40.大聖堂にて
慌てて小窓から顔を出すようにして見上げれば、そこには予想通りの円形の魔道具が輝いていた。
”天輪”の名称を持つそれは、平たく圧縮した筒のような形をしており、戦場で魔物の軍勢を相手取るときに使われる兵器だ。空洞部分に強大な魔術を溜め込んで射出する仕組みになっている。火の魔術師を中心として、四属性の上級魔術師が協力して構成を編むことで初めて使用可能になる。
その外観から“大砲”とも呼ばれる魔道具だ。
精密な照準を合わせることはできないが、破壊力は高い。魔物が延々ときりなく現れる戦場や、軍勢と化して襲ってくる場合には頻繁に活用される武器である。
───無論、間違っても街中でぶっ放すものではない。
「何をやっている、お前たち!!」
「落ち着け、ヴァル。空砲だ」
「それは音でわかる! 空砲でも打つなといってるんだ! これがきっかけで戦になったらどうする!?」
「そのときには喜んで戦わせてもらうが……、大袈裟だな。騎士崩れごときに何をしようと宰相は動くまいよ」
「……だとしても、火種を作る真似は控えてくれ、火の君」
「争いを仕掛けて来たのはあちらのほうだろう……。水の君はいささか弱腰が過ぎるのではないか?」
「───なに?」
「皆の無事を望むあまり耐える方向でばかり物事を考えるのは、お前の悪癖だぞ、ヴァル」
淡々といわれて、言葉に詰まった。
確かに……、仮に迂回路があったとしても、そちらを選べば『逃げた』と嘲笑われるだろう。自分だけならともかく、大公家の名誉にも関わることだ。
「……だが、そうはいっても大砲はやりすぎだからな!?」
「おお、火の君、水の君、道を塞いでいた者たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていきます。なかなか痛快……、いえ、やはり彼らは目を病んでいたのでしょう。それに加えて、こちらを敵意の眼で見ていた王都の民たちも足早に去っていきました。我々が何者であるか、皆ようやく思い出せたのでしょう。音で知らせたかいがありましたね」
「ああ、我らはただ大公家の存在を知らしめただけだからなぁ……。水の君は心配性だ」
「街中で大砲を使用するなというわたしの常識的意見が理解できないとは、火の部隊は上官の悪影響を受けすぎじゃないか?」
「いっておくが、あれは四部隊が協力しないと発動できんぞ」
「水の部隊にはこの後わたしから話がある。覚悟しておけ」
四方の護衛たちの一角が動揺するように揺れたが、馬車はつつがなく進んだ。
馬たちが爆発音に驚くことがなかったのは、風の魔術師が音を部分的に遮っていたからだろう。出発前に『何があっても防御に徹するように』と念押ししたというのに、この過激な方向へのチームワークの良さは何なのか。
さてはゼインが何かしたのか? したな? したとしか思えない。
「濡れ衣だな……」
「心を読むな」
「皆、鬱憤が溜まっているといっただろう……。四天は大公領の守護者。それを悪しざまにいわれては、腹に据えかねもするだろうさ」
「……だが、許可を出したのは火の君だったな?」
「はは」
「笑ってごまかすんじゃない」
※
王都の大聖堂はまさに白亜の城といった趣がある。
全体の外壁も巨大な円柱も余すところなく白い。屋根だけが柔らかな深緑色で彩られている。蒼天の下では光り輝く城のようだけれど、今日はあいにくの曇天である。それでも信仰心を集めるには十分なほど美しい外観だ。
正門の前で馬車を降りて、長い階段を登っていく。
周囲には、同じように参列に来たのだろう貴族の姿がいくつも見えた。
自分たちもそうだけれど、こういった場では地方から来た貴族はやたらと人数が多くなりがちだ。なにせ葬儀への参列といっても、手ぶらで来るわけにはいかない。大聖堂への寄付や王家への追悼の心づけというのは暗黙の了解である。主人が司祭のありがたい説教を聞いている間に、自家の紋章を掲げた補佐官たちがその辺りの用をあれこれと済ませてくるというわけだ。
王都を拠点にしている貴族なら、葬儀が行われる一ヶ月の間に何度も足蹴く通って王家への忠誠心を見せるのもいいだろうけれど、日数をかけてはるばるやってきた身としては用事は一度に済ませたい。必然的に人手も荷物も増えるのだった。
そして大公家の紋章は目立つ。
こちらに気づいた人々がはじめギョッとした顔になり、すぐさま波のように囁きが広がった。
「大公家だ……!」
「まさかあれはヴァルキリア・ギルガード!? アルフレート殿下の婚約者だった令嬢本人が来たのか……!?」
「あれが噂の悪女か! アルフレート殿下を捨ててギルガード家の跡取りに乗り換えたという……!」
「しぃっ、声が大きい! 聞こえるぞ!」
聞こえています、バッチリと。
あと順序が違います。乗り換えてません。殿下が駆け落ちしたのがすべての発端です。
そう思いつつも、いちいち反論してまわるわけにもいかない。ゼインとともに黙々と歩いていく。
こちらに向けられる視線は、驚きと好奇心、それに敵意といったところだろう。
そのうちに聞えよがしな、露骨に悪意のこもった声も耳に入ってきた。
「王太子殿下を殺しておいて、よくもぬけぬけと葬儀に参列できたものだ」
「まったくですな。魔術師などという蛮族どもめ、礼儀知らずにもほどがある」
「宰相閣下もいつまでケダモノどもに大公家を名乗らせておくつもりなのか。あのような連中、我々貴族の汚点ですぞ」
さすがにこれは一言いうべきかと視線を向けたときだ。
艶やかな美声が響いた。
「あらあら、殿方はせっかちでいらっしゃいますこと。尊き御方の御心向きもわからないうちから言の葉を尖らせるなんて、とても大胆ですわね。わたくしのような臆病者には真似できませんわ。───だって真っ先に切り捨てられそうですもの」
扇で口元を隠しながらそう微笑むのは、妖艶な美女だ。
黒の喪服姿でも匂い立つような色香が漂っている。
ちょうど向けていた視線がかち合って、美女がにっこりと微笑む。それに苦笑交じりの会釈を返した。
大公家を悪しざまにいっていた男たちは気まずそうに口をつぐんで視線を逸らしている。所詮は小物だ。関わる必要も感じずにゼインとともに通り過ぎる。
「……彼女はオリーティ伯爵夫人だったか?」
ゼインに小声で確認するように尋ねられて、小さく頷いた。
「そう。おっかない未亡人だよ。人脈が広いし資産家だけどね」
あの伯爵夫人に頼めば望むものを何でも用意してくれるという噂もある。ただし代償は夫人の心ひとつで決まるのだとか。
「王太子派だったというわけでもなさそうだが、大公家と付き合いがあったか……?」
「なかったと思うけど、どうかな。色々と手広くやっているらしいよ。……あまりよくないことも含めてね」
「なるほど……」
不用意に近づきたくない相手だ。腹の底がまるで見透かせない。フィン様なら上手に付き合えるかもしれないけれど、自分では難しいだろう。
(───とはいえ、いざとなればあの夫人に協力を依頼するしかないだろうけど……)
なにせあの夫人は王宮医の親族でもあるのだ。立場と状況だけ考えたなら、遺体について確認したいと頼み込むには最適の相手だろう。
(でも、できれば避けたいわ……)
見返りに何を要求されるかわかったものではない。
そんなことを考えながら大聖堂の中へ入り、礼拝堂の扉まで到着する。
ここから先はゼインと二人だけだ。護衛の者たちや補佐官たちは別室で待機となる。
礼拝堂には静謐な空気が漂っていた。パイプオルガンの荘厳な音楽が聞こえてくる。細長い椅子が規則正しく並んでおり、その先には祭壇が作られている。繊細な装飾が施された台座の上に、重々しい棺が横たわる。
そして、その傍に佇む女性がいた。
王妃殿下だ。




