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朔の君と明け星

作者: 入江 涼子

 昔に、朔の君と呼ばれる女性がいた。


 彼女は新月の夜になると、よく外に出る。普段は布を巻いたりして隠す髪や顔を晒して散策をする程度だが。


「……朔の君、斯様な夜中にふらふらと出歩くのは止めてください」


「あら、私は新月の夜でもないと外に出る事ができないのよ。ちょっとくらいは見逃してちょうだいな」


「それでもです、俺はあなたがいつふらちな輩に見つかるかと肝が冷える日々ですよ」


「……()(ぼし)、心配し過ぎよ」


「あなたの場合は心配し過ぎが丁度良いくらいです」


 朔の君に従者もとい、明け星は手厳しい。まあ、過保護とも言えるか。二人に侍女や他の従者達は生温い目で見守る。明け星は朔の君に淡い想いを寄せていた。周囲は気づいているが、知らぬは本人ばかりなりだ。明け星は飄々と聞き流す主にため息を小さくついた。


 朔の君は実名を真夜(まよ)と言った。真夜は自身の幼い頃をあまり、覚えていない。それどころか、両親や兄弟達の顔も知らなかった。

 当然ではあった。真夜は赤子の頃にこの社の前で捨てられていたからだ。赤子用の揺り籠に入れられ、僅かな衣類と「真夜」と書かれた文と一緒にだが。彼女を偶然に社に仕えていた老巫女が見つけて保護したから、何とかなったけど。

 仕方ないからと老巫女は弟子であった巫女達と一緒に、真夜を養育する事を決めた。

 真夜にとって老巫女こと、椎那(しいな)や姉弟子達は母でもあり、姉とも言える存在だ。後に、真夜は月の巫女としての能力が発現した。それからは生活も何もかもが一変する。

 真夜は椎那達と引き離された。この東和国の守護神たるツクヨミの神に仕えるため、朔の宮に連れて来られる。宮に来てから、護衛兼従者として引き合わされたのが明け星だ。真夜は周囲から、「朔の君」と呼ばれるようになった。こうして、十年が経とうとしていた。


 また、新月の夜が来た。この夜が来ると真夜の髪や瞳は真っ黒になる。普段、彼女の髪や瞳は銀色だ。肌も白いから、布などで隠している。こっそりと宮から出て、庭をいつものように散策した。今は真冬だから雪が薄っすらと積もっている。空気も冷たくて刺すような寒さだ。

 さくさくと地面を踏みしめながら、地上を煌々と照らす満月を見上げた。が、背後から気配を感じて真夜は素早く振り返る。


「……何だ、明け星だったの。驚かさないでよ」


「朔の君、また外に出て。懲りませんね、あなたも」


 いつものように軽口を叩き合う。けど、明け星はどこか不機嫌そうだ。月明かりだけの中、真夜は勘で気づく。


「明け星、あなた。何かあったの?」


「何もありませんよ」


「いや、絶対何かあるって。でなかったら、こんな夜中に来るわけがないわ」


 真夜が言うと、明け星は苦笑した。いつもとは違う表情に目を見開く。


「……さすがにあなたは勘が良い、確かにありました。ですが、ここでする話でもないですね」


「分かったわ、中に入りましょう」


 仕方なく、真夜は頷いた。明け星と二人で中に急いだ。


 明け星は自ら、茶器に緑茶を注ぐ。それを真夜と自身の前に置いた。


「で、明け星。話って何なの?」


「はい、単刀直入に言いますね。朔の君、あなたに縁談がありました。お相手は陛下の弟君たる白夜の宮様です」


「え、白夜の宮?あの方、私よりは一回りも上のはずよ?」


「確かにそうですが、陛下はこの縁談に意欲的です。新しい月の巫女、朔の君がお生まれになりましたから」


「……そう、確か。陛下の二番目の姫宮様だったかしらね」


 真夜が言うと、明け星は頷いた。


「左様です、女二宮様が新たな朔の君に選ばれました。この方が大きくなられるまではあなたが朔の君のままですが、陛下は難色を示しています」


「ふうん、早く私をここから追い払いたいわけね。まあ、孤児だし。身分も平民だから、邪魔になったと言いたいんでしょ」


「朔の君……」


 明け星はずばずばと言う真夜に困り顔だ。けど、否定はしない。


「申し訳ありません、俺が不甲斐ないばかりに」


「いいのよ、明け星は今まで良くしてくれたわ。まあ、仕方がないかしらね」


「せめて、俺があなたを迎えられたら良かったんですが」


 明け星の言葉に真夜は驚きを隠せなかった。まあ、何となくは察していたが。けど、本当に彼が言うとは思わなかった。


「あ、明け星。滅多な事は言わない方がいいわ」


「俺は本気です」


「誰が聞いているか分からないから、言っているのよ。悪いけど、この話はこれで終わりね!」


「……分かりました」


 明け星は不承不承ながら、頷いた。真夜は寝所へと引き上げた。明け星はそれを悩ましげに見送ったのだった。


 あれから、二月が経った。真夜は相変わらず、いつもと同じように過ごしている。

 明け星も昔と同じく、護衛兼従者として仕えていた。真夜は常の日課としている朝の祈りを月神に捧げている。

 簡単に済ませると小さなお社を出た。元の朔の宮に戻ると何やら、中が騒がしい。おかしく思った真夜は付き添っていた侍女に探りに行かせた。しばらくして、侍女が戻って来る。


「あの、朔の君。どうやら、白夜の宮様がこちらにお越しになったようです」


「宮が?」


「はい、何やら。朔の君をお迎えに上がったとかで」


 真夜はいきなりの事に思考が追いつかない。白夜の宮が自身を妻に迎えるのはまだ、先の事だったはず。何やら、きな臭い感じだ。


「じゃあ、私が行くわ」


「お待ちください、今は明け星様が応対しています。このまま、お部屋に行きましょう」


「分かった」


 仕方なく、真夜は頷いた。侍女達と共に自室に戻る。それでも不安や胸騒ぎは消えなかった。


 夕刻になり、明け星が戻って来た。真夜は彼が無事な事に安堵の息をつく。


「朔の君、白夜の宮様はお帰りになりました」


「そう、あなたに怪我が無くて良かったわ」


「心配し過ぎです、俺はそんなに弱くないですよ」


 明け星は苦笑しながら言う。真夜は途端に、恥ずかしくなる。


「なら、良いわ。白夜の宮は何の用があっていらしたの?」


「……あなたを我が屋敷に迎えたい、陛下の命でもあるとおっしゃっていました。すぐにお帰りいただきましたが」


「え、それは宮は怒っておられるかもよ?」


「構いません、俺にしたら。ふざけるなと言いたいくらいです」


「……はあ」


「では、俺は失礼しますね」


 真夜は頷いた。明け星は軽く辞儀をすると、退出したのだった。


 四月から、さらに三月(みつき)が過ぎた。季節は秋になっている。暦も七月になったが、暑さはまだまだ続いていた。


「朔の君、明け星様がいらっしゃいました」


「え、本当に?」


 侍女が頷いた。真夜は嬉しくなる。最近、明け星は故郷に帰省していた。そんな彼が久しぶりに戻って来たのだ。気持ちが浮足立つのも仕方がなかった。


「朔の君、只今戻りました。遅くなってしまい、申し訳ありません」


「あなたが無事なら、それで良いのよ」


「……あの、ちょっと大事な話があります。よろしいでしょうか?」


「大事な?分かったわ」


「では、人払いをお願いします」


 真夜は再度頷き、侍女の一人に目配せした。皆、察して部屋を静かに退出する。人の気配が無くなったところで明け星は真夜のすぐ近くまで来た。


「……ありがとうございます、あの。朔の君、あなたを迎える準備が整いました。これから、一緒に俺の故郷に来てください」


「……はい?」


「今は説明をしている暇はないんです、急いでくださいね」


 仕方なく、真夜は頷いた。慌てて、自身の身支度を始めたのだった。


 動きやすい少年の衣を纏い、真夜は少ない手荷物と共に明け星の元にいた。


「急がせてすみません、ここからは馬に乗ります。口は閉じていてください、舌を噛みますから」


「分かった」


 頷くと、明け星は真夜が乗馬するのを助ける。自らも鞍に跨ると腹を蹴った。手綱を持つと馬は電光石火の如く、走り出した。


 一刻(いっとき)は走ったろうか。明け星は馬をしばらく、休ませた。

 そうしたら、また走り出す。夕刻になると駅にたどり着き、馬を替えた。

 これを何度か繰り返した。確か、明け星は都から馬で三日程走らせた先に故郷があると言っていたか。真夜は明け星が操る馬の(たてがみ)に掴まりながら、思い出す。彼は巧みに手綱や膝などで馬に指示を出した。互いに無言で三日間を過ごした。


 三日目の夕刻に、明け星の故郷である蒼月(あおづき)の里にたどり着く。里の長たる明け星の父や兄が出迎えてくれた。


「おお、明け星。また、帰って来たと思ったら。そちらの稚児(ちご)は誰ぞ?」


「父上、こちらは稚児ではありません。俺の主人の朔の君です」


「な、朔の君?!お前、冗談も大概にしろ!」


「いえ、本当に朔の君でいらっしゃいますが」


「……仕方ない、明け星はこうと決めたらなかなか引かないからな。父上、朔の君を我が家に通したらどうでしょうか?」


「……耀(あかる)、お前は。分かった、朔の君。むさ苦しい所ではありますが、中へ」


 仕方ないとため息をつきながら、父である長は中に入るように促す。明け星は先に降りて真夜が降りるのを手伝う。その後、長や兄の耀は二人を通してくれた。


 明け星は真夜に湯浴みと食事を優先するように言った。すぐに、長の妻で耀、明け星兄弟の母でもある鏡子(きょうこ)や侍女達がやってくる。皆で真夜をお湯殿(ゆどの)に案内してくれた。木で作られた浴槽にたっぷりのお湯が張ってあり、真夜は数日ぶりにゆっくりと体を温める事が出来た。髪や体を侍女達が丁寧に洗い、清めてくれる。半刻(はんとき)程はお湯殿にいたろうか。水気を拭いながら、髪を櫛で梳いてもらう。しばらくして、夕餉も運ばれて来た。蒼月の里ではよく()れるらしい、川魚の鮎の塩焼き、山菜の汁物、沢庵漬け、姫飯(ひめいい)がお膳に載っている。

 真夜は残さずに完食した。宮にいた頃より、お腹が空いていた。食事が美味しく感じられたのも大きい。鏡子や侍女達は早めに休むように言った。真夜はこの日、疲れていたのもあったからか。寝所に着いたら泥のように眠りについた。


 しばらくは何もせずに過ごした。真夜はこの間は明け星に会わず仕舞いになっている。代わりに、鏡子や侍女達とお喋りに興じたり、手習い、刺繍などをやりながらのんびりとしていた。蒼月の里は緩やかで長閑な場所だ。都とは大違いだ。そんな事を思いながら、真夜は今日も手習いに集中していた。


「……真夜様、若君がお越しになりました」


「あ、分かった。ちょっと、待ってね」


 真夜は急いで筆を置き、手習いに使っていた紙を片付ける。そうしたら、髪や胸元を軽く直す。慌てて、侍女に付いて行った。広間に明け星が待ち構えていた。が、彼は常とは違い、都人が着ているような正装を纏っている。


「あ、明け星。久しぶりね!」


「……真夜様、お久しぶりです。実は陛下から、あなたを奥方として迎えても良いと許可を戴いてきました。随分と待たせてしまい、申し訳ありません」


「え、あなた。私を迎えるって、本気なの?!」


「はい、あなたを奥方にするために長い時間が掛かりましたが。白夜の宮は本当に手強かったですよ」


「……」


 真夜は驚き過ぎて二の句が継げない。明け星はにこやかに笑う。しばらく、侍女達は生温い目で二人を見守っていた。


 明け星と真夜は婚儀を済ませ、正式に夫婦になった。二人は仲睦まじく、子宝にも恵まれる。明け星は蒼月の里の西側に屋敷を建てて、そこに居を構えた。兄の耀をよく支え、里を治めた。

 真夜はそんな明け星を助け、良妻賢母と皆から讃えられる。そう、書物には記されているようだ。


 ――完――

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