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5 ランドルフ宝飾店

 グランデはドワーフの長から手渡された、一枚の古地図と金塊を持ってとある市街地に出現した。いでたちはいつもと変わらずジャージ姿である。竹定規は懐にしまいこんでいた。特に必要ないだろうと思ったからである。

「ランドルフ宝飾店ねえ」

 地図には手がかりとなる店の名前が記されていた。なんでも数百年前に、当時のドワーフの長がここの店主に使われなかった最後のギンメルリングを渡したということであり、何もなければそのリングが保存されているはずだからである。

「あんまり信用できないわね」

 そのリングはドワーフの技を知りたいと切望した店主が森の奥深く分け入り、見つけ出したドワーフと交渉の末に譲ってもらったという品らしかった。店主はそのリングを調べて精巧な細工物を作り店を大繁盛させたが、当のギンメルリングは手放さなかった。それを失くしたら商売が傾くと信じ込んでいたためである。

「あった、ここね」

 思ったより立派な店構えであった。ジャージ姿で入っていいものか迷うような、そんな格式のある店だったが、グランデはかまわずずかずかと店内に入っていった。スーツを着た店員が素早く近寄ってくる。どう見ても不釣合いだからであった。

「お客様」

 寄ってきた若い男性店員に、グランデはこう告げた。

「ギンメルリングの件でミスター・ランドルフにお会いしたいんだけど。私はグランデ・エミリ・カワサキ。悪いけど急いでいるの」

「ギンメルリング?」

 店員がけげんな顔をする。グランデは持ってきた古い地図を渡した。

「これを渡してもらえば分かると思うわ。本物よ」

 羊皮紙でできたそれを受け取った店員の顔がだんだんと青ざめてきた。何度もグランデの顔とその地図を交互に見る。

「あの、まさか……」

 グランデはもう面倒くさい気分になっていた。これだから人界は嫌なのである。

「そのまさかよ。店の言い伝えにある魔王の使いが私。今回用事があってギンメルリングを借り受けに来たのよ。ちゃんと借り賃も用意してきたわ」

 彼女はそう言って持ってきた小さな金塊をポケットから出して見せた。

「しょ……少々お待ち下さい」

 店員は逃げ腰になり、古地図を持ってあわてて店の奥に入っていった。

(嫌ねえ)

 その地図には初代の店主がドワーフの長と交わした誓約文が記され、そこには血判が押されていた。誓約文にはドワーフ達を治める魔王の使いが現れた場合は、すぐさまその命令に従うこととある。その古地図の片割れのレプリカが店の壁に掲げられているのを眺めながら、グランデは店内に突っ立ったまま店員が戻ってくるのを待っていた。

 ほどなくしてバタバタいう足音と、眼鏡をかけた若い男が店の奥からさっきの店員と一緒にやってきた。グランデは店内にある別室に通され、大きな丸テーブルの前に座らされてコーヒーを出された。正面には眼鏡の若い男が座り、さっきの地図と古ぼけた小さな木箱をテーブルの上に置いた。

「グランデさん……でよろしいでしょうか。僕はディラン・K・ランドルフと申します」

「そうよ」

 つっけんどんに彼女は答えた。どうやらこの眼鏡の若い男が店主らしかった。ドワーフの長から聞いた話では店主は老人だったのだが、いつの間にか代がわりしたようだった。

「ずいぶんと若いのね。結構な年のご老人って聞いたんだけど」

 あの、とランドルフが言った。

「先月祖父が死去しまして、急遽僕がこの店を継ぐことになりました。ギンメルリングの話は聞いています。しかし、正直信じてはいません。なのでそのリングはここにありますが、お渡しはできません。あなたが本物であるかも分かりませんので」

(まあねえ)

 そう思われるのも無理はなかった。なにしろグランデ本人にだって、うさんくさい話にしか思えないからである。それなら、と彼女は言った。

「何を、と言うより何から証明すればいいかしらね」

 ランドルフは彼女を見て言った。

「まずあなたについてお聞きしたいのですが。僕はギンメルリングについての言い伝えをまったく信じていませんし、魔界だの魔法だのと言ったたわごとも嫌いです。それにどこからあなたがこの、高価な細工物についての話を聞き込んだのかそれもお聞きしたい」

(ま、そうよね)

 グランデはこのエリアの出身ではない。人種からして違うのだ。なので若い店主が詐欺ではないかという疑いを抱くのはもっともであった。しかしそんな店主をどうやって説得するか悩みどころではある。

「私はグランデ・エミリ・カワサキ。極東にある小島の出身よ。今は魔王軍で地精将っていう役職に就いているわ。仕事は地精達をまとめることと魔界の治安維持。上役は魔王軍統括総司令、サーキュラー・ネフィラ・クラヴァータ。そのリングについては、魔王様の側近から同じものを作ってほしいと頼まれて探しにきたの。ここを見つけたのはドワーフ達で、彼らは目立ちすぎるので私が来たのよ。これでいいかしら」

 名刺がないわね、と彼女は言ってランドルフの顔を見た。困惑した顔でランドルフは彼女を見た。

「それが与太話でないという証拠を見せて欲しいのですよ」

「どんな証拠?」

「たとえば……」

 そう言ってランドルフは言葉を切った。それから少し考えて言った。

「魔王の側近の名は……」

「セラフィムよ」

 間髪を入れずに彼女は答えた。ランドルフはまた質問をした。

「ドワーフ達はどこにいて、いつも何をしているんですか」

「地底にある彼らのすみかよ。魔界にある鉱山での採掘や加工を一手に担っているわ。宝石、輝石類も彼らの管轄よ」

「あなたの上司について教えて下さい」

 ちらっと彼女はランドルフを見た。

「金色の髪をした巨大なジョロウグモの化身よ。風を操って数千もの距離を飛ぶわ。女癖が悪くて大変だけど、その分情に厚いわね」

 困ったような表情でランドルフは彼女を見た。完全に騙りだと思っていたが、どうにも判断がつかないという風情であった。

「まだある?」

 思ったより手強いと感じたらしく、ランドルフはこんなことを言い出した。

「あなたは何ができるんですか? 魔界の存在なら何かそれらしいことができますよね。やって見せて下さい」

 グランデはくすっと笑って言った。

「そうくると思った。じゃ、そうねえ、ここで一番古株の彼女の話でも聞いてみる?」

 グランデは椅子から立ち上がると、部屋に置かれている壁際のショーケースに近寄ってガラス棚の中を覗いた。そこには大人の親指ほどもあろうかという、大きな黄色い石がブローチ台にセットされて置かれていた。

「ずいぶんと古い石ね。今はもうこれほどのものは出ないでしょうね」

「それがお分かりですか」

 少々意外なようにランドルフは言った。グランデは答えた。

「ええ。東の大陸から持ってきたものでしょう。もともとは異民族の寺院に飾られていたものだわ。それを持ってきてこっちのデザインに仕立てたのね。台に合わなかったので少し削ってあるわ」

「なぜ分かるんです」

「見れば分かるのよ」

 地精将という職種について、ランドルフはほとんど理解していなかったようであった。ぽかんとしている彼を尻目に、グランデはしまってあった竹定規を取り出した。

「さすがに綺麗にしてあるわね。じゃあちょっと呼んでみましょうか」

 グランデは竹定規をテーブルに当ててピシッと鳴らした。ピシッ、ピシッと二回ほど甲高い音が鳴り響くと、そのショーケースの前にもやもやとした影が現れ、やがて女性の姿となった。今はもう流行りでない大きく膨らんだスカートをはき、開いた胸元にはさっきのブローチが飾られていた。

「お初にお目にかかります、グランデ様」

 女性がグランデに挨拶をした。グランデが返す。

「こちらこそはじめまして、だわね。眠っているところを悪かったわ。頭の固いあなたの御主人を説得して欲しいんだけどいいかしら」

 おや、という感じでその女性はそこにいるランドルフを見た。それからグランデにしたように頭を下げた。

「トパーズのティーダと申します。長年ここの宝飾店にお世話になっております。以後、お見知りおきを」

 ランドルフの方はと言うと、すっかり魂を消し飛ばされた顔をしていた。顔を上げたティーダにグランデが言った。

「ギンメルリングを借りにきたんだけど、あなたのご主人が信じてくれないのよ。全部終わったらちゃんと返すんだけど」

 ティーダが驚いて言った。

「ギンメルリング! 魔王様がご結婚されるのですね。何百年ぶりでしょうか」

「そうなの」

 グランデはランドルフを見た。ランドルフはただただ彼女らの話を聞いていた。

「あんまり間が開きすぎて、こっちも誰も細工の仕方を知らないのよ。それで貸してほしいの。同じものができたらちゃんと返しに来るわ。約束する」

 やっとランドルフは我に返ったようだった。しばらくグランデとティーダを交互に眺めていたが、こう言ってきた。

「……今までの話は全部本当なんですね」

「そうよ」

 複雑な表情でランドルフはグランデを見ていたが、だんだんと納得したらしく、それなら、とつぶやいたのが聞こえた。

「魔界で同じものを作るんですか」

「そうよ。終わったら返すわ」

 何ということもなしにグランデは答えた。ランドルフはテーブルに歩み寄ってそこに置いてあった古ぼけた木箱を開け、中身を見せた。赤みがかった金属でできた、三連のリングがその箱の中に納まっていた。

「これがギンメルリングです」

 グランデとティーダは思わず中を覗き込んだ。そしてすぐティーダは顔を背けた。

「これは……きつすぎます。わたしには見ていられません」

 いいのよ、とグランデは声をかけて自分はじっとその指輪を見つめた。あの、とランドルフが言った。

「何か他のものと違うんですか。僕には分かりませんが」

 彼女はランドルフを見て言った。

「分からないのは幸せね。凄まじい呪物なのに」

 ティーダが後ろで身震いした。そして二人に声をかけた。

「すみません。もういられません。そのリングはわたしには……」

 そして不意に消えた。床に落ちた大きなブローチを拾い上げ、グランデはそれをランドルフに渡した。

「少し休ませてあげて。もともと強くないのに無理させたから」

 そのブローチがあったガラス棚を見上げ、ランドルフはその棚に鍵がかかっていることに気がついた。彼はガラス棚から視線を戻し、グランデと木箱の中に視線を移した。

「それを持っていくんですか」

「悪いけど少し借りるわ。戻しに来るから大丈夫よ」

 それなら、と彼はグランデの顔を見た。

「僕も行きます。それだけを渡すわけにはいきません」

 グランデはあきれたようにランドルフを見た。

「全然信用されてないのね」

 いや、とランドルフは否定した。

「違います。ドワーフ達の技術を見に行くんです。あなたの言うことはどうやら真実らしい。なら、伝説に残るドワーフの工房と書物にしかない金属類を見せて下さい」

「お店はどうするの」

 ランドルフはドアのほうを見やった。

「古い重役達がたくさんいますから問題ありません。むしろ僕はいないほうがいい」

 なるほど、とグランデは言い、彼をじっと見た。

「大変ね。それなら明日の夜、迎えに来るわ」

 そしてその場からかき消えた。ランドルフは大きな黄色い石のついたブローチを眺め、それからドアを開けて、ガラス棚の鍵を持ってくるようにやってきた店員に言いつけた。

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