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第98話 別れ

 朱天家の和室の1つに張られた結界の中で緋冴音(ひさね)は眠っていた。だが外から聞こえる騒がしい音に目を覚ました。その事が気になり、布団から半身を起こした所だ。


 すると、縁側に続く襖が開く。


「緋冴音!」

「……終夜?終夜なの……?」


 入ってきたのは、連れ戻される時に別れたっきりだった終夜だ。居るはずの無い夫を見て驚くと共に、瞳を揺らす緋冴音。


「今出してやる」


 終夜は刀の咒装『霞烈』で結界を斬り裂く。結界はたちまち崩壊し、2人を阻む物は無くなった。


 終夜は刀を納め、緋冴音に歩み寄る。緋冴音も立ち上がり……終夜を迎えた。


「緋冴音!」

「終夜……!」


 熱い抱擁を交わす。10日程逢えなかったが、二度と逢えないと覚悟していたのだ。互いの目尻には涙が浮かぶ。


「良かった……!無事で……」

「う、うん……私は……大丈夫」

「……緋冴音?」


 何故か歯切れの悪い緋冴音。それに終夜は首を傾げる。そうしていると緋冴音は体を離す。終夜の目に緋冴音の姿がよく見える距離になった所で、違和感に気がついた。


「緋冴音……そのお腹は……」


 そう……緋冴音は懐妊しお腹が膨らんでいた。そしていつ破水してもおかしくない状態であった。だが今は、その腹部は元通りになっている。


「子供は……」

「あの子は……父様が……」

「どうしたんだ……!」


 緋冴音の肩を掴み、必死の形相で問いかける終夜。緋冴音はそれにギュッと目を瞑り顔を逸らす。


「こっちに来てすぐに破水して……産むことは出来たの……でも、父様が取り上げて……」

「っ!今はどこへ!?」

「分からない……」


 緋冴音の言葉を受け、歯を食いしばる終夜。どうするかは決まっていた。


「俺が探してくる。緋冴音は安全な場所に連れていくから隠れてくれ」

「だ、ダメ!」

「え?」


 終夜の伸ばした手を振り払う緋冴音。終夜はそうなるとは夢にも思わず固まってしまう。


「な、なんで……!俺たち子なんだぞ!?」

「私たちの子だからだよ!」

「っ!」


 声を荒らげる緋冴音。


「父様は……冷酷な人。私がここに居るなら、あの子の命は保証するって……でも、私がまた家を出たり、取り返そうなんてしたら命は……」


 緋冴音は我が子を人質に取られていた。緋冴音の父は腐っても朱天家当主。終夜の刃が届くよりも前に子供を殺すなど、文字通り赤子の手をひねるようにできる。


 それは……打つ手が無いと言うことだ。狼狽える終夜に、緋冴音は顔を上げさせる。2人の目が合う。


「終夜……お願いがあるの。今すぐ逃げて」


 それは、この場から離れるという事だ。


「でも、それじゃあ緋冴音と子供は……!」

「大丈夫。また逢えなくなっちゃうけど、必ず貴方に逢いに行く。何年かかっても……あの子と一緒に」


 頬に雫を伝わせながらも、緋冴音は優しく、強い瞳で終夜へ訴えかける。その瞳に……終夜は何も言えなかった。


「お願い。その時は2人で決めた暗号で……ね?」

「……分かった……でも、覚えておいてくれ」

「なぁに?」

「その時は必ず迎えに行く。絶対に」

「うん、ありがとう」


 2人は約束を交わし指切りをする。そこに騒がしい足音や声が聞こえてきた。


 終夜を追って来た朱天家の人間だろう。


「じゃあ……行くよ」

「うん、またね?」


 緋冴音はぎこちない笑顔を作り別れの言葉を呟く。


「ああ、また……」


 終夜はそれに無理やり笑顔を作り返す。そして後ろ髪引かれる思いをグッと堪え、和室を飛び出し庭へ出る。


 そのまま跳躍し、塀を超えて離れて行くのだった。


 これが……2人が最後に会った記憶。


 終夜が侵入した事で朱天家は警備を強化し、強力かつ解除された時に警鐘を鳴らす探知も兼ねた結界に覆われ近づけなかった。



 だから終夜はずっと待った。雨の日も風の日も、雪の日もウンザリするほど晴れた日も。


 だが……ついぞ緋冴音からの連絡は無かった。


(見捨てられたんだ……俺は不甲斐ない奴だから。愛する人も、その子供も守れなかったんだから……)


 代わりに現れるのは追手ばかり。それらを失意のまま振り切り、薙ぎ払うのを繰り返し……遂に天陽十二家の当主が現れた。


 果敢に戦い、持ち出した大半の咒装を失い、少なくない傷を追いながらも終夜は生き延びた。


 そしてたどり着いたのが妖……ぬらりひょんが結界を張る妖の里だった。結界はぬらりひょんの煙に巻く力を付与された結界。


 咒装『霞烈』を持つ終夜はその刃が結界に触れた事で里の存在を感知した。


 そこでぬらりひょんと契約を交わす。時折与えられる依頼を遂行する代わりに里に匿う事が条件。そうして終夜は裏の世界を奔走した。半ばヤケになり、自殺紛いの難しい依頼も何度も受けた。


 そうして今日まで生き残って来た。記憶を巡る旅は終わる。


 己の体を一瞥し、おびただしい失血と痛みからそう長くないと察する。


「なんか、その……言い残す事はあるか?」


 緋苑がそんな事を口にする。緋苑自身も何故かは分からなかったが、やがてその理由らしきものは浮かんだ。


 目の前の男が酷く寂しそうな顔をしていたから。


(何か言い残す……理由も残すもんもねぇだろ。全部失ったんだ。もう心残りなんて……)


 ──ない。


 と言おうとして顔を上げた。すると終夜は目を見開いた。


 走馬灯を見たからだろうか、何故か分からなかったが……視線の先にいる一回りは若い男の顔が、若き日の緋冴音と被って見えた。


 自分の勘違いかもしれない、他人の空似かもしれない。何の裏付けもない幻覚や錯覚かもしれない。


 そんな曖昧なものでも……今際の際の終夜の心は動かされる。


「お前……名前は?」

「……?朱天緋苑(しゅてんひえん)……」

「そうか……契装銘約(けっそうめいやく)……讓渡。朱天緋苑」


 すると、緋苑によって切り飛ばされた終夜の腕が握った刀……咒装『霞烈』が光に包まれ、気がつけば緋苑の前に突き刺さっていた。


「っ!これは……」

「その刀の……(こしらえ)も咒装だ。それに包まれた刃に所有者を登録し、他人に扱えなくさせる。その権利を讓渡した」


 これで霞烈は緋苑以外使えなくなったという事だ。


「なんで……」

「さぁな。餞別みたいなもんだ……ああ、言い残す事だっけ?」


 口から血を吐き、もう己の命が幾許も無いと悟る。だから、最後に……愛する者と似ている男に言葉を送る。


「長生きしろよ」


 その言葉を最後に終夜は立ったまま事切れた。


 烏間終夜(からすましゅうや)……享年35歳。飛騨神社に眠る。

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