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三章 -池-

三津原みつはらー、三津原ー」 


 アナウンスが流れると同時に夢香に起こされた。


「はすみーん、もうそろそろ着くよー」

「あれ…無い…」


 覚醒と共に視界から消えたストロベリーパフェを捜す私を他の四人が笑う。せめてひとくちだけでも食べたかった。



 三津原駅に降り立つ。

電車の走り去る音を幻聴と疑ってしまうほど、この駅は静まり返っていた。無人駅や田舎の駅のような風情ある静けさではなく、何処か不気味な、何者かが息を潜めて私達の出方を伺っているような、そんな異様な雰囲気が漂っている。


 最初に口を開いたのは良二だった。


「この駅で合ってんの?」


 夢香が応える。


「合ってる合ってる。徒歩十分だってさ。すぐそこだよ」

「ふーん、何か意外と何もないんだなって感じ。廃墟とか心霊とか聞いてたから、もっと廃村みたいな感じで廃墟が沢山並んでるイメージだったから」

「ね。明るいし拓けてるし、怖くないよねー」

「ま、心霊スポットとかって建造物や時間によって人の恐怖心を煽るから、意外とここも何も無いんじゃない?」

「駅の近くだからかな?池の近くはジメジメしてて雑木林とかあって、めちゃくちゃ暗かったりしてー」

「どーだろね。てか、如月さんがここ探したんだよね?池や周辺の画像とか見てないの?」

「見てなーい。無かったー」

「“無かった”って…」


 一見噛み合ってるようで何処かズレてるような気もする二人の会話を聞きながら、私達は出発した。

 ピクニック道具やクーラーボックスを持たさ…持って貰ってる剛も良二も今のところは平気そう。二人の為にも早く着かないといけない。普段より少し早歩きになりつつ目的地へと向かう。



「あ、あれじゃない?」


 私の隣を歩いていた翡翠が指差す方向を見ると、確かに池があった。そして、その異様な光景に私達は一斉に息を呑んだ。


 大きな吊り橋などで見かけるような自殺防止用の柵が池の周囲をぐるりと囲っているのだが、その下半分にところどころ強い力でこじ開けたような穴が開いている。

 池の淵には花らしき植物やお菓子が供えられているが、花は全て枯れてしまっており細い繊維のような茎しか残っておらず、お菓子の包装が雨風に曝されてボロボロになってしまっている。


 池は元々自然にあったものを整備したらしいが、すっかり荒れ果てており雑草も生え放題で、柵がある事を除けばぱっと見では人の手が加えられているとは分からない。


 翡翠が呟く。


「荒れ放題だね…」


 前情報では年単位三人以上の犠牲者、そして地元住民は一切寄り付かないとされているし、ここで誰かが亡くなったとしても、穴が空いた柵を修理する事も無ければお供え物を誰かが取り替えたりもしないのだろう。


 ピクニックをやりたいと言い出した夢香も流石に後ろ髪引かれるのか、その明るく無邪気な表情は暗く沈み、静かに立ち尽くしている。


「…戻るか?流石に俺もここでピクニックは…」


 剛が呟くと良二が首を横に振る。


「いや、やる」

「りょーくんマジ言ってる?」

「心霊スポットとかあり得んから。ほら、画像も撮ってやる」


 私と翡翠は顔を見合わせた。

良二の目付きがおかしい。彼は私達の心配を他所にスマホカメラで柵の穴を何枚も撮りながら近付いていってる。


「おい、相川!待てって!」


 やはり異変に気付いた剛が急いで良二の後を追うが、本人は止まることなくそのまま穴を潜って池に飛び込んだ。


「相川!」

「相川くん!」

「良二!」

「りょーくん!」


 良二は頭まで浸かったきり、浮上しない。まずい。

 剛が服を脱ぎ出した。私は彼を止める。


「早くしねーと相川が…!」

「だからって入っちゃ駄目。抱きつかれたら二人とも溺れる。クーラーボックス開けて。ペットボトル空にして浮き輪にしよう」

「分かった」


 剛が2リットルペットボトルを空にしてる間も相川は浮かんでこない。それどころか波すら立たない。

 夢香が側にあった長枝で池の中を探る。


「どう?何か触った?」

「やだ、感触が無い!りょーくん!」

「剛、ペットボトルは?」

「それ!」


 剛が投げ込んだペットボトルは水面に浮かび、そのまま静止した。その後も四人で彼を呼びながら長枝で探り、しばらくして到着した警察も水中を網で探ったが、良二が地上に上がる事は無かった。




「何でだよ!池に潜って探せば見つかるかもしれないだろ!」


 捜索を断念して引き上げるという警察に対して剛が食って掛かる。私と翡翠は泣き崩れる夢香の背中を擦りながら見ている事しか出来なかった。


「皆さんはここの出身ではありませんよね?」

「だから何だよ。よそ者は助けねーってか!?」

「いえ、そうではありません。助けられないんですよ」

「…は?」


 重たい沈黙の後、警察が語り出した。


「この池はただの自殺の名所じゃありません。あの柵の穴も、こじ開けたのは自殺志願者ではなく、不運にもここに近付いてしまった地元住民や観光客の皆さんなんですよ。皆、その気は無くても何故か池に入ってしまい、二度と浮き上がらないんです」


 私達は顔を見合わせる。良二もそうだった。


「勿論、彼らを捜すために潜った救助隊も皆同じ目に遭いました。だから、潜って捜索なんてしたくても出来ないのが現状なんです。残酷な話ですが」


 その後、私達は警察の取り調べを受けた後、それぞれの家に帰宅した。彼らの「またか」とでも言いたげな表情に怒りを覚えたが、どうする事も出来なかった。


 大学では良二の訃報が伝えられて、三禍夜池の危険性が特別講義として全学生に知らされた。


 だが、この悲劇は更なる惨劇に続く序章に過ぎなかったのだ。


 

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