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1997年、女性英語教師に恋をした中3の梅雨

作者: 小方錦龍

詳しい時期は覚えていないが、あれは中3の雨がやまない梅雨だったように思う。

俺は学校で英語教師である小百合(さゆり)先生に英検3級対策の特別指導を他の数人の生徒たちとともに受けていた。

その先生は20代中盤で、学校内で飛び抜けた美人女性であった。

先生は他の女性教師たちとは違い常にスーツを着ていた。

決して肌を露出するような格好ではないのだが、俺は小百合先生の近くにいるだけで胸が高鳴りぼうっとする気分に陥っていた。

「小方くん、文法理解してる?主語、動詞、助詞。このままじゃ3級どころか高校受験も乗り切れないかもよ?」

「でも先生、英語を話すのにこんなに細かいこと必要なんですか?」

「こら。口答えをしないの。」


理数系科目なら得意だったが文系科目、特に英語と国語古文の文法が絶望的に苦手だった。

俺はたまに甘えるように小百合先生に愚痴を吐く。

それでも小百合先生は根気強く英語の学習に付き合ってくださった。


先生の特別授業が終わったらそのまま当時所属していた陸上部の練習に途中から参加する。

顧問の体育教師に「小西先生、美人だからなぁ」と揶揄されたことを今でも覚えている。


そうして英検の勉強と部活の練習を両立させて臨んだ英検3級の1次試験。

会場は通学する中学校だった。


その後送られてきた通知には合格の文字が躍っていた。

俺は合格通知をカバンに放り投げて登校し、すぐ職員室に入り茶化しそうな陸上部の顧問を無視して小百合先生へ報告した。

「良くやったじゃない。文法の理解力上がったね。」

小百合先生は微笑んでくれた。

ますます胸の高鳴りが高まったことを今でも覚えている。


1次試験を突破した生徒たちで今度は2次試験の対策授業が行われた。

2次試験は面接形式の試験である。


「小方くん、『th』の発音がいまいち。舌を軽く前歯の裏側に付けるイメージ。『think』言ってみて。」

「『think』どうですか?」

「小方くん、よく私の口元を見てよ。『think』」

わざとらしくゆっくりと動く先生の唇。

この時、俺は初めて自覚した。

(俺、もしかして先生のことが……好きかも)


「じゃあ、練習しとくのよ」と言い、小百合先生は隣の席に座っていた女子生徒の指導に入った。

「『think』、『think』、シンク、シンク」

俺はうわ言のように発音練習を繰り返した。


そうして時は少しだけ立ち、ついに英検3級2次試験の日がやって来た。

受験するのは、俺とクラスメートの女子と男子が一人ずつの、計3人。

受験会場の近くに小百合先生が住んでいるということで、受験前に3人で先生が住んでいるマンションを訪れることになった。


インターフォンを鳴らすと、玄関からは小百合先生の母親が出てきた。

次に姿を現したのはショートのデニムパンツにTシャツを来た小百合先生。

普段のスーツ姿とはまるで異なるそのギャップに俺は思わず見入った。

「よく来たね。試験まであまり時間はないけどお茶を飲んでいって」

実はその時何を話していたのか、記憶にない。

だが、一方通行の恋心をいだいている男子中学生が見る普段の姿と違う大人の女性の姿。

胸の高まりは最高潮に達していただろうことは間違いない。

そのため、俺はどうやってクラスメートたちと先生のマンションを出て英検の会場に向かったのかは覚えてはいない。

記憶にあるのは面接会場で面接官に向かい『pardon?』と聞いたその一言だけだった。


英検の試験から2週間後、俺たち世代は全校集会で体育館に集められた。

そうして校長から「大切な話があります。」と話を切り出されたあの言葉は今でも忘れない。

「小西先生は東京の男性と結婚されるため、退職されることになりました。」

俺は理解できなかった。

結婚?東京?退職?

壇上に上がった小百合先生は涙ながらに生徒たちへの別れのあいさつと感謝を述べていたが、俺の頭には入ってこなかった。


……


そうして小百合先生は学校を退職した。

先生に何も思いを伝えられないまま。

ただ一つ、俺の手元には英検3級の合格証書のみが残った。

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