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七章 -水に融ける-

 剛の予感は当たっていた。

池を背にした裕平が手にしたスマホのインカメラに向かって騒いでいた。


「こんこんばんばんもずく連合〜!道連れ系の裕介や!そろそろしたら奴らが来るから、ちょっとしたドッキリを仕掛けたいと思いまーす!」


 “道連れ”…。疑う余地は無い。憑依だ。

裕介は私達の姿を見てニヤリと笑うと、そのまま池に飛び込んだ。


「ちくしょう!遅かったか!村上、飯山、池には絶対に近付くな!」


 剛が二人に警告を発する中、私は希望を捨てきれなかった。池の中で動きがある。裕介が正気を取り戻して浮かび上がろうとしているのかもしれない。それを剛に伝えると以前夢香が使っていた長枝を持ってきてくれた。


「え、ちょっと、敦弘!やめてよ!」


 咲希の声に慌てて振り向くと敦弘が無表情で彼女の腰を掴み、池の方に引き摺っている。


「水野、原を頼む」

「うん」


 剛が敦弘に飛び掛かった。


「てめぇ何しやがんだ!まさか…」

「“道連れ”は多いほど良いからね」

「は…?」


 まずい、敦弘もやられた。


「許せ村上!」


 剛がそう叫びながら咲希から敦弘を引き離し、そのまま勢いつけて池に放り投げた。


 …。

浮かんでこない。


「敦弘!あつひろーっ!いやぁぁぁあああ!」


 咲希の絶叫が夕暮れの闇に吸い込まれていく。

その直後、私の持っている長枝に手応えがあった。


 私が引き上げると裕介の手が見え、彼を池の淵に掴まらせる。

そして、私の希望は直ぐに絶望へと変わった。


 池から引き上げられた彼の顔、腕、服…つまり体全体におぞましい数の不気味な虫がくっついていたのだ。

 トンボのヤゴを大きくしたものやヒルにムカデの脚が生えたようなものなど、現実的に有り得ない姿の虫が彼に引っ付き、噛み付いているのか流血させている。


「たすけ…」


 言い終わらないうちに彼は全身の力が抜けたように再び池に沈み、二度と上がってこなかった。


「取り敢えず駅まで帰るぞ!」

「あつひろー!ゆうすけー!」


 泣き叫ぶ咲希を二人がかりで半ば強引に引き摺り、三禍夜池を後にした。




 咲希は私達の手を振り解こうと暴れ続けた。

剛と二人で宥めつつ説得するが、半狂乱となった彼女の耳には入らない。


「離して!離せって言ってんじゃん!あつひろー!ゆうすけー!」

「飯山!先ずはここから離れる事が先決だ!気持ちは分かるが今は言う通りにしてくれ!」

「咲希ちゃん、今はとにかく逃げよう」


 このままでは埒が明かない。

そんな私の顔を見て何かを読み取ったのか剛が咲希を担ぎ上げる。


「あつ…ひろ…?」


 さっきまで泣き叫んでいた咲希が静かに呟いた。彼女の視線の先にはびしょ濡れの敦弘が立っていた。


「寒いね…。風邪でも引いたらどうしてくれんのかね」

「敦弘…!良かった、生きて」

「いや、待て」


 笑顔が戻りひと息つく咲希とは真逆の険しい表情をした剛が彼女を制する。


「お前、村上じゃねーよな?」

「何言ってるかね。敦弘だけど」

「ならなんで飯山に謝らねーんだよ?」

「謝る?何をかね?」

「とぼけんな!池に引きずり込もうとしてたろ!」

「いやー…、あれは裕介が池に飛び込んだ時のあまりの衝撃でついパニクってね。てか、剛こそ俺の事池に投げ込んでたね。あれは?」

「お前、“道連れ”がどうこう言ってたよな?あれは裕介も言ってたセリフだ。何が“あまりの衝撃で”だ。何も考えず適当に演じるからボロが出るんだよカッパ野郎」


 剛が言い終わると同時に敦弘の姿が一瞬で消え、その場にはついさっきまで彼が身に着けていた衣類と水溜りが残った。


「いってぇ!」


 剛がいきなり腹を抑え激痛を訴える。


「剛!?どうしたの!?」

「あいつ、まさか…。水野、飯山を連れて、早く…行け」

「待ってよ!剛を置いていけないよ!」

「いいから早く行けって!」


 次の瞬間、剛のズボンからどす黒い液体が染み出てきた。


「くそっ…!早く行け水野!飯山を頼む!」


 剛は大声で喚きながらのたうち回り始めた。黒い液体はほのかに赤色が混じっており、絶え間なく流れ出てくる。私は我に返り、乱暴に咲希を引き摺りながら三津原駅へと向かった。

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