13 状況説明
ランドルフ宝飾店の若者二人はウリエルに「もういいぞ」と言われ、ふらふらと歩いて帰った。残りの人間以外の全員と気を失ったランドルフは、そこから離れた場所にある、繁華街の一角に作られた小汚い小さな公園に移動していた。
酔っ払いに見せかけたランドルフを固いベンチに寝かせる。サーキュラーが立って周囲を見回す。それだけで男女混合の不穏な気配が漂う若者グループが出来上がった。その空気を感じ取って誰も彼らには近寄ろうとはしない。
で、とサンダーはサーキュラーに詰め寄った。
「全部ちゃんと説明してください。なんでサーキュラー様、いなかったんですか」
あのさ、とサーキュラーはワンダのほうを見た。さっきの遠話で事情は分かったものの、ワンダは言った。
「ちゃんと説明したほうがいいと思うわよ、サーキュラーちゃん」
ふう、とため息をつくとサーキュラーは言った。
「オフクロが勝手に見合いの席をセッティングしてて先方に断りに行ってたんだよ。今日の夜だって言うから受けられないって」
四大将軍ら以下全員から声が上がった。
「ええっ? マジ?」
びっくりしたサンダーにサーキュラーは謝った。
「そうだよ、ごめんな、サンダー。向こうにも迷惑かけたし、ほんとにもう大変だったんだよ」
うーん、と言った後にサンダーは答えた。
「じゃしょうがない、かな。じゃあさっき言ったし、何か買ってくださいね」
サーキュラーがセラフィムの顔を見たのでサンダーは言った。
「自分のお金でお願いします。もう稟議通らないし」
あきれたようにウリエルが言った。
「カワイイのに気が強いね。女神達も真っ青だ」
うるさいです、とサンダーは言った。ぶちぎれたようだった。
「それとなんでこの人、ここにいるんですか」
指差した先はウリエルである。またもや困った顔でサーキュラーはセラフィムを見た。セラフィムはウリエルの顔を見る。なんだよ、とウリエルは言った。
「俺が説明するのかよ」
「一番早いですから」
しょうがねえな、とウリエルは言った。今はいつもの柄シャツにズボン、それに突っかけサンダルの格好である。見ればサーキュラーも盛り場に合わせたそれなりの服装であった。セラフィムはいつもと変わらなかったが、目立ちすぎるマントは外していた。どこかの飲食店の店員のようでもある。
「この兄ちゃんが全ての元凶だ」
ウリエルはベンチに寝かされているランドルフを横目で見ながら言った。
「ご存知の通り、この兄ちゃんが店主のランドルフ宝飾店はお前らとゆかりが深い。なんだが、この兄ちゃんは教会の敬虔な信徒でもある。こっちがびっくりするくらいのな」
上下のジャージに竹定規を持ったグランデが言った。まるで補導員のようであった。
「なるほどね。最初会った時にやたらと突っかかってきたけど、そういうことね」
ウリエルがうなずく。
「そしてその割に現実主義者だ。だからお前達を見たときに混乱したんだろうよ」
それで、とワンダが先をうながした。相変わらず身体の線を強調する薄手の服を着ていたが、この場所では全く違和感はなかった。むしろ魔王城にいる時よりも露出は高いように見える。ウリエルはちらっとそっちを見て通りすがりの男達の視線を探り、またもとのように話を続けた。
「そんな奴が魔界に来たらそれだけで目立っちまう。そこで監視者から報告をもらったジジイが目をつけた。メタトロンのようにね」
「監視者?」
グランデが疑問を差し挟む。ウリエルはそんな彼女を見て言った。
「人界に出たあんたを見ていてこの兄ちゃんを見つけたらしい。ルーチンの一環だ」
「なるほどね」
サーキュラーが先を続けた。
「メタトロンってのはあの時の御使いか。狂信者だな。あぶなくてしょうがねえ」
くくく、とウリエルが笑った。
「さすがだね、クラヴァータ閣下。初めての顔合わせだろう」
「まあな」
つまらなそうにサーキュラーは答えた。
「やばいものには近寄らないに限る。あんなの相手にしたくねえよ」
ウリエルは大笑いした。
「元天軍長殿とタイマン張った奴の言うこととは思えないね。俺からしたらどっちも近寄りたくない」
後ろからセラフィムが言った。
「わたくしのことはいいですから、話を続けてください」
そうだな、とウリエルは答えて先を続けた。平気そうに見えたが声がややこわばっていたようであった。
「そこでメタトロンを引き上げた時と同じように、ジジイはこの兄ちゃんを天界に引き上げようとした。いいこと言って手下に使うつもりだったんだろう。そして捕まえて合成機にぶち込んだ」
「なにそれ」
すかさずサンダーが疑問を口にした。ウリエルはぐるっと全員を見回すと、いいか、とサーキュラーとセラフィムに許可を求めた。
「いいんじゃねえか」
「まあ問題ないでしょう」
二人からそう言われてウリエルは言った。
「合成機ってのは御使いの最終的な役割を決めるのに使われる機械だ。普通は育った御使いと任せたい仕事に関わるシンボルを入れるんだが、人間を入れることもできる。その場合は人間とシンボル、それにこの形をしたジジイのエネルギーが入れられる」
ウリエルはサーキュラーに紙包みを出させてみんなに見せた。四大将軍達の表情が固まる。
「うえっ」
「それはやめて頂戴」
「ちょっと勘弁かな。せめてもうちょっと……」
「……きもい」
ウリエルは紙包みをまたサーキュラーに押し付けた。
「大不評だな」
「当然だろう。俺から見てもキモジジイにしか見えんわ」
で、ウリエルは言った。
「メタトロンの時は成功したんだが、今回は失敗した。一緒に入れるものの調合がきつすぎた。それで飛んで行っちまった。ついでに意識も飛んで廃人になりかけた」
「あの時?」
グランデが言った。
「そうだ。あれで落ち着いたかと思ったがまた飛んでっちまった。大丈夫だと思って放置した俺のせいだがな」
なるほど、と今まで黙って話を聞いていたセラフィムが言った。
「だから彼は天空の城にいたんですね。ずっと疑問だったんですよ。いったい何をしたのかと」
ウリエルは彼を正面から見た。
「全部あなたを取り戻すためですよ、ゼラフ殿。あのジジイはこの兄ちゃんに魔力を持たせるために、『旧世界者』の化石から削りだした粉を合成機に入れたんだ。それがこの結果だよ」
四大将軍達がランドルフの体内から取り出したオイル状のものは、化石化した旧世界者の一部が人間と唯一神のエネルギーを吸って動き出したものだった。静かになってしまった魔族達にウリエルは言った。
「とりあえずこの兄ちゃんは俺が預かって上で治療する。その不気味なブツも預かる。両方とも上でしか元に戻せないからな。その兄ちゃんが正気に戻ったら連絡する」
セラフィムは水籠に入ったままの、燃え盛り封印されている旧世界者のエネルギー体をウリエルに渡した。ウリエルはそれを受け取り、四大将軍達に封印を解くように頼んだ。
「え……大丈夫かな」
サンダーがためらう。ワンダは黙って水籠を消した。サンダーはそれを見て、おっかなびっくり絡み付いている雷球を外した。
「大丈夫だ、お嬢ちゃん」
ウリエルが笑う。空中に浮かんでいる燃える土くれを、彼は青い薄布を取り出してくるんだ。それを見たファイが炎を消す。
「依り代は必要?」
「いらない」
グランデはそう言われて土くれを消滅させた。たぷん、と音が聞こえて薄布にオイル状の物体が溜まる。ウリエルは反対側の手に小瓶を取り出し、薄布ごとその中に入れ、しっかりとふたを閉めた。
一連の動作を見ていたサーキュラーが言う。
「お前らのクソジジイは何を考えてる。まともじゃねえぞ」
「知らんよ」
すかさずウリエルが言った。
「ゼラフに逃げられてから狂っちまった。それ以前からおかしかったが、あの一件からはまるで別人だ」
「わたくしのせいですか」
強ばった声でセラフィムが言った。衝撃を押し隠しているようだった。
「違うね」
あくまで軽い調子でウリエルは返す。
「欲をかきすぎたからだ。直接の原因はそうかもしれないが、もっと前からその兆候はあった。加速しただけだ」
くす、とワンダが笑った。
「はっきり言うのね」
当然だ、とウリエルは言った。
「俺達が諌めなくて誰がやるんだ? あんなのでも我らが父だ。反吐が出るけどな」
道路の向こうから制服を着た警官が歩いてきた。手に持ったライトで立っているサーキュラーの顔を照らす。誰かが通報したようだった。
「君達、何だね」
あ、すいません、と反射的にサーキュラーが謝る。
「ちょっと飲みすぎたヤツがいてここで休ませてました」
「そうか」
それからじろじろと全員の顔をねめつけた。グランデはファイを内側に抱え込むようにし、その顔が見えないように隠した。
「若いからっていつまでも遊んでるんじゃない。不審者も多いし不安になる市民もいるんだ。とっとと帰りなさい」
「あーすいません。すぐ帰ります」
ひたすらサーキュラーが謝る。手馴れたものであった。ウリエルがランドルフを肩に担いでベンチから起こす。セラフィムがそれを手伝う。
「こいつの家近いんで、もう移動します。すいませんでした」
女性陣がその後ろにつく。警官は納得した様子でその場から去った。で、とサーキュラーが言った。
「とりあえず解散だな」
「そうですね」
セラフィムが同意する。ランドルフを抱え上げたウリエルが言った。
「また連絡する。じゃあな」
そしてその場から消えた。一行はぞろぞろと公園から歩いて移動し、人のいない裏通りまで出た。
「ではお先に失礼します」
セラフィムが消える。四大将軍達もいなくなる。サーキュラーはよくまわりを見て誰もいないことを確認すると、飛行糸を繰り出し空へと舞い上がった。