15 弾劾裁判
ウリエルは天界にある裁きの間に呼び出されていた。正面には唯一神、その両脇には人界で大天使と呼ばれる等級の上級御使いが並んでいる。彼と同等の階級を持つ者達だ。かつてセラフィムがいた場所にはメタトロンが立っていた。
重々しく唯一神が口を開く。
「お前は御使いの身でありながら私を裏切り、魔界の者達と通じた。その罪は重い」
メタトロンが憐れむように彼を見て言った。
「快楽に身を浸し、戻れなくなったとは。魔樹の実は甘かったとみえる」
けっ、とウリエルはそこにつばを吐いた。
「ゼラフを追い落とせてよかったな、エノク。これからはてめえの思うがままだ。頭のいかれたジジイを操って好きなだけ権力を振るうことができるぞ」
周囲に立ち並ぶ御使い達が真っ青になる。それと対照的にメタトロンは真っ赤になった。
「その名を呼ぶな」
ウリエルは乾いた声で笑った。
「それもてめえだろうよ。なぜ認めない」
ウリエルは続けた。
「天界に引き上げてもらうために、人間だったてめえは仲間の見つけた旧世界者の化石を奪い取り、ジジイに売った。その功績でジジイに重宝されて満足だろうよ。新しい名前までもらってな」
「許さんぞ、ウリエル!」
はいはい、と彼は答える。
「許してもらわなくて結構だ」
メタトロンの横にいる上級御使いから声が上がった。
「侮辱はよせ。かつては人間だったかもしれぬが今は我々の仲間ではないか。落ち着け、ウリエル」
「違うね」
彼は即答する。いさめようとした上級御使いは明らかに鼻白んだ表情になった。
「ではなぜそこにいるジジイを止めようとしない? なぜ自分勝手に行動をしている? 旧世界者の化石を人間の若者に与え、怪物を作るようにジジイをそそのかしたのはこいつだ。それを知っていて止めようとしなかったお前達も同罪だよ」
後半のセリフは立ち並ぶ上級御使い達に向けられたものだった。顔面蒼白になる者、そ知らぬ顔をする者、視線をそらす者など様々だったが、いずれも彼の言葉を裏付ける反応だった。
「自己保身の塊だね、皆さん」
ウリエルはせせら笑った。
「保身が過ぎて、大事な『神々の書』が保管庫からなくなったのにも気づきやしねえ。あきれるよ」
違う上級御使いから声が飛んだ。
「まさかお前……」
ウリエルは平然と答える。
「そのまさかだよ。大切な我々の信徒にお貸しした。今頃安全な人界の金庫にしまわれてるよ」
ありえないとの声が上がる。場内は騒然となり、上級御使い達は彼に詰め寄った。
「しゃらくせえな!」
ウリエルが一喝する。
「俺達は何だ? 何のためにここにいる? 我らが親父殿と我々を信じる者を護るためじゃないのか? もし親父殿が道を違えたなら忠告をし、引き戻すのも我々の仕事だろう。違うのか?」
唯一神が一歩前に進み出た。騒がしかった御使い達が静かになる。メタトロンはそのすぐそばに立った。
「私が間違っていると、お前はそう言うのか」
ウリエルは唯一神の顔をじっと見て言った。
「ゼラフは戻ってこない。いいかげん現実を見たほうがいい」
「なぜだ」
ウリエルは光り輝く床に視線を落とし、また唯一神を見た。
「自分の意思で出て行った者を止めることはできない。あいつは自ら魔界へ降りて行った。もう戻っては来ない」
「なぜそう思うのだ」
彼の唯一神を見る視線は悲しげであった。
「そういう感情を執着と呼ぶのです、父よ。すでに我々の手の内は全て向こう側に知られている。いまさらゼラフが戻って来ても我々に勝ち目はありません。魔王もそのことをよく知っている。そしてゼラフ自身もです。だから彼は魔界から動かないし、動こうともしないのです。彼がいれば世界が手に入る、そんなことはもう幻想に過ぎないのですよ」
反逆者だ、そんな言葉が聞こえた。メタトロンだった。ウリエルは言う。
「お前は嘘つきで大罪の塊だよ、エノク。あれだけ洗脳されていたゼラフでさえ、最後は疑問を持ってここを出て行った。俺達が残っているのはここから出て行けないからに過ぎない。ここ以外に俺達の居場所はないんだ」
その眼光にメタトロンがひるむ。
「お前はどうだ? 望めば地上に降りることもできる。お前がそうしないのはここで、そのクソジジイを操って私利私欲を貪ることを覚えたからだ。自分の意に沿わぬ者を消滅させ、すべて自分の有利になるように物事を運ぶ。さぞかし気分がいいだろうな」
くっくっく、とウリエルは笑った。
「さすがは元・人間さまだ。そんなことは俺達も、魔界の連中だって思いつきやしない。そんなずる賢さを持っているのは人間だけだ。お前はゼラフも、俺達も、魔界の消滅すら願ってる。自分がすべてを手に入れるためにね。そのジジイはそのための道具に過ぎないんだ」
「愚弄は許さぬ!」
メタトロンは巨大な刀身の剣を抜き、彼に飛びかかろうとした。あわてた他の御使い達が彼を避け、唯一神に被害が及ばぬようにガードする。ウリエルはサーベルを取り出すと、メタトロンと向かい合った。
「真面目にやるかよ、バーカ」
そしてヒュンと音を立てて、空中に細い剣先で呪文を刻んだ。
「ガキと遊んでろ」
彼の足元から大量の子供の姿をした御使いが飛び出した。いずれも紺色の髪を持ち、黒いコウモリの翼をつけていた。彼らはのちにルーセットという名をもらい、煉獄の住人となる。それが数百、数千もの数で飛び出してきたのだった。
「待て、待たんか!」
ウリエルは真っ白い、巨大な猛禽の翼を広げて空中に舞い上がる。
「待てと言われて待つヤツはいないね」
そしてその場から掻き消えた。後には混乱した顔の唯一神と、事態を収拾するために否応なく動き出した上級御使い達が残された。