16 ランドルフ宝飾店にて、再び
次回最終話です。
正面のドアが開いた。中にいた店員が条件反射的にいらっしゃいませ、と言う。それから入ってきた相手の顔を見て驚いた。
「ランドルフさん!」
その声で他の店員が集まってきた。最後に一番奥にいた古株の店員が彼のところにやってきた。
「今までいったいどこに行っていたんです。心配しましたぞ」
ああ、と彼はすまなそうに言った。だいぶ痩せて顔色もよくなかったが、足取りはしっかりしており声にも張りがあった。
「後で話すよ。長い間留守にしてすまなかった。ミスター・パーシモン、迷惑をかけたね」
いえ、とパーシモン氏は言った。とりあえず奥へ、ということで彼は事務室にある自分の机に座らされた。一通り積まれている書類に目を通し、未開封の手紙類を処理する。それらの作業が終わった頃に若い店員が紙コップでコーヒーを持ってきた。ガークだった。最後に彼を見た時の状態が状態だったので、気になってやってきたのである。
「もう大丈夫なんですか。あの……ゾンビみたいでしたけど」
はは、と彼は笑った。
「治してもらったよ。君達も大変だったね」
「あ、はい」
ガークとザッツにはあれ以来、ウリエルからの呼び出しはなかった。なのでもういいのかと思う反面、二人ともいつ呼び出されるのかと心の休まらない日々が続いていた。
「そうだ、君とザッツに渡したいものがある。例の彼から預かったんだ」
は、とガークの顔が凍りついた。彼の腕にはまだ刻印が残っている。ザッツも呼ばれた。二人はおっかなびっくりランドルフの元へと近寄っていった。
「そんなにこわがらなくても大丈夫だよ」
ランドルフは封筒を二つ取り出した。それぞれ宛名を確認して二人に渡す。二人は中を見て入っているものを取り出した。
「これ、何ですか」
封筒に入っていたのは大きな真っ白い鳥の羽と、独特の模様が書かれた一枚の紙だった。その紙の裏には手書きで何か文字が書かれていたが、彼らには見たことがない文字だった。
「魔除けだそうだ。万能だと言っていたよ」
鳥の羽はおそらくウリエルのものであろう。それは分かったが紙の方はまったく用途が分からなかった。手紙ですらないようである。
「これ、どうしたらいいんですか」
困惑しきったガークが言った。
「持っていればいいみたいなことを言っていたな。僕も詳しくは聞いていないんだ」
「そうですか」
それから一ヶ月後のことである。ランドルフ宝飾店に数人の客がやってきた。そのうちの一人がそこにいた店員に尋ねる。
「オーナーのランドルフさんはいらっしゃいますか」
顔は若かったが見事な白髪であった。後ろにいるのは紺色のスーツを着た若い大柄な女性で、学校教師のようにも見える。その後ろにはくるぶしまで届く長い髪をした、若いが独特の空気を漂わせた男性がいた。
ランドルフが呼ばれて彼らのもとにやってくる。彼は最初の二人にはどうも、と笑顔を見せたが、後ろの一人を見てその笑顔のまま固まった。
「ご来店ありがとうございます」
来客は先頭からセラフィム、グランデ、そして魔王であった。挨拶を述べながら彼はそうっと魔王のほうを見た。人間に化けた魔王はごく普通に濃い色のスーツを着ており、ぱっと見ではどこかの御曹司のようでもある。しかしその雰囲気はただものではなかった。
「あの、今日はどんな……」
白髪のセラフィムが答える。
「頼まれて品物を取りに来ました。そろそろ保管庫に戻さないとまずいらしいので」
急いでランドルフは別室を用意し、三人をそこに招きいれた。ガークとザッツを見つけ、彼らに手伝うように言いつける。数分後、ガークとザッツが金庫とお茶を手にやってきた。ランドルフは彼らにも同席するように言い、二人は縮こまりながら部屋の隅に立った。
「本はここです」
ランドルフは金庫を開けた。セラフィムがそれを手に取る。ぱらぱらとめくり、どこかへとしまった。
「あの、ウリエルさんはどうしたんですか」
セラフィムはちらっと奥に控えている魔王を見た。構わぬ、と魔王は言った。
「煉獄行きになりました」
えっ、と壁際のガークが言った。ザッツも目を見開いてセラフィムを見た。
「罪状は反乱罪です。まあ、その……」
ここでセラフィムは思わず小さく笑ってしまった。魔王が困ったような顔をする。
「こちらには来られないのでわたくしが代理で来ました。それからグランデさん、それを」
グランデが小さな木箱を取り出した。中を開けると三連のリングが布にくるまれ、きっちりと収められていた。
「どうもありがとう。おかげで完成したわ」
ランドルフはその木箱を受け降り、布をほどいて中身を確認した。どこにも傷や欠けのない、預けたままのギンメルリングであった。
「どんなものができたんですか」
興味を引かれてランドルフは思わずこう言った。それを聞いた魔王が左手の甲をこちらに向け、目の前にかざす。そこにはオリハルコンでできた指輪がひとつ嵌められていた。残りのふたつは布張りの小箱に収められ、彼の前に差し出された。
(本当によかった)
グランデはそのリングを見ながら周囲に気づかれないようにため息をついた。そう、ハンスが市場で受け取った謎の金属は、やはり彼女がさんざん探し回っていたオリハルコンの地金だったのである。
グランデはあのあと魔王城中を歩き回ってハンスを捕まえ、荷物を出させて市場の売上を漁った。ざるだのナタだのの大量の雑多な物品の中に、ぽろんと彼女の目当ての小箱は転がっていた。
「よいものができた。礼を言う」
ありがとうございます、とランドルフは答えた。魔王は彼を見て言った。
「予後を見に来たのだが、もう大丈夫そうだな。また跳ばれると大変なのでわざわざ来たが、ウリエルはきちんと治療をしたようだ」
それで彼はここまで一緒にやってきたのだった。旧世界者の痕跡がランドルフの体内に残っていないか確認し、あれば取り除いて戻るつもりだった。
「何かあったら連絡をするがよい。済まぬがこれで戻る。ひとを待たせているのでな」
魔王はそう言うと指輪の入った小箱を回収して椅子から立ち上がり、すっとその場から消えた。ガークとザッツが口を開けているのを見ながら、ランドルフはお二人は、とセラフィムとグランデにたずねた。
「普通に歩いて帰りますよ」
おかしそうにセラフィムが言った。
「全員消えたら困るでしょう」
グランデも笑いながら答えた。ガークとザッツは我に返って部屋のドアを開け、彼らが立ち上がるのを待った。
「では」
「またね。ティーダによろしくって言っておいて」
そう言って二人が立ち上がったところで、グランデがあ、と言った。
「魔王様、ここでお買い物するって……」
「おっしゃってましたね。忘れて帰られましたけど」
うーん、とグランデが言う。
「姫様へのプレゼント、どうするのかしら」
「何かこちらで買って届けますか」
店内を移動しながらいいえ、とグランデが言った。ガークとザッツはランドルフに戻っていいと手振りで示され、店の奥に引っ込んだ。ランドルフは付いてきて店舗ドア前で一礼をした。
「やめておいたほうがいいと思うわ。もし魔王様が選んでないと知ったら、姫様、キレちゃうわよ」
セラフィムは不可解な表情になった。
「よくわかりませんが、難しいのですね」
店のドアを開けてもらいながらグランデは言った。
「そうねえ……難しいわね」
あまりにもグランデが考え込んだ顔になってしまったので、セラフィムのほかに、後ろについてきたランドルフも彼女の顔を見てしまった。
「神様に恋愛沙汰についてレクチャーするのは私には不可能だわ」
えっ、とランドルフが言うのを無視して二人は店外に出た。いい天気であった。