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2 帰宅

 戻ってきた魔王を出迎えたのはサーキュラーの母親、カノであった。彼女は取り巻きの黒服達を従えると、あらあらまあまあまあ、と言って魔王のそばに近寄ってきた。

「お久しぶりです、叔母上」

 派手なドレスに着替えた叔母に、魔王は丁寧に挨拶をした。もう日も暮れており、魔王は彼女にもう一泊していくように伝えた。それを聞いたセラフィムが一礼をする。四大将軍らやハンスなど、サーキュラー以外の面々もみな揃っていた。魔王はサーキュラーが遅れてくることを言い、申し訳ない、と留守を頼んだことの礼と詫びを述べた。

「あらいいのよ、そんなこと」

 カノは答えた。母親だけあってカノはサーキュラーにそっくりである。よく見ればやや背も低いし線も細く別人であることが分かるのだが、同じ服装をすると遠目でちらっと見たくらいでは分からなかった。それを使って今回、魔王は彼女にサーキュラーの服を着て城内にいてくれるように頼んだのである。

「だってふーちゃんのお願いですもの。それにしても本当に魔王になるなんて思わなかったわ」

 居合わせた一同になんともいえない空気が漂った。魔王が気恥ずかしそうに言う。

「叔母上、その……その呼び方はさすがにやめて欲しいのだが……」

 にっこりとカノは微笑んだ。

「もう本当にねえ、あのふーちゃんが魔王になるなんて。うちのバカ息子なんかどんどんこき使っていいからね。何かあったら頼っていいのよ、ふーちゃん」

「あ、ああ。何かの際にはまた叔母上にお願い……する……」

 カノは魔王に全部言わせなかった。

「いいのよ遠慮しなくて」

「いやその……」

「ほんとにもうふーちゃんのお願いなら何だって聞いてあげるから大丈夫よまったくうちのバカ息子はいつ帰ってくるのかしら遅すぎよふーちゃんを待たせるなんて何考えてるのかしらほんとに使えないったらありゃしない早く帰ってきなさいよほんとにもう……」

「あのすみません」

 カノのマシンガントークをさえぎったのはセラフィムであった。押されっぱなしの魔王に代わって、彼は絶妙なタイミングでカノの話の隙間に割り込んだ。

「なにかしら」

 くるっとカノが振り向く。魔王は聞こえないように大きくため息をつくと、威厳を正して正面を向いた。

「夕食の用意ができましたので、よろしければ」

「あらそう」 

 続いてセラフィムは「お連れ様方の分もありますのでご一緒に」と言った。

「すまないわね」

 カノはヒュッ、と口笛を吹いた。わらわらと城中から黒服の男達が集まってくる。

「ロングホーンとラージワームを十六名分、ご用意いたしました。向こうのダイニングへどうぞ」

 その言葉を聞き、カノは魔王を見て言った。

「相変わらず有能ね、このコ」

 セラフィムが頭を下げる。

「いらなくなったらうちにちょうだい。十七人目にするわ」

 そしてドレスの裾を引きずり、男達を従えて悠然と部屋を出て行った。


 サーキュラーが戻ってきたのは翌朝早くである。こっそりと魔王城内に降り立った彼を見つけたのは、母親であるカノの取り巻きのうちの一人であった。呼ばなくていいと言う彼を無視し、その黒服は大きな声でカノにサーキュラーの帰りを知らせた。

「てめえぶっ飛ばすぞ」

 黒服を締め上げている彼の前に、数人の黒服を従え、帰り支度を済ませたカノが現れた。続いてセラフィムもその後を追ってやってくる。その他の黒服はあちこちに散らばって作業をしていた。四大将軍達はまだ寝ており、ハンスだけが早朝から畑で作物の収穫をしていた。今日の朝市に出すためである。

「やっと帰ってきたかい」

 しょっぱなから小言であった。サーキュラーは集まってきた黒服達を眺め、カノの顔を見た。以前よりもまた人数が増えているようであった。

「で、どの子にするの」

 カノに詰め寄られ、サーキュラーは周囲を見た。黒服達が彼の顔を見る。彼は言った。

「全部金蜘蛛じゃねえか」

「当たり前じゃない」

 あーのーなー、という感じで彼は自分の母親に言った。

「俺は仕事を辞められないって前に言ったよな? それに自分よりでかい婿とか相手が傷つくだろうよ。それ、ちゃんと向こうに言ったのか?」

 サーキュラーは父親が竜族のため、本性に戻った時には金蜘蛛族としては破格のサイズになる。通常の金蜘蛛族の場合は、本性に戻った時に男が女よりも大きくなることは決してない。それは金蜘蛛族の女にとってはプライドでもある。金蜘蛛族は強力な母系社会のため、たとえ大きさだけでも女が男に負けることは許されないのだ。

 カノは視線をそらした。そこへ魔王がやってきた。セラフィムからカノとサーキュラーがなにやら揉めているとの知らせを受けて、様子を見に来たのだった。

「戻ったのか、サーキュラー」

 実はさっきまで寝ていたから、あくびをかみころしながらの登場であった。それでも彼は魔王らしく見えるようにちゃんと身なりを整え、重々しい雰囲気をかもし出せるように気を配っていた。

「あらふーちゃん、早いわね」

 それをすべて台無しにするカノのセリフであったが、魔王は耐えた。しかし代わりにサーキュラーが文句を言った。

「何だよその言い方は。ちゃんと魔王様って言えよ」

 カノは譲らなかった。

「ふーちゃんはふーちゃんよ。それに名前を思い出せないし」

 これは彼が魔王位を継いだ時のことに由来する。呪殺予防のため、魔王になる者はそれまでの名前か一族すべてとの関わりかのどちらかを剥奪される。彼は名前を捨てたので、いまや彼の名はカノはおろかサーキュラーさえも分からない。親兄弟、それに直系の祖父、祖母はいずれの場合も関わってはならないとされていた。

「それはともかく、そろそろ出発ではないのか、叔母上」

 カノが集合をかけたので、黒服達はみなそこに集まっていた。ぱらぱらと四大将軍達もその場に集まってきている。セラフィムが見送りをするように声をかけたのであった。

「あら済まないわね」

 後ろのほうからセラフィムが出てきて、カノに紙包みを渡した。滞在への謝礼である。カノはそれを受け取ると手近な黒服を呼んで渡した。黒服はさらに彼らのリーダーらしき男にその紙包みを渡した。

「悪いな、じい。後は頼む」

 サーキュラーがリーダーらしき男に言うとその男はうなずいた。カノがそれを見届けて言った。

「じゃあこれで失礼するわね。何かあったらまた手伝うわ」

 男達にかしずかれてカノは城内から出て行った。城の前に横付けにされた、引き手のいない馬車に乗り込む。すると数人の男達が馬の位置につき、大きな蜘蛛の姿に変わった。残りの男達はそれぞれ飛行糸を飛ばし、ふわふわと空中に舞い上がった。

「じゃあね、ふーちゃん」

 大きな蜘蛛の引く馬車が動き出す。それを追うように空中から黒服の男達がその後をついていく。やがて馬車はスピードをあげてかなりの速度で城下町から走り出ていった。


 叔母を帰し、魔王はあくびをしながら王座に向かった。また寝てもよかったのだがセラフィムが大量の書類を持って後ろをついて歩いており、どうもそういうわけにはいきそうになかった。ついでにサーキュラーと四大将軍達も何か言うことがあるようだったので、仕方なしに彼は謁見の間で王座に座ったのだった。

「ご苦労であった」

 鷹揚なふりをしつつサーキュラーにそう声をかける。は、とサーキュラーは姿勢を正して彼のことを見た。

「人界で捕らえた御使いのことですが」

 ああ、と魔王は言った。黒髪のウリエルのことである。捕らえたものの彼らに預けて放置してあったのだった。使い道があるとは言ったが使えるかどうかは分からない。それもあって彼はウリエルをそのままにしておいたのである。

「どうされますか、魔王様」

 ウリエルは魔王城の地下牢に閉じ込めてあった。その見張りで魔王軍は数名の人員と四大将軍の誰かを一人、毎日用意しなくてはならない。面倒であるし四大将軍の誰も行けない時はサーキュラー自身が行かなくてはならないので、正直どうにかして欲しいというのが彼の本音であった。

「セラフィム」

 魔王はセラフィムを呼んだ。はい、とセラフィムは大量の書類を持ったまま素直に彼のそばに来た。

「確か酒欲しさにスパイを申し出てきた御使いだったな」

「そうです」

 セラフィムとサーキュラーがうなずいた。魔王は言った。

「首輪をつけろ」

 はい、とセラフィムは答えた。

「ついでに思いつく限りの贅沢をさせてありったけの酒を持たせて帰してやれ」

 サーキュラーの顔が少しだけこわばった。セラフィムは特に表情を動かさなかった。ただしこう言った。

「消滅を待つのですか」

 魔王はそれには答えず、こう続けた。

「失敗したら堕とせ。いいな、セラフィム」

「かしこまりました」

 セラフィムは一礼してその場から下がった。サーキュラーも敬礼をして謁見の間を去った。無人の広大な部屋で、魔王はぐったりと王座に座り込んでいた。


 彼は魔王なのだ。セラフィムとサーキュラーはそのことを改めて思いながら、ぼんやりと城の裏手を流れる用水路の近くに座っていた。

「座ってても仕事は進まないぞ、セラ」

 セラフィムが返す。

「サーキュラーさんこそ、沢山することがあるでしょう」

「たとえば」

「見合いとか」

 ずいぶんこなれてきたもんだと、セラフィムの返しを聞きながらサーキュラーは思った。セラフィムはセラフィムで、魔王の処置を嫌がるサーキュラーの気持ちが痛いほど分かった。友人の変貌を見るのは辛いものなのだ。

「名を捨ててもああなんだな」

「しかたありません」

 言いながらセラフィムも後味の悪い気分だった。こういう判断が必要な時もある。しかし敵方とはいえ表情も変えずにその判断を下した魔王に、彼はわずかに違和感も覚えたのだった。サーキュラーもそうだったのだろう。だからぐだぐだ言っているのだ。

 こちらにちょっかいを出してきた天界の連中がいけないのだ。そう二人は思うことにした。今回のウリエルに対する魔王の処置だって、彼がフーシャ姫に攻撃を仕掛けてこなければもっと寛大だったはずだ。ミカに至っては消されたほうがましであった。

「御使いにあの処置はきついな」

 セラフィムは小川の流れを覗き込んだ。

「神々ではないですからね。仮に正気を保っていても唯一神に消されます。後は……堕ちるかですね」

 サーキュラーは川べりに寝転がった。

「堕ちたら今度はミスリルの採掘現場か。グランデが嫌がるな」

 堕天使は好かれない。プライドばかり高くて作業ができないからだ。それゆえたいていの者は自滅していく。辛気臭い顔をしているサーキュラーにセラフィムは言った。

「どうにもならなかったらわたくしが潰します。魔王様のご命令ですから」

 セラフィムはそこから立ち上がった。サーキュラーはその後姿を見送り、しばらくぼんやりと寝転がったまま空を眺めていた。

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