14 御使い製造
魔王とセラフィム、それにサーキュラーは魔王城のとある一室に篭っていた。彼らのいる部屋の中心にはウリエルが天界から持ち出した、御使いの製造機が置いてある。それが稼動しており、そろそろテスト的に作った最初の御使いが出てくる頃だった。
「駄目だったらどうされますか」
セラフィムが機械を見ながら言う。魔王は答えた。
「どうにもならなかったら消滅させる。邪魔なだけだからな」
「はい」
サーキュラーは一歩退いた位置で彼らの会話を聞いていた。もっとも手には強度を上げた捕獲網を用意してある。万が一、出来上がった御使いが危険なようならすぐに捕らえて消す予定だった。
振動が起きて排出口から何かが見えてきた。三人とも注意深くその部分を覗き込む。やがてすぽん、と頭から赤ん坊の姿をした御使いが吐き出された。何の感動もなかった。
「出てきたな」
「そうですね」
その赤ん坊の御使いはくるくると空中で回転すると向きを正し、背中についた小さな翼を動かしてその辺りを飛び回った。翼の色は黒色である。よく見ると通常の御使いの背にある鳥の翼ではなく、コウモリのような膜状の翼であった。
「魔王様にそっくりですねえ」
セラフィムが言った。そうだな、とサーキュラーも同意する。たしかにその御使いの顔は魔王によく似ていた。まだ短い髪も紺色である。赤ん坊の御使いはぱたぱたと羽根を動かして皆のそばまで寄ってくると、魔王の顔を見て「ぱあぱー」と言った。
「ぱぱ?」
魔王が青ざめる。
「ちょっと待て。どういうことだ?」
サーキュラーが言った。
「コレ、姫が戻ってくる前になんとかしないとやばくないか?」
「ですねえ」
セラフィムはそう言ったが、何か納得した様子であった。
「御使い達が唯一神のことを父と呼んでいましたが、本当にそういう意味だったんですね。わたくしはてっきり比喩的な意味だと思っていたんですが」
サーキュラーがそれを聞きとがめた。
「お前ってそういうの詳しいんじゃねえの」
いえ、とセラフィムは言った。
「御使いに関することは天界でも極秘事項ですから。わたくしも唯一神が何をしているのかは実際のところ知らないのですよ」
「そうなのか」
魔王が口を挟んだ。はい、とセラフィムが答える。
「わたくしは部下ではありましたが唯一神と同格でしたから。神々にはそれぞれ秘密がありますから、そのことをめったに他の神々に教えたりはしないんです」
当たり前のような、意外なような話であった。セラフィムは空中を飛び回る赤ん坊の御使いを見ながら続けた。
「御使いは神々より下に置かれます。統括者は唯一神です。まあ最後の頃はわたくしが見てましたが」
魔王とサーキュラーはうなずいた。セラフィムの顔は不満そうであった。いろいろと思い出したらしい。
「ウリエルさんによれば唯一神は旧世界者の化石を所持している、もしくはそのありかを知っているようです。これは彼が御使いだから知っている話で、もしわたくしならば絶対に教えなかったでしょう」
なるほど、とサーキュラーが言った。魔王はその時同じ顔をした御使いにへばりつかれ、返事ができなかった。
「だー」
「離れろ」
赤ん坊の御使いは魔王の頭を抱え込んできゃっきゃと喜んでいた。魔王は振り落とそうとしたが、しっかりしがみついていて離れない。無理やり引き剥がすとギャンギャン泣き出した。
「あの、魔王様」
セラフィムがその御使いを受け取ろうとしたが、頑として魔王から離れようとしない。サーキュラーは捕獲網を作り変えてそれで御使いをくるみ、横抱きにだっこした。すると御使いは泣きやんだ。そのままあやしておとなしくさせる。
「ホラホラ、高い高ーい」
その様子を魔王とセラフィムはあっけに取られて眺めていた。サーキュラーにこんなスキルがあるとは思ってもいなかったのであった。
「慣れてるな」
「本当ですね」
しばらくあやしていると赤ん坊の御使いはそのまま寝てしまった。サーキュラーは御使いがよく眠ったのを確認して、そっと近くにあったソファの座面に降ろした。それから魔王とセラフィムの視線に気づいた。
「弟達の世話を俺がしてたからな」
「本当か」
セラフィムも驚いた顔になった。
「だってオフクロ、何もしねえもん。俺の時は人を使ってたみたいだしな」
ああ、と魔王は納得した表情になった。サーキュラーの母親は彼が子供の頃、彼を連れて離婚している。その頃は一人っ子であった。のちに魔王はサーキュラーと再会したのだが、その時にはたしか年の離れた弟妹が五人ほどいた。
「で、どうすんだ」
言われて魔王はそこに眠っている、彼の顔をした御使いを見た。
「量産しますか」
この子供が大量にいると思うと悪夢のようである。しかし、とも彼は思った。一人だから問題があるのである。
「たくさんいれば姫はこれが私の子とは思うまい」
「そうかもしれませんが、その場合の世話はどうされますか」
魔王はサーキュラーのことを見た。サーキュラーがぎょっとする。
「待て。何でもやらせるな」
それもそうであった。魔王は考え直し、こう二人に告げた。
「あるだけの種を使って御使いを作れ」
はい、とセラフィムが答える。
「ここではなく別の場所で人を雇って世話をさせよ。成長したら天界に放て」
「誰が連れて行くのですか」
少し考えて魔王は言った。
「ウリエルにやらせる。天界との通路を開けるだけでいい。お前達も上には行きたくあるまい」
一呼吸の間があった。同時にサーキュラーとセラフィムが返事をする。
「まあね」
「かしこまりました」
魔王は自室に戻ると告げた。セラフィムが人を呼び、後始末を命じて後を追う。サーキュラーは眠っている御使いを一瞥すると、彼らについて部屋を出て行った。
ところは変わって、こちらは地底にあるドワーフの事務所である。グランデは出来上がったギンメルリングを前に、ドワーフの長達とまた頭を抱えていた。
「できたのね」
「はい」
プロジェクトリーダーを務めている若いドワーフが答えた。
「動くのね、ちゃんと」
「はい。問題なく動きます。ゴールドならば」
グランデは空を仰いだ。と言ってもごつごつと掘られた岩盤の堀跡しか見えなかった。事務所の天井は加工していないので掘り抜いた跡がそのままなのだ。
「ゴールドじゃ駄目かしら。人界だとそれで充分なのよ」
諦めたようにグランデは言った。他の集まったドワーフ達も知らず知らずため息が出た。
「全部の鉱山を当たりましたが、もう魔界の鉱山にはオリハルコンはありません」
さっきとは違うドワーフが報告した。彼は事務と情報処理のエキスパートであった。
「あとは新しい鉱脈を見つけるしかありませんが、魔界で見つけるのは難しいと思われます。人界にはオリハルコン鉱脈は存在しませんから、残るは天界しか……」
あああ、とグランデは竹定規を放り出しながら言った。
「やめて。天界なんて私、行けないわ。司令やセラフィムさんじゃないのよ」
「……はい」
気を取り直し、グランデはそのドワーフに質問をした。一縷の望みにすがろうと思ったのだった。
「貴金属商に当たってみた? 古いのを鋳潰す方法もあるんだから」
はい、とドワーフは答えた。
「一軒だけもう廃業してしまった商店に地金があったのですが、数ヶ月ほど前に家族が持ち出して露店で交換してしまったそうです」
「なんですって?」
グランデの視線にたじたじとなりながら、そのドワーフは言った。
「古いものだからいいだろうと思って、店の倉庫から持ち出して痛み止めの薬と取り替えてしまったそうです。若い男性の二人連れだったそうですが、あまり見ない露天商だったので誰かは分からないとも言っていました」
「もう、勘弁して」
「はい」
グランデはふと気になったことを報告してきたドワーフに聞いてみた。半ばやけっぱちであった。
「痛み止めって、何の薬と交換したの?」
そこまで分からないだろうとも思っていたのだが、相手はしっかりと答えてきた。なんとも優秀であった。
「マンドラゴラだそうです。城下では高値でしか流通していないので、見つけたときは思わず三つももらって来たと言っていました」
グランデは何か心当たりがあるような気がしていた。
「露天商がいたのってもしかして城下の市場?」
「そうです」
聞くや否や彼女は竹定規を鳴らし、こう言ってその場からかき消えた。一瞬のできごとだった。
「確認を取るわ。今日は解散!」
後にはあっけに取られたドワーフ達が残された。それほど素早かった。