覚えやすいね。大きなビニールシート用意してるから皆気軽に参加してね』

『本当に急でごめんね〜。勿論オフ会は今日だけじゃないし今後もちょこちょこやってくから、皆安心してねっ』


 投稿日時はついさっきだ。

私と翡翠が議論していた真っ最中だ。


 三人でコメント欄を確認したが封鎖されている。概要欄にはこう書かれていた。


『報道されておりました”飯山 咲希“氏の訃報ですが、本グループのメンバーである咲希とは別人であります事をご報告させていただきます。

報道で使用された本グループの動画や咲希の顔写真も各テレビ局に一報入れ、後に修正していただくように申請しております。

此度はファンの皆様に多大な御心配と御迷惑をお掛けしてしまい大変申し訳ありません。

亡くなられた飯山咲希氏の御冥福を心よりお祈り申し上げます』


 私は確かに敦弘と裕介が池に沈むところを見たし、咲希の件で警察から事情聴取を受けている。彼らの筈がない。


 残る可能性はただ一つ。


「許せない」


 翡翠が呟いた。


「ごめんね水野さん。ここまでされたら私も『手を引こう』とは言えないや。私達で皆を守らないとね」

「うん。今夜九時前には池に着いておかなきゃマズいよね」

「私も行くよ。矢吹くんの安否が分からない今、水野さんまで喪う訳にはいかない。必ず皆を助けようね」

「ありがとう」


「ゆめも行く。りょーくんや皆の仇とりたい」


 夢香がハッキリとした声で宣言した。

彼女の声は入学式前後のギャル的な声か、良二が亡くなった後の元気の無い声しか聞いたことが無かった。強い芯を感じさせる凛とした声だった。



 因みにだが、Xやインスタグラムで参加希望者を探して警告するってのも一応試みたのだが、各SNSで三禍夜池やもずく連合で検索かけようとするとサーバーから蹴られるのだ。私だけでなく二人のアカウントも駄目だったし、カタカナ表記やひらがなで入力しても駄目だった。


 現地で直接止めるしか無いのだ。


 その後私達は三人一緒に行動して身支度を整え、皆で出発時刻まで過ごした。咲希の件からして河童は私達が池に近寄らなければ憑依は出来ないのだろう。誰かが襲われても二人居れば助けれる。


 恐怖と戦いながら身支度を整えるこの時間は、いつもの朝の身支度やお出かけ前の支度とは比にならない程長く感じられた。

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