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19.晶位制度


 呆気に取られて弟を見つめる。

 それから自分の額に手を当てて考え込み、眉間に皺を寄せながらいった。


「グレイ……、確かにゼインの椅子にルインを座らせたことには引っかかるわよ。でも、それだけでフィン様が大公閣下に弓引くなんて、話が飛躍しすぎよね?」


 弟はあっさりと頷いた。


「ああ。()()()()ならね」


「……つまり、ほかにも何かあるのね?」


 嫌な予感にずしりと胃が重くなる。喉がねばりつくように干上がっていく。

 グレイは小さく息を吐き出していった。


「来てくれ。姉さんに見せたいものがある」



 ※



 広大な研究所はいくつかの区画に分かれている。

 グレイの研究室があるのは、主に補助魔道具の研究・開発を行う部門だ。補助魔道具とは、一般的に魔術師が身に纏うロープやブレスレット、チョーカーなどをさし、魔術のコントロールや威力の増大を支える道具である。


 その隣にある区画は、自立魔道具の研究・開発部門だ。自立魔道具とは、魔道具そのものに魔術が宿っている物をさす。補助型との最大の違いは、魔術師と魔道具、どちらが魔術の主となるかだ。自立型の魔道具は道具が魔術の主体となる。


 たとえば魔術が不得手で、水たまり程度しか作れないという魔術師でも、雨の魔術がこもった魔道具に魔力を注ぐことによって魔道具を起動させ、雨を降らせることができる。補助タイプよりも強力に聞こえるだろうが、実際にはコストとリターンが見合わないという理由で、自立型は近年に至るまであまり注目されていなかった。


 自立型の問題点は、魔術が強くなればなるほど魔道具も巨大化し、なおかつ壊れやすくなるということだ。補助型と違い、自立型は魔道具に魔術が───すなわち”エネルギー”が宿る。大きな力を貯めるためには大きな魔道具が必要になり、その一方で力の分だけ脆さが増す。


 もちろん補助型の魔道具にも補佐のための力は宿っている。ただ、自立型よりは遥かに少量で済むため、魔道具も小型化しやすく丈夫である。


 自分が研究所に来る途中で遭遇した揉め事、あの三人組が「壊された」と訴えていた水晶の杖も、おそらく自立型だろう。補助型の水晶なら落ちた程度では割れない。「落ちたくらいで割れる魔道具を持ち歩くな」ともう一人の青年が言い返していたが、もっともな話である。自立型は魔術を込める分脆くなるのだから、実戦向きではない。屋内での使用や、一ヶ所に設置して見張りの魔術師を付けるなどの対処を取らなくては難しい。


 ちなみにこの世で最も巨大な魔道具は、大陸各地にそびえ立つ”世界樹”だ。

 これは実際には樹木ではなく、樹の形に似た水晶である。幹の太さといったら小さな村一つ分はあるし、空を突き刺さんばかりにそびえたっていて、頂点は誰も見たことがない。風の魔術師ですら上がれないほど空高くまで続く水晶の樹。これが千年前に光の大神が築いたといわれる守護結界の礎である。


 世界樹がどのような魔術で構成されているのか、どのような仕組みで維持でされてきたのか、それは魔術師たちにとっても未だに解き明かすことのできない謎だ。この研究所でも世界樹の研究は行われているけれど、何かしらの成果が上がったという話は聞いたことがない。




 補助型、自立型と研究所を進んでいくと、奥にあるのは都市開発部門だ。さらに奥には、最高機密とされている軍事部門がある。この二部門は、補助型と自立型の両方を取り入れた上での実用化を研究テーマとしている。

 グレイが目指しているのは都市開発部門のようだった。

 ヴァルは重苦しい空気を散らすように、あえて軽い調子で話題を振った。


「そういえば、グレイ。街中はずいぶん人が多かったけど、あれは学園の受験生なの? やけに多くない?」


「受験生だと思うよ。今の学園の人気は凄いから。魔術師になりたいという人がかなり増えたよね」


「……そうなの!?」


「姉さんはピンとこないか」


「だって魔術師って『汚らわしくて汚くて危険』とかいわれるじゃない。いつの間に人気の職業になったの? わたしが王太子妃教育に忙殺されている間に世間ではそんな流行が……!?」


「軍部への志望者数はたいして変わっていないらしいから、悪いイメージが払しょくされたわけじゃないと思うけどね。今は魔術師になって工房や商家で働くのが人気なんだよ。あと、そもそも大公領で生活するなら、魔術が使えないと不便だろう?」


「あ~、それはねえ……」


 大公領は大公閣下が発展させた土地なので、基本的に魔術師か、その親族が暮らすことを前提として整備されている。都市部では様々な場所で魔道具が使われているし、農村地帯でも広く普及している。人々の生活を支える類の魔道具は、戦闘用のものとちがって使い方は簡単でさほど力も必要ない。ただ、それでも、魔術師でなければ扱うのは不可能だった。


「ここで暮らすなら一家に一人は魔術師が必要っていうものね」


「今の大公領は魔物から逃げてきた人や、魔物の襲撃で家や仕事をなくして避難してきた人も多いからね。大公家は領地が広いから受け入れることはできるけど、魔術が使えないと、まあ……、給金の良い仕事にはつけないよね」


 なるほどねえと頷きながら歩いていくと、すれ違う白衣姿の人々の鎖骨の辺りに、小さなバッジが輝いているのが見えた。


 ここに来るまでの出来事をはっと思い出して、弟の首元を見つめる。ない。グレイにもバッジはない。グレイも魔術師の大会(?)に参加しなかったのだろうか。ちょっと嬉しい。


「はっはっは、これは位無し仲間ですねえ」


 からかう口調でいうと、なぜかすれ違う人々のほうがぎょっとしたようにこちらを見た。白衣の集団はわざわざ足をとめて、自分とグレイを交互に見た後に、意を決したように声をかけてくる。


「そこの君、見たことのない顔だけど、新人かい? 新人なら知らなくても仕方がないけれど、そちらの方はギルガード室長だ。晶位制度なんて関係ない立場にいる方なんだよ。失礼な口をきくものじゃない」


「あ、いや、今のは冗談というか……」


 何と答えたものかと口ごもると、グレイが呆れ顔でいった。


「すみません、この人は俺の姉なんです。ずっと忙しくしていたので、晶位制度のこともよく知らないんですよ」


「そう、知らないんですよ! グレイを馬鹿にしたわけじゃないんです。でも皆さん、グレイを気遣ってくださってありがとうございます。グレイの職場の方がいい人ばかりで嬉しいです。姉として安心できます」


「頼むから保護者みたいに振舞うのはやめてくれ」


「お姉様として振舞っているんですわ、ホホホ」


 グレイがげんなりした顔になる。


 一方で白衣の集団は『ギルガード室長の姉……?』という戸惑いから、『もしかしてヴァルキリア・ギルガード!? 水の筆頭魔術師!?』という事実へ繋がったらしい。一斉に顔を青くして、頭を下げようとする。


 先手を打つように、ヴァルは明るく問いかけた。


「それでグレイ、晶位制度って何なの? わたしが王都にいる間に魔術師の勝ち抜きトーナメントでも開かれたの?」


「そんな的外れな知識しかないのに、なんで位無しなんて言葉だけは知っているんだよ」


「それは、なんというか、ここに来るまでの間にそういう単語を聞いたのでね」


「さてはなにか揉め事に自分から首を突っ込んだ挙句に『位無し』と馬鹿にされたんだな?」


「賢い、わたしの弟が世界一賢い」


 思わず拍手を送ると、グレイはこめかみに手を当ててため息をついた。


 白衣の集団の一人が、恐る恐るという顔で口を開く。


「あの……、晶位制度というのは魔術師の階級を表したものなんです。一ヶ月に一度、階級試験が開かれていて、その結果次第で晶位が決まるんですよ。この学園都市ヒューロでテスト運用が始まった新制度ですから、まだほかの都市では普及していないと思いますし、水の君がご存じないのも無理はないかと……」


「……ええ、初めて聞きました」


 ぞくりと肌が粟立つ。新しい階級制度? それはつまり───。

 思わず隣にいる弟へぐるんと顔を向けて尋ねた。


「待ってグレイ、姉さん初耳なんですけど、いつ決まったの?」


「発案自体は姉さんが戦地にいたころからあって、実際に運用が開始されたのは姉さんが王太子妃教育に必死になっていた頃」


「死ぬほど忙しかったときか……!」


 思い出すだけでげんなりしながらも、納得する。

 あの頃はもう、教育というより監禁と洗脳では? というくらいに徹底的にしごかれていたのだ。王太子妃用に宛がわれた館で、朝から晩まで”貴族のたしなみ”を叩きこまれていた。新制度の噂が広まっていても、自分の耳には届かなかっただろう。


「じゃあ皆さんが付けているそのバッジは、晶位を表すものなんですね」


「はっ、はい。あんまり見せびらかすものじゃないというのもわかっているんですが、これを付けていると一目で魔術師だとわかってもらえるので、私たちのような、その……、見た目が強くない人間にはありがたくて」


 白衣の集団が頷き合う。自分にはバッジの見分けがつかないけれど、おそらく、彼らの晶位はそれなりに高いのだろう。あの十位と蔑まれていた青年とちがって、身を守る道具として使える程度には高い。


 複雑な気分になりながらも、顔には出さずに軽い口調で明るくいった。


「揉め事はできるだけ避けたいですもんね。平和的にやれるならそれが一番です」


「ありがとうございます……! そうなんです、揉めたくないだけなんです! バッジを付けているだけで相手から避けてくれますから」


「ははっ、いいですね、わたしも試験を受けようかな。どう思う、グレイ?」


 冗談混じりに尋ねたのに、弟は凍土のように冷ややかな眼でこちらを見た。


「筆頭魔術師が試験を受けてどうするんだよ。姉さんが現れるだけで試験会場が大混乱に陥るだろ。試験官も受験生も可哀想だからやめろ」


「そこまでいう!? ふん、それなら変装していくもの」


「あの、晶位制度は、我々のような普通の魔術師向けの制度ですから……」


「そうですよ、室長や水の君には必要ないものです。お二人の御高名は、誰だって知っていますからね」


「ええ、筆頭魔術師以上に誉れある地位はありません。晶位制度なんて、水の君(スーラ)にはふさわしくないですよ」


 白衣の集団に真剣な顔で力説されてしまう。


 ヴァルは「冗談だったのに」と嘆いたが、グレイには「姉さんならやりかねないだろ」と冷たくあしらわれた。







(新しい階級制度ね……)


 自分の政略結婚が、通過点の一つに過ぎないことは知っていた。

 大公閣下は本来、大公家で満足されるおつもりではなかった。あの冥竜オルガヘイムとの戦いで戦力を大きく削られることがなければ、今ごろあの方は至高の冠を戴いていたかもしれない。


 ……ならば晶位制度は、新たな身分制度として考案されたのではないだろうか。いずれ貴族社会を濁流のように呑みこむつもりで。


 魔術師たちの王が、すべての民の王となる日のために。





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