3.想いは届く
私はリラヴェーンお嬢様に気に入っていただいて、いつも側でお話相手になっていた。
下女の私にできることは、精一杯お世話をしながらお嬢様を励ますことくらいだ。
お嬢様は孤独で、厳格な当主様と血気盛んなお兄様方に囲まれて笑うだけの人形のようだった。
本来は少し活発で可愛らしい性格の持ち主で明るい方なのに……だれもお嬢様の本当の心を知ろうともせずにとにかく政略結婚をさせようとするのに必死だった。
「イスメラ……お願いがあるの。私ね、ゾーレンスに手紙を送ることにしたわ。毎日たくさん、書いて送りたいの。その手紙を出しに行ってもらえないかしら?」
「お嬢様のお願いなら喜んで」
「ありがとう。一度に送りきれないほどにたくさん書くの。そうしたら、きっと私の愛がもっと伝わるはずよ」
「ええ。お嬢様の心はきっとゾーレンス様に届きますよ」
私たちは笑いあい、激しくなる戦いの中でも手紙を出し続けようと誓った。
お嬢様は来る日も来る日も手紙を書き、私はそっと屋敷を抜け出して手紙を出しに行った。
同じく、誰よりも早く起きてポストを見に行ってゾーレンス様からの手紙を持ってくるのも私の仕事だった。
「ゾーレンスったら。慌てて書いて水をこぼしちゃったんですって。手紙がしわしわだわ」
「早くお嬢様にお返事を届けたかったのですね。ゾーレンス様の愛情を感じます」
「あら、私の方が大きな愛情を持っているのよ? ゾーレンスには負けないわ」
「そうですね。さすがリラヴェーン様」
お嬢様は身分も関係なく、私とは友だちだと言って包み隠さずゾーレンス様とのやり取りを教えてくれていた。
私もそんなお嬢様が大好きで、ゾーレンス様と愛し合える日が必ずやってくるのだと信じていた。
それなのに――
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「イスメラ……」
コルティは何も言わずに私を抱きしめてくれる。コルティは子どもの頃から私を守ってくれる存在だ。
力強い腕と意思の強い灰色の瞳。コルティはいつも側にいてくれたことを思い出す。
「……ありがとう、大丈夫。優しくて明るいリラヴェーン様を思い出したの」
「そうか。俺も……優しくても心は誰よりも強いのはゾーレンス様だと思ってる」
自然と言葉少なになる。でも、私たちはお互いに確認し合わなくてはならないのだろう。
私はハンカチで涙を拭いてから、コルティと視線を合わせた。
「今、ゾーレンス様は……」
「……ああ。流行り病で。リラヴェーン様も?」
「ええ。お二人のおかげで、二家も争いの無意味さに気付いたのよ」
「そうかもしれないな……」
二人で空を見上げる。お二人は誰の目も気にせずに穏やかに過ごされているのだろうか?
私たちは話を続けた。
お互いに手紙を出すことを頼まれていたこと。そして……自分たちがいなくなっても、代わりに返事を書き続けて欲しいと。
私とコルティはお互いに返事を書き続けていたのだけど、ある日から文章の雰囲気が変わったことに気付いた。
懐かしい景色を思い起こさせるような文章。私だけが知っている孤児院の景色を思い出していた。
だから、手紙のお相手はゾーレンス様ではないのかもしれないと思うようになった。
それでも、私はリラヴェーン様として返事を書き続けていた。
「俺も気付いたんだ。俺はゾーレンス様の意志を継いで返事を書いていたけど……相手はリラヴェーン様ではないんじゃないかって」
「じゃあ、同じね。だから……この手紙で最後にしましょうと、最後の手紙をポストオフィスに出しに来たの」
「俺もだ。このままゾーレンス様として書くことは難しい。だから、真実を伝えたいと手紙に書いた」
私たちは全く同じことを考えていたのだ。そして、今日。この場所で再び巡り合うことができた。
私は微笑んでコルティの手を取る。
「ねえ、コルティ。この出会いはきっとお二人が導いてくれたのよ。私とコルティ。いつか必ず会おうと約束した私たちのために、お二人が願いを叶えてくださったのね」
「そうだな。俺も……ずっと会いたかったよ、イスメラ」
穏やかな光は私とコルティを明るく照らしてくれる。
その光はリラヴェーン様とゾーレンス様が幸せにねと私たちを応援してくれている気がして、心がふわりと温かくなる。
「コルティ、大好き」
私はずっと秘めていた想いを告げて、私から彼にキスをした。