表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/27

20.大公閣下と大奥様の昔の話


 白衣の集団と別れて、再び歩き出す。

 都市開発部門の区画の中でも厳重な警備体制が敷かれている一角へ入り、奥まった部屋へとたどり着く。

 室内には、大公領全域や、各都市それぞれを模したと思われる模型がいくつも並べられていた。

 模型以外には、これといって特に重要そうな物は見つからない。拍子抜けした気分でグレイを見上げると、弟は、ガラスケースで覆われた一つの模型を示していった。


「姉さんは“列車”についてどの程度聞いている?」


「自立型魔道具の一種で、大規模輸送機でしょう? 風の道とちがって、数百人単位の移送を可能にするとか。大戦中には結局完成しなかったけど、研究は続いているって聞いてるわ」


「そう。今は理論上は可能だろうという所までは研究が進んでいてね。サルトルで試作機の制作に入っているところだ」


 工房都市サルトルはものづくりの街だ。この学園都市ヒューロでの魔道具研究の成果を実現する役割も担っている。


「これはその模型だよ。ミニチュアサイズの列車だけどね。魔術を注げばちゃんと動く」


 グレイが台座部分に手を当てて詠唱する。


「───象れ、其は巨人の足なれば、大気を穿つ槍なれば」


 大公領を模した模型の中で、長方形の箱のような物がひとりでに動き出す。レールの上をことことと走る姿に、思わず「わあ」と声が出た。


「すごい! こういう風に動くのね。わー、可愛い。こんなに小さいのによく動くねえ」


 自立型魔道具の大きな問題点は、込める魔術が複雑化・強大化すればするほど、魔道具そのものが巨大化せざるを得ないことだ。ただし、これを解決する手段も例外的に存在する。金に糸目を付けずに、魔道具の核に希少素材を使用することだ。財力、それはすなわちパワー。お金はたいがいのことを解決してくれる。とはいえ、通常の自立型魔道具にそんなにお金をかける酔狂な人間はいない。

 この模型は恐らく、大規模事業のモデルとして作られているため、大金が投じられているのだろう。


「素材には何を使っているの? この小ささでこれだけ動くとなると、希少水晶辺り?」


 わくわくと、子供に返ったような気分でミニチュア列車を見つめながら尋ねると、グレイが静かな声でいった。


「低級の芥砂だよ。それもわずかな量だ」


 思わず息を呑んだ。




 芥砂とは、魔物の核、一般的に心臓と呼ばれる部分に含まれる赤い砂のことだ。

 分類上は心臓と呼ばれていても、人間を始めとする生き物のそれとは大きく異なっている。大きさこそ人の心臓よりやや小さい程度のサイズだけれど、血管に繋がっているわけでも筋肉に守られているわけでもない。臓器と呼ぶには程遠い、丸く硬い塊だ。


 魔物は倒されると心臓を残して消滅する。それまでどれほど強大な翼や牙を持っていようと関係なく、倒した後に残るのは硬い丸い塊だけだ。普通の生き物と比べると奇妙で不気味な話だろうけど、心臓以外の部位はすべて溶けるように消えてしまうのだ。


 これが野山の獣のように肉や毛皮を残すのであったら、魔術師の不遇の歴史はなかったかもしれない。もしも魔物の死骸に利用価値があったなら。けれど、魔物が残すものは心臓だけだった。さらにもう一つの問題点もあった。

 心臓の硬い外皮まで破壊しなくては、魔物は自己再生するのだ。


 魔物との戦いにおいては、まず心臓だけの状態にするまでに一度倒し、そこからさらに心臓を貫く。ここまでしてようやく魔物を倒したといえる。

 つまり魔物は二度殺さなくては真の意味で倒したとはいえない。


 心臓を破壊できなかった場合、魔物はいずれ復活する。再生速度は魔物の種類によって異なるけれど、蘇るという点だけはどの魔物も共通している。また、復活時の状況によっては動物や植物を取り込みながら再生を果たすこともある。魔物の心臓には他の生物との融合を行う能力もあることが認められている。






 ……かつて、力を求めた魔術師が、自らの肉体に魔物の心臓を取り込もうとしたこともあったという。


 それは大公家に囁かれる古い噂話だ。自分も耳にしたことがあるだけで、真偽は知らない。尋ねる気にもなれない。


 それはまだ大公閣下が名を上げられる前のこと。戦場の汚泥の中を這いずり回っていた若き日の話。


 閣下には親友がいた。親友もまた優秀な魔術師だった。閣下はその親友とは家族のように付き合っていた。親友の両親も、親友の美しい妹も、実の家族とは不仲であった閣下にとっては本当の家族のような存在だった。やがて閣下は親友の妹と恋に落ち、二人は結ばれて、祝福の中で夫婦になった。夫婦仲は円満で、子供にも恵まれた。長男はフィンヘルドと名付けられた。幸福な日々だった。


 けれど戦場は過酷で、地獄だった。

 命懸けて国に尽くしても報われることはなかった。

 貴族たちは魔術師たちを虫けらのように扱った。


 閣下の親友は誰も知らぬところで少しずつ傾いていった。濁っていった。強さこそが至上のものであるとしていった。


 そして閣下はある日、おぞましい現実に直面する。


 親友は悪気なく、誇らしげに閣下に見せつけた。秘密裏に行っていた実験とその成果を。己の左胸に埋め込んだ魔物の心臓と、その結果に至るまでに実験体にした人々の姿を。


 親友が犠牲にしたのは親友よりもはるかに力の弱い魔術師たちだった。実験体にされた彼らはすでに身体の大半を魔物に乗っ取られていた。人の形を保てずに、異形の魔物に変貌しつつあった。それでもかろうじて自我が残っていた。


 「殺してくれ」と彼らに嘆願されて、閣下は───。




 閣下はすべてを燃やし尽くした。誰よりも信じた親友を含めて、一人残らず灰に変えた。




 ……親友は優秀な魔術師だった。それゆえ魔物の心臓を胸に埋め込んでもなお、人の形を保ったままだった。親友は最後まで閣下に対し「どうしてわかってくれない!」と叫び、閣下が創り出した炎の剣で胸を貫かれたという。




 親友の妹は───、閣下の奥方は、周囲の制止を振り払って戦いの場へ駆けつけ、その光景を見てしまった。夫が兄を殺す瞬間を。




 後日、親友の残した研究結果を廃棄したヤナ博士は、親友は力の強い魔術師であったから被験者たちよりは猶予があっただけで、いずれ魔物に乗っ取られていただろうと断言した。


 しかしそれが慰めになったのかはわからない。


 親友の事件の後、夫婦関係が上手くいっていないのが傍から見てもわかるようになると、閣下に愛人を勧める者もいたらしい。自ら志願する者もいたそうだ。


 そして、奥方が閣下に離縁を申し出たこともあったという。


 けれど閣下は愛人の話を一笑に付し、奥方に対しては城の外に住居を用意した。





 閣下の奥方───フィン様の母であり、ゼインの祖母である大奥様は、大公家の城には住んではおられない。大公領の農村地帯の一角に居を構えて、田畑を耕しながら静かに暮らしていらっしゃる。大公家とは距離を置いておられるため、自分も会ったことがあるのは片手の指で数えられる程度だ。

 

 自分の印象としては優しい方だ。栗色の髪に藤色の瞳を持つ、品の良い老婦人だ。大公閣下が自分たち姉弟を養子にした件は、大奥様にとっては知らない間に勝手に子供が増やされたも同然であるのに、こちらに対して嫌な顔一つ見せなかった。初めて訪ねて行ったときは、温かいお茶と甘いお菓子を出してくれて、歓待してくれた。


「あら、よく考えてみたら、渋いお茶よりも果実水のほうがよかったかしら? こんな可愛いお客様がいらっしゃることなんてめったにないものだから、あらあら、少し待っていてね、探してきますからね」


 そう仰られた大奥様を、グレイと一緒に慌てて「お茶で大丈夫です!!」と引き留めたのは懐かしい記憶だ。





 ……閣下が大公位まで手に入れたときには、”再婚”の話が山のように来たらしい。


 大奥様は公の場に出ることはない。そもそも大公家の城に上がられることさえない。事情を知らない人からすると閣下は夫人を亡くして独り身のようにしか見えないだろう。


 しかし閣下は山積みの再婚話に一瞥をくれることもなく、ただ呆れ顔で仰られたという。


「儂には妻がいる」と。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ