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16.間章-ある部隊長の話(後)-


「いやーッ!! やめなさい、おチビちゃん! アンタこの前、アタシの右半身まで凍らせたでしょうがッ!」


「だっ、大丈夫です! 今度はちゃんとコントロールします!! あのでっかいのだけを狙いうちして、足をとめます! 紡げ、其は凍てつく風なれば───ッ」


「紡ぐなバカ!! ギャー氷の矢がこっちまで来た!! お前はどーしてそう大規模攻撃しかできねえんだこのチビ!!」


「だから子守りをしながらの任務は無理だといっただろうがーッ!!」


「だが、これで突破口ができた! 行けお前ら、狙い撃て! 援護してやる!」


「こちらへ来なさい、ヴァルキリア! 走りますよ!」


「おいまた名前で呼んでるぞ副隊長!」



 ※



「いっぱい食べなさい、おチビちゃん。遠慮なんかしてたら軍ではやっていけないわよ。『アタシの(メシ)はアタシのもの、お前の(メシ)もアタシのもの』と、このくらいのハングリー精神を持たなくちゃ」


「なるほど、ハングリー精神ですね!」


「おい納得するなチビ。騙されてんぞチビ」


「子供の教育に悪い奴らしか隊にはいないからな。だから子守りは無理だといったんだ」


「まあ、メシを奪いに行くくらいのガッツはあったほうがいいだろ。ほら、肉を食え肉を」


「ええ、ヴァ……我々の小さい子は笑顔で我慢しがちなところがありますからねえ。ハングリー精神は持ったほうがいいですよ。そして肉だけでなく野菜も食べましょうね」


「そんなにチビと呼びにくいのか副隊長」



 ※



「いい、おチビちゃん? 強くてイケてる魔術師になりたかったら、喋り方にも気をつけなきゃいけないわ。舐められたら終わりよ。ソイツの人生のね」


「やーめーろ、息の根止める気満々じゃねえか。チビが真似したらどうする」


「まあ、チビの喋り方が舐められそうだというのはわかる。少しくらいグレてもいいんだぞ。チビは真面目だからな」


「おお、もっとドスを効かせていけ、ドスを」


「丁寧なのはいいことなんですけどね。ただ、もし相手が失礼な態度をとってきたときは……、そうですね。あなたの身近にいる怖い人の真似をするといいですよ」


「怖いひとですか……? ハッ、わかりました、『くだらないお喋りは終わったか?』とか『弱い犬ほどよく吠える』とかいうんですね!?」


「待て待て誰の真似だそれは!?」



 ※



「戦場の魔術師であっても勉強は大切よ、おチビちゃん。ギャンブルで給金を使い果たすような馬鹿な大人になっちゃいけないわ」


「使い果たしてねーよ! 半分だけ! 半分だけスっちゃったの!」


「チビ、こっちに来い。俺が勉強を教えてやる。ギャンブル狂いの屑には近づくな」


「なんだ、算数の教本か? よく手に入ったな」


「よろしくお願いします……! あの、でも、わたし学校には一年しか通ってなくて……。せっかく教わっても全然わからないかもです……」


「大丈夫ですよ。彼は普段は『子守りなんて無理だ』といってますが、実際は弟妹が八人もいるので教えるのも面倒を見るのも上手なんですよ」


「おいバラしてやるなよ、顔が真っ赤になってるぞ」



 ※



「無理よ、やめなさいッ! 戻って! 戻りなさいおチビ!!」


「大丈夫、やれます! わたしは毒には強いんです! 紡げ、其は凍てつく盾なれば───ッ!」


「この馬鹿ガキ……ッ! くそ、俺が助けに入る! 援護してくれ!」


「待て、あれは───っ、配置を崩すな! チビなら大丈夫だ! ははっ、あいつの魔力量はどうなってる!?」


「よくやった、チビ! そのまま抑えとけ! その間にコッチは片付ける!」


「信じられませんね……ッ! あの子は戦場で成長するタイプなのでしょうか、素晴らしい成長期です!」


「成長期ってそういう使い方をする単語だったか!?」



 ※



 隊にすっかり馴染み、年の離れた末の子供のようなポジションで可愛がられる一方で、ヴァルキリアは魔術師としてめきめきと成長していった。


「あの子はいずれ水の筆頭魔術師になるかもしれませんね」


 副隊長が感嘆混じりにそういうのに、クリーグラはため息を返した。


「向いてねえだろ、あれは」


 副隊長の眼差しが曇る。曖昧な笑みを浮かべた後に、彼は嘆息するようにいった。


「……どちらかといえば、向きすぎているように思えます」


「演じられるか?」


「ええ、やり切ってしまうでしょう。……それがいつまで持つかはわかりませんが」


 クリーグラはがしがしと刈り上げた短髪をかき回した。


「俺の下にいる間は昇格はさせん。大公閣下にもそう申し上げた。あいつは人の上に立つには情が深すぎる」


「……情がなくては人はついて行きませんよ」


「だが非情でなくては決断できない」


 ヴァルには確かに凄まじい才能がある。その上、努力も惜しまない。むしろ放っておくと頑張りすぎるきらいのある子供だ。このまま育ては、遅かれ早かれ筆頭魔術師になるだろう。それはクリーグラにもわかっている。


(だが非情にはなれまいよ)


 優しくて情の深い子供だ。仲間を守ろうとする意志は人一倍強く、その輝きは人々の希望にもなるだろう。それでも。


「大公閣下もフィンヘルド様も、いざとなれば情を切れる御方だ。おそらくゼインヘルド・ギルガードもそうだろうよ。それが上に立つ人間の……、大公家の宿命だ。だがヴァルはちがう」


 あの子供は割り切ることができない。

 できるのはただ、割り切った振りをすることだけだろう。

 割り切った振りで、周りを安心させるために笑顔を浮かべ続ける。いつかその足が折れるまで。


 原石のような才覚を隠し続けることは誰にもできない。自分がしてやれることは時間稼ぎだけだとわかっていた。それでも、少しでも、あの子が重責を負う未来を先延ばしにしてやりたかった。











 ───そう、思っていたのに。











 血の塊が喉からせり上がる。自分の切り裂かれた腹部に手をやり、それから焼け焦げた足を見て、クリーグラは一度だけ呻いた。


 このままでは全滅する。魔物の数が多すぎる。ぎょろぎょろと動くいくつもの目玉に、あらゆる攻撃を吸収する粘膜のような赤黒い皮膚、人間でも動物でもあり得ない歪な手足、そこから発せられる灼熱の爆撃、そして倒しても倒しても際限なく蘇るその異常な再生能力。親玉がどこかにいるのかと必死に探ったが、おそらくこれはちがう。


(全個体を一度に叩かなけりゃ、永遠に再生する───ッ!)


 少数精鋭の部隊で相手取れる敵ではない。態勢を整え、魔道具を配置し、魔術師の頭数を揃えた上での一斉攻撃が必要だ。

 実際、ヴァルが大規模攻撃を行ったときにはダメージが認められた。……あるいは、ヴァルが無自覚のストッパーさえ外して、コントロールを度外視し、敵味方の区別ない攻撃を行ったなら倒せるかもしれない。だが、その場合生き残るのはヴァルだけだ。あの子供にそんな選択はできない。


 自分もまたさせる気はない。

 これでも部隊長になってからは部下を殉死させたことがないのが自慢なのだから。


「チビ、来い!」


 ヴァルが駆け寄ってくる。


 その頬にも全身にも火傷や負傷の痕は見られたが、動けないほどの深手はない。それに満足して、クリーグラは一つ頷くと告げた。


「撤退だ。部隊を率いてオルケスの街まで戻る」


 ヴァルは心得た顔で頷いた。その青の瞳には覚悟が宿っている。少女はクリーグラの前で片膝をついていった。


「お任せください、隊長。わたしがしんがりを務めます。隊長たちがオルケスの街へ到着するまで、この命に賭けて、敵の一匹たりともここを通しはしません!」


「ちがう。お前が部隊を率いるんだ、ヴァルキリア」


 彼女は一瞬、なにをいわれたのかわからないという顔をした。

 クリーグラは構わず続けた。


「あの街には風の魔術師が常駐している。状況を説明して至急の応援を求めろ。サンランテの部隊を丸ごと出させろ。さもなきゃオルケスの街ごと滅びるといえ。全個体を一気に叩く必要がある。戦力の出し惜しみをさせるな」


「なにを、なにをいって……、こんなときに悪い冗談はやめてください……!」


「聞け、ヴァル。俺はもう助からん」


 膝から下が炭化した右足を見せつける。そして血がどくどくと流れ続ける腹部も。

 青の瞳が見開かれる。絶望の暗い影がよぎる。それでもヴァルは必死に頭を振る。


「オルケスの街まで戻ればっ、治癒を行える魔術師も……!」


「どうにもならん。手遅れだ。くっ、はぁっ……。ヴァルキリア、俺の権限をもって、今ここでお前を部隊長に任命する。なに、お前が一番元気だからだ。ほかの連中はもう襤褸切れみてぇなもんだ。お前が連れて帰れ、オルケスの街まで」


「いやです、いやです隊長、わたしがここに残ります! 必ず時間を稼ぎますから、隊長はみんなと逃げてください……っ!!」


 青の瞳を大きくゆがませて、少女が必死でいいつのる。


(……ヴァルがいやがるのを初めて見たな……)


 そう、クリーグラは頭の片隅で思った。何をいわれても「はい!」といい返事をする子供だった。もっと嫌だといわせてやりたかったし、その否を聞き入れてやりたかった。

 けれど、もう時間がない。

 魔物たちがおぞましい咆哮を上げる。蹂躙が始まる。その前に皆を逃がさなくては。


 ヴァルの背中を押すための言葉を知っていた。それが呪いであることも知っていた。いずれ未来を侵す毒だと知っていた。多数を守るために親しい誰かを切り捨てなくてはならない、その決断をこの優しい子供に背負わせるおぞましさを知っていた。

 いつか、ヴァルが崩れ落ちる日が来るだろう。その未来を知っていた。


 けれど今、たとえ未来を呪うのだとしても、死なせるよりはマシだ。未来で倒れようとも知ったことか! 今を生き延びてこそだ! 何もかも生きてこそだ!


 クリーグラは声を荒げて怒鳴りつけた。


「お前が知らせなければオルケスの街は全滅するぞ! 大勢がむごたらしく殺される! それでいいのか!」


「……っ、う、ぁ、隊長……っ!」


「行け! 大勢の命がお前の肩にかかっている! お前が守るんだ、ヴァルキリア!」


 青の瞳に絶望が沁み込んでいく。拒絶の言葉を口にしようとしては、喉が凍り付いてしまったかのように、唇だけがはくはくと動いている。


 クリーグラは最後にいった。


「上官命令だ、ヴァル。───いつか俺を殴りに来い。横暴な真似をしやがってと、ぶん殴りに来い。それまで俺は、地獄で高みの見物をしていてやるから」


「………………はい。はい。きっと。約束ですよ、隊長……」


 のろのろと頷いて、それから彼女は顔を上げる。青の瞳は心を亡くしたように感情の色を失っていた。





 それでも少女は立ち上がった。





 クリーグラに背を向けて、傷だらけの仲間たちに向かって声を張り上げる。


「撤退します! わたしの後に続いてください! 突破口を開きます!」


 一瞬、その場の全員の視線がヴァルへ向き、それからこちらへと向く。


 クリーグラは自らが築いた氷壁に手をついて立ち上がり、そしてヴァルに背を向けた。


 背中合わせに立つ。ラインを引く。生と死を切り分ける。


 死はここへ留めてみせよう。未来はすでに託した。


「任せろ、お前ら……っ! くっ……、俺は部隊長として……っ、部下を死なせたことがないのが自慢なんだよ、わかったらさっさと行け……!」


 部下たちがよろよろと歩き出す。


 お互いを支え合って必死の撤退を図る。


 ヴァルが渾身の力で敵を打ち払い、退路を築く。




 




 それを背中で感じながら、クリーグラは不敵に笑った。

 

 眼前の魔物どもがおぞましい咆哮を上げる。

 だが、襲い掛かろうとしたところに氷壁が立ちふさがる。それは無数の剣を持つ凍土の壁だ。


「さあ、最後まで付き合ってもらおうか……っ。一匹たりとも通しはしねぇ。俺は氷壁のクリーグラ、お前たちを永劫に留める魔術師の名だ───ッ!」







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― 新着の感想 ―
隊長……っ(泣) どうしてこう五月さんは毎回戦闘描写が重くてカッコいいのでしょうか。 尊敬します。
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