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44.誘惑の招待状


「クリーグラのことだけならまだしもな……」


「うん、オルケスの防衛戦は大規模な戦闘になったからね。隊長は名の知られた人だし、調べたら一連の経緯はわかると思う。まあ……、わたしの親のことも、秘密にしてるわけじゃないんだけどね」


 あまり口にしたいことでもないけれど、必要とされるときは話していた。たとえば、大公閣下に拾われた後だとかだ。




 ……拾われた当時の自分はグレイを守ることで頭が一杯だったけれど、あとから考えるとあのときのフィン様や閣下の補佐官の方々は大変だったろうなぁと同情してしまう。大公閣下が気まぐれに人を拾ってくるのは珍しいことじゃないとはいえ、素性もわからない子供を養子にすると仰ったのだ。周りの方々の心労を思うと胸が痛い。


 大公閣下のことは心から尊敬しているけど、あの方がその時々の気分で平然と周りを振り回すところがあるのもまた事実である……。いや、まあ、そのくらい自由な方じゃなかったら、魔術師の歴史に革命を起こすなんてできなかったということですね。うん、そういうことです。


 ちなみに魔術師としての才能というのは、ぱっと見でわかるようなものではない。一目見て『すごい魔力量だ……!』となったりはしない。それらはすべて魔道具を使用した検査によってある程度の数値が測れる類のものであって、いかに大公閣下といえども道端の浮浪児がのちに水の筆頭魔術師になると見通せるはずもない。


 何がいいたいかというと、閣下は本当に『気に入った』という理由だけで自分たち姉弟を拾って養子にしてくださったのだ。


 これがまだ魔術の才覚を見抜いたというならフィン様たちも納得できただろうけれど、そんなわかりやすい理由は一切なかった。


 ついでにいうと当時のグレイは熱を出して寝込んでいたし、自分は薬代のために身なりの良い男性から財布を盗もうとして失敗していた。いうまでもなくその男性は閣下のことだ。いつ思い出しても気に入られる要素がない。びっくりするくらいない。


 それでも閣下は薄汚れた浮浪児をひょいと抱き上げて「いい眼だ。抗う意志に満ちておる」と笑って下さった。



 ───あの日から大公家は自分たち姉弟の新たな家となったのだ。



 閣下はこちらの素性をまるで気にしなかったけれど、フィン様たちはそうはいかなかったのだろう。子供であっても人は殺せる。閣下へ差し向けられた暗殺者、貴族たちが送り込んできたスパイ、そういった可能性だってなくはない。


 とはいえ、やせっぽちの子供二人だ。高圧的に洗いざらい吐かせるという手段も取れなかったのだろう。

「今までどこで暮らしていたの?」

「両親はどうしたの?」

「ほかに親戚はいる?」

 そんな質問は何度か繰り返しされたけれど───嘘やごまかしがないか確認する目的もあったのだろう───いつもフィン様と侍女長が一緒にやってきて、優しい口調で尋ねられたものだ。


 だから自分も正直に答えた。

「キーサムの街でくらしていました。魔物がくるまでは」

「お父さんははやり病で亡くなったそうです。お母さんは魔物が……、魔物がきて、がれきのせいで動けなくて、わたしはお母さんを見捨ててにげました。魔物が街を燃やしたので、お母さんはもういません」

「おじいちゃんとおばあちゃんはいないとお母さんがいっていました。はやくに亡くなったそうです」

 そんなことを話していた。


 あの頃はさほど動揺しなかったというのもある。母親のことを口にしても心は麻痺したように動かなかった。……過去の夢にうなされるようになったのは大公家に馴染んでからのことだ。ゼインなら『命の危険が去って感情が戻ったんだろう』というかもしれない。




 昔を思い出して、嘆息しながらいった。


「秘密にしてるわけじゃないけど、わざわざいうようなことでもないからね。わたしたち姉弟は『魔物に襲われて親を亡くして、路上で暮らしていたところを大公閣下に拾われた』という話が有名だから、それ以上のことを聞いてくるような人もそういなかったし」


 あの頃は魔物の襲撃に遭って家族を亡くすのはざらにあることだったから余計だろう。ありふれた不幸に対して憐憫や共感はあっても好奇心は湧きにくい。理由と結果がわかっているならそれで終わりだ。


「ヴァル、その……、実際に誰が知っているかはわかるの?」


「うーん、養子になった当時に大公家でそれなりの地位にいた人なら知っていてもおかしくはないけど、王妃殿下がそこから情報を引き出すのは無理だと思う。アルフレート殿下が亡くなってから動いたのなら、なおのことね」


 それなりの地位にいるということはすなわち閣下への忠誠心が厚く、口も堅いのだ。アトリも「そうよね」と頷いた。


 紅茶を一口飲んで、ため息混じりにいった。


「王妃殿下にアルフレート殿下を殺したと罵られるくらいなら覚悟していたんだけどねえ」


 大公家による暗殺説が出ているのはわかっていたし、その件で責められたなら冷静に対処できただろう。出かける前にアトリが忠告してくれたのも、その程度の騒ぎを予想していたにちがいない。友人は扇を強く握りしめたままいった。


「ええ……、わたくしの読みが甘かったわ。こうなるとわかっていたら、葬儀にはゼイン様だけ参列してもらったものを」


「アトリのせいじゃないよ。こんなの予想できないでしょ」


 親友に軽く笑ってから、表情を引き締めていう。


「これで、大公家(うち)と王家を戦わせたがっている勢力が王家内部にいるというのは確定か。ゼイン、護衛から誰か閣下への知らせを出したい」


「……風の部隊に速いのが一人いたな」


 ゼインが指先を弾く。合図のための魔術だ。護衛たちの待機部屋ではランタン型の魔道具に炎が灯ったことだろう。


 ややあって部隊長が現れてゼインの前に膝をついた。


「お呼びでしょうか、火の君(イーラ)


 状況を説明して、ゼインが指示を出す。


「風と、それに土の部隊からも補佐をつけてやれ。馬を乗り継いで大公領まで行けば、あとは風の道でひと息に着けるだろう」


「かしこまりました。護衛の補充はいかがいたしますか? もしお時間を頂けるようでしたら、ガレリアから追加の部隊を呼び寄せますが」


「いらん」


 ゼインがうんざりした顔でいう。ヴァルも隣でうんうんと頷いた。軍基地ガレリアから部隊を呼ぶなんていうのは大袈裟すぎるし時間がかかりすぎる。


「ですが、悪しき企みを持つ者がいる中で、お二人の守りが薄くなってしまうというのは……」


「火と水の筆頭魔術師が揃っていても倒せぬ敵ならば、お前たちが何人いようと無駄だろうよ」


「仰る通りでございます。しかしながら、火の君。時間を稼ぐ盾となることならば我らにも可能でございます」


「自惚れるな。お前たちごとき何人いようと屍が増えるだけ、戦いの邪魔だ」


 いいすぎだと止めようかと思ったけれど、部隊長はショックを受けるどころか恍惚とした顔でこちらを見つめていた。『この厳しさ、さすがは筆頭魔術師……!』といわんばかりの顔だ。ちょっと怖かった。


 部隊長が退室したところで、ゼインが面倒くさそうにいった。


「……お前の過去を調べた上で、王妃に耳打ちできる人間か。御当主は宰相の意向は変わっていないといっていたが、さて、どうかな……」


「……あるいは、ギリアス宰相も後手に回ってしまったという可能性もある。なにせこれはアルフレート殿下が駆け落ちしなかったなら成り立っていない状況だからね……。敏腕と評判の宰相殿でも、まさか王太子がそんな真似をするとは思わなかったのかも」


「王妃と王太子を唆した“誰か”は同一人物の可能性が高いということね? ───今もまだ王宮で何食わぬ顔をしているのかしら?」


「そこを調べるためにも、王太子派の貴族たちから話を聞きたいね。……騒ぎは起こしちゃったけど、流血沙汰になったわけじゃないし、丁寧なお手紙を出したら快く会ってくれると思うんだ……!」


 そうこぶしを握り締める。


 アトリが首を振っていたのは見なかったことにしたし、隣でゼインが腕組みして寝る態勢に入ったのは叩き起こした。


 それからせっせと手紙を書いた。

 自分が王太子の婚約者だったときに顔を合わせたことがある、嫌味をいわれたことがある、そんな貴族の皆様へお手紙をしたためて、それぞれのお屋敷へ遣いを出した。




 ───三日後。


 遠回しなお断りの手紙とお詫びの金品が積み上がった室内で、ヴァルは頭を抱えていた。


「誰も会ってくれない~!!! それどころか『どうか許してください』といわんばかりの謝罪文と金銀財宝が届く始末……! なにこの突然借金取りがやってきたみたいな対応!?」


「ホホ、お前の目的が復讐だと思っているのでしょう」


 アトリが愉快そうにいった。


「お前が王宮にいた頃にはさんざん無礼な態度を取られたものね。あの者たちは皆、今ごろは毛布を被って震えているのではないかしら。いい気味だわ、ホホホホホ」


 全然よくない。というか今さら怯えるくらいならあの当時から嫌味や皮肉を言ってこなければよかったのでは? 


 礼拝堂での揉め事が瞬く間に貴族たちの間で噂になって、彼らの認識の中でこちらの肩書きが『王太子の元婚約者』から『大公家の将官』になったらしい。そして怒らせたら戦を吹っ掛けてくる狂暴な蛮族だと改めて認識されたらしい。これはディン家の御当主が笑いながら教えてくれた情報である。


 こんなにも和平を目指して頑張っているのにあんまりだ。暴力に訴えるつもりがあったなら王宮で大人しく冷遇なんかされていなかった。少し考えればわかることだろう。王宮時代のことで怒ったりしないからびくびくしないでほしい。


「だいたい、王太子派はギリアス宰相との王位争いに勝ちたいんじゃなかったの? ここで大公家を味方につけて見せるという気概はないわけ!?」


「はぁ……、貴族どもが日和見で弱腰なのは今に始まったことではなかろうよ……」


「街中で大砲を撃ったのもよくなかったと思う! そう思いませんかね、火の君!?」


「空砲だ……」


「威嚇には十分でしょうが!」


 ゼインの左肩を掴んでがくがく揺さぶっているところに、ディン家の侍女が新たな手紙を持って来た。

 また謝罪文かと思ってしおしおの青菜のようになっていると、アトリの表情が変わった。


「ヴァル」


「なに、どうしたの? また『見目のいい使用人を贈るから許してくれ』とかふざけたことが書いてあった?」


「オリーティ伯爵夫人からの招待状よ。週末に当家で催す仮面舞踏会にゼインヘルド様とともにぜひいらしてくださいとあるわ。『わたくしはきっとヴァルキリア様のお役に立てますわ』とも……」


 アトリが険しい顔で手紙を渡してくる。


 慌てて文面に目を通す。美しい筆跡でつづられた文章は、その端々から誘惑を醸し出しているようだった。


 妖艶な未亡人。彼女なら望むものを何でも用意してくれるという噂もある。表立っては口にできないような代物までも融通してくれるのだという。薬でも、武器でも、人間でも。


 誰かが彼女を“死の商人”と呼んでいた。


 取引の対価は夫人の心ひとつで決まるという。


 両手でぎりぎりと手紙を握りしめる。罠の匂いがあからさまにする。どう考えても夫人はこちらの状況を知っている。足元を見られている。


 しかし目の前には、謝罪文と慰謝料の金品が山積みだ。


「───行く。呑めない条件を出されたら断ればいいだけだもの! 何とかなるわ!」





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